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ぼちぼち読もうと思っていたのに無理。面白すぎで止められずに昨日のうちに終わってしまった。モデルになっているのは出光興産の創業者で、経済歴史小説という説明だった。こういうジャンルがあるのか、新しいのか知らない。自分としてはひじょうに興味深いジャンルであると思う。司馬遼太郎とか、自分が読まないので、読みかけてすぐ挫折したので知らないけど、こういう感じなんだろうか、と、ここまでわくわくさせるスケール感に、そう思った。何しろ扱っているものが石油である。国際的である。よって国際関係が出てくる。そのスリルと大国に蹂躙される小国の悲劇と、それをどうするかという知恵と、金と力に対しては正確な情報収集と分析能力であることを、そうか、だからインテリジェンスと呼ぶのでしょうかと思いつつ、そのスケールを秘めた主人公の魅力が、誰だって惚れるでしょうよ、という人。

これを読んでいる最中に、朝から友人にお茶飲みに誘われ、その友人の恋愛とまでいかない談義を聞いたのだけど、思わず「本が好きだから現実の男性はねえ…」などと言ってしまい「本読んでいると虚しくならない?」と覗き込まれたのだが、確かに本読んでいることで仕事が延びたりはするが虚しくはならないのは、もう現実と幻想が分からなくなっているんだろうか。その友人と雑談していて、そういうことを感じていた。それで、主人公は自分の信念でもってすごいことをやってのけるのだが、つまりやってのけるための人材がすごい方々。本の中にもそういう下りがあるけど、それぞれが会社を興したら成功するだろうと思われる逸材を幹部にごろごろ抱え、ここぞという時にはそこに配置してやり遂げるのが痛快。それは双方の圧倒的な信頼によって関係が成り立っているからで、信頼できる関係があることによってこそ、必要なことに結集できる。まあ、社会は逆方向に行っていると感じるけど、だから弱くなるよな。無駄なことが多くなって肝心なことができない。本末転倒っていうんでしょうか。その現状に活!みたいな一冊、保守的な文字通りの愛国者が読んだら感涙にむせぶだろうな。私もほとんど泣きっぱなしを上下巻でやっていたから目の腫れは引かない。父に貸そうと思う。数日は楽しめて、少なくともその後1週間は爽快な気分になれるんじゃないだろうか。爽快感の後に襲ってくるのが何かだな、問題は。
by kienlen | 2013-01-30 10:21 | 読み物類 | Comments(0)

成り行きで過ぎた1日

朝は寝坊して気持ちが落ち着かず何も手につかず、友人をランチに誘って食べて、それから別の友人と書店で待ち合わせてお茶飲んで、そこでやっていた草木染と手織りの作品展の主が知り合いで長話しているうちに遅い時間になり、そういえば娘が本欲しいっていっていたから本屋にいるとメールしたら来たいということになり、参考書をたくさん買わされる。ふたりとも徒歩だったのでラーメンでも食べるかということになっていつも行っている中華の店で夕食。すべて予定外の行動で1日が終わった。流されるままな日々。この影響は結構大きいんじゃないだろうか。だって、予定を何も消化できなかったもんな。いや、予定ほど不向きなものはないのだと確認したかのような日だった。

