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家族の中の位置取り

店を始めて以来、父親とご飯を食べることがほとんどなくなった娘。今、移転中でどっちの店もやってない状態の中で父親は夕食に参加するものと思っていたらしく、初日は「パパがいない」とひどくがっかりしていた。子どもって経験がない分分からないのだ。身に付いた習慣を変えるってそう簡単ではないだろう。いきなり夕食を家で食べるとも思えないし、そもそも昼夜逆転に近い生活習慣をいきなり逆転だってできるわけない。案の定どこかにハーイパイ(消えた)。でも昨夜は戻って来て、今日は照明器具を見に行くという。そうか、私が昨日酔っ払って電話して提案したんだった。明日も明後日も地元にいないから対応できないから明日しかないよって。それを自分は忘れていてあちらは覚えていたようだ。人ってポイントポイントがあるのだな。そういえばこの間、弟が息子の就職について心配して自分が勤めている企業の合同説明会があるからという連絡をくれた。将来性はないけど今しばらくは大丈夫、ああいう製造でも接客でもない半端なタイプがいっぱいいるぞ、というわけだ。ああいうのがいっぱいいる企業で将来性というのは、まあ、よく分かりません。意外にある意味での適応型ではあるしな。

で、それを息子に電話で伝えようと思ったのだが、どうせ電話にはでないのである。絶対というほど出ない。それで近くにいた娘に「兄ちゃんに電話して。どうせでないけど、就職はしなくちゃならないから、出なかったら一応後で大事な用件だから連絡くれってメール送っておくから。やるだけやってダメなら自分の責任」と、なんで電話一本でここまでくどくど言うんだっていう話をして電話をしてもらったら、何とそういう時に限って出るのでこっちがびっくりしてしまった。で、一応内容を伝えた。それで責任果した。それで娘に「人生、ここぞって時に対処できればいいんだよ。その感覚だけはなくさないことですね」などと言ったのだが、それで息子が内容を深刻に受け止めたかどうかは知らない。で、照明のことだが、とにかく夫とは好みが全くもって合わない。で、この間も「カウンターの椅子を買った」というから青ざめた。娘に伝えるとやはり絶句している。「パパ選ぶの心配だよね、やっぱり」と言うと「パパのやることは何でも心配」と言う。私と娘は一応分かる感じはある。で、夫は柔軟そうでいて頑固なのだ。何のかんのいっても譲らないというか理解しようとしないし歩み寄りもない。するとすれば放棄。娘は間に入って一応とりなそうとするタイプで、そうか、息子がああなるのは分かる。一切関知せずという位置を占めている。バランスで見るとそういう位置の人も必要ということだろう。しかし、家族経営とかやっているウチってどうやってんのかな。やはり力関係がきちんとしてないと不可能じゃないだろうか。今回店の移転で色々あって、お互い別々にやっているからもっているなとホントに感じている。たいがいの夫婦ってそうだと思うけど。
by kienlen | 2012-11-28 09:49 | 家族と子供の話題 | Comments(0)

新しい店のドア

新しい店の内装を頼んだ建築士から「ドアの色を見てくれ」という連絡があり、見に行った。カリフォルニアの青い空という感じでアメリカのピザ屋みたいである、といってもアメリカは行ったことないし、ましてやアメリカのピザ屋なんか全然知りませんが。真っ青で爽やか。これは自分では選ばない色で、もちろん夫の好みである。青がいいねという点では一致して、私は勝手にくすんだブルーグレーを想定し、夫の方は真っ青だったわけだ。それもいいなと思ってそっちにした。自分の発想はつまらない。で、そこにステンドグラスをはめ込むという、教会風でもある。ますますタイから離れていく。あまりに鮮やかなので少し暗めの色を塗っていたから「それ以上暗くしないでいい」と職人さんに伝えた。しかし場所的にどうなんだろうか、人通りは皆無だし、と思っていたが、よく見ていると、車は結構通るし、昼間はボツボツと歩く人もある。今までの場所はアーケードの中で車は皆無だから、また違った層の人の目につく可能性はある。

