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サラエボ 希望の街角

このところの生活パターンは毎週レンタルショップへ。これも全く偶然に見つけた。サラエボの花を見たのは何年前だったか。同じ監督さんだそうだ。説明的に描いているわけではないのに、悲惨な映像があるわけではないのに、切なさと恐ろしさが迫ってくるという印象はどちらも似ていた。映像が詩的ですごくきれい。すごく良かった。家でのDVD鑑賞は集中できないが、これは最初から最後まで夢中で見てしまった。主人公は若いカップルで、女がフライトアテンダントで、管制塔勤務だった男はアル中で停職処分に。しかしセラピーも嫌がり、このまま転落生活かと思わせる展開は転換し、職にありつくことができる。しかし行き先を聞いて不安になる女性。周囲に言うと、イスラム原理主義のキャンプで洗脳されるに違いないと言われて心配になり自分も訪問することにする。

連れ戻そうとするが断わる男性。でもじきに戻って来た時には雰囲気がすっかり変わっている。敬虔なイスラム教徒になっていたわけだ。知識のない私はてっきり改宗したのかと思ったらそうではなくて、元々2人ともモスリムであることが分かる仕掛けになっている。どんどん信仰心を強めて原理主義的になっていく男性に対し、それを受け入れがたい女性。こうなると女性の方も極端になっていき、どちらも譲らず溝は深まっていく。宗教も民族もそうだけど、争いの芽は違いを意識することからで、かといって蓋をしておいていいのかというと、それで平和が続くという証明はない。内戦や戦争の起こり方を個人レベルで伝えているような分かりやすい普遍性。ボスニア紛争についてもっと知っていたらもっと理解できると思うけど、知らなくてもびっくりするくらいに良かった。主人公がとってもキュートだった。最後のシーンも良かったな。芸術性高く美しい。

by kienlen | 2016-08-31 22:46 | 映画類 | Comments(0)

ジェイン・オースティンの読書会

読書会への想いを強めながらレンタルショップに行ったらこれを見つけ、タイトルだけで借りた。アメリカで大ヒットした小説の映画化なのだそうだ。参加者それぞれの人生と、持ち回りで開催のオースティンの読書会を重ねながら物語が進む。ああ、と思ったセリフは「男性は読書会に向かないわね、自分が語りたいだけだから」というような箇所。でも男性参加者がいて、これがなかなかいい味わい。オースティンの6つの小説をひとり一作担当する。会場を担当者の家にするのはいいアイデアだなと思って読書会やりたい願望をもつ友人に即メールした。忘れないように。大変楽しく見ることができた。イギリス映画かと思ったらアメリカ映画。自分がイメージするイギリス映画のテイストだったのだけど。ブリジットジョーンズとか、あのあたりの、排他的でない温かい感じが。
by kienlen | 2016-08-30 21:24 | 映画類 | Comments(2)

『愛国と信仰の構造―全体主義はよみがえるのか』

せっかく時間があるので今まで読めなかった本にかかっているのに、本屋に行ったり図書館に行ったりしている。これは本屋で見つけて好きな中島岳志さんの対談本で、相手が、タンマガーイ運動についての本でも言及されていた宗教学者の島薗進さんで、テーマがストレートに興味の的だったので買ったら娘とだぶってしまい、友だちに頼んで引き取ってもらった、ありがとうございます。で、今取りかかっている本より読みやすいのでこちらを先に。目次をみると流れが分かる。戦前ナリョナリズムはなぜ全体主義に向かったのか、親鸞主義者の愛国と言論弾圧、なぜ日蓮主義者が世界統一をめざしたのか、国家神道に呑み込まれた戦前の諸宗教、ユートピア主義がもたらす近代科学と社会の暴走、現代日本の政治空間と宗教ナショナリズム、愛国と信仰の暴走を回避するために、全体主義はよみがえるのか。

この章立てにピンときたら読んで裏切られることはないと思うしピンとこなくても読んでソンはない。大変大変良かった。新書で対談ではあるが、中身はとても濃くて、明治期からの日本独特のねじれを分かりやすく説明していてすごく刺激的だった。自分自身、何を拠り所にするかという時に、やはり宗教だよなと思い、その点自信をもって信仰できる対象があったら人生全然違うだろうと思っているので、ほとんどずっとうなずきながら読んだ。そういえばウディ・アレンの映画でも、キルケゴールの絶望に言及した時、教授が「彼にはキリスト教があるからいい」と即答していた。神も共同体もない底の抜けた個人の行方は…。戦争を挟んで約75年で対称的になる明治から今日までを25年ごとに区切り、自由民権運動の構造、中島岳志らしく当時のテロと今の無差別殺人の共通性なんかも含め細かく論じていて、ああやはり。つまり今戦前の状況に似てきているということだ。さてどうするか、も模索している。上からと下からと両方からの議論は納得できる。それにしても、手っ取り早く毎日絶望できるのがメディアという状況にまでは確実にきてる。現実直視の良い本が怖い時代とは…。

by kienlen | 2016-08-29 21:51 | 読み物類 | Comments(0)

