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カテゴリ:読み物類( 768 )

『仏教』

古本屋でたまたま見つけた本で、この間のヴェトナム同様『象は鼻が長い』の副産物。クリスチャンの友人からよく仏教ではどうなのかと聞かれる時に少しくらい何か言えるようにと思った。仏教にも聖書に相当するものがあればいいのにと友人のお坊さんに言ったらあるというのだが、でも普及度からみてちょっと違うように思っていたら、そういうことも書いてあった。著者はワングという人で宗教学者でアーチストでヒンディー語の教師でもあるそうだ。出版元は安心の青土社で1994年。これはとても自分には良かった。こういうこと知りたかったのだというのがコンパクトに分かりやすくまとまっている。

仏教は信者数が示すよりも大きな影響力を持っているというところからの導入。当然日本もタイも含む国々が仏教の国として挙がっており、中国については公式には無神論の立場をとるが、相当数が仏教を信仰し「さらに数百万人は実践こそ行わないものの、仏教のもつ文化的な諸側面の影響を受けている」とあり、欧米にも影響を与え、ハワイは大多数が仏教徒であり、仏教の及んだ国は文化的、芸術的に豊かであったという導入ですぐに入り込むことができた。仏教伝播の二系統についてと具体的な国々と相違点、アメリカへの影響のプロセスとか、諸派のこと、禅仏教のこととか網羅的だった。サブタイトルをみるだけでそのことが分かる。現代の仏教世界、ブッダの生涯、仏教の伝播、仏教の諸派、仏教の文献、美術と仏教、仏教の暦年、現代の仏教。読みやすかったし押し付けがましくないし、良かった良かった。

by kienlen | 2019-06-16 11:10 | 読み物類 | Comments(0)

『教養としての言語学』

鈴木孝夫の本は何冊も本棚にある。ということはこういう分野にかねてより興味があったということで、それに多分読んでもいると思うのだが、これは初めてかもしれない。いつ買ったのかも覚えていない。どうしてこういう本がたくさんあるのかも実はよく分かっていない。ただ今になって読む時間ができて、ストンと感じられるというのは面白い。問題は他のことを何もしないで本を読んでいることであり、うーん、これはもしかしたら大問題かもしれない。だいたい歳をとると、色々なことができる人が多い。ハーモニカが吹けたり、絵が描けたり有機農法で自給できたり魚をさばけるようになったり、その他色々。それもそのはずで、遅く始めたところで長く生きていればそれなりの時間を費やすことができ、時間に比例するだけのものにはなるはずなのだ。その点自分には何ができますと言えるものが見事にない。でもこの本は、そんなことを忘れさせてくれるくらいとっても面白かったし、実際に声に出して笑ってしまった。

初版は1996年とある。そういえば友だちが面白いと推薦しているみつばちの本があり、この本に取りかかる前に図書館に行こうと思っていたのにこっちを先に読んでしまった。ところが驚いたことにみつばちのことが割と詳しく書いてあった。というのは著者が子どもの頃から鳥が好きで、動物行動学の知見を言語学に取り入れている中の一貫にみつばちの伝達方法が出て来たのだ。鳥に関しては、雛の段階から美しく囀る鳥のマネをさせて美声を競うという日本古来の伝統芸があるという点で、これはタイにもあるはずで、なんだかすごく知りたくなってしまった。挨拶の本質、人称の問題、指示語、言語干渉など、テーマは身近なものだけど、視点が面白いし生活感覚として分かりやすい。英語がジェンダーバイアスの視点から言葉を変えなくてはならない問題にも触れていて、日本語はその点性差がなくて便利なんだから、~さんをミスターやミズに変えて英語の中に入れたらいいのにという案は大賛成。一番笑ったのは、学生対象に「彼」「彼女」と呼びかけられたことがあるかというアンケートに対する慶応大学の学生の答え。書き方が巧妙で爆笑した。あー、明日の仕事の予習をしないと…。

by kienlen | 2019-06-03 14:44 | 読み物類 | Comments(0)

