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村上龍『最後の家族』

旅先に持参した。1度読んだような気がしないでもないが、電車の中や切れ切れの時間に読むには大変便利な本。水に濡れてボロボロになっているので途中で処分してもいいなと思ってこれにした。ひきこもりの男の子となかなかたくましい妹と、専業主婦の母親と終身雇用を前提に生涯設計し、その通りにあるところまでは進む父親という家族を、それぞれの視線から描いているもの。村上龍のを読んだのは昔昔、若い時の『限りなく透明に近いブルー』以来。その後のは有名なののタイトルを知っているだけで読んでないので、斎藤環氏の長い解説で想像しただけ。ステレオタイプのようでいて、それぞれの人物がリアルで面白かった。解説によると綿密に取材したそうで、ひきこもりやDVやその支援や、家族に起こることをたっぷり盛り込みながら、なるほどというまとめが待っている。こんな風にうまく進んだらいいのだが、とこういう状況にあると思うかもしれないが、しかしこれはまじめに家族をしているのになんでこうなるんだ、と感じている人にはすごく参考になるように思う。参考書という感じ。

ウチの家族は、そもそもこのようにあれない状況からスタートしているから、同じようにはなれないと思うが、でもこのようにあり得る状況にあったらこうなっただろうか、ううむ、分からない。という意味で誰にも感情移入は難しいのに、でも大変面白いのはこの社会の家族というものの核心みたいなところを突いているからなんだろうな。今はホテルでテレビを見ながら書いているのだが、テレビドラマで新婚の妻が「私はこの幸せな日々がずっと続くと信じていたのです」というくだりがある。そういうことを自分は思ったことがあるんだろうか。この本の親というのも多分そういう風に思える人達のようだった。こう思える、思えないの差はどこから生じるんだろう。育った環境としては、公務員だった親の元で育ったので、今日が続くと思える人間になっても良かったのに、どっかで狂ったのだ。深く感動したり新鮮だったわけではないがいい本だったと思った。
by kienlen | 2010-01-30 00:13 | 読み物類 | Comments(0)

不思議がいっぱいな機関

朝食を作っていたら娘から「携帯鳴っていたよ」と言われたので見たら伝言が入っていた。日本語支援ということで行っているタイの子の担任からだった。「インフルにかかったから欠席」という連絡だったのだが、私の予想は次のようなものだった。「教育委員会から予算不足との連絡があったので本日は来ていただかなくて結構です」。というのは、少し前に市教委の事務担当から電話で「予算がないのであと4回にして下さい」と連絡があったのだ。1回1000円だから残り4000円ってことですね、私の割当分。私にとってはボランティアの位置付けなので仕事を失った感はない。そもそも全部行ったところで年度末までそのくらいなもんであるし、そもそも毎年毎年「国からお金をいただいている事業、来年はあるかどうか分からない」と言われるわけで、そもそも何でそんなことを言われなければならないのかも分からない。事業の必要性の有無についての検討姿勢はなくて予算があるからする、ないからしない、それだけ。

私は行政の仕事と民間企業の仕事のやり方を同じにせよとは思ってないので、ただただ効率だ、費用対効果だという風潮には疑問を感じている。しかし、だからといって、国の予算がある→あるからもらう→途中で足りなくなったら事業をやめる、来年あるかどうかも国次第、という図式が通じる世界って特殊なんじゃないだろうか、普通に考えて。普通は潰れるでしょう。で、さらに普通に考えて、これを細工なしで関係者に周知するってのもスゴイ。それも仕事のうちに入るんだろうか。羨ましいです、それで生活できるって。そういう人がまっとうな給料をもらって日本語堪能な外国人中心からなる指導員が1000円で、そういう人達を前に「外国籍の方々の保護者は仕事が忙しいのかなかなか学校へ出てきてくれない」なんて毎年会議で話し合われているのだ。そして肝心の子どもたちにとって事業内容がどうかという検討もされているように見えない。あるいはそういう検討は別事業でなされる縦割りの特徴なのか、まあ、行政の仕事ってかなり不思議であるし、いや、教育委員会かな、いや共犯かな、なんだかよく分からないが、おかげで税金が上がるのはたまらない。
by kienlen | 2010-01-27 11:56 | 社会的話題 | Comments(2)

