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『言葉と歩く日記』 

そうだ、この間読んだままメモってなかったということに気づいた。読書量激減につき読んだことも忘れる始末。これは多和田葉子さんという、日本語とドイツ語の両方で書く小説家のエッセイ。前に買ってあって読みかけてそのままになっていて、こちらに来る時に選んだ本の中に入れておいたもの。選択に際しては、言葉関係というのは優先順位が高かったのだ。で、タイトル通り日記スタイルなので気軽。ヨーロッパって朗読会がこんなにあるのね、と感心したり、ドイツ語を知らないのが残念だが、ドイツ語という言葉の面白さは伝わる。今日は良いことがあったが少々疲労感もあり眠くなっているが寝るには早過ぎる、が、書くには疲れている。面白かったかというと、はい。こんな感じでタイ語と歩く日記だったら、自分にとってはなお面白いと思う。


by kienlen | 2017-08-30 21:42 | 読み物類 | Comments(0)

連日のおのぼりさん

昨日も今日もバンコクの中心地へ。ここも一応バンコクではあるが、田舎より田舎っぽい雰囲気なので、中心地に行くとものおじしたくなるほどの別世界。昨日は早朝だったので最寄りの駅まで歩いてみることにした。早朝だったので、という理由は、歩くのが好きといってもこちらの炎天下はさすがに歩きたくないから。しかし早朝や夜は犬が怖い。バンコクは相変わらず犬だらけというわけでもなく、中心地で野良犬を見かけなくなった分だけ郊外がすごいことになっているのかどうか、もうもう犬だらけなのだ。もちろん自由に闊歩していて、タイは狂犬病も多い。で、動物ですから夜に元気になるみたいで吠えている。昼間は人もいるし犬もおとなしいが、人もいない通りで野良犬に吠えられると怖い。怖がるとまずいので大丈夫、もし咬まれても病院に行けばワクチンあるし、と思いながら毅然と歩くしかない。と、いつものここに通りかかったところで列車が来た。
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慌ててコンパクトカメラを出す。柱がじゃま、と思っている間もなく目の前を通り過ぎた。実はこの橋の上ですれ違うはずだったが、犬同様、脱線だって怖いので待っていた臆病者。
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で、この橋を渡って、何度も強調してしまうが、汚れていなければとっても素敵な運河の光景にしばし足を止める。汚れていなければ・・・。
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この右隣がお気に入りの図書館で、日曜日は街中から戻ってずっとここで本を読んでいた。文化の香りほぼ皆無の生活の中でほっとする時間。おかげで遊びに行きたいという欲求がなくなっているのは逆に問題かもしれない。で、今日は仕事用の買い物のため、前に来た時に爆発で一人亡くなっているし、何かにつけて騒ぎのある場所へ行き、何かあるとすればここだよな、でも政府の禁止なり自粛区域にはなってないしな、と思いつつ観光客だらけの中をバスで戻った。





by kienlen | 2017-08-28 22:10 | その他雑感 | Comments(2)

パタヤ旅行

パタヤなど好きでもないのにまた行くハメになった。一昨日と昨日の金曜日と土曜日。前回は夫が行きたいといって行くハメになりつまらない旅をしたのだった。そして今回もまあ色々あったけど書けることはあまりない。純粋なタイ人のツアーに入ったということと、予め渡されていたスケジュールがほとんどすべて実行されずにびっくり仰天したことくらい。知り合いがチョンブリにいるのでスケジュール見せて、落ち合える場所があったら会おうと連絡し合っていたのだが、どこも分からなくて残念ながら会うのを諦めていた。もしも、どこかで約束していたらとんでもないことになっていた。何しろほとんどどこも行かなかったのであるから。そして時間がまためちゃくちゃなのであるから。

