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息子の一時帰省

息子が一時帰省した。体の大きさはこの程度で止まって欲しいと思っているが、なんとなく一回り大きくなったようにも感じる。家を出てまだ1か月だし、私はその間も何度か会っているし、帰省だからって何か特別感というのはない。ただ漠然とした印象としては、まともになったなあという感じ。今まで、約束したら守ること、人に対していい加減な対応はしないこと、信頼関係の大切さというのはさんざん説いてきたつもりが、なんでこんなことになってんの、と悲しい思いだった。今までが悲しすぎたせいか、やはり自分で何もかも対処しなければならない場におかれたせいか、少しはまっとうになってきた感を得られたことには多少の安堵感がある。米が切れていたので夕方娘と近所に買い物。そこに息子から「友達と食事に行く」という連絡があった。「米買っちゃったのに」と言うと「ゴメン、明日食べる」。他の人がこういうことを言うのはごく普通で気にとめることはないと思うが、息子がこういう普通の会話をするのは珍しいのだった。と、娘が「えー、兄ちゃん出かけるの。すごく静かに寝ていたのに」と意味不明なことを言う。「昼間寝ていたから夜元気になって出かけるんだよ」と教えてあげる。

娘が言いたかったのは、息子は今までだと眠っていてもちょっとした物音で起きてしまったり、つまり眠っている最中もうるさかった、ということ。ところが今回は熟睡していて違う雰囲気を感じたらしい。私が、なんかまともになった感を得たのと似ている。が、そもそも私も熟睡タイプでないので眠りについてはよく分かる。「ママと兄ちゃんはそうだよね」と娘。娘自身はどこでも眠れるタイプだ。息子は臆病で神経質なところがあるが娘は大胆。最近これがはっきりしてきた。高い所が好きとは聞いていたが、ロッククライミングが面白そうとか、バンジージャンプしたいとか、もう私なんか聞いただけで目眩がしそうなことを言う。お祭り好きなのも正反対。あまりにも親から構われなくてストレスためていて高揚感を欲しているんだろうか。子供への心配というのは次々に沸いてくるものだ。「えー、何それ」とびっくりしていると「兄ちゃんなんて虫もダメなんだよ。虫がいると呼ぶんだから。1人暮らしで虫でたらどうするの」と言うから「ひとりだったら自分で何とかするよ」と言うと「絶対できない!」と断言していた。人っていつまでが成長期なんだろう。一生、という答えもありそうだが、どうなんだろう。
by kienlen | 2010-04-30 09:03 | 家族と子供の話題 | Comments(0)
コックさんのビザの件で、そもそもコックさんを紹介してくれた人が知り合いの法律家を紹介してくれて再度入管に行ったようだ。その過程で私にも電話があった。タイ人は弁護士と思っているらしいが、私は行政書士だろうと思っていたら、やっぱりそうだった。「決算書は?」「それは必要書類にあったので出してます」「店のパンフレットはありますか?」「実はちゃんと作ってなくて名刺を提出しました」。この名刺もちゃんと作ってなくてパソコンで出力したもの。「…じゃ、HPは?」「そ、そ、それが作ろうと思いつつ作ってなくて、ブログは一応あるんですが更新が滞ってるんです…」というやり取りをした。これって紺屋の白袴って呼ぶんだろうな。人には「とにかく自ら発信しないとならない時代ですもんね」とか「今や個人事業だってHPは必須。それに作ったら常に動かしてないと、私なんてストップしているHPとかブログ見ると、あ、信用できないって思っちゃう」とか言っている自分である。パンフレットなんて、他人のはさんざん作っているくせにな。

