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タイのドラマをついつい

昨夜はユーチューブでタイのドラマを見ていたら面白くてつい最後まで見てしまった。どうやらシリーズものらしいが、1本に留めておいた。英語のサブタイトルがついていたから外国を意識しているに違いなく、そして内容的にもそうらしかった。つまりタイといえば有名なあれである。舞台は大学の寮がほとんど。いかにもタイの中流階級の娘って感じの女の子が寮の2人部屋に引っ越した日、同室の子が男みたいなのにびっくりする。これがひじょうにハンサムというか、カッコいい。うざいので最初はいい関係ではないが、どうも気になるようになる。大学に行く時はハンサムさんもスカートをはいていくから、男がからかう。それを同室女子はかばったりする。そこに別の女の子がハンサムさんにアプローチしてくる。

で、三角関係みたいになるのだが、このハンサムさんの悩み方というか、これがとってもよろしい。ナチュラルでピュアで優しい。あんたはトムなの、と聞かれて「分からないよ、自然に女の子が集まってくるんだもん」と答える。その通りなのである。自分からアプローチするわけでもなく、ただ周囲がわいわい。でもそのうちに自分の気持ちに気付く。この同室の子がどうやら好きらしい。そして彼女の方もどうやらそうらしい。それは楽しいのだけど、女の子の母親が出てきて複雑になる。世間の目ってやつの象徴である。他にも性別不明みたいな人は出てくる。これはいかにもタイ。単純なお話だけど、結構面白かった。外国向けにアイデンティティを持つとすれば、この路線はありだろうな。日本がおもてなしとか言うのと同じで。私はあのプレゼン、わざとらしくてかなり苦手だったけど、今日風呂の中で読んだ雑誌におもてなしの意味は本来「持て成す」で、特別のことをするんじゃなくて持っているもので成すことを言うのだそうだ。あれ、違うんじゃない、っていう趣旨だった。タイでこういうドラマが多いのは違和感ない。現実なんだから。あの包容力はアピール価値があると思う。今夜も見ちゃうかも。
by kienlen | 2013-10-31 20:16 | 映画類 | Comments(0)

『からだのままに』

南木佳士の何冊目か、5か6か7か。読みかけの残りはあと『阿弥陀堂だより』のみ。これはこの間、何人かで話していた時に「いいよ」という話がでて、昨夜友達と話している時は「映画見たけど原作の方がいいと思う、読んでないけど」という、ひじょうに分かりやすい感想をうかがったばかり。本は、ここで休憩しないとキリがないや。この本は薄くて行間があいていて思わずスカスカと感じたものだが、行間に詰まっているものがあるのでいいのだった。ちょうど今の自分くらいの年齢の頃の心情なのでほっとする感がある。エッセイは小さな器に盛るのが一番美味しそうに見えるのではないかと最後にちゃんと書いてあった。確かに、大きな器にちょこっと盛るよりも小さな器に盛る方がいいかもと、タイにいる時から感じるようになった。

育ての親ともいえる祖母のことはいつも出てくるけど、言葉の人ではない人に育てられてことに感謝しているのが印象的。この感じはあこがれだ。自分が母親としてどうかということはよく考える。この時点で自分にとっての理想の母親像からほど遠いことを意識する、考えたり意識したり、何なんだよ、ってな具合に。でもすぐに、結局見せかけでするよりはしない方がいいだろうと思うので、こうなる。からだのままにはいいタイトルだな。隅から隅までわきまえているというか、変な言い方だけどそんな感じ。今朝の新聞に文学のことがあり、文学って言われても今までほんとあまり興味を持てなかったことを残念に思いながら読んだ。今までなら飛ばしてた。その意味で、この作家はいいきっかけになった。文学の雑誌を買ってみようかな。うんと若い頃は読んだことあるよな、多分。それから長い間そういう機会がなかった。
by kienlen | 2013-10-30 10:24 | 読み物類 | Comments(0)

暗め

自分の仕事の仕方について、とんでもないなと感じることがある。何といっても大問題は先を見通す力がないということだ。どこに向かっているのか分からない笹舟を運転しているようなもの。これはもはや運転とはいえない。でも、沈まないようにだけの運転もあるのか。進まないけど沈まない。これはこれで力のいることだ、自分にとってだけ。そしてもう力尽きて沈みそうだ。はあ、溜息。あるいはモグラがあっちこっちに掘り進めて、こっちもダメだ、と引き返してはまた的外れの場所を掘る。的外れかどうかも、目的地が分からない上は、それさえも分からないということになる。命に係わることであればこんなことはできないんだろうが、虚業はこういうことができて、そしてあくまで虚しさが付きまとう。というような言い訳を自分に今日も朝からしている。バカ者。やはり気合を入れられる場面がないままにくると、こういう人間ができてしまうんだろうか。

