入管一筋の官僚の方の本を読んだ

『入管戦記』という本を読んだ。著者は東京入国管理局長を退官した坂中英徳。タイトルの勇ましさ及び「反骨の官僚“ミスター入管”初めて語る!国境に臨む「門戸」に立つと見えてくるこの国の珍事件、怪事件、難事件の真相」という帯の文と、内容の乖離はかなり大きい。編集サイドとしては、不法滞在者摘発の現場を誰よりも知る人のセンセーショナルな面を期待して、でも著者は日本を愛するまじめな常識的官僚ということで、こんなことになったのだろうか。しかし…、この程度で「反骨の官僚」ってことは、官僚の方々の世界って、本当に停滞、事なかれ主義なんでしょうか。官僚になったこともなく、なろうと思ったこともなく、生活安定という意味でのあこがれだけはある自分には、なかなか分かりにくい世界である。とはいえ、著者の熱意は好ましく感じた。特に、フィリピン女性の興行ビザを食い物にするアンダーワールドな方々と政治家との癒着を、怒りをもって告発しているくだりは拍手。ついでに「大物政治家」としてしか登場しない人々の実名を挙げていただけると、もっと良かったのに。

不法滞在というと、92年、93年辺りはタイ人がトップで、一時期はその代名詞にもなっていたので、タイ人に関する事例や事件報告もあるかと思って期待して読んだのだが、ほとんどなかった。タイのような小国かつ、食糧自給率100%であると、人口流出圧力も、近隣の大国に比べたら驚異ではないから、当然だろうな。日系人受け入れに対する問題点での指摘は的確だと思った。産業界は外国人労働者=日系人を安価な労働力とだけみて、企業の責任を果たしていないという点。最後には、入国管理という視点から、人口減少に向かう日本の将来の選択肢をいくつか描いて具体的に考察している。全体的には、外国人政策に関して私が常々感じている疑問点を払拭できなかった。つまり、相手は人間であって、受け入れ側の思惑通りになるなんてあり得ないという、ごくごく当たり前のこと。途上国から来たら勤勉であるとか、そんなことは一概には言えない。外国人だってフリーターになり、パラサイトになり、アル中になる。犯罪者にならずとも。
# by kienlen | 2006-06-19 01:06 | 読み物類 | Comments(0)

『トラフィック』は面白かった

『トラフィック』という映画をDVDで観た。これはすごい映画だった。最近の中では一番。メキシコとアメリカと舞台が短時間に切り替わりながら、麻薬の運び屋組織とそれを取り締まる側の攻防がひとつの筋だが、巨額が動く闇の世界であるから、本当の黒幕が誰かが見えにくくなったり、金で裏切る者あり、裏切られる者あり、殺し、殺され、取り締まりを率いる将軍が実は組織の親玉だったり、と人間模様は複雑。その上、麻薬撲滅に乗り出したものの、父の知らぬ間に娘が中毒になっているという家族内の問題あり、夫を逮捕されて泣くばかりだった妻が、運び屋組織と渡り合ったりと、何本かの筋が、最初は別々に進行しつつ、すごく巧妙にまとまってくる。これ、少し酔っ払いながら観ようとしたのだが、いきなり引きこまれて、ちゃんと観るべきだと思って昨夜改めて真剣に観た。ドキュメンタリータッチの映像も凝っていて、早すぎず遅すぎない展開といい、シンプルではないが、かといって理解できないほど複雑ではないストーリー、人物描写といい、長いが全く飽きないどころか、終わった時には、もっと続けてくれ、と思った。

これを観ながら、タイで暮らしていなければここまで真剣になっただろうか、と考えた。一大麻薬供給地の黄金の三角地帯を有するタイでは、麻薬は身近である。長距離運転手が使っているのは知られているし、タクシーに乗って、それらしき雰囲気を感じて、臆病な私は降りたこともある。学校の教師が生徒に売っているとか、この問題抜きにタイ社会は語れない。私が在タイ中に、首相に決まりかけた人物がアメリカの麻薬のブラックリストにのっているとかで降りたこともある。この間失脚したタクシン首相はこの問題に取り組んだことで評価されていたので改善したのか、どうか。タイ人と話していると、家族や親族に、逮捕者や死者がでるなどのドラック問題を抱えている人も多い。陸続きの国境は海を越えるよりトラフィックがスムーズで防ぐのが難しいことや、メキシコの警察や軍の汚職はタイを経験すると想像が容易。何もかもがリアルで、だから怖かった。ドラックは日本でも身近になってきている。密度の濃い映画で、正規料金払っても映画館で観たかった。
# by kienlen | 2006-06-18 12:01 | 映画類 | Comments(0)

