<   2012年 07月 ( 27 )   > この月の画像一覧

日記風

昨夜、また母の夢をみた。これがまたすごいリアルで夢と思えなかった。なんだか知らないが私の目の前に現れて、この間死んだのは冗談だったと言い出したのだった。へえ、そんなことがあるんだと思いながらも平静でいる自分なのだったが、かといって一方で、でもこれからどうするんだろう、振り出しに戻って、と考えてもいるのだった。そしたらちょうど今朝父から電話があって立ち寄ると言う。幾分成長し過ぎたキュウリを3本と掘りたてのじゃがいもを少し、それから四国の土産だと京都の八ツ橋を持参。それと、ゲートボールの景品でもらったが要らないからと素麺。ハイハイ、どれもありがたくいただく。四国旅行の話など聞いた後、その母の夢の話をしたところ、弟の夢にも母が時々現れるらしいのだが「俺は1度も見てない」と言っていた。まあ、好きにやってくれと笑っていた。それでいいのではないだろうか。もうじき新盆だ。

お昼を友人たちと食べ、遠めな夜の仕事場へ。あまりの暑さに髪を切りたい願望続き、仕事場へ行く途中の温泉の中のいつもの美容院に行くことにして早々に向かう。久々に温泉にも入ってさっぱりしたかった。いつもの山越え。たいした山じゃないのに気温は26度くらいに下がる。里は30度超えていたよな。いつもの道だけど、山はリラックスできる、本当に好き。美容院は混んでいて30分ほど待たされた。こういうオリジナリティのあるビジネスで繁盛しているのを見るのは楽しい。この温泉自体も経営努力していることを感じる。切ってもらっている間にも次々と人が来て予約していく。ちょっと遅れたら時間が厳しくなるところだった。それから広い露天風呂へ。雷が鳴って雨の気配。雨のプールとか露天風呂は好きなので降るのを待ちたかったが、そこまでの時間もなく諦めて仕事場へ。本業じゃないけど働いた。
by kienlen | 2012-07-30 23:07 | その他雑感 | Comments(0)

暑さ対策に行水なしはなぜ

朝方、やや強引に誘われて里山歩きにお付き合い。ロスする2時間分の仕事をしておこうと思って6時から作業的なものをやっておく。結構はかどった。それにより結局その後は何もしないのだから、良かったんだか悪かったんだか。それにしても暑かった。歩き始めた朝9時ですでにひじょうに蒸し暑く、大量の汗が出た。水分補給水分補給と心で叫びながら家に戻り、水風呂に入ってビールを飲んでいたら、娘が昼前から何よってな顔で見ていた。あれだけ汗かいたんだから飲まないわけにいくまい。ランチにパスタを作って娘と食べる。塩麹で何でも味付けで何でも美味しくなる。そこに夫が帰って来た。いつから帰ってないんだか忘れるくらい。「帰りたければ帰り、帰りたくなければ帰らないって快適だねえ」と言うと、珍しくランチを食べるということで食べていた。

午後はもちろん猛暑。熱中症注意と呼びかけているけど、対策の中に行水がないのはなぜなんだろうか。バンコクにいた時、朝起きればまず水浴び、出かけて帰宅して水浴び、日に何度も何度も水浴びする。かなりさっぱりする。今日も娘に行水させ、自分も。夫は言われなくても習慣で。日本では暑さで亡くなる人がいるとニュースになるが、タイでは聞いたことがない。でも寒くて亡くなる人はいてニュースになっていた。雨にならないかなと願っていたら夜に雷とスコールみたいな雨。少しマシになった。植物にとって恵みの雨。ちっとも大きくならないゴーヤーも少しは成長してくれるといいが。明日から朝型にしたいな。
by kienlen | 2012-07-29 21:58 | その他雑感 | Comments(0)

『橋本治と内田樹』

ちくま文庫で結構厚い。暇でもないのにどーしてこういう本読むかな。と思いつつ、ストーリーがあるわけじゃないから断片読書にちょうどよくてちょこちょこ読んでいたらなんとなく最後まできてしまった。買う時もなんとなくだった。本屋に行く用事があり、時間の余裕もそれほどないからトンボ帰りと思ったけどそれもできず、ちょっと歩いていたらいくつか目に入り、その中のひとつでたまたま開いたページに翻訳の話があり、それが面白かった。内田樹が学生のテキストかなんかで日本の文学をフランス語に訳したのを使ったか何かで、それの出だしが七五調で、日本語で七五調で書くということはもうそこに字面以上の意味がある、揶揄したような、みたいな。さすがに訳者はそこまでは気付いていないみたいな、そんな部分だった。それで思わず買ってしまい、何かそういうことが色々書いてあるのかと思ったら違って、ふたりで雑談という内容だった。

