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神無月最後

在宅ワークで1日の予定が突然外出に。ついでに蕎麦まで食べてくつろぐあたりは余裕でもないのに余裕。夜は挫折しそうになったが、がんばって片付けた。今後はバリバリに暇なのである。バリバリはこういう時に使える擬態語なんだろうか。知らないが、その代わりに仕事以外の遠出が多い。合間をみて家の片付けをしたい。ホームステイの外国人を受け入れたいのである。機会があれば。カフェだって考えないとならないのである。機会があれば。家の前で友人の野菜を売る無人の直売所も設置するのである。残ったら私がいただけるのである。だから残って欲しいなんて不謹慎なことは言わない。

今日で10月もおしまい。免許の更新手続きも済ませた。ってことはまためでたく無事に年をとったということだ。車検が11月。冬支度をボツボツとする。生活をキチンとさせたい。できてない。
by kienlen | 2010-10-31 23:49 | その他雑感 | Comments(0)

仕事についての私事

趣味とか特技とかを聞かれることは年を取るとなくなる。若い頃なんてお見合いの練習とかで、そういうのを友達とやりあっていたものだったし、履歴書の必須事項でもある。昨日、久々に特技について考えた。趣味は読書とか手芸とか書いておけば良かったから困らないが、特技はないと思っていたが、あったことに気付いた。それは忘れること。昨日、仕事で嫌な思いをした。同時に、そういえばこのところ、この手の嫌な思いをしてなかったなということにも気付いた。それは最近の仕事相手が話しの早い人ばかりで運び方がスムーズだったからだ。悲観的な自分としては、こういうのが続くと「こんなことが長続きするはずがない」みたいに思ってしまう。そう思いながら、きっと不幸な人というのも幸福の中にいると「長続きするわけがない」と思ってしまって不幸の方に寄っていくのかもしれないな、それが安住の地なのかも、などと思ったりもする。もっとも幸だ不幸だは、主観的なもんであるから、仕事で「何、それ!」っていうのとは異なる。あ、何を脱線しているんだ。つまり忘れっぽいのは特技なんであると思うことにする。

昨日仕事の件で嫌な思いをした。この方の場合、今までも同じ思いを何度も味わわせてもらっている。それで業種の違う友人などは、何か仕事が発生しそうになると、最初から警戒態勢に入っている。それは多分、この方がそういう方だという過去の経験をストックしていて即座に警戒態勢が取れるのだと思う。その点、私なんか、よく覚えていない。ところが同じことの繰り返し。そこで、そういうえばこの方はこういう方だったのだと思い出す。記憶のストックルームの扉の鍵の整理がついていないのだ。さらに悪いことに、同じ事を繰り返すのを見ていると、うんざりというよりも、どうしてこの人はこうなのか、に興味が移行してしまう。そうなるとますます知りたくなる。そうやって目的がずれてくるわけだ。忘却の作用は色々だ。忘れるといろいろな事を新鮮に感じられる。ということは、自分自身ってつくずく進歩のない人間なのかもしれない。同じことを繰り返す相手に対して同じ対応。それを新鮮に感じてどうするんだよ。とにかく請求書は送らせてもらいます、の宣言はしておいた。結局問題はここで、最後のつじつま合わせだけしてもらえばいいんである、仕事の場合は。仕事以外だとそうもいかないから、きっとややこしいんだろうけど、そういえばそっちのややこしさにはあまり巻き込まれてないようだ。さすがに、忘れる特技をそっちで生かしたい、とまでは思わない。
by kienlen | 2010-10-30 11:12 | 仕事関係 | Comments(2)

映画:桜田門外ノの変

娘と映画を見に行った。それが「桜田門外ノ変」。映画の蘊蓄はもう全く分からないが、なんとなく見ることになったものだ。たまたま新聞を見ていたら広告があって「ふーん、桜田門外の変か、どんなんか見てみたいな」と思った。で、娘の担任が社会科で、娘はこの先生が大好きなのである。よく「先生と話そうと思って待ち伏せしていたけど『忙しい』って話してくれなかった」と言っている。「それってストーカーじゃない、先生、逃げているんじゃないの」と言うと「先生にもストーカーって言われる」ということだった。ということで、娘にすると話題を探したいわけである。私が「見に行こうか」と聞くと即乗り気になった。サービスデーが今日で、学校から戻っても行ける時間帯だった。映画の前にラーメン屋に入る。ヤキトリもビールもあった。「ビール飲みたいな」と言うと「飲めばいいでしょ」と言われたが、ビールを飲んだらトイレに行きたくなることは明白なので我慢。ラーメンのみ。古い映画館に観客は7-8人。「結構入っているね」と見渡していたら、娘が「なんか、利口そうな人ばっかり」と言う。いつも子ども用のばかりなので客層が違うのかも。

