読みかけの本ばっかり

本日の仕事現場までは往復約5時間の運転。思いがけず早く終了したため帰路は遠回りして新緑のまぶしい山道を来る。途中の道の駅でウドの葉を買う。手打ちうどんでウドのてんぷらを食べたいと思った。でも、帰り着いた時には疲労感で体が重たい。昨夜の睡眠不足もあるけど、歳のせいだろうか。集中力のいる仕事だったのでそれも関係するかも。手打ちうどんに取り掛かる元気がなくソファに横たわった。横になることと本はセットだが、今読みかけのは雑誌を除いて主には新書で、斎藤美奈子『冠婚葬祭のひみつ』と仲正昌樹『「分かりやすさ」の罠-アイロニカルな批判宣言』。どっちも著者が好きで買ったもの。どっちも疲労で倒れそうな状態とマッチしないので新しい新書を開く。すごく話題になっているらしいので買ってみたもので梅田望夫『ウェブ進化論-本当の大変化はこれから始まる』。判断基準の第一が直感という自分は、最初のページで引きつけられた。けど、数ページ読んで朦朧としてきたので今日は諦めるが、他を置いてまずはこれを読むことにしよう。

話題の本といえば『国家の品格』がまだ売れているようだし、雑誌でもよく取り上げられているが、自分は読んでない。不満ばかり言うのは不本意なので買いたくはない。友達の誰かが買ったら借りようと思っているが、なぜか誰も買わない。皆が同じことを企んでいるような気もする。この間読み終えたのは、橋本治『乱世を生きる-市場原理は嘘かもしれない』というもの。橋本治を知ったのは『桃尻娘』というよりは編み物から。昔、編み物をしながら読書する姿を雑誌で見て真似たものだ。編み込みや模様編みは無理でもメリヤス編みならできることが分かった。それでこの本。同じ集英社新書の『上司は思いつきでものを言う』が面白かったので読もうと思った。つまりは、戦国時代の乱世に似ている現代を、自分のペースで淡々と生きることの勧め、などという単純でおこがましい処世訓であるはずはないが、自分なりに共感できるところは多々あり。驚いたのは、パソコンを使わず手書きしているというところ。中野翠も新聞にそう書いていた。信じがたいけど嘘をつく理由もないだろうし。そういうことを考えながら『ウェブ進化論』にかかることにする。
# by kienlen | 2006-05-25 20:20 | 読み物類 | Comments(0)

ついでに「脱いだ靴をそろえる運動」について

あいさつ運動の出動については①無断で休んで、もしも何らかのリアクションがあったら面白いから事実上強制の根拠を聞く→今までの経験から推測すると可能性は限りなくゼロ。そんなに大切な活動であればサボった人に自信をもって文句を言えばいいのに言われたためしがない。とはいえ、影の声は知らないが。②このブログに記録するためだけに出動してみる→気絶はしないと思われるので勇気がいるが、試す価値があるかどうかは一考の余地あり。③出動できませんと、青少年育成担当者にあらかじめ伝える→この方が面白い反応があるかもしれないが、末端の自分にとっての直属の上司が誰か不明。幹部発信だろうが、育成会経由なので、担当者は伝達役割のみだろうから徒労か。以上、3つの選択肢が考えられる。しばらくの猶予があるから検討することにして、ここにあるもう1枚のピンクの紙について記録することにする。

