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内輪だけが分かる仕組みと話し方

5月も今日でおしまい。五月晴れという言葉が浮かぶような日。昨日は最低最悪の気分で我ながら嫌になっていた。週末はたいていそうだ。終わり、みたいな気分になる。もうずっとこのまま何も動かなくてあらゆるものがストップして生きてられない、みたいな。1週間のうち週末の2日がこうだと、人生におけるかなりの損失に思えてくる。ああ、情けない。そして日曜日はこのままのストップ状態がずっと続くんだと脅迫的に感じられるわけだが、よくしたもんで月曜日になると色々と用事が発生している。今朝は食品衛生協会というところからの電話で我に返った。娘を送り出した後、落ち込んでベッドにもぐりこんでいた。電話があって欲しいぞ、そうじゃないとこのまま出てこられないぞ、と電話に向かってのろいをかけたわけでもないのに、いいタイミング。

用件は店の保健所の許可の更新に関して。本日が締め切りである。夫に「絶対に締め切り厳守」と言ってあったり、実際のところ「これから手続きに行く」と先週のうちに対処していた…はず。ところが「まだ来てない」と連絡があったのが金曜日。慌てて夫に連絡すると「行った」。「念のため保健所に連絡してよ」と言うと「連絡したら『誰も電話してない』と言っていた」と言ったそうだ。不気味。いたずら電話するような内容でもないし。で、今朝の電話はその金曜日のと同じ声だった。内容も同じ。「手続きしてない」である。金曜日の一連の過程を説明した。夫が日本人であればこんなことは私の役目ではないのに、ブログのタイトルに忠実になってしまう。つまり、やっかいなんである。あまり要領を得ない説明をなんとか整理してみると、保健所と食品衛生協会は別団体である。施設のチェックは保健所の管轄である。更新手続きは食品衛生協会である。ということらしい。らしいというのは、私の理解力が著しく欠如しているか、先方の説明が著しく引けているかだ。

「ああ、交通安全協会みたいなもんですね」と私は言った。会員になれば免許の更新時期を知らせてくれるらしい。聞いているとそっくりである。しかも保健所内にあるんだし、言ってる内容がそうだもの。で、先方の答えは「そう言われても困ります」。「なんで困るんですか」って聞いている余裕がなかった。こっちは更新手続きが終わらなかったら死活問題なのである。あっちは何も問題ないのである。それにしても言いたいことはある。内輪の論理は先方の事情であって、当方は担当がどこかを一本化していただきたい。それで「まあ、行政は縦割りですからそれなりの内部事情で動いていることは分かりますが、こちらはそういう事情知らないですから、窓口をひとつにしていただくとか、少なくとも電話で確認した時にそれなりの対応するとかしていただけないんですか」と言うと、ま、予想通りの返答。「ウチは行政じゃありません」である。これってコミュニケーションだろうか。私はこんなことで声を荒立てたくないし、当方に非があるのならきちんと教えてくれるなり「問題はそっちですよ!」と言えばいいのである。問題が分かれば解決しますから。どうも日本社会弱くなっているなと思えてならない。こんな事務的なことはキチンと処理すればいいだけだ。しかしこれで外国人受け入れが笑える。話さなくても通じる人だけの極楽を作りたいんならどっか別の場所で頼みます、と言いたいです。おかげで目は覚めたが、寝起きは悪かった。
by kienlen | 2010-05-31 18:20 | 社会的話題 | Comments(0)

音楽で自分改良

自分以外みんなを羨ましく感じるという、危ない域に足が浸っている。まあ誰しもそういうことはあって、結局こういう時にどうするかが問われるところなのではないだろうか。これで酒びたりになって心身共に病むという道もある。その魔の手はすぐ近くにある。息子の部屋にチューハイの缶を発見して怒りで電話した。「酒は20歳から!」と。ついでに「今から飲むとアル中になるから、絶対なるから!」と怒鳴った。これは自分への警告であろうか。どうしようというわけで、まだ片付けの済まない息子の部屋にもう1度行くと、自分で使おうと思って買ったのに取られていたラジカセが放置してあった。多機能をつけずにレトロに仕上げたやつで、つまり若者向けではない。その後に今風のを買ったが、チカチカするのが気に入らなくて休眠状態。そうだ、こういう時はミュージックだ、と思って埃を拭いた。それから昔の曲のCDをかけまくり。少し元気回復した。