正直のところ、全く期待してなかった。しかし、面白かった!まず、私は桜田門外の変について知らない。自動的に「井伊直弼暗殺」までは出てくるが、単なる暗記の記憶だけで、それがどういう意味を持った事件なのかを知らない。あまりに知らないから、少し知ることのできたのが良かった。それと、くだらないシーンがなかった。テンポはゆっくり目で長い映画だったが、かといって間延びするんでもなく、全体に美しく描かれていた。時代劇というのはあまり知らないから語れるものを持ち合わせていないのが残念だが、つまりそういう素人の母親と中学生が一緒に見て楽しめる映画だった。社会科の先生に話すネタとしてもぴったり。期待していなかったこともあって満足度は高かったな。役者も良かった。武士道のイメージアップにもなる感じ。ことごとく礼儀正しい。礼儀、礼節なんて言葉を忘れている自分のような堕落した人間としては、ことごとく感心した。多分そういう意図は充分にあるんだろうという感じ。親子で楽しむ映画としてはとっても良かった。ちょっと歴史の勉強にもなったし。何しろNHKの大河ドラマも見たことがない者であるから、いろいろと新鮮だったってこともある。
by kienlen | 2010-10-29 23:04 | 映画類 | Comments(0)

4日ぶりだ

3日もあいてしまった。出歩いている。夏から秋を振り返ると、一応仕事したような感じがする。それが、一応という段階ではあるが一段落で出歩いてばかりいる。昨日も今日も、その前も1日外だったような気がする。昨日は友人の用事の運転で遠出。昼がひとりだったので道路沿いの蕎麦屋に入ってみた。前に、確か夫と来たことのある店だと思う。そうか、そんなこともあったんだ昔。メニューを見ると種類が豊富。別紙で季節限定という松茸蕎麦。季節限定の松茸は、この間の松茸ご飯で懲りてもいいはずだが、この店なら大丈夫かも、との淡い期待を持って注文してみた。運ばれてきたのがこちら。いい感じに松茸が入っている。
f0104169_212116100.jpg新鮮な松茸ほどの風味は感じなかったけど、それなりの風格は感じる味だった。野菜のてんぷらをセットにしてもらって1120円。なんとなく予想した程度には美味しかった。温泉地なので入りたい気はしたけど時間なし。往復ともに高速道路を利用。山合を行く。風が強くて寒い日だったのに、まだ紅葉していないのを奇妙に感じた。夜は本格的な寒さ。今日も寒い。暖房を入れると止められなくなるようで怖くてまだ我慢。娘が、寒い寒いと言うから見たら、まだ半ズボン姿ではないか。注意して長いのにさせる。こうして日数をあけるとどっから手をつけていいか分からなくなるから、明日からもうちょっと真面目に書こう。
by kienlen | 2010-10-27 21:38 | その他雑感 | Comments(0)

甘くみていた家庭科

スキップ2日間。仕事が一段落といっても結果待ち状態だし、細々したのを早く片付けたら考えていることを色々実行しなくちゃいけないと思っても落ち着いて次に行けない窪地の一休み的状況。ただ暇になっているので来日間もないタイの中学生との接触を増やすことはできた。それで家庭科の授業に同伴して、隣に付いて説明というのをやってみた。家庭科は他の教科に比べたら専門用語だって少ないし気楽にいこう、なんて考えは浅はかだった。その日は初回の授業だったので小学校で習ってきたことの復習が中心。「小学校で味噌汁作りましたね」なんて先生が言って下さるのだが、タイの小学校で味噌汁作るわけないし…。「味噌汁って知っている?」「知らない」と説明というか、話している間に先生はどんどん先に行くので聖徳太子でもない私はついていけない。栄養素の名前も、そっか日本語で覚えなくてはいけないのか。タイだったら英語からそのまんまなので楽なのだが。そしてとにかく学校の授業というのは、当たり前といえばそうだが読み書きが中心である。

