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振り返り

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この間、草間弥生の展覧会に行った。写真を撮ってもいい部屋がふたつあった。水玉だらけで、どこから撮ったらいいのか分からなかった。だけどせっかくだから強引に。ただの水玉だけじゃないのだというのがあって面白かった。すごいエネルギーに満ちていた。表現欲求があってエネルギーもあるのに、手段がないというのが辛いんだろうなと思うけど、エネルギーがあり過ぎるというのも結構大変なんじゃないだろうか。ひじょうに面白い展覧会だった。しかし、この時以来、遊んでないな。かぞくのくに、見たいのに。本も読んでないし、食事作りも時間かけないものばかり。掃除はほんと、もう全然やってない。どうなってしまうのでしょう。それにしても、10月も終わり。毎年何が起きるか分からないのは当たり前とはいえ、今年は実に色々だったな。というか、その最中。母の件と、店の移転が、どっちもいずれはというのはあったにしろ、バタバタだった。まだ2か月残っているが。
by kienlen | 2012-10-31 22:10 | その他雑感 | Comments(0)

頼める人を見つける主義

ただでさえ世の中についていけてないのに、このところのように仕事ばかりな日々だとますます置いていかれている。ぽつん、雨粒のような私。という悦の入り方が懐かしい。いずれあの頃に戻りたい願望はいつもどこかにあるっぽい。今日は一件キャンセルになった。かといって遊びに出られるわけでもなく、ここにいる、ぽつん。店の工事がやっと着手になる。やっとブログタイトルに見合った状況になっている。つまり、タイ人だからのラムバークだ。いやあ、タイ人だからなのか、私がこうだからなのか、夫が個人的にああだからなのか、そいつは分からないが、とにかく色々な発見はあり、いずれもやっかい。この間は、工事の契約書を交わすからと建築士から連絡があり「私、忙しいから行かれない、別に問題ないよね」「…いや、最初くらいは、でもしょうがないか」「だって、行かれないから」で済んだと思ったら当日になって夫から電話。

当方仕事中なので話したくないけど話した。「来てくれ、日本語分からない」と言う。「いいの、いいの、署名してハンコ押しとけば」と私。電話を切ってからふと気付いた。自分が外国にいてでかい工事の契約するのに「いいの、いいの、サインだけして」と言われてする気になれないよな。一応大人だし。こういうことに早く気付かないのがまず失敗の元。理解が遅いというか、その場にならないと分かってないきらいは昔からあって自覚はあったけど。どうしたものか。自分で行くのは嫌だ、自分の仕事優先という姿勢を今さら変えたら女がすたる。で、ふっと思いついた。父に行ってもらおうと。こういう時、娘がちょっと大きかったらな。息子が大きくても使えないけど、娘なら。すぐに父の携帯に電話。取らない。だいたい持ち出してないし、携帯。気長に慣らしていたら取った。短気じゃなくて良かった。それで手短に事情説明。年が年だから理解しているか心配だが、まあ大丈夫そうだ。それから夫と建築士に父が行く由伝える。ということで、済んだことも先のこともとりあえず考えずに直面していることだけ片付ける。
by kienlen | 2012-10-28 11:14 | 家族と子供の話題 | Comments(0)

ああ、お役所仕事

あるお願いを、ある行政機関に行なった。そのお願いについては依頼の文書が用意されているが、当方からすれば、そこまでしなくたって電話で済むだろうという予測をもっていた。そんなたいそうなお願いとも思えないから。ま、何がたいそうで何がたいそうでないかは食い違いがあったようで、文書のファックス送信を依頼された。はいはい、ということで宛名をうかがうと、電話の主が、自分でいいということだった。それでその人の名前を入れて送った。しばらくしたら、その人から電話があった。てっきりその依頼についての返答だと思ってスケジュール帳を出して準備したら「課内で回したら、文書の宛名が個人名なのはおかしいから○○○○○○○○○課宛で送り直すように言われたからそうしてくれ」というのである。あの感じ、甦る。行政機関で若い時にアルバイトしたことがあった。文書が回ってきてサインとかハンコとか押すように言われるから、どういう重要文書かと思ったらレクリエーションのお知らせだろうが何だろうが、とにかくみんな回しているみたいだった。あの光景の中にあの文書を入れ込んでみた、イメージの中で。

