司会の怪

ただでさえ多い学校からの配布物が4月は特に多い。息子は家庭訪問の日程など、重要なものしか渡さないので知らなかったが、娘の方はまじめに運んでくる。今日も6枚。PTA会長名のものがそのうち2枚で、PTA総会のお知らせと、先生の歓送迎会の案内。昨年は学級会長と学年会長という役員になっていたので、さっそく学校へ行く用事が生じていたことになる。それで思い出したことがある。私は知らないことは体験してみたいタチなので、PTA事情について何も知らない頃に、好奇心から総会に出席したことがある。そしたら、司会も発表者も棒読み風で、配布された資料通りに進んだだけでライブのスリルもハプニングも皆無だったので以後行かなくなった。

昨年の役員をやっていた時のこと。「次の会議は4年の会長さんに司会をしていただきます」という連絡がきたので「司会をするなら把握していなければいけないことが相当あるだろうから、綿密な打ち合わせが必要だろう。それにしても自分はPTAについても会議についても無知だが…」とドキッとして尋ねたら「原稿があるから大丈夫」ということ。いや、進行のためのマニュアルがあったとしても内容把握は必要だろう、なんて杞憂は不要であった。「不慣れな司会ではございますが」という前ふりから始まって「5秒あける」とか、とにかく完全棒読み用原稿完備である。司会を職業にしている人が役員になった場合も「不慣れな…」と、学校で白昼堂々とウソをつく仕組みである。もっとも、毎年人が交代するたびに打ち合わせでは手間隙かかって面倒なので合理的な仕組みともいえる。となると、さらに1歩進めてライブはやめて録音にするとか、PTAロボットでも開発する方が少ない人数で済んで、読み間違いも防げていいのではないだろうか。
# by kienlen | 2006-04-06 22:39 | PTA・学校 | Comments(2)

言葉を忘れた1か月

1日中雨模様だった。日曜日から連日、朝出て缶詰めで仕事して夜に帰るという会社員並の生活も今日でおしまい。仕事先付近の食堂でお昼を食べていたら、和服姿の女性がスーツ姿の小さな子を連れて入ってきた。多くの学校で入学式で、そういえばウチの子達もそれぞれ進級して、5年生と中学3年になった。私が入学式に参列したのは中3になった息子の方で、娘の方は失業中だった夫だけ行った。集合写真があるが、娘の顔があまりに黒いので笑える。もともと日本人に混じったら浅黒い方ではあるが、そんな程度ではなくズバ抜けている。というのは、入学式の2か月前まで彼女はタイに居たからだ。最初の会社をクビになった夫は町工場に職を得たが、何度病院に行っても原因不明の痛みに襲われて眠れなくなり、私の提案でしばらくタイへ戻ることにし、同じく私の提案で娘も連れて行ってもらった。保育園児を抱えていては諸々面倒なのと保育料もかかるのと、ゼロ歳で来日した娘をしばらくタイ語の環境におきたいという親心からだ。

タイ古式マッサージで夫の背中の痛みがすっかり消えたこともあって、2人は意外に早く、3か月程で帰って来た。たったこれだけの期間なのに娘は日本語を忘れていた。いいチャンスである。私と夫の間はタイ語だし、いっそ家庭内言語をタイ語に統一したらいいと思ったのだ。しかし他人が関係する物事は思うようには運ばない。娘は父親とはタイ語で会話するが、私や兄には沈黙し、態度もなんとなくよそよそしい。父娘癒着母娘乖離とでもいおうか。それに就学前から詰め込み教育のバンコクのナーサリーに行っていたものだから、机に向かって文字なんか書いている。でも来日した時もいきなり保育園に入れたように、再来日した時もまたすぐに保育園に戻すと、じきに元通りの日本語になり元通りの日常になった。でも、ずっと後になって保育園の先生が「あの時、○ちゃん、1か月間全く話さなかったんですよ」と教えてくれた。家ではフツウだったのでびっくりして、そういえばちょこっと勉強したことがある言葉を思い出して「緘黙児ってヤツですか?」と聞いてみたら「それとは違うんですよね、だからお母さんにも言わなかったんですけど」と言われた。娘自身も説明できず、今も謎の一件になっている。
# by kienlen | 2006-04-05 21:18 | 家族と子供の話題 | Comments(0)

アンケートの回答

運転中のラジオから流れてきたのでメモも取れず正確ではないが、おおざっぱには次のような内容のニュースが聴こえた。県内の製造業200何社からのアンケートの回答によると、景気が上向いていると感じている所が多い(確か割合を伝えていた)ということ。だから見通しが明るいというような分析もくっついていたように思う。こういうニュースを聴いて興味を感じるのは、こういうアンケートに回答を寄せる企業ってどういう企業なんだろう、ということだ。ほんの短いニュースでそこまでは教えてくれない。親会社が海外に工場を移転して、跡取りはいないし自分の代で止めようか迷っている社長は記入するだろうか。調査用紙よりも札束調達問題に奔走する社長はどうだろう。いや、そもそもそのような類の会社は調査対象に入っていないかもしれない。母集団が不明なので想像しにくい。

