久しぶり軽井沢

軽井沢でのイベントに行って来た。ずっと前に友人に誘われてその場で申し込みチケットを買ってもらっておいたもの。当日になって、そっかこんなに高価だったんだ…と思ったのだったが、福永武彦の短編ミステリーを4人の役者が朗読するという、あまりないスタイルで、それに会場がタリアセンの朝吹邸であるし、なんかちょっとハイソな雰囲気を味わったのだった。始まる前に深沢紅子のギャラリーになっている建物のレストランで食事。小さな子連れの家族が多いのに驚いた。
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連れはあっちので、私は手前の地元のオクラとインゲンのパスタ。あっち美味しそう、卵が。最近卵が好きだと友人に行ったらコレステロールの話になった。
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これはお庭。
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会場はこんな雰囲気で、それにしても軽井沢とは思えない暑さだった。その後、一房の葡萄という有島邸の一階のカフェでミルクティーを飲む。すごくゆっくりした日だった。
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道路の混雑に、そうか三連休の中日だったのだと思った。
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あれが会場。
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真夏の雲だった。


# by kienlen | 2018-07-15 22:13 | | Comments(2)

サバービコン

変なタイトル、意味は何なんだろうと思いながら見に行った映画。人種差別の話かと思ったが、まあそれもあるけど、もう全体がブラックで、ブラックさが半端でなかった。タイトルについては原題を見て納得、サバーブ+コンであるらしい。つまり郊外の幸福なニュータウンの欺瞞性ってところだろうか。アメリカが豊かさまっしぐらを突っ走る1950年代の郊外のニュータウンの宣伝から映画は始まる。まばゆい太陽、かわいい持ち家、ハッピーな人々の笑顔「ここに欠けているのはあなただけです!」みたいな宣伝文句が叫ばれて、じゃあここの家を買える人は誰でもいいのかというと有色人種はとんでもないのである、という流れがひとつ。しかしメインが人種差別問題かというと、そうとも感じられなかった。中心に描かれるのは黒人家族のお隣のお宅。夫婦と男の子ひとりの幸福そうな家族。そっくりな姉妹がいるのが奇妙ではあるが、双子って設定だってことは後で知った。確か、あの大好きなめぐり合う時間たちでもこの時代を演じていたと思うジュリアンムーアが二役やっていた。

これはもうアメリカ的価値観への究極なブラックではないだろうかと感じた、アメリカを知らないのになんでそう感じるかというと、もうそういう刷り込みのオンパレードなのである。強くて前向きで家族愛に満ちて、そのためなら人殺しも戦争もいとわない。アメリカのイメージってそれだもんな。それが本当かどうか知らないし、そもそも本当があるのかどうかもしらないけど、ひじょうに分かりやすく、これらがいかに暴力の連鎖を生むのかというのが描かれていると感じた。そして別にこれはアメリカだけのことであるはずはない。それにしても描写が半端じゃないので心底怖くなった。人間ってこんなもので、地域社会なんてこんなもので、国家なんてこんなもので、でもそれは愛すべきものなのだろうか、というのは分からなかった。宣伝チラシによるとジョージクルーニーは次期大統領候補とも噂されているのだそうだ。選挙権があったら一票入れたいと思わせる映画だった。ああ、怖かった、ああ、好みだった。

# by kienlen | 2018-07-13 21:05 | 映画類 | Comments(0)

マスクス・エンゲルス

見よう見ようと思いながらなかなか行けなかった。理由は上映時間帯で、できれば夜、あるいはそれに近い時間帯が一番ありがたいのに朝方と真昼間のみだったから。最終日の昨日、韓国語教室の後で夫の店でランチを食べてから図書館に行き、それから2時過ぎからの最終上映でやっと見ることができた。間に合って良かったと十分に思えた映画だった。原題は「若きカールマルクス」なんだ。でも内容からすると、邦題の方が合うようにも思える。最後のシーンが共産党宣言を2人、だけじゃなくて妻たちもいる場で書き始めるところ。つまり、映画が描いているのは1840年代後半のほんの3年だか4年だけ。マルクスがドイツを追放されてパリで暮らしているときにエンゲルスと再会してすっかり意気投合、互いが互いの才能を認める同志として活動するようになる。両方の妻の存在の大きさに、知らなかったので驚いてしまった。

エンドのタイトルバックがボブ・ディランで、うーんとっても良かった。ずっと聞いていたかったし、それにもっと大作に仕上げてくれても飽きずに見られたと思う。2人が出会ってから共産党宣言に向かう過程に徹しているので、どうやって貴族である妻と出会ったのかなどはないし、知りたいことがたくさんあった。もっともそれを映画に期待することもないのだが、かといって本を読んでいる時間もないものだから。全体にカッコいい映画で、有名人がたくさん出てくるし、思想家と活動家のやりとりも面白いし、時代の雰囲気がすごく伝わってきた。しかしこういう映画をやってくれる映画館があるのは本当にありがたいことだ。予告も見たいのだらけだった。回数券があっという間に終わる。