ひとり目、ふたり目くらいはハンコを押す。次の人あたりが「これさあ、個人名なのはおかしくないか」と言う。その個人名だった人が「便宜上なんだからよくないっすか。だいたい全員に関係ある事柄でもないし、回覧までしなくていいかなあって思ったんだけど、皆さん暇そうだし、何か読むものがあった方がいいかなあって思って回しちゃっただけですからあ」と言えば済んだかもしれないが言えない。あるいは「はいはい」と受け取って自分で書き直しちゃえばいいのに、まさかそんな不正行為をして一生を棒に振ることになったら家族もろとも路頭に迷うのだ、と思い込むのだ。そこで「そーですかねえ」とノロノロしていれば電話が入ったり用事が入ったりで忘れるかもしれないのに、個人名のその人は自主的に「じゃ送り直してもらいます」とでも言ったに違いない。言うことをきく方が事を荒げるよりうーんと簡単だ。しかし荒げるというほどの事かい。それで私に電話があったという経緯かどうかは知らないが、きっとそんなことだろう。公務員って激務だって聞いているが、そうでもない人もごく一部にはいらっしゃるのでしょうか。お役所仕事という言い方があるが、それ、突然浮かんできた。参った、参った。あるいはこういう民間な私がおかしいのか。あこがれの生活安定公務員ではあるが、多分務まらないや、自分には、ということを今さら言ってもしょうがないが、しかし、それにしても…。
by kienlen | 2012-10-25 21:22 | 仕事関係 | Comments(0)

紅葉三昧

日付が変わってしまったので昨日になってしまったが、すごいものを見た。
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富士山です。自分の写真じゃあ説明付けないと分からないが、富士山です。まるでレプリカを置いたように雲の上に乗っていた。富士見町から。富士見町というだけあるなと感心。それにしても好天に恵まれた絶好の紅葉鑑賞日和だった。しかも、昨日の雨が山では雪で、電車から見た北アルプスの山々も、こちら八ヶ岳の山々も雪化粧。素晴らしい。写真じゃ分からないが。
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それから山梨県側に入って有名な渓谷へ。長野県側からの山の雪が美しかったので、裏側から回りこんだら紅葉をバックに雪山かとわくわくしていたのに、同じ山でも山梨側は雪がなかった。溶けちゃったのか降らなかったのか。ほんのわずか山頂に見えたのみ。写真には映ってないが。
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月曜日は志賀高原へ。いやいやここの紅葉も圧巻でした。人出も結構あった。白樺が美しい。この高度ならでは。山好きにとってはたまらない毎日を送っている。
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遊び歩いているわけでもないが、たまたまこういう場所に居合わせることになった。素晴らしい。
by kienlen | 2012-10-25 00:22 | | Comments(0)
幻冬舎ルネッサンス新書。冨高振一郎さんというお医者さんの著。アマゾンで中身を見ずに注文したものだが、これはこれはひじょうに面白かった。というのは、自分が知りたかったことがズバリ書いてあったから。それがまさにタイトル通り。上手、というのも変だが、書き方が巧みで、この間の精神科は今日もやりたい放題だって、こういう書き方したら説得力あるのに、と思うが、まあ、そもそも方針が違うんだしターゲットも違うんだろうけど、何かちょっと残念な感じが残るからだけ。で、こちらの本は冷静に、どうしてうつ病が増えたかを提示しているもの。冷静というのは、つまりデータを使い、それとイデオロギーを入れずに、いわゆる科学的にという意味で。