エレベーターが怖いのか会社が怖いのか

立体駐車場に車を入れて階段を下りようとしたら、すぐ脇にあるエレベーターの前で母子(らしき)3人が待っていた。そこは2階。階段をちょっと下りる方がエレベーターを待つより早いのにな、と思って通り過ぎようとしたら、小学校低学年くらいの男の子が「エレベーターは怖いよ」と母親に言っている。うん、そうだ歩け、と思っていたら「エレベーターが怖いんじゃなくて、会社が怖いの」と母親。なるほど、そういう考えもありか。あのエレベーターの事故の被害にあった子のことを思うと、あまりに痛々しい。私もエレベーターでは怖い思いをしたことがある。バンコクでアパートを借りて引っ越した日か翌日か、1人でエレベーターの中に閉じ込められた。2階だか3階だかの低層階だし、閉じ込められたと認識して恐怖に包まれる前に、管理人達が素早く手でドアをこじ開けた。その様子はいかにも慣れているようで、そのエレベーターに乗る時は覚悟がいるのだと分かった。

田舎で常に土に接して育った者としては、高層ビルもエレベーターも直感的には怖さが先立つ。車も飛行機も同じ。かといって、今の世の中で自分のライフスタイルで、それを避けることはできない。自分で選べるものとして、せめて住居は極力地面から近いところにしている。アパートにしても高層は選びたくない。動物の生存本能に反していると思うのだが、コンドミニアムなどは、高層階から売れると聞くと、感覚の違いに驚くばかりだ。息子は赤ん坊の時から、エレベーターに乗せると狂ったように泣いた。だから子供の感受性が何かを察知するのかと思っていたのだが、娘は泣かなかった。文明化した人間社会は、車やエレベーターや高層ビルより、虫が怖いという人の方が増えているようで、これは何を意味しているのだろうか。
# by kienlen | 2006-06-17 21:25 | その他雑感 | Comments(0)

奥様キッチン、ダンナ様お茶のコピーはいかに

帰宅するなり息子が「ヨモギ使うのは月曜日だから」と言う。このところずっとヨモギの心配で、先週末にも、田舎の祖父母宅に行く娘に向かって「ヨモギ取ってきて」と言いつけているから、使い道を聞いたら調理実習のまんじゅう作り。使う日を聞いたらとんでもなく先のことである。まったく、他の事もそのくらい先回りして欲しいものだ。当人は部活で時間がないから、日曜日に山から取ってきてやることにする。息子は「選択の調理実習は面白い」とご機嫌だ。中学から選択なんて、自分の頃には考えられない。尋ねてみると、5科目以外が選択になっているらしく、技術家庭科関係で調理を選んだということ。彼は小さい時から料理が上手なので順当な選択だろう。家で応用してくれるとありがたい。ちょっと気になって「男女は同数くらい?」と聞いたら、当然のようにうなずいた。このままいってくれるといいのだが、巷の情報をみると、このままいけそうにないものも氾濫している。

住宅リフォームのパンフレットを作る仕事の孫受けだかひ孫受けだかをすることになり、コピーだけ担当することになった。送られてきた割付を見て脱力。すでに写真撮影はしたようで、その説明がしてある。「夫婦。奥様キッチンで後ろ向き、だんな様は座ってお茶」「女子4人が談笑しながら、夕食何にしようか的なイメージ」。企画段階から関わっていたらジェンダー論の初歩の初歩の自己流講義をしてもいいのだが、当方下請け以下のひ孫である。それに、講義したら、その場で仕事を失ったかも。私としては、息子の先のうなずきの方が、これからの現実であると信じている。だからこの広告企画の提案者が高齢者だったら、そのうち駆逐されるんだから、で片付けられるのだが、実のところは20代の女性。バランスを取るために、キャッチコピーは「リフォームしちゃいたい、この場面!」というのはどうだろうか。ダメだろうな。
# by kienlen | 2006-06-16 23:18 | 仕事関係 | Comments(0)