今日は婚活中の友人と久々に会った。最低条件を聞いたら「話を聞いてくれる人」ということだった。自分が若くないことを感じるのはこういう時である。いいなあ、話を聞いたり聞かれたり。ロマンチックだなあ。羨ましいなあ、と、また自分以外はみんな羨ましい病。しかし「でも、話を聞いてもらうってことは相手の話も聞くってことだよ、それでもいいの」と、ロマンのないアドバイスをすると「そういえばそうですね、仕事で疲れた時なんか聞きたくないですよね」と言う。そうでしょ、そうでしょ、と盛り上がり。せっかくのロマンを打ち砕いたらごめんなさい。気にせずに話しを聞いてくれる人と巡り会うことを願いますが、やっぱり、どうなんだろう。聞いてもらったためしがないのでよく分からないが、やっぱりこういう会話のない夫婦って寂しいんだろうか。それが羨ましい病の元か。いやいや経済問題である。多分それだけ。とにかくこういうバカな自分とはサラバである。気持ちを入れ替える。
by kienlen | 2010-05-29 21:18 | その他雑感 | Comments(0)

年を重ねても見えないものは見えない

ちょっとこれはマズイかもという状況になっている。疲弊して家に戻り、娘に「なんかこう、魂が抜かれるような疲労感なんだよね」と言うと「だから言ったでしょ、子供相手は大変なんだよ」と言う。「自分だって子供のくせに何で分かるの」と聞くと「そんなの見てれば分かる」と言うのである。つまり、ここまで長年の間分からなかった自分は一体何なんだ、バカなんだ、ということである。まあ、おかげで教育者になろうなんて夢破れたというか、子供相手が向いてないことが完全に分かった。教えるのが楽しいなんて、あくまで学ぼうとする側が意欲的で、その場に創造性が生まれる時であり、そうじゃない場合はもうひたすらマイナスのエネルギーに満ちることになるわけだ。こんな当然のことをこの年で初めて知った自分はおかしい。絶対におかしい!はあ、ここで力んでいる場合ではないのであった。

常々人より10年は遅れていると思っていたが、今回も思った。この遅れの原因は何なんだろう。まず一般常識を知らないことである。それから、人を見ても自分が基準なので基本的には自分は世界標準だと思っていて、自分みたいな人を基準に物事を見て考えるので、スタートから間違っている。しかも子供を子供扱いできないときている。つくずくウチの子達はよく、とりあえずここまで育ったもんだと思う。いや、育ってないのかもしれない。それさえ分からなくなっている。とりあえず息子からは何の連絡もなく、電話があると何かしでかしたかという心配が胸をよぎるのは同じだが、とりあえず目の前にいないので平和。娘はそんなわけで私よりも大人かもしれない。それってマズイかなと思っても、まあ、しょうがない。現実を見る能力が著しく欠如している親である。今さら気付いてごめんなさい。
by kienlen | 2010-05-28 23:39 | 仕事関係 | Comments(0)

静かな日に届いたメールで考えたこと

どこにも出かけず電話もなく静かに過ごした日だった。やらなくちゃいけない仕事はある。考えても考えてもいい案が浮かばない。食べたら浮かぶかも、と思って何か作って食べる。寝たら浮かぶかもと思って寝る。結果的に何度も食っては寝で、実に静かだったわけだ。このところどっかに行きたい願望が高まっている。それでベトナムかどこかあの辺に住んでいるはずのオーストラリア人の友人に居所と近況を問うメールを出しておいた。その返事が本日来た。暗い内容だった。ベトナムにいる。仕事がある限りここにいる予定だが、実は中国に行きたい。しかし年老いた自分を雇う所はなく、どこもかしこも若い英語講師を欲しがるばかりだ。ベトナムにしても事情は同じ。とまあ、そういう内容である。この彼とはバンコクで知り合って長い付き合いになる。英語を教えながらアジアの国々を転々とするというライフスタイルで60歳。過去にはいろいろあったんだろうが最終的には家族なし。親きょうだいとの付き合いもなしと聞いている。

