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ひとり暮らしの練習

昨日、娘を実家に送り届けた後でがっくり落ち込んだ。どうやって立ち直るのか、これじゃあ娘が家を出た後にどうなるのか。今は仕事があるからいいけど、それはもう儚いものであるから、そうなった時を想像すると恐ろしいことこの上ない。ということで絶望的な気持ちになっていたのに、今日はなぜかそうでもなく、昨日の自分が嘘のよう。ひとり暮らしに1日で慣れたということだろうか、それもすごいな。閉じこもりっぱなしなので夕方散歩に出ようと思ったら雨だった。雨の中を歩くのは好きだが、真っ暗だしウサギの草取りもできない。近所の店で買物をすることにした。鮨が食べたくなっていて、よほど友人に電話して鮨食べに行こうと言ってみようかと思ったが我慢。ひとり暮らしの練習であるから我慢とする。

スーパーでカゴに入れたのはビールとワインと焼酎だった。これってあんまりだよなと食品コーナーもうろうろ。アタリメとチーズとシシャモとシラウオを追加。これもこれだけどなあ。日ごろから飲食生活だけは充実しているので特別欲しいものがない。娘がいないと買物の意欲もわきません。シシャモを焼きながらシラウオと大根を混ぜてサラダにして煮物の残りを温めればおつまみ完了。しかし今から飲んでいるわけにもいかない事情がある。しかし後で飲もうという期待があると事情に神経がいかない。全くなあ。写真家が作ったカレンダーが届いた。見てみよう。
by kienlen | 2012-12-30 18:30 | その他雑感 | Comments(2)

一応年の瀬的な気分

娘の学校は今日から休み。自室を掃除するということでごそごそやっていた。掃除したいけど手をつけられない自分、羨ましい。しかし来年の今ごろは受験生かあ。ここらへんにいるのか遠くへ行くのか。あっという間の子育て期間だった気がする。この間三者面談があった。娘の学校は合唱コンクールが目玉で、私も行きたかったのだが、今年は何かあって、多分遠出の日か何かで行かれなかった。先生が「来年はぜひ」と言うから、そのつもりです、とは答えたし本当の気持ちではあるが、どうしてもその日に仕事が入ったら仕事を取ることも間違いなし。それにしても子どもに対して細かい対応をしてこなかった。そのことを考えると、これはもう余裕の問題だろうなと思った。少なくともどっちかに安定収入があったり、あるいはもうちょっとシンプルに割り切れる仕事で精神的に余裕があったら、ここまで子どもの学校や行事を無碍にするかというと、あるいは違ったかもしれない。そんな仮定をしたところで意味ないけど、余裕というのは大切なのだ。

で、振り返ると、親がここまで構わずにきた割には、一応よくやっているよなと今日は突然殊勝な気持ちになってしまった。これも年のせいかな。多分他所と違う点は多々というか多大にあったと思う。みんな違うとはいえ、日本って何か基準線があるから、それのない親というのは子どもには厳しいのかもしれない。と、それも突然思った気紛れな思い付きではあるが。息子と娘の方法はそれぞれ全く異なるが、それなりに折り合いをつけているのだろうし、そうするよりしょうがないのだが。昨日、友達が寄って、その辺にあった息子の写真を見ながら、やっぱりどっちにも似ているよねえと、もらしているのを聞いて、ふと振り返ってしまった。それからまだ小学生のいる友人と話した。その頃の心配事も過ぎてみると忘れてしまう。とにかくお金がかかるというだけの問題は、心の問題とかいう複雑なものより単純である。ということで、娘を見ていると一段落感がある。こういう庶民に対してどういう仕打ちが来るんでしょう政権発足のニュース、怖くて見れないでいる。お外は不思議なことだらけ。
by kienlen | 2012-12-27 19:46 | 家族と子供の話題 | Comments(0)

初作品

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2年も終わる頃になって手芸クラブに入ったという娘が、初めて作った手織りのコースター。織りは私のあこがれなのだができない。ぜひやり方を覚えておいて教えてくれと言っておいたが、これだけで次は編み物に移ったらしい。各人が好きなことができるのが手芸クラブの良さだという、それはそうだ。草木染した糸を織るのが夢だ。それにしても、あまりに出費がかさんでボーナスどころか給料もないのに、一体どうするんだよでヤケである。スマホに変えた携帯代金にもぎょっとして酒がますます進んでしまう。暢気に手芸をしている娘の学費は大丈夫なんだろうか。ここで何かあったら本当にまずいので夫に、絶対に今夜は運転しないように伝える。えらく寒くて道が凍っているということが、さっき出先から帰りながら分かった。あっちにはなかった雪がこっちにはある。たいして遠くもないのにこの違い。
by kienlen | 2012-12-26 23:18 | 家族と子供の話題 | Comments(0)