こうしてタイ人の様子を見ていると、夫がなぜああなのか分かるようになる。言うこととやることは別物なのである。両者の間に関係は、多分ほとんど全くないのである。スローガンはスローガンで、それをやるなんて考えるのはヤボなのである。と、考えないと理解できないことがいっぱいな毎日の中のたかが2日なのである、と思えばいいわけだ。それにしてもこの調子だと帰りが遅くなってしまう、嫌だ、早く帰りたい、と思っていたらそこはスキップにスキップ重ねてちゃんと予定より早い時間に帰れたのだった。このあたりは考えることはみんな同じなのだろう。となると、何のために行ったんでしょう、という疑問が残るのだった。しかし、この歳でバンコクに住もうなんてすごいというメールが友達から来たが、確かに笑い者であるな。

by kienlen | 2017-08-27 21:20 | | Comments(2)

欠かせないモノ

自分にとって欠かせないのは枕元の読書灯だ。ホテルでもそれがあるかどうかが良し悪しの判断基準となる。アパートに来た初日に真っ先に買ったのもスタンドだった。ただ、一時的に使うだけなので安いショッピングセンターで一番安い600円ちょいくらいのにしていた。とにかく2月まで使うだけなのだから。で、今日、旅先のパタヤから戻ってそのスタンドをつけたらつかなかった。電球が切れたらしい。徒歩圏内のコンビニでビール買うくらいのつもりだったが、枕元の灯りがない夜が想像できなくて、スタンドを買った店に電球を買いに行くことにした。乗り合いトラックで一本なので楽だけどすごく近いわけでもない。間違えないように電球を手にしてトラックに乗った。しかし、どうもこの電球の手触りが変でよく見ると、本体に付いているべき部分が取れて電球に付いているのだった。まったくなあ。じゃあ、本体が使えるかどうかも分からないではないか。

店で電球の値段を見ると妙にひどく高い。これを買って使えなかったら腹がたつ。それで、もうスタンドごと買い替えることにした。今度は1000円くらいのにして、電球は付属していると思ったが一応店員に聞くと「別売り」と言う。でも信用できないので「それホントですか」と聞いて、ここで買ったそのスタンドの電球が切れちゃったのよね、と追加。すると店員さんは「この電球まだ使えるだろ」と言って確かめてくれたが切れていた。で、そのスタンドの箱を開けて確かめてくれて、やはり電球は別売りと言う。電球の方が高いくらいなんですが・・・。嫌な顔していたら、ちょっと待っててと言ってどこかに行って来て、しこたま電気を食いそうな電球を持って来て「これタダでやるよ、ただし使えたら」と言って試してくれたら使えた。どっかから古いのを持って来たようだ。そしてそのスタンドに付けて、見つかったらまずいかな、まあいいか、と言いながら箱閉めてくれた。何日使えるか知らないが今はとりあえずすごく明るい。

by kienlen | 2017-08-26 22:25 | その他雑感

最近のたべもの

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サバステーキというのはタイで発明されたという話しを以前バンコクに住んでいた時に知ったように記憶している。その元祖の店はもうさすがになくなっていた。でもサバステーキは健在で、この間、大きな仕事を終えた日に何かイライラ感が取れず、同僚のタイ人に、ごちそうするから夕食付き合ってと誘ってこういうデパートに行って日本料理屋に行って注文してみた。ちなみにサバ焼き定食というのもあるが、サバステーキは定食とは書いてなくて、ずばりそのままサバステーキなのが特別な感じを出している。
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こういうデパート、じゃないか、巨大なショッピングセンター。タイ人に散歩が好きですと言われて、え、散歩なんかできる所あるのとびっくりすると、セントラルで散歩します、と答えるショッピングセンター。お連れさんはいつものごとくトンカツを食べていた。
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いつも思いますが、そろそろご飯と味噌汁の位置も直した方がいいのではないでしょうか。味は本格的になってきているんだから。そしてここは店員が営業に力を入れているようで、お茶を頼んだら、フライドチキンを頼むとサービスになるとか言われて食べたくもないチキンを頼んだ。結局高くなるのは分かっているが、その心意気を買いましょう、というところ。チップも入れて合計で500バーツぽっきりなり。ソンテオ乗り継ぎで行ける場所だったから選んだのに行きも帰りもお連れさんがタクシーを使い、それはお連れさんが払ったので、ごちそうした部類に入るのか最後は微妙になってしまった。まあ、気晴らしにはなりました。で、この間は市場で小さいサイズのパパイヤがあり、野菜不足分を補おうと思って買ってきてビタミン補給した。
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by kienlen | 2017-08-24 20:19 | その他雑感 | Comments(0)

