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小僧さん達の善光寺参り

この間タイのお寺で出家式を行った小僧さん達が善光寺を訪れるというので見に行った。そして一行の中のメンバーとして本堂に入り、お戒壇巡りの入り口付近に安置されているスコータイ時代、つまり約700年前の作で、昭和12年に日タイ友好のしるしとしてタイから贈られたという仏像と同13年に贈られたという仏舎利を拝み、でもお戒壇巡りは怖いのでやらずに外で待ち、そして初めて重要文化財の山門にも上ってみた。もう長いこと外からだけ見ていた山門だが、中に色々あるのにびっくりした。眺望もよろしく、500円かかるが上ってみる価値はある。こういう外はいいけど内部は撮影禁止。
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それにしても橙色の袈裟姿のお坊さんは目立っていて、観光客から写真撮られまくり。記念撮影を一緒に撮っている人もいれば、地元なのにこんなの初めて見たという人もいれば、小僧さんを見てかわいいと笑顔になる人もいた。
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タイだと、この姿でお寺にいるのは当たり前、というか、寺の外でもこの僧衣姿なので自分にとっては懐かしい光景。日本のお坊さんも僧衣で歩いていたらいいのに。少なくともインバウンド的には。日本の寺のモノクロームの世界とこの色、似合います。しかし何といっても小僧さん達、目をひく。髪の毛と眉を剃るので誰か分かりにくく、よく知っている子がいたのを、先方から声かけられて初めて気づいた。
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by kienlen | 2016-08-09 23:08 | タイ人・外国人 | Comments(2)

華麗なるギャツビーを見た後で聞いた大統領選話

華麗なるギャツビーは有名必読書という感じがあって何年も前に読んでみて映画も見てみた。でも何がそんなにいいのか分からなかった。情けない恥ずかしいみたいな気持ちをずっとひきずっていた。それで本を読み返そうかと思っている時にレンタルショップで棚を見ていたらDVDがあったので映画の方をもう一度見てみることにした。前回見た1974年の作品だと思って借りたら2013年の新しいものだった。前半はやっぱり分からない、謎の成金による豪華絢爛なパーティーと乱痴気騒ぎという印象のまま。でも後半になってなるほどと感じて涙した翌日、たまたま在日の長いアメリカ人による大統領選についての話を聞く機会があった。話した後に急いで次の場所に駆け付けるということで質問時間があまりなく、どういう根拠での見解なのか分からなかったし、そういうことを問題にするような場所でもなくごくごくカジュアルだったのだが、だからこそというか、面白かった。次のような内容だった。

アメリカ人にとって最も重要な価値は自由。彼も自由と、それに伴う責任という価値観の中で育った。ところが今のアメリカから自由が失われている。ワシントンDCの住人は「部族」で、一般大衆とかけ離れてしまっている。その代表がヒラリーであり民主党、共和党問わずの上層部で、マスコミも部族民。部族外の人がトランプ、そしてサンダース。したがってヒラリーが大統領にならなければならず、実はひじょうに人気のあるサンダースが指名されるわけにはいかず、トランプが当選するわけにもいかない。そんなアメリカに失望して日本国籍に変えることも考えているというその彼に、ではどちらを支持するのか聞いてみたら「ヒラリーは絶対嫌」と即答だったが「しかしトランプも…」と歯切れが超悪かった。これを聞きながら、ギャツビーのことを考えた。まさに部族外の人で、最後は結局誠実さのかけらもない部族民に滅ぼされるのだ。ずっと前に予見していた小説家はすごい。日本人の場合、部族に自分も同化したい願望が強いということだろうか。それでどうなるかって、怖いんだけど。



by kienlen | 2016-08-08 12:15 | 映画類 | Comments(0)