年末のざわめきの中で

先週激しく出歩いていて、週末から在宅仕事に励むのだと希望していて、現実はそんなにうまくいかないことを知る、いつもの月曜日。というには、いつもと同じ感になれない周囲のざわめき、年末は嫌だ。それに今日は祝日なのだった。ますます調子が狂う。昨夜は8時に寝て12時間以上の睡眠時間を取った。眠れるというのは幸せなことだとつくずく思う。3時位に充分寝た感を得て、ここで起きて仕事をすればいいんだよな、と思ったことは思った。しかし止めた。枕元の本を少し読んだだけ。またすぐに寝て朝も遅い時間になった。娘が図書館に行くというから、返却が遅れているのを返してもらい、借りなくちゃならない本を借りてきてもらう手はずを整える。必要な本のすべてが手元にあるといいのだが、と思うと、片っぱしからスキャンしてネットで公開してくれるとありがたいよなとか思ったりする。でも、そういう時だって自分が必要とする本が含まれるかは分からないし、安易に済ませられることばかりではないのだ、世の中。それなのに、安易にいけると思い込む装置には満ちているのだな、だから焦るのだな。

年末はいつも一層元気がなくなるが、今年もそうだ。昨日友人と話していて自分だけじゃないということが分かり何となく安堵感あり。それも変かもしれないけど。しかし毎年予想外のことだらけになるのは、予想できることがひじょうに少ない生活を送っている限り当然とはいえ、今年はかなりだったな。その代わり、定期的に訪れる出来事は少ない年だった。誰も入学せず誰も卒業せず、その手のゴタゴタはなかった。よって、ちょうどいいバランスだったのかもしれない。それに、そうはいっても対処が難しいわけじゃないのは、先の見えない事態には直面しなかった。出口が見えることは、そこまで行けばいいのだから楽なものだ。病気で先が見えないとか介護がいつまで続くのかとか、そういうことではない。家の散らかりようが半端じゃない。これもやる気を削ぐ要素である。大掃除したい、やり出したら大変なことになる、仕事が少しはかどったら掃除しよう、ということにしよう。はかどらなかったら掃除できないんだぞ、と自分に脅しをかける。
by kienlen | 2012-12-24 09:49 | その他雑感 | Comments(0)

分からないことだらけ

つい最近、友人と話していてひじょうにびっくりしたことがあった。それはその彼が「ナチュラル・サイエンスやる人の気持ちって分からないんだよね」と言ったことだった。蝶々を追いかけるとか昆虫とか、そういうのも分からないらしい。理由を聞くと、役に立たないからだということだった。唖然。でも、仮に役に立つ研究をしたいっていうなら基礎研究を元にしないとできないじゃない、と当たり前過ぎて面白くないことを言ってみたが、何か次元の違うところで話している感が拭えないのだった。そういえば、このところ何度か、そういう意味では直接役に立たない分野の研究を続けてきた人と話していて、彼が「今の学生はすぐに役に立つことをしたがる」という話をいい意味じゃなくてしていた。私のように基本的に人の役に立ちたい願望に欠けていて、いやこのところは年のせいか役に立ちたい願望も芽生えているが恥ずかしいから言えない、それに、この人に役に立つことがあの人の役に立つかどうか分からないとか考える者はもうすでに失格なのだろうな。とにかく、役に立つものだけがいいと思ってないし、そもそも自分の関心だってどっちかっていうと役に立たないものの方にあるようだ。という自分を突きつけられもして、いずれにしろびっくりする友人の発言ではあった。

昨夜はさすがにテレビを見ていた。消そうかと思って一旦はそうしたけど、ここはやはり見届けないとなという気持ちもあり、10分で消したという友人に実況で伝えながら見ていたのだが、もうだったら消すなよ、であるが、皆さんが言っていることって同じだな。変える、改革する、再生する。大事なものは守っていく、という発言はしたら受けないということなんだな。そういえば女性誌なんかだって、いつもいつも今の自分を変えるというのが多いもんな。変身願望もない自分にはもうそれだけで理解できない。だいたいそんなに簡単に変わったことってじきに元に戻るんじゃないだろうか。何でそんなに変えたいのかっていうと、多分、皆がそう信じてくれないと消費社会は成り立たないからなんじゃないだろうか。現状でいいですとなれば働かない人も出てくるだろうし、物だって売れないだろうし。しかし経済はそうして動くのだろうが、政治も同じなんだろうか。分からない。分からないことだらけ。そもそもなぜこうなったのかという基礎研究的な部分を抜きにして、変える変えると言うのは楽だろうけど、そこまで楽していいんでしょうか、と思っている時に先の友人との話を思い出して、なるほどそういう流れなのかと感じたのだった。
by kienlen | 2012-12-17 10:14 | その他雑感 | Comments(0)