結局のところ自分でやっている場合、ネガティブに考えてもしょうがないのであるし、この環境でどうするかという方向で考えるのみなのだが、その点で面白いのはお客さんの反応だ。ある人は「せっかくいいお客さんが付いているのに移転なんかしてさあ、何考えているんだ」みたいにおっしゃる方もいる。これはまあ、恵まれた時代の恵まれた企業人をやってきた人だ。今日と同じに明日があり、今年の続きで来年があるという発想に違いない。それもリアルなのでいいのだが、当方勤め人ではない、自分で商売やっていたら、とにかく自分で努力するしかないんだし、移転するにはする理由があるのだ。雨漏りも直してくれない大家に高い家賃払うのはあんまりであり、出て行けと言われているも同然。とにかく今年は色々あった。母の自死というびっくりな幕開けに続いて、自分の方も仕事のハプニング、そして店の移転も突然だし、さらに車検でタイヤ交換を勧められ、雪道の怖さを知る雪国の者としては受け入れるしかない。もうヤケだ、この出費の連続、楽しいということにしておこう。入院していた父が昨日退院。重大事ならという心配があったのが幸運なことにたいしたことなしでひとり暮らしに戻った。バランスからすれば感謝の方が大きいかな。森羅万象にありがとうございます。
by kienlen | 2012-11-27 22:23 | その他雑感 | Comments(0)

冴えない日だった

今日は何だか冴えない日だった。遠出のため早朝起きで娘の弁当作り、車で出たが雨で何となくだるい。仕事もかなり今いち、に、さん。昼ご飯食べて気分転換しようと思ったら現金がない。その前に買物した時にそれに気付いてカードにしたんだから、まだ気付くというのも馬鹿な話だが、馬鹿なのだ。小銭をかき集めたら700円くらいになったから、それじゃあ回転寿司にでもするかと思って近い所に入った。妙に駐車場が混んでいるのは気になったが、ひとりだからカウンターでいいよな、とか思ってドアを開ける前に分かった、ものすごく混んでいて待っている人多数。何で月曜日の昼から混んでいるんだと怒るもんでもないから雨の中を車に戻る。そうこうしていると時間が経っていて、銀行を探しておろしてからゆっくりランチというのもできなくなってしまった。かといってランチ抜きは本日の場合はちょっと厳しい。

スーパーマーケットなら機械があるかなと思って入ったら自分の持ってるカードのはなかった。ますます時間が過ぎる。知らない町って不便だな。しょうがないからスーパーで食べ物買って、夜用のワインも買ってカードで払って車の中で食べるという情けなさ。午後も今いちなんてもんじゃなくて、それに眠くなるわ運転危ないわで、コンビニの駐車場に止めて仮眠取ったりの情けなさ。中年サラリーマンの悲哀なんかは小説になっているが、中年おばさんのこういう有様って小説にもならないし、何にも使えない。どんどん消費しているガソリンも入れるのをケチっていると結局高いところで入れることになるのだが、こうして現金欠かしていることでえらい時間を浪費している。ああ、本当に情けない日だった。帰りに、ふと車検の期限も切れてしまう、これはもっと深刻だと思い付き、修理屋に持ち込む。電車で帰ろうとしたら社員が家まで送ってくれた。それから重たくて運べなかった冬用タイヤをついでに運んでもらえた。助かった。こういうサービスがあるとまたお願いしようと思いますね。
by kienlen | 2012-11-26 21:43 | その他雑感 | Comments(0)

台湾人の話

なんか違う、と感じることばかりで自分がおかしいのだろうと思っている人はたくさんいるに違いないと思って、自分もそのひとりなのだが、昨日、台湾人の友人と話していて本当にびっくりしたことがあった。彼女は夫とは別れていて、小学生の娘がひとりいる。夜の仕事やめて昼間の仕事にしたいけど、娘のためにそれができない、って言うので変な話だなと思って聞いていたら、つまり学校に行く用事が多すぎて、昼間のパートを始めたが続けられなかったというのである。授業参観がしょっちゅうあり、その他にも色々あるそうだ。行かなければいい、と私は言った。するとそこは小規模校で人数が少ないから行かない人が他にいないし、先生からは前日に来るようにと電話かかってくるし娘は他がみんな行くから来てくれと言う、ということ。授業参観も1日がかりだそうだ。聞いている方も頭が痛くなってきた。しかしまあ、まさかこれって大袈裟だろうと聞いていたが、尋常な困りようではないし大袈裟じゃないよと何度も繰り返す。