配布資料は読める、が前提である。何書いてあるか説明している間にどんどん進む。ついていけない。自分もすっかりついていけない生徒になった気分。自己紹介を書く欄への記入時間が3分くらい与えられる。こういうことは日本人の子は慣れているんだろうな。全体的に内省的な印象を受ける。タイの学校がどうなのか私には分からないが、少なくとも与えられた課題をすぐには思い付かないようだ。そこでこそこそとヒントを与えてタイ語で言ってもらったのをごく超簡単な日本語にして、口頭で伝えながら、かろうじてできる平仮名で書かせる。スラスラいかないのですぐに時間になる。そして小学校で習ったことの復習のテストみたいな穴埋め問題。そして家でしている事というテーマの選択問題。「ゴミの分別」もあったけど、タイは分別してないよな、確か。いちいち説明を要する間にどんどん進む。「包丁を使える」という項目もある。伝えると「怖い」と言う。確かにあのタイのどデカイ包丁は怖いかも、なんて思うとまたいけない。時間がない。しかも「タイ料理だったら包丁使えなくてもできるから包丁使わないことイコール料理しないではないよな」なんて、質問されてもいない余計なことが浮かんできてしまう。ダメな支援者である。勉強ができないというのを自他共に認めている当人は平然である。分からないことが身に付いている方が異文化適応力があるかも、なんて逆説的に思ったりもする。
by kienlen | 2010-10-23 09:54 | タイ人・外国人 | Comments(2)

キノコな日々

直売所で山キノコを物色していたら、隣の男性が「残念だな」と何度も独り言を言っている。何かと思って聞いてみたら「買いたいけど日持ちがしないでしょ」と言う。遠くから来ているので家に戻るのが3日後だそうだ。「3日だとカビが出そうですね」と言うと、少々カビの出ているパックをわざわざ持ってきて「こうなっちゃいますよね」と言う。だから「洗えば大丈夫じゃないですかね。でもまあ味は落ちますよね」と私。名残惜しそうに、その男性はいつまでもキノコを見ていた。そうなると欲しくなるのが心理というものである。これが直売所の回し者だとしたら賢い商売であるが、確かにキノコ好きにとっては値段も手頃だし心残りなのは分からなくもない。地元民としてはその人の分までもと思ってたくさん買ってしまった。

この直売所では過日も、松茸を眺めていたら店の人から「それはロープをつけて崖を降りて採ってきたんですよ」と言われた。「へえ」と感心して聞いていたら、隣にいた男性が「僕も松茸採ったことがあるよ。人命救助で崖を降りたら、そこに松茸があったから」ということだった。消防か警察の人かと尋ねようかと思ったがやめておいてますます「へええええ」と感心した。そうなると欲しくなる松茸だがやっぱり高いから別のキノコにした。今日はムラサキシメジとヒラタケと一本カンコウとクリタケを買った。天然ナメコも美味しいから買いかけて、娘と2人でこんなに食べきれないと思い直した。購入後に父から「ナメコを家に届けておいた」と電話があった。そういえば父もナメコを栽培しているんだった。もっと早く教えてくれればいいのにな。大量キノコの味噌汁、サンマ、キノコとピーマンとマコモタケの天ぷらという秋たけなわの夕食だった。明日はうどんを打ってキノコ汁に入れて食べるのだ。
by kienlen | 2010-10-20 22:18 | その他雑感 | Comments(0)
昨日も遠出したので直売所で山キノコを買う予定だったのに、帰宅が遅くなったら閉店していた。残念だ。明日も遠出なので明日こそは行きで買うのだ、と決意。昨日の遠出は仕事ではなくて遊びだった。一段落したので遊び歩きな毎日である。そんな時に、ちょうどラオス在住の友人が一時帰国。私が忙しかったらこっちまで来てもいいと言っていたが暇だったので自分から出かけて行った。昨年ラオスで会っているのでそんなに久しぶりということはない。積もる話があるというほど昔から親しかったというわけじゃない。それでもタイ在住が長くてラオスに移動している人なので、日頃できないペースで話ができるのは便利だった。つまり説明不要で地名や料理名などの固有名詞を安心して使える。ま、それはともかく、キノコ。友人の地元とはいえ、ランチをどこにするかのアイデアはない。日常こっちにいるわけじゃないから当然。「何食べたい?」と聞くと「和食なら何でも」ということで、有名な観光地であるわさび農場に行ってみて、そこのレストランに入ることにした。