タイの寺院

知り合いから「息子がサマネーンになった」という連絡があった。サマネーンというのは子どものお坊さんのことで、その一時出家の儀式を行うというので見に行ってきた。存在は知っていたが行ったことはなかったタイのお寺に一度は行ってみたいと思っていたのでちょうどいい。場所を見るとだいぶ山手の方らしい。目印になるものもなさそう。坂道を山の方へ上っていくと標高を表す看板があり、ちょうど千メートルの辺りに、タイの寺院反対出て行けみたいな看板があったので、ということはこの辺であるに違いないと判断して細い道に入った。しかし、こんな大きな看板を見たからには地元の人に道を尋ねにくい。幸い次の分かれ道にはWat Thaiという看板があり、次の分かれ道には何もなかったので勘で行ったらアタリだった。
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林の中の地味な建物。静かに瞑想するにはいい環境に感じられた。年に一度の大きな行事とのことでタイ人も日本人も大勢集まっていた。タンブンをしてからパレード、その後もプログラムがあったが時間が足りずに途中で失礼した。
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知らないタイ人から「いい時に来たね」とか「ご飯食べて行って」とか声をかけられる。お寺という場所は食事があるというのがマストなのだというのを前に行ったお寺で聞いた。それで、タイのお寺では必ずふるまいがある理由が分かったのだった。日本人の信者もいた。日本のお寺が気軽に出入りできて心の寄り所になるかというと、とてもそう感じられない。となるとこういう場所は貴重ではないだろうか。そういえばアメリカ暮らしが長かった日本人の知り合いが、タイのお寺に通っていたと言っていた。分かる気がする。このパレードを見て自分の時間切れ。
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夫に、息子をサマネーンにすることを考えたことがあるかと聞いたら、ある、ということだった。寺で話したタイ人女性が、息子は2回出家したが、親の言うことなどきくわけないけどお坊さんの言うことはきくのでひじょうに良かったと言っていた。夫の価値観的にもそうだろうし、それをもっと主張してくれても良かったのにと、今になって言っても遅い。キリスト教徒になるよりも仏教徒でいる方が手っ取り早いので、日本のお寺も、というかお坊さんがもうちょっと話し相手になってくれるといいのに、あるいはもうなっているのか、私が知らないだけで。



by kienlen | 2016-08-07 21:29 | タイ人・外国人 | Comments(2)

稲荷山

昨日は父とランチの予定がキャンセルになり、じゃあ1日読書だと思っていたところに友人からお支払兼ランチの誘い。ただし、彼女の家の付近まで行くのが条件とのことで、全然問題なしなので読書やめて千曲市へ。待ち合わせの店が休みで次に行った店も休みで、まあこういうことってありますねと、別の店へ。すべて地元民である友人の案内。30年前に古民家風に建てたという店は、大変よろしいくつろぎ空間だった。古い町並みが素敵で聞くと北国西街道とのこと。この辺りは上田への行き来なんかでよく通るが、こういう旧道は知らないし通らないので、出会いが面白い。食事はお好み焼きが中心で、一番人気という豚とチーズを頼んだ。友人はやきそばとこねつけ。
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問題は向こうに見えるかき氷。かき氷とかソフトクリームとか、つまり冷たい甘味は好きじゃないのに、この模型が目について食べてみたくなり注文してしまった。それをオーナーに話すと、これ、偶然見つけたキャンドルなのだそうだ。優秀な広報ツールです。こういう環境の中で色々とお話をする。歳は私よりだいぶ若いが、外国に住んだ経験があり言葉もできて、似たような職種で自営で、スムーズとばかりいえない子どもがいて、給料取りがいなくてと、どこを取っても共通の話題になり、時間はあっという間に過ぎた。
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すぐ隣に豪農のお宅を舞台にした民俗博物館があり、ついでなので寄ってみた。暇だとこういうことができる。狭いくぐり戸を入ると奥に空間が延びている。養蚕で一時は県下有数だったそうだが、鉄道の開通でさびれたとのこと。なるほど。子どもの頃、稲荷山といえば親に連れられて遊びに来た場所という印象がある。歴史があって文化的にも栄えていた名残だったのだろう。今はどこもかしこも静か。大きすぎず偉そうでなくて、いい博物館だった。ハスの花もあった。
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by kienlen | 2016-08-05 11:01 | | Comments(0)

連続で飯綱・戸隠

この間の週末、勤め人の友だちから遊びに誘われ、どこにしようか、暑いから山だねで一致して戸隠に行くことにした。飲食店はたくさんあるので、ランチには本当は行ったことのない所にしたかったのだが、じゃあどこにといっても心当たりなく、私は何度も行っているけど友人は初めてというカフェへ。
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ここのパンはとても美味しいので、また買ってきた。鑑賞用の庭を散策して、次は友人がよく行っていたという戸隠の老舗喫茶店へ。
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しかし、すぐにこういう高原に行ける長野は最高。ここのマスターが戸隠山を見る絶好の場所だという所を教えてくれたので行ってみた。私も友人も初めて。曇っていて夕方で幻想的で素晴らしい景色に感動しまくり。
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スキー場はヤナギランが盛りだというので、これも行ってみたら、花はちょっと遅かったようだ。
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この2日後、松本の友人が、千葉の友人を連れて来たため、じゃあ戸隠にでも行くかということでご案内。蕎麦食べて奥社まで歩くことにした。高原に行く時は靴を持っていくと決めたばかりだったのに忘れてサンダルで。まあたいした道じゃないから良かったけど、明日、車にトレッキングシューズを入れておくことにしよう。
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珍しい場所でないとはいえ、この苔むした屋根の旺盛な草は今の季節ならではだろうか。きれいだった。小さな石仏のたくさんある場所に友人を案内しようと脇道に入ると、もちろん熊出没注意の看板だらけの中でも特大のがあり、怖くなって急いで引き返した。奥社でおみくじを引いたら吉だった。その後、善光寺にもお参りした。娘が明後日来るが、彼女にとって蕎麦は絶対にはずせず暑がりでもあるので、また戸隠か…。





by kienlen | 2016-08-04 20:30 | | Comments(0)

