カテゴリ:映画類( 343 )

ゲッペルスと私

昨日は朝方から車で出かけていて歩かなかった。それでどうも気分が悪くて夕方散歩がてら映画を見に行くことにした。予告で知って絶対に見ようと決めていたもの。変化のないドキュメンタリーなのは分かっていたのでそんなに期待していたわけじゃない。でもやはりこの関係のテーマは見たい。で、思ったよりずっとずっと良かった。ゲッペルスの秘書をしていた、インタビュー時103歳の女性の語りがほぼすべてなのだが、語りのすべてがメモしたくなる含蓄に満ちている。そして彼女の語りの中に挟み込まれるのが、アメリカやロシアのプロパガンダフィルムなのだが、アメリカので最高なのがあった。最強の武器は人種差別であり、ナチスがそれによって世界を支配しようとしているという趣旨、秀逸だった。

ヒットラー最後の13日の中で忘れられないのが、ゲッペルスの妻が子どもたちの口に薬を入れて殺す場面。抵抗する子の口に強引に入れてカチンと噛んだらおしまい。彼女はその場面を見ているわけではないが、紳士のゲッペルスが自殺して妻もと聞いて、躾が行き届いて行儀のよかった子どもたちのことを尋ねたら、子どもたちも、という答を知るシーンがある。誰も信じらないと思うけど、私は収容所の実態は知らなかったというのは何度か出てくる。これが本当なのかどうかは微妙な雰囲気だが、きっと本当なのだろうけど、それは多分知ろうとしたら知れたのだろうけど、知りたくないことは知らない方が自分のためだというセンサーがあったからではないかと感じた。だからあの時代を生き延びたのだということは当人が言っていた。白バラのショアきょうだいが処刑されるのも体制側から知るところ、あの映画は本当に辛かった。とにかくいくつかがつながった、歳をとるってこういうことだな。それにしても103歳であれって、すごい。

by kienlen | 2018-08-20 23:09 | 映画類 | Comments(1)

君の名前で僕を呼んで

しばらく前に見た映画。予告で知り、見てみようと思っていたもの。ただそれほど期待していたわけでもない。男性同士の恋愛というのはどこの国でも流行っているんだろうか。私は全然詳しくないが日本のこの手の漫画はタイではすごく人気のようだったし、タイはもちろんだが中国のドラマでもこれが人気なのだと聞いた。そしてこの映画はイタリア映画。舞台はイタリアの避暑地で時代は1983年だったかな、確か。最初にクレジットが出た気がする。この時代だと何がいいかというと、スマホがなくて電話は家電で、主人公の17歳の少年は、なんと本を手離さないのである。これだけで感動に値する。もっとも父親が大学教授というインテリ家庭であり、少年が読んでいる本も漫画じゃないし哲学書などで、読書の他には編曲したりピアノやらギターを弾いている。景色は美しいし、世俗のにおいの薄いのがいっそう美しさを増している。で、彼らの別荘にアメリカ人の大学院生が、大学教授のお手伝いとしてやってくる。この青年がカッコよくてモテモテ、という設定になっている。というのも変な言い方だが、演技のうまさなのか、カッコいいのに存在感が最初のうちは薄いのに、少年との関係が深まるころから俄然存在感を増す感じが、そんな印象を抱かせる。

思ったよりずっと良くて最近の中では最も感動が深かった気がする。この間の心と体は多分愛の不毛を描いているように感じられたが、こちらは逆でいっぱいの愛がある感じ。このような階層だし自分が感情移入するというところはあまりないはずなのに、どの人物にも共感できるのが不思議だった。少年が鼻血を出すところ、思わず吐く場面、ああ、分かるよ、なのである。こういうのは何なのだろう。細かい部分部分に感動の連続だった。そしてあの両親のすばらしさ。全体に夢のような雰囲気できれいだった。イタリア映画って、というほど知っているわけでもないけど、なんかいい。派手じゃなくて何気なく人間存在のある部分をすごく際立たせる感じというか、そういうのが共通している気がする。彼らがユダヤ人であることの意味がどこまでの意味をもつのかは、背景となる知識不足で分からない。複数の場面で強調されていたので深い意味があるのだと想像はするが。彫像との共鳴も人間賛歌というか、こういう明るさもいいものだが、タイトルといい、結局は自己愛なのだろうか、そう思うと興ざめでもあるが、そんなことはいいやと感じられる魅力があった。うん、よかった。

by kienlen | 2018-08-05 19:48 | 映画類 | Comments(0)