しかし、面白いこともあった。というほどのことでもないが、ランチの時に友人と「この店だと〇さんいるかもねえ」なんて言っていたら、本当にいたのだった。僕帰るからどうぞ、と席を空けてくれようとしたが、いいじゃないですか逃げなくたって、とふたりで迫ってしばらくお話ししていて、全員孤独に仕事しているひとり事業主で忘年会とか新年会とか羨ましいなあという話になり、そういう孤独な面々で食事会くらいやりましょうよ、ということになって、始めることにした。って、大げさなもんじゃなく月に1度ご飯食べるというだけのことだが。ただ、どっかの店を予約したりするのじゃあ面倒だなと少々気が重たくなっていたところもあるが、そっか、夫の店を使えば特に気を使わず、何人になろうがひとりになろうがいいじゃないかと思い付いた。結構閉じこもりな日々なので新しいことを始めると考えるのは楽しいではないか。以上、収穫もあったということで。それから、昨日読んだ本の下を買って、同じ著者の別の本を友達から借りた。楽しみ。
by kienlen | 2013-01-28 20:55 | 出来事 | Comments(0)
百田尚樹著。目が腫れているっぽいなと感じるが、多分この本を読んでほとんど泣きっぱなしのせいであると思う。とにかく仕事がはかどらない。はかどらないんだったら本読んじゃおう、ますますはかどらない、決まっているじゃん、やらないんだから。で、今日も午前中でメドつけようと思ったがつかずに娘とランチしながら「本が面白くてねえ、でも上巻しか買ってなくて下巻が欲しいんだよねえ」と言った。魂胆は、娘が本屋に行って買ってきてくれないかなというものだったのだが娘は「じゃ、本屋行こう」と言うのである。朝から本屋に行きたいと言っていた。ひとりで行ってくれよと思うが行かない。これはチャンスだと私の下巻の巻きを聞いて思った、に違いない。そうはいかないのです。というわけで、本屋に行かないままに上巻を終えてしまったたま、困っている。

夫が出ているから帰りに買ってくれと頼もうかな、しかしそういう興味が彼にあるとは思えないし書名を覚える気もないだろう。興味がない人に頼む力が私にはない。これを人を育てる能力がないと呼ぶ。この本の主人公は人を育てる人である。いやあ、感動の連続で、疎外感でいっぱいな毎日の中で元気を得る方法はやはり本である、という小さい頃からの逃げ場の穴を大きくしている感あり。それをしている限り現実適応が難しいのですが、無理してもな、人を育てられないということは自分も育てられないということなのだろう。石油をめぐってこのような運びで物語が進むというのは、色々な意味で実に面白い。下巻を読んだら、大ヒット作だというが自分は知らなかったこの作者の別のを読んでみようとすでに決めている。友達が貸してくれるって言っていたし。その前にやるところまでやってから多分本屋に行くことになるだろう。まさか在庫なしなんてことはないだろうな。定期購読の雑誌の受け取りがてら後で行くとする。以上、本の感想は下巻を読んでからにする。
by kienlen | 2013-01-27 15:29 | 読み物類 | Comments(0)

宴会の翌日っぽい

昨夜は飲み過ぎたかも、と、今朝感じた。娘が登校するので弁当が必要でご飯を炊く準備はしておいたものの、帰宅が遅かったし飲んだしで面倒になり、何か買ってもらうことにした。たまにそういう日がある。時には彼女のリクエスト。雪で徒歩の日は弁当が重たいからという。で、実は今日も雪だったのでそれも考慮した。たくさん食べるから弁当が重いのである。前に、ご飯が足りず、いつもより少ない日があった。かといって小食の人なら充分だろうという位の分量には達している。帰宅して「ご飯少なくてびっくりした」と言うから「でも茶碗1杯分くらいはあるんだからあれ位で足りる人もいるんじゃないの」と言うとその通りで、あれより少ない人もいて、びっくりすると報告していた。我が家は栄養の摂取の効率の悪い人が多いようだ。

昨夜は新年会があった。中華料理で丸テーブルで、こういう形式は楽。付近で話せるし。でも、いつのまにか自分の周囲の人はどこかにお酌に行ったきりになり、空っぽになった。久々に一緒になった人が遠くから来てくれてゆっくり話していたので手持ちぶたさになるのはかろうじて避けられたのがだ、つまり彼は戻る席がなくなっていたというだけのことだった。早めに失礼して夫の店に、知り合いと行くことになった。エレベータに乗ろうとするから階段にしようよ、と言うと「嫌だ、そんなことで体力使いたくない」と言う。なるほど。私は体を使ってないからそういう時こそ多少でも使いたいと思うが、あちらは普段は体使う仕事。そういえば私も記憶力の悪さの言い訳としては、ここで頭使いたくない、と盛んに言ってしまうから同じことだなと思った。自分のキャパを知っているということになるか。店に行ったら友人が宴会の最中で、皆さんが解散してから少しゆっくり話すことができた。久々だった。そんなんで朝は二度寝したのだった。雪降りで空気が重たい日。体もなんか重たい。
by kienlen | 2013-01-26 15:16 | その他雑感 | Comments(0)

