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そこまで嫌われたか、新聞

年内にここまでは、と思っていたところまで大方やり遂げ一服したいところだと感じているところに友人から誘いの電話があり迷わず夜遊びへ。というのが昨日。といっても夫の店に遊びに行っただけ。最近余裕がなくて、そういう機会が少なかった。友人は酒を飲まない。私がビールを飲んでいたら、夫が「お客さんからのプレゼント」とお酒を2本くれた。ワインと老酒というのか、中国の酒らしかった。中国の酒らしき方は得体が知れず、どうしようかなと思ってカウンターに出しておいた。そこに知り会いの男性が入って来た。中国の酒らしき瓶を見て「これ、美味しいよ」と言う。中国ではなく、台湾で一番知られているもので、彼はその製造工場も見に行ったことがあるそうだった。このメーカーなら間違いなく旨いという。そんなら期待できるかなと思って開けた。その彼のお勧め通り、少し燗をして飲んだ。本当に美味だった。美味しいお酒って本当に美味しい。味見程度に留めておくつもりが、ついつい「じゃあ、もう1回」とお燗を続けた。

私はまだ新聞を読んでなかったので、飲みながら目を通そうと思って持参してカウンターに置いていた。それを見て、その彼がちょっとしかめ面になり「東京で電車に乗っていると、今でもたまあに新聞広げて読んでいる人いるんだよね。あれ見てると、この人パソコン使えない人だなって思う」と言う。なる程。そういう時代なのか。ちなみにこの彼は東京在住者である。システムエンジニアである。たまにアルバイトで家電屋の売り出しの手伝いに来て売りまくるそうだ。で、私の携帯を見て「こんなの今だに持っている人がいたらスマホを売りまくるね」と言う。私が携帯はネット接続してないと言うと呆れてモノも言えないという風だった。「パソコンだって、仕事に使えれば充分だし」と言うと「それは使っているうちに入らない」そうだった。それにしても、新聞ってそんなに不人気なんだ。私は新聞を持ち歩くことがひじょうに多い。集中しなくても目を通せるし、出先で処分できるし、電池切れにもならないし便利じゃないか。それにしても、それでパソコンできない人って判断されるのか、なんか完全に新しい時代に突入、みたいな感じがした。なんて今さら感じる自分がどうしようもない時代遅れ・・・。
by kienlen | 2011-12-25 10:54 | その他雑感 | Comments(0)

鶏ご飯と生春巻き講習

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この間、タイ料理講習会のお手伝いに行った。その日のメニューはカオマンガイと呼ぶ、鶏ご飯。それから生春巻き。鶏ご飯はスープとセットなので結構リッチな食事だった。ご飯に鶏をゆでたスープ、炒めたニンニクとショウがを入れて普通に炊くという方法だった。この上に鶏を載せれば出来上がり、簡単で美味しい。ポイントはタレで、この日の講師は、同居しているおばあちゃんがニンニクも駄目だし辛いのも駄目ということで気遣って辛くないタレを準備していた。それは味噌に砂糖とショウがを入れてスープで適当に緩めるもの。とても評判が良かった。

生春巻きはタイから来た研修生の若いお兄ちゃんが指導。「生春巻きってベトナム料理じゃないの」と聞くと「名前はベトナムだけどタイで普通に食べる」ということだった。新しい世代なのである。このお兄ちゃんは料理が得意だと前から言っていたけど、クロックという臼で調味料を叩く手つきなど、みんなに感心されていた。材料を適当に入れて、ピーナッツを必ず加えてタレを作り、適当に材料を生春巻きの皮で包むだけ。タイ人の進行なので緊張感がなくて楽しかった。それに美味しくできた。すぐに作らないと忘れてしまう。
by kienlen | 2011-12-22 21:29 | タイの事と料理 | Comments(0)

ミケランジェロの暗号

三者面談で午後は授業のない娘と映画館で待ち合わせて一緒に見た。観客数7,8人はいたか。これも大変面白かった。満足。ナチスが周辺諸国に侵攻していく時代のヨーロッパは映画のテーマとして頻繁に取り上げられると思うけど、今日のはかなりユーモラスな味付けが濃く、ずっとハラハラしっぱなして実に楽しかった。最後も爽快で後味も良し。テーマが深刻なだけに残酷な場面ばかりだと見るのに勇気がいるが、こういう描き方だと人にも勧めたくなるし、それでいて細工というか、心理描写も駆け引きも深いところをえぐっている感じ。ギリギリのところにあって自分が生きるためになりふり構わずでもないし、かといって人のために犠牲になるというのでもないという微妙なあたりの描き方というのは、自分には実にリアルに感じられた。

