『薔薇とハナムグリ』

サブタイトルが「シュルレアリスム・風刺短篇集」。若いころ大好きだったモラヴィアのこんな本を、娘の送ってきた本の中に見つけた。東京に何度か通うバスの中で読む本を物色している時で、ああ懐かしいなと思ってペラペラしてみたら面白そうだったし、短いのでバスの中でちょこちょこ読むのにちょうどいいと思ってバッグに入れた。実は短篇集を全部読むということがあまりできない。そういう自分を知っているので、これも15篇の中から面白そうなのだけ読むくらいのつもりだったのだが、それどころじゃなかった。あまりの面白さにどれひとつ飛ばすことができなかった。いつも思うのだが、若いころ好きだったものの内容を覚えているわけではなく、ただ、好きだったということだけを覚えているわけで、今読み返してつまらなかったら、自分が変わったんだなとか選択眼がなかったのかなとか、どうしてこれが好きと思ったのだろうかと、それなりに考えるネタになって面白しいのだろうが、今のところ、読み返した作家や作品については、やっぱり面白い、という感想しかない。それにしても面白かった。娘に感謝しないとならない。彼女は読んでないそうで、次に行く時に持参することになった。だったら送料かけて送るんじゃない、という話であるが、本になると甘くなる自分で、それを知っているのが子どもというものだ。

どれも良かったが、私が一番好きなのは「清麗閣」というの。結婚式会場が舞台で、新婦側の母親の視点が主になっている。いかにも古風なこの名前の結婚式場を選んだのは新郎側。もっとおしゃれな西洋風な名前の今風の会場にしたかったこの母親だが、気持ちの中で妥協する。そのあたりの心理描写も、というほどおおげさなことではないが、納得のさせ方も、細かいことだが、論理的というか自然というか違和感なし。で、奇妙な式の様子が目に見えるようで、最後の恐ろしさといったら。もちろん、恐ろしいといっても切った張ったの展開ではない。何気ないのに凄すぎる。タイトルになっている「薔薇とハナムグリ」もとっても面白いし、一番最初の「部屋に生えた木」も、観光ガイドと作家自身の会話からなる「記念碑」も、どれもこれも傑作。長めの解説があり、おかげで背景を知ることができる。それによると、書かれたのはほとんど1935年から45年の間。つまりイタリアがファシズム体制下にあり自由な表現ができなかった時代とのこと。だからこれは何の象徴だとか考えなくたって物語として単純に面白い。光文社古典新訳文庫。こんな世の中に古典を新たに訳して出してくれるなんて、なんてありがたいのでしょう。充実感あり。買ったきり読んでないモラヴィアのインタビュー本まで本棚から出してしまった。

by kienlen | 2018-11-13 08:00 | 読み物類 | Comments(0)

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