『ヴェトナム―「豊かさ」への夜明け』

三上章の本を見つけに古本屋に走った時、入り口の本棚でこれを見つけ50円だったので深く考えずに何となく買った。カンボジア関係はポルポトに偏って読んだだけだし、ベトナムは近藤紘一を読んだくらいだし、ジャーナリストの書いたのなら2時間くらいでザっと読めるかな程度に思っただけで。それで、一昨日ちょっと読み始めたら、とんでもない大当たりだった。著者はベトナム専門の学者で、そしてちょうどベトナムに滞在していたのが自分のバンコク滞在と重なる時期。つまりバンコクから漠然と感じていたことがベトナム側から専門家の目で見るとどうかというのが分かる。この地域のこの間の変化を考えると1994年出版の本というのは古いのかもしれない。でも私が知りたいのは歴史とか政治体制の背景とか近隣諸国との関係とかなので、その点で理想的だった。人も縁だが、本も縁である。タイトルに惹かれたわけでもなく、岩波新書を読みたかったわけでもなく、何となくだったのにベトナムの基盤が分かった気になる満足感、ありがとうございます。

まず、中国の隣に位置しているということの意味が述べられている。これは島国には実感として分からない、多分想像を絶する大変さなのだろうということがヒシヒシ。言葉への影響というのもちょっとあって、これは自分的には特に興味深かった。中国の隣にいることで中国への態度がどうなり、逆にカンボジアやラオスやタイに対してはどうなるというのが、なるほど、実に興味深く納得。タイにいるとラオスやカンボジアというのはなんかお隣さんというか、文化習慣も言葉も似ているという親近感を覚えるが、ベトナムはその点でちょっと異質に感じる。ひとつの理由が、儒教の影響のあったのがベトナムまでと昔聞いた時に妙に納得したのをこの本を読みながら思い出した。そのあたりは割と細かく説明がある。ハノイの寺が漢字の世界だった時の中国圏なんだなという印象も重なる。植民地だったことの影響、社会構造、戦争の連続だったことによる影響、あとは政治体制などなどどれもこれも充実の内容。基本を知りたい初心者には大変役に立つ本、とっても良かった。

by kienlen | 2019-06-02 17:56 | 読み物類 | Comments(0)

『英語にも主語はなかった―日本語文法から言語千年史へ』

暇になった。それで昨日は本を読めた。『日本語に主語はいらない』に超納得で、次を読み、そして金谷武洋先生の三部作のこれが完結編ということになるらしい。今まで通りやはり非常に面白かった。基本的には日本の学校文法への批判なのだが、今の学校の国語文法って昔と同じなのだろうか、先生も書いているけど、ここまで正面から批判しているんだから反論なり現状説明なりがあってくれると読者としてもありがたいのだけど。カナダ在住という著者も盛んにそのことを書いている。で、主張は一貫していてとっても分かりやすい。日本語に主語はないし、むしろそういう日本語の方が一般的であり、極端に主語を入れる英語の方が特殊なのであるということを解き明かしている。で、どうしてこんな特殊になったのかという歴史が面白いし、全体に歯に衣着せぬストレートな書き方で真剣で、大いに笑える。あまりに真剣なので、読んでいる途中の昨日の夕方、古本屋に行って、定価よりだいぶ高いので迷った挙句に、三上章の古い文法書を買ってしまった。それもこの本の熱意のおかげ。

中動態という言葉を聞いた時にピンときて國分先生の本を買って、まだ読んでないけど、この本はそれについてもページを割いていた。受動態ができる前は中動態と能動態の対立があり、受動態ができたのは主語、つまり行為の主体者を入れなくていいからという説には、なるほど。そのあたりの変遷を、フランス語やスペイン語やイタリア語と比較してあり、どの言葉も分からないのが悲しいが、説明が一般向けに分かりやすくしてあるのでありがたかった。日本語は虫の視点であり、行為者はこの現場にいるのだから主語として行為者を入れることはないのに対し、英語は神の視点で上から見下ろしているので行為者をも視野に入れて構成されているのだという点、とっても分かりやすいし納得だった。する言語の英語とある言語の日本語というのは前著で詳述されていて、それを踏まえているのはもちろん。で、今後の方向性が英語的になるのかなと思っていたら、日本語は逆を行っているという最後のくだりも面白かった。

by kienlen | 2019-05-30 09:11 | 読み物類 | Comments(0)

されどわれらが日々

この間の読書会の課題図書だったのだが、旅の前にやるべきことがあって参加できなかった。でもこの機会にと思って昔々読んだ古い文庫本を旅の友に持参することにした。読み始めたら面白くて眠れない機中と、空港で夫と落ち合うために長時間待っている間でほとんど読み終えて、残りをホテルで。自分が経験したことではないが、なんか懐かしかった。シェムリアップで泊まったホテルがとっても良くて、ロビーに本のコーナーがあり、地球の歩き方が置いてあった。ホテルの部屋に置いて来たが、捨てないであのコーナーに置いてくれたらいいなあと思ったりして。
by kienlen | 2019-05-23 22:59 | 読み物類 | Comments(0)

