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旧暦だと今日から秋

秋の気配。今年から使っている旧暦カレンダーによると、今日から10月26日までが秋。夏は5月3日から昨日まで。そう書いてある。今年の七夕は新暦の8月6日だそうだ。今週はあまりというかほとんど家にいられなかった。娘と家で夕食を作って食べたのは昨夜のみ。おかげで、なんとか手入れはしていたのに気持ちをこめる余裕がなかったせいかどうか、ぬか床は酸っぱくなるわ、ピクルスも怪しくなって冷蔵庫に入れることになり食べている時間はないわ、整理整頓はますます全くできないわ、庭のきゅうりはお化けのようになるわ、うさぎの餌は不足気味になるわ、というような週だった。いっそ外国とか遠くだったら外も楽しいが、毎日近間をうろうろというのは何か半端なのだった。それも金曜日でおしまいで、昨日と本日は明日からに備えてたまったものを片付けていた。なんとかつじつまを合わせたというところ。

寝不足気味でもあったのをこの2日で解消。きゅうり採りから戻ってしばらくは気分すっきりだが、しばらくすると眠くなる。外仕事だと眠くなる余裕もないが、在宅仕事はこういう点は余裕なので本でも読みながら、と思って横になるとすぐに睡魔に襲われる。何しろスタートが4時であるから一眠りして起きてもまだ朝なのであるが、いつも遅い娘が一層遅いのを不思議に思っていたら「ママ、ママって呼んだのに起きなかった」「近くのソファで待っていたのに起きなかった」と言うのでびっくりした。普段はそんなに熟睡タイプじゃないので割と簡単に目を覚ます方なのだが。どこでも眠れる友人を見て凄いと思っていたけど、単純な話、寝不足でいればどこでも眠れるわけだ。寝付きもいいわけだ。つまり日頃眠りすぎているってことか。それにしても赤ちゃんだったら親が眠かろうが具合悪かろうが疲れていようがお構いなしだが、楽になったものだ。って、高校生に向かっての感想でもないか。何もかもあっという間で赤ん坊も高校生もいっしょくた。
by kienlen | 2011-07-31 20:27 | その他雑感 | Comments(0)

自明は不明でもある

今週は珍しい忙しさだった。家にいる時間がなくて書けなかった。友だちに「似合わないからやめて」と言われたが、そうでなくても4、5日が限界。もっとも東京行きが入っていたことがせわしい原因といえばいえる。タイ料理のパーティーがあるということで行ってみる予定にしていて予約してあった。キャンセルしたいくらいだったけど、それもいけないだろうと思ってがんばった。その日は早朝からの出で、昼の忙しさがピークの日できゅうり採りも休みをもらってあった。へとへと気味で夕方の新幹線に乗った。友人が一緒だったのは幸い。ずっと話ながら行った。会場と思われる場所は表向きは明かりひとつ漏れていないただのオフィスビルだが入り口にたくさんの飲食店の電気看板が並んでいてもしや全体が飲食店ビルかと思わせるくらい。そのうちのひとつに会場の店の名前があった。地下1階とある。目の前にはエレベータしかなく、何の疑いもなくエレベータに乗った。すると管理室とかボイラー室だけの狭い空間に出た。ひとりだったら怖くなるような空間。ここであるはずがない。戻ってもう1度看板を確認したけど地下で間違いはない。