でもこれには理由がある。この理由にはおさらばしないとマズイとは思っているのだが、つまり店名も内装も前のオーナーからそのまま引き継いでいるので、本当のところはもっとオリジナリティのある店にしたいという気持ちがあって、それがいつか、いつかのうちに今日に至ってしまっているわけだ。パンフレットを作るんならちゃんとコンセプトを入れ愛着を感じられる店名にしたいが、居抜きで借りている今の店の雰囲気では気合いが入らない。店名だって元のオーナーの名前そのまんま。それとこういう日本語による広報活動は自分がやるしかないのだが、どうも自分の立場が定まらない。あんまり信じてもらえないようだが、私は経営にはタッチしてないし、来店の目的は飲み食い。もちろん危機的な時の手伝いはするがあくまで部分的だけ。自分には自分の仕事があるし、そっちをやらないとやっていけない我が家。とかなんとか言い訳しているからこういうことになったと思われる。これを機になんとかしないとな、という時期にきているということなんだろう。それにしてもこういう状態ではやっぱりパンフレットもHPも作れない。やっぱりアクションの時か。
by kienlen | 2010-04-29 12:57 | 仕事関係 | Comments(0)

パクチーに思う

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味覚って何なんだろう。自分は子供の頃から辛いものが大好きだった。母が辛党で唐辛子やニンニクをよく使っていたせいかもしれないと思うが、同じ食生活で育った弟が同じかというと違う。それに母は刺激物が胃によくないと何かにつけて言っていたから一応そういう雰囲気の中で育ってきたのに辛いものが何より好きだし、香草類も心から愛している。この間、東京に行った時にパクチーの専門店に行ってみた。ちょうどパクチーの本を買ってあって、面白いこと考える人がいるもんだと思っていたら、その著者がパクチーの専門店をやっていて、東京での行き先がどうやらその店の付近ではないかと思われたので、友人にその話しをしたら「行ったことないけど知ってる」ということでランチに寄ってみることにした。

パクチーというのはなぜかタイ語のまんまで普及しているみたいだが、コリアンダーの方が一般的かもしれない。タイ料理の代名詞みたいになっている。好き嫌いが分かれるらしい。そういえば昨夜、夫の店のお客さんが「パクチー入れないで」と注文していた。逆に「たくさん入れて」という人も多い。私はもちろん大好きなのでこれを嫌いという人の味覚を想像しにくい。そのパクチーの専門店では、まずパクチーのサラダが出た。おかわり可。どうもタイ料理に慣れている身からするとこうやって葉っぱをちぎってしまうよりも、料理に使う根っこは取ってもいいから長いまんまで出して欲しい感じがした。洋風なドレッシングより辛いタレをつける方がいいな、とか、そういうもんも要らないからそのまんま食べたいとも思った。パクチーも場所によって味はかなり違う。この店のは固めだった。タイだと小さいうちに引き抜いてしまうせいか緑も薄くて柔らかい。それとも種類のせいかもしれないし、土のせいかもしれない。庭で取り残してあったパクチーが成長している。春っぽい日だった。
by kienlen | 2010-04-28 17:58 | その他雑感 | Comments(2)
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実家のある地区のお祭りに子供が少ないので娘と甥っ子が動員された。「若連」という法被を着ているのも大方が年寄り。しかし7年に1度の祭りだけあってこんな山里にもここまでの行列ができた。毎年作り手が減る畑、昔は人が歩いた里山は、いったん人手が入らなくなったらおしまいだ。母は今年から農作業をしないと宣言したらしい。父にも「年だからやめろ」と言うらしい。父は趣味だからやるらしい。それだってあと何年か。

祭りのために各戸4万円の拠出。ここでは伝統的にチンドンヤを呼ぶ。確かにおかげで太鼓が鳴り響き、人数の割にはにぎやかだった。祭りの役員の家の前で獅子が舞うはずだったのだが、祭りの打ち合わせの役員の会合で飲酒運転事故が起きてしまい、自宅前の獅子舞は取り止め。飲酒運転では言い訳のしようがないのが今で、私は飲酒運転は絶対に反対であるが、夜にひとけのあるはずもないこういう山道での事故だった。もちろん両者高齢者。娘は登山から修学旅行から何から何まで参加行事は雨にたたられるという人で、今回も天気を心配したのだが、晴天に名残の桜の映える素晴らしい日になった。
by kienlen | 2010-04-27 12:15 | 出来事 | Comments(2)
著者は元東洋大学陸上競技部監督の川嶋伸次さん。ハードカバーで文字が小さくて立派な本。こういう体裁をとっているということは本気で読ませる本を目的にしていると思われる。たった1か月で2刷りになっているから目論見は当たったということなんだろうか。そしてアマゾンでの読者の評価もひじょうに高い。よって当然期待する。そしてどうだったかというと、意外というかびっくりというかだった。内容はドラマチックなんだけど、そして真摯な監督さんの人柄も伝わってくるのだが、この書き方はなんとかならないもんかなあ。単純に文章がひっかかる。意味が分からなくて何度も読み返す箇所多数で、何度読んでも不明というか、間違っているんじゃないかと思われる箇所もある。