5時半に焼けたパンを6時半頃に取り出した。まだ熱かった。焼きたてを娘が美味しいと言って食べた。それから南木佳士の話しをした。面白かったのは、国語の先生が文学作品を読む時は、入試問題としてどうかという目で見るようだということ。そして南木佳士の本はトップの大学のレベルなんだそうだ。いいなあ、こういう職業病を隠さない先生というのは。それで私は娘を媒介にして質問している。「中島義道は」「好きだってよ」「佐藤優は」「入試問題にはちょっと違うんじゃないかって」てな具合だ。小川洋子も巧いんだそうだ、文学部的には。読んだことないから読んでみようかな、文学部的ではない者としても。で、今朝は思い付いて「丸山健二は」という質問を娘に託した。ますますモグラな気分である、朝から。
by kienlen | 2013-10-30 08:45 | その他雑感 | Comments(0)

パン焼き器

初めてホームベーカリーというものを買ってみた。どうしても必要というものじゃないし、場所取るし、飽きるだろうし等々考えると、これまでためらいがあった。狭いキッチンで場所を取るモノを増やしたくない。それに、自動でやってもらうんじゃあ面白味もない。とはいえ、技術も時間も精神的余裕もないのだから、常に買うことになっている。美味しいパン屋さんもあるし買うのも楽しみでもあるが、ふとした加減でネット注文した。買い物依存っぽいでしょうか。どれにしようか、初めてなので分からない。それで餅つき器で馴染みのあるエムケーのにした。安いのは随分と安い。しかし、機械物は新しい方がいいでしょう、ということで新しいのを。

良かったのはホシノ酵母専用ボタンがあることで、友人から分けてもらったホシノ酵母をおこすのも自動でできた。24時間かけて起こした酵母と材料を入れ、本番のスイッチも専用であるので押すだけ。日曜日の朝に押して夕方できた。あまりにフワフワでびっくり。でも粉の味わいはあり美味しかった。今日、ひとり暮らしの友人に残りの1枚をやって2度目に挑戦。酵母を使い切る必要があるので。出来上がりは朝の5時半とのこと。機械が教えてくれた。パンの焼けるいい香りで目覚めることを楽しみにして…。
by kienlen | 2013-10-29 23:45 | その他雑感 | Comments(0)

楽しかった

朝、今日こそ仕事しないとマズイと本気で思った。その気になったところに電話があった。年配の友人。「家の前にいるんだけど」と言う。寄ってもらってお茶にしてもいいけどあまりの乱雑ぶりにさすがに勇気がなく、外にお茶飲みに行くことにして、共通の知り合いの喫茶店に行った。午後は外仕事があるので本日の目的がおじゃんになることを半分覚悟、でも夜がある…などと思いながらの半端な気持ちを引きずりながら。で、喫茶店でマスターと話していたら30年ぶりかと思うくらいの知人が入ってきた。それで一緒にお話し。そのうちにマスターが、今夜素晴らしいコンサートがあるから招待券をやるから行くようにと言う。こういうのを断る勇気がまたない。ありがたくいただく。

年配の友人と夫の店でランチを食べ、私はそのまま外仕事へ。これが予定よりずっと長引いて、しかも珍しく充実感あり。コンサートまで1時間ほどしかないので家に戻らず、夫の店で食事してそのまま会場へ。なかなか面白い内容だった。帰ろうと思ったら知り合いが何人もいることに気付いた。で、どっかに行くかという話になった。近所の店で皆さんは食事。食事の済んでいる私はビールを注文。6人のうち、初対面はふたり。2時間ほどしゃべっていたのだが、大変楽しい時間だった。6人全員での会話がどれも空虚でもなく、時間稼ぎでもなく、話すための話しでもなく不思議な充実感があった。それぞれがひとりふたり初対面がいるという感じのズレ方とか、似たような仕事もあれば違うのもあればというズレ方、年齢層も微妙なズレ方、そしてそれぞれ微妙な重なり方。楽しかったねえ、で別れた。社交辞令って感じでもなく。
by kienlen | 2013-10-28 23:06 | 出来事 | Comments(0)
南木佳士著の何冊目になるか、多分5冊かな。若槻俊一の評伝を除いては短編ばかりなので、ただでさえもの覚え悪いのだから、もうどれがどれだか分からない。まあ、物語がどういう進行かというのはあまり重要ではなくて、一文一文読むことだけで充足感みたいなのがある。この本はすべて芥川賞候補になったものをおさめたものだそうだ。そして著者の初期の作品だそうだ。もっともそう説明されなくても、若い頃だろうというのは分かる。勢いがあるというかみずみずしいというか。比喩なんかのくどさも含めて若々しい。