出会いの不思議をまたもや

気分の重たい日が続いて、気づいたらもう8月も終わりの方にさしかかっている。憂鬱だったことが終わり、少し一段落というところ。とにかく次々と色々なことがあって飽きないといえばいえるが、面白いことでもなく生産的でもなく経験して役立つことでもなく方向的にはマイナス方向で、しかし日常ってつまりこういうことかもなと思ったりもしながら、いやあそんなはずはないと思ったり、もう何が正常で何が異常か分からない奇妙な感じで過ごしている。そういう中で思うのは、出会いの不思議さだ。選択の余地がある場合、どこを選択するかという時に、ある状況に留まるか離れるかを決める基準はひとつではないと思うが、人の要素はきっと大きい。だいたい人生を振り返っても、苦しい時に誰かひとり磁石のような役割の人がいるなという意識はあった。何か支援してくれるとか、して欲しいというのではなくて、ありきたりな言い方をすれば、自分以外で自分を肯定してくれる人という感じの存在で、それが露骨でない人。

今回がまさにそういう状況。何だか青臭い話しではあるが、こっちによろめいてしまおうかと思うことだらけな中で、引き止め役というのがいるのだ、もちろん自分の意識の中での話しとして。元々ことばについて関心があって、しかし専門的な勉強をしているわけでもなく知識があるわけでもなく、ただ関心があるというレベルでしかなく、学ぶチャンスのなかったことを恨み、って、この恨みってところが青臭いということだが、本を読んだり自分なりに考えたりしているだけなので、話し相手もいない。まずひとつは実用性よりも趣味の世界だし、そんなせこい話しで盛り上がれる相手がいると考えたこともなかったのだが、さすがにタイにいるとみんなタイ語だし、その中で日本語の知識があって似たようなところに面白みを感じる人がいるのだった。軽い感動。よってこの状況に留まっている、今のところ。それが面白くて読書量激減。日本の友達の読了報告を指加えてみている。



by kienlen | 2017-08-23 07:45 | その他雑感 | Comments(2)

カンチャナブリの食事

大きな誤解だったのかと思うことの一つが、タイ料理は野菜もハーブも多いということ。この地域にいると、子供も大人も野菜嫌いですという人が多くて、それに田舎だったらテーブルに用意されているハーブ類もみたことがない。タイ全体がこうなっているのかと思ってがっかりしていたら、カンチャナブリで少し安心した。野菜料理があっておいしかったから。
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泰緬鉄道に乗った後のランチビュッフェ。美味しかった!満足と思っていたら、お菓子が一番美味しいと言われてこれを追加。
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フルーツや芋や豆なんかをココナツミルクの汁で食べるもの。これは甘党でない自分も好きな伝統菓子。美味しくいただいていたら、これがタイ人のソウルフードですと言ってくる人もあった。

by kienlen | 2017-08-16 22:58 | その他雑感 | Comments(0)

慣れるとやばいかも

慣れた感がある。このままタイに住んで、ここで死ぬのもいいかも、みたいな気持ちになったりもする。ただし住環境が良くなれば、という条件付きで。小さなキッチンがあって自分で料理ができる環境があれば、住環境も食環境も改善されるわけで、そしたら多分すごく快適だろうと思う。物価が上がっているしわずかの国民年金ではムリと思っていたが、物価よりも何よりも、とにかく南国はモノがいらない。ストーブも厚い服もコートもブーツも何もいらない。まあ、その前にやりたいことがまだあるので、それが済んだらにしようと思うと、その頃には元気がなくなっているかもしれないし、先のことは分からないのだが、多分タイで最も大ききな問題は言葉なのだ。よって日々快適になっていくのが怖いような。
by kienlen | 2017-08-15 21:11 | その他雑感 | Comments(4)

