カテゴリ:読み物類( 727 )

『ローマは一日にして成らず』上

友人がはまっている本を借りた。塩野七生のローマ人の物語。一体何巻まであるのか知らないけど、これは止められなさそう。文庫版なのだが、まず長い前書きで文庫の厚さについて書いてあり、薄くしたのは上着のポケットに入れて邪魔にならないように。素敵すぎる。本文に入る前から打ちのめされる感あり。そのため、この巻が上下に分かれているようで上の方が薄くて下はそれよりは厚みがある。多少ブルーがかったグレーと大理石のような表紙と裏表紙の色も素敵だし、さすがはデザインのイタリア、の、物語。で、内容もすごく面白い。今までも読まねばとは思っていたけどきっかけがなかった。イタリア行ったことないからというのが大きいかもしれない。

丘が多いという始まりだけでもう行きたくなっている。でも、イタリアに行ったことないという人の方が周囲をみると少ないように感じなくもない。これを貸してくれた友人は、これを読むようになってから「寛容」という言葉をやたらに発している。その理由は、ローマ人は闘った相手だろうが何だろうがみんなをローマ市民として取り込んで、これが他にはないもので、それだから長続きした、ということのようであるが、まだ読み始めたばかりなので神髄部分には至ってない。ただ、次から次と読みたくなるであろうことは予想できる。今借りてるのは3冊。終えたのはまだ1冊。スパルタの徹底ぶりがすごかった。軍事に徹することで、哲学も科学も芸術も何も生まなかった、ってなんかある意味あっぱれ。まあ、そういう所に住みたくはないけど。それにしても、人間がやってることって基本的には古代から変わってないのである、人間だもの。

by kienlen | 2018-05-17 20:18 | 読み物類 | Comments(2)

『バイリンガル』

しばらくぶりでミステリーを読んだ。この間、本屋で熟考の挙句買った3冊のうちの貴重な1冊がこれ。ちょっと気楽に読めるのもいいなと思って買ったのだが、娘の荷物のまだ未開封のを開けたら気楽な小説もわんさか出てきたのであえて買う必要もなかったきらいもある。とにかくもう現世で本で困ることはないであろう。娘のおかげで古典的名作も内外かなりあるし。この本に興味をもったのは第一にタイトル、それから謎解きの核心部分になるのが言語だから。登場人物の中心はアメリカの大学の言語学部の先生や学生で、それからその家族と子ども。バイリンガルの子供の発音のミスがポイントになっている。興味のあることなので全体的には面白く読んだけど、何かキレ味よりもまったり感が独特で、このあたりは好き嫌いがわかれるかもしれない。自分としては国際結婚とか子供とかの親近感があり音声にも興味あるのでテーマにひっぱられた感はある。それと家族や子供への愛情がいっぱいという感じが好感ではあった。誘拐事件なのだけど、お金の受け取りがあまりに無防備なのが気になったかな。ミステリーというか、家族の物語というカテゴリーに入れてもいいような気がした。アメリカは知らないが外国にいる日本人の雰囲気はなんか、分かるなあと思った。
by kienlen | 2018-04-29 19:12 | 読み物類 | Comments(2)

『日タイ翻訳基礎編』

確か帰国から間もなく読み始めた。日タイの翻訳技術ではなくてタイ日を読んでみたいけど今のところ発見できていない。それはそのはずで日本語からタイ語にはたくさん訳されているがその逆はそれほどないんでしょうから需要がもうまるで違う。それでバンコクの本屋で買ったタイ人向けのを読んでみることにした。バンコクでタイ語に翻訳された東野圭吾の本を2冊読んでみて一冊は夢中になれてもう一冊がそうでもなかったのが原作の違いもあるが翻訳の違いもあるかもしれないと思ったりもする。それからテーマは自分の興味にドはまりなのに何度読みかけても挫折しているのがあるが、それは原作が英語のを日本語訳したものだけど、どうも翻訳に一因があるように思えてならない。ちょっと悔しい。