暇でもないのに行き詰まりに任せて検索してみると、退屈でうんざりな仕事と日常を脱してアジアの国で英語を教えよう、とけしかけるHPがあった。日本でもタイでも需要は膨大。ロンドンで毎日朝起きてつまんない仕事に行くのが憂鬱だったけど、バンコクで英語を教えるようになって刺激的で充実している、とかいうような体験談もてんこ盛り。母語が英語というだけで仕事にありつけるっていいなあと、ずっと思っていたし、今も思ってはいるのだが、だから失うものも大きいよなということも思っている。自分に引き付けた場合、国際結婚である。この先どうなるんだ、である。親が大反対だった。今となると、その理由は分からなくもない。よく考えるのは、子供が外国に移住したいとか外国人と結婚したいと言った場合のこと。自分の経験を語ることはするだろうな。まあ、聞くはどうかは別問題だが。それで反対するかどうか。外国だとかそういう次元で反対するわけないけど、まずは自分を鍛えておくことは推奨するだろうな。これって別にこういう事に限らないか、ははは。
by kienlen | 2010-05-27 22:56 | タイ人・外国人 | Comments(0)

読んだり読まれたり

昨日は少し遠くの現場に行く日だった。午後からの仕事に要する時間が30分なのか2時間なのか予想できない。夜は試写会だった。いつもなら電車にしたい場所だが待ち時間や駅までのアクセスを考えると時間的にリスキー。それで車にした。ここんところ温泉に行ってないから途中にいくつかあるうちのひとつに寄ったりご飯食べたりゆっくりしようと思って朝から出た。川沿いの温泉の駐車場を見ると一台もない。そこで朝風呂にした。読みかけの本を持ち込んで、このところの雨で濁った川の流れを見ながら読書と温泉を楽しむ。現地に到着後ランチの場所を探す。すごく古びた喫茶店に入ってみた。場所が便利なのが一番。それと駐車場に車が何台もあったのが二番目の理由。意外な穴場かも。店というのは入ったとたんに感じる雰囲気があるもので、そこは今まで感じたことのない雰囲気だった。ああ、昔懐かしい喫茶店だ、というのではない。サラリーマンの隠れ家風でもない。ま、そんな余裕なく管理されているのが現代サラリーマン事情かもしれないし。

広めの店内の半分以上が埋まっていたから、お客さん多いなって印象。テーブルはなんと、ゲーム機である。しょうがないからそこに座る。週刊誌は週刊ポストだけ。漫画が少々。こういう所に力を入れる店じゃないらしい。ランチを注文。その間に何人か来店している。男性ばかり。顔見知りが多いようだ。「種蒔いた」とか「今年は草刈り男になっている」とか話している。なるほど、そういえば駐車場に軽トラも止まっていた。「酒、常温でいいから」と注文する人もいる。農業をやっていると朝食やお昼に酒を一杯ひっかける習慣がある、というのが私なりの思い込み。子供の頃、専業農家のおじさんの家に遊びに行った時にいつも見ていた。なるほど、昼食に家に帰る代わりにこういう場所でお昼にするわけか。畑がどんどんつぶれて市街地になった場所だから孤独な畑仕事になっていて、ここで仲間と交流するのかも。そんなことを考えながら見ていたら電話があった。本日の予定を聞かれたから居場所とランチ中であることを伝えると「温泉に入るつもりでしょう」と言われた。びっくりした。読まれている。こんな日記を毎日書いているんじゃ行動パターンを読まれるなと思った。なんといっても単純だし。
by kienlen | 2010-05-27 08:32 | その他雑感 | Comments(2)

孤高のメス

これも試写会にて。特に期待して行ったわけじゃなく、無料で見られるならラッキーくらいな気持ちだったせいか、意外に良かった。理由その一は、ハッピーエンドと言っていいのかどうか分からないけど、後味が悪くないこと。なんというか、こういう時代だから明るくしよう、みたいな。それから人物設定が類型的で分かりやすく、主人公は理想的な医師で、ああ、こんな人がいるんだ、嬉しい、という安心感が持てること。そして役者がそれぞれに良かったこと、など。それと、子どもを持つ身としては泣ける場面が多々。感動モノという範疇に入るんだろうか。主人公は堤真一だった。人気がある人らしい。私でさえ知っているし何度か見ている。今まで見た中では一番良かったなと思った。それと、手術着のせいかどうか、やけになで肩だなって印象だった。

