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ピザからジンギスカンへの流れ

毎日書くためのいい方法は食事ブログにすることなのだった。早速本日のランチ。出先で食べることにしたのは、出先が故郷の山村付近だったからである。元地元に貢献するには食べる、買うくらいしかない。で、むしょうにピザが食べたくなって、たまに寄る、結構好きな店に入った。野沢菜ピザというのがあったからそれを注文してみた。しばらくして「ピザの台がちょうど終わってしまいました」と言われた。「えー、ピザが食べたくて入ったんですけど…」「すみません、パスタならありますが」「パスタは食べたくないですねえ、2-3か月に1度くらい、やたらにピザが食べたい日があって、今日はそれだったんで楽しみに来たのに…」「すみません、定食も美味しいですよ、天丼、あ、でもピザと全然違いますね」「天丼は好きじゃないんですよねええ、どうしようかなああああ」「ピザトーストならあるけど、それって…」「食べたくないなあ」と話す。感じの悪い店だったら「また今度」と言って出てもいいような展開であるが、こういう時ってスタッフの対応いかんなのである、私の場合は。
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「どうしよう、どうしよう」と、決断力の塊みたいな自分にしては珍しい迷いを口にしている間、ずっと付き合ってくれるスタッフの女性。本気でピザが食べたかったのだからオプションを考えてなかった。メニューを追っていくと「ジンギスカン定食1000円」があった。そういえば、ピザの前に食べたくなっていたのはジンギスカンだった。つまり今日は午前中仕事だったのに脳に栄養が行ってないような感じがして、しつこいものを食べたかった。ジンギスカンだ、とまず思ったが、このあたりはたいてい専門店である。ジンギスカン気分ではあるがジンギスカン屋の気分ではない。じゃ、ちょうどいいなと思ってジンギスカン定食にした。なかなかのお味でした。店によっては甘いのが気になるが、そうでもなく、付け合せの、豆腐と細かくしたゴボウの炒り煮も薄味で美味しかった。満足だった。ただしそれで頭の働きが活発になったということはなかった。ジンギスカンではダメなんだ、ピザだったらどうだったんだろう。やっぱりダメか。それにしても、コミュニケーション力の高いスタッフのいる店にはまた行きたくなる。帰り際「次はピザ用意しておきますから」と言われた。じきに行こう。
by kienlen | 2009-08-31 17:08 | 出来事 | Comments(0)

珍しくテレビ視聴

選挙速報を見ながら夫が「どうして」と不思議そうだった。そういえば、そうかもしれない。タイ人から見たら安定した政治で平和な日本に見えるのだろう。それをあえて交代するのはなぜかということのようだ。でも、それにしても、負けた方の方々の言い分を聞いていると、想像力の欠如も甚だしい感を持たないわけにいかない。周囲が支持者ばかりで実態を分かってないと思うけど、と一応感想を述べておくが、伝わっているのかどうか。で、次に夫が言ったことは「誰も経済対策について言わない」である。確かにすごく守りに回っている印象。困窮すると底辺を動員して〇〇ズムという説もあるが、なるほど感はある。というわけで珍しくテレビを見た。
by kienlen | 2009-08-30 23:56 | その他雑感 | Comments(2)

夏のランチはバジル炒めで簡単に満足

バジルを1本だけ植えておいた。タイ料理的にはホーリーバジルをよく使うが、どこでも売っているスイートバジル。実は毎年のように植えてみるのだが、なぜかちゃんと育たない。そこで今年はダメ元で、日当たりも今いちで条件の悪いと思われる所に植えて忘れかけていた。が、どうしたわけか、雨のせいなのかどうか、気付いたら育ってくれていた。家で作るタイ料理のお勧めをひとつ挙げろと言われたら、迷わずに挙げるのが、バジル炒めであるから、自分でも作らないことには話しにならないのだが、バジルがないとできない。山育ちとしては、こういう葉っぱを買う気にはならない。今年はやっと作れる、というわけでバジルを摘んでは作っている。3分あればできる簡単さで、美味しくて夏にはぴったり。夏休みの子ども用ランチはこれでかなり乗り切った。食べ物にうるさい息子もこれは黙々と食べる。満足である。で、バジルがますます大きくなっているので、今日の昼もこれにした。

