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洗濯物の量の謎氷解

このところ洗濯物の量が少ないと感じていた。こういう時、多分もっとちゃんとした人なら「なぜだ」と疑問に思うのだろうが、私の場合は「少なくて楽」としか思わない。こういう方面の探求心はもう全く皆無である。で、本日日曜日は夫の休日。いつものようにどっかに出掛けていたが、合間に洗濯機を回している。今日は私も洗濯をしてカゴの中には残っていないはず。「何洗濯してんの」と聞くと「自分の服」と言う。そうだ、洗濯物の量が少ないのは夫の物がなかったからだ。「どっか別宅でもあってそっちに置いてあるわけ?」と聞くと「違う、あっちに別に取っておいた」と言う。あっちというのは、すぐそこ。さすがに理由が分からないので聞くと、つまり私の干し方が丁寧さに欠け気に入らないので、自分の服だけ自分で干すことにしたというわけだった。なるほど、納得。

だいたい家庭内の喧嘩というのは、こういう些細なことが多い。食器の洗い方が違うとか、相手のやっていることが気にくわなくて自分に合わせようとする。そして気になる部分というのは人によって大きく違う。前にも「味噌汁の味の好みが違ったらどっちに合わせるのか」と独身男性から聞かれて「それぞれ好きに作ればいいでしょ」と答えて、なぜかびっくりされたが、面倒がなくお互いが無理しないのはそれじゃないだろうか。そういう空気というのは子どもも感じるのかどうか、我が家の場合、全体的に、人に要求して面倒になるよりも別の方法を探そう感に満ちているようにみえる。これはある意味の逃げにも思える。相手を説得する術も身に付かないかも。それよりも歩み寄りというのが身に付かないかも。困ったなあ。実は日々感じるのである。ちょっとこっちが分からないでいると「もういい!」と娘はプンとなる。「もうちょっと説明してくれないと分からないよ」と言ってもプンである。もっと葛藤する姿を見せた方が良かったのかと思ったりもする。
by kienlen | 2011-02-27 21:52 | 家族と子供の話題 | Comments(2)

もうじき受験

父母が朝突然訪ねてきた。といっても野菜を届けるのとウサギ用の草を届けるためで寄ったわけではない。娘の受験高が決まったことについて母が「ママの制服取ってあるからね」と言った。「制服あると助かる、高いもん」と言うと父が「お前がそんなことばかり言っていたから●高にしちゃったんじゃないか」と母に言った。●高というのは私も昔通っていた高校だ。母校という言い方もあるが、それほどの愛着はない。高校時代は学校が嫌だったし人生も嫌だったしものすごく暗かったし、体調も悪かったし遅刻と早退でひどいもんだったし、そもそも勉強についていけなかったし下宿ではひとりぼっちだったし。ただ友だちがいたのが救いだったかもしれないと、今になると思う。父母が帰った後、娘に「じいちゃん、■高校に行って欲しかったんじゃない」と言うと娘も感じたようで「あの言い方はそういう感じだったね」と言う。で、「なんで■高校目指さなかったの」と聞くと「別に」と言っている。