とにかくこの本を読むのに日本語の何十倍だか、あるいは何百倍という時間がかかり時間的に他への影響力が大きかった。しかしとっても面白かった。面白さの一番は、タイ人にとって日本語のどういう表現が分かりにくいかというのが分かったこと。それから翻訳理論を紹介してあり引用もちゃんとした学術書っぽいところがあって、多分大学の教科書に使っているのだろうと思われたが、つまり翻訳理論というのを勉強したことがないので、ふむふむという感じがして面白かった。来世はこういう方面の仕事をしたいなあと思うが、本の需要はますます減り、それに自動翻訳でばばばとできている可能性は高いと思われるので失業に違いない、ま、罪のない趣味ならいいか。朝の何時間かがあくことになるが、次もタイ語のを読んでみることにする。本をだいぶ整理したのにまだまだ入りきらないのがあふれている。娘から送られてきたものだ。中には、この間自分で買いそうになったのもある。危ない危ない。

by kienlen | 2018-04-28 09:06 | 読み物類 | Comments(0)

『トラや』

南木佳士著。友達が貸してくれて久々にこの人のを読んだ。あまりに積んどく本がたまっているので新しいのを受け付けてる余裕ないと思ったけど、こうして読みやすくていちいち考えなくて読めてジンとくるのもいいなと思った。やはり好きだ、南木佳士。しかし作家として好きな人で会ってみたいと思う人がいないのはなぜだろう。トラというのは主人公ともいえる猫の名前で、一枚写真も入っている。うつ病になった医師の日々を綴っているという形式だけど、サラサラと引っ掛かりなく読めて、でも、ああとため息が出たり涙が出たりの場面は少なくない。大変良かった。こういう感情を本以外で味わえるかというと思い当たらない。今夜は暖かいし、映画を見に行こうかと思って早めの夕食をとったのに出かけるのが面倒になってしまった。それにしても暖かいってそれだけで幸福度の底が上がる気がする。落ち込む時の底が上げ底になっている気になれる。よって今日はそんな感じだ。そして暑過ぎたら思考自体が面倒だし、やはりタイはその点で幸福なのだ。来月ちょこっとだけ上海に行くのが決まった。友人の誘いにのったもの。シベリア鉄道の旅に付き合ってくれそうな人はいない。
by kienlen | 2018-04-21 19:13 | 読み物類 | Comments(0)

『言葉の海へ』

高田宏著のこの本はタイトルだけは聞いたことがあった。もうずっと前に出た本なのに読んでみたくなったのは『日本語に主語はいらない』を読んでいる時に、たびたび引用されていたからだった。確かそこでは、今の日本語文法が明治に英語文法を元に作られたものから始まっていて、特に大きな影響を与えているのが日本初の近代的国語辞書『言海』であるというようなことだったと思う。で、この本は言海を作った大槻文彦の伝記。もう絶版になっているのかと思って古本屋に注文して入手したのだが、新潮文庫で新装版が出ているようで読後にちょっと後悔した。昭和59年発行のより、今の新しい本の文字の方が読みやすいのではないかと勝手に想像するからだ。

内容について想像していたのは、日本語に関する細かな話だった。つまり辞書をつくる過程そのものに焦点があるのかと思っていたら、かなり大きく違い、祖父から続く洋学者の家系に生まれた主人公の父の筋金入りの開国論者ぶり、攘夷派の動きとのせめぎあい、大槻家の仙台藩も加わった奥州と薩長との違いなどなど、明治維新の大きな政治の動きがスリリングに描かれていて、予想外の面白さだった。ただテーマになっているのは、とにかく一刻も早く近代化して欧米の列強から日本という国を守らねばならず、そのためには日本語を国語としてきちんと位置付けねばならないという熱意と執念である。さすがにこれは感動する。有名な人物がかたっぱしから登場して、その人間関係になるほどこういうことかと思ったが覚えていられるわけじゃないから知識としては残ってないけど、明治の熱気と大きな意味での愛国心に感動した心持でニュースなんか見てるともうがっくり愕然。

by kienlen | 2018-04-15 13:08 | 読み物類 | Comments(2)