内田樹が橋本治が大好きで対談をお願いして、橋本治はそういうのをあまりやらないらしいが受けて、実現したらしい。今にしては細かい字で対談本にしては写真が皆無で、特にテーマがあるわけでもなく、きっとこのおふたりのファンが読むというものなのだろうか。私は特にどっちのファンということもなく、橋本治は編み物に影響受けて本読みながら編み物するをやったことと、上司は思いつきでものを言うを読んだくらい。この本は橋本治にしては例外みたいなものらしい、ということが書いてある。内田樹はそれよりは読んだといっても少し。ただ、内田樹に感じていた違和感みたいなものがこれを読んで少し、なるほど、って感じがあった。やっぱ先生ってこうなるんだろうなみたいな日ごろ感じていることを検証できたというか、強引にしたというか。橋本治は基本違和感ないな。とってもまともな感じ。闘うよりつくってる方が面白いとか、批評への疑問とか、そうそうって感じた部分多々。あまりに博学なので全くついてけませんが。編み物のやつ、とっておけば良かったなあ。今、ないもんなあ。
by kienlen | 2012-07-28 09:16 | 読み物類 | Comments(0)

コワーキングオフィスに行ってみた

昨日のことになるが、このところ時々行く用事がある町で午前中と夜に仕事ということになってしまった。午後丸丸あく。家に戻るには遠すぎる。喫茶店で時間つぶすには長いし、ただつぶしているほどの余裕もない。暇なら景色抜群の付近をドライブがてら温泉という手もあるが精神的時間的余裕なし。で、その町にはコワーキングのオフィスがあることを知っていて1度行ってみたいと思っていたものだからそこで仕事してみることにした。人のいる場所でできることといえば作業的なもの。ちょうど作業がたまっている。作業は頭は使わないが時間は膨大に使う。ひとりでやっていると飽きる。で、道草するからはかどらない。ますます追い詰められる。だから外でやるのはちょうどいい。予定通り午前のバージョンは12時終了。前から行ってみようと思っていた四川料理の店に入ってみた。評判は良いようで確かに混んでいた。四川麺というのを注文してみた。辛いです、と言われた。でも特にどうということのないもののように感じた。まあ、ラーメンですから。

オフィスの場所は土地勘のない者にとってとっても分かりにくそうだった。ナビはなし。地図をプリントアウトしてきたけど、デザイン的にはいいかもしれないがひじょうに分かりにくい。こういうのって実用的でないと困るのですが。メドをつけて路地に入ると当たり、小さな看板があった。駐車場らしき場所に入ったが入り口が不明。と、タクシーの運転手さんがいたから聞いてみた。コワーキングと言って分かるはずもなく名称を言ったら「何する所?」と聞かれた。「オフィスみたいな所です」と言っておく。そんなことより入り口が知りたい。で、さすが運転手で私が左手に持っていた地図を見つけて「その場所だったらここじゃないよ」と言う。ええ!「でも道路脇に小さい看板があったから入って来たんですけど」と何度言っても「ここじゃない」と言い張る。地元タクシーの運転手にここまで言われたよその者としてどう行動すべきか。で、車から降りて看板の所まで連れて行った。「ほら、これ」と言うと「何、これ」。弱っていたらどっかから男性が出てきて「どうしたんですか」と聞くので行き先を告げたら「その階段上ったとこ」と言われた。運転手さんの恐縮ぶりはかわいそうなほどだった。1050円払って入室。4時間半くらいいたかな。間に3,4人と名刺交換。なかなか居心地のいい空間だった。編み物のグループがいて賑やかだった。そっちに行きたかったが我慢して作業した。猛暑の日だったのに快適に過ごすことができた。結構はかどった。ビジネス的にペイできてぜひ続いて欲しいもんだ。次はコーヒーを持ち込まないと。インスタントじゃあな。
by kienlen | 2012-07-27 17:37 | 仕事関係 | Comments(2)