「脱いだ靴をそろえよう!」がタイトル。「この運動が、子供たちの豊な心を育てます」がサブタイトル。「地区住民の皆さんへ」としての説明の要旨は以下、と言いたいが論理性なく理解不能なので、自分がゴーストライターになったと仮定してみる。脱いだ靴を揃えると非行も性的被害もなくなり、家庭は健全、地区の諸活動もなごやかになる…。毎年この紙が全戸配布されるので説明を求めたいと思うが連絡先がない。バンコク在住時に仕事の関係でラオスに何度も行った。ラオス語は分からないが街中にプロパガンダ(らしき)看板があって、稲穂を抱えた家族らしき人々が微笑む図柄から「一致団結明るい家庭」なのかと想像して、多分こういう国には住めないと思ったものだが、現在の日本の某地区で展開しているのは、ラオスでの想像ではなくて日本語で理解できる全体主義だ。ロボットのように脱いだ靴を揃えて、毎日オートマチックテラーマシンのようにあいさつする人を育成することが「青少年がたくましく未来に向かって前進できるように努力する(文面より抜粋)」ことなのか。靴を揃えるのも挨拶も、もちろん気持ちがいい。でも、それと非行が結びつくという短絡的な発想を流布させることで思考停止をうながして良しとするのは、もっと罪ではないだろうか。
# by kienlen | 2006-05-25 01:22 | 地域 | Comments(0)

あいさつ運動出動日割り表

仕事をしなければならない時間帯。やる気はあった。でも萎えた。外出先から帰った暗がりで郵便受け内のものをつかんで家に入れたら、その中に「あいさつ運動出動日割り表」が入っていた。息子の名前のところをグリーンのマーカーで強調してあって、見ないフリを決め込むには目立ちすぎる。「青少年育成」とやらの一環で、数人の当番が「あいさつ運動」のタスキをかけて指定の場所でたちんぼうをするのである。人が通りかかると「おはようございます」と元気に明るく声をかける。育成会役員なるものになった時に経験して、ショックで倒れたくなった。よく映画などにショックで気を失うシーンがあるが、あれが日常的にできる技を身につけられたら地域やPTA役員で何と便利なことだろう。その時は偶然学校が休みの日で誰も通らなかったので、この声かけはしなくて済んだのが不幸中の幸い。さらに雨降りだったのと、育成会役員のストレスで(自分ではそう信じている)体調を崩して入院して退院直後だったので、それを言い訳に早めに切り上げた。そして誓った。「こんなこと絶対したくない」。それまでもこういう奇行を他の人がやっているのを見たことはあって、奇妙な趣味の人がいるものだと思っていたが、自分がやるハメになるとは。子供をもつということはこういうことであると言いふらしたら、少子化はもっと進むかもしれない。

今年は役員ではないのに回ってきたのは、人が少ないからか、あるいは、今年の中学の育成会役員の打診があった時に「過去に体調を崩した経験があり精神科の医師からも引き受けるのを止められてる。それでも役員になった場合は自己防衛的にふるまうことをご承知おき願いたい」由の文書をA4用紙にたっぷり書いて送っておいたので、もしかしたら嫌がらせなのだろうか。昔なら村八分の仕置きの逆バージョンか。その、一昨年の役員の時の、あいさつ運動会議ではこういう悩みがでた。「役員が大勢で立っていると子供達がそこを避けて通っていく」と。誰も笑わず真剣そうな表情。朝のあいさつを強制させることへの使命感で、公民館の大広間が熱気を帯びている。このまま撮影隊が入ってくれたら脚本なしにお笑い番組ができると思った。そんな中、1人の母親が質問した。「朝7時から20分間という時間帯は下の子の世話もあって母親には一番忙しい時間帯なので、できればご年配の方の時間帯と交代していただけませんか」と。こういう会議にしては筋の通った意見だと思っていたらその後がスゴイことになった。言葉遣いまでは覚えていないが、要するに「今の母親はなってない」論が地区役員の幹部クラスから噴出。何を言われたか覚えていないのは根拠のない戯言だったからだ。それでも幹部は強い。こうして母親は追い詰められていく。とうとう地区に恨みを抱くようになり、地区活動の炊き出しおでんに毒を入れたり…しませんけどね。
# by kienlen | 2006-05-24 22:22 | 地域 | Comments(0)

