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静かで改札なし

ヨーロッパの旅で何度も電車に乗ったので、仕組みが少し分かった。まず改札がない。車窓から、ホームでヨチヨチ歩きの子どもを遊ばせているお父さんを見かけ、娘と「日本でやっていたら注意されそう」と話していたのだが、そもそも改札がないのでホームに入るのは簡単で、乗り物好きの子どもに線路沿いから電車を見せなくたってホームまで入って行けばいいわけだ。それと今回初めて分かったのは、何番線に電車が入るかが決まっていないのだということ。これが混乱の一番の原因だった。電光掲示板で見たホームで待っていたらなかなか来なくて、別のホームにいるのが当該電車であるらしいことに娘が気付き、大急ぎで移動したこともある。5分後に到着するはずの電車を待っているそのホームに前の電車がまだ留まっているのを見て、こんなギリギリでいいのかなと不安になっていたら到着ホームが変わっていたこともある。こういうことを何度か経験してやっと発想が逆だったのに気付いた。どうやら到着及び出発ホームは列車の運行状況に合わせて柔軟に変わるのだ。
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分かりやすかったのはプラハの駅。ここからワルシャワに行ったのだが、こうして時刻表の前でギリギリまで待って出発ホームを確認していた。私たちもこの頃には、あまり早く表示されているのは変更があるかもしれないと疑うところまで慣れてきていた。それにしてもプラハの駅は他の駅の洗練度と比べてちょっと雑然としたテイストだった。この赤いライトなんか特に。あと犬連れの旅行者が多かった。駅構内で、やたらに長いリールが他の人に絡まりながら飛び回っているのもいたが、誰も驚く風もなくとっても静か。電車の中にどでかい犬がいると、ちょっと怖い。隣の席には小さいのがいておとなしくしていた。旅慣れている風だった。これもプラハ駅↓
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やはり失敗したことは身に付くようで列車の乗り方はちょっと自信がついた。そういう話を前回ヨーロッパに一緒に行った友人に話したら、納得していたことがあった。ミュンヘン駅からフランスに向かう電車に乗る時、もうチケットも買ってあるし電車のホームも分かっているのに、案内してくれていたイギリス在住アメリカ人カップルが、随分心配して列車の行き先を何度も確認するのが理解できなかった。これに決まっているのになぜ、と。常道を越えた丁寧さ。ホームの数は少なくシンプルだし間違えようがないじゃないか、と。でもだからこそ、柔軟に変更するのかもしれない。日本に戻ったとたん、空港から駅から場内アナウンスがひっきりなしでものすごくうるさく感じた。沈黙恐怖症みたいだ。とにかくどこも静かで、ひっそり出発してひっそり遅れたりもする。ああいう所から日本に来た旅行者にとって駅の音も改札も驚異的なんだろうと想像する。



by kienlen | 2016-03-27 11:35 | | Comments(0)

モルダウをピアノ連弾で

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一昨日の夜に友だちから「明日のコンサートに行ってくれないか」という依頼電話があった。土曜日は読書会があるし夜は夜で予定があったのでムリだと言ってから一応時間を尋ねたら2時だった。ちょうどいい。チェロとピアノと声楽ということだったのでその関係の友だちに声かけたら、ひとりだけ都合のつく人がいて付き合ってもらった。名前は知っていたが行ったことのない私設のホールは太い梁と漆喰の和風でとてもステキだった。こんな近くにこんないいホールがあったなんて。これを見れただけでもいいなと思った。一緒の友だちは声楽をやっていた人なのでそれが楽しみと言っていたし私もそれで誘ったのに、チェロとピアノだけだった。謝った。一台のピアノを2人で弾く連弾の演奏会は初めて。これがなかなか素晴らしく、特に最後のスメタナのモルダウは元々がピアノ用の作曲だそうで、オリジナルをやりますとのことで、涙がじわっとなった。プラハで弦楽器だけで何度も何度も聴いた曲を日本人とドイツ人のデュオのピアノで。とっても良かった。