確かにテイストとしてはゴーストライターが好きな人なら好きになりそうというのは分かる感じ。教えてくれた映画館のスタッフにお礼を言っておいた。良いのを紹介してくれてありがとうと。組織の形式主義とか、人道主義者やメディアの使い方とか、瞬間瞬間常に自分の位置取りをどうするかとか、家族愛とか、それにナチスが人間心理のどういうところを突いて、どういう層を取り込んだかというあたりも面白くうまく感じさせていた。ハラハラさせて娘などは怖がっていたが、立場を逆転させることで相手の気持ちを理解しようというような、ありがちなロールプレイみたいな、ディベートみたいな、あまりに出来すぎた展開がどこかで安心感となるし、結局茶番じゃないか、茶番のために大量の犠牲者がでる戦争というものの本質がひしひしと伝わる感じはあった。軽快な音楽も良かったなあ。大当たり。
by kienlen | 2011-12-19 17:56 | 映画類 | Comments(0)

ゴーストライター

今日は娘と一緒に映画を2本観る予定にしていた。ゴーストライターと1911。先に見たゴーストライターがあまりに良かったのでもう1本という気にならずに1本でおしまいにした。こういう映画、大好き。すごく面白かった。ノスタルジックで暗めな画面と速すぎず遅すぎずなテンポ、役者もいいし、苦手な残酷シーンがなくて、会話が楽しい。上映していたのが古い映画館で、その中のさらに一番小さなスクリーンの部屋だったのが残念だった。もうちょっと大きなスクリーンで見たかった。お話はイギリスの元首相のゴーストライターをすることになった主人公がいきなり暴漢に襲われ、取材を始めたらさらにヤバイことになっていくというもので、ハラハラさせる場面がたくさんで、でもイギリス人っぽいユーモアが溢れていて実に楽しかった。最後は出来すぎというか、ここでこうなるのかとちょっとがくって感じもあったけど、とにかく映像がきれいで見とれてしまった。

映画館を出る時にもう顔見知りのスタッフに「すごく良かった」と伝えると「これが好きな人はミケランジェロの暗号も好きみたいですよ」と言われた。ポスターを観たら確かに好みのテーマで面白そう。上映期間が短いけど、たまたま来週は娘が三者面談のため毎日午後は授業がない。だったら一緒に観ようということになった。好みが似ていると楽しめるものだな。今までずっとひとりで観ることがほとんどだったけど、もっと娘を同伴していれば良かったんだと今になって気付いた。ただし、平日に行かれないのが難点。明日はタイ料理講習会のお手伝いに遠くまで。やぱり娘同伴で。カーオマンガイを作るそうだ。
by kienlen | 2011-12-17 19:31 | 映画類 | Comments(0)

自分じゃないけど出頭に付き添い

深夜に夫が帰った気配があり、意外に早いご帰宅だなと思っていたら、そんなに時間が経ってない早朝真っ暗なうちに出て行く音がした。朝食の時に娘に「パパ、早く出て行ったよね」と言うと「いつも起きないのに、どうやって起きたんだろう」と不思議がっていた。必要があれば起きるのが大人なのである。本日の必要は、友人のタイ人女性を入管に連れて行くことだった。タイ人がみんなそうというわけではないだろうけど、少なくとも私らの周辺のタイ人を見ていると、人に頼る習慣があり、まあ、それがひとつのコミュニケーションと見れば見れなくもないのだが、今回だって、入管なんかひとりで行けばいいのに、夫を同伴者として依頼しているわけだ。それで夫は店のランチ営業を休んで出かけて行ったのだった。彼にしたら旅行気分で楽しいだろう。娘に「ひとりで行けばいいのに、面白いよね」と言うと「だって、道分からないんでしょ」と、まあ当然の反応。