■というのはこのあたりで偏差値一番の学校。●というのは、今は落ちぶれているというか普通になっているが、私が通っていた当時は有名な女子高だった。男は■、女は●という感じ。今でも、同世代以上の特に男性にはひじょうに受けがよろしくて、成り行きで出身高の話になると「え、当時の●高っていえば…」という反応。若い世代及び地元民以外には全く通じない話だが。かといって私はそこで落ちこぼれだったから上の世代から「後輩ね」と言われても「あ、そんな…あんまり学校行ってないし」と申し訳なくなり、そのくせ「先輩ですね」と言われると、あなたの世代と私の世代の●高は違うんだ、みたいなてんてこなプライドみたいなのが顔を覗かせたりもする。で、結局のところ、歳を取るとどーでもいいのである。しかし、仕事をしていて■高閥みたいなのは確実にあり、女子高だった●が社会的に不利であることは充分分かる。かといって「有利だから●高目指せ」と本気で言えない親。息子は勉強にむくタチではないが娘は本気でやればもっとできるようにも思うので、■がはるかな夢とも思わない。周囲には小学校の時から■を目指してはっぱをかける親がいるのは、娘も身近な友だちで知っている。もっと励ましていたら違っていたかもと思う。もしかしてかわいそうかも、と思わなくちゃいけないのか、と逡巡しているところに娘が「■は小学校の時から嫌なの。だって頑張り屋さんが多そうじゃない」と言った。ガンバレを、あまりにも言わなさすぎだったせいかな。自分が親に対して「勉強しろと言って欲しかった」という恨みを持っていながら自分がこれじゃあな。まあ、どこであれ第一志望に入れると嬉しいってところ。
by kienlen | 2011-02-27 15:48 | 家族と子供の話題 | Comments(0)
ひどく時間がかかってやっとのことで読み終えた。登場人物が多くて途中で挫折しそうだったが、そう思ったあたりから人物が整理されてきて面白くなってきた。最後はやめられなくなり、一気に読み終えた。特に、溥儀を満州国建国のために連れ出して軟禁みたいにしていたあたりのところは臨場感たっぷり。そういえばタイで観た「ラストエンペラー」はかなりカットされていたんだった、なんてことを思い出した。それにしても満州と阿片の関係なんて全然知らなかった。里見機関なんて聞いたこともなく、知らないこと尽くし。あまりに知らないので理解力も足りないのだが、関係者を探しながらじょじょに点と点がつながって事実が浮かび上がる過程を著者と供にする構成になっているので、複雑な人間関係を全部理解できなくても、ハラハラしながら読み進めることはできるようになっている。

最後にはかなりの事実が明かになり、すっきり感は得られるし、それにそれぞれの人物像がリアルに想像できるし、人間関係の持ち方に対する著者の説明というのも違和感はなかった。男女の関係部分の説明の描写の仰々しさがなんかおかしかったけど、まあ実際のところ仰々しい振る舞いであったということでもある。文庫本の文字が小さくてちょっときつかったけど、文庫版のための補足部分は重要で面白い。戦後という時代の狭量さというか、それを里見に心酔した人物を通じて伝えているあたりは、なるほどなあって感じ。満州国についてもっと知っている人が読むと多分もっと面白いのだろうと思う。あまりに無知な自分。
by kienlen | 2011-02-26 23:47 | 読み物類 | Comments(0)

素直な親に素直な子

娘が「高校生になったら漢字検定受けてみようかなあ」と言う。「受けたければ受ければあ。でも何で漢字検定なの」と聞くと「先生に受ければって言われた」と言う。担任の先生大好き娘。本を読んでいて分からない字があるとよく聞いているようであることは感じられる。それでそういう話になったらしい。「漢字ってただ覚えればいいから」と言うから「ママ、覚えるのって苦手。考える方が好き」と言うと「だからあ、読解力は考えるでしょ、漢字は考えなくていいでしょ」と言われる。そうですね、仕事だって考えなくちゃいけないのに混じって考えなくていいのがあるとすごく和むもんな。それからふいに「茂木健●郎って人知っている?」と聞くので「有名だから名前は知っているしテレビに出てるから見たこともあるよ」と言うと「模試にねえ、あの人の文章がやたらに多い」ということである。

「面白いの?たくさん書いていると思うけど、なんか、全然読む気にならなくて読んでないんだよね。話しているのも面白くないし…」と言うと実に嬉しそうに「もう、あちこちの業者の模試に出てくるけど、どれも同じでつまらなくて、ああいうテストって相当手抜きで作ってると思うよ」と言うのである。そこで私は自分の好きな書き手の名前を挙げてみると「ない。あるのは●●とか●●とか、感動させる系。多分ママも好きじゃないと思うよ」と言う。いやあ、何に感動するかは人それぞれなのでそう言い切ってしまうのも問題ではあるが、ついつい「子どもをバカにしているんだよ、きっと」なんて言ってしまった。見てもないのにすみません。冗談です。ただ、何かもう出来悪い息子が典型で、教育産業の餌になっている感拭えず、そんなテストのために人生左右されない人間になっていただきたいと同時に、しかしそういうテストを受けざるを得ないわけである。よって、時間を無駄にし過ぎず、でも適度に点数は取らないとならないというあたりでがんばってくれ。教育費の重みに潰されそうでひねくれてしまう自分。
by kienlen | 2011-02-26 16:34 | 家族と子供の話題 | Comments(0)

