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バンコク滞在中に中心部で爆発事件があって1人が死亡、8人が怪我ということだった。戻る日の前日の出来事。翌日乗ったタクシーの運転手が「これでまた観光客が来なくなったら商売にならない」と嘆いていた。それにしても、位置的には自分が被害者になっても全然おかしくない場所。すでに何度も通っている場所だ。帰国の日だったがちょっと時間があったので現場に行ってみた。例えば東京のど真ん中で爆発があって死者が出てもこうなんだろうか。現場検証はすっかり終わっているのか、警察の姿は皆無。ただ、報道陣が複数いて、買い物して戻ってもやっぱり複数いた。中国のテレビ局らしい男性が社名の入ったマイクを持って長いことしゃべっていたが言葉が分からなかった。タイ人は新聞記者か。タイ人女性に取材していた。その女性が大声で話しているものだから断片的に聞こえてきたのは「私が被害者であってもおかしくない」「被害者はかわいそう」みたいな事。ところで一体どこが現場なんだろうと思って見てみると、バスを待つ椅子の背もたれというか、寄りかかるようになっているところが紅白のテープで巻かれていた。

日本だったらお祝い事で使うような紅白の縞々テープである。それをセロテープで柱に止めて、一応ここが現場であると示しているらしい。さらによく見るとつなぎ目をボールペンの、ポケットに挟む部分、何て呼ぶのかな、あそこで止めてある。こういうことは私もよくするから発想としては分かるのだが、殺人現場にしてはかなりおおざっぱに見えてしょうがない。で、テープを背に人々はバスを待っている。私もしばらくそこに座って眺めていた。しかしやはりいい気持ちはしない。ここで前日に死傷者の出る規模の爆発があったのである。流血があったに違いない。片づけの手際の良さというのは、つまり何を意味しているのかと思うと、ますますぞっとする。こうして日常に起こる出来事の危険のレベルが上がると、人はまた慣れてしまうのだろう。慣れるしかないとも言える。それは爆発という目に見える事件だけでもない。怖いことである。それにしてもタイはどうなっているんだろう。言論の自由が、相対的にはマシかもしれないものの、絶対的にはそうでもないこともあって、何がどうなっているのか分かりにくい。
by kienlen | 2010-07-31 23:42 | | Comments(0)

ホテル従業員の使用言語

タクシー運転手は話しやすい、とバンコクでいつも思う。理由を考えていて、田舎者同士のせいかと思った。で、突然、そうか、安心してタイ語で話せるからだ、と思い至った。こんな思いに至るには比較対照が必要になる。それはホテルスタッフ。ホテルにもよるけど、まずは英語で話しかけてくる。日本のホテルで外国人に間違えられることはないから日本のホテルがどういう方針なのか知らないけど、多分相手が外国人だったら英語なんだろうな。それはいいとして、問題はその次。ホテルのチェックインくらいは英語でやれというならやってもいいけど、でもこっちにしたら住んでいたことがある国だし、タイにいたらタイ語の頭になるので、タイ語の方が話しやすい。そこでタイ語で対応する。で、問題の問題はその次。さっとタイ語にするスタッフもいれば、あくまで英語の人もいる。そうなるとこっちも英語かよ、と思ってそうすることもあれば、やっぱりタイ語でいくこともある。気分次第。こっちとしては「下手くそなタイ語を聞くのもうんざりなのか」と今まで思っていたのだが、ちょっと違うんじゃないかなと思うようになった。そもそも下手くそな英語を聞くのもうんざりかもしれないし。思うに、肝心なのは言葉そのものじゃなくて、相手を見ているかどうか、ということだと思う。