ちょっとは仕事気分なのに学校の窓拭き作業日

本日は在宅仕事に専念したいのに、小学校の窓拭き作業へ行かなければならない。授業参観に出ないとしても、高原学校の説明会もあるから午後はつぶれる。寝坊したから午前も風呂に入ってつぶれた。息子の場合は、彼自身の各種掌握能力が低いので、こちらがいい加減に事に当たっても、そのこと自体に気付かないから文句も来ないが、娘はそうはいかない。宿題をする時間や就寝時刻の計画表まで作るようなところがあり、翌日の起床時刻も父親にいつも告げている。そして、問題なのはそれを守ることだ。だから親に向かって、高原学校のあれはどうした、これはどうしたと催促してくる。息子のだらしなさには閉口だが、娘のようで楽かというと、それはそれでうっとうしい。ただ、息子タイプが2人、娘タイプが2人より、混じっていた方が楽しめるという感じはする。きょうだいが似ているという話はほとんど聞かないが、多分、下の子は上を見て自分を差異化していくのだろうという気がする。

昨夜も、夕食が始まるとさっそく息子が「箸の使い方ヘタックソ」と娘に向かって言った。実際、息子は小さい時から、教えなくても上手に箸を使って器用に食物をつかんでいたので、箸は自然に持てるようになるものと思っていたら、娘は今だにたどたどしい。私は教えること全般が不得意なので指導ができない。「イマドキの若いお母さんは…」と言われるには若くない。息子にとっては妹に対する数少ない攻撃材料がこれだから、自分が不機嫌な時はいつも、箸が出てくる。ただ、自分が被害を受けるわけでないから説得力に欠け、これだけ言ったところで妹が打撃を受けるはずもなく空振り続き。次は「デブ」である。こういう言い方は語彙不足をさらけ出しているだけでみっともないから、もっと芸のある言い方を工夫するように指導する。この手の指導だと気合が入るが、相手に対しての効果はない。人生こういうもんかな、という気がする。自分が思ったように相手が反応するわけではなく、みんなが空振りしながらも、それでもなんとなくゲームは続くのだ。
# by kienlen | 2006-06-16 12:16 | 家族と子供の話題 | Comments(0)

1日3本も観たのは初めての記念日

こんな日は初めて。DVDを3本も観てしまった。レンタルショップに行くと、10本以上も借りている人がいて、私のように気が向いた夜に1本が限度の者にしたら、親族一同分かと思っていたけど、時間的には1日5本だって可能なのだ。朝の『普通じゃない』がつまんなかったのでお口直しに『カラーパープル』。今の気分に、暗い社会派はキツイかな、と思ったし、途中で止めようかとも思ったが、好みで分類したら好きのカテゴリー行き。好みの問題は別にして、人物のそれぞれがリアルで感情移入できる。86年の映画。タイへ行くしばらく前の年で、評を読んで興味をもった記憶はあるが、観る機会はなかった。原作を読んだような気もするが、覚えていない。1900年代前半当時の黒人社会の一端を知ることができる、というよりは、現在にも通じる人間関係と、関係性を超えた性というか、とにかく普遍的な人間像が丸ごと描かれているように感じた。思い出すのは『モンスター』とか『リチャード・ニクソン暗殺を企てた男』とか、いわゆる社会の底辺の人の物語だが、この2作のようなやるせなさばかりでなくて、人間の強さが強調されていた。監督は有名なスピルバーグなのだそうだ。この間観た『ミュンヘン』に感じたのと同じ種類の正義感のようなものを、素直に感じてしまった。

そして『ザ・インタープリター』。この町でも上映されていて、行こうかなと迷ったもの。飽きなかったし展開が楽しみだったが、かといって深い感動はなく、泣きも笑いもしなかった。国連の通訳が偶然秘密を知って身に危険が及ぶのだが、それは実は故国であるアフリカの一国の政情と、自分の過去に大きく関係しているということが、じょじょに暴かれていくという趣向。ニコール・キッドマンとショーン・ペンは、私のようにスターに疎い者にとっても、知らないというわけにいかない存在。それにしても、アフリカにおける民族紛争、虐殺、施政者の横暴、先進国に利用されるという構図のものを多く観ているが、これが事実としたら問題の根っこはどこにあるのか。この映画は、そこまで追求することをテーマにはしていなかったが、そこを知りたいと思った。
# by kienlen | 2006-06-15 23:54 | 映画類 | Comments(0)