連れ合いに先立たれた高齢男性

弟が自分の息子と父を連れて四国旅行へ。彼はただただ車に乗りたいだけの人なので観光というのでもない。娘と「どの辺りにいるかねえ」と噂していたら電話があった。今夜は2泊目で、高松のホテルにいるということだった。うどん屋ばかりでうどんばかり食べたということだった。彼は毎日必ず晩酌をしていて、それも日本酒1合が適量。それを飲んで美味しかったというのだが、驚いたことに前日は車中泊したそうだ。男3人で車中泊ってすごいなあ。しかもひとりは83だか84歳だかの高齢者である。いいのか、そんなことして。かなりびっくりした。「朝日も見れて良かった」と言っているから、いいのだろうけど。

四国行きは、3月に予定されていたものだった。母が「なんでそんな旅行なんか」と父にだいぶ文句を言っていたらしい。晩年はそんな具合で人を拘束するので父も弱っていた感がある。で、その旅行の予定の直前に亡くなったわけだった。それで旅行は流れたと思ったら延期で、甥っ子の高校が夏休みに入ったのを見計らって実行に移したということらしい。それにしても、だいたいの場合、女が先立つと残された男は困るものなのだ。私もそれを一応は覚悟していて、仕事とのバランスをいかにしたもんかと実のところ相当不安になっていたのだが、蓋を開けてみると今のところ一応普通にやっている。逆に元気。まるで、よくあるあれ、男が先に逝くと女は元気になるってやつ。あれに似ている。男であれ女であれ、基本は食べて寝るを自分でできることだ。戻ったら畑仕事も頼みます。キュウリももうないし。
by kienlen | 2012-07-25 21:35 | 家族と子供の話題 | Comments(0)

「汽車はふたたび故郷へ」

迷ったけど結局観に行った。予告とかパンフレットとかからの自分の勝手な予想と実際に見るのと違うのは映画の場合当たり前とはいえ、ここまで違うのもびっくり。だって巨匠のナントカさんという監督が、思想統制、つまり検閲の厳しいグルジアでは映画を自由に作れないのでフランスに来たけど・・・という自伝的作品みたいなイメージで、思想的なものを前面に押し出した内容かな、という予想をしていた。それで興味を持ったということもあった。でも、最初から、アレちょっと違うって感じた。とっても詩的。映像がすごく美しい。時代のせいか、自分にとっては郷愁を呼び覚まされるというか、意味もなく何度も涙が出た。確かにグルジアを出てフランスに行くという話であり、粗筋はその通り。でも、そういう政治的なメッセージ以上に人生そのものを感じた。ま、分けられませんが。とっても美しく丁寧で、音楽も好みで、私は好きだったな。昔昔、若い頃に映画好きの男友達がいて、何だか前衛的なものを見せられたような記憶がいきなり甦り、そうだ、あの時に見た、なんか、あれに印象が似ていると思ったのだけど、それが何かが思い出せなかった。それは単純に場面のつなぎ方とか、それの曖昧な記憶だけなんだけど。まあそれに誤解かもしれないけど。

あと、思い出していたのはミラン・クンデラの小説かな。主な登場人物の誰もが、よろめかない、子どもっぽくない、ここでどうふるまうかを心得ている。それは政治体制にも由来するのだろうけど、その毅然、というのとも違う、もっと緩やかな自立と関係性が私にとっては感動的だった。ゲームに参加していること、とりあえずしなくちゃ生きられないことを無言のメッセージで常に伝え合うわけだ、仲間内では。でも魂までは売らない。静かで言葉が少なくてメタレベルのコミュニケーションに満ちていた。そして死の唐突さが何度もあって、それもリアルに感じられた。この主人公は、いいなって思う男性、女性でもいいが、を類型化した場合の、あるグループに属していたと思う。今は忘れているのに、そんなことまで思い出しながら見た。アーチストではあるけど心がアンバランスではなく、策略家の道を選ばないけど、瞬間の判断は結果的にははずれてなくて、選択の基準がサバイバルという次元で、で、攻撃も迎合もせず、存在そのものはユーモラスみたいな。ハードボイルドですな。当然のことながら死とはいつも隣り合わせ。もっともそれを意識することでそういう存在になるんだろうけど。観客は3人だった。フラメンコ・フラメンコと迷ったんだ。両方見ても良かったけどさすがに時間が気になって断念した。
by kienlen | 2012-07-24 00:02 | 映画類 | Comments(0)

