どこに所属するか

県議選が終わった。友達が出馬していたのは前回同様だが、前回の友達は落選して今回の友達は当選した。今回は女性が増えたのと、政党への所属が増えて会派も再編成されるようなことが報じられている。前回は選挙を面白いと珍しく思ったが、今回はそう感じなかった。その事を落ち着きなく考えていて、政党所属が増えたという記事を読んで、これかな、と納得したことがある。自分がごくごく小さな個人として生活しているせいだろうと思うが、何に共感するかというと、小さな単位である。こう書きながら笑ってしまうのは、小さな無力な個人が小さな単位を応援したところでひたすら無力の何乗だもんな、と知っているからだ。この間、社員がいない小さな会社を経営している友人のところに寄った時にちょっと議論みたいになってしまったのも、その点だった。彼女のような小さな会社には最初から参加の機会さえなかったような仕事が、知事の方針もあって少なくとも参加できるようになったからプレゼンに参加してきたが、どうやら実のところは規模が問題にされているように思う、ということだった。彼女にしたら受注したら生産能力があるというのはあえて見せびらかすようなものではなくて、当然のことだから、それを問題にすること自体に疑問を感じる、というのだ。それはもっともであるし私も分かるが、しかし評価する側からしたら、目に見える形で安心できる規模があった方がいいでしょう、と、こうなると突然立ち位置を移動して言った。

ただし見せかけの規模に中身が伴っているかというと、大いに問題がありそうなことは、自分らの小さな経験からも想像できないわけがない。そこでため息をつくことになるわけだ、毎度毎度。個の力を活かすために組織や政党に所属するのは戦略的には大いにある。かといって組織には組織の論理があるから飲み込まれる可能性も当然ある。今の地域の事情を考えれば、女性は有利だから女性であることを組織の売り物にもできる。それを女性も利用すればいい。それでどういう展開になるかはこれからだ。しかし自分の中には政治不信が巣食っている。多分、どの論理で動いているのか分からないから、というのがある。何事もそんなすっきり分かるわけないが、しかしここまで分からないと一体責任はどこにあるんだ、と虚しくなる。政治の場合は自分達に戻ってくるのが怖い。私や僕を選んだのは皆さんでしょ、って開き直れるもんな。ってなると究極の無責任体制が代表制民主主義なんだろうか。なんていっても今回だって投票した有権者はかろうじて半分程度である。「で、どういう体制がいいわけ?」とあの日、先の友人に問われた。ううむ、そんな難しいご質問を…と逃げるわけにもいかず、みんながめちゃくちゃに自己主張して収集つかなくて、だから一致してどっかを攻撃なんてできなくて…国家はなくて…、と話すうちにボロがでるんだけど、いずれにしろ単純化で急ぐよりは時間稼ぎをって思うこの頃だ。
by kienlen | 2007-04-10 11:22 | 社会的話題 | Comments(0)

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