拳銃に重要な役を与えないで欲しい

雨だ。昨夜はビールとワインとギムレットを飲んだので、今日はビール日和でなくて良かった。火曜日のレンタル料金半額日にビデオ屋で物色していたが、これは、というのがない。品揃えが少ない。劇場で観ようかと思って迷っているうちに去った『ザ・インタープリター』と、昔昔に見逃した『カラー・パープル』を借りることにして、このところ暇なのでもっと観られるかも、誰か推薦してくれる人はいないか、と思っていたところ、眼の前に知り合いらしき後姿がある。映画は詳しい人。ただ、ロバート・レッドフォードが好きと言うくらいだから、私の好みとは全く違うと思われる。そういう人の方が分野の違うものを選んでくれると期待したら案の定、ひっかかりを感じたことがないのを「面白かった」と教えてくれた。『普通じゃない』というアメリカ映画。ラブコメディの欄に置いてあった。

本は数行でやめて先送りしようが、続けて読もうがどこで読もうが自分の側に選択権があるが、機械を使うものは逆で、これが今ひとつ好きになれない理由になっている。本を読み始めるのに覚悟はいらないが、DVDを見始める時は、周辺を整えたりの準備をしないと、という気持ちにさせられる。慣れの問題だとしたら、この逆の人も多いのだろう。と、このような不可視なハードルを超えてみた。最初から拳銃が登場する。これは苦手だ、不快だ。暴力映画(嫌いだけど)とか戦争物なら覚悟しているが、ラブコメディでは心の準備がない。イギリス映画だったらこんなに銃は使われないのではないかと思ったりする。拳銃が、まるで子供のオモチャみたいに当たり前の社会には住みたくない。と、ずっとそればかり考えていて、楽しめないままに終わった。マイケル・ムーアの『ボーリング・フォー・コロンバイン』の指摘を思い出した。監督がイギリス人ということだが、まさか、アメリカで受けるための銃の多用じゃないだろうな。飛び道具を使ってしまうと、間がすっぽ抜けて奥行きがなくなるような気がする。
# by kienlen | 2006-06-15 13:54 | 映画類 | Comments(0)

夢か現かの時の電話の内容は深刻だった

50代に入った人達が一様に言うのは、記憶力が減退し体力が落ち、目が悪くなるので読書も億劫になる等、全般的な衰えについてだ。そこには、40代のうちなら頑張れる、という意味合いが含まれているようで、すると私は貴重な最後の時間をただただ浪費していることになる。今朝も寝坊しながら、そう思って落ち込んでいた。実はこのところ、目を閉じた瞬間から、と言ってもいいくらいによく夢を見る。それもタイのシーンが頻繁に出てきたりで、画像はやけにリアル。でも時系列に沿っていないので目覚めて奇妙な気分になるのだが、この感覚が面白くてはまり気味。ところが、新聞を読んでいたら認知症の症状として、過去と現実の区別がつきにくくなるというような例が書いてあって、この自分の感覚も相当するような気がする。眠り続ければそっちが現実であるのは、SFの世界でなくても日常経験から分かることだ。眠り続けられないだけで。

という状態にいた時に友人から電話があった。声から「寝ているの?」と言われたが、本当に怠惰な時にこう聞かれると恥ずかしくて否定した。これは見栄か。彼女は外国人女性の支援をしていて、私に連絡をくれる時はたいてい、情報を求める時だ。今日のは、夫に暴力をふるわれている外国人女性が相談に行く場はどこか、というもの。知っている限りを伝えるが、それで解決になるとは思えない。「相手は変わらないから逃げるしかないでしょ!」と言ったら「アタシを怒鳴らないでよ!」と言われた。逃げる決断が簡単につくとは、私も思っていない。特に外国人の場合はビザ等の重要な問題が加わるから、さらに立場が弱く、今回はさらに複雑な事情があるらしい。「子供は男?女?」と聞くと女。「危ないなあ」とつぶやいたら、彼女の心配もそこにあった。私は成育環境も現在も暴力的な所にいないので疎いが、ただ、形態はいろいろなDVが相当に多いことは、人と話していると意外な人が経験者だったりすることからも想像できる。これが外に向かったら殺人になっても不思議ではないし、家庭を持つことの歯止めになっている面があるのかもしれないと感じる時がある。暴力までに追い詰められるなら遊んじゃえば、逃避しちゃえば、と自分の怠惰さを肯定したりして。
# by kienlen | 2006-06-15 11:03 | タイ人・外国人 | Comments(0)

信州で読んだり書いたり、時には旅したり


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