役員決めの季節

娘が大量のプリントの中から「これと、これは要るかな」と言って私に2枚渡した。学校からの配布物。いずれも保護者宛に違いないが、彼女が勝手に必要と思われるものを判断しているわけだ。いいのかな、子供任せで、と思わなくもないが、まあいいのである。結局子供がこういう判断をせざるを得ない親の対応だったということだ。よって先生からのクラスの様子レポートみたいなものは手元に届かない。ただこの日は「これも見る?先生が書いたみたいだよ」と言って1枚見せてくれた。自分もあの頃はどうでどうした、みたいな内容だった。何でこれを見せるのかなと思ったら「先生が自分で書いたんだよ」と言う。自分で書かないで誰が書くんだ。この税収減の時代に公立中学の教師にプリント筆記用の秘書がつくわけないし。「で、いつもは違うの」と尋ねると「誰かの言葉」と言う。「ああ、有名人の言葉を引用して教訓にしたりするやつね、よくあるよ、そういう方法。それね、引用って呼ぶの」と親。先生用に「配布プリントに使える文言集」みたいなのが出ていてもちっとも不思議はないと思うが、子供はひねくれずに素直に大空に届くようにのびのび育って欲しいから黙っていた。

で、私にあてがわれた2枚のプリントの1枚は授業参観のお知らせ。いつもは娘の判断で途中でストップなのだが、今回は電話で出席するように確認があったので渡したということ。目的は「授業参観に来い」ではなくて「PTA役員決め」である。日程を見たら北海道にいるべき日である。「行けなかったら電話しておいてね」と娘が言うので電話した。「すみません、その日、こちらにいないので出られません」「もし役員になったら引き受けていただけますか」と、対面していたら下から上目使いに見るようなトーン。以前に一緒に役員をしたことのある方なので知っている。「引き受けなくてもいいんですか」と聞くとそれには答えない。だから「引き受けないわけにいかないと思うのでいいんですけど、私留守が多いのでそういう時に何かあっても対応できないということはあらかじめ申し上げておきます」と言うしかない。そういう事情は多分誰でも同じだろうし、それでもやる意義があるからやっているということだろうし、なんとか融通するしかないのではないか。「役員になったら引き受けてもらえるんですか」とまた同じことを言われるので同じ返事をするのも楽しくないので「引き受けられない場合はどうしたらいいんですか」と聞いてみた。「その場合は会議に出てもらってみんなに説明して全員が納得したらいいんです」。

例のアレだ。「私はどうのこうの」と引き受けられない事情を説明してなんとか避けようとするアレ。私も一応2人の子の役員をやってきたので知ってる。で、昔は「仕事があるから」が言い訳として採用されていたようだが今は通じるわけない。多分介護も通じていたのかもしれないが通じるわけない。外国人も通じていたかもしれないが通じるわけない。というわけで、何が通じるのか知りたい気もするが、そこまでの興味も失ってしまった。「ですから、私、その日こっちにいないので説明もできません」と言った。全く不思議である。子供のより良い成長、より良い学校生活を願って行うボランティアであれば、各人の都合のつく限りで協力しあえる体制にすべきではないだろうか。私はそういう組織であればこんな馬鹿げた抵抗をする気はない。楽しくやりたい。でも違うんだということをさんざん体験してしまったからにはしょうがない。結局「分かりました、私がなんとかします」で電話は切れた。何とかしますってどういう意味かを聞く余裕はなかった。どういうことだろう。きっと「あの人はちょっと変な人で、前に育成会の役員やった時もいろいろ問題あったんです。それにすごくお仕事がお忙しいみたいですから今回ははずした方が…」かもしれないな。
by kienlen | 2010-01-27 09:54 | PTA・学校 | Comments(3)