だから、それが面白いわけで、とんでもなく危険な場所というのでないのであれば、私だったらハプニングを楽しみたいから迷いつつもひとりで行ってみたい派。でもそれってよく考えると単なる無駄な時間なのだろうか。ま、どっちでもいいか。と、思っていたら娘に「入管に行ってそのまま帰るの」と聞かれた。そうだ、どうして入管に行くのか、その仕組みだって娘はまだ分かってないわけだ。そこで、ほら国っていうのは自国民とそれ以外を分けるわけでしょ。その国の国民だったら自動的に学校へ入りなさいって通知が来たり、まあ、自動的に管理されるわけだけど、外国人として滞在するには滞在資格ってのが必ず必要なわけ。旅行者なら旅行しますって滞在資格だし、出張はそういう資格だし、パパだったらママと結婚してますって資格だったけど、今は永住者ってのになっているから離婚しても滞在資格は失われないんだけどね・・・・と長々としゃべっていたら途中からいなくなっていた。どうも簡潔さに欠けるな。娘にしたら登校前の忙しい時間帯だった。
by kienlen | 2011-12-16 10:29 | タイ人・外国人 | Comments(0)

知らなくてイラっ

コミュニケーションという言葉をやたらによく聞くし、何かとこれがテーマになっているようだ。それに自分でも使うわけだが、結構難しいなと思う。今日、ちょっと頼まれた仕事の件で不明な点があったので先方に電話したところ、担当者がいなかった。「じゃあ、伝言お願いできますか」と言って説明すると、相手がちょっと不思議な対応をした。何がというのでもないが、何かちょっと噛み合ってない不自然な感じ。最近、日本語通じないよな、誠実に対応しないよな、コミュニケーションになってないと感じる場面が実に多いので、これもその例かと思ってイラっときた。それで嫌味を込めてわざとバカ丁寧に「明日の朝、〇〇さんがいらしたら分かるように紙に伝言書いておいて下さい、××に電話を下さるようにと」と言った。すると相手が「あら、××さん、お世話になっています」と言った。「どなたですか」と聞いたら、知り合いだったが日本人ではなかった。

なんだ、あの反応に納得。日本語はもちろんひじょうに上手で不自然さがない。何に不自然さがないかというと発音。通常、大人になって外国語を学ぶとどうしたって発音がちょっと違う。発音がちょっと異なると、こちらも身構えるというか、相手が日本語ネイティブじゃないことを意識しながら話すし、間違っても問題とは感じない。多分、他の言葉の人もそうだろうし、私がタイ人と話す時だって相手は意識すると思う。ところが発音が完璧だと、それがその言語の力と一致するというわけでもないのに、瞬間的に完璧だと思ってしまうわけだ。バンコクにいた時、小さい時にタイにいたから発音だけはタイ人みたいなのに挨拶程度のタイ語しか分からないという日本人がいた。発音がいいものだから、タイ人から普通の速さのタイ語で話されて理解できないと困っていた。タイ語は発音が難しいから、うらやましい話だと思って聞いていたが、多分当人は辛かったんだろうと思う。私もイラってきたくらいだし。あれで発音から違和感があればイラつくどころか、分かりにくい話し方をした自分を反省するはずだ。難しいもんだ。
by kienlen | 2011-12-14 18:05 | 言葉 | Comments(0)

『ラーメンと愛国』

なかなか面白い本に当たらないこともあって、まともに読み終えた本がない。これを書店で見て出だしを読んで、これならいけそうだなと思って買った。そうそうどっかの新聞でも紹介されていた記憶あり。決め手はこの一文。「ラーメンはいつからこんなに説教くさい食べ物になってしまったのか」。笑える。これだよ、と思って結構期待して読んだのだが、そして一応途中で投げ出しはしなかったのだが、かといって、爽快感よりはもやもや感の方が残る本だった。「ラーメンから現代史を読み解くスリリングな試み」というのが帯のコピーで、で、その通りの内容で、で、些細な何かを通じてデカイ何かを読み解くというスタイルも珍しくもないので定石に入るんだろうけど、こういう本って、結構難しいんじゃないかなと改めて思った。ラーメンについて詳しくない自分のような者にとって、いろいろな発見はあったという点では損はなかったと思うけど、もういっそのこと出典なんか明らかにせず、そこんとこいい加減でもいいから突っ込んで笑わせてくれ、みたいな欲求が随所にあった。