『カフカの生涯』

池内紀著、白水Uブックス。図書館にて、易しく読める人物評伝でその時代背景なんかも知ることのできるものと漠然と思いながら棚を眺めていて偶然発見。カフカの生家、書斎、博物館、それにユダヤ人町のシナゴーグ脇のカフカ像と、プラハで意識しなくても目につくカフカだったが、昔、お決まりの変身を読み通したのか途中で止めたのかの記憶もないほど、何も知らない。作家について読んで作品を知ったような気になるのも嫌だしでなるべく評伝は読まないようにしている傾向があったが、何そのカッコつけって感じだし、文学書を読みたい気分でもなくで、ちょうどいいやと思ったらアタリでちょうど良かった。

チェコのドイツ系ユダヤ人という存在がどういうものであって、ユダヤ人の中にも差異があって、親がやり手で出世したことから受けた影響とか、親友がシオニストだとか、異教徒との結婚を許さない様子とか、そういう環境と、それに一番は小役人としてまじめに勤務していた状況と折々の作品とを結びつけながら解説していて、あと、大勢の登場人物を関わりごとに描写しているので混乱しなくて分かりやすかった。女性と結婚に対する引け具合もあこがれ具合も、結局母親的な存在を求めているところも、現代の軟派なバーチャルリアリティー系男性とすごく似ているなあと、そんなことも感じたのだった。時代がどうであれ、人間ってそれまでだし、だから作品も普遍性を持つわけだ。プラハを思い浮かべながら読むには興味深く、色々分かって面白かった。

by kienlen | 2016-08-04 09:20 | 読み物類 | Comments(0)

『聖書でわかる英語表現』

ブルーベリー収穫が一昨日でおしまい。仕事もおしまい。積んである本にとりかかりたい、というわけで、お風呂に積んであって膨らんでいる本の中からの一冊としてこちらを。洋画見たり本読んだりしてても聖書分からないと何も分からない感は強まるばかりで、とりあえず手っ取り早くこういう本を読んでみようと思ってずっと前に買ったものだが、読みかけて中断していた。読んでみて分かったことは、やっぱりキリスト教や聖書抜きには分からないよなということで、でも分かるなんて永遠にないだろうから、まあ、とりあえず分からないということだけ分かればいいやということにした。

この本はニュースに出てくる英語表現を聖書との関係で解説していて、項目ごとに独立しているので風呂の中でゆっくり読むにはちょうど良かったし面白かったし勉強になった。聖書の、該当部分の解説もあるしで。でも正直のところ覚えられない。ひとつも覚えていない。これでは英語の勉強的には意味なく、じゃあ脇において毎日暗記する気になるかというと、それ無理。ただただ、ニュースのタイトルひとつにもここまでの意味があるのだということと、日本のニュースではどうなんだろうかということを、単に感じただけということになってしまうだろうか。情けないがしょうがない。必要を感じたらまた読む。

by kienlen | 2016-08-03 09:54 | 読み物類 | Comments(0)

ライフ・オブ・パイ

サブタイトルが「トラと漂流した227日」。こういうサブタイトルがあり、トラとの漂流場面を強調した予告編を見て、行きたいと感じられず、劇場での上映を見逃していた。ただ、センスのいい友人がこれを何度も何度も絶賛していて、さらにインドが舞台と聞き興味がわき、昨日散歩がてらに入ったレンタルショップで借りてきて見た。大変面白かった。予告編から、ただトラと漂流する場面が延々と続くイメージを持っていたが、そんな単純な映画ではない。絶賛していた友人は最近、長年の迷いを払拭できて洗礼を受けたところで、そういう人が見たらもっと深い理解ができるのだろうと思うと、自分のこの無知が残念。でも、このところ、聖書を深く読み込んでいる友人から解説を配信してもらったり口頭でも聞いたりで、それは多少の助けになっている気はした。ひじょうに深い暗示に満ちた内容で、映像もきれいで劇場で見たかった。それにしても、映画の宣伝をどうするかって、まあ映画に限らないが、難しいとは思うけど、227日の漂流をあえて強調する必要があるんだろうか。予告はすごく単純化されていたように記憶している。いやはや、難しいが、しかし難しくなど考えなくても、とてもとても面白かった。劇場上演があったらもう一度見たい候補。
by kienlen | 2016-08-01 11:23 | 映画類 | Comments(2)

信州で読んだり書いたり、時には旅したり


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