風邪と昼のビール

昨日は早朝から営業しているカフェで友人と待ち合わせた。7時45分に着くと友人はすでに店のマスターと話していた。コーヒーとサバサンドを食べてコーヒーをおかわりしながら話し、それから図書館へ。それから同じ友人とランチということになり、私は何度か行ったことがあるが彼にとっては初めてという店に案内した。
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私は朝のサバの続きでサバの定食を注文。友人はチキンの南蛮漬け定食。味についての話はしなかった。私も特にしたいと思わなかった。したのは昼のビールの話。ビール飲もうかと言われて、断ったのだ。もっとも結局この店にビールはなかったのだけど。しかしビールを断るって自分らしくない、歳のせいだな、と妙に感心して今朝になってその理由が分かった。やはり風邪だったのだ。

このところ気力がなかった。元々明るい性格ではないがますます暗かった。もっとも昨日の映画のように厭世気分を気取っているだけなのかもしれないが。もっともこれを気取りと思うこと自体がゆがんでいるのかもしれないが。そういえばキルケゴールの言葉の引用で「絶望」がdispairって初めて知ったのだから、絶望なんかしたことないのだ、きっと。で、ビールも飲めないとなると最悪…いや、新しい人生は酒と離れてこれからかも、の両方の気持ちでいたら、今朝の目覚めがすっきりしていた。ここ何日かなかった感覚。何しろ夜眠れなかったから。昨日色々話したりいい映画見たりで気分が良かったせいか、心と体は分けられませんと思いつつ起きて朝食は面倒で食べず昼は野菜の整理でチャーハンにして冷蔵庫を開けたらビールが冷えていた。珍しい。あると飲んでしまうのでストックがあること自体が珍しい。つまり体調不良で飲めずにいたのだ。で、これをチャーハン食べながら飲み、鈍感で風邪についてきちんと自覚していなかったことに気付いた。昨日の映画の始まりは「実存主義者はどん底まで気付かない」みたいな言葉からだった。実存主義とは関係ないが、底まで気付かないって、まあ、自分の風邪くらいならいいけど、もっと大きなことだと恐ろしいな。


by kienlen | 2016-08-29 13:36 | その他雑感 | Comments(0)

謎のフルーツ

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昨夜、夫の店に寄ったら混んでいた。日本人でもタイ人でもないのが分かるグループがいたので聞いたらビルマ人だった。つまり昨日は日本人よりも外国人をたくさん見たということになる。まあ珍しくもないか。カウンターに座ると、夫が見たことのない食べ物をくれた。ピンポン玉と野球ボールの間くらいのサイズで赤い皮で中身のスカスカが見えるような軽さと感触。ああ、あれだと思って近くにいた知り合いに一個やると「ナツメだ」と言った。そうそう、ナツメ。でも、だとしたらお化けサイズ。あんなものを品種改良して売り出しているんだろうか。近くにいたタイ人に聞くと、もごもごと、聞いたことのない言葉を言った。夫に聞くと「そんなの見たことない」で、もう一人のタイ人に聞くと「タイにある。何だったかな」。

タイ人がナイフで切ってくれた。蜂の子そっくり。スプーンですくって食べるとジューシーで酸っぱくてすっごく美味しい。外見からは想像もしていなかった味わいだ。夫によると友だちが持ってきてくれたとのこと。その友だちというのは沖縄出身で、スリランカと行き来していて彼の地の友人もよく来る。スリランカの食べ物に違いない、あるいは沖縄。いずれにしても南国っぽい。乾燥地帯で渇水状態にある時に木の実を見つけ、期待しないで割ってみたら、おお、水分が、という感動は想像できる。それにしても空間ばかり多くて非効率的で、味わいは柑橘類で代用可能な気もする。一体何なんだ。くれた友人にメールで出所と名前を聞いたら「沖縄から送られてきたパッションフルーツ」とのことだった。彼によると、最近栽培するようになっているそうだが評判は今ひとつとのこと。ああ、これが名前だけは聞いたことのあるパッションフルーツ。パッションを感じない外見からは期待はずれの秘めた情熱、という意味なのか。ひとつ絞ってもおちょこ1杯分くらいだろうか。貴重なものをいただいた。味はとても気に入った。

by kienlen | 2016-08-28 21:44 | その他雑感 | Comments(0)