長いだけ

普段、ここ以外のどこかにいい所があるとか、いい人がいるとか、逃避したいとか、癒されたいとか幻想を抱かないというか、現実的な人間だけど、ここ数日、ちょっとそういう人の気持ちが分かるような気がしなくもない。ここを抜けたらあれしよう、どっか行こうみたいなことを考えている。もっとも今までもずっと考えていて、しかしそれは仕事がなくなったらどう生活し時間を使うか、自分の精神を維持していくかという観点からだったのだが、今回のこれは、かなり今の苦しさに由来している感じがある。苦しいっていうほど大げさなもんじゃないが、何しろ、ひたすら時間のかかることばかりな日々。時々ぞっとしてしまうのだが、仕事って慣れたら楽になる部分がないと年取って辛いよなと、きっと賢い人は分かっているんだろうか。バカな自分は考えずにここまできてしまったわけだ。それどころか、飽きない仕事を求めてきたんだからまさに自業自得。何でも深めれば飽きるなんて次元でいえないとは思うにしても、ある程度惰性でやっていける類のものはあるだろう。この間もそういう話を惰性でやっていける仕事をしている友人と話していた。羨ましかった。しかも稼げるときている。当方、飽きたら、というか、飽きなくても気が緩んだらすぐやっていけなくなる類だ。迂闊だった、バカだった。過去形にできない、迂闊だ、バカだ。手に職ないしな。

昨日はそんなわけで少々気分低迷。昼間ちょっと行ったバイトも影響した。午後に父が来たのも影響した。夕食を夫がいて3人で食べたのも影響した。低迷の度合い深まる。ビールも切れていた。それでネットであちこち見ていた。人のブログとか見ていると面白いからつい読んでしまう。自分が面白いと感じるのは、執着系というか、ひとつのことに捉われている人、専門家っていうのかな。昨夜は食べ物系を見ていた。すごい。体にいいんだろうなあと思っても、私は毎日同じものを食べるとか、朝食はジュースとか、朝食は抜けとか食べろとか、とにかく同じことをするのは苦手である。それと、これをやっていれば病気にならないとか、これを食べていれば大丈夫とか、そういうのも苦手。何なんだ、自分、と考えていて思ったことは、パッシブなのだということ。自分から進んで何かを取りに行くというよりも、これは危険そうだなとか、これはヤダなという所に行かないというだけだ。よって進歩とか前進というよりも彷徨っている感じ。食べ物も同じで、これがいいというよりも、これは嫌だというものを食べない方が性にあう。よって、ナントカ方式一本はムリだ。これもしょうがない。道草食べているうちにアレっみたいなのでいいんだけど。それもなあ、分からないし。ひじょうにつまらん新聞を、とっているからしょうがなく読んでいたら国際情勢が。やっぱ、迷っていた映画見に行くとするか。それでトムヤム食べるか。昨夜からやたらにトムヤム食べたい。
by kienlen | 2012-07-23 09:47 | その他雑感 | Comments(2)

塩麹できた

塩麹が多分できた。塩気も和らぎいい感じ。暑いから熟成期間この程度でいいんじゃないかなと感じて、今日初使いした。とにかく夏野菜が多いので一所懸命食べなくてはならない。ズッキーニ、ナス、キャベツ、ピーマン、ベビーコーン、ニンニク、庭にはトマトとバジル、青菜など。それにこの間会った友人に注文したキノコ3種。これがまた素晴らしく美味しい。野生種えのきと、名前は忘れたがあわびみたいな味のやつと平茸みたいなやつ。娘がいるランチだったのでキノコとズッキーニとトマトのスパゲティにした。そこに塩麹を入れてみた。後から本を見たら酵素は60度の熱で失われるとあったが、いいのだ、旨ければ。夜もズッキーニと鶏肉を炒める時の調味料として使用。本当に便利であることが分かった。味に深みがでる感じ。

使った麹は冷凍してあったもの。塩麹にしようと思って買ったのが3月。なかなか実行しないで冷蔵庫に入っているうちに母の件があり、なんだかそれどころじゃなくなり、冷凍庫に移しておいた。つい最近、父が甘酒を作ったら上手くできたと言うし、娘が塩麹いつ作るのかと催促するし、やっとやる気になった。というより、どうイメージしても美味しいはずなのだから自分も食べたいのだ。なんといっても麹だから。麹好きだし発酵好きだし。作るといっても塩と水を混ぜておくだけなんで簡単。冷たい麹を混ぜながら美味しくなれと念じたおかげで美味しくなった。発酵って、何か心から感謝したくなるな。恵みという感じ。味噌なんかもそうなんだろう、作りたい。はあ、時間的余裕が欲しい。作った塩麹は冷蔵庫で半年保存可能と本にはある。ビンで発酵させたから冷蔵庫に入れやすいタッパーに移した。ビンに残っているからキャベツを千切って入れておいた。明日が楽しみ。一番食べたいのはゴーヤーの塩麹もみ。はやく実ってくれ、ニガウリ。今のところ順調に葉っぱは育っている。ちゃんと実が付きますように。
by kienlen | 2012-07-21 21:46 | その他雑感 | Comments(0)

