カテゴリ:映画類( 330 )

ジェイン・オースティンの読書会

読書会への想いを強めながらレンタルショップに行ったらこれを見つけ、タイトルだけで借りた。アメリカで大ヒットした小説の映画化なのだそうだ。参加者それぞれの人生と、持ち回りで開催のオースティンの読書会を重ねながら物語が進む。ああ、と思ったセリフは「男性は読書会に向かないわね、自分が語りたいだけだから」というような箇所。でも男性参加者がいて、これがなかなかいい味わい。オースティンの6つの小説をひとり一作担当する。会場を担当者の家にするのはいいアイデアだなと思って読書会やりたい願望をもつ友人に即メールした。忘れないように。大変楽しく見ることができた。イギリス映画かと思ったらアメリカ映画。自分がイメージするイギリス映画のテイストだったのだけど。ブリジットジョーンズとか、あのあたりの、排他的でない温かい感じが。
by kienlen | 2016-08-30 21:24 | 映画類 | Comments(2)

教授のおかしな妄想殺人

ウディ・アレンの最新作、最高に面白かった!隅から隅までブラックなユーモアにあふれてニタニタしっぱなし。ここ数年で見たウディ・アレンの作品の中ではこれがダントツに好きだ。主人公が、いかにも怪しい哲学教授。腹のでかげんを強調したようなTシャツ姿がよろしい。どっかで見た顔だと思ったら、ホアキン・フェニックスってあの、戦争のはじめかたの人だった。この教授がカントやキルケゴールを説き、厭世的な風をぶっているが怪しい感じはぬぐえない。でもこれはあくまで当方の感じであり、設定では人気の哲学者ということになっている。で、この教授にキャンパスの人気者の美人女学生が惚れてしまい、ボーイフレンドの心配をよそに恋心はエスカレート。心だけじゃないところが、アメリカの大学ってこれでいいのかと思ったら、教授と学生の関係は規則では禁止らしい。でもそんなことおかまいなしという感じは冒頭で充分説明されているが。同僚女性からの誘惑もあり、虚無感あふれる非俗物的雰囲気がいいのか何か、まあ、モテモテ。

同僚と一緒にランチをしないのを「変わり者」と言われたり、どこも同じなんだ、と安心したりもする。元気で明るくないとね、みたいな空気が苦手な者には嬉しくなる状況設定。で、この教授が、偶然耳にした裁判の不公正の話から俄かに元気で明るくなり性的不能も治ってしまう。殺人という生き甲斐ができたからだ。ここらで、あれ異邦人かな、罪と罰かな、などと思う。前のブルージャスミンも確か欲望という名の電車だったし。そして案の定、罪と罰は会話の中にも登場する。明るく殺人を犯し、完全犯罪かというところに予想外の邪魔ものが現れ、でもバレずにいたところに別人が逮捕されたというニュースが入るのは罪と罰と同じだった。でも最後は、なるほどというどんでん返し。一緒に見た友だちと「ああ、天才だ」と顔を見合わせる。このところ夜は眠れないしだるいし虚無感でいっぱいだし、初老性うつだろうかと思っていたが、それが何だ、という気分になって楽しく帰宅。映画でこうなれれば殺人よりも自殺よりも楽ちん。こんなに楽しく哲学できるなんて素晴らしい、教授にお礼を言いたい、ありがとうございました。

by kienlen | 2016-08-28 19:17 | 映画類 | Comments(0)

ミュンヘンへの夜行列車

タイトルで何かなと興味を持ち、ナチス政権下でチェコの科学者が…みたいな説明があったので借りてみた。ハラハラし通しで、まさか残酷な結末はないだろうと思いつつも心配で、何度も中断してはネットで検索。ネタバレというブログを見て安心しようと読み始めてから思い止まりまた映像に戻ってという感じで何とか見た。始まりはシリアスに感じたけど途中からコメディめいてきて、最後の方は安心して楽しく見れた。

日本映画で中国人とか韓国人という、つまり隣国の人を描くとして、ヨーロッパのようにはっきりしたキャラクター設定ができるんだろうか。これはイギリス映画だけど、イギリス人はどんな時にもジョークを欠かさず、怠惰で、でもイザとなると命をかけるということになっていて、ドイツ人は官僚的でマジメだけど、それが弱点にもなるというわけで、日本で免許証さえあれば別人に成り代われるのを彷彿とさせるが、こういう対照がアジアでできるかというと、どうなんでしょう。最初は力が入り後半は脱力の面白さだった。日本では公開されてないそうだ。

by kienlen | 2016-08-26 00:09 | 映画類 | Comments(0)