台湾の学校はこんなことないよ、と言うから、タイの学校だってないよ、そもそも親は働いているんだから行けるわけないでしょう、とふたりで言っていても埒があかないのだった。せめて親戚等があれば誰かに行ってもらう手はある。私もそれはやった。友人に行ってもらったこともあって、先生に聞かれたら「新しいママと答えて」と言っておいた。とはいえ、行かないことも多かった。はあ、とりあえずそういう小さい時代を乗り越えて良かったなと思いながら娘に、この話をすると「授業参観の日って特別なんだよ、ママは知らないけど」とちょっと責めるような口調なのだった。子どもも大変だったってことだろうか。子どもの頃から少しずつそういう思いをするのは大切なことなのだ。で、娘によると、ただ規模が大きかったので来ない人は何人かいるからなんとかなっていた、ということ。だいたいにおいて、出席表を作ったりしなければいいといつも思う。行きたくて行けるなら行く、ダメならしょうがない、その事をなぜ管理するのかが分からない。これは子どもへの愛情とかいう問題じゃないと思うのだが。しかし希望する親がいるのかもしれないし、どこがどうなっているのか不明。ただ、みんなで不自由になって連帯感を得たいんだろうかって気がとってもする。まあ、もう全く理解できないから、ここまで理解できないとどうしようもない。こうして病んでいく人も多いのだろうな、それで社会はもつのか。
by kienlen | 2012-11-25 09:28 | PTA・学校 | Comments(0)

なんとチューリップコンサート

娯楽というカテゴリーを設定してなかった。遊びのない人間なのだ。それって人間失格じゃないだろうか。たまには遊ぶかと思ってチューリップのコンサートに行った。チューリップのコンサートに行くのだ、と娘に宣言したが知らなかった。知っているわけないですね。行って来て、楽しかったと報告したがふうん、と言っていただけだった。お高いので一応一晩考えた。しかし、今年は色々あったし、大昔、行ったことのあるグループだし、ちょうど知人からチケット取り扱いの連絡がきたのもご縁かと思って申し込んであった。そのことを当日のちょっと前に友人に話したのは、別に誘うつもりじゃなくて報告だけだったのだが、自分も行くと言い出し、チケットあるまいと思ったが一応その知人に聞いてみたら何とか探し出してくれた、どこにも奥の手はあるのです、奥の手がある人を知っていると娯楽にありつけるのです。

文句なしに楽しかった。アンコールの嵐の中で「楽しかった」という声が飛んだが、それしか言いようがない。メッセージ性のない軽い歌詞。自己顕示欲のない職人的な雰囲気でしつこくなくて娯楽の中の娯楽。疲れません。そもそももう還暦くらいなのかな、財津さんって。映画館に入ろうとしたらシニアですかと聞かれた話をしていた。シニア料金で入ったそうだが。後ろの方までいい年齢の方々が総立ちで、カバン重たくて面倒くさいと座り込んでいた私達は少数派だった。6時半スタートで、いかにも会社帰りというネクタイ姿の地味なスーツの男性方が遅れ気味に入って来ていた。こういう歌を聴いていると自分の育った時代がこうで、だからこうなった、みたいな感覚になる。それにしても、旅という言葉がよく出てきたな。何か時代のテーマだったような気もする。今はどういう時代なんだろうか。旅の余裕もなく、内向きに戦々恐々時代なのかもしれない。歌謡曲も妙に説明的な歌詞が多いようで苦手だ。○と×と△のコンサートがあったら教えてくれと今回の奥の手の方に頼んでおいた。また行きたいです。
by kienlen | 2012-11-24 18:37 | その他雑感 | Comments(0)