教授のおかしな妄想殺人

ウディ・アレンの最新作、最高に面白かった!隅から隅までブラックなユーモアにあふれてニタニタしっぱなし。ここ数年で見たウディ・アレンの作品の中ではこれがダントツに好きだ。主人公が、いかにも怪しい哲学教授。腹のでかげんを強調したようなTシャツ姿がよろしい。どっかで見た顔だと思ったら、ホアキン・フェニックスってあの、戦争のはじめかたの人だった。この教授がカントやキルケゴールを説き、厭世的な風をぶっているが怪しい感じはぬぐえない。でもこれはあくまで当方の感じであり、設定では人気の哲学者ということになっている。で、この教授にキャンパスの人気者の美人女学生が惚れてしまい、ボーイフレンドの心配をよそに恋心はエスカレート。心だけじゃないところが、アメリカの大学ってこれでいいのかと思ったら、教授と学生の関係は規則では禁止らしい。でもそんなことおかまいなしという感じは冒頭で充分説明されているが。同僚女性からの誘惑もあり、虚無感あふれる非俗物的雰囲気がいいのか何か、まあ、モテモテ。

同僚と一緒にランチをしないのを「変わり者」と言われたり、どこも同じなんだ、と安心したりもする。元気で明るくないとね、みたいな空気が苦手な者には嬉しくなる状況設定。で、この教授が、偶然耳にした裁判の不公正の話から俄かに元気で明るくなり性的不能も治ってしまう。殺人という生き甲斐ができたからだ。ここらで、あれ異邦人かな、罪と罰かな、などと思う。前のブルージャスミンも確か欲望という名の電車だったし。そして案の定、罪と罰は会話の中にも登場する。明るく殺人を犯し、完全犯罪かというところに予想外の邪魔ものが現れ、でもバレずにいたところに別人が逮捕されたというニュースが入るのは罪と罰と同じだった。でも最後は、なるほどというどんでん返し。一緒に見た友だちと「ああ、天才だ」と顔を見合わせる。このところ夜は眠れないしだるいし虚無感でいっぱいだし、初老性うつだろうかと思っていたが、それが何だ、という気分になって楽しく帰宅。映画でこうなれれば殺人よりも自殺よりも楽ちん。こんなに楽しく哲学できるなんて素晴らしい、教授にお礼を言いたい、ありがとうございました。

by kienlen | 2016-08-28 19:17 | 映画類 | Comments(0)

野尻湖

野尻湖というのは懐かしい場所だ。高校の、何というのだろう、宿泊施設があり何度か行ったのを覚えている。誰とで、何をしたというところまでは覚えていないが、狭い社会で生きていたあの頃にとって家でも下宿先でも学校でもない所で過ごすというのはそれなりに強烈な経験だったのかもしれないしとても楽しかったという感じが残っている。向かい側に国際村というのがあり、そこまで早朝散歩ができると聞いて、いつも行こうと思って実行したことがない、という記憶もある。野尻湖に行くたびにそれを想い、車で一周してみて、でも国際村がどこにあるのか分からなかった。なので、今日の国際村行きのチャンスを逃したくなくて、風邪気味で体調は今ひとつだが、出かけた。
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行った理由は友人の洗礼式。かなりの雨降りで気温は17度くらいか。国際村の集会所みたいな小屋で式を執り行い、といってもひじょうにカジュアルなものだったけど、その後水に入って生まれ変わるのだそうだ。この間も友だちが洗礼を受けたけど、全身水に入ったとは聞いていない。カソリックとプロテスタントではだいぶ違うようだ。この友人は子どもの頃からずっと聖書を読んできて神を信じているが既存の教会で良い思いをしたことがないので洗礼は受けるつもりなかったが、ちょうどいい出会いがあったと嬉しそうに語っていた。牧師家族が県外から大勢来て式を行い、付近のカフェで食事会。野尻湖の国際村と軽井沢の外国人入植との関係が聞けたのも面白かった。
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国際村側の野尻湖は湖面の感じが湖水浴に最適。いつもは子どもたちでにぎわっているそうだが今日は悪天候のため誰もいかなった。それでゆっくり水に入ることができたのだった。



by kienlen | 2016-08-27 16:46 | | Comments(0)

