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『旅猫リポート』

友だちが貸してくれた。借りて読んだがあまりに感動したので買ったということで。有川浩は、娘が好きだったと思っていたので期待して開いたら、もう最初から受け付けがたい文体だった。1冊は読んだことあるけど、こんなだったっけ。読み進めるうちにますますダメになり、娘に連絡したら、彼女が好きだったのは高校までで、でもその後読んだらまだ大丈夫だったのでまだ若いと思ったのだそうだ。エッセイは読めない、と言っていた。エッセイではないのだが。それにしても何を感動するのか、きっと最後の方だろうと思って飛ばして読もうとしたが、相変わらずな表現だし、挫折しそうだと友人にメールしたら、がんばれと励まされた。はい。

せっかくなので読んだ。ただし時間をあまり使いたくないから飛ばし読み。猫や犬を飼っている人には、特に猫を愛している人にはきっと感動ものなのかもしれない。そして確かに最後は泣けた。泣けたけど、泣きたくて読んでいるわけじゃないし、と、まあ、素直に面白かったとは言いがたい。好みですし相性ですし、しょうがないことだ。友人には、カズオ・イシグロ好きな人には合わないのかもねえ、みたいに言われ、娘は、有川浩好きな人はカズオ・イシグロはかったるいみたいよ、などということであった。はい、色々勉強になりますと送った。これ、日本語じゃなかったらいいかも、とも伝えた。Amazonでも絶賛、しかし数人は何がいいのか分からないという声だった。後者の気持ち分かる。昨日は友人と二人忘年会をやり、今日も別の友人とお寺にお参りしてちょっと一杯の予定。何もない大晦日。

by kienlen | 2017-12-31 17:37 | 読み物類 | Comments(0)

『だから、居場所が欲しかった』

サブタイトルは「バンコク、コールセンターで働く日本人」。友人がこちらの紀伊國屋で買ったのを貸してもらった。コールセンターのことは、こちらに来た当初に、在住の長い日本人から聞いていたが、バンコクにもあるのね、くらいにしか思っていなかった。コールセンターは、かける側としては利用しているわけで、娘の友だちがそこでバイトして心を病んだみたいな話しもきいて、あり得るでしょうと思っていた。で、この本がそういう視点かというと、別にコールセンターの問題を取り上げているわけではない。コールセンターで働くということは、海外であっても日本語だけできればよくて、責任を問われるわけでもなく、時間の融通も結構きいて、一応生活できるだけの給料は出る、という面の方にスポットを当て、そういうところに来る日本人がどういう人であるかを取材したもの。

結論からいえばタイトル通り、日本に居場所のない人たち、ということになるようだ。著者はここに登場する人たちと年齢も近く、それに自らもフィリピン在住であるし、どちらかといえば共感的な部分が多いように感じられた。私も、彼ら彼女たちの選択については、タイの暮らしやすさを分かっているので分かるなと思う。それにそもそも自分自身がそういう選択をしたわけで、当時はなかったが、今ならコールセンターはあり得たかもしれない。それはともかく、著者の感想部分がなぜかとってもステレオタイプであるのは違和感だった。日本社会を大雑把にくくる時の見方など、外国にいるとそういう癖がついてしまうのか、あるいは元々そうなのか。あるいはそこに違和感を抱く私の方の問題か。後半は風俗の男性に溺れる女性とか、性同一性障害の人たち。いかにもタイらしい。オープンにみえるタイでも性同一性障害者の職業は限定的で、難しい職業として教師もあがっていたが、これはかなりクビを傾げてしまう。どこまでのレベルで判断するかということだけど。

by kienlen | 2017-12-31 09:32 | 読み物類 | Comments(0)

夢のメモ

久々に、夢らしい夢を見た気がする。年末にふさわしい、今年の集大成みたいな夢だった。息子なのか弟なのか、私の中では彼らが重なってしまい、私的には、一体どうやって社会で生きていくのだろう、というすごく困ったタイプなのだが、ある人から言わせると逆で、社会性があるのはあっちで問題はこっちということになるらしいが、それは私には分からないことであり、つまり自分のそんな思いが反映されていた。そこに加わったのが、今回の滞在で知り合ってもっとも親しくなった高校生で、これのおかげで私は暗かった高校時代を日々思い出すことになってしまっている。別に蓋をしておきたいわけでもないので、何かにつけてあの頃の暗さよりはマシと思うための糧のようにして使ってはいて、今回珍しく思い出したというわけでは全然ないが、より身近に。