ストリートの真ん中の自転車置き場

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いつも疑問に感じていることがある。自転車の置き場所。あっちもダメ、こっちもダメ。駐輪場に持っていけという方針は自転車の利点の小回りを台無しにするものじゃないだろうか。かといって路上駐輪で迷惑を被る人はいるのも分からんでもない。もっと自転車の使いやすい町にできないんだろうかと、思っているのだが、愛媛県の宇和島市で夜ブラブラしている時に写真のような光景を目にした。アーケードの通りがやけに広いと思っていたら真ん中に堂々と自転車置き場がある。こういうのは普通なんだろうか。私は初めて見たなあ。町づくりの時点で計画しておかないとできないものだから、何年前か知らないがそういう配慮があったということなんだろう。わが町の発想を見ていると車には配慮するが自転車も人もどーでもいいみたいな感じがしてしまう。最近またビルを造るとかいう話が持ち上がって、税収たっぷりあるわけね、と皮肉もいいたくなっているところだが、そんなに税金を使いたいんならば、生活のしやすさ、歩きやすさを考えた町つくりの方を検討できないものなんだろうか。もしも新しいビルを造るんなら、ショッピングストリートの真ん中にこういう自転車置き場をつくるとか。自転車の人は優遇とか、車のつもりを自転車にしたらエコポイントもらえるとか。自転車置き場はあったかくして入りたくなるような設計にしておくとか。
by kienlen | 2010-01-26 08:42 | | Comments(0)

15時間運転した

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なんとか無事に四国より戻る。今日は朝7時に宇和島を出て高速でひたすら故郷へ。走り続けて夜の10時過ぎ到着なので15時間の運転ということだろうか。これって労働基準法上の問題はないのだろうか、あ、労働じゃないか。写真は昨日に上流まで行こうとして挫折した地点の四万十川の橋。写真を撮るような気分になれず、それでもと思って挫折を決めてから記念に撮っておくことにした。多分また行くとは思えないので。この橋のたもとにある食堂で休憩ついでに「四万十うどん」と名付けられたのを食べた。つまりおやつ。
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このあたりの名物らしい「じゃこ天」やたくさんのノリが載っていた。四国で印象的だったのは室戸岬から高知市街地あたりまでの海岸沿いの「道の駅」だった。規模は小さいが地元の人のマーケット代わりにもなっているのかな、と思われるような品揃えだった。海と山の間の細い土地なので大きな施設を造る土地がないのが幸いなのかどうか、小さくて個性的ですごく楽しかった。片っぱしから寄ってみたのだが、とにかく楽しいのである。四国の道の駅って楽しいな、と思ったけど、この海岸線沿い以外は規模も建物も平凡というか、どこでもありそうな感じだった。思うに、小さな町が連なっているせいかもしれない。単なる思いつきだけど。今回の旅で一番楽しかったのはここの道の駅だったな。旅というか、仕事だったんだ・・・。たまったのを片付けないと・・・、明日から。
by kienlen | 2010-01-25 23:48 | | Comments(0)

室戸岬から高知から愛媛まで

昨夜はネット接続できないホテルだった。行き当たりばったりだったので夜になって知らない土地で心細くなり道沿いの「かんぽの宿」の看板でそちらへ。高知市が大きすぎて隣町にした。四万十川を上って道後温泉に抜けようと予定していたが、四万十川沿いの細い山道が、四国であえてこういう道を走らずともいつもだし、ということで飽きて挫折して宇和島に来て泊まっている。名物のじゃこ天を食べ、鯛めしも食べたかったが地酒も飲みたいしでつまみを食べてお腹がいっぱいで挫折その2。ウソのような暖かさ。明日はもう帰らなくてはならないので高速に乗ってしまうしかない。道の駅にかたっぱしから寄って買い物もして節約どころか散財ばかり。途中で息子から受験料を請求される。もう、どうにでもなれ、である。
by kienlen | 2010-01-24 21:45 | | Comments(2)

運転と仕事と味と

午前4時に家を出て、朝食のうどん食べるのとガソリン入れるのとランチのうどんを食べるの以外は運転しっ放しで徳島着。高速道路は周辺の様子が見られなくてつまらないので神戸市内を走ったのが時間を食う大きな要因になり10時間もかかってしまった。高速を乗り継いだら8時間くらいかそれ以下で済んだと思う。弟から借りた地図だけでは足りず、前日に書店で西日本の地図を買って予習しておいたおかげでいくつものジャンクションを無事に迷わず通過できて良かった。睡眠不足にならないように昨夜早く寝ようと思ったのに奥田英朗の『ララピポ』を読んだのがいけなかった。これはるでポル○小説だった。「下流文学」なのだそうで、その名にふさわしい物語群。なんだか身につまされる内容だった。結局読み終えてしまったので旅先に持参することはなくなったが睡眠不足状態だった。夜は地元の人に連れて行ってもらった店で美味しいもの三昧。満足だった。地酒も美味しかった。
by kienlen | 2010-01-22 21:21 | | Comments(2)