なんでこんなに惹かれるのかというのはよく分からない。ただ、ところどころに、それそれというフレーズがある。例えば、言い争いで勝つのも負けるのも嫌だったから、僕は結論を急いだ。そうそう勝つのも負けるのも嫌なのだ。でもそういう感覚でストレートに表現してくれる人ってお目にかかってないように思う。たまたま自分はかもしれないが。こういうすんなり受け入れられるフレーズがいくつかあったがメモもせず線も
引いてないから忘れてしまう。メモっておくべきかも。
by kienlen | 2013-10-27 00:13 | 読み物類 | Comments(0)

いつもの店で夕食など

ザクロはいつ見てもいいな。花も実もトゲトゲの木も好きだ。そしてやたらに増える。ウチは放置しておくとザクロ屋敷になる。あちこちに芽が出ていつの間にか大きくなっているんだから。しかし今年も実はほとんどなっていなくてこの3つがかろうじて。
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昨夜は娘といつもの近所の食堂へ夕食に。昼に行ったら「収穫のため営業しない」という由の張り紙があったので、これはキノコであろうと期待。山キノコのおろし和えがあったから、これかなと思ったら鍋がありますと言われてそっちにした。量が多そうだし。肉少々とハタハタらしき魚が一匹真ん中にあり。そして数種のキノコ。美味しかった。キクラゲのプチプチも最高。娘に「こういう料理が好きになってくれてありがとう」と言った。食の好みだけはどっちの子も自分的にはオーケーである。タイ料理好きだし。
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娘の定食には和牛たたきプレートを。これは美味しくないと食べられないぞと言ったのだが、そしてちょっと心配したのだが、美味しかった。量が多いので分けて食べた。夜仕事したいから飲まないでおこうと思っていたが、そこまでの固い決意にも至らず、この料理にビールなしはあり得ないだろうと1杯飲んだ。娘に「飲み過ぎだから止めて」とか言われてみたいけど、彼女は常に「飲んじゃえ、飲んじゃえ」であるし買い物に迷っても「買っちゃえ、買っちゃえ」なのである。ガマンということを教えてきてない。タイ人にとって我慢は美徳じゃないなあ、それだなあ。大変美味しい夕食に満足だった。こういう店が徒歩3分にあるってほんとありがたい。鍋にレモンの切れ端が入っていていい香り。カボスがあるから今夜はウチも鍋にしよう。山キノコじゃないけど行商の知人から買ってるのが何種類もあってこれがやたらに美味しいのだ。それと豆腐とネギと肉。パン焼き器を買ったので酵母おこし中でもある。
by kienlen | 2013-10-26 13:43 | 家族と子供の話題 | Comments(0)

冗談でもないのだが

予定外な日々。もともと予定を立てられない性格なのだから予定外ということはないか。一昨日は突然来た友人の誘いで山へ遊びに、昨日は突然の問題に対応するため上京。予定外にも程がある。息子と話すためだけなので高い旅費使って時間使ってとんぼ帰りである。おい、アンタ!何なのさ。で、帰りの夜の新幹線を待合室で待っている間、ビジネスマンらしきスーツ姿が圧倒的な中のひとりの声が妙に大きくて聞こえてしまう。「あいつB型だからさあ、何考えているか分かんねえよ」と繰り返し言っている。そのまま息子にこれを言いたいが、自分も同じじゃあ言えない。そうだ、私がせめてA型であれば血液型のせいにできるのに、できない悲しさ。毎日予定外の生活をしている自分から「計画性をもて」とか「規則正しく」とか言っても説得力なく、説得力ないことを言うのは逆効果と思っている自分が言えることはごく少ない。このへんが妙にまじめであるのも問題かもしれない。つまり躾ができないわけだ。それがこれだ。