よく日本にいる外国人のエピソードとして「日本語を話しているのに英語で話しかけられる」という話があるが、あれは多分、こういうことなんだろうな、ということが自分もそういう立場になって実感。つまり、相手の反応を見て切り替えない人は、多分相手そのものを見ていないのである。自分の枠の中の解釈に安住しているんだろう。だから不快感の元は言語がどうのという問題じゃなくて、もっと存在に関わる問題なのである。ホテルのような究極のサービス業の場合、社内の方針とかマニュアルがあるだろうから、個人個人の判断でどこまでやっているのか知らない。タクシー運転手の場合は単純で英語などできないからタイ語で話すだけだ。それからちょっとした食堂。暇な時間帯だったりフレンドリーな所だったりすると話し込んだりする。中国語ができたら通じるかもなあと思うと実に残念だが、それでもタイ語があるから英語はいらない。後は日本語で話してくる人もいる。昔より減ったように思うのは、日本のプレゼンスの低下という思い込みが当方にあるからかな。相手が日本語ならこっちは当然日本語。少なくとも両者がネイティブでない英語よりは違和感ない。ささいな事ながら、なんだかこれも人権問題かもね、ということまで考えてしまった。遅ればせながらの学びばかりだ。
by kienlen | 2010-07-30 09:41 | | Comments(2)
劇場公開になった時に「面白いとは思えないけど、でもタイトルがタイトルだから見ておこうかなあー」と思ったもの。でも、そこまでの暇もなく、見なかった。その映画が機内のメニューにあったので、読書を中断して見ることにした。漫画のヒットで、活字本でも「ダーリンは○○人」シリーズなのかどうかよく知らないが「ダーリンはタイ人」というのもあった。そういう話題のあるダーリンを持つと面白そうでいいな。ウチもダーリンはタイ人だが、特にこれといった話題提供者ではない。まあ、私も相手から見たら話題提供者ではない、と強く思う。

機内で見た限りの感想は、その1、劇場でお金払って見なくて良かった。その2、こういう夫婦関係が羨ましい。その3、でも私が若くてもこういう女性じゃないから、こういう男性に見初められるわけあり得ないしい。その4、こういう夢のような家族関係及び夫婦関係って本当にあるんだあ。その5、本当にあると思わせるあたりが凄い!よく出来てる!以上。いずれにしろこういう映画は、若者向けということになるんだろうから、私が見ること自体が間違いだった。でも、ターゲット外の者にも何か感じさせるかどうかなんだな、肝心なのは。そこが難しいと思う。その点、逆の意味ですごい映画だなと感じた。
by kienlen | 2010-07-29 01:24 | 映画類 | Comments(0)

難しい質問

バンコクの空港でトイレに入った。水が流れない上に手洗い用の水道も出ない。空港でなければびっくりしないが一応空港なんで一応びっくりした。隣の人がタイ語で「使えない!」と言って出て行った。と、その隣の人が「これ使えるから来て」という意味の日本語で私に声をかけてきた。「日本の方ですか?」と言うと曖昧ににこにこしている。その理由は後で分かるのだが、とりあえず日本人なんだなと理解した。礼を言って手を洗うと「ひとりですか。珍しいですね」と言われた。というアナタもひとりですね、と思いつつ「そうなんです」と答える。彼女は名古屋に住んでいると言う。「私も名古屋空港に行くんで一緒の便ですね」と言ってその場は別れた。早目に待合室に行くとまだ開いてない。薄暗い通路の脇のベンチに男性がひとりいる。とにかく広くて暗めの空港なのである。その一番端っこが日本の航空会社の定位置みたいだ。明るい場所に戻ろうかな、と思って歩いていると先の女性がベンチにいたのでほっとして隣に座った。彼女は今は日本国籍を取得したが、もともとはタイ人だそうだ。名古屋暮らし30年。子どもも大きくなったし仕事もしてないし、よく各国を旅行するそうだ。タイと日本は年に2-3回行き来するそうだ。日本の方ですか?という質問に一言で答えるのは難しいのかもしれない。タイ暮らしより日本暮らしの方が長く、お付き合いも日本人ばかりということになると。かといってタイの空港だとやはり自分の国の空港って感じなんだろうから、そこに日本人の若くもない女がひとりでいるのは、全体的に見ると珍しいのかもしれない。とはいえ、私の友人達はだいたいそうしているのでこちらから見ると珍しくも何ともないが、でも人数からすると珍しいか。