by kienlen | 2016-03-27 10:24 | 出来事 | Comments(0)
チェコといえばビール。ピルスナービール発祥の地までプラハから電車で1時間半程度というのが分かったので行ってみたかった。列車もビールも好きな娘に異論あるはずない。駅名はプルゼニュ。到着した日にツーリストインフォで電車の時刻と所要時間を聞いたら時刻表をくれたので、翌日ゆっくり朝食食べて出発し、ピルスナー直営のレストランでランチとビールにしようということになった。列車はミュンヘン行きだったのでそのまま乗っていたいくらいだった。入国管理がないので時間さえあればどこでも行きたい放題。
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駅はこういうかわいい建物で、遠くからでも見えるので目印で便利だった。
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ピルスナーの工場はすぐ近くで直行したら早すぎる。町を散策してお腹を空かせてから行くことにした。橋を渡っていたら釣り人がいた。よく見るときれいな等間隔に並んでいた。場所が決まっているんだろうか。ドイツの近くだけあるな、と何となく感じたりした。
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町の中心の広場にある教会。入ってみたかったけどロックされていた。ガイドブックを見るとオフシーズンで開いていないらしく残念だった。でも帰り道に通りかかると少し人がいるので行ってみたらドアが開いている。入ってみた。ところが入ったとたんに柵が閉まってしまい大変あせる。数人いた人たちもびっくりしていたが、何とか出ることができた。というわけでゆっくり見学どころではなかった。
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こういう感じの町をブラブラして工場へ。天気はくもり。
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これが門だった。
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地下のレストラン。メニューから適当に、オリーブのパスタとローカルフードという肉と玉ねぎの煮込んだのを注文。で、近くの席のグループの人が「お勧めは」と尋ねているのが聴こえ、スタッフが何か答えて、その通りに注文していたので何がくるのかと見ていたら私たちが頼んだのと同じだった。当たり。ここの料理は美味しかった。もちろんピルスナーの生も最高。帰りの電車は間違えて一駅前の小さな駅で降りてしまい、いっそう電車の乗り方に慣れた。

by kienlen | 2016-03-25 17:28 | | Comments(2)

畑仕事始められるか

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仕事がほぼなくなった。今後の予定もないので今年こそ畑をやろうかと思って父の畑に2日通って様子を見る。比較的行きやすい場所に1枚空いているのがあり、目印に柿の木を3本植えてある。柿の木だけ3本というのがちょっと寂しい。ここにブルーベリーを植えたらどうかと思って提案する。ブルーベリーを思い付いたのは好きだからというのもあるが、農家の友だちが簡単だよと言っていたからだ。専業農家の人が簡単というのがどの程度なのか素人の私は知らない。それは大きな問題だ。それにしても父の家に通うガソリン代を思うと、仕事なく稼ぎがなくなるとその余裕もなくなる。どうしよう。畑から戻って庭を見たらフキノトウがあった。明日採って天ぷらにしよう。
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心配なのはこのタラの木。あまりに大きくなりすぎて隣の家に御迷惑かけているので秋にバッサリ切ってしまった。そしてまだ芽の出る気配なし。生きているのか分からない。タラの芽は期待の星なのだが。物々交換の物にできるし、昨年トマトをくれた友人へのお返しも今年のタラの芽と決まっているのに、大丈夫か。生きていてください。頼みます。
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父の畑から野沢菜の花を採ってきてコックさんに炒めてもらった昨日のランチ。こんな美味しいものを父は引っこ抜いて畑に打ち捨ててしまうので、もらってきて庭に植えた。ランチにした残りを夕食にするつもりだったのに店に置き忘れ。今日取りに行ったら袋だけ渡された。こんな美味しいもの、タイ人の大好物でもあり、そりゃあ食べてしまう。明日また収穫に行くか。ただし野菜買うよりよほど高いガソリン代がいる。