『オーラな人々』とSUKITA

この間図書館をぶらぶらしていて三島由紀夫のモノクロ写真が表紙の本をたまたま見つけてちょっと開いてみたら公開されていない写真が何枚もグラビアにあり、エッセイも面白くて椅子に座って読んでいたが、ついでに借りてきた。そして最初から読み始めたら、当初の面白さほどでなくなってしまった。どうしてかというと、雑誌全盛の時代に金に糸目をつけることもなく時代の最先端の人々に会ったことの説明から始まっていたからで、なんだか興ざめな気分になってしまった。どうして興ざめしてしまうのかははっきりとは分からない。時代背景の説明はあった方がいいのだし、著名人を取り上げたエッセイは面白いと思っていたのに。という余韻がまだ残っていた一昨日、いつもの映画館で「SUKITA」という映画を見た。予告を見て、これは見てみようと思っていたもの。SUKITAという写真家を私は知らなかった。しかし写真は見たことあるなと思った。デビットボウイを長年にわたって撮り続けただけでなく、ええっと思う有名人が次々登場して、親交を結んできた様子が分かるドキュメンタリーだった。で、時代がオーラな人々のころと重なっている。つまり自分も生きてきた時代でもある。ううむ。さて、今日は、というか今日も、といった方がいいのかもしれないが、一日中出ていた。家で勉強しているつもりなのに、実際には出てばかりでまるではかどらない。それなのに気分だけは在宅。何かが自分の中で間違っている気がする。変な乖離感あり。
by kienlen | 2018-07-27 20:52 | 映画類 | Comments(0)

心と体と

この映画を見た。友人に誘われた時、ファンタジーのような恋愛映画というような説明で、そういう映画を見たいと思っていないので止めようかと思ったが、それでも行った理由はハンガリーの映画と聞いたから。古い映画館に観客は5人。主な舞台は食肉処理工場で、牛が殺される場面から血を洗う場面から、そのまま映されるのだが、過剰気味の光の加減があの精肉店の話のドキュメンタリーに似ていた。しかし手でやるのと機械でやるのとではまるで違うのだが。ここで処理される動物と対照的な森の鹿が重要な役割を担っている。そこでの鹿は、雪の中で乏しい食べ物を探すのだが、それは主人公たちの夢の場面なのだということがじきに分かる。つまり主人公の2人は同じ夢を見ていたということが、勤務先の工場で起きた事件によって明らかになる。その2人というのは初老に近い男性社員と、臨時の新入社員の若い女性。同じ夢を見ているなんてお互いが興味を持たないわけがなくて急接近、となるところだが、男性は女性との付き合いを絶って久しく、女性の方はそもそもがコミュニケーション障害ということになるのか、ずっとカウンセリングを受けていることが示唆され、つまり単純に接近できないという設定になっている。

豊富にえさを与えられた後に機械で殺される動物と、森の中でかろうじて命をつなぐ鹿と、人間の果てしない孤独が響きあい、心と体のある部分がチクチクしっぱなしだった。ただ最後があれというのは、多少興ざめの感じはあったけど、だからといってどういう最後だったら興ざめしないかというのも分からない。あそこであのまま死んでしまった方がファンタジーっぽくなると思ったり。しかしあの場面は最近見た映画にそっくりなシーンでもあり、それもなあ…。この映画を見ながらずっと考えている人がいたのだが、まるで偶然、とても久しぶりにその人から連絡があったのにはびっくりした。その前に他から一杯飲もうと誘われて、いったんはそのつもりになったものの、億劫になって詫びと断りの電話を入れてから夕食を作ろうとした時に、その人からのメールに気づいた。そして長々と話した。同じ夢というのは象徴であって、誰もが感じている不思議、通じる人との間には何かがある、というシンプルな想いを描いているだけのもののようでもあった。そして、そもそもコミュニケーションなんてなくて、みんな自分しか見ていないんじゃないかという感じを巧みに描いているような気もした。孤独とロマンという月並みな組み合わせをそのまんま表現しているような印象だった。

by kienlen | 2018-07-25 00:21 | 映画類 | Comments(2)