ブルックリンを語る会

ブルックリンにいたく感動した友人とランチを兼ねて語る会を行った。語りたいと言ったのはその友人だが、私も見てすぐに、語りたいという彼女の気持ちが理解できた。さっそく、どこが一番印象的だったかを話すと、2人共全く同じところで、これじゃあ違う視点が入らず語りが続かないではないか、ということになってしまった。私達は年代も違うし来し方でも今の生活でも共通点はほとんど何もない。強いていえば子どもが2人いて、上が男で下が女で、くらいか。ああ、それと本が好きという点と。子育てについての姿勢も違うし働き方も違うし、家庭環境からすべて違う。それなのに、ここで一致。

それで次の語りは、なぜここなのかという方向へ。あの地域であのような人がいて、あのような詮索をする。ひじょうにありそうなこと。それに対してどう臨むかで共感できたわけだ。全然違う感性の人に見てもらって感想を聞きたいものだ、ということになった。それと男性が見たらどうか。観客にはどうも男性も多いらしく、私が行った日も4人のうち半数は男性だった。彼女の行った会もだいぶいたらしい。男性がどこまで入り込めるのかをイメージしにくいが、魅力的な女性が大勢出てくるだけでも楽しいかも、という話にはなった。で、次に印象的な場面についても一致で議論にもケンカにもならず、多面的にもならなかったが、またやろうということになった。自作はウディ・アレンの新作を予定。

by kienlen | 2016-08-23 17:20 | 映画類 | Comments(2)

ブルックリン

予告編で見て、見たいと思っていた。昨日友だちと行こうということになり家を出たら豪雨で雷もあってキャンセル。その友だちがとても良かったというのもあり本日行った。時代は戦後まだそれほど経っていない頃、アイルランドからアメリカに移民した少女が主人公。優秀だけど故郷では仕事がなく、神父の招きで渡米できることになり、姉と母を残して船で出る。抒情的な映像と言葉少ない表現になぜか涙が出てそのまま最後までほとんど泣きっぱなしで、昨日友だちと行かなくて良かったと思った。素晴らしい。昔見て深く感動しためぐりあう時間たちを、なぜか思い出した。つまり女の物語。故郷に戻って、どうなるかとハラハラしている時にあの一言で翻すところ、ああ…、分かる。見逃さなくて良かった。素晴らしい。
by kienlen | 2016-08-22 22:19 | 映画類 | Comments(0)

ブンミおじさんの森

光の墓の監督がこの映画でとても評価が高いようだ、ということだけは知っていた。これ、劇場公開の時に確か見逃してしまいひじょうに気になっていて、かといってわざわざ探すほどの情熱はなく、何となくレンタルショップをブラブラしていたらあったので、おお、と思って借りてきた。光の墓同様、音楽はないし、盛り上がりはないし説明的なところないし、美男美女でないし、よくこういうのつくるなあ、しかしなぜか飽きないし好きだ、惹き込まれるのはなぜ、誰か教えて欲しい、というのが両者に全く共通の印象。しかも言葉がタイ語ならまだしも、イサーン語ではありませんか。この姿勢、すごいと思う。それにしても、当然ではあるが、やはり劇場で見たい。DVDだと分からなければ見直せるという利点は大きいのだろうけど、自分にそういう習慣がなく、そして家で映像を集中して見る習慣がついてないのは痛い。よって、分からないままに見たという感じ。