タイ料理はサッと作れるのが多くていいなあと思う。これなんか本当に傑作だ。ニンニクと唐辛子を多めの油で炒めて豚肉とか鶏肉とかエビとかイカとか、何でもいいのだが、小さめに切って、それと玉ねぎと一緒に炒める。味付けはオイスターソースとナムプラーで好みに。私が自分で気に入っているのは味噌を入れること。肉に火が通る間に、オイスターソースと味噌とナムプラーに水を加えて混ぜ混ぜしておき、火が通ったらザッと入れて混ぜる。火を止めてから好きなだけバジルを入れると、バジルの緑が一層際立って視覚的にも食欲増進。これをご飯にぶっかけてから、半熟の目玉焼きを載せる。ただ、家で作る時は見た目よりも栄養を考えちゃうので、私の場合はあり合わせの野菜をもっと入れる。ニンジンとかキノコとかキュウリとか。子ども用には唐辛子を細かくしないて入れておくと取り出しやすいから便利。たまに欠片を食べて大騒ぎしているが、だからと言って文句は出ない。ああ、美味しかった。1本のバジルに感謝、感謝。
by kienlen | 2009-08-29 12:57 | タイの事と料理 | Comments(0)

予定を立てないことのムダ

もう我慢の限界にきている。部屋の散らかりよう。我慢することもないのに、毎度毎度我慢できなくなるまで放置するのはどういうことなんだろうか。汚いのが好きなわけではないのになあ、といつも思う。整理整頓能力の欠如か、何なんだ。自分だけが使うスペースの場合、他の要因を排除する操作をする必要がないので単純に考察対象にできる。まずはもともと、キチンと予定を立てて物事をする習慣がない。子どもの頃に夏休み帳に予定を書いたりする欄があったように思うが、予定って何のためにあるのか分らなかった。明日になって自分がどういう気分でいるか、何が起こるかも知れないのに明日の予定をどう組むのだ。分らないことをする時間はもったいない。そもそも予定通りに物事が進むなんてあり得ないわけで、結局合理的な選択としては予定を立てないのが一番…ではないだろうか。で、こういう性格だと勤め人がいいのである。フリーランスをしている友人の中には「朝、決った時間に出勤するのがいや」などと言う人がいるが、私は人が決めた予定に従うのはあんまり抵抗ない。なんだかこっち次第という感がスリリングである。決め事に従わなければクビであれば、その切り札を懐中にしのばせて、自分で自分のクビをしめるかどうかを、イザとなったら選べばいいという感じがある。しかしまあ、そういう思い込み自体が誤解だという指摘もあるのだが。

それと、私の中には過程はすっ飛ばして結果がすべてという考えがあることは確か。がんばったんだからいいよ、ということは基本的には言えない。これは単に、がんばろうががんばらなかろうが、どっちでもいいと思っているからで、がんばった人だけを評価する気にはなれないからでもある。じゃあ、サボっている人がいいのかというと、それはそれでご自由にであり、でも自分としては、どっちの人とも仕事で関わると面倒くさそうなので、結局こんな孤独な仕事形態に追い込まれたような気もしないでもない。避けられないのは子どもの場合で、それを今修行しているから人間の幅はこの齢になって広がっていることはめでたいかめでたくないか。整理整頓から脇道に逸れたようでもあるが、結果だけの習慣になっていると、掃除も結果主義に引きずられる。客人がある時に間に合わせるとか、何か「これが結果」と思わせる着地点を作らないとならないようでもある。それが外部からない場合は内発的動機を作り出そうとする。結局のところこれが問題である。形式から入るべきなのだ。これまでの人生、どうも内発という思い込みに偏ってきた気がする。教育の成果なんだろうか。それほど受けてきたつもりはないが。今後形式、予定等外圧側にも寄っていくことにしよう。とりあえず今日はどうするか。仕事はあるけどやる気はない。掃除はしたいが仕事がある。やる気を出すにはどうするか…じゃなくて、やらねばならない、理屈じゃない。これだ。
by kienlen | 2009-08-29 09:36 | その他雑感 | Comments(0)