朝の一人言

昨夜、フェイスブックに知り合いの名前が現れた。こういう仕組みの恐ろしさを別にすれば別に珍しいことではないが、その名前を見てびっくり。ずっと消息が不明になっている友人である。連絡が取れなくなった時、私は直感的に「先方の事情で関係を絶ちたいに違いない」と思った。私自身は誰かと関係を切りたいと思うことは特にないし、仮にあったとしたら、特殊な場合を除けば、自然に遠のくだろうと思っている。しかし例えば、毎日話していたような大変親しかった人が、自分にとっては心当たりがないのに突然音信不通になったらやっぱり心配するだろう。で、その友人に対してそういう関係である友人がひどく心配しているので、私も心配になって何度か電話したりメールを送ったりした。分かることは電話もメールも生きているらしいこと。でも返事はない。やっぱり何か事情があるように感じられる。そして多分ただコイツと話しているだけでうんざりするということはあるのだろうと思う。被害者意識にかられている時に、被害者意識部分を刺激されるような無神経な話をするヤツとか、極度に金に困っている時にそんな状況になったことのない人が妙に分かるような顔をしたりとか。まあ、想像ですが、乏しい想像力を駆使しての。

というのは、自分もそうしていろいろな人から嫌われてきたんだろうな、ということを今になってひしひしと感じる。だからその友人に対してそういう感じを抱かせたのかもしれないと、想像する。ここで大きな問題は、自分にとって、生きる上での課題みたいなもののひとつが、ここにあるということである。つまり、ヘタに傷つかないためにはどーするか、ということ。全くなあ、というのが今の心境。自分がこっちの方向で努力している間に自分にとっての標準値が上がるから、これでよしよしと思っていることが、逆説的にはそういう方向性でない人との距離を広げることになるんだろうということに気付くわけだ。この友人のケースが相当するのかどうか分からないし、こんな自分の解釈に自信があるわけでもないのだが、それについて思いを馳せることの多いこの頃。
それにしても恐ろしきフェイスブックの仕組み。この間の映画ではビジネスとしての面に焦点があって、フェイスブックそのものについて触れてなかったのが残念。それとも自分が気付かなかったのか…。とにかくその友人の名前がフェイスブックにあったことを、うんと心配している人に知らせたら即返事があった。「別の友人からも同じ情報が入りました」と。
by kienlen | 2011-02-24 09:25 | その他雑感 | Comments(0)
はあ、昨日から今日にかけてはたくさんの外国人さんと出会った日だった。昨夜は「例のラオス人がパーティーをやるそうだ」と夫から言われていた。「紹介する」とも。例のラオス人というのは、この間店に来た人だそうで、どっかヨーロッパ生まれのラオス人ということだから「難民の子どもかな」と言うと「そう」と言うが、事実確認をしているのかどうかは知らない。自分は比較的根掘り葉掘り聞いてしまう方かもしれない。そういう自分からすると夫というのは、一体人と何を会話しているのかと不思議なくらいに情報量が少ない。まあ、店をやっていて根掘り葉掘りは御法度であろうから、これはもう職業柄であり、私も店をやっていたら性格も違っていたと思う。他にも友人が来るということになっていたので早めにお店へ。厳しい寒さが和らいで自転車が快適。出掛けるのが億劫でない季節だ。夏になると日焼け止めを塗ったりが面倒になるから今が一番いい。

そのパーティーの面子は、見事に白人さんが多かった。10人以上集まった。外国人さんはよく見かけるから別に珍しくないけど、ナニジンか知らないがここまで白人さんばかり集まるのも、ここはどこ、って感じ。隙を見て夫がラオス人を紹介してくれた。タイ語を話すのでタイ風の挨拶をしようとしたら握手された。「どこのご出身で」と尋ねると「オランダ」と言うことだった。「なんでタイ語ができるんですか」と聞くと「ボランティアに行ったから」。隣にいた日本人が話しかけると日本語で答えていた。日本語も少しできるらしい。何でここにいるのか聞いたらホテル勤務だった。「今日のパーティーはどういうご関係の方々で」と聞くと「あれがガールフレンドで、あれが彼女の妹」と言うだけで、もう時間切れで宴席に戻って行った。そこにネパールでボランティアをしている友人が入ってきて、外国人さん達の中に入っていき、私は帰宅。そして今日はアメリカと日本を行き来しながら育った人と話した。興味深い話の数々。その後タイ人とビールを1杯だけ飲んだ。明日は韓国人の経営する会社へ行くんだった。居ながらにして国際的に活躍…している気分になったりして。
by kienlen | 2011-02-23 22:28 | タイ人・外国人 | Comments(0)