どんな夢だったのかというと、再構成してしまうとその時点で違っているようにも思うが夢なんてそんなものだろう。私はその高校生にメガネを作ってあげて、いつまでも受け取りにいかないので急かせていた、多分。で、一緒に取りに行こうということになり、その時に弟か息子か、どっちか分からないのだが同行した。で、このどっちかが妙にしっかりしていて、私の抱いていたイメージと違う。なんか、しっかりしてきたよね、というと「このところリーダーの役割を与えられているから意外に」みたいな内容の返事だった。少し安心感を抱いた、あくまで夢の中で。ああそうか、これが強い願望なのかもしれない。で、行き着いた場所はオーナーが亡くなっていて荒れ放題。そこでメガネを探しているうちに自分の古い洋服なんかが出て来て、あれ今も着れるかもね、と当ててみたりもした。ここはリアルだったが、誰に言うともなくって感じの孤独感が余計にリアルだった。それでどうなったのかは分からない。メガネの箱はあったような気がする、何といっても夢だから。どうせすぐに忘れるので朝のうちにメモっておきたくなった。気分的にはいいでもなくイヤな気持ちでもなく、そういう地点にきているのかもしれないと感じた。鶏の声が聞えるだけの静かな朝だ、と言いたいが、バイクと車と汽車の音もある。



by kienlen | 2017-12-30 09:35 | その他雑感 | Comments(0)

年末気分になるために

29日といえば立派な年末である。明日から4日間休み。仕事の応募書類を準備するという宣言を勝手にしたばかりだが、明日から始めなければならないではないか。しかしながら、さっそく予定が狂っている。とてもじゃないが時間がとれそうにない、いや優先させるべきか、いや、コネもカネもないのにそもそもムリでしょう、年も年だし絶対あり得ないでしょう、だったら時間とエネルギーのムダだよな、しかし、時期的にはちょうどいいタイミングだし、次を考えるための区切りという意味で書類を書いてみるのはいいかもと思ってみたり、まあいいや、明日になってから考えよう。ということで、今日はタイ人とショッピングモールに食事に行った。というと珍しいことのようであるが、しょっちゅうやっていることで、つい2日前も同じ場所に行って豪勢に食事をしたのだった。

今日は日本料理屋でとんかつ定食を食べ、なんとアイスクリームの店にも行った。タイ人といると酒を飲まないのでこういうことになる。ショッピングモールはいつもよりさらに混雑していて、まだクリスマスツリーが飾ってあって、年末バーゲンみたいなのもやっていて賑わっていた。タイ語だと今から新年おめでとう的な挨拶をするのが面白い。つまり年末と年始の挨拶が同じ。大晦日をバンコクで迎えるのは21年だか22年ぶりということになる。あっという間だったような長かったような。こっちに来てからずっと平日用と休日用に多少時間をずらして目覚ましをかけていたが、明日の朝のは切っておくことにする。

by kienlen | 2017-12-29 22:52 | その他雑感 | Comments(0)

宣言

最近やり取りのある友人たちに向けて、ある宣言をしている。ある公募に応募します、という宣言だ。こんなことをしている理由は、そうでないと面倒になって挫折するからで、かといって宣言したから必ずやらねばならないというものではないが、一応しないよりはマシかという気がしなくもない。確か今のプロジェクトへの応募の時もそうだった。まあ、それで結果的にどうだったかは極めて疑問ではあるが、それはもう成り行きとご縁なので良しとしておこう。試験だったら宣言などしなくたって、受けてみて、受かるか受からないかだけなので楽。相手任せのことって楽なのだ。でも試験でいけるのって若いうちだけだよな、と今になるとつくずく分かる。将来に期待するよりは、これまでやってきたことで判断するのに試験ってわけにもいくまい。それに受験者にとって試験が楽なように、応募を受ける側にとったら試験よりも相手からのアプローチを待つ方が楽に違いない。

というわけで、自分自身にも宣言することにした。年末年始のほんのわずかの休みは、応募の書類準備でつぶす。まあ、年末年始にリラックスできることはフリーランスにとってそもそもないのだから、今年もというだけだ。日本的な課題について外国からの応募は気分的にちょっとどうなのって思うが、それもそれ。どうせダメ元応募なので、楽しみ優先でいくつもり。柄にもなく夢を語ってみるとか。で、これはこれでおいておいて、帰国後について考えるようになった。仕事については、発注者があれば喜んで受けるは従来通りとして、自分でやりたいこともいくつかあるので、そっちも進める。そしてつい今さっき思いついたこともあり、そっちの下調べも。こちらは趣味なので仕事とは別。若いうちから色々やっている人をみると、自分がいかに時間をムダにしてきたかを思い知ってうんざりする。しかしそういう気持ちをひきずったところで意味がないこともさすがに知った。この遅さがたまらない。ああ、宣言で書きたかったことは全然別のことだったのに。次回に回そう。

by kienlen | 2017-12-27 11:19 | その他雑感 | Comments(0)