実は、元々旅行好きの父が、せめて動けるうちに孫を訪ねるのだということで昨日の上京は予定されていた。そこに色々な問題が持ち上がり、私は父に色々と頼んでいた。ところがさらに問題が起きてこれは行くしかないなと思って決めたのだった。で、父の旅程は新幹線でバッとじゃなくて長旅なのだった。しかも新幹線使うよりも高いんである。私だけ新幹線でバッともありだけど、それじゃあつまらないから一緒に長旅をしたのだった。やはり電車は好きなので。父は息子のアパートに泊まることになっていたから、夕食だけ一緒にして私は戻った。誰も血液型のことは言えない。みんな問題のBである。そして皆が自分の問題に気付いていないし血液型の話しなどでない。それを新幹線の待合室で指摘されるなら、もっと根拠をもってくれて話してくれれば近くに座って耳を傾けたのだけど、ただ分からないというだけじゃあ学ぶべきものもなし。やはり一家にひとりA型がいないのが我が家の基本問題かも。なんて、冗談で済ませられないんだけど。あまりに腹が立つので息子を蹴飛ばしたが、びくともしなかった。
by kienlen | 2013-10-24 09:48 | 家族と子供の話題 | Comments(0)
岩波新書のこの本、いくらなんでも存在は知っていたけど南木佳士が書いていることは知らなかった。これも自分が日本にいない時期の著。医師で小説家が書いた医師の評伝といえば海堂尊のも読んだことがあるけど、こちら、大変良かった。若槻俊一がいかに偉大だったかは、自分でさえ名前は知っていることから想像できるが、だからといって具体的には知らずにきた。医者の世界ってご縁がないし、きっかけもないまま。小説はこの評伝を書くための修行みたいなことが書いてあったが、なるほどと思う。タイの、カンボジア難民キャンプを経験したことで若槻が農村医療を実施しなければならないとした時代を感じることができるようになったという下りは、分かるなって感じ。

あと面白かったのは、上州人と信州人の違い。作家は嬬恋村出身とのことだが、ちょうどその辺りに一時期通っていたことがあって、山のあっち側とこっち側というだけの違いなのに人間性が随分と異なるという印象をもち、しかしそれだけじゃあ言い切ることもできないしと感じていたところに、この作家がはっきりと違うと断言しているのに爽快感みたいなのを覚えた。つまり若槻俊一が活躍できるには、彼のような人を受け入れる土壌が必要であり佐久はそれにぴったりだったということ。若槻と関西じゃあ合わないだろうという例を出していた。評伝を読んでいると、人が生かされるというのは不思議なものだとつくずく感じる。評伝は書く人の視点の入り方がとっても面白い。読むきっかけを与えていただきありがとうという感じ。別に医学を目指す人じゃなくても、医学に関係なくても引き込まれるとてもいい本だと思った。広い意味で、ごまかしのない生き方をしてないと書けない内容だろうな。
by kienlen | 2013-10-22 08:56 | 読み物類 | Comments(0)

『冬物語』

南木佳士の3冊目。ひとつを除いてすべて文學界に掲載された短編とのこと。なんか、すごく良かったなあ。かなり似たような設定なのでまとめて読むと飽きるかと思うけどそういうこともない。文学作品というものを普段読みなれていないせいか、丁寧さが心地良い。それに、出てくるのがこれから死ぬ人か死んだ人であるとはっきりしているから嘘っぽくない。はい、その通りですから。迷いがないというのはつまり安心感につながるわけだ。そのへんにあふれている安心安全は全く信用できないまやかしだけど、ここに出てくるような安心は信用できる。

どれも良かったが、特に印象に残ったのは「木肌に触れて」。主人公の勤務する総合病院で胃ガンと診断された老女が「楽に死なせてくれる所があるから」と転院を希望し、紹介状を書く。このあたりのちょっとした葛藤も何もかも程よい程度と同感できるが、ふらふらとその怪しげと主人公が想像する医師を訪ねて森の中に行き、その医師と会って話す内容も描写も本物っぽい。このところ娘との話題がこの作家で、彼女は読んでないが、先生に話したら読んでないからすぐ読むと言ったそうだ。教科書にも出てくるんじゃないかなと言っていた。教科書的でもあるなあ。正統派って感じ。端正で麗しいというか、芯があるけど固くなく染み入る内容と文体。ベタ褒めというか、ここで褒めてもしょうがないので勝手にベタ惚れ。ここは気になるけどまあ留保しておこう、と感じる点が全然ないって珍しいな。
by kienlen | 2013-10-21 10:39 | 読み物類 | Comments(0)

信州で読んだり書いたり、時には旅したり


by kienlen