なんか違和感な対応

あまりエネルギーレベル高くないので、なるべくエネルギーを使わない生活を心がけている。すると、かっとするような場所には出たくない、ということになる。かっとすることで何日分かの力が失われると困るから。これぞエコ生活…かな。今日、私は県の収入証紙というヤツを買わなければならなかった。娘の高校受験の願書に添付するのだそうだ。娘が締め切りギリギリになってから、それを貼ってないことに気付いたということで日曜日に「県庁に売っているから買って」というのだった。県庁日曜日休みよ。すると「じゃあ、月曜日でもいい」という。ついでに「市役所にもある」と言う。市役所の方がよほど近い。月曜日、つまり本日、私は出る用事があり、それも長丁場だし、朝を逃したら市役所の営業時間内に間に合わないことは確実。その上、自分の用事以外は、極度に忘れっぽい。子どもの用事はたいてい忘れる。子どもが言ったこともたいてい忘れる。これもエネルギーが足りないせいである。そっちに頭も力も回らないんである。子どもはそれを分かっているから対処方法を身につけている。でも受験を逃すわけにいかないから付箋に「収入証紙」と書いて目に付く場所に貼っておいた。

そのおかげで朝はちゃんと覚えていた。仕事をちょっとやりたいのを我慢して市役所に行った。売店に行って「県の収入証紙下さい」と言った。「いくら分ですか」と言われた。当然。娘からは2200円と聞いている。が、金額間違ったらどうしようもないから「公立高校の受験用なんですが」と言った。通常の商品知識の中に入ると思ったから。すると「いくらですか」と聞き返された。「あ、そんなにたくさん種類あるんですか」と聞くと「そりゃ、10円から何万円までありますよ」と言う。まあ、そうだろうけど「公立高校の入試なんですが」と言ったが全く歯が立たない。金額だけくどくど聞かれる。すると2200円が怪しく感じてしまう。ヘンな心理。市教委には知り合いが何人もいるから「内線で市教委につながりませんか、聞きます」と言うと「高校は県ですよ、ここは市ですよ!」とバサッと言われた。ここまで言うかなあ。いっそ「あらら、子どもの受験なのに金額も知らないなんて!!」と言われた方が一応ポイントは合っていると思うのだが。ずれついでに当方も「市教委には中学の先生だった人がたくさんいますからご存じかもしれませんので」と言ってみたがやっぱり歯が立たない。また管轄の話になる。行政機関って売店まで超超縦割りなんですね。本当にびっくりしたけど、県の証紙を市でも扱ってはいるのが不思議。しかし、どのくらい忙しいのか知らないけど、公立高校の証紙の金額くらい店員さんの知識として知りたくないのかなあ。私が店員だったら知りたい。そしてその場で調べる。仕事として必要な知識と思うから。かっとはならなかった。呆れた。
by kienlen | 2011-02-21 22:45 | その他雑感 | Comments(2)

船上の出し物

ベトナムの写真を見ていたら思い出した。これ。
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ホーチミンに到着したその日の夕食がディナークルーズだった。あまりに巨大な船に「こんなのが動くものか」と思ったのは大間違いで、本当に動き出した。でもその時には食事も大方済んで退屈。ビールもそんな大量に飲めないし、と思いながら、川縁の様子や行き来するボートを眺めていた。こういうのはバンコクで見るのと大差ないなって感じで。ステージ演奏は3人のバンドによる、かったるそうな軽音楽だった。聞き入るとか見入るというようなものでもない。と、次がこの出し物だった。燃えさかるフラフープ。最初はこうしてひとつ、そのうちに数個。そのうちに口からも火を噴いた。結構過激な出し物にびっくり。一緒にいた友だちはちょっと嫌そうな風だった。外人さん達が興味深そうに写真を撮っていた。私も。
by kienlen | 2011-02-20 20:34 | | Comments(0)