ミュンヘンへの夜行列車

タイトルで何かなと興味を持ち、ナチス政権下でチェコの科学者が…みたいな説明があったので借りてみた。ハラハラし通しで、まさか残酷な結末はないだろうと思いつつも心配で、何度も中断してはネットで検索。ネタバレというブログを見て安心しようと読み始めてから思い止まりまた映像に戻ってという感じで何とか見た。始まりはシリアスに感じたけど途中からコメディめいてきて、最後の方は安心して楽しく見れた。

日本映画で中国人とか韓国人という、つまり隣国の人を描くとして、ヨーロッパのようにはっきりしたキャラクター設定ができるんだろうか。これはイギリス映画だけど、イギリス人はどんな時にもジョークを欠かさず、怠惰で、でもイザとなると命をかけるということになっていて、ドイツ人は官僚的でマジメだけど、それが弱点にもなるというわけで、日本で免許証さえあれば別人に成り代われるのを彷彿とさせるが、こういう対照がアジアでできるかというと、どうなんでしょう。最初は力が入り後半は脱力の面白さだった。日本では公開されてないそうだ。

by kienlen | 2016-08-26 00:09 | 映画類 | Comments(0)

『現代タイにおける仏教運動―タンマガーイ式瞑想とタイ社会の変容』

買ってから何年になるのか。もう一生読めないかもと思っていたのをやっと読むことができた。バンコクに住んでいる頃、仕事の関係で使う難解な日本語を教えて欲しいというタイ人が週末わが家に通っていて、その彼女がタンマガーイの信者だった。そのことがずっと頭にあり、メディアで話題になったりもするし、何より日本にも世界各地にも寺がいくつもあり、身近にも通っている人がいるので、こういう研究書があるのを知ってすぐに買ったのだった。何度か読もうとして本棚から取り出し、その都度挫折。趣味で読むには学術書はそれなりに時間がかかるので細切れの時間だと厳しい。5600円もする本、今の状況では買う勇気ないので買える時に買っておいて良かった。

タンマガーイ寺の僧侶、職員、信者にインタビューし瞑想イベントに参加し、という調査と文献から全体的に考察したもの。調査は90年代に行われたものだし、研究書だし、当然最新というわけにはいかないけど、基本を少し分かっていると起きていることの理解はしやすい。時代が変化していく中でこういう運動が生まれてくるのは必然というのが分かる。学生運動との関係も興味深かった。この本を読んでいる最中の昨日から、ちょうどご縁があって聖書を読んでいくことになった。これもずっと機会がなかったものなので楽しみ。聖書でなくて仏教書を読む会があったら参加していたかもしれないし、タイミングの問題なのだ。

by kienlen | 2016-08-25 16:01 | 読み物類 | Comments(0)

ブルックリンを語る会

ブルックリンにいたく感動した友人とランチを兼ねて語る会を行った。語りたいと言ったのはその友人だが、私も見てすぐに、語りたいという彼女の気持ちが理解できた。さっそく、どこが一番印象的だったかを話すと、2人共全く同じところで、これじゃあ違う視点が入らず語りが続かないではないか、ということになってしまった。私達は年代も違うし来し方でも今の生活でも共通点はほとんど何もない。強いていえば子どもが2人いて、上が男で下が女で、くらいか。ああ、それと本が好きという点と。子育てについての姿勢も違うし働き方も違うし、家庭環境からすべて違う。それなのに、ここで一致。

それで次の語りは、なぜここなのかという方向へ。あの地域であのような人がいて、あのような詮索をする。ひじょうにありそうなこと。それに対してどう臨むかで共感できたわけだ。全然違う感性の人に見てもらって感想を聞きたいものだ、ということになった。それと男性が見たらどうか。観客にはどうも男性も多いらしく、私が行った日も4人のうち半数は男性だった。彼女の行った会もだいぶいたらしい。男性がどこまで入り込めるのかをイメージしにくいが、魅力的な女性が大勢出てくるだけでも楽しいかも、という話にはなった。で、次に印象的な場面についても一致で議論にもケンカにもならず、多面的にもならなかったが、またやろうということになった。自作はウディ・アレンの新作を予定。

by kienlen | 2016-08-23 17:20 | 映画類 | Comments(2)

信州で読んだり書いたり、時には旅したり


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