途方にくれていたら友人が「あっ、これ」ともうひとつの看板を示した。そこには、その店がすでに閉店していることを説明する貼り紙があった。何が何だか分からない。パーティー自体が詐欺だと思うには会費は当日払いだから被害はなし。もっともここまでの時間と新幹線代は高くついているが。こういう風に途方にくれるってめったにない経験。ふたりいたのが良かったのか悪かったのか実は分からないのもこういう時で、ひとりならその辺をうろうろしてみたかもしれないけど、ふたりだから「何、これ、どうなってんの」で顔を見合わせているだけで時間が結構たってしまうものなのだ。可能性をいろいろ吟味。でもどう考えてもこの場所しかない。しょうがないから無駄とは思いつつ、ビルの前で携帯を使っていた男性に「この店ご存じですか」と聞いてみた。「僕も初めてだけど、地下なら隣に階段がありますよ」と言う。それで通りに面して壁の向こうに階段があるのを知った。つまり看板の並んでいる向こう側。看板を見ている限りは絶対に分からない場所。東京って何て分かりにくいのでしょう。それにしてもパーティーやるのにあまりに不親切、というのは上京者の発想で知っている人には思いつきもしないことなんだろう。30分も時間を費やして開場ぎりぎりに受付。あまりのことに事情を友人がちょっと話したら「そーですか」という反応。私もびっくりしたが、友人も。それでもう台無し。「東京には住みたくない」という言い方をしたら友人も同意。安くない会費だし客のつもりだったけど、そういう従来の関係とは違う輪で行われているのだろうと感じたパーティーだった。心地よいかと問われれば、パーティー嫌いなのは別にしても「いいえ」としか言えない。
by kienlen | 2011-07-29 04:22 | 出来事 | Comments(0)

眠いけど

明日はきゅうりの収穫を初めて休む。理由が別の早朝仕事があるからということなので寝坊はできないけど、いつもの4時前が5時起きで良しに延びるとひじょうに気が楽でつい夜更かし。はあ、あと2日、なんとかやれば後は暇になる。突然の拘束で料理もできなくなった。せっかくいろいろやる気になっていたのだが。今日も1日拘束だったので、きゅうり採りを4時過ぎからやって早く終了させて拘束されに行けるようにしたら、4時過ぎではまだ真っ暗できゅうりが見えなかった。それから炎天下自転車で走ったり歩いたり。合間に小さな動物園に寄った。子どもが小さい頃に結構来た。とても小さいけど無料なので散策にもいい。で、アシカをずっと見ていた。これ、子どもが小さい頃どころか自分が小さい頃にも見た記憶がある。猿も。感傷的になって涙が出た。はあ、ほんとうに時の経つのは速い。

それから美術館の中の喫茶店に入った。展示を見たかったが、それよりも一休みしたくて喫茶のみ。喫茶は初めて入ったけど、広々していていい雰囲気。これは打ち合わせなんかに良さそう。早速そういう需要のある友人に教えようと思った。駐車場もある。車だと行きたくもないファミレスになるのが不満で、それに代わる場所は頭に入れておかないと。東山魁夷の絵が飾ってあるカフェだ。昼下がりの時間帯。コーヒーというのもなあ、ソフトドリンク類は苦手だし、ということでドイツのビールを頼んだ。3時に起きて歩き回っていたので本を読んでいたら眠りそうだった。昔歩いた公園を自転車を引っ張って歩いた。明治33年に設置された本市最古の公園だそうだ。高校もこの近くだった。娘に、時間のある時に動物園に寄ってみれば、近いんだから、とメールした。小さい頃のことを覚えているかなあと疑問だったが、最近まで行っていたから知っていると言われた。懐かしい時間。明日は上京。バスで行きたかったけど新幹線を使うしかない。交通費かかるなあ。泊まる予定にしていたのに、それもできない。年に1度あるかないかの日に重なってしまうとは。眠い…。
by kienlen | 2011-07-26 22:59 | その他雑感 | Comments(0)