必要と感じられない繰り返しもあり、内容以前の問題でつまずいてしまった。こんなにカッコつけて書かなくても平たくした方が感動するのになあとか。まあ、そういうことは好みの問題が大きいと思うけど、ここまでのレベルでこういう印象を持つ本って珍しくないかなあ。少なくとも自分にとっては珍しい。これで駅伝関係を続けて3冊読んだことになるが、シンプルで端正で好感だったのは最初に読んだ駒大の監督のだったなあ。もっと読むかどうか、他にも読むべきものがあるのかどうか、考慮中。
by kienlen | 2010-04-26 00:44 | 読み物類 | Comments(2)

母の視点、娘の視点

仕事が一向にはかどらない。夕食時に娘に「あああああ」と言うと「仕事できなかったんだ」と理解する。息子だったら親の「あああああ」も「いいいいい」も聞こえない。聞こえるところが娘なわけか。そういえば周囲にも女の子だと相談相手になるとか、娘に愚痴こぼしている、という人がいて、それって娘かわいそうじゃないか、なんて思ったりするが、自分もそういう母親になっているんだろうか。となると、自分の母親にとっての娘という自分がどうだったのか。最近、母の様子がとみにおかしいことは感じてるが、困ったことに境界線が分からない。あんなにしっかりしていたのにこの頃は…というのなら変化が分かりやすいと思うが、もともとおかしい人の変化は掴みにくい。片っ端から医者通いをしているようだが、異常を見つけてもらえないそうだ。私は母との関係で悩んできたものだから、母子関係、家族関係、心理関係の本を随分と読み、カウンセラーの友人に相談し、今思っても苦しい日々をいい加減いい年になるまで過ごしてきたように思う。ただそのおかげで、こういう人はこう推移するんじゃないかという予測はつく。特に母など典型であるように思う。

今朝は父が最近には珍しくひとりでやって来た。この頃は母がどこにも付いて行くので言論の自由も行動の自由も制限されている。そして「お前だから話せるが」と前置きして話した内容が実に私の予想通りだった。喜ぶべき事態ではないが、覚悟してないよりはマシかもしれない。しかし覚悟した時間が無駄だったかもしれない。まあ、いいや。面倒な自分。そういう面倒な自分になったのは多分母親のせい、というかおかげである。そして思うことは、自分だってああなっていても不思議じゃないし、多分なるな、ということだ。ただし条件付。仕事がなかったら、母を反面教師として見ていなければ、父がこうじゃなければ、夫がこうだったら、みたいな、諸要素の交錯がどうでるかということなんじゃないだろうか。昭和一桁生まれの農村の女性である。かわいそうな面は多々ある。でも、経済問題も家族問題も抱えていない今は客観的には幸福(語彙矛盾ではあるが)なんだからいいだろうと思うが、ひとつひとつの処理方法を学ぶ機会もなかったんだろう。こうして自分も学ばないといけないことを教えてもらっているわけだ。もっとも学んだからって実践できるかは別問題だ。
by kienlen | 2010-04-24 11:23 | 家族と子供の話題 | Comments(0)
起きてすぐになんとなくタイのニュースのインターネットラジオをつけた、というか、開いた。女性がインタビューに答えて、爆発があったと伝えていた。どうしたのかと思ってしばらく聞いていたらまとめみたいなのがあり、26歳の女性が亡くなり、大勢怪我したということだった。ウチとの関係で言えば、コックさんの息子さんが長期間の帰国中だし、アルバイトの女性が家の新築で長期帰国中。タイの田舎の生活がバンコクの騒ぎとは無縁であることを私は想像できるけど、お客さんからは「大丈夫?」と聞かれたりする。報道の理解によっては全土が暴動に巻き込まれていると感じても不思議じゃない。それにしてもタイはどうなるのか、根深い問題だ…。アイスランドの噴火の件では、イギリスからの輸入品で商いしている友人が「荷物が来ないから仕事にならない」と言っていた。グローバル化というのは、何が身近で何が遠い出来事なのか、ホント、分からなくなることである。