アンケートに答えるにはかなり高度な思い切りが要求される。私の場合は、職業分類でまず軽い挫折感。どこに相当するのだろう。仕事も収入も毎年変動するし、主なる家計維持者も特定できず変化する。それに例えば「○○は○○であるべき、という考えがありますが、この考えについてあなたはどう思いますか?」というような質問項目があったとすると、問いの内容はともかくとして、「べき」という考え方を支持できないので、それを基準にした回答もしたくない。まじめに考えると答えにくい質問というのはよくある。でも、ふまじめに答えるのは気がひける。だって結果が政策にも反映されたりもするのだから。それで、迷って迷って回答の時期を逸したりする。で、もしや私のように決断力のない人間が回答しないで、思い切りのいい人だけが回答していたとしたら、結果にも影響を及ぼすに違いない。
# by kienlen | 2006-04-05 00:32 | その他雑感 | Comments(2)

10年の変化

日本に来て私はちょうど10年。今日会ったタイ人女性Pは9年。思い出話が重なる。来日時期は、この地での冬季オリンピック開催の準備が追い込みの最中で、関連施設や新幹線や道路などの建設ラッシュだった。バンコクの日系企業を辞めて来日した夫は、たくさんいるタイ人達とすぐに知り合い、仕事の情報を得て建築現場作業員になった。ほとんど全員が不法滞在者という中でビザがあるので正規雇用。でも一時的な建築ブームはすぐに終わり、日本人社員に先駆けて電話1本でクビになっていた。その頃、Pは「人身売買」ルートに乗って来日した。お決まりのお仕事で稼いで短期間で400万円の通称「借金」を通称「返済」。自由の身になってさらに稼ぐのだが、多くのタイ人がそうであるように父親に捨てられた子供を残して来たわけではないので、働かない男と暮らしたりで浪費しつつ、タイ人男性との間に子供ができてしまって、無保険の出産費用等で病院には本物の借金という、1つの典型的なコースをたどる。

バブル期に日本にいなかった私も、当地で遅れてきたバブルを味わっていた。あちこちにタイ人がグループで暮らしているので、いつもどこかで各種パーティー気分。誕生日、入管に出頭した後のサヨウナラ記念、転居、諸々。ビザがないだけでは警察は逮捕しないという共通認識なのか希望的思い込みなのか表面的にはのびのびしていた。仕事もまだあった。その後、取り締まりが目に見えて厳しくなり、仕事も減っていく。それでも帰国の決心はつきにくい。それは分かる。外国といったって5年も10年も継続して居続けたら生活の場になってしまうし、いくら職がないといってもニッチで得られる小遣いでも、タイでの安賃金よりはマシ。異国で出会うタイ人同士、問題もあるが助け合いもある。「帰国」という響きは、一波乱の後で元の鞘に収まるような、ある種の安定感を包含しているように感じるが、彼らが立っていた場所は長期不在という影に埋め尽くされていると想像する方が容易だ。さらにPにはHIV感染という重たいお土産付きなのだった。
# by kienlen | 2006-04-03 22:15 | タイ人・外国人 | Comments(0)

国際結婚と性役割

日常会話はできるとはいえ、その程度の日本語の人に、ただその場にいればいい以上の用事で学校に行ってもらうと却ってやっかいなことになる。それで、洗濯物を干しながら隣のおばあさんに「夫が外国人だとみんな自分でやらなければならないから疲れます」と愚痴をこぼしたら「でも日本人の男だとお宅よりもっとやらないよ」と言われたことがある。そういえばそうだ。こういう事はその人の考え方や、仕事など外部状況によるものであって、ナニ人とかは関係ないのだということを時々忘れそうになる。でも不満があったら「ま、外国人だからしょうがないか」で済ませてしまうことができるのは、便利なことでもある。

というわけでナニ人だからどう、とはいえないが、それでも一般的な相違というものは感じる。なんといっても筆頭は日本人に強固に根付いていると思われる固定的性別役割分業意識。出産と母乳は男性には不可能だが、その他の家事育児で男という性だから苦手と信じることにどういう根拠があるのか私には分からない。あとは、子育てに関して、父親は社会性を身につけさせて、母親は包み込む愛情で、みたいな論。子育てに疲れている妻を夫は理解し支える、みたいな論。そんな精神論はどうでもいいから、直接行動あるのみだ。妻が疲れていたら夫がやればいいし、その逆もまたあり。ウチの場合のように言葉でのコミュニケーションが重要な年齢に子供が達した場合には、私が対応すると覚悟するしかない状況では、役割分担を性別で線引きしたら自分が苦しくなるだけだ。
# by kienlen | 2006-04-02 22:24 | 男と女 | Comments(1)