by kienlen | 2016-03-24 19:58 | その他雑感 | Comments(0)
これ、前に本屋で見た時に発想が面白いなと思ってちょっと手に取り、しかし買って読むまでには至らず忘れかけていたところ、三浦しをんファンの本読み友だちが最近読んで大絶賛するので、貸しておくれと言ったら快く貸してくれた。4人の作家や翻訳家など、つまり現役で書いている人たちが『罪と罰』を読まずに物語を推理していくという趣向の読書会というか未読会というか。推理を終えた後で、実際に読んでからの感想もあるが、ボリュームは読む前の方にある。そのありがたい友だちによると、この未読会が抱腹絶倒で、特に三浦しをんの知識とか飛ばしっぷりが素晴らしいということだった。で、私はそこまで笑えたわけではないけど、ひとつの要因は読んでしまったことにあるのではないだろうか。どうしても自分が知っていることと比べてしまい、単純に楽しめないという皮肉な弊害を感じた。という意味でも、面白い企画であると思う。皆さん書く側の人なので、心理を図るのも、この章のこの辺りにはこういうことが書いてあるだろうとか、推理が具体的で立場がドストと呼ぶ作家の側。で、推理を進める根拠にするのは、参加者のひとりの岸本佐知子さんという翻訳家が訳した最初と最後のページと、途中で部分的に1ページとか数ページを指定して読んだ内容。こうして調整しながら独自の物語をつくり上げていく。この手法、ひじょうに面白そうで私たちも未読会をやりましょうということになった。

私がまず面白さを感じたのは「読まずに読む」と題した参加者のひとりの吉田篤弘さんという作家のエッセイだった。これがなくていきなり座談会だと印象はかなり違ったと思う。この人の本を、この友人から頼まれてついこの間買ってきたばかりだった。おつかいを頼まれたおかげで名前だけを知った次第。日ごろから本を読むって何なんだということはよく考える。これだけの時間を使っている分、他のことを犠牲にすることになる。自分の場合に犠牲にしたのは家事育児を筆頭にその他色々で、犠牲にしてないのは飲酒。ということを考えながら本編へ。これはやる側は楽しいでしょう、という内容。楽しんでいるのを楽しめるかそうでないかはちょっと見解が分かれそうな感じはする。最後の章が読んでからの感想を語り合う読書会。そうかあと感じるところ多々あり。それにしても思ったのは、どうして名の知れた名作は重厚で読みにくいイメージがあるのかということだった。文学史教育の問題じゃないかというのは友だちとの話。読んでみるとエンタメとしてすごく面白い、ということはこの読書会でも一致していた。というわけで、読むこととか小説についてとか、この本を通じて感じるところは色々あった。




by kienlen | 2016-03-24 11:38 | 読み物類 | Comments(0)

女は二度生まれる

日本映画のオリジナルセレクションを送ってくれる友だちがいる。レンタルのように期限がないのと、本はいつでもどこでも読めるし細切れの時間でもいいのに対して映画は2時間あけなくてはいけないし元々家で見る習慣がついてないしで、見たかとよく催促されながら何やかやと言い訳している始末。もう送ってくれなくなるのを恐れつつ。彼のセレクションは自分の好みにも合っていて、今まで見たのではずれだったのはない。昨夜の「女は二度生まれる」も良かった。1961年の作品。ほんと、つい最近まで日本ってこういう社会だったんだと改めて感じさせるものだった。

主演の若尾文子が素晴らしい。東京大空襲で両親を失い、多分早い時期から売春もする芸者になって置き屋暮らし。天真爛漫というかとっても明るくてキュートで仕事も楽しんでいる風情なので、もちろん人気抜群。今日はこちらのお父さん、明日はあちらのお兄さんという他に、一緒に遊び歩く正体不明のボーイフレンドもいる。この男がきっかけで売春宿が摘発され、主人公はバーのホステスに。ここで馴染みの客と出会って囲われることになる。自分で自分を「お妾」と言って、お父さんと呼ぶ男性に「せめて二号と言えよ」とたしなめられる。ここらへんの男女関係は、いかにもありそうという感じで面白かった。最後もうんうん。長編小説なら、ここからが後半というところでおしまい。知らない映画を教えてくれる友人に感謝。

by kienlen | 2016-03-22 10:03 | 映画類 | Comments(2)