サバービコン

変なタイトル、意味は何なんだろうと思いながら見に行った映画。人種差別の話かと思ったが、まあそれもあるけど、もう全体がブラックで、ブラックさが半端でなかった。タイトルについては原題を見て納得、サバーブ+コンであるらしい。つまり郊外の幸福なニュータウンの欺瞞性ってところだろうか。アメリカが豊かさまっしぐらを突っ走る1950年代の郊外のニュータウンの宣伝から映画は始まる。まばゆい太陽、かわいい持ち家、ハッピーな人々の笑顔「ここに欠けているのはあなただけです!」みたいな宣伝文句が叫ばれて、じゃあここの家を買える人は誰でもいいのかというと有色人種はとんでもないのである、という流れがひとつ。しかしメインが人種差別問題かというと、そうとも感じられなかった。中心に描かれるのは黒人家族のお隣のお宅。夫婦と男の子ひとりの幸福そうな家族。そっくりな姉妹がいるのが奇妙ではあるが、双子って設定だってことは後で知った。確か、あの大好きなめぐり合う時間たちでもこの時代を演じていたと思うジュリアンムーアが二役やっていた。

これはもうアメリカ的価値観への究極なブラックではないだろうかと感じた、アメリカを知らないのになんでそう感じるかというと、もうそういう刷り込みのオンパレードなのである。強くて前向きで家族愛に満ちて、そのためなら人殺しも戦争もいとわない。アメリカのイメージってそれだもんな。それが本当かどうか知らないし、そもそも本当があるのかどうかもしらないけど、ひじょうに分かりやすく、これらがいかに暴力の連鎖を生むのかというのが描かれていると感じた。そして別にこれはアメリカだけのことであるはずはない。それにしても描写が半端じゃないので心底怖くなった。人間ってこんなもので、地域社会なんてこんなもので、国家なんてこんなもので、でもそれは愛すべきものなのだろうか、というのは分からなかった。宣伝チラシによるとジョージクルーニーは次期大統領候補とも噂されているのだそうだ。選挙権があったら一票入れたいと思わせる映画だった。ああ、怖かった、ああ、好みだった。

by kienlen | 2018-07-13 21:05 | 映画類 | Comments(0)

マスクス・エンゲルス

見よう見ようと思いながらなかなか行けなかった。理由は上映時間帯で、できれば夜、あるいはそれに近い時間帯が一番ありがたいのに朝方と真昼間のみだったから。最終日の昨日、韓国語教室の後で夫の店でランチを食べてから図書館に行き、それから2時過ぎからの最終上映でやっと見ることができた。間に合って良かったと十分に思えた映画だった。原題は「若きカールマルクス」なんだ。でも内容からすると、邦題の方が合うようにも思える。最後のシーンが共産党宣言を2人、だけじゃなくて妻たちもいる場で書き始めるところ。つまり、映画が描いているのは1840年代後半のほんの3年だか4年だけ。マルクスがドイツを追放されてパリで暮らしているときにエンゲルスと再会してすっかり意気投合、互いが互いの才能を認める同志として活動するようになる。両方の妻の存在の大きさに、知らなかったので驚いてしまった。

エンドのタイトルバックがボブ・ディランで、うーんとっても良かった。ずっと聞いていたかったし、それにもっと大作に仕上げてくれても飽きずに見られたと思う。2人が出会ってから共産党宣言に向かう過程に徹しているので、どうやって貴族である妻と出会ったのかなどはないし、知りたいことがたくさんあった。もっともそれを映画に期待することもないのだが、かといって本を読んでいる時間もないものだから。全体にカッコいい映画で、有名人がたくさん出てくるし、思想家と活動家のやりとりも面白いし、時代の雰囲気がすごく伝わってきた。しかしこういう映画をやってくれる映画館があるのは本当にありがたいことだ。予告も見たいのだらけだった。回数券があっという間に終わる。

by kienlen | 2018-07-07 13:12 | 映画類 | Comments(2)

女は二度決断する

一昨日のことだが、久々に映画を見に行った。見ようと思った理由は移民がテーマに感じられたから。ドイツのトルコ人移民といえば昔から移民研究のひとつの代表だったと思うが、で、今は移民問題がもっともっと多様化していているわけだが、この映画も舞台は現代、だと思う。もうまさに直球勝負という感じの作りで、こんなシーン出すのね、と感じるのがたくさんでてきた。まずは幸福な家庭が出る。母親は女友達と会うために子どもを夫に預ける。その様子から夫は小さなビジネスをしているようだ。どこにでもありそうな光景。で、主人公である母親が友達と温泉に行ってリラックスして戻ると警戒線が張られていて半狂乱になった彼女が、警察の制止を振り切って夫のオフィスに駆け付けると、そこは激しく爆破された後。コントラストがいかにも映画だけど、ただこれは十分に起こりうるわけで今も世界のあちこちで起きているわけで、胸が締め付けられる。