昨日はちょっと遠出。車にした。ラジオで野菜の高騰について話していた。ふ~んと思って、通りかかると必ず寄る大きな道の駅にまた寄ったみた。道の駅は大好き。菜の花もかき菜もたっぷりで100円。ネギも高騰しているんじゃなかったかと思ったが110円でたっぷりの量。春菊120円。新鮮で美味しそう。家族が減ったとはいえ、野菜ならいくらでも食べられるので自家用にカゴに入れながら、思いついて野菜好きな友人に電話して「何か買っていく?」と聞いたら大喜びでネギと春菊とかき菜の注文を受けたので追加。市内に戻ってから野菜を届けがてら長めの雑談。家に着いたらパキスタン人と結婚している友人の自営業者からビザの件で様子を尋ねる電話があった。あちらもパキスタン人を雇用している。ビザ更新時は注意するようにアドバイス、というか雑談。足下からあっちの空の彼方までつながっている感じが深まる。だからどこも平和であるべきなのだ。
by kienlen | 2010-04-23 09:58 | その他雑感 | Comments(2)

お役所仕事の本質

コックさんの件では友達が心配してくれている。ありがたいがどうしようもない…んだろうか。私も入管に直接行ってみたいが時間がない。今日は遠出だった。すると夫から「また入管に行った」という電話があった。自分で2日連続は気が引けたらしく、国際交流協会のタイ担当の通訳に依頼したそうだ。そこで、コックさんが新しい職場を探すためにハローワークに行けと言われたそうだ。ハローワークに申し込むと、90日の求職の猶予期間をくれるそうだ。この話はさすがに笑えた。これをお役所仕事って言うんだろうか。書類をあっちからこっちに動かすのが目的で実効性も内実も関係ない。人間なんてもちろん全く眼中にない。大切なのはひたすら書類。コックさんのビザはタイ料理の調理限定の技能ビザである。日本語は全くできない。そういう人をハローワークを通じて求人する店がこの地方都市にあったら顔でも手でも見てみたいものだ。それで夫に「じゃあ、ウチの店でハローワークに求人票だそう」と言ったのだが、冗談言っているような事態ではなく、あまり受けなかった。

こういう経験をしてみると、雇用の底が抜けてぼろぼろこぼれ落ちる社会の怖さをひしひしと感じるし、それがある程度までは施策による人為的な対処の結果であることを確信的に感じる。ハローワークみたいな所でできることには限界がある。それでもそこを通じることでお役所は安心する。書類を求める限りハローワークは繁盛するからお役人の仕事は減らないから失業しない。お役所内部の人のために外の人が仕事を得られないのも自殺するのもいいのである、内部が安泰なんだから。内部安定のために税金減ったら上げればいいらしいし。よくできた仕組みであると本当に感心する。このような対応を身近に例えてみるとビールの引換券渡されて絶対にブティックで交換してこい、みたいなもんだろう。酒屋やスーパーが目の前にあるのに行かれない。今回の件は外国人限定の問題とは感じられない。ギリギリのところで生活している人がどうやってギリギリの網を破られるかの問題である。書類上ではそんなことは起こらないことになっているに違いない。しかし日本は先進国であることをやめて途上国のサバイバル精神に学んだらいいんじゃないだろうか。雇用がないから小さな商いで食いつなぐ。それを阻止するというんなら雇用を充実させるなり、国民全員公務員って方法もあると思うが、楽で税金もかからないのは小商いを国の力でつぶさないことだと思うけど。はあ、バカバカしくてお話にならない、と言っている場合でないのだけが問題で、その他はお笑いだ。
by kienlen | 2010-04-22 22:04 | 社会的話題 | Comments(0)
ウチ、よく生活しているなと思ってはきたが、いよいよダメかもしれない。ダメになって誰が喜ぶのかというと、多分誰もいないと思うどころか、逆に困る人はいるはず。となると、ウチみたいな者がやっていける方がいいわけで、となると、入管がコックさんのビザを出さないというのは、なんか腑に落ちないのである。昨日それを知った時はさすがに困り果てた。理由は売り上げが少なくて安定してないと言われたそうだ。夫によると。しかし、今の時代、売り上げが多くて安定している店ってどのくらいあるんだろう。お客さんにとって良心的で仕入れ先には現金払いしていて会計士を頼んでいて税務署申告も怠りなくしていて大家に高い家賃滞りなく払っていて、保険年金国民の義務果たしていて、コックさんの給料だって払っていて家賃の補助だってしている。