タイに縁のできる友人

今朝出かけようとしている時に、長らく会ってない知り合いから電話があった。「教えて欲しいんだけど」が挨拶代わり。何かと思ったら、知り合いがタイで結婚式を挙げるのに招待されているが、何を着ていったらいいかとか注意事項はあるかということだった。この人は旅はもっぱらヨーロッパでタイには全然興味がない。最近はイタリアにはまっているという。まさかタイに行くことになるとは、という感じがありあり。私だってとても教えられない。どこでやるのか、バンコクか田舎か、どういう階層の家か、年齢は。そういえば日本の結婚式ってその点でかなり画一的ではないだろうか。ま、結婚式に限らないけど。いろいろあるといったって、似たようなものだ。田舎の村で知らない人も集まって延々と騒ぐなんてことはないだろうし、式場をどうするかとか演出をどうするか程度。よって日本の結婚式に招かれたらどうするかで、とんでもない格差を想定しなくてもいいように思う。

だいたい私がバンコクを離れてもう長いので今の様子が分からない。もう日本みたいになっているかも、と思ったりもするが、全部がそうなってるはずはない。お葬式に行った時も、ここまで伝統的にやるのかと本当にびっくりしたし。ただ今回のケースを聞いてみると留学先のアメリカで知り合った日本人男性とタイ人女性で都会の人らしくてごく若いというから、田舎風じゃないとは思われる。となるとホテルかと思うけど、私も結婚式には1度しか出たことがないので疎い。「黒は駄目だよ」と言うと「それは知っている」と言われた。服は現地調達がショッピングの楽しみもあっていいんじゃないかと勧めておいた。彼女は素敵な社交ダンスの先生だからお似合いでしょう、と思う。結婚したらこっちに住むそうだ。タイと関係ある人が増えるのは楽しい。今年はまだどこにも行ってない。年内にどこかという希望は持っているけど。何かきっかけが欲しい。
by kienlen | 2011-07-24 18:05 | タイ人・外国人 | Comments(0)

朝から考え込んだ

いつものように3時50分起床。いつもの弁当作りがないのでパソコンのぞこうかとスイッチを入れたら画面が固まってしまった。しょうがなく強制終了。猛暑の何日間は打撃だったかもと心配していた。またスイッチを入れた。画面真っ暗。しょうがなくまた強制終了。しかし感触としては機械よりもモニターが駄目になったように思う。気付くとモニターのスイッチが切れている。入れようとしたが入らない。前にモニターが壊れて夫の兄から中古品をもらって使っていたから寿命かもしれない。モニターの寿命って一体どれくらいいなんだろう、そしてこのモニターっていつのものだろう、知らないメーカーだし、などと考えつつ、しかし今日明日はやることがたまっている、こんな時になぜ、と青ざめている時間もないので、目の前の処理に集中することにしてきゅうり採りに行った。落ち着かない。きゅうり採りが思考力を必要とする作業じゃなくて良かった。心がどっかにあってもできる仕事って和む。

戻ってから、ここで時間を使うのは諦めて修理したノートで2日間を乗りきろうと取り出したのだが、ネット接続ができない。いろいろやってみたが駄目だ。修理直後に1度はできたんだけど。で、次は予備のパソコン。子どもが使っているけど、こいつが一番頼りになるのだ。これは使うのに問題はないけど、当然ながら子ども仕様になっているのである。以前自分が仕事で使っていた時と装いが全く違っている。どうもやる気になれない。一応メルアドを自分ので使えるように設定して、ここで作業と思ったが駄目。やる気になれない。こうして機械に翻弄される人間になっていくのだとしみじみ。で、とりあえずモニターだけ取って自分の機械につなげることにした。絡まった線をほどいて運ぶ。駄目になったモニターをはずす。と、線と線のつなぎ目が緩んでいることに気付いた。コンセントが入ってない可能性は最初から考えてチェックしていたけど、ここにこんなつなぎ目があったとは。もしやの希望を抱き、もう1度接続したら無事つながった。何だったの、ここまでの時間。日頃手の届かない所の埃を拭くことはできたけど、それって暇な時に回したい。ただ、さすがに4時前に起きるとこのようなアクシデントに対応していても、いつもならヘタすると寝ている時間でしかないということはありがたい。それにしてもパソコンの故障って生活における最大級のリスクだなあ。これって本当に進歩していると言えるんだろうか。分かる範囲で生きられる人生から離れるのが進歩ってことか、不思議だ。
by kienlen | 2011-07-23 08:59 | 出来事 | Comments(0)