しばらく用なしだった入管の用事

諸々の用事のために開けておいた日。そのひとつが入管に行ってコックさんのビザの更新について尋ねること。これは店の経営者である夫がやるべきことなのだが、過去に苦い経験があって放置しておくと笑い事で済ませられないので私がやることにした。とにかくどういう書類が必要かを知ることからなので入管に行ったわけだ。ところが入管がなくなっていた。駐車場に車はいっぱいあるのに。どっかに引っ越したのか、通りがかりの人を呼び止めて聞いて初めて隣のビルに移動していることを知った。夫が永住ビザになってから行く機会がないので知らなかった。以前の狭くて人があふれそうな部屋よりも格段に広くはなっていたが、他の部署に比べて職員が少なく見える。外国人の方々は長椅子に10人以上も待っている。最近は役所も病院も脱官僚的というか過剰にというか的外れともいえるサービル業めいているように感じているが、ここは昔懐かしい役所の空気だった。職員は皆うつむいている、つまり必死で仕事している模様。声かけて上を向かせるのも申し訳ない雰囲気だが、ずっとうつむいていそうだったので端の人に声かけた。「ご相談があるんですが」と言うと「そこで待ってて下さい」と言うだけ。待っていたがうつむき方に変化見られず、番号をもらわないとダメなんかなと思って番号発給機の所に行って「これ取るんですか」と近くの職員に聞いた。

どういう用件か聞かれたのでザッと内容を伝えたらやはり「そこで待ってて下さい」である。どうなっちゃうのかなと思っていたら、間もなく奥から職員が出てきて別コーナーへ案内された。なるほど、奥の方に職員が大量にいるのかも…なんてあり得ないか。必要書類を尋ねるだけなので短時間で用事はおしまい。これでやっと物事を進められる。それにしても、殺風景である。なんでかなと思ったら、多分、各種説明がないせいじゃないだろうか。普通窓口には担当する事案が書いてあるし担当者の名前まであったりするし、机上には何か説明書があったり壁にもスローガンやら標語やらがある。それが相当に少ない。おかげで人身売買は犯罪です、みたいなポスターに見入ってしまったくらいだ。行政用のあたりさわりのないポスター作るのってつまらんだろうなあとか、余計なことを考えるほど殺風景。あるいは、引っ越したばかりで馴染んでないのかもしれない。夫に電話して「入管引っ越したんだよ」と言うと「そんなのずっと前だ」と言われたし、周囲のタイ人にも「入管の場所知らないなんて」と笑われた。私だって好き好んで関わっているわけじゃないのであるが、とにかくビザの件を片付けないことには安心していられない。このコックさんは子供まで連れて来てしまっているので当方の責任も重大になっている。
by kienlen | 2010-01-21 16:31 | タイ人・外国人 | Comments(0)

意外な知識に脱帽

旅の下準備と、旅先であせらないための前倒し仕事の日。北海道は、そういえば知人が旅行会社をやっていることを思い出してそちらにチケットとホテルの手配を依頼して何度か電話のやり取りで完了。四国に関しては便乗する友人がいたら運転も考え、しかし最初に声かけた友人はダメで、まあ運転するには遠いし新幹線にしようかな、でも声かけたらきっと行きそうなMさんを誘ってみようかな、と迷いに迷っていたところに当のMさんより別件で電話があった。「スゴイ、考えていたら通じたみたい」と言うと「あら、アタシは霊感ないのよ、アナタよ」と言われる。私もそんな能力ないけど、ご縁を行動原理とする身としては、こういうご縁は大切にしなければならない。ということで打診してみた。とっても興味を持っていてスケジュール調整するとのことで、本日に決定の電話あり。問題はルートだ。もっている道路地図も関東や東北方面のみ。西の方面はあんまりご縁がないのである。ネットで検索すると「9時間」と出る。ま、経験者に聞いてもそんなものだからそのくらいを覚悟。ネットで調べた行き方を印刷して準備。何事も下ごしらえが大切なのは分かるが面倒でもある。こういうことは人にやってもらいたい方であるが、人任せにすると得るものは少ない。自分でやると確かに学びはある。