もう半ばなんて…

ゴミ屋敷のような我が家。庭はゴミ庭。しかし…、自分にとって不要なものを保存しているわけではなくて、今この時点では一番大事なものをとっているだけのことだ。でも…、この様子をそんなこと関係ないって人が見たら、単なるゴミである。ゴミと必要品、正常と異常、障害と健常、そんなものがいかに曖昧かということを感じる日々。そもそも人間の営みのどこまでが必要なことで不要なことかって分かるわけないし、と、あまりの酷い状況に言い訳してみる。そんな我が家に今夜は娘の友達が泊まりに来るそうだ。いいかと聞くから「いいけど、あまりの状態でお恥ずかしい」と言うと、自分の部屋を片付けるからいいと娘は言っている。こちらもあくまで泥縄。で、今日は寒さも和らいで日も出たことからふとんを干して、雨になったらすばやく取り込んでくれと言い残して図書館に行った。いちいち、ああ、分かりやすい行動パターンであるな、と、息子がああでなければ感動することもないはずだから、両方いてくれて良かった。

仕事ができる条件は揃っている日なのにダメだ、ダメダメ。疲れた感もある。昨日は白馬から安曇野に行き、締めがアルプス一望の素晴らしい温泉。入らなかったのが残念だったが、一応景色は満喫。白馬では雪の上に顔を出している木の凍り加減が素晴らしい美しさで感動して涙が出るくらいだったが、運転してて泣くと危険なので我慢した。温度計を見るとマイナス12。ここまで下がらないとこの美しさは見られないのだろうな。朝陽に輝く雪景色も絶句の美しさだった。大枚はたいて冬タイヤを買い換えたので試してみたくてぐいぐい走ってみた。それから安曇野の萩原碌山美術館へ行った。碌山は、若い頃に興味があって本なんかは読んだことがあり、最近は中村屋の関係で出てきて懐かしかった。玄関ホールの暖炉で薪が燃えていて、こじんまりしていて自然光の入るすごくいい美術館。私は美術館とか博物館とか、仕事の関係でもないとあまり行かない。芸術や歴史に興味がないというわけではないのだけど。で、自然光の美術館に入ってみて、これっていいよなと思った。もっとも彫刻だから可能になることだろうけど。だるまストーブの燃える部屋で資料を見ていてまた感涙。ストーブってスタッフがいちいち手入れに来るのがいい。そんなわけで走行距離はゆうに200キロを超えていて、夜に友達と飲みながら少し疲労感があった。ああ、問題はそっちかもな。年を取って何がより所になるのか、そんなことばっかり考えて走っていた日だった。アイデアは何も浮かばず。
by kienlen | 2012-12-15 11:09 | その他雑感 | Comments(0)

お祝いカードの言葉

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開店祝いにいただいたお花のひとつ。きれいだったというだけではなくて、添えられていたカードの文句を見て、ふうん、と思った。日本語だったら書くだろうか。直訳すると「お金持ちになりますように」。ありかな、日本語でも。分からない。タイ人は誰も驚いたりしていなかった。友人達と、若い頃のように深夜まで話してしまった。まあ、若い頃のような深刻な話ではなくて、ふざけたものばかり。こんな時間を持ったのは久々な感じがする。
by kienlen | 2012-12-12 01:09 | その他雑感 | Comments(0)

大雪の日

降った。昨日出先で降られて、自転車に一升瓶を入れていたので滑って割れるのが心配なのと雪で書類なんかが濡れたら困るなと思って自転車引っ張って傘さして歩いた。もう真っ暗だった。その時は気付かなかったが、帰宅してから空腹でくらくらしていることに気付いた。で、考えてみたら昼を抜いていたのだった。食べようという気になれずに。で、ご飯があるかなと思って娘に聞くと、今からちょうど食べるところだという。店が休みで家にいた夫が何か作っていた。自分も何かしようとしたが結構ふらふらで、まずりんごを食べた。一つ食べると満足感はないが満腹するのが常なのに全然感じない。しかし少しエネルギーが補充されたようだった。