それはともかく、働いたことがない、と言う。もったいない。通訳とか翻訳とかタイ語講師とか、すればいいのに、と私だとすぐ思ってしまうのでそう言うと「必要もないのに働くことないでしょう」と言う。そうだなあ、この事はよく考えることだったのに、もう必要な状況が固定されると「必要ない」という状況が想像できなくなっている。
やっぱりいいなあ、働かなくていい状態って。つまり夫の稼ぎで生活できて、その夫は信頼できる人で、そうなると子どももキチンと育てられるからしっかり独立できる。いいなあ、と思い出すと本当に羨ましくなるがしょうがない。昔のバンコクはこんなじゃなかった、という話になった。こんなに混雑してなくて、こんなに危険じゃなくて、こんなに外国人だらけじゃなくて、のどかで緑が多かった、そうだ。ハイソな階級であることは、いろいろな話から感じられる。「バンコクのどこに住んでいたんですか」と聞かれたから場所を言うと「ああ、あそこはスラムがあって良くない場所ですね」と言われる。そういう場所だから安くて住めたわけだ、私達にしてみれば。「タイ人のだんなさんってどうですか」と聞かれる。これは翻訳すると「よくもまあ」という意味である。打つ、買う、遊ぶ、働かない、責任感ない、を凝縮したのがタイ人男性ということになっている。よって、タイ人女性はタイ人男性と結婚したくない、ということになっている。まあ、しかし、身分というか生活環境違いすぎだから、旅先での軽口というにはちょっとそぐわない話題をふられた感じだった。
by kienlen | 2010-07-28 20:50 | | Comments(0)

帰れない市場での救い

前回の続き。100年市場の前で「ここ」とバスを降ろされた時は少々びっくりした。ネットで見ると結構人気になっている市場なのでバイクとか乗り合いトラックがたむろしているのかと予想していた。とにかく今回の場合、夜は飛行機に乗るというノルマがあるので、それだけは成り行きでダメだったというわけにいかない。帰りの手段のアタリをつけておかないことには落ち着かない。つまり何もないのである。駐車場に止まっているのは自家用車らしきものばかり。この間の隣県の市場でも義弟の奥さんに「車がなかったらどうやって来るの」と聞くと、笑って「車がないと来れない」と言う。つまりバンコクから車で1時間とか2時間程度の市場が栄えるようになった背景には車社会化の進行があるということなんだ。実はその時は内心「自家用車のある人は知らないだけで何か交通手段があるに違いない」と思っていたのだった。それにしては、駐車場からあふれた車が小さな町の道路をふさいでいたが。それによく考えてみると、言ってみれば普通の市場なわけで、観光客として来るなんて人は日頃の暮らしが中程度以上だから、こういう市場に興味を持つということだろう。下のクラスは常日頃から市場を利用しているわけでわざわざ長時間かけて遠くの市場に行くわけがない。

ということで、100年市場に入ってラーメンを頼んでお姉さんに尋ねて、いつ来るとも知れないバスを待つしか手段がないことが判明した。地元の人が言うんだから確かなんだろう。もう最悪炎天下で2時間待つ覚悟を決める。それから渋滞があったとしても夕方までに帰れるよう、一通り見学したら戻ることにする。幸いこじんまりした、ちょっと散歩にはいい市場だった。ここでクロックとサークというタイ料理に必要な杵と臼を購入。重たいから今までずっと買わないできたのを今回決心。それでも石は重たいから素焼きの小型を。60バーツという値段も魅力だった。12時をメドに通りに出る。バス停があるわけじゃないし、弱ったなあと思っていたらおばあちゃんと孫かな、という感じの2人が立っていたので「バンコクに行きたいけどバス来ますか」と聞いたら「私達も待っている」と言う。ただし反対方向。バンコクだと道路の反対に渡って待たないといけない。が「あっち側は暑いからこの木の下で待っていた方がいい」と言う。反対行きのもターミナルからバンコクに引き返すそうだ。じゃあ、そのまま乗っていればいいんだ。で、早速バスが来た。孫らしき子が手を挙げるが反応なしで素通り。「いっぱいだと止まってくれない」と言う。ここでさすがにぎょっとした。タイは休日で私の乗ったバスも満員だった。この市場にバスで来る人があるとは思えない。ということは-。また待つが来ない。そのうちに男性が来て同じようなことをその女性と話している。と、通りの向こう側にタクシーが通りがかった。バンコク方面に向かっている空車。こうなったら銭には変えられない。