舞台は病院。医療現場の物語。手術の場面が、見たことないけど、大変にリアルに感じた。人の命が運に左右されることをストレートに伝えているのもリアルだった。それぞれの人物がここまで一面的にキャラクターを分担しあっているのも感動的なくらいだった。感動はこういうところから生まれるのだろう。試写会でなかったらどうか、ということになるとちょっと自信ない。ベストセラーの映画化だそうだ。この映画を見て原作を読みたくなるかというと、そうでもないような…。つまり何だったのでしょう。命がテーマだと物申せない感じになってしまって引けてしまう。
by kienlen | 2010-05-26 23:11 | 映画類 | Comments(0)

佐藤優『この国を動かす者へ』

更新滞っている。しばらく前に読んだ本の感想で日常よりの逃避。見つけると無視して通れない佐藤優の新刊をついまた購入。アサヒ芸能という週刊誌に連載しているものだそうで、ひじょうに読みやすく相変わらず痛快だった。ま、痛快痛快と言っている場合じゃないのだが。佐藤優が外務官僚のままでいたらこういう情報はこういう形で大衆に知れることはなかったのだろうと思うと、神様の采配というか、この国を超えて動かすものに感謝というか。このところの自分にとって新しい出会いといえばアスリート。直接だったり間接だったりするが、それで今さらながら目を見開かせられているわけだが、スポーツの世界の進化に対して政治の世界というのは進化しているんだろうか。それがとっても不思議に感じる。表面はあんなでも水面下ではすごい努力をして地道に国と国民のことを考えて骨身を惜しんで尽くそうとしているのが政治家で、それを実際の形にするのが官僚で、というのがあり得る筋書きだと思いたいのだが、ま、怪しいもんである。少なくとも怪しいらしい一端はこういう本からも知ることができる。

半分冗談はともかく、つまりスポーツは結果がはっきりしているから言い訳できないし、言動一致しないと成り立たない世界であるように思われる。それと節制と自己管理と不断の努力。政治の世界とは対極にあるように感じられる。スポーツは成果がシンプルで、政治は複雑だから比べるようなもんじゃないのだろうが、ただ、スポーツから政界に転じる人が多いことを、知名度だけじゃなくて、なるほどなあと、なんとなく感じるようになっているこの頃。で、どっかの党に利用されるんじゃなくて筋肉党を結成して、これをするにはこっちの筋肉を鍛える、これをするにはこっち、という風に分かりやすい形で筋肉政治を行ってもらい、国民も筋肉を鍛えて目に見える記録を出すことに精を出すような政治を…と考えると、やはりこの混沌状況はそういう怖いリーダーを生み出す前兆にもなっているんじゃないかと感じなくもない。本の内容とは直接関係ないことばかりだった。
by kienlen | 2010-05-25 16:59 | 読み物類 | Comments(0)

初めてのタイフェスティバル

タイフェスティバルというのが毎年代々木公園で開催されている。1度行ってみたいと思っていたが機会がなかった。今年はたまたま息子の用事と重なったため友人とその友人、私に息子と娘というグループで行ってみた。もう少し人が少ないといいのだが、と思った。何を買うにも行列。何を食べるのにも行列。腰を下ろせる場所はすべていっぱいで立ち食い。人が多いからこそ大々的に開催できて出展者も多くて楽しいのだから文句は言えないとはいえ、暑いし人混みだしで、ちょっとうんざりだった。かといってせっかくだからヤムウンセンやカレーなどを食べてみた。息子も娘も、そこまで本格的に辛くしてないだろうと踏んでいたらしく、結構辛いのにびっくりしていた。マンゴーやドリアンも食べた。息子はドリアンは食べない。娘が食べたことないというから高いのを買ってやったところ一口食べて結構ということで自分で食べた。久々で美味しかった。珍しいものがあったら写真撮ってこようなんて思っていたが、混雑でそれどころじゃない。友達が「来年は出店しよう」と盛んに言っていた。いろんな意味でもうちょっと余裕があったら参加するのは楽しそうだと思った。余裕ができるアテは…ないな。
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by kienlen | 2010-05-22 20:35 | | Comments(0)

