<   2009年 07月 ( 20 )   > この月の画像一覧

落ち込んだ時は簡単な手芸をしよう

f0104169_181328.jpg

しばらく前に「落ち込んだ時は料理を作ろう」という本を図書館で見つけて、いいタイトルだなあと思って借りてきた。期待して読み始めたが、もうちょっと生々しい落ち込みがあって、それを振り切るためにも料理は最高、みたいな日常の中のドラマみたいな展開を期待し過ぎたのがいけなかったのか、じきに挫折した。だけど、落ち込んだ時に目に見えることをするのは有効ではないかと思う。料理が得意だったらいいのになあと夢想することはよくあるが、残念ながらそうではない。しかし手芸は好きである。しかしこれも慣れだから離れていると鈍くなる。今はもう何年もそういう状態。でも昨日ミシンを踏んでいたら楽しくなって、今日も踏みたくなった。別に踏みつけにしたいものはあるが、我慢してミシンだ。落ち込んだ時はミシンを踏もう。

しかし何を作っていいか分らない。服を作ろうかと思った。でも大作に取り組むほど超暇というわけではない。単に落ち込んでいるから仕事が手につかないということである。ちょうど娘が早めに帰宅したので「何か、バックとか欲しくない?」と聞いたら「ポーチが欲しい」というので希望のデザインを聞いて、あり合わせの布を組み合わせることにした。「ちゃんとファスナー付きにしてよね」「ハイハイ」で、簡単だけどかわいくできた。昔、手芸なんかしながらお小遣い稼ぐくらいで生活できたらいいのになあとよく考えていた。そしたら家にいられるし、幸福な感じがしたから。洋裁の学校とか行きたかった。しかしまあ、本格的にやるほど向いているとは全然思わないので老後の趣味にとっておこうと決めた。ところがもうすでに目が見えにくくなっていてこのポーチだって縫い目は勘である。眼鏡の必要性を感じさせてくれる制作物でもあった。
by kienlen | 2009-07-27 18:17 | その他雑感 | Comments(8)

事務所のカーテン作りの日

f0104169_1543590.jpg

出来上がってこうしてみると、まるでインドかネパールの(といっても行ったことないけど)〇屋さんのようになった。業種を変えるか…。友人からたくさん布をもらってあった。何か作りたいと思いつつ積んだままになっていた。このところ目覚めるたびに、何か作りたい、という気分になっていたのに起きてみると別のことをやっている。本を読むか、タイ語の勉強か。こういうことはキリがないし、何か成果が見えるわけではないので、いつやめるということがない、泥沼である。その点、何か作る場合は、完成すると達成感があるし、それでやめることもできる。健全である。そもそもは娘が「運動着に名札をつけてくれ」と言ってきたことが始まりだった。今のはアイロンでくっつけるようになっているが、こんなものくらい手を使うべきであろうと思って「縫ってやる」と引き受けた。ちょうど暇だったから。

ついでに娘の窓のカーテンを作る気分になった。「兄ちゃんがカーテン取って行っちゃったから暑くてたまらない」と言われて数日以上になる。あんまり放置しておいてもかわいそう。小さな窓なので布の大きさを確かめることもなく好きなのを選ばせた。直線に縫うだけのどってことのないものだが、作っていると楽しい。ついでに事務所のカーテンも取り替えることにした。しかしこっちはとても大きい。同じ布で作るのは不可能である。布の処理を兼ねてパッチワークのようにしようかと思ったが、それだと賑やか過ぎる感じ。そしたら紫の布が割と長めにあることが判明した。私は紫という色が大好きである。これを基準に考えることにする。といっても長さが必要というだけで限られる。友人はパッチワークをやっていた人だから、いいなと思って確認すると切れ目が入っていたりしてがっくり。結局大変賑やかになった。大きいドアなので3枚を吊るす形にしてある。1枚目を吊るした時はシックですごくいい感じだった。ところが全部吊るしたら、まるで…である。娘が「カーテン替えるだけで雰囲気変わるね」と自分のをつけた後で言いにきたが、多分当方の雰囲気の変化の方が格段に大きい。
by kienlen | 2009-07-26 16:08 | 手芸 | Comments(0)