こっち側から呼び止めると止まって「どっちに行くんだ」みたいなパフォーマンスをするから「バンコク、バンコク」と叫んだらうなずく。値段だけ聞こうと思って聞くと「うーん、いくらなら行く」といつもの言い方。ちょっと見当つかないから、黙っていたら「500バーツ」と言う。「それ、高過ぎ。300でどう」と言うと「じゃ、350」と定石通りのやり取り。タクシーの運転手には私は甘い。東北地方からの出稼ぎの人ばかりだから余計に払ってしまうが、この時はこのタクシーがバンコクに戻る途中に感じたので「300にして」と言ったら「じゃ、ちょうどいいから帰ろう」と言われ乗り込んだ。ほっとした。それにすごく感じのいいハキハキした運転手でこれなら快適なドライブになりそう。タクシー運転手と話すのは好きなのだ。嘘か本当か分からない話をしてくれるのだが、それがなかなか傑作。この人は率直そうでいろいろ話をした。ちょうどパタヤに行くイギリス人の常連さんを送っての帰り道で、途中でひとり乗せてラッキーだったら次が私でさらにラッキー。「メーター使ったら500バーツいくぞ」と言うから「そんなにならないでしょ」と言っておいた。いずれにしろ両者にとって幸運だったわけだからめでたい。それにバスの運転が怖かったから、実はあれも嫌だった。「バスの運転が怖かった」と言うと「僕の運転は安心してくれ」と言うから、とにかく話ができるだけで安心。バスの運転手に「もっと安全運転を」と言ってもっと狂気になられたら困るし。ひじょうに快適にバンコクに戻った。時間が余っているので、前日に死者のでた爆発のあった現場に行ってみることにした。
by kienlen | 2010-07-28 11:25 | | Comments(0)
昨日戻った。どうせ忘れるから、戻ったら何をすべきかをポストイッツに書いて目の前より若干ずらして貼っておいたのだが、見たくない感じ。帰りの乗客もまばらで、ひじかけを上げて横になることができた。かといって眠れるわけじゃなし。バンコクの空港で日本に住んで30年という元タイ人女性と知り合ってずっと話していた。専業主婦で子どもも成人したので旅行三昧ということで、夜行便に乗る時は3時間眠れる精神安定剤を処方してもらうということだった。なるほど、そういう手もありか。さて、最終日をどう過ごすかは全く決めてなかった。せっかくのホテル設備を部屋だけの使用に留めてはもったいないと思ってウイークエンドマーケットで水着を買ったのに夜にビール飲んでしまって使わずじまい。チェックアウトまで泳ぐか、とも思ったが、ふと「やっぱり100年市場に行こう」と思った。ネットで調べるとバスで1時間半くらいで行けるらしい。バスターミナルまではスカイトレインがある。空港までには最悪夜の9時に着けばいいんだから時間的には余裕。フロントで聞くと「スカイトレインで行ってもバスターミナルまでバイクかタクシーに乗らないとならないから直接タクシーで行った方がいい。コストは同じ」と言う。最初のホテルでも同じことを言われた。タクシーを勧めるという指導なのか、とも思うが、多分、ちょっとした距離も歩くのが面倒なタイ人らしい勧め方とも言える。それでタクシーでバスターミナルへ。スカイトレインの駅とは目と鼻の距離だった。