それでも光の墓よりはこじんまりしていて生身の人間の登場人物ごく少なく、それは分かりやすかった。すごい田舎の村の住民で透析の必要なのがタイトルにもなっているブンミおじさん。そこに亡くなった妻の妹、つまり義妹とその息子が一時的なのか一緒に住んでいる。この息子はタイ語の方が得意であるらしい。と、食卓に死んだ妻がスッと現れる。さらに死んだ息子は猿のような姿で現れる。みんなが、ああ来たのね、という風に懐かしがる。色々な外国人と接していた知り合いがタイ人について「受容的」と表現した時、言い当てていると感じたのを覚えているが、それを思い出した。お猿さんの方はいつの間にか家からはいなくなるが、後に森の中に現れる。妻の方は透析を手伝ったりして普通に馴染んでいる。最後は森の中に入って行って終わりかと思ったら続きがあり、本当の最後に音楽が入るのだが、これも映画音楽にはしたくない、みたいなポリシーが感じられるというか。輪廻転生が軸になっているようだが、いかにもタイみたいなシンプルな面白さがあった。生と死の話なのに深刻ぶってないのがいかにもで、結構笑ってしまった。この境界線のなさがいい、こっそり好きに入れておく。さわやかの対極なのに後味すっきりって不思議。良かった。

by kienlen | 2016-08-19 12:02 | 映画類 | Comments(0)

アイヒマン・ショー

昨日娘を駅まで送り、家で本を読んでいたら友だちが寄り、彼女が帰った後に夜の映画を見に行った。6時50分からの短めの映画というのは、その後ちょっと一杯やるのにちょうどいい。東京に行った時にどっかの映画館を通りかかったらやっていて、見たいと思ったが、まさかこちらでも上映してくれるとは思わなかったので非常に嬉しい。予告編を見た時点では、結構退屈するかもな、あるいは大げさに描くんだろうかなどと思っていた。アイヒマン裁判を撮影するのに苦労した男たちの物語ということしか分からなかったので、特に期待はしていなかった。しかし退屈などとんでもない。テレビで公開するとはどういうことか、撮影スタッフ自身もあれだけのものを抱えていて葛藤があったこと、記録映像の始まりがこれだったのかとさまざまな感動があった。観客が7人いたのでまあまあの入り。古い映像と今のを重ねるところが何かちょっと苦しかったけど、しょうがないし、大変良かった。

始まりは、1960年にアイヒマンが逃亡先のアルゼンチンでモサドによって捕まるところからで、ハンナ・アーレントと同じだけど、映像的にはあんなセンセーショナルではなく報じただけ。本題の始まりは、裁判を撮影して新しいメディアとして登場間もないテレビで世界中にアイヒマンをホロコーストを報じたいと決めたプロデューサーが、イギリスの赤狩りで仕事を干されていた男を監督にするなどスタッフを集めるところから。法廷にカメラを持ち込む許可を得るまでが大変で、脅迫はくるし、裁判が始まり撮影が始まると撮影者側の思い入れや葛藤が激しくなる。この撮影がなかったらホロコーストの実態の知られ方が違っていたかもしれない、裁判のあり方も違っていたかもしれないと色々考えさせられた。とにかく、記録映像というものの意義を伝えようとしているもので、その意義は充分に感じられる。監督が滞在する安ホテルの女将がすごく良かった。チェコから来た人だった。

by kienlen | 2016-08-16 07:53 | 映画類 | Comments(0)

ゾラの生涯

この間レンタルした3本の中のひとつ。この映画の存在を全く知らず、たまたま目に入って、単純にゾラの生涯ってどうだったんだという興味だけで借りたもの。自分が読んだのは居酒屋だけ。いつの時代の映画等々何も知らなかったらモノクロームだった。後でチェックすると1937年公開でアカデミー賞も受賞している名作らしいことが分かり納得。考えてみると、あの規模のレンタルショップにあるんだものな。「生涯」というからには長大な物語かと思っていたらそうではなく、焦点を絞ってコンパクトだった。始まりはセザンヌと同居していたらしい貧しい貸し間暮らしの場面から。ドアのノックに大家の家賃催促かと思ってゾラがベッドにもぐりこんだら母親、というスタート。セザンヌと親友だったのだというのも初めて知った。つまりとにかく何も知らないので。映画は事実に基づいているが人物の性格などはそうとも限らないことを断わっていた。