『ふたつの日本―移民国家の建前と現実』

いわゆる外国人単純労働者に門戸を開くといえる入管法施行の今月、さすがに色々な関連本が出てきていて、何か一冊はと思ってまずこれを読んでみた。Amazonの評価が高かったので買ってみたもの。この問題を考える時に基本となる点を押さえていて、手軽な資料になるという感じ。入管法がどう変わってきて、それによってどういう外国人が入ってきて、日本社会はどうなって、実際にはもう永住者も100万を超えていてこれからも増えるだろうに政府は相変わらず移民政策はとっていないといっていて、という矛盾を突いている。タイトルはそれによってふたつの日本になってしまうという警告かと思われるが、筆致は静かで説明的。根拠は数字と学術的な理論で示してあってちゃんとした内容。うーん、もうちょっと文章を読みやすくできるんじゃないかなという感じはあったけど、基本が分かるようにまとめてある親切な本。それにしても多文化社会だとか言われてもう30年になるわけで、この状況が移民でなくて何なのかさっぱり分からない。現実がそうなのに移民がいるという前提の政策はとらないって、現場まかせってことで、それでいいのか日本は。案外曖昧さがいいのかも、うーん、分からない。


by kienlen | 2019-05-06 19:23 | 読み物類 | Comments(0)

『レンブラントの帽子』

この間の読書会の課題図書がこれだった。マラマッドという作家をそれまで全く知らなかった。短編だったので読んでみたらこれがなかなか面白い。自身もアーチストである大学の先生に対して美術史専攻の先生が、2人の関係がぎくしゃくしているのはどうしてなのかとひとりで延々と考えるお話。ほとんどそればかりといっていいかもしれない。その心理が、心当たりありありで共感したりおかしかったり。短いので友人がコピーしてくれたのを読んだのだが、これが面白かったので本を借りて他の短編ひとつと中編くらいのも読んでみた。「息子に殺される」というのと「引き出しの中の人間」。読書会では息子に殺されるが話題になっていたが、私は引き出しの中が非常に面白かった。モスクワに行ったアメリカ人の経験した小さなエピソード。すごく大きな事件が起きるわけでもないのに読み始めたら止められないのはどれも共通している。時代背景とか色々考える要素はあるけど、そういうのをすべて抜きにしたとしても面白い。文学ってこういうことかと思った。しかし日ごろからこういうのを読みたいかというと、そうでもない。読書会ならでは。
by kienlen | 2019-04-24 10:53 | 読み物類 | Comments(0)

『落日の轍』

しばらく前に本屋をぶらぶらしている時にたまたま見つけた。「日産には独裁を許す企業風土がある」とタイムリーな帯の惹句があり、企業小説はしばらく読んでないが好きだし、高杉良作品というのも安心感があり買ってみた。30年以上前に書かれたものを復刊したようだった。昭和58年からスタートで、主人公は当時の石原社長と、労組から会社に君臨していた塩路“天皇”。労組というのはほとんど全く縁がなく、いかに力を持つのか等々体験的に知らないが、少なくともこの当時の日産労組のリーダーがすごい権力者であったことがよく分かるように描かれている。具体的には英国進出をめぐって会社の方針に反対するのだが、記者会見を開いて会社批判を展開したり結構ハラハラ。で、問題はどうしてここまでになったのかということで、もたれ合いというか、甘い蜜の吸い合いというか、組織にありそうな話ではあるが規模がでかい。

そこまで独裁体制になると、しかも人事にまで影響を及ぼすというのだから、みんながモノを言えなくなるわけで、ああ、だから独裁になるのだが、で、それまではもたれあいでうまくいっていたのを石原社長が違うタイプで軋轢が生まれてどんどん亀裂が深まり、引くに引けない事態になっていくという絵に描いたようなお話。たださすがに内部からも告発があったりの動きがでてくるあたりはミステリーっぽい展開で小説の醍醐味。金と権力をもって何をするかということだが、こちらも全く縁がないので体験的には分からない。しかし波風のある物語になるのはこういう状況。歴史は繰り返すと帯に書いてあるが、つまり金と権力のある状況で起きることって多様性には欠けるということかもしれない。すごく分かりやすい物語で、びっくりするようなことにはならない。面白かった。

by kienlen | 2019-04-20 10:06 | 読み物類 | Comments(0)