行き先を告げるなり「パタヤに行くのか」と言う気軽な運転手だった。で、100年市場に行くと言うと「なんでタクシーを雇わないんだよ」と言う。実は私もそれは考えたので値段を聞くと「800バーツ」と言う。「往復で?」「違う、片道」「それは高い」とか、前日に起きたバンコクど真ん中の爆弾の話などをする。行き当たりばったりに行ったんだし、もしあまりバスの時間までにあるようならご縁がなかったと思って諦めるつもりだった。が、いい具合に15分後の出発。40バーツ。安い。指定のゲートで待っているがバスは見えなくてマイクロバスがある。バスに刷り込んである目的地は私のと同じ。これかあ、と思ったが乗り込む。さすがにすごいローカルなタイ人ばかりだった。タイなんだから当たり前なのに、当たり前さがないのがバンコクである。途中で無言で人を拾う様子も、ひどい運転の仕方も昔を思い出させる。そういえばバスって命がけだったことを思い出した。呑気に景色を眺めるなんてできない運転ぶり。怖くなってよほど「ここで降りる」と言いそうになった。日本暮らしが長いとこういうことになる。周囲の乗客は平気で寝ているもんな。途中で止まってちょっと偉そうな係員が乗り込んできて「チケット見せて下さい」と全員のチェックをした。途中から乗り込んだ人が行き先を告げて現金を渡し「いくらですか」と聞くと「いくらって、ぼ、ぼ、僕も知らないよ」と言っている。一体何のための係員なのかなあ。まあとにかく無事に着いたのだが、びっくりすることに市場に交通機関がないのだった。さすがにこれはあせって屋台のお姉ちゃんに帰りの方法を聞くと「あの道路に出てバスを待ってて」と言う。「定刻のバスあるの?」「そんなのないよ」「じゃあ、どれくらい待つの?」「時によるけど、1時間くらいかな、2時間来ないこともあるよ」である。参りました。
by kienlen | 2010-07-28 08:15 | | Comments(0)
昼間は、名高いウイークエンドマーケットをずっとブラブラ。どこに何があるのか分からないので、ただ行き当たりばったりに歩くだけ。いい店に当たるといいが今日は収穫なかった。とにかく1日いたからって全部見れるわけじゃないし、常にここはどこ状態。ものすごく混んでいる場所もあれば閑散としている場所もある。コーヒーを飲みに入った店で、隣に日本人らしき若者がひとりでいたから勇気を出して声をかけてみた。中国人、韓国人と見分けがつきにくいこともあるが、どう見ても日本人というタイプはあるもので、この彼はそういうタイプだった。古着の店の社員で、買い付けに来ているということだった。サービス業だけあってか話しやすいタイプでしばしおしゃべり。アメリカの古着が始まりだったが、今はバンコクが安いので買い付けはもっぱらバンコクとのこと。年代は息子くらい。息子はタイのものを買って行っても着ようとしないので今回はもうおみやげはやめにしたのだが、日本で買っているのだってこうやって買い付けられたのなんだぞ、と言ってやりたい。とにかくバンコクは以前にもましてモノがあふれている。というか、それしかないみたいな感じになっている。多分かなりは中国製なんじゃないだろうか。先日も日本製品とうたっている店に入ったが中国製のモノが並んでいた。あの青年のような買い付けの人が直接中国に行くようになったらどうなるんでしょう、バンコク、なんて考えてしまう。