そうか、こういうことだったのか。

そうか、こういう事なんだ、と直面してみて初めて納得することは、歳を取るにつれて少なくなるのかと思うとそうでもない。タイにいた頃、HIVの問題が爆発的で、予防活動に関して活動家が「夜の仕事をしている女性たちは昼間寝ているので啓発活動は難しい」と言っていた。それで夜の店を直に回って説明する活動をしていたわけだが、その時に私は頭では理解したつもりだった。ナンかでもやってない限り、夜に起きていれば昼間起きてられない、だからよくあるようなメディアによる啓発は届かない、ということは私でなくても分かる。でも、つくずくこういうことなんだ、と腑に落ちたのはほんのここ数日である。夫がそういう生活に入っていることを認めないわけにいかなくなったからだ。たまに朝帰りの頃はその都度、電話していた。頻度が上るといちいちするのも面倒で、それでもたまに電話していた。それが毎日のようになると、それが当たり前になる。それでも「父が帰ってないと子どもへの影響が気になるから子どもが起きるまでに帰ってくれ」と、数日前までは、たま~には言っていた。

しかし、完全に逆転してしまうとどうしようもない。それがその人にとっては普通なのである。子どもが不登校になったり、引きこもりの場合に昼夜逆転になることは、これも当事者から生々しい話を聞いたり本を読んだりで、知識としては知っているつもりで、その時になったら自分はどういう対応をするんだろうとずっと心の準備はしているつもりだった。しかし、想像と現実は違うよな、当たり前だけど。引きこもりの場合は、多分孤独だろうから最初自分の中での葛藤があると思われるが、夜の仕事の場合は周囲に仲間が多いわけで、つまりそれはそれでひとつの社会というか世界というか。24時間営業だってたくさんある時代、グローバル化して世界相手の事業だって時間など関係ない時代なのに、これくらいで何を言っているんだ、である。が、どうも最近の疲労感はこういう事態と無関係ではないと思う。こうなると自分は自分のペースを守っていくのみ。子どもにしたら無意識のうちにそういうテクニックを身につけているかもしれない、と解釈することにしよう。良し悪しはもう全く分からない。私はこういう生活を好ましいとは全く思ってないのは確かであるが、しょうがない。
by kienlen | 2009-07-24 10:07 | 家族と子供の話題 | Comments(2)

伊藤武『全アジアを喰らう』

昨夜は飲み過ぎ。酒は大量に飲みたいとは思わないが、昨日はなんだかつられて飲んでしまった。寝苦しかったので2日酔いまで心配してしまった。真剣にならないといけない仕事が入っている日だからクラクラしていられない。大丈夫で良かった。この本は数日前に読んだ。やっぱり図書館で借りたもの。大変面白かった。出だしは精神世界に入り込みそうでちょっとダメかも、と感じたものの、そんなことはなくて、しかし食するということの神聖な心性にまで踏み込んでいっているものだった。食と人に深めに触れ合う旅の様子、たまにはレシピも入れてある。タイ関係も少しあり。そしたら無性に本場のご飯を食べたくなった。旅にも出たくなった。

しかしこういう食文化というのは、一体この先どうなるのだろうかというのは疑問だ。私の親の代は味噌だって漬物だって当然手作りだった。私は味噌は買っている。しかしいくらなんでもインスタントの〇〇の素、みたいなソースは使わない。塩、しょうゆ、ナムプラーとか味噌とかでミニマムな味付けでいいやって方。ところが息子はこの頃、親の作ったものを食べずに自分でインスタント食品使いまくり。食についてはあんまり暇でも余裕のある生活でもない中で一応最低限の配慮はしてきたつもりだったのに、このザマである。情けない。食育とかいうけど、子どもって教えたから従うってもんでもあるまい。教えが身に付く子をもったらラッキーなんじゃないだろうか。自分で行動できるようになるともう別世界。何から何まで理解に苦しむ身内と一緒ってほんと修行だ。本と関係ない話になっちゃったな。面白かったです。
by kienlen | 2009-07-23 08:35 | 読み物類 | Comments(0)

