2018年 05月 31日 ( 1 )

『คำพิพากษา』

昨日やっと読み終えたタイ語の小説。帰国後すぐに翻訳理論を読んでから次どうしようと本棚を見ていたら発見。いつ買ったんだろうと思いながら開いてみたら、分からない単語だらけで辞書引き引きながら惹きつけられてしまい、読めば読むほどこれはすごいと思って朝方はこれを読むのにあてていた。それにしても2か月以上かかったことになるので情けないといえばいえるが、原語で読む感動はまた別格である。最初は分からない単語を片っ端から辞書引いていたけど、後半はそれをやめた。登場人物の設定もストーリーもとてもくっきり分かりやすく、流れの中に入れたし、分からない単語というのが古い言い回しだったり、擬態語みたいな感じだったりで、つまり文学的な言い回しと感じられ、それが分からないと決定的に不明瞭というのでもなかったので。よってどこまで味わえたかはおいておいて、小説としてすごいなと感動し、読後にウィキペディアで見てみたところ、作家は国民的作家であり、日本語含む色々な言語に翻訳されていることが分かった。もう40年近く前に出版されたもので、作家がまだ20代だ。すごい。私が持っているのは43刷。2回映画化されているということだった。それにしてもこんな暗い内容のがタイで受けるというのがイメージしがたく、バンコクにいる友人に、その理由をタイ人に聞いてほしいと連絡してある。

タイトルの意味は「判決」なので、このまま日本語訳になっているかもと思って検索してみたが今のところ分からない。で、このタイトルから裁判に関するものなのかと想像したがそうではなくて、社会の衆人の目というか言動を表わしている。よってたかってのバッシングという感じだろうか。主人公は善人で親孝行の貧しい男性で、舞台は寺と学校が中心みたいな片田舎の集落。まずこの設定がちょうどいいタイミングで、今の自分には興味津々。とにかく今回のバンコク滞在で、仏教というか寺の重圧を感じ、キリスト教というか教会の重さに匹敵するのではないかと初めて思ったのだった。そのあたりの感覚を抱きながら読むと、主人公に下す衆目の判決に寺の影響が巨大であることは感じざるを得ない。学校の用務員の父と2人で寺の敷地内の小屋で暮らしていた主人公は親孝行で品行方正で、小僧さんとして寺に入っている時は村人から慕われていたのだが、徴兵されて軍隊から戻ってからが大変なことになる。父が新しい妻を残して亡くなったものだから、形上は養母と同居することになるのだ。仏教に帰依している主人公は女性との関係を持つことはないのに周囲はそうは見なくて、養母を妻にした男のレッテルを張る。で、この養母という人は、男性に胸を見せちゃったり、みんなは白か黒で参加する寺の法事にオレンジ色の派手な服を着ていくような人で、ゴミを集めるのが趣味。ゴミを家にこっそりストックして眺めている場面など、ゴミ屋敷問題先取りの感がある。濃いキャラクターではあるが、その濃さは必要以上には強調されていなくて、あくまで主人公が浮き立つようになっているのでひじょうに分かりやすい。

主人公はこの問題の養母を養わねばならないという使命感に縛られていて、実は僧侶として寺に戻りたいのだが、よっていつも寺のボランティアをしているのだが、衆目が悪口を言おうと養母と暮らし続ける。両者の関係というのが同病相憐れむというか、心理描写がいいのである。といっても養母の側からの描写は多分なくて主人公側から。三人称なのに特定の人物に偏った視点が面白く感じられたけど、あるいは気のせいなのだろうか。主人公は父から受け継いだ学校用務員の仕事を生きがいにしようと努めるが、その場面での山場となる出来事は狂犬を処分するよう指示されて殺してしまうこと。このあたりはタイの状況を知っていないと分かりにくいかもしれないが、殺生しない寺周辺は犬だらけ。隣が学校だったりすると、朝礼の場所にも教室にも犬は普通に入ってくるので慣れないと怖いし実際危ない。仏教徒でありながら殺生禁止の戒を破ったことで主人公は苦しむ。次の山場で全体の大きな山場のひとつは父の火葬。倉庫にしまってあった遺体を火葬する儀式で、村人が集まるべき重要な儀式なのに誰も来ないのだ。追いつめられる主人公。ここで、職業柄最下層と見なされている遺体を焼く職業の男性と急接近し、初めて酒を飲む。仏教徒は酒は禁止なのにまた戒を破ることになる。ここからは大げさともいえる転落ぶりで、酒に逃げるだけの生活になる。ただ、当時の酒は品質も悪いだろうと想像すると短期間に体がおかしくなるのも大げさではないのではないかと思うが、食事ができなくなり吐くものがないから胃液が出たり、眠れない場面など、お酒を飲まない人には気持ち悪い描写としか思えないかもしれない。酒を飲む人は心当たりありありと思う。

その後にまた山場があって、それは主人公が給料を預けていた学校の校長の裏切り。酒浸りになった主人公は結局学校を首になってしまうのだが、父の代からのお金を校長が管理してくれていたのをもらいに行こうとすると、知らん顔をされるのである。お金の管理を人に任せるなんてと、タイを知らなければ不自然に思うかもしれない。でも、当時のタイの田舎だと十分ありだ。この辺りの校長の様子もますます追い込まれる主人公の態度も類型的ではあるけど、分かる。それから今まで何があっても逆らったり自己主張しなかった主人公が酒の力を借りて校長の不正を訴えるようになり、しかし社会的地位と金がある者は偉くて何でもできる社会であるから、もがけばもがくほど権力も金もない主人公は不利になり、ついに警察に捕まってしまう。となると判決というタイトルは裁判の結果なのかと想像していたら全然違って、死という結末。最後の最後まで正義も善意も信仰も報われずに負けるのであった。バンコクの友人に連絡したのはまだ読み終える手前だったのに、タイ人の知り合いからの感想というかあらすじが送られてきて、そこに結末が書かれていたのにはびっくりした。ここですごいのは主人公の死も校長が自己宣伝に使う様子がしっかり描かれていることで、校長のほほ笑み方などお隣にいるかのごとくに浮かんできて、場面場面の説得力があっぱれ。で、主人公に救いがないかというと、それもまた違って、つまり小さき者にとっての救いは死でしかないのである。これはもしかしてハッピーエンドなのだろうか。

途中だれることもなく最後の最後まで面白かった一方、悲劇として大げさすぎるとは思いつつも泣けてしまった。感動。で、読了後にチェックしたところ、ギリシャ悲劇を下敷きにしているとか、いずれもノーベル賞作家のドイツのギュンター・グラスや日本の大江健三郎に匹敵すると称されているらしいことを知った。作家についての解説を読むと、小学校から書き始め、筆一本でやっているストイックな寡作な作家という感じ。読書がいかに大切かということを喧伝する活動もしているそうだ。いいタイミングで出会えた小説らしい小説。大変良かったです。辞書を引く手間が10分の1になったらもっといいのに。まあしかし苦労して読むとその分だけ味わい深いという面は確かにある。それにしてもいつどこで買ったのか。





by kienlen | 2018-05-31 09:54 | 読み物類 | Comments(2)

信州で読んだり書いたり、時には旅したり


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