# by kienlen | 2018-07-07 13:12 | 映画類 | Comments(2)

女は二度決断する

一昨日のことだが、久々に映画を見に行った。見ようと思った理由は移民がテーマに感じられたから。ドイツのトルコ人移民といえば昔から移民研究のひとつの代表だったと思うが、で、今は移民問題がもっともっと多様化していているわけだが、この映画も舞台は現代、だと思う。もうまさに直球勝負という感じの作りで、こんなシーン出すのね、と感じるのがたくさんでてきた。まずは幸福な家庭が出る。母親は女友達と会うために子どもを夫に預ける。その様子から夫は小さなビジネスをしているようだ。どこにでもありそうな光景。で、主人公である母親が友達と温泉に行ってリラックスして戻ると警戒線が張られていて半狂乱になった彼女が、警察の制止を振り切って夫のオフィスに駆け付けると、そこは激しく爆破された後。コントラストがいかにも映画だけど、ただこれは十分に起こりうるわけで今も世界のあちこちで起きているわけで、胸が締め付けられる。

警察の調査が始まり、その中で家族像が描かれ、夫がトルコ出身であることや麻薬取引に関係していたこともあることなども明らかになり、そっちの筋にいくのかと思うと、全然違う展開に。裁判の様子はひとつの山場。容疑者の人権尊重の行きつく先がいかにも茶番という風に描かれる、というか極めてまじめに描かれていることで茶番が引き立つということかな。ドイツ映画の裁判ものといえばハンナ・アーレントくらいしか知らないような気がするが、しかし何か似たようなにおいを感じたりもする。茶番の判決の後の主人公の行動はスリリングに描かれている。そしてショッキングな最後へ。しかし彼女の心理状態を思えば妥当な最後と感じる。と思えるくらいに鬼気迫るものがあった。ただ何だか全体の印象が不思議、何を言いたいんだろう、なんて、考える趣味があるわけじゃないのに、何だかふとつぶやいてみたくなると言ったらいいのか…。嫌いじゃないけど、手放しで好きかというとそうでもない。どこがどう物足りないのでもないし、過剰ってのでもないし、なんか、この、そのまんま感が不思議なんだな。

# by kienlen | 2018-07-05 19:00 | 映画類 | Comments(0)

距離

アメリカに住んでいるタイ人の友人から、もうさんざん来い来いと言われていながら行ったことがない。アメリカ以外の国だったら多分とっくに行っていると思うのだが、一度はと思いつつ食指が動かない状態が長年続いている。それで業を煮やして彼女の方から来るということで北海道で落ち合えないかと連絡があった。北海道はタイ人にダントツ人気。その影響を受けて北海道という気になったようだ。信州にまだ来たことがなければ、北海道の前にこちらへ、というのだけどもう来たことがある。実はちょうど、フェリーに車を積んで小樽に着いてドライブしたいけど一人じゃあ行く気になれないしと思っていたところなので、それを話して、車を出すと提案したら大喜びだった。

それで昨日はスケジュールなど、彼女とのやり取りをしていた。今更ながらだけど、つくずくSNSの便利さを感じる。これまでメールでやり取りしていたのだが、メールを書くとなるとハローとかの挨拶言葉から始まってなんか大げさな気分になってしまって気軽さに欠ける。それでバンコクでその友人に会った時、lineを交換しておいた。アメリカではlineじゃないのを使っているとのことで気が進まないようだったけど入れてくれた。で、それが大活躍。無料、手軽。それに記録に残るからメモ代わりになるのも余計に便利。こういうツールの普及で距離が関係なくなっていくのかと思いきや、逆に言うと距離を詰めるためのツールにもなっているわけで、今さらながら、すごい世の中。