うまくいってないそうだ

しばらく前に図書館でばったり知り合いに会った。もうずっと昔から知っている男性で、久しぶりにちょっと一杯ということになり、カウンターの隣の人になった。ビールをついで軽く乾杯。と、いきなり「最近、だんなとうまくいってないんだって?」と言う。ビールをむせそうになった、というとドラマみたい、といったらありふれ過ぎてそんな表現様式は今どきないということになるかもしれないが、とにかく大変びっくりした。何で人の家の事情を知っているんだ、という意味ではなくて、どうしてそんな噂が流れているんだろうということに。こちらの疑惑を感じ取ったのか「いやいや、確たる根拠があってのことじゃないんだけどね」と、すかさず微妙な言い回しで、こちらの応対を防御した。

人の話のかなりの割合は他人の噂話であろうことは想像に難くない。自分もその中に登場するということは、少なくとも誰かはどこかでその瞬間だけでも自分を覚えていてくれるということで、何だか孤独感が紛れる感はある。ありがたいことだ。そういえばこの間、知り合いの会社の社長からお仕事の打診があり、心構えをしていたらだいぶ経ってから「あれ、なくなった。申し訳ない。腹立つよね」と言われたので「とんでもございません。よくあることですし、ちょっとでも思い出していただけただけでありがたくて涙出そうです」と答えたら、気味悪がっているような気配だった。そうか、こういうことをあちこちで言っているうちに、子どもはいなくなったし夫からも相手にされず変になっているんじゃないか、という展開に尾ひれが付いているのかもしれない。ありがたいことだ。真相はどうなんだろうかと思っても尋ねる相手もいないし。おっと、こういう言い方もささやかな尾ひれになるかも。

by kienlen | 2016-03-21 14:34 | その他雑感 | Comments(0)

旅と買い物

この間気付いたのだが、日本では買い物に入ると店員さんの方から「いらっしゃいませ」と言う。これに対して客が何か答えるかというと、そうでもないように思う。いらっしゃいました、という挨拶が対になっていれば便利だと思うけど、ちょっと不自然なので、店のサイズとか雰囲気によってはこんにちわとか言って、そうでなければ黙っていても不自然ではないように思う。こういうことをいちいち考えなくていいコンビニとかスーパーってやっぱ便利ということになるのか。なぜこんなことを改めて感じたかというと、チェコ語がどんな言葉なのか知りたくて本屋に行ったがなかったので図書館に行ったら『チェコ語の隙間―東欧のいろんなことばの話』というのがあり、手に取ったら大好きな黒田龍之助さんの著書。絶対面白いはず。迷わず借りた。

家に戻って「はじめに」を開いたら「まさかいないとは思うが、この本をチェコ語の参考書のつもりで購入された方は、今さぞや失望されていることだろう」が冒頭の文章だった。ネット注文だったらお気の毒と。これからしてもう面白いのだが、チェコ語の挨拶が載っていて、その章のエッセイの中に、日本と違って店に入ったら客の方からこんにちわの挨拶をし、出る時も客の方からさようならを言うのだと書いてあった。なるほど、納得!この間の旅で娘が持参したガイドブックを読んでいた時、国を特定してあったか記憶してないが「店に入る時はハローと言いましょう」みたいな箇所があり、ちょっと違和感があったのだ。この違和感はこちらの本の説明で完全に氷解した。こういうささいな事が面白い。というわけで続きを読み、チェコ語の本を見つけに東京に行くことにする。ネットだと、参考書じゃないのを注文してしまうかもしれないし。

by kienlen | 2016-03-20 15:38 | | Comments(0)