日本語教育についてのイベントの簡単メモ

しばらく前に、今回の選挙の立候補者の公開討論会というのに行ってみた時、ひじょうにびっくりしたことがあった。少子化問題について問われて「外国人労働者の導入も検討する必要がある」と、短い時間のコメントの中で明言した人がいたからだった。これこそ国が方針を示さない限りは混乱するしかないという課題の最たるものなので、いずれ選挙の争点にも入ってくると思うけど、国がはっきりした方針を公開する前に、周囲を固めようというのか、なし崩しでいこうというのか、現状をフォローしているのか何だか庶民にはよく分からないが、多文化共生とか「生活者としての外国人」という視点は拡大してきていることは確かみたいだ。で、今日は文化庁主催の「文化庁日本語教育大会」というのに行ってみた。全体テーマが「『生活日本語』について考える」。文化庁実施の日本語教育事業についての報告と意見交換というもので、私には初めての聴講だった。日本語教育の方法論みたいな話だと分からないな、と思っていたがそうではなくて、もっと広い話がきけて面白かった。

いずれにしろ日本に住んだり働く外国人は増加の一途である。日本人人口は減るんだから割合はもっと増加するに違いない。今日は文化庁の事業を実施している方々の発表だったのだが、埼玉県、群馬県、愛知県、大阪府など、地域柄もさまざま、事業内容もさまざまでとっても興味深く聞いた。この中で「ブラジル人の集住地区では、地域の日本語教室にブラジル人があまり来ない」という問題が提起されたとき、会場から「日本の文化とブラジルの文化が大きく違うので日本社会に入るのが難しい」というようなブラジル人当事者からの発言があった。同じようなことはブラジル人の友達からも聞く話しであるが、文化の違いがどの程度なのかを想像するのは結構難しい。タイと日本の場合、ここまで違うのだろうかと思うと、どうもよく分からない。こんな些細なことからいろいろと感じることができて東京まで行った甲斐はあったように思う。
by kienlen | 2009-08-28 22:57 | 出来事 | Comments(0)

『商人道ノススメ』

ガソリン消費のためのような日々。本日も中距離運転なり。いったん涼しくなったが今日は暑くて汗ばんでいた。この間まで夢中になっていたのが松尾匡先生という方の『商人道ノススメ』だった。本屋で偶然見つけて手に取って「た、、高い」と思いつつ買った2400円+税金。藤原書店刊だから納得ではあるが。読後に不満はありません。力作、面白かった。やはり本の価値というのは失われるものではないと思う。ちょっと前だったらこのタイトルで手に取ることもなかったと思うが、このところ商人のすごさについて考えていたところだったから、そういう気持ちにフィットしたわけだった。著者の主張というのをガサッとまとめると、こういうことのようだ。武士道がブームのようになっているが、これは目下の問題解決にならない→なぜならば、武士道は典型的な「身内集団原理」に基いているから→今のような経済社会システム下にあっては「開放個人主義原理」こそが必要なのであって身内集団原理ではない→その開放個人主義原理は商人道にある!

松尾先生の専門は理論経済学だそうだ。でもこの本はいろんな分野に果敢に挑戦していてとっても楽しいし、私はこの主張にはウンウンの連続で拍手したくなった。とにかくさまざまな現象に両者の原理、倫理を対比させながら適用していくあたりは理論の専門家っぽい。まずは身内集団原理と開放個人主義原理の説明をしてから、江戸の商人道の説明に入る。これって知らなかった。歴史でも教わった記憶ない。ああ、これは単に私の勉強不足かなと思い始めて、どうやら違うらしいことも感じる。江戸の商人道が、明治期の近代化推進のために武士道に押されて省みられなくなったことが、その後の戦争を含む問題の要因であるとのことだから、その余波は教科書にも及んでいるのかもしれない。ここで紙幅を割いているのは「近江商人」に関してで、その商人道の源流としての浄土真宗がプロテスタントの原理と似ていて、それが資本主義の発達の重要な要素になっているのだそうだ。小林よ〇〇〇氏への批判も、この原理でスパッとやっていて面白かった。最後は「反撃せよ商人道」というタイトルでちょっと冷静さを欠いたアジテーションスタイルになっているのも、それはそれで熱意があって好印象だった。全然知らない分野なので、商人道に詳しい人に読んでもらって感想を聞いてみたいもんだと思った。
by kienlen | 2009-08-27 20:06 | 読み物類 | Comments(2)

月末まで僅かだからアセラナイト

飛び飛び日記にうんざりの昨今。選挙で忙しい…と言ったらウソになるし、ウソつきは政治家の始まりなんてことはあり得ないし、めっそうもないし、昨日は期日前投票に行ったのだった。そしたら長い行列で、次に控えた打ち合わせの時間に間に合わないとマズイので並ばずに引き返した。こんな期日前投票所は始めて見ました。この調子だと当日も混み合うのだろうか。いつもならガランとした投票所。手続きして、投票者より多い係員の前を、オーディション会場でもあるまいしな、と思いながら歩くことになるのだが、今回はそれどころじゃなくて行列になるかも。出口調査なんか間に合うんだろうか。私も遭遇したことがあるが、若い記者だかアルバイトだかをからかったりする時間もあったけど、今回はそんな余裕もないかも。投票の楽しみ半減、なんて言ってはいけませんが。