『軽井沢別荘史』

ちょっと必要があって必要箇所だけでも目を通すつもりで図書館で借りたものだが大変に面白く通読。軽井沢という場所についてほとんど何も知らない。作家とか文化人とかが多いとか、老舗のコーヒー屋に若い頃に行ってみたりとか、用事で行ったり、遊びに行ったりしたことはあるが、単に自然環境からみたら別荘持つなら八ヶ岳山麓の方がいいんじゃないかとか、どうしてここがそんなに魅力的なんだろうとか思っていて、それに何といっても自分の世代というのは、ニュースなんかで夏の軽井沢の賑わいを見た記憶があり、あんな所はゴメンだ、みたいな先入観が養われてしまっていたのかもしれない。それと、軽井沢に移住してきている人の思い入れをうかがっても、妙にプライド高いな、みたいな、それって自分の側の劣等感の裏返しですか、みたいな、あまりに別世界というか、他の場所で感じるような直感的な心地良さみたいなのを感じたことが不思議なくらいにない。ほんと、不思議だな。

歴史を少しでも知るのは楽しい。別荘史を垣間見ることで軽井沢のある意味の魅力を知ることができた、この本のおかげで。で、ちょっと分かったことがあったのだ。自分の好みとして、多少怪しげというか不健康というか猥雑というか、どうしてもそういう場所に惹かれるところがある。これはもう癖なんでしょうがない。で、そうだ、軽井沢にはそれがないのだ、理由がこの本で分かったのだ、それで、何か抱いていた違和感というかそういうものが分かったのだった。いやはや、歴史って面白いな。山なら山で、そこに歓楽街がないのは分かる。でも軽井沢ってそういう山でもないし、町だし、駅もあるし、幹線道路が走っているし。で、隣の御代田とか佐久にはタイ人もたくさんいるのに、軽井沢在住というタイ人にはあまりお目にかからない。やはり突出している町なんだけど、なるほど納得。答えがここにすべてあった。ありがとうございました。
by kienlen | 2012-11-22 08:37 | 読み物類 | Comments(0)

古い建物めぐり

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昨日、古い建物を見学していて窓の木枠の色が素敵だなと思って写真撮ったら風景を映していてまるで絵画のような美しさ。ちょっと感動。
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それから赤レンガの明治の建築物も。レンガにツタは決まり過ぎみたいだけど、紅葉するでもなく夏の勢いがあるわけでもなく、しょんぼりという風でもなく、新緑の初々しさでもなく、そこにレンガがあるから、はい、ただ上ってますみたいな1本に親近感を覚える。諸事情あってツタを刈り取ったそうだが、結局また生えてくるのだ。しぶとい。
by kienlen | 2012-11-21 08:37 | | Comments(0)

オロ

試写会にて。申し込んであったので行くかと奮起。このところ社会との接点が薄目なので、仕事モードで人と会う時以外は、自分って一体何してんだろうという気持ちになることが多くなった。つまり、何かこう最低限のことをしていないんじゃないかという感覚。テレビは見ないし、一般常識はないし、エステにはいかず化粧もせず、スイーツに惹かれないし、酒ばっかりだし、消費に対する欲求も相当に偏っている。皆違うんだし、特に気にすることもなかったけど、ちょっとした会話の中で自分が普通に感じた疑問などが、ひじょうに的はずれであることをひしひしと感じるようになっている。というような時にこういう映画を見るのはいいかもしれない。こういう映画を作ること自体が、きっと一般的には常識的じゃないんだろうという安心感が得られる。オロというのは少年の名前というか、日本語でいうと「坊や」みたいなものなんだろうか。母親が赤ちゃんをあやす時にオロオロって言うんだそうだ。チベットでは。