夕方になってから、ふと、そういえば弟が高速道路を若い時から走り回っていたような記憶があるなと思って電話してみた。弟とは性格から趣味から何も接点がないので日ごろ話すなんてことも、用事以外は皆無。「四国まで行ったことある?」と聞くと「日本全国走ったけど、四国だけない」と言う。じゃ、分からないか、と諦めかけたところが、ナントカジャンクションでこっちに入って、ナントカ道路を行くといい、と暗記している。勉強のできる姉とできない弟の典型で、先生にも「どうしてそんなに違うんだ」と言われたくらいの不出来な弟の口からスラスラ出てくると驚異的である。そしてつくずく思ったことは、人ってそれぞれ得意分野が違って面白いなあということ。高速を走ることだけを楽しみに休日のたびに運転する彼をみて「全くバカみたい、ガソリンと時間の無駄、何のためにもならない」としか思わなかったが、何事も長年続けるとそれなりになるんだ。私がネット検索の結果を言うと「そんなのダメ、俺の方が詳しい」ということで明日説明に参上してくれるそうだ。この件を娘に話すと「きょうだいって似てない方が役に立つのかな」と言っていた。ということは、今はどうしようもないキミのお兄さんも意外なところで役に立つかもしれない。それにしてもちょっとびっくりの知識だった。あなどれない。
by kienlen | 2010-01-20 19:53 | | Comments(0)

高橋秀美『からくり民主主義』

文庫で読んだ。こういうタイトルだと斜に構えた本かな、という偏見を、読みもしないで持ってしまって損をしていたな、と読み終えてから思った。斜どころか、ごくごくまっすぐに構えた内容だった。でも最初のうちは自分の中に「斜」を刷り込んでいたから斜斜斜と思いながら読んでしまったところがある。斜じゃないものを斜と思って読むと無駄に複雑になるので、それを戻すのにまたエネルギー消費でもったいない。素直になろう。とにかく大変に面白い本だった。声に出して笑えてしまう部分が多々あるので外で読む時は注意がいる。早速友人に貸してしまって手元にないが、マスコミで話題になっている事件とか事象について改めて自分で足を運んでみるとこういうことが分かったというか、分からなくなったというか、その両方を素直に提示しているというもの。よって一緒に考えることができるし、一緒に悩んだりもできるし、マスコミ報道って何と思うこともできる。ご使用はご自由にってところ。

村上春樹が解説を書いているのは納得な感じ。『アンダーグラウンド』の印象に似ている。こういうスタイルを後押ししてくれるのはいいな。着地を急ぐことの弊害が大きい場合は多々あるのだから。そもそもどこにだって着地できる空き地があるとは限らないんだし。私は後半が特に面白かった。特に富士山麓の自殺の名所の樹海のあたりの住民の話とか。本っていいなと思うのは、歴史を遡ることができることで、若狭湾の原発の話にしろ諫早湾干潟の件にしろ、歴史が今に関係しているという当たり前のことを教えてくれる。この本を読みながら改めて思い出したのは、タイ人の不法滞在者が盛んに摘発されていた昔、大手マスコミの記者が誰か紹介してくれっていうから連れて行ったら「日本は楽しかったです」という感想を述べて、オドオド逃げ隠れしている不法滞在者の話が書けなくなって困って上司に電話していたこと。今はそんなことないと思うけど、当時はそんな方もいらしたんだなと思い出した。予定と違っていたら現実を予定に合わせるというのはあり得ないわけであるが、結局時間だとか内部事情だとか関係してくるわけなんだろう。事情に振り回されない力量がないと迷惑の方が大きいと思う。そんな事情と違って、こちらは軽く読めて中身は深い。もっと早くに読むんだった。
by kienlen | 2010-01-19 17:01 | 読み物類 | Comments(0)

信州で読んだり書いたり、時には旅したり


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