『戦後史の正体』

孫崎享著。創元社刊。購入動機に出版社がここってのが大きい。1500円+税。読書自粛が続いていた、状況的にはそれを続けなくてはいけないのだが、内面的にはもう限界。酔った勢いでアマゾンで2冊注文してしまったうちの1冊がこれ。立ち読みせずに注文なのでどうかなと思ったけど、いやはや、1p目から夢中になってしまいました。ボチボチ読書というのはできにくい、とにかく記憶力悪いので間を空けると読み直ししないと流れを忘れてしまうのだ。で、忘れない程度のペースで読んだ。前回同様、就寝前読書を少しやって飽きたらずに昼間を侵食。今日は、友達が温泉に入っている間、どうしても本から離れたくなくて読書を選んでしまった。蕎麦を食べてから休憩室にひっくり返って読んでいた。絶好の温泉日和だったというのに。それで友人が「ああ、天国」と温泉から出てきて私はこの本を読んでいて「ああ、地獄」としか返答できなかった。

月並みな言い方をすれば、縦糸横糸あるいは斜めとめぐらされた一見複雑怪奇な歴史の糸を、米国からの圧力という糸だけをぐぐぐとたぐりよせたら、はい、きれいに1本の極太な糸が出てきました、お見事、という、ひじょうに分かりやすい内容。陰謀説というように評していた人もいたけど、そんな風には感じられなかった。諜報機関ものとかは興味があるので、それらとか、それに、米国政府が各国の政府を転覆させる手法とかは読んだことがあったけど、なるほど、それで日本が例外であるはずないんだということを知らされた。断片的にはききかじったような内容も、こうして太い糸として引っ張り寄せてほらほらとやられると、ほんと、すごいな。最後はTPPで締めくくりだけど、駆け足の終わり方でしかないことは感じられた。この本、存在は知っていたけど酔った勢いがなければ買わなかったかも。ナントカの正体って、なんかトンデモ本みたいな疑いを抱きやすい。酔った勢いというのも大事なのだ。せいぜい飲むとするか。高校生にも分かるという方針で書いたとのことで、ひじょうに平易で読みやすい。どういう種類の人でも、って変な言い方かな、一読しておいて損はないんじゃないかと思った。
by kienlen | 2013-01-24 16:32 | 読み物類 | Comments(0)

限界集落的お茶の時間

今日こそ仕事するぞ、と比較的意気込んでいた。寒さも緩んで体が楽だったのもある。と、そこに友人から電話があって、別に誘われたわけじゃないが、実家方面に行くというのでつい同行を決める。やはり父の年も年なので会える時に様子を見ておこうという気にはなっている。私は基本的に後悔というものをしないから、母の時も悔いている、というのとはちょっと違うけど、実家付近を通りかかって寄ろうかなと思いつつ寄らなかった時からしばらくして死を知ったわけで、真っ先に浮かんだのは、あの時寄れば良かったなということだった。父に電話して何か欲しいものがあるか聞くと、甘いもんが食べたい、カステラ、という具体的なリクエストがあり付近の店で買って持参。
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友人も一緒に上がると、手製の芋干しと干し柿と野沢菜漬けという田舎の3点セットのお茶うけが用意してあった。それから友人と付近の店でランチ。なんとなくピザにしてしまった。昨日はちょっと打ち合わせ兼ねてのランチでハンバーグだった。連日のお子様系だな。栄養あるもの食べて長時間寝ているから風邪はひかずにいるらしい、今のところ。それから夫がちょっとぶつけて修理に出してあった車を取りに行く。安い保険だからカバーできず自費、これだけでこれかいって額。ま、車は持っているだけで覚悟はしなくちゃいけないが。
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by kienlen | 2013-01-22 17:37 | 家族と子供の話題 | Comments(0)