このタイトルはある意味象徴的だなんだろう。特殊な少年ではないということで。インドにあるチベット亡命政府にチベットから逃げて来た少年。なぜ逃げるかということが、何気ない日常というドキュメンタリーの中から少しずつ明かされていく。うーん、もう世界は争いと暴力に満ちているとはいえ、ひじょうに切ない経験をしているわけだが、そこは普通の男の子のことで、辛い体験を普通さの中に入れ込んでいる作り方が、大人というか老練というか、上手というか、違和感のないものだった。あまりに普通の少年なので、どうしてこういう子を選んだのかなって感じがしたけど、その辺も、だんだん納得させられてしまうというか。監督が作中にも出てきて、撮影する理由を登場人物から逆に質問されて、チベットが好きなんだよなあ、と答えるところなんか、それだけでいいじゃないか、って気になる。何人か知り合いがいたけど眠ったという人も何人かいた。しかし、人が、国がどういう道を生きるかという根源的なところに迫っていることは確かだな。私はとても眠るどころではなかった。ひじょうに地味。しかし何かしら親近感を覚える映画だった。だいたいチベット人ってどうみても日本人と同じではないですか。子供達だからファッションも同じで、何で言葉が違うのって不思議なくらいだった。
by kienlen | 2012-11-20 07:57 | 映画類 | Comments(0)

雪道と紅葉と青空

いつも通る道に向かっていると、周辺の山々が白くなっていた。高い所から低い所にじょじょに雪が広がっている。で、ふと気付くと、この山って、これから自分が通ろうとしている山ではないか。まさか、道に雪はないでしょう、と思って、もう戻るのも何なので上って行った。まさか凍ってないだろうな、下と上の温度差が5度くらいであることは経験上分かっていた。下が5度あったから大丈夫だろう。しかし冬道の怖さは分かるので、冒険はしたくない。タイヤ交換はまだだから。で、上るに従って本当に雪景色になっていて、これはもう本物の冬。紅葉と雪が一気に見れるのだった。道にも雪があったがタイヤの通る部分は大丈夫だった。無事だった。

午後は軽井沢に行くことにした。あまりに天気が良かったので急遽。目的地の場所が分からず、ランチにラーメン屋に入って道を聞くことにした。軽井沢でラーメン屋ってのもな、と思ったが、ゆっくりしている時間ないし、諸々余裕なし。これがなかなかいいラーメン屋で、道を聞いたが忙しそうで申し訳なかった。ひじょうに愛想のない人達だけど作り笑顔よりはずっといい。そして美味しかった。軽井沢では思ったよりずっとずっと長引いて戻る頃には真っ暗。空気が澄んでいるので細い三日月の輪郭がいつもよりくっきりしていた。夕食作る時間がなく、娘と近所の店で食べて飲んだ。ああ、きれいな空だった。
by kienlen | 2012-11-16 21:51 | その他雑感 | Comments(0)

『「本当のこと」を伝えない日本の新聞』

ニューヨークタイムズ東京支局長のマーティン・ファクラー著。ネットで話題になっていたのを、面白そうだなと思ったけど、かといって今の状況だと注文するには至らずにいたのが、車内で読む雑誌でも買うかと思って入った駅の売店でたまたま見つけて、雑誌並の気軽さで読めそうだったので購入。出だしは面白いなと思った。福島の震災と原発の取材の件。日本の新聞記者が南相馬市から逃げ出してしまったところに著者が取材に行ったあたりのくだりは、ほんと、笑えなかった。読み進めるうちに、別に悪くはないけど飽きてきたというか、文章をもうちょっとどうにかして欲しいなという感じがした。単調というか、あまりにベタ過ぎるというか。何かひとひねり欲しい感がある。ま、それは単純に好みというかセンスの問題であって、肝心なのは内容であり、極めてもっともな内容と思った。

かといって、誰が読むのかなというのは結構イメージしにくい。新聞について書いているんだから新聞を読む層ということになると若者ではないと思われる。高齢者でもないように思う。なんとなく。4か月で11刷。すごい売れ行き。記者クラブの問題ってさんざん言われているけど、外国人の方がいいやすいだろうし、びっくり加減が出る方がいいのだから、そうだな、貴重な本なんだろう。それから、ニューヨークタイムズを読もうかという気にさせる、宣伝効果はあると思った。なんだか疲れて感想書くに至らず…。
by kienlen | 2012-11-15 22:41 | 読み物類 | Comments(0)

信州で読んだり書いたり、時には旅したり


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