『百年の孤独』

読みたいと思いながら読んでない本はあり過ぎるほどあって、マルケスのこの本もその中の有力な一冊。昨年だったか娘が読んで、ひじょうに良かったと言っていたので余計に挑戦しようかという気になっていたところに読書会の課題になったのでいい機会で読んでみることにした。2,3ページがなかなか進まなくて何度か読み返し、挫折しようかと思ったけど、課題という動機を支えにがんばることにした。日常生活の課題は時間をいかに使うかなのだが、その中で読書に割いたら他ができないわけだが、もうこれもクセというか強迫的になっているような気がする。そういうことを考えながら読むってどうなの、というところではあるが、ただこれはとても面白かった。いかにも小説なスケールの大きさと、匂いから土埃の感覚から五感にストレートに伝わるものすごいリアルな詳細描写が、地球の上の出来事を泣き笑いしているようで、地を這いながら空を飛んでる気分だった。虚無感と高揚感の同時振動という感じ。子どもの時によく見た空を飛ぶ夢はこんな風だった。ここに落ちそうな不安を加えれば。

実はストーリーを分かっているかというと自信がない。登場人物が多くて同じ名前の人が多いし、死者と生者の区別もなくなることがあったり、つじつま合わせを考えていると進めないので、長大な詩だと思いながら読むことにした。そうしたら格段に面白く感じられるようになった。それに、話の運びはこの方が自然。というのは、人間の意識の中では死者と対話したりそこにいるような気がしたりというのは日常なわけで、それを物語にしたらこういう感じだろうという意味で違和感がなかった。土の匂いがして、虫のうごめきを感じて、コロンビアは行ったことないけど、きっとこういう感じなんだろうと想像できる。タイに行った時にもまっ先に感じたのが南国の生命力だった。蟻がここまで強力なんだというのも経験したので、最後の場面も、これってきっと日常の中に落とし込める程度の事態なのだろうと思う。読書の快楽という言葉が浮かぶ時間を過ごすことができた。それにしてもこのタイトルも素晴らしい。



by kienlen | 2016-03-20 10:35 | 読み物類 | Comments(0)
友だちから、いいよ、見て見て、と言われていて、じゃあ見ようと思っていてなかなか行けず今日が最終日。上映は1日1回で午後1時40分から。家で昼ごはんを食べてから行こうと思っていたところに電話。長話になり、間に合わなかったら止めてしまうつもりだったけど、間に合いそうだったので行った。上映会場に入ると観客が多くて、場所を間違えたと思っていったん外に出そうになった。数えると11人。良くて5,6人というのばかり見ているので驚異的である。その後も数人来たので相対的にはかなりの観客数だった。その友人のいいが何なんだろうかと考えながら見た。主人公は初老のカップル。それだけで親近感その1。1人は芸術家。それだけで親近感その2。ああ、これはその友人を想像してである。年齢的には自分がふさわしいが、カップルとか芸術とかになるとその人なので。

そのカップルが、エレベーターのない5階の家まで階段を上るのがきつくなり、これを売ろうということになった。といっても、不動産ブローカーを営む親戚の入れ知恵という感じの描き方。オープンハウスで人を集めて入札なので価格の動向が気になる。同時に次の住処も探さねばならず、やはり入札物件で、今度は逆にする側になる。という過程で時々、カップルの馴れ初めが思い出の形で登場する。黒人と白人の結婚が珍しかったことも含めて。いずれにしろ、何のかんの言っても2人の絆は強い。結局どうなるかというと、そういうことになる。地味でしみじみしていて、素直で複雑ではない。行ったことないけど、アメリカっぽいというか、自分の中では、アメリカ映画のひとつの典型な感じがした。流れに翻弄されることないでしょ、という感じの。悪くなかった。

by kienlen | 2016-03-18 22:32 | 映画類 | Comments(0)

信州で読んだり書いたり、時には旅したり


by kienlen