『言語学の教室―哲学者と学ぶ認知言語学』

あまりの面白さに他のことができなくなってしまった。いつものことではあるが。ああ面白かった、爆笑した。哲学者の野矢先生が、認知言語学者の西村先生に教えを乞うみたいな前書きだったが、生徒役の方が先生を圧倒する場面が多々あり、鋭い疑問を投げかけ、自分で答えちゃったりもしている。それがすべて面白い。若い時にこういう本を読むと、認知言語学やりたいと思ってしまうだろうな、などと考えた。知識がなくてもとりあえず読めて、入門書としては大変魅力的に感じた。まず認知言語学というものがどうして生まれかを紹介して、次が「文法は意味と切り離せるか」というテーマ。突然思い出してしまったことがある。高校の時の英語がグラマーとコンストラクションと、あと何だっけ、普通の英語だろうか、とにかく3つに分かれてた。それがすごく不思議だったのだが、あれって文法と意味が切り離せるという発想があってのことなんだろうか…。それにしても授業はつまらなかった。どうしてあんなにつまらなかったのだろうか。分析のため当時に戻ってみたいと思う。

余計なことを思い出すのも本の効用である。それに歳をとるに従い、かつて抽象的と感じていたものが具体的なことになっていくので、それが歳をとることの本質かいと思ったりもする。そうはいっても言葉って何なのかというのは、ほんと不思議。あるんだけどないというか。そういうものを対象にしている学問がどんな風であるかというのは、「メタファー、そして新しい言語観へ」という章で、イメージしやすい分かりやすさで話している。なるほどねえ。西村先生が正統というか英語側からの発想にならざるを得ない風なのに対し、野矢先生が日本語側の方に引き付けているように感じられたのもちょっと面白かった。前書きのスタイルと違うなあ、ふざけているのかと感じていたが、西村先生のあとがきがすべてを物語っていた。



by kienlen | 2019-04-19 19:36 | 読み物類 | Comments(0)

『日本語文法の謎を解く-「ある」日本語と「する」英語』

前に読んだ『日本語に主語はいらない』が大変興味深く納得できて、著者の金谷武洋先生という名前を覚えた。それでこの名前を図書館で偶然見つけて借りてみることにした。出だしから、こういうことを知りたかったのだ、と感じて一気に読んだ。大変面白かった。日本語の本質ってこれだよなあと同感、納得。英語及びフランス語との比較で論じているのでなおさら分かりやすい。とても平易で一般向けでありがたい本だった。日本語教育やっている人なら知っているのかなと思って著者の名前で何人かに問い合わせてみたが知られていなかった。そうなんだ…。私には業界の事情はてんで分からないが、基本的には国語文法への批判であるようだ。つまり明治に日本語文法を確立した時の大槻文彦から始まる英語を元にした日本語文法はもう止めにして日本語に即した文法にすべきである、という。で、その時に何を元にしているかというと本居春庭、三上章という流れ。学術的に知る由はないが、なんか、日ごろの疑問が解けてとっても満足な一冊だった。

というのは、日本語に多い「・・・することになりました」をどう訳すかって困るんじゃないかとまず感じていたこと。自分が決めたというと日本語に比べて意志的過ぎる、かといって自然にこうなりましたってのもなんかなあ。で、こういう言い方はやたらにあるのである。来月中国に行くことになりました、とか。行くことにしました、なら分かりやすいが、日本語的には強い感じ。で、ここでいっているのは日本語は人智を超えたところで物事が動くという発想の「ある」の言葉で、英語は極端に人中心主義の「する」の言語であることを、言葉を分析しながら説明していく。日本語の場合、主語は省略されているんじゃなくてないのであるという点は詳細な説明でうんうん、あと尊敬語と謙譲語の対照もなるほどー。それと受身。タイ語に受身がすごく少なくて日本語はやたらに多いという印象だったが、英語の受身はまた別物というのも分かりやすい説明。手元に置いておきたい本、どっかで見つけたら買っておこうと思う。つくずく言葉って面白い。そして何を母語にしているかによって世界の見え方は違うと思えてならない。この本で言っているのもそれだ。

by kienlen | 2019-04-10 17:03 | 読み物類 | Comments(2)

信州で読んだり書いたり、時には旅したり


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