腕振る時計

腕につけておくことで自動巻きする時計を買った。今どきのモノは何でも軽いけど、比較的重量もあって厚みもある。1日8時間は付けているようにとの注意書き。しかし、8時間をパソコンに向かっているだけじゃあ巻かれないだろう。それで努めて腕を振ることになった。自転車は片手でハンドル握って左手はブラブラ振る、歩く時はポケットに手を入れずに左手は大手を振って歩く等。こういう機械があると意識がそこに行くわけだ。機械が好きな人ってこういう感じなんでしょうか。昔はネジで巻いていたんだったなあ、腕時計だって柱時計だって。ああ、柱時計なんて言い方は古いか。時計をかけるような柱もなくなっているな。時計を止めずにおけるか、日常の課題が増えた。

そういえば鉄鍋で米を炊こうと思って昨年買ってから、1度も電気釜を使ってない。面倒になるかなという危惧があったけど、米が炊けているという実感が得られるのが楽しい。娘には「色々あってココロを病みそうになることがあるかもしれないけど、そういう時は日常の生活を刻むこと、虚の中で溺れないことだよ」と言う時のたとえ話として、こうして自動じゃないことをするとかね、と教えているが、意味が伝わっているかどうかは知らない。それに火を起こしているわけじゃないってのも説得力には欠けるな。ま、この程度の半端さも良しとしておこう。っていうか半端過ぎか。ま、いいのだ。次は何を脱自動化するかな。冷蔵庫代わりに雪、はちょっと無理っぽい。
by kienlen | 2013-01-21 16:29 | その他雑感 | Comments(0)

酒自粛中の父を訪問

予定ひとつキャンセルになり時間があいた。父の家へ母が使っていた軽自動車の冬タイヤを持ちに行くことにした。2日前の夜、父から相当におかしな電話があった。ゲートボール仲間の新年会で飲んで帰ったら意識を失いそうで、弟を呼んだがまだ来ない、まだか、というのである。迷惑かけても悪いからがんばっている、と言うから、どういう意味かなと思ったら、ここでお迎えがきて3,4日後に発見されたんじゃあみっともないからということだった。その時、自分もビール飲んだ後で運転できず、弟に電話すると落ち着き払ってもうじき着くからと言う。昨年末の頃にも似たようなことがあった。飲みすぎて腰が抜けたということだった。その時も弟が来るまで正気を保つために電話で話したいというから話した。それほど強いわけではないのに、調子に乗るところがあるし、お酌を断われないそうだ。飲み仲間はみんな酒豪。私も飲むから酔って具合が悪くなるほど馬鹿げたことはないと思っている。別のことならしょうがないけど、酒は自分でコントロールできる問題なんだからもうやらないように、と言う前にもうやらないと言っていた。自分なりの酒量に達したら断わることしかない。

とはいえその夜はさすがに大丈夫だろうかと考えてはいたが、連絡がないということは大丈夫だったらしく翌朝はケロリとした風だった。とはいえちょっと顔見るかと思って行ったのが今日だった。寒い、本当に寒い日だった。1年365日欠かしたことのない酒を、昨日は反省のために飲まなかったそうだ。娘と一緒に久々に父とお茶を飲んだ。暮れも正月も行ってなかった。父の場合は性格が複雑じゃないので言葉をそのまま受け取ることができて楽だ。理解が違ったところで私を責めたりはしない、とりあえず。と思いながらふと思ったことだが、そういえば女性の方が複雑ではないだろうか。母がそうだった。日ごろもそれを感じることがある。で、またふと思ったのだが、男性は家庭外の社会生活中心なので、となると、ビジネスの交渉にしろ何にしろ説明責任が基本的に身に付かざるを得なくて、女性が家庭生活を中心にしていると、暗黙の理解を求めがちになるのではないだろうか。ふと思ったことだけど、何か、それを思うと納得できることが多々あるのだ。とても美味しくてきている干し芋とネギをもらい、ちょうど実家のある町の店ならではの美味しい豚肉を買い、ネギと生姜としょうゆとレモンでタレを作って豚肉焼いてしこたま食べた。ワインと一緒に。
by kienlen | 2013-01-19 20:43 | 家族と子供の話題 | Comments(0)