12人の怒れる男

1954年製作のアメリカ映画を念願叶ってやっと見ることができた。三谷幸喜の「12人の優しい日本人」を見て面白かったのにベースになっているのを見てないんじゃな、といつかいつかと思っていたのがやっと。しかも映画館のスクリーンで。カサブランカ同様、午前10時の映画祭の中のひとつ。これは何があっても見るのだと決意し、第三の男を諦めて臨む。全部観たら5万円にもなるから何かを諦めないと。昨夜、事情があって市内のホテルに宿泊した。それで、娘と朝9時半に映画館のロビーで待ち合わせて一緒に鑑賞予定にしてあった。チケットを買ってコーヒー飲みながら待っている間に何人かの知り合いと会う。娘はギリギリになって入ってきた。来ないのかとはらはらした。とにかく大変面白かった。陪審員の12人が小さな密室で、裁判の被告が有罪か無罪かを議論するだけという内容なのに、この面白さ。素晴らしい。深い。議論が進むにつれてその人の人間性や生い立ちなどが浮き彫りになってくる。

思わずうなづいたり笑えたり。満足だった。60年近く前のものだが、普遍性があるから名画なのであり、何年たっても見るに耐えるものであり続けるに違いないと感じた。娘も開口一番「古い映画って思えない」と言った。電車の騒音がポイントのひとつになるわけだが「電車の音は今よりうるさかったんだろうね」というのは今の子どもらしい感想になるだろうか。今さら見て感動というのも遅すぎであることは認めるとして、でも感動した。時代を感じさせるとすれば、希望に満ちていることかな。閉塞感よりも希望を感じる内容。民主主義とは、アメリカの価値観とは、正義とは、みたいな基本的なところで。今の時代にこそ見るべき映画といえるようにも思う。充実感があったので娘と近所のイタリアンの店でランチして帰った。趣味がなく暇な娘を持つ楽しみもある。中学生までは500円というのもギリギリありがたい。自分としては平日の空いている時にゆっくり見たいが、こういう機会でもないとチャンスがないかもと思うとあと何本かは同伴したい気がする。
by kienlen | 2011-02-20 14:01 | 映画類 | Comments(0)

春らしい話題

ちょっとあせって在宅仕事していた。はかどらない、駄目だ、能力低い、才能ない、ないないないない!と思って昼風呂から出たら携帯に電話とメールが各ひとつ。タイ人の中学生とその先生。折り返すと、タイ料理を食べながらパーティーやっているから来ないか、ということだった。ああ、仕事したい、というかしなくちゃいけない。しかしそっちも行きたい。空腹だし。そのタイの子は外国人枠を使わずに高校に進学するんだからおめでとうの一言くらい言いたいところ。ここは決断力である。「行きます」である。早めに帰るように車で出る。自転車だとビールになる可能性あり。自分のだらしなさをどうコントロールするかなのであり、だらしなさそのものを嘆いてもしょうがないのである。店に入るとやけに大勢いた。

合格した子と自分も支援に入っている子。つまりタイ人2人。それからフィリピンの子、そして中国人か韓国人かと思ったら日本人がひとり。韓国の子はお母さんから許可が出なかったということでキャンセルで残念。フィリピンの子は日本2年目で日本語の話す方は文字通りペラペラでおしゃべり。高校生になるタイの子を兄貴分として慕っていて盛んに「先輩先輩」と持ち上げている。しゃべるのは得意だが勉強はできない。そこで中学を出たらいったんフィリピンに戻り、あっちの高校を出てから日本語能力検定1級を取って、そして大学で日本という計画になっているようだ。がんばれ。その子のバースデーも兼ねて合格と誕生祝いのケーキが持ち込まれていた。日本人の子は特別支援教室の子ということだったが、南国の子達の明るさにつられて終始にこにこだった。先生はインドネシアに長いこと暮らしていた日本語教師。子ども達が引き揚げた後も話が弾み無料の駐車場の時間を超え仕事はますます遅れた。そういえば夜もパーティーだったな。こういう日もあるってことで、しょうがないってことで。
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by kienlen | 2011-02-19 15:48 | タイ人・外国人 | Comments(0)

信州で読んだり書いたり、時には旅したり


by kienlen
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