グリーンの見本が結構不気味なわさびカレーもあったり、わさび蕎麦もいいなあと思ったが、期間限定で本日のお勧めマークのある「松茸定食」というのにしてみた。値段が1000円で、他と特に変わらないなら、せっかくの季節の味をと思ったわけだ。こういう場所で味を期待してはいけないのかもしれないが、相当にがっかりだった。何しろ直売所に松茸が山盛りになっている今年である。デカイのを見慣れてしまった。ところが丼に載っていたのは3センチくらいのヤツ。クンクンしてみたが香りもしない。「がっくり」と言うと友人が「冷凍じゃないのか」と言う。こういうものは半端な店で安いのを食べるのが間違っていると思った。しかし県外の観光客が多い店だ。ない方がマシであるような、しかし値段で妥協できるのか・・・。自分的には反省。もうこういう注文はしない。ふと、ラオスに視察に行って、ラオス式の窯でパンを焼いている所があったのを思い出して迷いに迷ってたどり着いた。ラオスの窯を知っている友人が検証していた。ラオスでもどんどん廃れていくに違いない手間のかかるスタイル。フランスの植民地だったインドシナ諸国には残っているらしい。ラオスの朝はフランスパンからだった。市場に屋台が並んでいたのは昔、昔。懐かしい。キノコからパンになってしまったが私はキノコの方が圧倒的に好き。それしても、もうすっかり秋である。柿の色がやけに目につく。
by kienlen | 2010-10-19 17:39 | その他雑感 | Comments(0)

日曜日の楽しい集まり

しばらく追い詰められていた週末だったのに比べるとリラックス気分な週末だった。土曜日は娘を連れて秋空の下をドライブした。用事がてらだったが、目的の山キノコを直売所で購入は果たした。うどんを作ってキノコ汁で食べた。美味しかった。松茸が豊作とのことでどこの直売所にもあって「クセのあるのはどれか」と聞くと松茸を勧められる。ゼロをひとつ取ってくれれば買いますが。昨日は、友人から連絡を受けて会合に参加した。楽しみにしていたもの。日本人男性と結婚して定住している外国人の女性達の交流の場を作ろうということで14年前に発足した会の久々の集まりだ。当時まだ日本語も覚束ない、右も左も分からない状態だった人達が、聞けば在住20年とか18年とか12年とか。1番短くて7年。この期間というのは、ちょうど私が日本に戻ってからとほぼ等しい。私も興味があったので折に触れて参加していたことから昨日のお誘いがかかったというわけだったが、この7年間は休止状態だったのだった。7年間毎週のように何かしらの会合やイベントを行ううちに出産だ就職だと、いわば自立していく人が増え、一応の役目を果たしたという区切りをつけていた。だから同窓会みたいなもんだった。

中国の人が多く、あとは香港とロシアとブラジル出身者。中国の人達はどっからみても日本人と区別がつかない。日本語検定1級合格者もいる。合格できないブラジルやロシアの人は「漢字があるからうらやましい」と言っているが、やはり見て理解できるとできないでは大きな違いだろうと思う。中国とロシアというのはすぐお近くなんである。ロシア人がやけに多いと感じるのは地理的な近さを考えると当たり前のことなのに、直感的に違和感を覚えるのは冷戦下を生きてきた世代だからだろうな。参加できなかった人達の消息についてもいろいろ。母国に戻った人もいる。ロシア人とブラジル人のカップルは仕事を探して東京へ。「仕事はあっても家賃が高いからこっちにいても同じ」という人も。タイ人はなかなか安定しない人が多いのと、仕事で都合がつかないのとで参加なしだった。まあしかし、こういう所に来れる人はいいんである。当人の能力が高い、夫の職業が安定しているの両方かどちらか。日本語力だって、語彙不足な日本人よりもまとも。日本人は高齢化していて最高齢はもうじき80歳。この人が料理家であり声楽家でもあり「老人ホームにボランティアに行ってますの」なんて言って1番元気そうに見えた。
by kienlen | 2010-10-18 08:22 | タイ人・外国人 | Comments(2)
伊波洋一著。やっと本が読める状況になり書店をぶらぶらした時に偶然見つけて入手したものの1冊。一見岩波のブックレットみたいな体裁ながらかもがわ出版。遠くながら伊波さん、がんばって下さい、の気持ちにて。しかし一瞬買うのをためらった。理由は、ぶらぶらしていた書店が大学の生協だったからだ。教科書は平積みされているが、これは棚にひっそりあったもの。1冊だけだ。私なんかが読むよりも学生が読んだ方が価値があるに決まっている。しかし1000円+税を出してこういう本を買う学生がいない場合、ここで売れなければ返品かもしれない。買えば補充もあるだろう、でも補充がなかったら学生の目に触れないことになる、さてどうすべきか…という迷いと希望を込めた。大げさか。でもこの本の目的は、基地問題って何だ、そうはいっても沖縄に基地がないと日本の防衛上困るでしょ、などの関心を抱いた層に向けて易しく解説しているものであるから、やっぱり若い学生が読むのにふさわしいのだと思うが、若くない元学生が読んでも充分な読み応えはある。本気なのだという気迫が伝わってくるのと、根拠に説得力があるのと、オリジナルな情報も含まれているから。

