2018年 03月 12日 ( 2 )

『原始仏典』

だいぶ前に読んだのをメモっている余裕がなかった。キリスト教なら聖書、イスラムならコーランがあるけど、仏教ってそういうのなくないですか、と友だちでもあるお坊さんに言った時、彼は呆れる態度ではなかった。それは多分、私のように思ってしまうのも、ムリもないと感じる部分もあるからではないだろうか。その友人に「座禅やりたいんだけど」と頼んだら「うちは禅宗じゃないから」と言われ、日本の仏教の複雑さを感じたのだった。タイで瞑想をしないお坊さんっているんだろうか。というような話しをカソリックの友だちにしたら、カソリックには黙想があるのだそうだ。瞑想と黙想の何が違うのか、ちょっと分からない。瞑想キャンプに参加した時、今から振り返ると、何だか気持ちに落ち着きのない時期だった。もう一回参加してみたいと思っている。

それでこの本。読みかけてストップして最初からって感じで多少手間取ったのがなぜなんだ、と感じる読みやすさだった。中村元がテレビやラジオの連続講座で話したのをまとめているので、難しい言い回しがない。それに構成も良くて、今どうなっているかを原始仏典に溯って説明するというスタイルなので、日本の仏教についても、だからこうなのか、と知ることができる。インドの景色も登場するけど、一度でも行ったことがあると、ないよりは風景を浮かべやすい。あの時は、釈尊の跡をたどる旅だったので、ここに出て来る所はたいてい行っているはずだ。構成の柱のもうひとつは、生き方とか人間関係についての仏教の観点からの具体的アドバイス。仏教は宗教ではないとか、哲学であるとか言われるけど、これを読むと、それより何より実践みたいだ。それにしても神も悪魔も出てくるのだから混乱してしまう。とても面白かった。机上に置いておきたい。

by kienlen | 2018-03-12 14:43 | 読み物類 | Comments(2)

成り行き任せ

バンコクにいる間は出勤があったので早起きしていたが、こちらで何をして、そのためにはどういうペースで暮らすのがいいのか見えてくるまでは目覚ましなしでゆっくり起きることにする。それで今朝も8時近くに起きだしてコーヒー飲んで風呂入って、残っていた仕事やって、銀行と市役所へ。市役所は娘の住民票とか転出届けとか。また若い人が東京へ転入である。でも地元に来てって言えない。そもそも自分にとっても退屈なのだから。市役所にいる時に仕事先から電話があって「また退屈な日常に戻ったわけですな」と斜めに切り込まれた。「あまりにそのまんまで返事ができません」と答えた。若ければいいが、歳とってこういうのって一体どうしたらいいんだろう。まあ、どうしなくても自然に答えの方向に向かうのであるから放置、放置。

用事を済ませて戻って、まだ朝方だと思っていたら昼近くになっていた。もう一回コーヒー飲んで朝からやり直そうと思ったところに父が来た。一時は足の痛みで動けなかったということだったが、すっかり治ったそうだ。痛い時に行った整骨医が何も言わずに何もしないというから「年寄りに話しかけると長くなるからイヤなんじゃないの」と言った。これは自分にも跳ね返ることなので自戒を込めてと言いたいが、自戒したからそうならないってものでもない。幸い父はぽかんとしていた。自分で飲もうと思ったコーヒーを「飲まないよね、コーヒー」と言って一応見せたら何でも飲むというのでやった。帰国して真っ先に買ったのが、お気に入りのコーヒー豆やのお気に入りの豆とワインで、やはり美味しい。父が作った干し芋と一緒で昼ご飯かわりとする。ヘルシーな国でこんな食生活って多少気がひける。


by kienlen | 2018-03-12 12:29 | その他雑感 | Comments(0)

信州で読んだり書いたり、時には旅したり


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