3日だけ冬

数日前の3日間とても寒かった。ホームレスの人が亡くなったりもしたそうだ。寒い寒いというのが大げさではなくて、私もつい同じことを口にしていた。バンコクで16度で北部や東北部はもっと寒かった。山岳地帯ではマイナスにもなったそうで、霜の下りている動画もアップされていた。16度の何が寒いかということだが、上着を一枚もってくれば良かったと思った。それとシャワーが温水にならないので、恐ろしくて水浴びできない日もあった。ここでぶっ倒れても誰にも気づかれないから。このまま何日か続いたら参るなあと思っていたら3日で終わり、今日はまた夏に戻っている。

色々なことがあるのにメモる気になれないこの頃だ。書きながら着地点がいつも同じってのが情けなくなっている。かといって違ったらもっと変な気もする。毎日、この体験は記憶に残るのか、忘れるのかと考えている。タイ語翻訳の東野圭吾の2冊目をしばらく前から読み始め、辞書引いている時間の方が長くてこれも情けなくなり、はあもう挫折かと思っているうちに面白くなってきた。始まりは大変で怖じ気づき、でもやっていたら何とかなってくるというのは、たいていのことに共通している。しかしこの本は厚いので帰国までに読み終えるのかどうか。ただ本を読むためにすべての時間を犠牲にしている感あり。

by kienlen | 2017-12-24 23:10 | その他雑感 | Comments(2)

自分をみつめる

今日は涼しくて、タイ人は寒い寒いと言っていた。マフラーをしてきた人もいたし、ジャケットもいた。確かに、エアコンも扇風機もいらない。外を歩きたくなり、そうかこういう気候だとそうかと思いながら、夕方ひとりで散歩した。ただ歩くのも何なので、布を仕立て屋に持っていてスカートとブラウスの仕立てを注文する。この間買った派手なインド製の生地だ。ショッキングピンク地に金のビーズ製の柄が難しく入っていて自由に裁断できないので型が限られると言われ、確かにその通りであると納得し、お任せした。それから、いつも買っている店にソムオーを買いに行く。散歩にちょうどいい距離だ。食事代より高いソムオーだが、大好きでたくさん食べてしまう。歩きながら、今回の滞在について考えた。一体何だったのだろう。仕事らしい仕事はほとんどないのにエネルギーは使った。どうしてなのかは、今のところ本当の日記以外には書けそうにない。

これまでの人生のつじつまあわせというか、綻びを縫ったような感はすごくある。これまで経験不足だった組織における人間関係の微妙さを現場で体験した。ちょっと極端な形であるだけに、短い間に早送りのように。それから、鉄道脇に住みたいという希望が思いがけない場所でかなった。そして水が恋しくてしょうがないというのも、運河や川の近くにいて、自分を再確認できた。それから、最初にタイに来た時の感情がよみがえってしまう状況があり、さらに遡って高校時代をものすごく思い出すこともある。いずれも年をとったという証拠の振り返りばかり。この先より今までの方が圧倒的に長いのだから当然だ。タイ語の勉強に費やす時間があったのはありがたかった。毎朝の自習を怠った日がなかったのは、他で成果を感じることができないので、これにすがったという面もありそうだ。残り少なくなり、次の方に関心が移行している。ああ、そして一番重要で認めたくないことは、自分の嫌らしさを激しく実感したということだろうか。

by kienlen | 2017-12-18 21:38 | その他雑感 | Comments(2)

さんざんな手相

この間、友人が遊びに来てバンコクのショッピングセンターを歩いていた時に占い師の店があった。値段を聞くと400バーツ、結構高いなと思うが、生まれた時刻を知らなくてもやってくれると言うのでみてもらうことにした。まずは右手の手相を見られる。いきなり言われたのが、普通はくっついている線が離れている。こういう人は3つの特徴がある、とのことで、まず短気で、二番目を忘れてしまって三番目はไม่ยอมใคร、これどういう日本語が最もふさわしいのかちょっと困るが、誰にも譲らないというか迎合しないというか、そんな感じ。短気というのは思ったことも言われたことも、未だかつてないので初めて。あんまり納得できないが、それどころじゃないことを言われた。こういう手相の人とは関わりたくない、と占い師がいうのである。な、なんと。しかしそもそもこの線、くっついていると思うのだが…。