話しかけるような文体で、まず伊波さんの沖縄の1953年生まれゆえの経験から。遊んでいると遺骨がごろごろ出てきたこと。自分の生い立ちに続いては基地の生い立ち。話を広げないようにしているので、ひじょうに分かりやすい。戦争から生き延びて戻ったら土地も家も飛行場になっていた、希望の本土復帰を果たしたらまたもや見捨てられて多くの基地はそのまま。それどころか普天間のように拡大していく様子を、話を広げないのでやっぱり大変分かりやすく説明してある。しかし圧巻は、アメリカの戦略の変化が詳述されていることで、メディアを通じたものもあるが、直接聞いたものもある。戦略の変化とはもちろん国家間戦争からテロ対策へのシフトであり、そのために米軍再編は必要で、グアムへの移転もその戦略の中に位置付けていること。テレビを見ない私が特別マスコミ情報に疎いとしたら、多くの日本人はマスコミを通じて知っていることになると思うが、しかしこの本を読む限り、政府が肝心の情報を公開していないのだから、今のマスコミの現状では報道がなされるはずもないと思われる。伊波さんの主張ははっきりしているので両論併記も迷いもあり得ない。長いタイトルの意味は内容を読めば分かる。基地が雇用を創出している、日米合意がある、基地は抑止力となる、などの説で迷っているなら必読。
by kienlen | 2010-10-17 09:32 | 読み物類 | Comments(0)
昨夜遅くに帰宅途中、運転していた友人が「うわっ」と声を上げた。真っ暗な中、若者が2人道路脇に座り込んでいた。ちょっとよろけたら危ないという場面だった。ひとりは、息子と一緒に少年野球をやっていた子のように見えた。小さい頃は家に遊びに来ることもあったが、息子が早めに野球を止めたこともあり付き合いがなくなった。ただ近所なので茶髪になっているのや作業服姿なのやバイクを乗り回しているのは見える。とても高校に行っているようには見えなかった。やはり一緒に野球をしていた子のお父さんとばったり会った時に「どうしてます」と聞くと「高校中退した」ということだった。びっくりしたし異様に多いと感じた。息子の同学年で7-8人の野球仲間のうちの2人が高校中退。そして自分の場合は何といっても親が外国人の子達の中退は聞き慣れている。諸場面でそういう子達、あるいはもう確実にそうなるだろう子達と会う。「行き場がない」とつくずく思って暗澹たる気持ちになる。そんなこともあって、たまたま本屋で見つけたこの本を買って読んだ。

埼玉県、大阪の底辺校と、中退した生徒達が主な取材対象。そして教師と、ほんの一部の保護者。著者は元高校教師の青砥恭さん。主張は明快で、新自由主義の席捲で福祉、教育のお金が削減されたことによる親の貧困、通学区の拡大で高校間格差が決定的になり底辺校では授業どころじゃなく、生徒に目が行き届かない現状が問題だとしている。「ここまで来てる」とため息だったのは中退の再生産だった。著者は日本も階級社会になっていると言っているが、そういう意味で確かにフツウの国になったというか成り下がったとは言えると思う。著者が提案するのはまず高校無償化。これは政権交代で実現した。それと高校教育の義務化。私は今の教育課程のままでの高校義務化だと賛成できないと思っていたけど、実務教育なども含む多様性を取り入れての義務化だったので、だったらいいのかな。それと学びたい時に学べる柔軟な仕組み。これは大賛成。そもそも必要性を知った時に学べればいいはずなのだ。となると、これさえ実現できれば高校は義務化しなくても、いったん社会に出て必要な事を高校なり専門学校で学ぶという道がある。第二新卒なんて気味悪い言葉まで出るここまでお固い仕組みは結局排除を目的にしているようにしか見えない。私は損得で考えてみることが好きだが、一体それで誰が得するのかよく分からない。少子化対策はあれこれやっているようだけど、今いる貴重な子ども達をちゃんとした社会の一員にするのが先決じゃないかな。これ、誰にとっても他人事ではないはず。
by kienlen | 2010-10-16 10:13 | 読み物類 | Comments(0)

信州で読んだり書いたり、時には旅したり


by kienlen
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