# by kienlen | 2018-07-01 20:20 | その他雑感 | Comments(0)

『技法以前-べてるの家のつくりかた』

最近友人有志たちと読書会を始めた。前々からやりたいねという声はあったものの、自分たちでやるというのは立ち上がりのエネルギーがいるので着手できずにいた。一時期すごく楽しみに参加していた読書会があったけど諸事情で挫折し、まあ何より社会人を半分止めているような状況を活かさない手はないので発足させたわけだった。持ち回り式の担当者が課題本と会場や進め方を好きに決めることにして、2度目である次回の課題図書がこれ、という経緯で読むことになった本でメンバーからの借り物でもある。こんなこともないと読むことはなかった存在さえ知らなかった本。べてるの家というのは聞いたことがあるな、程度しか知らない。内容は大変まとも。ケースワーカーとして長い経験をもつ著者の考えと実践、体験をつづったもの。統合失調症という現象との付き合い方という感じだろうか。幻覚や幻聴が症状なので分かりやすい、というか現代社会にあっては明らかな問題行動があるということになるが、その深層は何かというのを、いかにも専門家として深堀するというのでもなく、専門家ではあるが感性のある人間ならこうだよな、というくらいの次元で対応しているのだが、形態としては、自分の症状を自分で研究して発表するという形をとっている。精神科医の対応も含め、この分野で広く常識とされているものとは大きく違うのだろうけど、専門家じゃない者からみると、これがまともでしょう、と感じてしまうようなものだった。本を読んでいる時間が惜しいって感じになっているので実は、この厚い本を読めるだろうかと思ったりもしたが、難しい内容じゃないのでそんなに時間はかからなかった。日常生活にも応用できる技法以前だし、悩んでいる人にとってはヒントがたくさんあると思われる。読書会の一回目は『中村屋のボース』だった。これはざっと再読してやはりいいなと感銘を新たにした。この方向でいくと文学ではなく社会科学系が主流になりそうな気配。
# by kienlen | 2018-06-28 13:54 | 読み物類 | Comments(0)

『朝鮮と日本に生きる―済州島から猪飼野へ』

友人が貸してくれた本。済州島の4・3事件なんて、まったく知らなかった。本を読むたびに無知を知るだけだ。この間見た韓国映画「タクシー運転手」が光州事件だったけど、そっくりで、背筋が凍り付くとはこのこと。あの警察幹部の恐ろしい顔が浮かんでくる。そして世界では、このような状況が終わっているわけではない。この本は、書いているのが当事者で、自伝であり韓国のある部分の現代史の歴史書にもなっているのだが、詩人である著者の素晴らしい言葉が、内容の残酷さと相まってえも言えぬ雰囲気を醸している。日本の占領下で立派な皇国少年だった著者は、敗戦による解放を複雑な思いで迎えるわけだが、実際には米国の反共政策による弾圧を見ることになる。10代の少年のまぶしい一途さも痛々しいし、韓国の直面した現実も痛すぎる。とにかくアメリカと政府と右翼とがごっちゃになって凄まじい虐殺を済州島でするわけだが、小説なんてもんじゃない危機一髪を著者は何度も生き延びて日本にたどり着く。こういうのをみると、人間ってそれぞれ使命を与えられて生かされているのだと思ってしまう。故国では南北の分断に反対して闘ってきが、仲間は片っ端から殺されてつぶされる。その時に活躍したのが日本の占領下で育てられた組織。で、その日本に密入国してからがまた波乱の連続、とはいえ、とりあえず命の危険はないのでここからは涙なしでも読むことができた。日本に来てからの問題は朝鮮と韓国の問題に巻き込まれるから。結局朝鮮籍から韓国籍にすることで一時帰国も果たすことになる。すごい濃厚な本だった。




# by kienlen | 2018-06-25 21:59 | 読み物類 | Comments(2)

4時半から歩く

朝の5時半に友人とファミレスで約束した。借りたい本があって、逆に貸す本もあった。このところ、バンコクに住んだことで減っていた酒量が元に戻っていて毎日飲みすぎの感があって昨夜もそうだったが、4時過ぎに起きることができたので、しかもまだ暗いかと思ったら明るいので歩いていくことにして4時半に出た。ファミレスで美味しくない朝食と美味しくないコーヒーなどを飲み食いする。本の貸し借りをしておしゃべりして、その後ひとりで少し本を読んで帰宅。ひと眠りしようかと思ったが、そしたらずっと寝ていそうで止めた。午後1時半から中国語を習っている場所での「三国志」の上映会に行く予定にしていたため、午前中に梅を塩漬けして早目のランチをとって12時前に出て一件寄り道して上映会へ。ずっと前に見た「レッドクリフ」は、諸葛孔明の作戦場面が多くて面白かったけど、今回のはひたすら戦いの場面で血みどろだった。上映会を担当していたのが昔からの知り合いで、偶然久々に会ったかたちになった。

夜はタイ料理の店に行くつもりでいたけど時間が早い。寄り道して新聞読んで本を読んで、それにしてもこれからどう生きるかで絶望ばかりじゃあしょうがないし、何か欠けているような気がして、そうだ、日本語教師の資格を何とか取れないものかと思って検索した。しかし学校がないし、仮にあったとしても高い。それでふと突然、検定試験を受けてみようと思い立った。この試験は、大学で日本語教育を専攻していた友人が難しいと言っていたことばかり覚えていて自分が受けるなんて考えたこともなかったのだが、万が一ってこともなきにしもあらずだと思うことにして、その足で書店へ。そして高い参考書を一冊買う。まあ、今は何でも高く感じる状況ということであるが。外国語を学ぶ方が日本語を学ぶより面白いけど、ここはしばらくは我慢して日本語を勉強してみようと思う。そんなわけで3時間くらい歩いただろうか、という日だった。

# by kienlen | 2018-06-23 21:41 | その他雑感 | Comments(0)

信州で読んだり書いたり、時には旅したり


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