夫は年上か、もし下なら大人で、僕は好きにするから頼らないでくれ、というタイプがいいとのこと、そして同じ国同士でないこと。タイで暮らすならストレートな物言いはよくないとか、具体的なアドバイスまでいただいてしまった。とにかくこれまでろくなことはなく、全体にかなりひどい運勢のようだった。悪いことづくめ。それじゃああんまりと思ったのか、これから5年ほどは良いそうだ。教える仕事がよろしいとのこと。それと自営。一方の友人であるが、これがもう良いことづくめ。この差はあんまりではないでしょうかと旅の間、ずっと気になっていた。ただ、その友人は赤と黒が良くないと言われていたので、洋服の選択肢がだいぶせばまるのであった。私は色どころではない悪運の持ち主のようであった。あんまり過ぎて、ついつい何度も笑ってしまった。今後に期待。


by kienlen | 2017-12-17 22:56 | その他雑感 | Comments(2)

「あ、春」

すごく久しぶりに映画を見た。こちらの国際交流基金で毎週金曜日に無料の映画上映会をやっていて、前から行ってみたいと思いつつ、いつも何かで行きそびれていた。遠いし交通費もかかるしで、何となく挫折という面もある。で、今日は思い切って行ってみた。「あ、春」という、私は聞いたことのないタイトルの映画だった。誰もいないのじゃないかと思っていたら、10人以上来ていて、前の方に男性たちが座ったので、そのたびに席を移動し、結局脇の方の席に落ち着いた。そういえばほとんどが男性というのは、日本ではあまりないことではないだろうか。ロングステイの人たちという雰囲気だった。

全然知らずに見たのだが、思いのほか面白かった。佐藤浩市、山崎努という好みの俳優が出ていて、さすがだなって感じだし、佐藤浩市の妻役もいい味出しているなと思ったら斉藤由貴だった。芸達者な方々という感じ。1998年の作品。父は死んだと聞かされて育ち、いいところのお嬢さんと結婚という玉の輿に乗った証券会社のサラリーマンが佐藤浩市で、一時は羽振りが良かったが、会社自体が落ち目になっている。妻は心の病っぽく、ひとり息子は元気で、妻の母と同居という家族構成。そこに、主人公の父親という人が突如現れる。これが山崎努。自由奔放というのか、みんな振り回されっぱなしなのだが、それぞれの微妙な心理状況が感じられる。いくつかのどんでん返しがあり、笑える部分もある喜劇の様相で、どの人物もくっきりしていて分かりやすく、かつ嫌味もなく、大変面白く鑑賞させていただいた。外国で見ると、ああ、日本って感じ。

by kienlen | 2017-12-15 23:45 | 映画類 | Comments(0)

遊び回った3連休だった

月曜日が憲法の日で公休のため、珍しく3連休となった。ちょうどここで来る友だちがあり、ホテルに同宿してご案内がてら一緒にあちこち出かける。モノを増やしても困るのでもっぱら飲食中心のたまに本という消費生活だったが、そろそろ服も欲しいなと思っていたのでここで買おうと心つもりしていて、仕立て用の布やら服やらのショッピングも楽しんだ。今日は出勤日だったので、その友人は私のお気に入りの図書館で時間を過ごしていて、この図書館を褒めていた。ここがあったことは自分をここに引き止めた大きな理由だと感じている。

旅の様子は折々書くとして、今日は楽しいことがあった。タイ人と一緒に中国語を学んだのである。親しくしている中国人が、タイ人の同僚から言葉を教えて欲しいと言われているというので、私も加わりたいとお願いしたもの。発音が複雑なタイ語のネイティブなんだから中国語の発音は楽勝と思っていたら、なかなかそうでもない様子が面白かった。日本語の発音はシンプルなのでどこの言葉を学ぶにも不利ではあるが、タイ語の知識は中国語をやるのに大変有利となる。で、今日何が楽しかったかって、自分ひとりや日本人だけだと気づかないことに気づいて、それが楽しかったのだった。この超複雑な発音を覚えないと次に進めませんのでしっかり勉強してくるようにと言われた。それで切替のためにこのようなブログを書いた。以上。

by kienlen | 2017-12-12 19:59 | その他雑感 | Comments(0)

信州で読んだり書いたり、時には旅したり


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