やり場のない電話の後の虚無感

どこに怒りをぶつけていいか分からない時がたまにある。最新のケースは、平成電電が倒産したから、ダイヤルアップ接続の設定を変更せよとの案内ハガキが、契約しているプロバイダーからきた時。自宅のパソコンはケーブルなので影響ない。でも、ノートパソコンで外からつなぎたい時やファックスなどに備えて、一応ダイヤルアップもオプションで契約してあった。でも、年に1度くらいしか使わないから、これを機に解約しようか迷っているうちに、設定変更の期限が過ぎた。それで解約を決めて電話したら、書類かHPで手続きせよということ。「こちらのミスでも希望でもないのだから電話で簡単にできませんか」と言ったけど、もちろん問題外。お詫びの言葉もひと言もないどころか、訳の分からないわがままな人だ、と判断されているだろうことが声の調子から感じられる。電話会社の倒産にプロバイダーは関係ないから、先方の理屈から言ったらお詫びの必要はないんだろうけど、私としては、自分は何もしてないのに無駄な手間がかかるし、利用はできなくなるし、という不都合のみで何のメリットもない。電話の相手に怒鳴ったところでエネルギーの浪費だからやめた。

でもたまに浪費にも挑戦する。昨年度の確定申告の時は社会保険事務所に電話して、しばらくやり取りの後、ついに「相手が何を言いたいか把握する訓練をして下さい!」と怒鳴ってしまった。無駄でも一応意思表示を試みるべきと思ったからだ。事の発端は、確定申告に際して、同庁発行の国民年金納付額証明書の添付が義務付けられたこと。9月時点での納付証明がきて、以後の納付は領収書をつける。だったら全部領収書に一本化した方が混乱がないと思った。ウチの場合の問題は例によって夫で、ハガキに細かい説明があっても理解できないし(私にも難しい)、期限を知らずに納付が遅れることも度々あるので、どこまで払っているか分からない。証明書には未納という文字が並んでいるから問い詰めたら、その後にまとめて払ってあって領収書を出してきた。まじめに払っているのに未納が並ぶのは不愉快である。こんな不愉快な証明書を発行する理由について先方の言い分は1点に尽きた…税務署から言われたから。9月時点である必要については…皆さんに送るのに手間がかかるから。ひねりもないし笑いもないが、あるのは自己都合のみ。そもそも手間なんかかけて欲しくないんですけど…。これは研修で「クレームに関しては相手の言い分は聞かずにお役所の事情のみ言い続けること。なるべく単語のみ使用。諦めて電話を切ります」と教えられているのだろう。非コミュニケーション能力の増強が図られているようだ。ちなみに私が期待したのは、まっとうで納得できる説明であり、そのためにどうしたらいいのか、文書にするのかも尋ねたが、電話でバカなヤツが何かクレームしてた、という次元に留めておきたかったようで上司も出て、全く同じことを繰り返していた。
# by kienlen | 2006-05-23 11:50 | その他雑感 | Comments(0)

仕事のついでの寄り道で面白いもの発見

車で1時間少々の場所でちょっとした仕事。いつものごとく短時間でおしまい。絶好のドライブ日和だったのと、午前で用事が終わって時間的に好都合だったので近くの温泉に行くことにした。人が集まる場所が苦手なので温泉は昔は嫌いだったが、誰もいない山の中の露天風呂を経験してから好みが変わってしまった。月曜日のちょうどお昼時ならすいているだろうと期待して少し山手に入る。以前に1回来たことのある、見晴らしがいい中規模の温泉施設で入湯料金500円は、まあ良心的に感じる。期待通り、客は数人に満たない。浴槽が数箇所あるのだから、大浴場も露天も独占で気分がいいのだが、かといって温泉に浸って長時間リラックスできるというタチでもない。自宅の風呂でも読書を兼ねているから長くなるだけで、それなしで長風呂はできない。温泉で読書というのも…でも、次は挑戦してみよう。