ここで指摘しているのは新薬の開発と製薬会社によるものすごく大掛かりで巧妙な宣伝がうつ病増加の要因であるということ。もっともこれはとっても簡単に分かることだそうだ。というのは他の国々で、日本以前に全く同じ様相を呈していたから。拍子抜けする簡単さ。うつ病患者のグラフを見ると、実に見事に、どの国でも同じに、新薬販売からすごい勢いで急増している。で、どういう方法で製薬会社がマーケティングを行うかが歯切れ良く述べられている。それとやはりこの著者も()に入れて控え目に、どうして日本のメディアは報道しないのだろうか、と単純な疑問のようにして書いていることだが、薬の有効性について欧米ではジャーナリズムが取り上げたりして議論があるというのに、そういった報道が日本ではないということを指摘している。まともだと感じるものを読むにつけ、日本語だけで情報摂取していることの恐ろしさを感じざるを得ない。ひじょうに良い本だった。文章も婉曲ではあるが筋が通ってピリリと読みやすい。単行本が売れて新書にしたのだそうだ。専門家向けに書く予定だったのを編集サイドの意向で一般向けにしたとのこと。ありがたい。
by kienlen | 2012-10-20 08:37 | 読み物類 | Comments(2)

色々ある

昨夕、娘から出先に電話があり「パパがママと話したいっていうから自分で夕飯作る」と言う。昨日の予定は、多少遅めにはなるけど家で夕食を食べようということになっていた。ただ仕事の加減でどうなるか分からないので、ひじょうに遅くなるなら自分で作ってくれと言ってあった。昼間、予定外に夫から電話があり「見積もり金額が同じだった」と言うのだ。最初の業者の見積もりが予算を大幅にオーバーしていたので、別の業者にも頼んでみた。最初のは私の方の知り合いで、後のは夫の方。私、大笑い。だって全く同じだというのだから。影で談合ですか。夫は「なんで笑う、頭痛い、高い」と言うのだが。泣いても笑っても結果は同じなんだから。ま、タイ人にそういう言い方する必要もないか。しかし彼ももう日本長しなあ。とにかくその時に、家に戻って娘と食事するか店に直行して夫と話すか選ぶことになるな、という感じはしていた。その前に娘から電話があったのだった。

高校生なんだから自分でやるのは当たり前とは思うが、こちらとしては何か言いつけなくてもやるようになっていただきたいという希望があるのと、それに、自分自身の性格が、人から言われてその部分だけやるというのは、仕事を除いては性に合わないので、子供にも、いわゆるお手伝いというのはほとんど全くさせてない。お手伝いというんじゃなくて、自分の範疇は責任もってくれ、というのが自分には違和感なし。だから娘が「冷蔵庫に色々あるから作る」と言い、自分でメニューを考えてその場を自分でコントロールできることが嬉しいという感覚は自分も分かるが、あれやってこれやってと言われて楽しくない感覚も分かりすぎ。しかし、これっていわゆる自分勝手な人間を輩出する温床でもあるんだろうな、ううむ、自覚しているが、だから何がいけないのかは自覚ないのだ。やるべき事というのは有無を言わせずあるわけで、それを別にすれば一応その範囲は責任持つというのが楽しいんじゃないかと思う。あれ、何か別のことを書こうと思ったのに、関係ない方向へ。そうそう店のことだ。そんなこんなで何も始まってない。店に居合せた人からは「アンタ、忙しいとか何とかいって言い訳だ。外国人のダンナにひとりでやれってかわいそうだろ」と言われるが、アンタ、アタシだってバンコクではねえ、と言う時間ももったいないから「ウルサイ」と言って黙らせた。
by kienlen | 2012-10-19 08:51 | 家族と子供の話題 | Comments(0)
サブタイトルは「やくざ医師の、過激ながらも大切な話」。著者は内海聡さんという内科医。この本の存在は少し前から知っていて、読みたい気持ちと、アマゾンの評価があまりにひどいのが多いこともあって、トンデモ本に1000円以上出すのもなあという気持ちがあって我慢していた。ただ、おおざっぱな自分の周辺、ということは多分多くの人に当てはまるということだろうと思われるが、あまりに心の病が多い。で、これって、そう診断されて、薬飲んで、身障手帳もらって、生活保護申請すべきものなのだろうか、という疑問が何か、素人だから分からない、にしても、沸々状態。それと母が3種類の薬を飲んでいたこと、それと自殺との関係が皆無なのかという疑問、それともっと原点としては、以前とても親しくしていた友人の診断名が色々変わり、薬が変わり、実験台みたいで呈する症状も薬に応じて変わっているように見えていたこと。薬飲んでもちっとも症状が改善しないどころか悪化しているとしか見えなかったこと、知り合いが精神科に措置入院っていうのだったか、それをされて、え、何で、しかしいったん入ったら自分で抜けられない場所なんだ、まるで映画だ、しかもこんなに大勢いるって本当に、心底怖くなったこと等々があり、この人が入るなら自分だって可能性が…って考えるとコワッ。等々を時系列無視して一気に考えると、トンデモでもナンデモいいからちょっと読みたくなってこれと、もう1冊、うつ病の関係を注文した。