観光客に人気の泰緬鉄道

この間の、って、もう2週間も経ってしまった。最初の1か月はひじょうに長く感じたが、それ以降はもう普通に光陰矢のごとくになっている。もう残り半年しかない。で、この間のは、カンチャナブリー旅行の件で、泰緬鉄道が観光地と化している件。ガイドさんの話しによると、日本軍が築いたこの悪名高い鉄道を、戦後、価値があるとふんだタイが日本から買ったのだそうだ。鉄道建設そのものの話しは読んだことあるのに、その後のことは知らなかったし、この件を確認したわけじゃないのではっきり知らない。
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日本のツアーでも名物路線の一部に乗ってみるのはありで、前も飯山線に乗っていた時にそういうツアーの一行と居合わせ、ちょっと乗って降りてしまうのを、もったいないと思いながら見ていたのだが、自分が全く同じ体験をカンチャナブリーのツアーでしたのだった。乗った駅は下のような感じで車内は上のような感じで、乗る時の様子はもうひとつ下のような感じ。
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線路があると歩きたくなるのは人間の本能なのでしょうか。他の道は歩かないのに、なぜか線路だけは歩くタイ人に感じられる。
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そして電車を見るとつい眺めて、中にはどうしても手を振ってしまう人がいるのもなぜでしょう。
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車内の物売り。なくなって欲しくない光景。観光列車だからなのか、あるいは電車の物売りは相変わらずどこでもあるのか、今回ほかに乗ってないので未確認。
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岩肌を通ります。死の鉄道という別名を思い出す。








by kienlen | 2017-08-14 15:27 | | Comments(2)

瞑想キャンプ中

金曜日の夕方から、近所のお寺の瞑想キャンプに参加している。瞑想は前々から興味があったけど、日本にあるタイのお寺でさわりだけ教わったことがあるだけで実践したことがない。それに日本にいると瞑想が日常的にも感じられない。タイの仏教では瞑想は大事で、タイ人たちはよく休日に寺にこもっている。これがどういうことかイメージしにくかったのもあって、この辺にいる各国からの留学生たちに混じって参加してみようと思ったのだった。受付で名前とか学歴とか住所とかを書く。そして当日夜7時から始まり。留学生たちが大幅遅刻のため加わった時にはもう始まっていた上に難しい言葉の多い話しだったので全部理解できたわけではないが、仏陀の話しをしていたのは分かった。スジャータの話しもでてきた。2人部屋と言われていたが遅刻して部屋がいっぱいなのでと、大部屋になった。部屋では自由でパソコンもスマホも禁止されていない。

翌日は5時から始まりで、瞑想の仕方の説明がある。姿勢はどうでもよくて、歩いても寝てもいいのだが場所が広くないので歩く、寝るは不便なので座ってとのこと。どうして瞑想するかについては、牛を比喩に使っていた。牛に紐をつけておかないとどこかに行ってしまう。そのように人の心が体を離れてどこかに行かないように紐の役割になるのだそうだ、理解間違いがなければ。身体と心の二元論の話しなのでこのあたりは分かりやすい。とにかく意識的であることと、フォーカスすべきは今この瞬間以外にないので、自分が瞑想している姿勢を目をつぶろうがつぶるまいが自由だが、描く。姿勢を変えたらまた描き直し。それによって今を意識できる。以上浅い理解。しかしお坊さんの話しは庶民に分からせるためなのでとても分かりやすい。くどくどした説明はなくて、とにかく実践って感じで2時間行い、分からないことがあったら聞けというやり方。7時に朝食。9時から11時まで瞑想して昼食。12時以降は固形物を取ってはいけない僧侶と同じく食事はここまでで夕食はなし。これを午後も夜も繰り返して夜9時におしまいとなる。瞑想は緊張してもいけないしゆるみ過ぎると眠くなったり気持ちがローイしたり、この感覚は日本語で何といえばいいのか、漂うか。気持ち、という日常的に使う言葉にも深い意味のあることを知り調べることが増えた。月曜日までだが、そこまでいられないので本日お寺を出る。

by kienlen | 2017-08-13 10:10 | その他雑感 | Comments(0)

信州で読んだり書いたり、時には旅したり


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