農業の盛んな地区で、有名人の農場やレストラン、ワイナリーも近くにあるような豊穣の地。敷地内にはレストランと、地場の農産物を販売する売店がある。そのレストランで食事して、なんとなく売店にも寄ってみた。アスパラ1束80円、青菜類も同じ。玉ねぎ4個100円。その他いろいろ。父親の趣味の農業で野菜はほぼ自給できるとはいえ、こういう所に来ると購入したくなる。アスパラと玉ねぎと人参の会計をしている時に、ふと気が付くと、横にダチョウの卵があった。初めて見た。鶏卵と一緒に並んでいるのだが、長さが15センチくらいあるから、1個だけなのに、やたらに目立つ。で、値段は3000円。その他の販売物に比べたら破格である。レジの人に「どうやって食べるんですか」と聞いたら「どうやって食べるんでしょう。目玉焼きってわけにもいかないよね」と言う。こんなの、いくらオメメぱっちりの人の目玉を想定したところでほど遠いサイズだ。「これ、買う人いるんですか」と聞いたら「前に1人いましたよ。でも、どうやって料理したか知らないね」と言う。生鮮食品を扱っているのだから調理方法も教えて欲しいものだが、こういう場所だったらそれも許せるなというロケーション。ちょっと凝った料理屋でダチョウの肉を勧められて食べたら美味しかったので、この辺で売り出しているのかと思って尋ねたみたが「ダチョウはいるけど肉を売っているかどうか知らないねえ」だった。産み手がいるから卵があるんだろうけど、商売っ気がないというか。
# by kienlen | 2006-05-22 23:16 | その他雑感 | Comments(0)

まちづくり関係の集まりの自分勝手な感想

「あなたにもできるまちづくり」という副題のついたイベントに行った。主催者から電話で勧誘されていて、あまり引きこもっているのもいけないな、娑婆の空気も感じないと、と思って予約していたもの。昨日は一歩も外に出ず、今日もこれがなかったら同じだったろうことを思うと、1時間ほど散歩したという点で意義はあった。でも、参加した後になんだかイラついて友人に電話して、帰りがけにビールを飲んでしまったのでチャラどころか消費エネルギーより過剰摂取かも。別にダイエットしているわけじゃないからいいけど。

まちづくり、をテーマに活動するグループはいくつかある。今日のは、その中の1つの発表を聞いて話そうという趣旨。楽しく気軽に集まってまちづくりについて話したりイベントをする、という団体だったので、楽しいのはおおいに結構ご自由に、という以外の感想はなかったが、面白いなと思ったのは、堅苦しくなくユルク、というのが盛んに強調されていたこと。あと、仲間と一緒で心地よいと。関係者は30代が中心らしいが、すでにそんなに堅苦しい場面に直面しまくってきたのだとしたら、なんだかスゴイなと思った。その上で懲りてユルクだとすれば。どういう仲間を作るのも自由だからそれについて何も思わないけど、ただ、まちづくり、となると行政と結びつきやすいのが少々気になるところ。協働が常識になっているので、その名の下に市民も対等な立場で参画というのが建前だ。ユルクて心地よい仲間達が、もしも必要な時があれば、臨機応変に仲間内、また行政との対立も恐れずに専門知識と行動力と公共性意識を動員して、公的活動の一翼を担うなら、これは素晴らしいことだと希望を感じたイベントだった。
# by kienlen | 2006-05-21 23:02 | 地域 | Comments(0)

成婚数の水増しと理想のカップル像

朝から1人になった。週末は家族でドライブ、なんて習慣もないし、各人が勝手に自分の行動をとる中にあって、勝手に行動するには小さすぎ、習い事もしていない娘は最も不利な立場になるから、いつも「退屈だよー」と言っているが、少し成長したらしく「毎週おじいちゃんちに行く」と言い出して昨日から行ってしまった。息子は朝から出かけた。昼食に一旦帰宅すると言っていたが突然の豪雨で無理だろう。夫も「オーストラリア行きはのびそう。ビザを取るのに時間がかかっている」と言い残して朝からどこかに出かけた。「タイ人じゃあ、ビザおりないんじゃないの」と言ってみたが相変わらず反応なし。子供が小さくてどっちかが世話をする必要があった時は、その役をどっちにするかで常に調整し合わなければならなかったが、このところ、親としての物理的役割が減っているため夫婦の会話というのは1日皆無か、本日のように1人当り1~2文というところ。何か共通の話題があると会話のきっかけもあるのだろうが、ない。世間を知らないから世間話はないし、興味のありようも多分全然違うようだ。もっとも彼が何に興味をもっているかも知らないが。