朝の電話

寝坊していたら友人から電話があった。「どうしよう、こんなんで。死んじゃうよう」が挨拶代わり。朝から暗い。母子家庭でフリーランスで建築パースを描いているが、それだけでは食えないのでアルバイトもしている。この不安定さに耐えられなくなって、たまたまオファーがあった会社に正社員で就職したこともあった。40代も後半になった女性に正規雇用の求人なんてめったにないのだからラッキーなことだと思って私も祝った。が、彼女はじきに辞めてしまって元の生活に戻ったのだった。もったいない。でも分からなくもない。いったん会社を離れると、長時間拘束されて昼休みが1時間でビールも飲めない、という生活に対する忍耐力が低下してしまう。

男女雇用機会均等法もなく、それに田舎だし、終身雇用なんて男の世界、という意識が大方だった世代でもあり、私も含めて周囲の女性達は常に仕事について考えている。離婚している人も多いし、パートナーが働かない人もいる。エリートでもないタイ人と暮らしている私も彼をアテにすることはできない。とはいえ、私を含めて周囲を見ていると、どこかが甘い。覚悟していたわけでもないのに、なんだかこうなっちゃった、という感じ。で、年齢的には抜き差しならないところにきている。共通するのは、親の土地に家を建てたり子供を見てもらったり、親の援助がかなりあること。経済成長の恩恵にあづかってきた親世代の蓄えを私達が食いつぶしている。となると、格差社会は次の世代に本格的に表面化するのだろうという気がする。
# by kienlen | 2006-04-01 23:45 | 仕事関係 | Comments(0)

撮影時の一コマ

短時間のアルバイトをした。定期的な仕事がないのでバイトでしのいでいる。ガイドブック的情報雑誌のレストラン案内の紹介文のための取材で、文字数は少ないし簡単なので10分もあれば済むのだが、料理の撮影に付き合わなければならない。で、これが相対的にはひじょうに長い。することはないし、てもちぶたさなので、準備に動き回るフォトグラファーに向かって「この雑誌って撮影は丁寧ですよね」と言ったら、彼はムッとした表情になって「どこもかしこも安易になっている。今までやっていたコマーシャル撮影に比べたら、これだって手抜き。品質が低下しても、それを分かる人がいなくなると困る。書く方だって同じでしょ」と言った。

その通りです。指先用のお遊びツールがたくさんあって活字離れが進行するのは当然だ。わが子達の読書欲も限りなくゼロに近い。それを見ていると「シメシメ、読まないということは書けないにつながるから、この先さらに年老いてもライターとして若者の仕事を奪えるかも」と希望を膨らませそうになるが、そういうことはまずないだろう。だって需要がなければ供給はいらない。言葉の破片を暗号のように共有できれば、特に不自由ないじゃん、が主流だろうし、そういえば先のレストランは注文もタッチパネルで、メニューを読む必要さえない。タイ文字を読めない人は指差で…という指南がガイドブックにあるが、母語においてもこっちの方向に来ているような気がする。
# by kienlen | 2006-03-31 23:27 | 仕事関係 | Comments(1)

PTAの怪

娘のクラスには、ウチと反対に母親タイ人、父親日本人という家庭の子もいる。昨年の今頃、当人不在のまま私は学級会長とさらにご親切に学年会長にも選出されていたのだが、その時副学級会長になったのが、そのタイ人女性だった。「日本の学校ってラムバーク(面倒)だよね」「タイの学校だったら親はサバーイ(らくちん)」と、会議の場でも声をひそめずにタイ語で話すのは密かな楽しみだったが、そんな楽しみなど苦しみに比べたらちっぽけなものだった。

苦しみの具体的内容に触れると膨大になるのでここでは省略。ただ、観察の結果、いくつかの点は確認できた。まず、相当数の人が役員を苦痛と感じているらしいこと。そうでないなら、やりたい人がもっといていいはずだし、総務の役員をリクルートする唯一の宣伝文句が「これで他の役員はすべて免除されます」であるはずがない。問題は、苦痛だから拒否、というのは大人の態度としては正しくないという良識と善意をもつのが大方の母達である点。「子供のため」という美名の下ならひれ伏さないとならないという、従順な意識。日本人を半分以上降りちゃっている私には、それこそ怪です。苦しむべきは、何が子供のためになるか、で七転八倒することであって、与えられた役割を順繰りにこなしてごまかすことではないんじゃないか?と感じて、経験してから現行PTA活動不信者に成り下がった自分がいた。
# by kienlen | 2006-03-30 21:35 | PTA・学校 | Comments(0)

信州で読んだり書いたり、時には旅したり


by kienlen
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