『日本人の脳に主語はいらない』

「人工知能研究と脳科学の立場から、言語について実験と分析を重ねてきた著者が発見した新事実」。刊行が2008年であり、もう10年経っているこの説がこの分野の中でどういう位置を占めているのかなどは自分にはまるで分からないが、とっても面白かった。というのは、日本語って母音で終わることが前々から不思議だなと思っていて、ここで目をつけているのがまずは母音だからだ。日本語とポリネシア語というのが母音の比重がひじょうに大きいとのこと。で、そういう言語は主語や人称代名詞がいらないのだという仮説を脳科学の立場から検証しているのがこの本で、比較対象になっている言語は英語とかドイツ語とかフランス語とか中国語とか朝鮮語とかスペイン語でタイ語はないが、なんかなるほどなあと思える仮説だったので、この本を読んでからちょっと検索してみたら、タイ語と日本語の自称詞の出現回数を研究した論文があって、読んでみたら、多分この本の説を支持するものと思われた。

日本語のような母音に傾いた言葉を母語にしている人は母音も子音も、虫の鳴き声などもすべて左脳で聴くのだそうで、それに対して英語などを母語としている人は母音や虫の音は右脳で、子音は左脳なのだそうだ。となると右脳から左脳に伝わるのに時間がかかり、それで間がもたないので主語が入るのだという。自他分離というのも主語の有無を左右するものであり、つまり日本語だと自他分離がはっきりしていないので文章の中に自分が含まれており、つまり主体は言葉にしなくても分かる。敬語があるので関係性が分かりやすいというのもあるけど、なるほどふむふむと感じながら読んだ。英語のI,youがそれぞれ私とかあなたに対応しているわけじゃないというのも、説明を読んでいるとふむふむだった。とっても面白かった。で、問題は明治の文法だが、次はそのあたりを描いている本を読む予定。

by kienlen | 2018-03-30 19:26 | 読み物類 | Comments(2)

『外国語上達法』

娘の卒業式で上京。高齢の父を連れて行ったので駅から会場までタクシー使ったら、そっか、あっという間に1000バーツちかく。バンコクだったら1000円もいかないのにとまだ感じてしまう時期なのだ。で、道中で1冊読めた。読めた、というのは、岩波新書なので時間かかるような気がしていたがシンプルで分かりやすくてごもっともで役に立って短時間で読めて文句なし、という意味で。ただし1986年発行なので、インターネットどころか「テープ」という世界。それで自分などは逆に親しみを覚えた。千野栄一著で、どっかで見たことあるなと思ったら、存在の耐えられない軽さを訳している人だった。よって、チェコ語への言及がかなりあって、いいなあ、と思った。バンコクでチェコ語を教えてくれるところがあったら行こうと思っていたけど、そんなマイナー言語あるわけないと言われてしまって終わったのだった。外国語の学習に必要なのは時間とお金。ごもっとも。それと、語学教師はどうあるべきか、辞書はどういうのがいいかなどなど、夢は語らず実用に徹した本だった。外国語の勉強を始めたくなる。面白かった。
by kienlen | 2018-03-18 22:43 | 読み物類 | Comments(2)

『日本語の特質』

朝書いたのに消えていた。金田一春彦著のこの本をいつ買ったのか覚えていない。初版発行は1991年なので古いと呼んでいいのかも。バンコクにも持って行ってちょこちょこ読んでいてひじょうに面白いので読み直したくて帰国の荷物に入れた。正解だった。とっても面白かった。中国語も英語もタイの公用語って本当なのかな、などえっと思うというか全然知らなかったというかのことがいくつかあったけど、つまり結構タイが出てくるのも面白かった。やはりアジアの言語は日本人にとって直感的に親しめるように感じる。それがどうしてかなというのの心当たりもこの本にはあるし、とにかく易しいエッセイで、でもなるほどなことばかりで、つくずく自分はものを知らないという実感を深めるのにも役立つけど、単純にひじょうに面白い。それにしても、帰国した日と同じ部屋の状況。ひど過ぎるのは自覚。自覚があったら次に行けるかというと、そういうことはない。昨夜は友人と焼き鳥屋でゆっくり飲んで、今夜は演劇を見てきた。遅い夕食を食べていたらタイ人の友人より長電話があった。それに今日夫から突然渡された留守中の郵便物の中に車のリコールのお知らせが入っていてびっくりした。いない間に機械ものはいろいろ大変なことになっていたということだ。パソコンは買い替えという選択もあったが修理。2万円だった。仕事が入りそうなのでパソコン不要というわけにもいくまい。
by kienlen | 2018-03-17 21:55 | 読み物類 | Comments(0)