お宝だよって出されて近づいたら引っ込められたみたいな感じ。まあ、つまりいい加減な本ではなくてすごくまじめな内容だった。出だしの感じから、現場を歩いた上での内容かなと思ったのだが、ほとんどは文献によっているようで、印象としては卒業論文みたいな感じだった。私のような年齢と性格の者が想定読者でない感じではあった。かといって若者が読むかなと思うと、どうだろう、かなり疑問。じゃあ、誰って、ここで心配する必要あるわけないが、そういう意味で結構不思議だったな。まあ、何のかんの言っても結局分析対象に、掘り起こすだけの深みがなければ深い分析ができるわけなくて、ラーメンも今の愛国も、そういう風に思うとひじょうに納得だった。だったらもっと軽佻浮薄でいってしまえ、なんてのは無責任か。いずれにしろ、ラーメン屋に何か異変が起こって久しくなっているようだが、その正体は何だと思っている者には、単純になるほどと思う点は多々あった。そこまで入れたい気持ちを抑えて、もうちょっと焦点をラーメンオンリーにしてくれたらなと思った。それと小麦粉と。その点でちょっと残念。
by kienlen | 2011-12-13 08:45 | 読み物類 | Comments(0)

出先のどきどきなランチ

断続的にここ2か月ばかり続いていた遠出。一連のものでもないのに、ちょうど重なっていたものだが、今日でおしまい。ずっと車だったから今日は電車にした。所用時間1時間半。普段行かない場所なのでプチトリップ気分。いっそ1日つぶすことに決めていたので、うんと早めに出た。出先でゆっくりしようと思った。駅で目的地を告げて道順を聞こうとしたらいきなり「結構遠いよ」と言われる。徒歩15分と聞いていたし事前に調べたところでもそんなに遠くないと思っていた。歩き始めてから、バス停にいた女性に一応また道を確認したところ、またまた「結構あるわよ」と言われた。そんなに遠いんだろうか。まあ時間は充分にあるからいいや、と考えつつ歩いた。そしたらすぐに着いてしまった。この程度でこの反応って、人間本来の機能を失っているんではないだろうか。と、思いつつ、自分で道を聞かれたと仮定してみる。この程度だったら「すぐそこですよ」と答えると思う。そしたら、嘘つきだと思われるかも。

目的地を確認したら後はお昼ご飯だ。知らない町で知らない店に入るのが楽しみ。ところが、これって感じるのがない。予習をしたかったので少しゆっくりできる感じがいいと思った。きっと脇道に入るとあるんだろうけど、とにかく全く知らない町。かなり歩き回って、もうどうでもいいやと思って大きな店に入った。宴会専門みたいな感じ。「ひとりで食べられる場所あります?」と聞くとカウンターに案内された。生の魚がごっそりとケースに入っている。もしや鮨だけってことはあるまい。ランチセットみたいなのがあるか聞いたらメニューを開いてくれた。全体に高いけど、まあいいやと思って面倒だからよく見ずに1575円の定食をカウンターの板前さんに注文した。はい〇〇ですね、いいんですね、と妙に念を押される。次にホールの担当がまた〇〇でいいんですね、と念を押す。なんか、変なもん頼んだのかなと思うくらいの念のいれよう。しばらくすると来た。カニたっぷりの熱々わっぱ飯に味噌汁と刺身と茶碗蒸し。

で、刺身の説明があって、ふむふむとうかがった。忘れちゃってすみませんけど、とにかく新鮮で美味しかったことは確か。これで1575円か、まあ、安くはないけど、これならいいんじゃないかと思った。するとじきに今度は「焼き魚です」と尾頭付きが運ばれてきた。え、こんなにあるんですか、と言ってしまった。で、次に「はい、揚げ物です」と運ばれてきた。ちょっと不安になった。あんなに念を押されたのは高いせいだったのかも。まさか桁違いってことはないだろうけど、値段の見間違いかも。まあ、いいやと覚悟を決める。そしてデザートも運ばれてきた。どれも美味しかったし、ここんとこよく働いているしな、しかし3000円とかだったらちょっとショックだよな。そう思っていたら、店主がわざわざ来て「お味はいかがですか」と聞くのだった。やっぱり桁違い?それから丁寧に解説してくれたがもう上の空。とにかく分かったことは、自分達の漁船で捕った魚を出しているということだった。全部たいらげて恐る恐る会計したら1575円だった。すごく安く感じてしまった。これも商売上手ってことかな。でも昼じゃなくて夜に行ってみたくなった店だった。
by kienlen | 2011-12-12 20:09 | | Comments(0)