コックさんは子供を日本語学校に入れ、学費を払い、アパートを借りて家賃を払い消費税を払って生活している。国の家族が健全なので送金していない分、日本で消費しているわけで、国の家族とうまくいっているからある程度働いたら帰るわけで、まさに日本が求めるローテーション方式からすると理想的な外国人労働者である。息子が日本語を学んでそれを活かせるようになれば日本にとってだって良くないか。別に国費留学じゃなくて自費で払っているである、高い学費。コックさんは首都圏から移動してきたのだが、ここを気に入ってくれていて、ウチにとってもやっといい人が来てくれたと安心していたところだった。さすがに打たれ慣れている夫もショックを隠せないようである。自助努力でやっている者をダメにしていいことあんのかな、誰かにとって。タイとの関係で技能ビザを緩和していたと思うが、方針変更なのかもしれない。それとも店に問題ありか。どうでもいいけど、どこでどう決断されているか分からないことに翻弄されるのは多かれ少なかれ皆同じで、無気力になって引きこもる人が出ても不思議じゃないし、それでいいって思う人がいるんだろうか。
by kienlen | 2010-04-21 17:39 | 社会的話題 | Comments(2)

希望を感じたこと

タイから日本に来た数日後に中学校に入学し、今年3年になったタイ人の男の子に久しぶりに会った。入学当時、掃除の仕方だとか授業だとか全く分からないのを通訳で少し関わったことがあった。すっかり日本語も上手になり、進学する高校も自分で決めていて、それに向かって頑張りたいと意欲的だった。たまたまこの中学には日本語指導を専門とする先生がいたのも良かったのか、丁寧な日本語をちゃんと使えて清々しかった。個人差や家庭環境、また学校の受け入れ態勢による違いは当然あるが、見ている限り、小学校で国を変えるのは弊害が大きいように感じてならない。母語が未熟なうちよりもキチンと思考できるようになってから移動した方がいいように感じる。かといって中学高校という難しい時期で、学校も受験中心に動いていて、家庭が崩壊していると、かわいそうな事態になるのも見ているので、判断は難しいところではあるが。

中学で来ると高校受験で外国人枠というのが使えるのも有利になる。国語の代わりに作文になったりという配慮がある。それで作文の指導を中心にすることになった。今日はその打ち合わせ。自分の意志がある子と話すのは楽だ。数学は得意だしスポーツも美術も得意だし、タイの小学校では一番勉強ができたという自信もあって、大学も考えている。しかし取り出しで日本語を学んできたおかげで国語と社会は全く授業を受けてない。これはこれで厳しいものがある。機械が好きなので工業を狙っているのだが、彼の通っていたボランティアの日本語教室で知り合った中国人の男の子が商業高校に進んでいるので「自分が工業、彼が商業を勉強して会社を興したい」というのには、こんな時代になっていくんだなと頼もしかった。「タイにも中国にも日系企業は多いし、すごい面白そう。中国語とタイ語と日本語ができるし、いいよね」と言うと「英語も」と言われた。今日はお花見に行くと言うから「誰と?」と聞くと「タイ人の皆さんと」との答え。当方の乱れた日本語を見直さないと。
by kienlen | 2010-04-19 16:05 | タイ人・外国人 | Comments(0)

信州で読んだり書いたり、時には旅したり


by kienlen