行き過ぎ文書主義ではないだろうか

仕事が一段落するまではしょうがないかと思っていた部屋。収納場所がないこともあって倉庫の様相を呈している。机の上も半分が本に占領されるとパソコンへのアクセスにも支障をきたす。これじゃあ能率も下がる。とうとう今朝から片付けることにした。といっても捨てるモノがないのだからモノが減るわけではない。そういう中で目立つのは行政関係書類である。週に1度1時間とか、完全にボランティアの登録とか、そういうのでさえ毎年毎年「委嘱状」とかいうのが来る。こんなの集める趣味ないし、役にも立たないから要らない。受け取らないでおこうと儀式に欠席すると送付されてくる。ここ何年かたまに学校に行くから毎年4月に渡される。こっちはそれよりも内容の打ち合わせをしたいのに校長から教育委員会の職員から「委嘱状は・・・委嘱状は・・・」と騒いでいらっしゃる。厚めの紙であるから、途上国の子どものお絵かき用にでも寄付した方がいいんじゃないだろうか。昔の自分だったらこういう紙が欲しかった子ども時代だった。ただし使うのは裏側のみ。

結局資源ゴミに分類。受け取るそばから資源ゴミ。それから稼働状況報告というか、なんというか。例えば月に1度1時間だけ働いて800円とか1000円とかを受け取る場合だが「来月分とまとめてもいいですか」なんて聞いても返事してくれない。駄目なんだ。委嘱状も「要りません」と言っても通じなかったし。で、その書類のフォームが毎年超微妙に変わる。「去年のがありますから使ってもいいですか」と聞いたら「少し変わっているんです」と言われる。この変化の意味がまた不明。まあ、単に担当者が変わりその人の仕事が書類作りってことなのだろうが。それから通知の大げさなこと。会議の都度、大げさな通知がくる。本職の方の打ち合わせや会議なんて、ひたすら内容を詰めるためのものであるから、スケジュール調整と内容だけが関心事。よってギャップが大きい。こちらも「通知の紙がもったいないからメールでいいですけど、アタシは」と言っても「いやあ、ははは」と笑われる。笑わしているつもりないんだけど。セキュリティのためというなら別だが、どこに漏れても困らんだろうってものまでみんな大げさ。官僚の本質のひとつが文書主義にあるということは誰かが言っていたような…。それにしてももうちょっと整理整頓したって問題ないんじゃないかと感じてしまう。まあ、微調整しちゃいけないのが官僚でもあるか。身分の安定した公務員をあこがれの塊で見上げているが、常に調整したい自分には務まらないか。諦めよう、捨てよう。
by kienlen | 2010-05-22 13:28 | その他雑感 | Comments(2)

最近のタイ人達

たくさんいたタイ人達が帰国したり捕まったりで減る一方、寂しくなるなと思っていたのだが、人の移動や移住はそう単純なものではないことを感じる。夫の店はコックさんがいなくなり夫が自分で厨房に入ることになった。それでサービスの方のアルバイトを雇うことにしたようだ。こういう方法はとっくに考えられたことではあるが実行できなかったのは、タイ語ができてタイ料理に詳しくてタイスタイルの働き方を安くやってくれる日本人がいるなんて事実上考えられないからで、かといってタイ人で日本人の相手ができて、まじめにバイトする人がいるかというのも難しい。ところが、日本語学校を卒業して専門学校で学ぶタイ人のバイトが見つかった。そういう人がこんな地方都市にいることにびっくりした。聞くとやはり親戚が日本に移住していた。まだ様子見というところだが、とにかくタイ人によるみんなのための店というコンセプトからするとタイ人スタッフは歓迎というところ。夫が「ハンサムだ」と騒いでいたから期待したら、ひじょうに古典的というか伝統的な感じだった。

中学1年でいきなり日本の中学に入った男の子が受験の3年になり、週に1度だけ外国人枠のための作文指導に行くことになったと思ったら、続けて「中学3年に来た子がいるから」ということで支援に入ることになった。タイ人も移民2世代目に入っているわけだ。とにかく全く日本語が分からないので打ち合わせ段階に呼ばれた。どうも今回のタイの騒動が来日のきっかけになったらしい。タイで通っていた公立の中学は一学年15クラスあり、先生が足りなくてドロップアウトする生徒が多かったと言う。機能しているのか、タイの教育制度。こういう話を聞くと心配になる。というわけでまさに、あいうえお、からのスタート。いろんな先生が交代交代で見るようだが、3年に2年在籍して高校へという方法をとるようだ。そういえばウチの子も同じ年なんだった。明日は高校の見学に行くそうだ。この間、希望する進学先を提出したのだが、息子の時にどこを書いたのか全然覚えてないとは、我ながら親としてどうなんだと思った。
by kienlen | 2010-05-21 20:54 | タイ人・外国人 | Comments(0)

信州で読んだり書いたり、時には旅したり


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