まだ子育て中だったことに気付いた

昨夜は豪雨で、避難勧告が出たようだった。何か放送しているのは分かり、消防車のサイレンがどうしてこんなに多いんだろうかと不思議には思ったが、それだけでいたところ、娘から「避難したい人は中学の体育館に避難するように言っているよ」と言われて、その放送だったのかと分かった。で、隣の中学の体育館には確かに電気がついていた。しかし、体育館って1階しかないから水が入った場合にはどうするんだろう。それより校舎の方が良くないか。2階も3階もあるんだし。まあ、避難場所はここって決まっているからマニュアルに従うわけでしょうけどね。だったら水だけの場合だったら民家の2階の方が体育館より安全ではないのだろうか。などと思っていたら、友人が何人も「そこ、避難勧告出てるよ、大丈夫」と電話をくれた。だから「すぐ隣の体育館が避難場所ってことは、ここ、安全って意味じゃない?」と言うと「そーねー」みたいな感じ。中には「1階の荷物に2階に上げるなら手伝いに行くよ」という親切な友人もいた。本当にありがたいんだけど、1階が全滅するほどの浸水だったら、ウチだけの問題じゃなくてこの辺一帯水没だ。それより、その友人の家、平屋なんだけど…。

その豪雨の中を娘の高校の三者面談に行った。成績悪いのは見ていれば充分予想がつくけど、知らなければ当人の問題で片付けられる類の問題。でも成績見せられてこの大学ならこの偏差値でって説明されると、はあ、どうすんのよと気になる。通知票まで親に渡すのだ。それから修学旅行の説明会の通知も渡された。高校生の修学旅行の説明に親がなんで出席するのか、もう意味不明を通り越して腹が立つ。一応通知票と通知文書を重ねて目の前に置いておいたら娘がそろそろと、通知票を抜き取って自分でしまっていた。いいんです、それで、私が見たって成績上がるわけじゃないし。豪雨の中を車に乗って「修学旅行の説明会行きたくない!」と言ったら「行かなければいいでしょ。行きたい親がいるから学校としてやらないわけにいかないだけでしょ」と言うからほっとした。まあ、この親を見ていて来いって言うわけないけど、思っていても。しかしつくずく親失格感が募るな、子どもを見ていると。それにものすごい世代間ギャップを感じる。何も分からない。何を判断基準にしていいか分からない。先生の正論、常識論も心に響くようなものではないが、毎回言われると、これを受け止められない自分も娘もダメ人間なのかって気分にもなるしなあ。ま、いいか、B型のせいにしてしまおう。
by kienlen | 2012-07-21 12:28 | 家族と子供の話題 | Comments(2)

『九月が永遠に続けば』

昨日友人が貸してくれた本。小説をわざわざ読もうと思わないこの頃。かといって別のも読めないこの頃。自分から選ばなくていいのは楽。とはいえ、さすがに今、仕事しなくちゃいけない時に読むわけにいかないと我慢しようと思ったけどできなかった。止められなくて。出だしはちっとも魅力を感じなかった。描写も表現も設定も月並みな感じがして。でも、じきに引き込まれて止められなくなった。で、つい最後まで読んでしまった。タイトルだけは知っていて、興味はあったので借りたいと言ったのだった。不思議だったな。短期的には予測できる部分が多い。で、当たったからといってたいしたことないんだというように次々と降りかかってくる。若い人が書いたのならすごいなと思ったらそうじゃなくて安心したというか、ああ、この年代なら分かるなというか、そういう感じだった。で、だからまた沼田まほかる著の小説を読むかというと、微妙だな。とりあえずしばらくは我慢しないと。
by kienlen | 2012-07-20 23:55 | 読み物類 | Comments(0)

信州で読んだり書いたり、時には旅したり


by kienlen
プロフィールを見る