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「汽車はふたたび故郷へ」

迷ったけど結局観に行った。予告とかパンフレットとかからの自分の勝手な予想と実際に見るのと違うのは映画の場合当たり前とはいえ、ここまで違うのもびっくり。だって巨匠のナントカさんという監督が、思想統制、つまり検閲の厳しいグルジアでは映画を自由に作れないのでフランスに来たけど・・・という自伝的作品みたいなイメージで、思想的なものを前面に押し出した内容かな、という予想をしていた。それで興味を持ったということもあった。でも、最初から、アレちょっと違うって感じた。とっても詩的。映像がすごく美しい。時代のせいか、自分にとっては郷愁を呼び覚まされるというか、意味もなく何度も涙が出た。確かにグルジアを出てフランスに行くという話であり、粗筋はその通り。でも、そういう政治的なメッセージ以上に人生そのものを感じた。ま、分けられませんが。とっても美しく丁寧で、音楽も好みで、私は好きだったな。昔昔、若い頃に映画好きの男友達がいて、何だか前衛的なものを見せられたような記憶がいきなり甦り、そうだ、あの時に見た、なんか、あれに印象が似ていると思ったのだけど、それが何かが思い出せなかった。それは単純に場面のつなぎ方とか、それの曖昧な記憶だけなんだけど。まあそれに誤解かもしれないけど。

あと、思い出していたのはミラン・クンデラの小説かな。主な登場人物の誰もが、よろめかない、子どもっぽくない、ここでどうふるまうかを心得ている。それは政治体制にも由来するのだろうけど、その毅然、というのとも違う、もっと緩やかな自立と関係性が私にとっては感動的だった。ゲームに参加していること、とりあえずしなくちゃ生きられないことを無言のメッセージで常に伝え合うわけだ、仲間内では。でも魂までは売らない。静かで言葉が少なくてメタレベルのコミュニケーションに満ちていた。そして死の唐突さが何度もあって、それもリアルに感じられた。この主人公は、いいなって思う男性、女性でもいいが、を類型化した場合の、あるグループに属していたと思う。今は忘れているのに、そんなことまで思い出しながら見た。アーチストではあるけど心がアンバランスではなく、策略家の道を選ばないけど、瞬間の判断は結果的にははずれてなくて、選択の基準がサバイバルという次元で、で、攻撃も迎合もせず、存在そのものはユーモラスみたいな。ハードボイルドですな。当然のことながら死とはいつも隣り合わせ。もっともそれを意識することでそういう存在になるんだろうけど。観客は3人だった。フラメンコ・フラメンコと迷ったんだ。両方見ても良かったけどさすがに時間が気になって断念した。
by kienlen | 2012-07-24 00:02 | 映画類 | Comments(0)

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