もう1冊はまだ届いてないので、先に来たこっちを読んだ。表現は確かに過激というか断定があまりに多くて、それはとっても気になった。ここでここまで断定できるのかなあ、絶対とかいえるのかなあと。しかしこういうことは編集方針もあるんだろうし、いずれにしても著者がこれを出して自分に有利になることはそうそうないのでは、ということ以外にも、正直のところ、自分が漠然と感じていた疑問がすべてここで扱われている。よって、自分としては、大方納得できた。もうちょっと全体のトーンを落ち着かせたらもっと説得力があるのになあという感じがした。何を信じるかは当人次第なので、解釈が色々あるのは当然で、こういう書き方をするからに批判は折込済みなんだろうし、病気になる前というか、まだ自分の判断力のあるうちに、こういう本を読んでおくのは損ではないように思う。それでどうするかは自分でなり関係者と共になり、決めればいいんだから。もっとも医者の診断は絶対、薬大好きという人はそもそもこういうのに興味も持たないだろうと思うけど。ということで、自分なりの考えを持った上で読むのには参考になると思った。特に海外での報道は自分の知らなかったことだけに役立った部分がある。とにかく、少なくとも私にとっては有意義な本だった。
by kienlen | 2012-10-17 08:19 | 読み物類 | Comments(0)
昭和57年刊。米長邦雄著。前に読んだ羽生さんとの対談がとても面白く、つられて羽生さんの本は読んだが米長さんのがまだで、これを選んでみた。ネットなので様子見もなしのあてずっぽう注文。随分前に書かれているはずなのに、古さは全然感じなかった。男と女の役割については、どうしてここまで固定的なのか不思議なくらいだし、男だからこうである、というのは男だけなんだろうかと、これも不思議ではあるが、全体には面白かった。新鮮というよりは、やっぱりそうだよね、と感じるところが多々で安心感を得られる。今この時というのを長期的な展望の下に位置付けているということを強く感じさせる書き方が印象的。これは将棋という勝負の特徴を反映しているのだろうか。とりあえずやってみる、最善手でなくても取り返しがつくなら二番手でいいとか、大胆さと慎重さのバランスが納得できるもの。

それもそのはずで、本の紹介が「将棋界きっての才人である著者が勝負に不可欠の心得-『雑の精神』『省の精神』について説く」とある。なるほど、いい精神。前半は米長さんの生い立ちとか環境みたいなもので、面白くなるのは後半。特に5章の「強者は泥沼で戦う」と6章の「逆転のテクニック」は痛快。どうやって相手の足を引っ張るか、泥沼に引き込むか、それに乗じて行け、みたいな話が、まことにさわやかに語られる。純粋な勝負の世界なので、勝負でもないのに足を引っ張り合って本末転倒みたいなどっかの非さわやかな世界とはまことに違うのである。相手を陥れるのを目的にするなら米長さんに弟子入りすればいいのに、みたいな。ついでに文章もすっきりとさわやかで読みやすく嫌味がない。男の世界らしいけど、女が読んでも十分に楽しめる。
by kienlen | 2012-10-15 20:49 | 読み物類 | Comments(2)