応援エスニックビジネス

このところ、多少鬱々とした気分が続いていたのが、今朝はなぜか妙にすっきりしていた。仕事的にはあまりすっきりするのもいかがなものかという感じだが、天気もいいし、すっきりしている時に思い出す友人に電話してランチの打診をすると即OK。実は、この友人からは知り合いの香港人が始めた雑貨屋の支援を頼むみたいにずっと言われていたので開店祝いを兼ねて顔を出そうと思ったのがあり、その店で待ち合わせ。合わせやすいワンピースを1枚購入。好みの感じのものが色々あって素敵な店だった。これはまた行こう。娘に似合いそうな帽子も気になったし、傘もいいのがあった。この間洋服をまとめて買ってなければもっと買ったんだけど。オーナーの彼女がとてもチャーミングだしなんといっても香港人だし商売はいいんじゃないだろうか。内装もショーケースも自分で作ったというのは驚いた、すごいな。でも、楽しそう。飲食店じゃないと厨房とか大げさなものが不要で羨ましい。

買い物してから日本人の先輩にあたる友人とランチへ。香港人の彼女がちゃんとやれるかどうか心配で心配で母のような心境だというから、ウチもふたりして自営で超不安定なんですけど心配してくれないじゃないかというと、かわいくないから心配もできないと言われた。ランチの場所をどうすかで、知らない店に行ってみたいからお任せ。よく通りがかって、しかし看板のセンスがどうしても好きじゃなくて入る気にならなかった店へ。彼女はよく行くようだ。混んでいてびっくり。ということは美味しいってことかな。しかしメニューを見て高いのにびっくりした。最低で1600円とは。友人が、出てもいいわよ、と言うけどそれも面倒で食べたのだが、つまりデザート付きなのだった。デザートに興味ない自分にはミスマッチだったということ。五穀米と洋食の組み合わせというのもふうむ、流行なんでしょうか。こういう店が人気なのか、勉強になった。しかし、友人がポイントカードが貯まっていると見せてくれて「へえ、よく来るんだあ」と言うと「そうなの、来てからいつも後悔するの」と言っていた。それも店の魅力ということだろう。で、有閑マダムな彼女が600円分をごちそうしてくれた。次に700円のランチをおごることになりそうだ。仕事モードに戻れない気分。天気のせいにしておこう。
by kienlen | 2013-01-18 18:21 | その他雑感 | Comments(2)

碌山館

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荻原守衛の号がどうして碌山なのか『荻原守衛と碌山美術館』という古い本を読んでいたら夏目漱石の小説の主人公からとったという説を採用していた。昔、昔の若い頃、詩を読んでいた頃に高村光太郎とか碌山とか相馬黒光とかの人間関係を興味深く読んだ思い出はあるが、実際に覚えていることといえば、その人達が何か濃密なお付き合いをしていたらしい、程度なもんで、何も脳に蓄積されているものはない。で、今回碌山美術館に行き、確か昔来たことはあるよなあとは思ったが、やはりその程度の記憶しかなく、あるいはあまりに有名で写真も目にしているから、行ったことがないように行った気になっていたのか、それさえも分からなくなっていた。とにかく入館したのである。安曇野も強烈に寒いので、厳寒時の美術館というのはなかなか味がある。最後にありがたいのは、休憩室で薪ストーブがガンガン炊かれていること。とても素敵で鈴と絵葉書をお土産にした。

本館は扉を開けるといきなり暖炉の部屋というか暖炉のあるロビーというか。そこでまずちょっと暖まってから教会みたいな様式の建物の彫刻の部屋に入る。自然光なのが素晴らしい。あと年譜とか手紙とか読んでいると結構時間が必要で、それから碌山ゆかりの芸術家の作品を別館で見ていると、何か満たされた気分になる。見学者はどこも誰もいなくてひとりだったけど、休憩室で暖を採っていたらグループの旅行者が来ていた。碌山は昔から結構好きなので、ゆっくり見られて良かった。どうなんだろう、ひとりより何人かで一緒に見たらまた違うのだろうな。安曇野に美術館は似合う。このところ、枯れたツタがやたらに目に入る。つまりツタの絡まる建物を冬に見ているってこと。そうそうここに行く時に白馬の麓を朝に通り、マイナス10度を超す凍った景色の美しさに感動。碌山でも感動。
by kienlen | 2013-01-17 09:53 | | Comments(0)

信州で読んだり書いたり、時には旅したり


by kienlen