前半はゾラが苦労しつつもだんだん有名になっていく様子。ナナが書かれた発端はモデルとなる人物との出会いで出世作になったようだけど、ナナは居酒屋の続きだと思っていたので、居酒屋への言及がなかったのがよく分からなかった。気をつけて見ていたつもりだけど。セザンヌが「芸術家は貧しくないといけない」みたいに言ってゾラから離れていく場面があり、映画ではあるが、セザンヌってこういう人だったのかと感じる。後半は国民的作家として名声を得ているゾラがドレフュス事件に関わるようになるまでの経緯が比較的詳しく描かれ、この事件が中心。冤罪で投獄されたのがなぜこの大尉だったのかが映画では分からず、ユダヤ人だからという解説を後で見て深く納得。時代背景及び基礎知識がないと理解は厳しいが、それでなくても面白かった。疑問はネットで簡単にみられる状況に感謝。今の時代状況の中でもそのまま通じるゾラの言葉がいっぱいだった。フランスなのに、アメリカ映画で英語というのがちょっと違和感だけど、そのせいかどうか、裁判の場面は圧巻だった。うーん、実にいい映画、組織とは国家とは愛国とは正義とは、色々思うところあった。

by kienlen | 2016-08-12 10:14 | 映画類 | Comments(0)

華麗なるギャツビーを見た後で聞いた大統領選話

華麗なるギャツビーは有名必読書という感じがあって何年も前に読んでみて映画も見てみた。でも何がそんなにいいのか分からなかった。情けない恥ずかしいみたいな気持ちをずっとひきずっていた。それで本を読み返そうかと思っている時にレンタルショップで棚を見ていたらDVDがあったので映画の方をもう一度見てみることにした。前回見た1974年の作品だと思って借りたら2013年の新しいものだった。前半はやっぱり分からない、謎の成金による豪華絢爛なパーティーと乱痴気騒ぎという印象のまま。でも後半になってなるほどと感じて涙した翌日、たまたま在日の長いアメリカ人による大統領選についての話を聞く機会があった。話した後に急いで次の場所に駆け付けるということで質問時間があまりなく、どういう根拠での見解なのか分からなかったし、そういうことを問題にするような場所でもなくごくごくカジュアルだったのだが、だからこそというか、面白かった。次のような内容だった。

アメリカ人にとって最も重要な価値は自由。彼も自由と、それに伴う責任という価値観の中で育った。ところが今のアメリカから自由が失われている。ワシントンDCの住人は「部族」で、一般大衆とかけ離れてしまっている。その代表がヒラリーであり民主党、共和党問わずの上層部で、マスコミも部族民。部族外の人がトランプ、そしてサンダース。したがってヒラリーが大統領にならなければならず、実はひじょうに人気のあるサンダースが指名されるわけにはいかず、トランプが当選するわけにもいかない。そんなアメリカに失望して日本国籍に変えることも考えているというその彼に、ではどちらを支持するのか聞いてみたら「ヒラリーは絶対嫌」と即答だったが「しかしトランプも…」と歯切れが超悪かった。これを聞きながら、ギャツビーのことを考えた。まさに部族外の人で、最後は結局誠実さのかけらもない部族民に滅ぼされるのだ。ずっと前に予見していた小説家はすごい。日本人の場合、部族に自分も同化したい願望が強いということだろうか。それでどうなるかって、怖いんだけど。



by kienlen | 2016-08-08 12:15 | 映画類 | Comments(0)

ライフ・オブ・パイ

サブタイトルが「トラと漂流した227日」。こういうサブタイトルがあり、トラとの漂流場面を強調した予告編を見て、行きたいと感じられず、劇場での上映を見逃していた。ただ、センスのいい友人がこれを何度も何度も絶賛していて、さらにインドが舞台と聞き興味がわき、昨日散歩がてらに入ったレンタルショップで借りてきて見た。大変面白かった。予告編から、ただトラと漂流する場面が延々と続くイメージを持っていたが、そんな単純な映画ではない。絶賛していた友人は最近、長年の迷いを払拭できて洗礼を受けたところで、そういう人が見たらもっと深い理解ができるのだろうと思うと、自分のこの無知が残念。でも、このところ、聖書を深く読み込んでいる友人から解説を配信してもらったり口頭でも聞いたりで、それは多少の助けになっている気はした。ひじょうに深い暗示に満ちた内容で、映像もきれいで劇場で見たかった。それにしても、映画の宣伝をどうするかって、まあ映画に限らないが、難しいとは思うけど、227日の漂流をあえて強調する必要があるんだろうか。予告はすごく単純化されていたように記憶している。いやはや、難しいが、しかし難しくなど考えなくても、とてもとても面白かった。劇場上演があったらもう一度見たい候補。
by kienlen | 2016-08-01 11:23 | 映画類 | Comments(2)

信州で読んだり書いたり、時には旅したり


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