「アレクセイと泉」

劇場で上映するというから見ようと思っていた。期間はたった1週間。気付いたら昨日しか行ける日がない。ランチを約束してあった友人に「映画見るから駄目になった」と連絡し、午前中のちょっとの予定の打ち合わせへ。それがちょっとじゃなくなった。間接的にいろいろつながっているような規模の町なので、初対面だった相手と話せば話すほど仕事でニアミス関係があったことが分かりついつい雑談で長引いた。それで何だか映画の気分でなくなった。やらなくちゃならない仕事の間接的上品な催促もあり、映画の場合かよ、である。で、キャンセルした友人に「やっぱり食べよう」と電話して食べた。それから在宅仕事少々。でもどうしても映画が気になる。結局夕方の上映のに行くことにした。やることやってないんだけど。で、結果的に、実にいい映画だった。観て良かった。チェルノブイリの原発事故で居住できなくなり地図からも抹消された村、原発から190キロ離れた村に自主的に残った50人くらいの村人の生活の様子を淡々と描いたドキュメンタリー。ということは知っていたので退屈かなあ、などと思っていたのだが、そんなことは全くない。

美しい映像、美しい音楽、それと人間存在そのものという感じの暮らし。つまらん説明などいらないのだ。ほとんどは高齢者で、たったひとり30代の青年が残った。高齢者は力仕事ができないから、この青年アレクセイは引く手数多。みんなよく働く。で、物語には中心が必要であるから、それが「泉」。放射能汚染がひどいのに不思議なことにこの泉からは検出しない。だから村人が生きられる。こんこんと沸く泉の様子がクローズアップされる。私の生まれた村は常に水不足で、よく井戸に水くみに行った。一体どれくらいの深さがあるのだろうかと怖かった。水くみのあの感触は分かるなって感じ。あっちの井戸はもうない。あのままだったら使えたかもしれないのに。いろいろと失うことにより文化生活にシフトしたのだ。いい気分で見終えた。知り合いがいてお互いににっこり。携帯に着信がいくつもあった。コールバックするとそのうちのひとりがすぐ近くにいる模様だったのでちょっと会うことになった。娘の夕食までに戻る約束だったからほんのしばらく。ビールと餃子などをごちそうになる。迷ったけど見て良かった。
by kienlen | 2011-07-22 18:58 | 映画類 | Comments(2)

三者面談前のパスタ

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娘の高校の三者面談に行った。三者じゃなくていいそうだと聞いてきた娘は行かない予定だったのが、今になって三者じゃないと駄目ということになったらしく少々不機嫌。学校のすぐ近くに気になるカフェがあった。ちょうどいい機会だから面談の前に一緒に食事することにしていた。古い家屋を使っている今風といえば言えるカフェ。靴を脱ぐので冬は面倒かもと感じたが、素足で歩きたい床だった。ちょうど自分が欲しいと思っていた椅子。とてもいい雰囲気で、オーナーの男性も静かで普通な感じで違和感なし。ランチは2種類のパスタから選ぶようになっていた。自分用に選んだのが「枝豆とツナのペペロンチーノ」で、娘用には「ナスとベーコンのトマトソース」を。パスタは特に好きというわけじゃないが、今日のはかなり美味しいなあと感じた。