自分の分のご飯もあったので食べた。夫が妙にたくさん食べているから、えらくたくさん食べるねと言うと、娘が「だって朝から何も食べてないもん」と答えた。「そういう食生活って良くないんじゃない」と言うと娘から「ママだってそうでしょ」と言われた。確かにその通りだった。さっきまでふらふらしていたんだった。昨夜それから仕事をしてみた。追い詰められるとやれるということをたまに確認しておかないと、ほんと、このままずるずるいくんじゃないかという心配がよぎることがある。一応昨夜の予行練習は何とかなった。ところが、今日になって生じた雑用で半日以上も無駄になった。雪が降っていて寒い。タイにいる時に、この暑さじゃあんまり働くのは無理だもんなと思ったが、寒さというのも生産性を落とす。それに従っていれば健康なのだろうが、それに逆らうのが今の労働形態であるから言い訳できないのだ。明日から気合入れないとな。しかし、日常って雑事をいくらさぼっても皆無にはできないのが辛い。
by kienlen | 2012-12-10 21:23 | その他雑感 | Comments(0)
平田オリザの書いたものを雑誌なんかで見て面白いなと思っていたことがあって、たまたま書店で見つけて買った。出だしが面白そうで。ところが、単なる趣味の本をちゃんと読んでいる時間、精神的余裕がずっとない。娘が図書館からどっさり借りてきたのも「いいなあ」と羨ましがるばかりで自分は無理。この本も眠る前の習慣で読んだだけで、読み流しみたいな感じだった。それが自分の状況だけのせいなのかは分からない。近代演劇の特質と日本語とか、知らないことで、なるほどと思う所は部分部分あったけど、全体にどうかというと、少し退屈だったな。多分、自分が、これまではこうだった、という総括について心から同感できないせいだと思う。それは自分が主流に属していないからだということも分かるので、それをもって本を責めることはできないけど、しかしそのズレというのは自分の場合は決定的になってしまうわけだ、ということをこの本からも感じてしまった。

で、そういう総括なしに書くことができるのかというのが課題なんだが、というのは総括が乱暴にならないわけがなく、細かく論じていたら総括じゃないもんな。つまり私の場合、小さな世界にしか想像力が働かないのかしれない。いやいや、想像力そのものは自由であっても、それとリアリティを分けて考えてしまうクセがあるのかもしれない。最近思うのだが、ここを飛び越えられる人ってたくさんいるんじゃないかということだ。で、平田オリザは演劇である。そりゃあ縦横無尽かもな。とはい、ここでの主張に違和感はない。だから最後まで一応読んだのはそのせい。つまり一般に流布している(という言い方も大雑把だな)のとは違う考えがてんこ盛りであり、こっちの方がリアル。演劇を通じての教育ということなので、これは読者対象は先生方なんだろうか。そういうテキストっぽい書き方で、それがちょっと残念というか自由な感じがあんまりしないのが読書の楽しみと点では物足りなかった。
by kienlen | 2012-12-09 08:22 | 読み物類 | Comments(0)

野沢菜漬け準備へ

今日は父がお菜洗いをするという。90に近いような姉に手伝いを頼んであるそうで、老老漬物。私にも手伝って欲しいみたいなことを遠慮がちに言うので、いくらなんでもそのくらいはやらないとなと思って午後から行くことにした。今までは母が漬けていた。父は本を見ながら漬けてみるそうだ。そんなに漬けても食べきれないと思うが、習慣になっていることをしないというのは落ち着かないのだろう、ということは想像できる。ま、今の人は携帯画面に向かう方が野沢菜漬けるよりも習慣になっていると思う。私もそうですが。とりあえず夫の店が開店にこぎつけたことでひと段落という感じはある。これからなのだけど、やはり初めて店を始める時の不安に比べたら、もう次元が違う。昨日、椅子とテーブルが入ったそうだが、まだ見てない。娘が昨日電話してきて「パパの店に寄ったら色々食べるものがあるから夕食をこっちにしていいか」と言うから、それはこっちにとっても楽でいいので、食べて食べてと言った。全く彼女のために出来たような店である。学校と家の間で、しかも今後は一階だからすぐに寄れる。自分の場所も確保している。

戻って来ての報告。パパがいなかったから帰ろうとしたら、買物を頼まれた。買物から戻ったら春巻きを巻くのを手伝わされた。巻き終ってカウンターでご飯を食べていたらお客さんが来たから隅っこに追いやられた。外に出たら全然日本語のできないオーストラリア人がすし屋を探していた。酒屋さんがビールの配達に来たが英語ができなかった。そこにパパが来た。パパは英語できるから教えようと思ったけどすし屋の場所を知らなかった。それで酒屋さんが教えてパパが通訳していた、とか。で、自分は何をしたんですか、と尋ねると、パパは車で通りがかって話しただけでじきにいなくなってそのオーストラリア人も手持ち無沙汰みたいだったから少し相手をしたという。何をしたのか聞いたら○○ホテルにいるというからあっちね、と指さしたらうなずいたということだった。それだけ…。しかしあんな場所に日本語のできない外人さんが来るってよほど迷っていたんだろうねと話していた。今、彼女はひとりっ子状態で快適過ぎるので社会適応力がなくなるんじゃないかと心配。しかし、店に出入りしているおかげで多少の修行にはなっているだろうか。
by kienlen | 2012-12-07 10:20 | 家族と子供の話題 | Comments(0)

信州で読んだり書いたり、時には旅したり


by kienlen
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