警察の調査が始まり、その中で家族像が描かれ、夫がトルコ出身であることや麻薬取引に関係していたこともあることなども明らかになり、そっちの筋にいくのかと思うと、全然違う展開に。裁判の様子はひとつの山場。容疑者の人権尊重の行きつく先がいかにも茶番という風に描かれる、というか極めてまじめに描かれていることで茶番が引き立つということかな。ドイツ映画の裁判ものといえばハンナ・アーレントくらいしか知らないような気がするが、しかし何か似たようなにおいを感じたりもする。茶番の判決の後の主人公の行動はスリリングに描かれている。そしてショッキングな最後へ。しかし彼女の心理状態を思えば妥当な最後と感じる。と思えるくらいに鬼気迫るものがあった。ただ何だか全体の印象が不思議、何を言いたいんだろう、なんて、考える趣味があるわけじゃないのに、何だかふとつぶやいてみたくなると言ったらいいのか…。嫌いじゃないけど、手放しで好きかというとそうでもない。どこがどう物足りないのでもないし、過剰ってのでもないし、なんか、この、そのまんま感が不思議なんだな。

by kienlen | 2018-07-05 19:00 | 映画類 | Comments(0)

万引き家族

昨日見に行ったので3日連続で映画館通いだった。今日は行かない。この映画は友人がすでに何人も見に行っているのもあって、そして昨夜予定がキャンセルになったため突然行くことにした。さすがに話題作だけあって、映画館に来る人がこんなにいるんだって感じるほど人が入っていた。初日に見たという友人が帰りにウチに寄って少し映画について話していったことがあった。その時、とにかく現代日本のテーマと盲点てんこ盛りね、という印象を得ていたが、見ての感想もそれに尽きる。ピースをつないでいったらある種の世界はこうして完結って感じ。時給800円のバイトで働くくらいならパチンコという人は周囲にもいるし、そもそもそういう報酬や、満額で年金月額6万円で暮らすには持ち家と多額の貯金とか財産とか、協力しあえる人がいないとムリ。報酬少なくても、それだけで喜びにあふれるほどやりがいのある仕事なら清貧生活も可能かもしれないけど、まずあり得ない。で、サバイバルのための協力者をもつ必要性からするとこういう家族ができて不思議ではない。だから設定に違和感はなし。パチンコ屋の駐車場の車中で死ぬより、親の虐待で死ぬより子どもにとってもマシのように思う。今の制度だと、年金を得続けるために死を隠すのもあるだろうな。だいたい年金が、死んだ後も死亡届とリンクしていないで自動的には停止にならないと聞いてびっくりしたことがある。

それで万引きになるわけだが、万引きはすごく多いのでこれもありな設定なんだろう。自分ではやったこともやりたいと思ったこともないので感覚的には、ここから先は分からないけど。私だったら、あれだけの庭があったら庭に食べられるものを植えて、池の跡があるなら池にして魚飼えば食費が浮くな、ときっと考える。万引きより元手がいるかどうか、それに枯れたり死んだりのリスクはあるけど、まあ、そこは映画だから、いや映画じゃないか。いや、そんな手間のかかることをしないで、ふわふわとやっていくのがこの現在の映画なのであり、私は古いのである。それにしてもどうして盗難としないで万引きなんて言葉を使うのだろう。映画の中に、店に置いてあるものはまだ誰のモノでもないって父もどきが教えたというセリフがあったけど、となると共有地の発想だろうか。海のことは知らないが、山の幸は共有できたはずなのだ。それを都市に移すと店にあるものってことになるのか。豊かな自然環境から豊かな物質文明への徹底。私は子どもは実の親が育てるのが一番などと思ってないので、そのへんのテーマについては何も感じなかった。子どもがなるべく幸せな環境であればいいと思うだけ。ただ、疑似母親が逮捕された後でケースワーカーなのか正論言っているつもりの女性に詰め寄られて泣くシーンはちょっと涙が出た。ああして人から逃げ場と言葉を奪っていくのだと胸に迫って。リアルで分かりやすく、でも切羽詰まってない奇妙なふわふわ感も極めて現代的で、実話と言われても驚かないと思う。あなたもこうやって生きているんですよね、と言われているみたいでもあった。

by kienlen | 2018-06-17 13:23 | 映画類 | Comments(0)