毎日が自転車日和なものだから、用事ついでについ外をふらふらしている今週。今日も本屋に行って現金足りなくなってカードでお買い物。いろいろと、季節柄編み物の本まで。もらったままの毛糸があるから何か作りたいが、時間的には自信ない。子どもらの夏休みが終わって昼食の心配がなくなったのも影響しての外遊び。主婦の開放感ってこれなんだと思う。今月はまあまあ働いたように思う。しかもまだ終わってないのがいくつかあって、終えられるのかのメドもたってない。明日は1日外仕事だから在宅ワークはさらに先延ばしだ。明後日も、仕事じゃないが上京するから仕事は先延ばしだ。結局週末に持ち越す。今月はずっとそんな感じだった。映画も見たし本も読んだが感想も書いてない。先延ばし主義に転向なのか単なる加速か。
by kienlen | 2009-08-26 22:53 | その他雑感 | Comments(0)

本日の買い物の一部分

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モノを増やしたくないけど時々欲しくなる文房具。今日も午前中にちょっとした仕事に出て、天気はいいし風は秋っぽくて快適で自転車でふらふらしたくなって本屋に行って文具店に寄った。時々寄る文具店の特設コーナーで立ち止まってしまった。シックで握り心地が実用的な鉛筆のサック。それから2mmという太い芯用のシャープペンシル。シャーペンというのはよく使う道具だが、いくら使っても壊れるものでもない。だから買い替えというよりも追加でついつい時々買ってしまう。グリップの細いのは好きではないし、子どもみたいな安いのも買わない。この赤いのは安くておもちゃっぽいけど何となく気に入ってしまった。安いから考えるほどのこともない。サックと共に購入を決める。

その後も店内を周って、びっくりするモノを発見した。「私はふせんを持ち歩く」と書いてある。商品名よりも目立つ場所に。もう、もう、自分の気持ちそのもの。自分だけではなくて多くの人もそうだと思う。で、付箋の持ち歩きってひじょうに不便。バッグに付属の小さいポケットに入れてみたり、バッグ内の小さいバッグに入れてみたりするが、汚れたり折れたり。かといって大切にしまい込むと使いたい時にすぐ使えない。かといって、付箋なるもののためにそれ以上考えるほどの価値も感じない。でもでも、出先で本を読んでいて付箋を貼りたいことはいつもいつも。こういう商品があったことを今日まで知らなかった自分だった。あまりに大げさな外観だしサイズも大きすぎる感は否めないが、商品開発のアイデアに敬意を表して買うことにした。購入後も、やっぱちょっとデカイな感は募るけど、これはこれで意外性があっていいかもしれない。楽しくなってノートを3冊。ノートは使い捨てではあるが、きれいな柄のが好き。今日はストライプ柄の色違いにした。楽しかった。
by kienlen | 2009-08-24 15:10 | 出来事 | Comments(0)

1日上京した息子に感想を聞く

オープンキャンパスに行くとのことで、昨日息子が上京した。新幹線は高いからダメなのでバス。先輩のアパートに泊まるとかいう説もあったが日帰りした。今朝、様子を聞いたら「あそこに住む自信ない。1日で疲れた」と言う。スポーツは好きだがエネルギーに満ちたタイプでは決してないから、その感想は親の予想通りである。意外に人を見る目があるな、と思った。「〇〇〇〇カメラの前に50人くらい集まってDSやってた。脇にベビーカー置いて赤ちゃん乗せたままやってるお母さんもいた」そうで、携帯で撮った写真も見せてくれた。なるほど、ビジネスマンらしき姿から女性からひしめき合って何かやっている。それを撮影している小さな子どもまで写っていた。シュールである。大学の様子も「パンフレットの写真と違う」と言う。この方面は得意分野の親としては勝手に解説。作る側はイメージ良く作るに決っている。いくらでもそれは可能である。だから自分で見て感じる必要があるのだ云々。「私は都会は好きじゃないけど、どう考えるかは自分次第だし、ま、どっちにしても住めば慣れるよ」と言うと「ああいう所に慣れるのも怖いね」と言うから、私としてはこれは、まずはまっとうな感性だろうと思った。問題はそれでも別の目的のために東京がいいかどうか、である。