学校のすぐ近くの店なので我々同様、面談前のランチの親子がいるのかと思ったのに一組もなかったのはびっくり。食べ終えて学校へ。先生はいかにも先生というか爽やかタイプで話もよくする。中学の担任なんか話題がなくてすぐにおしまいだったし、娘も「先生との話は1分」と言っていたのと真逆だ。面白かった。先生って職業もすごいなと改めて思う。やればできると言わないとならないんだから。教室に向かって階段を上っている時に突然娘が紙切れを渡すから何かと思ったら成績表だった。突然渡されてもびっくりするしかないが、ひどいもんだった。先生がいろいろ言うけど、どうも当人に言えばいいことを親に言っているようで返答のしようがなかった。そういう先生はたまにいる。多分ご自身の親がきちんと教育するタイプだったから親が子どものことを把握しているのが当然と思い込んでいるのかもしれない。ということでもう話は全然かみ合わないのだった。先生の描く良い生徒像というのはひじょうに分かりやすかったので「先生のおっしゃることはよく分かります」と申し上げておいた。だからといって子どもがそういう生徒でないこともよく分かっている。一応親なんで。
by kienlen | 2011-07-20 21:47 | 家族と子供の話題 | Comments(0)

映画「神様のカルテ」

朝から気分が冴えない。原因は、もしかしてこの映画かも。昨夜、試写会で見た。原作が話題作というのは知っていて、でも読んだことはなし。特に読む気もなし。原作と映画は別物だし、と思って見に行った。俳優さん達も有名どころらしい。さすがの自分でさえ名前を知っている方々。主人公役の桜井翔という人は知り合いのカメラマンによく似ているじゃん、と突然思った。試写会は力が入っているみたいで見たことがないくらい大勢集まっていた。えらくボリュームのあるアンケート用紙も配布された。期待していないとはいえ、ここまで力を入れるってことは面白いのかも、とちょっと日和って期待してしまった感もなきにしもあらずで、これがいけなかったのかどうか、そんなこともないと思うけど、終了後に年上の友人に電話して「もー、ますます世の中についていけません!私って感受性なし、歳のせいでしょうか!ビール付き合って下さいよ!」などとほざいてしまった。苦痛な2時間9分だった。頭抱えたりそわそわしていたかもしれない。お隣に迷惑だったらすみません。

何が苦痛の理由かというのは、自分の歳のせいにしておこう。これはつまりここ何年かの「ゆるい」とか「まったり」とか「癒やし」とか、そういう系統の映画ってことなのかなあ。そういう系統があるのかは知らないけど。後期青春映画というのかなあ。そういうのがあるのか知らないけど。この程度の後期青春を示されてもなあ。しらける、って言葉が何十年ぶりかに浮かんできた。アンケートには泣いたかどうかを問う項目があった。号泣って選択肢もあった。これで号泣できる人ってどんな人なんだろう。医者とか看護士とかガン患者とか、つまり登場人物のようなステイタスの人が見たら感動するんだろうか。この程度の想像力はなくないつもりだったけど、甘かった。アンケート用紙に「何が面白いか分かりませんでした、すみません」と謝罪なんかしてしまった。スローなのにかしゃかしゃ感というか、丁寧さを感じなかった。誰をターゲットにしてんのかなあ。そういう項目もあったので「中高生」に丸して、帰ってから娘に「子どもが見たら感動するのかな、見て何がいいのか教えてくれ」と頼んだのだが「ヤダ、面倒」と言われた。いい映画を見ると数日間気分がいいのだけど、反対もありだなあ。ちょっとけた違いでした。
by kienlen | 2011-07-20 08:59 | 映画類 | Comments(4)
昨日の夕方、娘とビーズ展を見に行った。事情があって義理みたいなもの。普段行かないデパートなのでどうも足が向かない。そのせいもあって時間的にはギリギリになってしまった。何も買わないのもなあ、お世話になっているし、と思うがあまりの量の多さに迷って決断できない。ということは、直感的に気に入るものがなかったということでもあるんだけど。するとビーズ手芸の体験コーナーがあって、これが結構いいお値段。娘がやりたいというのでこれで義理を果たした、ではあまりに安易ではあるがそこそこに果たしたことにする。仕上がらないうちに時間切れになり翌日もまた行くことにしたそうだ。ごくろうさん。出たついでにラーメンでも食べるか、ということになり知り合いの香港人がやっている店に行った。ものすごい忙しそう。どう見ても厨房に人がいる気配がない。「忙しそうだね」と声かけると「今日休みの予定で棚卸しに来たらお客さんが来ちゃった」というのだがほとんど満席である。走っている。手伝いたいくらい。これじゃあ当分来ないだろうと踏んで、ラーメンを待つ間に娘に書店まで走らせることにした。ネット注文してあったものを受け取るため。