これでは「タイ人と暮らすナントカ」とかいっても、それだけの生活実態がないのだから誇大タイトルだ。国際結婚カップル自らの『ダーリンは○○人』というシリーズがあるが、書けるだけのネタを提供してくれる人と暮らしたら面白いだろうと、羨ましく思う。ところで、結婚情報サービス会社が成婚数を偽った誇大広告で排除命令を受けたと報道されていた。法律ではそうかもしれないが、そんなに重要な問題なのだろうか。この業界の広告は文章量が多いので私もたまに全面広告を読む。「苦しみは半分、喜びは倍に」みたいな言葉が踊っている。受ける印象としては、夫婦というのはコミュニケーションを取り合って手に手を取り合って人生を楽しみ、荒波を乗り切る、みたいな感じ。成婚数を大きく言うより、こっちの方が誇大妄想広告で有害じゃないかと思うが、数字以外を測るのも難しいし、結婚してみたら広告と違ったといっても、個人差という壁に仕切られることだろう。それとも実際にこういう夫婦は多いのだろうか。きっと不幸なのはこれを信じて結婚して、さらにその後も大幅調整しないで信じ続けることだろう。私の基準は、ジャマにならない人なので、こういう人が面白いネタを提供してくれるわけない。
# by kienlen | 2006-05-20 15:41 | 男と女 | Comments(0)

本屋に感じる郷愁

某国家機関に仕事で行ったら思いがけず贈り物をもらった。包装紙に包んだ薄い長方形のもの。こういう形状でまず浮かぶのはビール券だが、まさか、この機関でこの方から。無難に商品券だろうか。この間など、仕事のギャラを「金がないから商品券でいいか」と言う個人事業者がいて、小額だし「対価であれば何でもいい」ともらったことがあるが、でも一番嬉しいのは図書券だな、と思って、人がいない部屋に移された時に早速開けてみたら図書カードだった。カード状を見ると500円がまず浮かぶのだが、丸の数が多いので、1000円カードかと喜んだら、さらにもう一桁上。自分の貧しい金銭感覚に気付く。確認してから大切にしまう時、封筒に押された書店のゴム印が目についた。

それはつい最近閉店した老舗書店で、立地ときたら駅前の一等地。しかも、昔、私はここで書店員として働いていたのだ。好きなものが並んでいる場所で働くのは問題があると悟った職場でもある。ツケで社員割引で購入できるので給料日の天引きが異常に多くなる。店員としての役割より、読者に専念したくなってストレスがたまる。自分がいいと思う本があると読んで欲しくなって追加注文して平積みなどすると、通りかかった社長が「本屋の利益は少ないんだから1冊売れ残れば儲けなしだぞ」と怒っていく。実際、人文書がそんなに売れるはずないのだ。それでもまだ余裕のある時代だったのだろう、今から思うと。友達との待ち合わせも、書店だったら長時間待たされてもすっぽかされても平気なのでよく利用した。そうして利用していた店で現存しているのは僅か。その上この規模の店まで…。インターネットで便利に注文できるとはいえ、本屋をブラブラしているだけで、生きて読むべき本があると思って元気がでる。時代遅れの人間なのだ。
# by kienlen | 2006-05-19 20:30 | その他雑感 | Comments(1)

信州で読んだり書いたり、時には旅したり


by kienlen
プロフィールを見る