『日本語に主語はいらない−百年の誤謬を正す』

やることあるのに本を読んでしまった。これ、バンコクに持参する本を迷っている時に多分ギリギリで諦めたものではないかと思う。で、あちらにいる時にこれを読みたいとの思いが募って、戻って真っ先をこれにした。実に実に実に面白かった。出だしはちょっと古めかしいなあと感じたが、なんか日ごろ漠然と感じていたことを説明していただいたようで嬉しい。内容は結構難しいのかもしれないけど、一般に分かりやすく書いてあり、ほんの一部理解しにくいと感じる所があった以外はすんなり読めた。これ横書きなので最初とっつきにくくて後回しになっていたのだろう。けど、英語とフランス語の例文が出て来るので横書きじゃないとムリだな。

タイトルはソフトで、日本語って主語を省略するもんな、と思ったら、そもそもその発想自体が間違いであることが指摘されている。元々日本語に主語などなくて、本居宣長ら国学者は日本語文法を解明していたのに、明治の学校文法採用に際して英文法に合わせて日本語文法をつくるというような一派の勢力が勝って日本語文法がこんな悲惨なことになっているという話しだ。で、この主語の問題がそこだけに留まっていればいいが物事そんなシンプルではない。それで、読み始めた早々に自動詞と他動詞問題が論じられていることでワクワクしてしまって、これは期待を裏切らなかった。日本語って自然にこうなりました的な表現が多いのと、受け身が多いよなというのはなんか感じていたけど、その理由がすっきりくっきり説明されている。

著者はカナダで日本語教師をしている現場の人で、批判されたままになっている先人の研究を復活させたい、それが日本語のためであるという使命感に満ちていて、その勢いが結構笑えて本気で笑いながら読んだ。ただ、分からないのは、この本の出版が2002年で、その後日本語文法に影響を与えているのかどうかということ。ただ、最後になって中道相が出て来て、これは行く直前に買った中道態の世界のことだろうと感じたので、多分流れとしては大きくなっているんじゃないだろうか、ちょっと分からないけど、次はこれにするか、日本人の脳に主語はいらないにするか、あるいは横道それるか。それにしても日本語文法から他の言語をみてみようという主張にはとっても賛成です。昨日韓国人の友だちに疑問を聞いてみたら、文法そっくりと言われる日本語と韓国語だって、そっかこれはないのかってのがあって面白かった。

by kienlen | 2018-03-14 08:37 | 読み物類 | Comments(0)

『原始仏典』

だいぶ前に読んだのをメモっている余裕がなかった。キリスト教なら聖書、イスラムならコーランがあるけど、仏教ってそういうのなくないですか、と友だちでもあるお坊さんに言った時、彼は呆れる態度ではなかった。それは多分、私のように思ってしまうのも、ムリもないと感じる部分もあるからではないだろうか。その友人に「座禅やりたいんだけど」と頼んだら「うちは禅宗じゃないから」と言われ、日本の仏教の複雑さを感じたのだった。タイで瞑想をしないお坊さんっているんだろうか。というような話しをカソリックの友だちにしたら、カソリックには黙想があるのだそうだ。瞑想と黙想の何が違うのか、ちょっと分からない。瞑想キャンプに参加した時、今から振り返ると、何だか気持ちに落ち着きのない時期だった。もう一回参加してみたいと思っている。

それでこの本。読みかけてストップして最初からって感じで多少手間取ったのがなぜなんだ、と感じる読みやすさだった。中村元がテレビやラジオの連続講座で話したのをまとめているので、難しい言い回しがない。それに構成も良くて、今どうなっているかを原始仏典に溯って説明するというスタイルなので、日本の仏教についても、だからこうなのか、と知ることができる。インドの景色も登場するけど、一度でも行ったことがあると、ないよりは風景を浮かべやすい。あの時は、釈尊の跡をたどる旅だったので、ここに出て来る所はたいてい行っているはずだ。構成の柱のもうひとつは、生き方とか人間関係についての仏教の観点からの具体的アドバイス。仏教は宗教ではないとか、哲学であるとか言われるけど、これを読むと、それより何より実践みたいだ。それにしても神も悪魔も出てくるのだから混乱してしまう。とても面白かった。机上に置いておきたい。

by kienlen | 2018-03-12 14:43 | 読み物類 | Comments(2)

信州で読んだり書いたり、時には旅したり


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