スティング

何十年ぶりかでこの映画を観た。ものすごく好きっていう印象を持っていたので期待大きい。娘の担任だった先生のお勧めでもあるので一緒に行った。週末だと混むのがヤダなと思っていたら案の定いい席はいっぱいだった。まあたまには混んでいる映画館も見ないと映画館自体がなくなってしまうか。期待し過ぎだったかなと感じた。単純な娯楽というもは分かっていたけど、やっぱりそうだった。まあでも楽しむのにはカッコいいし、面白かった。これだけいれば知り合いがいるだろうと思っていたけど、意外な人にばったり。午前十時の映画祭は来年も別バージョンで続くようだ。ありがたい。

昨日の寒さとうってかわっていい天気。娘は皆既日食を見たそうで「教えてくれればいいのに」と言うと「ママ、寝てた」と言われた。夫から娘に連絡があったようだ。ついでに「怪しい」って日本語の意味を聞かれたそうだ。私に聞いてくれればいいのに、と思ってから、そう単純でもないなと思った。文脈によって違うし。何と答えたのか尋ねると「おかしいと同じ意味かって聞かれたから、同じって答えた」ということ。はずれてもないし。私も分からないタイ語があると電話して聞くことがよくあって、その時も「〇〇ってどういう意味?」と単純に聞いている。そう単純でないことを知りつつも。さて、先が見えて来た仕事、一気にやってしまいたい。やらないと・・・。もうちょいだ。
by kienlen | 2011-12-11 14:18 | 映画類 | Comments(0)

夢は何ですか

いつのまにか12月も半ばに差しかかろうとしている。娘が起きてくるなり「雪」と言った。外を見ても舞っていないし道も白くない。「冗談で言ってるの?」と尋ねると違うと言った。朝食用にりんごの皮をむいて、その皮をうさぎにやろうと外に出たら所々に溶けきれない雪があった。本当だった。高い山は深く真っ白になっているし、別の場所でも初雪に触れたが、家でこういう風にまともに見たのはこの冬初めてかも。それにしても日記がこのザマ。最近、書くのが恥ずかしくなっている。年とってもちっとも変わらないではないか、というのが一因。しかし、昨日もっと年上の人に「夢は何ですか」と聞かれて、そうか、それでいいのか、と妙に納得。それで書く気になった。といっても夢を語る元気はないのだが。

夢は何ですか、と聞かれて、その後で夢に向かってやりましょう、みたいに言われて、それに同調できない自分って何。と、自分のことをつい考えてしまうのが恥ずかしい感の根っこなのだが、別に視点をやるとしたら何があるのだろうか。それが思い浮かばない。うさぎの気持ちになるとか、あの人の気持ちになるとか、それで答えたところで意味ないしなあ。まあ、それに今回は自分が聞かれている当事者だった。夢・・ですかあ・・そういうの・・ないですねえ、と答えつつ、それって本当かなあという気持ちも一方にはある。そういえば昔受けた公務員試験にもあったような気がする。夢を書けという作文。当時からなかったから書けなかった。こういうものって、書くことによって焦点化して自分の気持ちを明確にせよという意味なんだろうか。昨日はその後も話していて、夢といっても、何が欲しいとか、どこかに行きたいとか、その程度のものでいいことが分かった。それでも答えられない。欲しければ買うなり入手しようと思うし、行きたければ行くしなあ。気持ちと行動の間にそんな大きなギャップがない。これがすなわち夢のない者のタイプってことか。あえていえば、その時ジタバタしないのが夢かな。そこに向かって歩んでいるって感じがしている。地道と言うんだろか、いや、そういう生き方でもないか。ああ、恥ずかしい。
by kienlen | 2011-12-09 08:04 | その他雑感 | Comments(2)

信州で読んだり書いたり、時には旅したり


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