失敗続きの日だった

いい日もあればそうでない日もある。気分のいい時もあれば逆もある。どっちでもない日もある。多分、どっちでもない日、どっちでもない気分というのが大方だとも思う。昨日、友人と話していて、そのテンションのまま、ちょっとした仕事に行くことになった。そもそもこれが失敗の元であることは、いい加減、この年になると分かっているはずなのに、逆に言うと、この年だからこういうことをしてしまうのだ。つまり、昔だったら緊張していたことが、慣れによる緩み。かといってこの年になっていちいち緊張してたら、それもそれで変だしやり切れないのだから、そこはメリハリで、昨日の場合は、仕事といえるかというくらいな補助的な内容だった。

戻って、さて仕事と思ってデジタルの録音機を操作していた。その際に必要なデータを間違って消去してしまった。あせっていたらまた別のも消してしまった。落ち込んだなんてものじゃない。すっかりやる気をなくした、というよりか、できない。そのままどん底の気分へ。夜、飲んでいてふと気付いたことがある。昼間会った相手からファイルを預かっていたはずだった。持ち出したことは間違いない。友人の車で送ってもらった時、なんか荷物が少ないことを感じていたけど、確かあの時は持ってなかった。これはすごくマズイ。いくらなんてもマズイ。あそこを出て友人の車に乗り込むまでの間に何をしたか。トイレに行った。それで少し安心。あの場所なら紛失はないと思われるが、それにしても問合せるまでは、お詫びに一升瓶で済むだろうか、いやそういう問題じゃないよな、等々考えてどん底をさらに掘っている気分。電話してファイルは見つかった。仏さまありがとうございいます、と手を合わせた。それだけで良しとするしかない。気合入れろよというサインですね、そうします。
by kienlen | 2012-10-13 11:28 | その他雑感 | Comments(0)

『マドンナ・ヴェルデ』

久々の海堂尊本。図書館でたまたま目についたので借りてきていた。恩田陸読んで横山秀夫読んで真保裕一読んで海堂尊と続いたら売れっ子作家シリーズ。これはもう次は池井戸潤です。そうしよ。今日書店に行こう。本好きな友人と話していて感じたことは、自分はこういうあまり動きのないものが好きなんだなということだった。海堂の中ではイノセントゲリラがすごく好きなのだが、これはもう会話ばっかり。アマゾンの評判もすこぶる、といえるほど悪かったので、どれほどつまんないのかと期待したら完全にはずれて面白かった。で、このマドンナも場面はひじょうにシンプル。現場の医師を代弁して熱くなってるっぽいところが素敵でした。こうして売れっ子シリーズやっていると、どれもいいけど、海堂作品はほっとする感じが大きい。ドロドロ型の人物がいなくて、基本的に論理の破たんがあるなしについてまっすぐにいっちゃっているところ、すっきり感がある。

この本でも論理か感情か、みたいな議論が出てくるけど、理屈じゃないよって人と、いやいや理屈がないとね、って人がいる中で、そのバランスがどうかによって好みも違ってくるだろうが、そのバランスが自分にとって適度に感じられるかというと、好きだな、こういうのは。半端なところで片付けてないところがいい、まあ、片付けているのもいいから、そうそう簡単に分類できず、好きなのは好きというだけだけど。大きくでなくて面白い。小説として面白いというよりか、ここでこの人にこう語らせている意図は如何に、みたいに想像するのが面白いといった方が適当かな。特に無責任なシステムとか人に対して熱くなるのが拍手もので、現場で生死に日々直面している人だからの責任が迫ってくる。だめだ、また読みたくなってしまう。作家で当人に会ってみたい人っていないけど、海堂さんは直接見てみたいな。前に講演会があったことを後になってから知って残念に思った。
by kienlen | 2012-10-12 09:11 | 読み物類 | Comments(0)

信州で読んだり書いたり、時には旅したり


by kienlen