苦い銭

昨日映画を見たときにこの映画のポスターがあって、見たいなと思ったが1日1回だけの上映ですでに昨日分は終わっていた。そして今日が最終日と知り1時20分からの上映に少し遅れて入館した。中国映画。ずっと前に少しやったことがあったきりになっていて、バンコクにいた時もやりたいやりたいと思っていた中国語をちょっと前から習い始めているのもあり、それに出稼ぎ者の話でもあるし興味をもった。ただ、始まってじきに眠くなってしまっていきなり少し眠ってしまった。知り合いの中に映画館に入るとじきに眠る人がいて、信じられないと思っていたのになんということ。ただ今日は入る前から眠ってしまうかもと思ってはいたのだった。ストーリーがはっきり分からなかったのはこの睡魔のせいなのかどうか、分からない。淡々としたドキュメンタリー。ドキュメンタリーと知らなかったのでびっくりしたが、好みか好みじゃないかとなると、好みだった。きれいな場面を撮っているわけじゃないのになぜかきれいだし、人々はそれぞれ魅力的だった。

なぜだろう。この間、知り合いと話していた時、彼女の知り合いの在日の中国人が妻を亡くした後に中国から新しい妻を迎えたという話がでて「その妻を見たとき、日本人にはない魅力があって、中国から迎えた理由が分かった」と言っていた。どういう意味かと聞いたら、なんとも言い難い生命力がある、みたいは話だった。このドキュメンタリーを見ながら昨日のその話を想っていた。縫製工場への出稼ぎに集まってきた人たちの様子なのだが、会話を聞きながら日本ともタイとも違うなという感じがした。バンコクで親しくしていた中国人が、家は縫製工場を経営していると言っていたので、ああ、こんな感じなのだろうかというのも考えながら見れた。ロスした時間がどれくらいなのかは分からないが、2回眠ってしまったのは少々残念だった。当分もつかなと思っていた映画館の回数券がもう終わってしまう。

by kienlen | 2018-06-15 22:07 | 映画類 | Comments(0)

タクシー運転手

バンコクの人と2時間以上も電話で話していたらこんな時間になってしまった。それで正確には昨日のことになってしまうが気持ち的には今日、この韓国映画を見に行った。昼間通りがかりに上映スケジュールを見るとこれやっていて、帰りがけに見ようかと思ったが、それにしては時間がありすぎたのでいったん家に戻って出直して見た。特小スクリーンが残念だったけど、却ってその方が良かったと思った。これを大画面で見たらあまりに辛すぎる。観客は思いがけずに多く、20人くらいいたかな。偶然友人を見かけて声かけたら家族4人で来ていたので、大人数のうちの4人は彼らなのである。これを見たのは予告で面白そうだと感じたから。実際に見た結果は、大変面白かったが大変辛かった。しかし見る価値のあるものだった。

光州事件という名前は知っているけど具体的なことは知らなかった。シンプルにいうと、軍が、つまり国家が国民を弾圧、つまり殺した事件で、その現場が光州という場所。事実を題材にしているとのことだが、かなりユーモラスな味付けをしつつ映画っぽいアクションシーンもてんこ盛りな映画らしい映画だった。内容はシリアスでとても見ていられない場面もあった。1980年の出来事なので、自分としてはつい最近なのに、しかしほんと何も知らない自分に唖然。少しでも知るきっかけとして映画は貴重。韓国人の人情とジャーナリストの役割が何かについてがビシビシ伝わってきた。タクシー運転手役の主演俳優は、私程度の観客でも韓国映画でよく見る人だけど、名前も知らないけど、実にうまい。それと悪役というか冷酷無比な軍か警察かの俳優も強烈で夢に出てきそう。アクションシーンが大げさだったけど、それくらいないと、表現まで深刻過ぎたらとても辛すぎるので、映画で見せるには素晴らしいのではないだろうかと感じた。つまり映画の役割。面白かった。

by kienlen | 2018-06-15 00:52 | 映画類 | Comments(0)

信州で読んだり書いたり、時には旅したり


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