で、問題は息子には特に目的がないことである。だったら東京である必要があるのかどうか、である。人口移動の現状を見ると、日本全国が豊かになるに従って一極集中傾向は緩和されていたのが、近年はまた東京集中が顕著になっている。富も情報も権力も集中しているということである。それを踏まえた上で、だから庶民の個人のレベルでどうするか、である。子どもにしても家が金持ちなら「ぜひ行きたい」と言うかもしれない。都市生活は金さえあれば快適にできるという面はある。そういう状況下にある人と違うことを知らないわけはない。まあ、しかし「それよりも、勉強は?」と言いたいのは我慢した。言ってもしょうがないし、ここで夢を潰しても得るものなし。人間、その場にならないと分からないのである。特にキミは…と言うのもやめた。こういう子をもったおかげさまで母としても成長している気分。「埼玉は、神奈川は」等々言っている。具体的な目的がないから何でもいいのだ。だから私としては「関西もいいし、名古屋もいいじゃない、東北も信越も、九州だって四国だって」とアドバイス。外国だっていいけど、それを言うと拒否されるから止めた。都市生活や都市文化に共感を覚えられるわけではなく、人ごみは無条件に嫌いな自分の価値感に、いい齢した今になって揺らぎはないが、自分以外の人に揺らぎなく伝える自信はない。「そういう感想をもっただけでも勉強になったんじゃない」とは言っておいた。何の目的で行ったんだ…。パンツが半分のぞくズボンも買ってきたし…。
by kienlen | 2009-08-22 12:48 | 家族と子供の話題 | Comments(2)

佐藤優『功利主義者の読書術』

雑誌を買いに書店に行く。どうしてもしばし店内散策。どうしても興味を惹かれるのを見つけてしまう。今回は純粋にタイトルから2冊だった。『功利主義者の読書術』とは素晴らしいタイトルではないだろうか。数多の社会科学理論の中で功利主義は概論だけではあるが、かなり魅力を感じたものだった。どんなかな、と思って手に取ったら著者が佐藤優だった。黒の装丁もスタイリッシュだし3拍子揃って買わないわけにもいかない。ちょうどどうしても読みたいと思うのが手元にないこともあった。小熊英二のは厚過ぎて外出先の空き時間に広げたい時にも就寝前にも昼寝前にも手に負えない。次に見つけたタイトルは『商人道のススメ』。これもいいなと思って高いけど買った。まず読書術の方を読む。まえがきから抜粋するとこういうことだそうだ。“プラグマティズム(実用主義)や功利主義の背後には目に見えない真理がある。読書を通じてその真理をつかむことができる人が、目に見えるこの世界で、知識を生かして成功することができるのである。この真理を神と言い換えてもいい。功利主義者の読書術とは、神が人間に何を呼びかけているかを知るための技法なのである”。

「資本主義の本質とは何か」「論戦に勝つテクニック」「実践的恋愛術を伝授してくれる本」「交渉の達人になるための参考書」「大不況時代を生き抜く智慧」「世直しの罠にはまらないために」「人間の本質を見抜くテクニック」「沖縄問題の本質を知るための参考書」「再び超大国化を目論むロシアの行方」「日本の閉塞状況を打破するための視点」という題目の元に、それぞれ2冊から4冊の本が紹介されている。自分で読んだことのある本は、若い時のチャンドラーとか数冊のみなので、読みたくなった本はたくさんあった。ちょうどこの本を発見した日の同じ店内で村上春樹が新訳した『ロング・グッドバイ』という、私が最も愛する本の中に入るのが平積みされていたのでちょっと開いてみた。新訳で読み直すのもいいかなと思って。でも、どうも私は村上春樹の文体の翻訳にスッと入ることができず元に戻したのだが、ちょうどこの本で清水訳と村上訳を比較して、村上訳をひじょうに高く評価していた。ちなみにこの本は「人間の本質を見抜く」に分類されていた。これを若い時に読んだのは効果あったんだろうか、などと思いながら読むのも楽しいし、いつものように丁寧な解説と、サービス精神にあふれる本で、これもお得感はあった。
by kienlen | 2009-08-21 09:57 | 読み物類 | Comments(0)

信州で読んだり書いたり、時には旅したり


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