夜は一度くらいちゃんとしたレストランに行こうと思って、昨夜ネットで見つけた店に行ってみた。屋台だったら10食分がいっぺんに終わる値段。ひとりなのでおかずは1品しかムリ。ご飯と小瓶のビールと、仕方なくデザート。今回ほどお菓子を食べた旅はない。拷問みたいだ。基本的なタイ料理の店だったので「何か珍しいもの食べたい」とサービスのお兄ちゃんに聞いて、それはヤダ、それは嫌い、と言いたい放題の末に南部の料理を頼んだ。シーフードと野菜を南部風のペーストで炒めたもの。南部料理はものすごく辛いので、辛さ控え目で注文。すると「通常は唐辛子10本ですが6本にしました」と言って運んで来た。10本は外国人エリアの店だけのことはあって控え目と思われる。まあ、悪くはなかった、と言いたいところだが、バンコクで食べるタイ料理は甘いのに閉口。知っている料理だと必ず「甘くしないで」と言うのだが、知らない料理はうっかりしているとこういうことになる。バンコクの料理が異常に甘くなっているのではないかという話は夫ともしているのだが、うんと高級な店だと甘くないのかなあ。高級な店は、さすがに連れなしでは入りにくい。ひとり旅の不便さはこれ。さて、明日は帰国だ。
by kienlen | 2010-07-26 00:02 | | Comments(0)
ずっと炎天下を歩き回っていたのを一休み。義弟の奥さんの弟が運転してくれて、奥さんと弟さんと私の3人でバンコクっ子に一番人気という水上マーケットに行った。午後1時にホテルに迎えに来てくれるということで、午前中にコーヒーでも飲みに出ようかと思ったけど面倒になって居心地最高の部屋で村上春樹の昔のエッセイを読んでいた。ロビーに日本の新聞があった。ひきこもりの調査結果が載っていた。ついでだからタイのひきこもりについて聞いてみたが、分かってもらえなかった。「タイの若者の問題は家に戻ってこないこと」と2人が口を揃える。まあ、私もそう思う。「家にいて何してんの。家にいてもつまらないでしょ」とも言われる。こっちから口火を切った話題ではあるが、深く話すような場でもないので「まあ、その通り」というだけで止めた。タイの状況がどうかは知らないが、いずれにしろ家にいられるとは思えない。義弟の奥さんは中国系の容姿なので聞いたらそうだった。しっかりした人で、こういう人だったら安心、みたいな感じの人。しかも経理畑です。いい奥さんを見つけたもんである。変な事言わないし気がきくし、最高の奥さん。こういう人を見ていると、私は私の夫がかわいそうになる。

弟の方はいかにもバンコクの若者という感じ。優しい物腰と話し方。食事の時はスープをよそってくれるし、元祖草食系はやはりタイの男性なのである、と思う。この弟さんもそうだし、ホテルのフロントもそうだし、歯の矯正をしている人がやたらに目立つバンコクである。で、肝心の水上マーケット。これは思ったよりすごく良かった。ものすごい人出だった。人が多い所は大嫌いだが、今回に限っては人が多いことの利点みたいなのを感じた。面白いのである。何も調べてないから分からないが、一種の地域おこしみたいなものじゃないかと思った。タクシン時代の地域振興と関係あるのかと思って奥さんには聞いてみたが「関係ない」と言うこと。私はあると思うぞ。タイの伝統を今風にアレンジというのが全体のコンセプトに感じられた。だから若者に人気がある。同じお菓子でも形を面白くしたり、包装をきれいにしたり、それも割と自然を生かした感じでやっている。まあ、しかし水上マーケットの圧巻は川辺の食事。手漕ぎのボートの上でシーフードを焼いたり、調理したのを川べりで食べる。あまりの人で諦め水面のレストランに入った。その名も景色を楽しむ店。いかにもタイな雰囲気だ。田舎に行くとよくあるタイプ。イカのレモン風味、揚げナマズのハーブ和え、海鮮の透明トムヤムとご飯。トムヤムはレモンと唐辛子を入れ忘れてないか、って感じだったが他は美味しかった。車の移動で楽な1日だった。もうひとつ寄ったローカルな観光地もとっても良かった。現役タイ人と一緒だと違うな。
by kienlen | 2010-07-24 23:36 | | Comments(0)

酒販売の時間制限

朝ソムタムともち米35B、昼ラーメン40B、お菓子20B、東北ソーセージ3つ20、ナムプリックマカム35、野菜1袋20、パークコム15、北部ソーセージ30、ピーナッツ菓子40、もち米10、インドオレンジジュース10、ワイン399。以上はメモ。夕食をホテルの部屋にしようとふっと思った。かといって出来合いのご飯じゃ面白くない。市場でゆで野菜とディップとソーセージを2種類買った。もっと買い物したいがひとりではとても食べきれない。いったん戻ってからワインを買いに出た。というのは、アルコール類の販売が昼間は禁止されているからだ。最初に知ったのは東急。ビール買おうとスーパーに入ったがどうしても見つからない。店員に聞いたら「5時過ぎじゃないと売れません」「どこもそう?」「そうです」。次に行ったスーパーには説明書きがあった。酒の販売は11時から2時と午後5時からしか許可されていません、と。夜何時までだったかは見逃した。酒コーナーには綱が張ってある。ふうむ、確か夜12時以降が酒禁止というのが何年か前に施行になったのは聞いていたが、昼間の販売もか。ランチタイムとディナータイムはいいってことみたい。