そしたら意外に早くに水餃子がきたので娘にメールした。ラーメンきちゃったらちょっと困る。それを心配したのか急いで戻ってきた娘から受け取ったのがこの本。これは面白い本だった。興味ありそうな友人にも勧めよう。私は著者の若杉友子さんという方を知らないが、どうも自然食の世界では有名な人のようにも感じられる。簡単に言うと草を食べようというもので、激しく同感。やはり基本的に不思議なのは、草なんか消毒しなくていいし水をやる必要もない、だのになぜわざわざ手間のかかる野菜を作るんだ、ってことで、私は草は好きだがひじょうに残念なことに知識がない。この世代で昔の知恵がかなり失われていることを実感している。ウチは母が近代や都会へのあこがれの大きな人だったことの影響は大きいと思う。そうでなければあの山暮らしでもっと知恵がついたはずなのに残念。でも、子ども時代に押しつけがあると嫌いになることもあるから、分からないけど。この本を読んで納得できるなと感じたのは、体質によって健康にいい食が違うということ。それは陽と陰で分けているからで、大豆や玄米のように誰にでもいいように思っていたものがそうでなもないという理由になるほどと思った。レシピ本じゃないというのがいい。レシピはあるが分量はない。一応はかりはキッチンにあるけど分量をはかろうなんて思わない自分のような者には無駄な数字が並んでなくて実に結構。
by kienlen | 2011-07-19 09:35 | 読み物類 | Comments(0)

『決断力』

羽生善治著の角川の新書。娘が先に読んでこっちに回ってきた羽生関連本3冊のうちの2冊目。これはどうかなあ、この歳になって読むんじゃ遅いというか、もっと若い時ならなるほどと思えたかもしれないが、しかし私はもともと人生訓みたいなのはごくごく若くて苦しんでいた時を除いてはほどんと興味がないので、テーマとして最初からいまひとつなのだった。それで書店で見つけた時に買わなかったわけだ。その印象は当たっていたなというところ。なんで買っちまったかというと、アマゾンで大人気だったからというのが大きい。どーも、最近、あの評価と自分の感想の違いを感じているところ。そういえば昔から売れ筋本で面白いと思ったのはそんなにないしなあ。やはり一般読者を想定するとこういう一般的な本になるのはしょうがないんだろうな。つまり想定読者でないってことなので本が悪いわけじゃない。羽生さんの姿勢とか誠実さとかよく分かって好感は持てたし。

この間の米長さんとの対談が面白かったのは、米長さんのある種の毒というか、さすがに年長者の貫禄というか、それと謙虚さの同居がひじょうに面白かったし参考にもなったんだということを、こっちを読んで改めて感じた。あとは全体的に起伏がないというか、あるところから入ってくる感じがなかった。ずしんとこない。かといって軽いわけでもないのがなんか微妙な感じだった。結局自分が何を好んでいるかを知るだけじゃないか、知ったからって別にいいことがあるわけでは全然ないのに。もっともいいことを求めて生きているわけでもないからいいんだけど。何でもいいのだ、という割には結構うるさい自分かもしれない。いい意味の優等生の人生訓ってところで、内容は悪いとは思わない。若い人なら楽しめるかも。なるほど、歳を感じるのはこういう時なのだ。
by kienlen | 2011-07-18 12:01 | 読み物類 | Comments(0)

信州で読んだり書いたり、時には旅したり


by kienlen