老舗の日本のスーパーに行きかけて、その手前の、老舗の欧米人向けのスーパーに入ってみた。ものすごい数のワインが並んでいる。棚の一番下から上までで、それがいくつも。あまりの量に選びようがない。タイにいるんだからタイワインを考える。と、店員さんが「何か手伝いますか」と声をかけてきた。タイワインの場所を聞いて「自分で見るからいいです」と言ったが隣に立っていて「2階にもありますよ」と言う。すごいんだなあ、ワインの種類って。他のスーパーではたいした量がなくてしかも値段が高いから買ってなかったが、ここは手ごろな値段から途方もない量が揃っている。さすがは老舗の欧米人向けの貫禄。イギリスのワインがやけに目立つ。それぞれ旗があるのだが、知らない旗が多くてよく分からなかった。イギリスは知っているのと、日頃あまり目にしないので買ってみた。ついでにチーズ、と思ったけどこれはさすがに止め。こんなことをしたせいで気付いたこと。このホテルは仕事スペースとしては快適だが、普通よくあるようなダイニングテーブルがない。事務所にベッドを置いたって感じなのだ。これは、リラックスのための旅にはちょっと向かないかも、と今になって思った。
by kienlen | 2010-07-23 22:28 | | Comments(0)

フードコート食べ歩き

全く何なんだ。メールが送信できなくなってしまった。受信はできるけど、それってまるでジャンクメール削除のためにパソコン持参したようなものだ。それに写真の取り込みもできない。容量大き過ぎかも。それに開けないホームページもある。バージョンアップするようにという警告表示が出る。乗ったら降りられないレールに乗っているからにはしょうがない。腹いせにブログを書くなり。今日は日本人エリアに行ってみようと思っている。実は昨夜あっちの方で食事しようと思ったのだが、夕方ホテルに戻ったとたんに雨になり、しばらくしたら止むだろうと思った通りではあったが、小雨が残っていて、駅に行ってみるととんでもない人だかり。地下鉄に入るまでに長い行列ができている。必要ないのにここに並ぶのもうんざりで止め、付近のデパートのフードコートで食べた。昨日は3食フードコートだった。その前の夜もそうだったから4食続きになる。方式は同じだが、それぞれに特徴がある。

一昨夜のはかなり外国人向け。よく推薦されるナイトマーケットの隣にあるやたらに広い屋外フードコート。クーポンを買うのは同じ。しかし知らない人には分かりずらい。案の上、隣に太った外国人がいて一所懸命金勘定しているから「あそこでこれ買わないとダメ。現金は受け付けない」と教えてあげたらオオと言って去っていった。いるのはタイ人連れのカップルとか外国人が多い。値段はお高め。昨朝はマーケットの中の元祖フードコートみたいな所。屋台を並べて共通の屋根をつけたらこうなります。値段は半額くらい。15年前の倍くらいで、100円ちょい。昼は、タイに来たばかりの頃にしょっちゅう行っていたがその後何十年も行ってないショッピングセンターの元祖の中へ。あまりの変貌に、当然といえば当然だけど郷愁も何も感じず。あえて昼時の様子を見に行ったこともあり、ものすごい人。写真は禁止だし、どこもかしこも厳しい。働く人はひたすら忙しそう。お客さんは多様。タイ人、アジア人、白人、それにアラブ系に見える人達がたくさん。値段は夜の外国人向けよりは安く朝よりはずっと高い。そこそこ。私はベジタリアンコーナーで野菜ご飯。美味しかった。盛り付けがすごくぞんざいだった。夜はデパ地下フードコート。こじんまりで迷わなくていい。客は地元から、立地柄外国人からいろいろ。タイ人女性と外国人カップルの様子を見てると面白い。トムヤム豚のガオラオという珍しいスープがあったので食べてみた。これは美味しかった。それとカピご飯を。これは今ひとつだったな。
by kienlen | 2010-07-23 11:15 | | Comments(0)

信州で読んだり書いたり、時には旅したり


by kienlen