鳥飼玖美子『ことばが招く国際摩擦』

カレンダー上の連休中はずっと閉じこもりだった。家を片付けてすっきりしたい気持ちはあるのに放置。齢のせいかと自分に言い訳するが、昔からそうだったことは自分が知っている。それにしてもますますだらしなくなったようで自分が嫌だ。チキンと整えた部屋で手をかけた料理をいただく、友達を呼んだりして。カーテンなんかももちろん手作り。そういうのがあこがれなのに、なんでゴロゴロして本読むばかりなんだ。ただしタイ料理のことを知りたくて食文化について連休中に調べようと思っていたのは事実。それで図書館から何冊か借りて、アマゾンの洋書で英語の大著(らしきもの)も注文した。タイ語のは、作り方よりは食文化に関する適当なものを調べて注文してくれと、夫に頼んであるが、彼がそういうことをするはずがない。とっくに分かっているんだが、ついタイ人なんだからいいじゃない、と思う甘えがイライラの元である。

ところが料理と関係なく、ついでに借りてきたこっちの方を優先して読んでしまった。この類は何冊か読んでいるので例として挙げられるのはだぶったり、読んだことのある本からの引用があったりするのも楽しく、止められなくなる。で、時間を食うばかりで他のことをしなくなる。情けない。言葉について考えていたら、英語のスクールや通訳をやっている友人のことがやけに気になって、すごく久々に電話してみたら、ちょうど前向きな意味で大きな変化のただ中にあって「アタシって霊感あるかも」と言ったら「それはそれで大変かもね」と言われた。でも寝てばかりいると奇妙な夢は見るものである。で、本の感想は、面白かった。タイトルの通りだけど、言葉は文化であるという面白さ、怖さだけでなく、国際関係についても垣間見ることができるからお得な感じ。それにしてもコミュニケーションって何だろうとは、いつも思うこと。それにしてもそれにしても活字依存というのは日常生活を崩壊させる力があるように思う。
by kienlen | 2009-07-21 11:52 | 読み物類 | Comments(0)

『多文化共生社会と外国人コミュニティの力-ゲットー化しない自助組織は存在するか?』

最近も、たまたま会った高齢の方と話していたら、最初の人が「娘はブラジル人と結婚している」と言い、次に会った人は「娘の夫は韓国人」ということだった。私自身は周囲が国際結婚だらけだから、たまに知らない人から「えー、国際結婚なんですか、カッコいい」とか言われると、逆にびっくりしていた方だが、ここまで当たり前になってしまってびっくりされなくなると、なんだかつまんなく感じるくらい。だいたい「タイ人じゃあ、仕事もないし大変だねえ」と言われることが多かったのに、それも通じなくなる。というわけで、移民の多い社会になると「多文化共生」がテーマになる、というわけで、このところこの類の本がすごく増えているように感じる。

この本は吉富志津代さんが博士論文を上梓したもの。自身が阪神・淡路大震災を契機に多言語環境などの外国人自立支援活動に従事していた当事者で、その時に取材や研究対象にされたがどうもピンとこない、というのが執筆動機になっているというのは、分かるなあって気がする。各国の状況がまとめてあって、日本の状況があって、最後に「多文化コミュニティセンター」を提言するという構成。副タイトルにある通り、ゲットー化を防ぐにはどうするかがテーマになっているのだが、多文化主義をとってゲットー化しないって、ホスト国の国民の方の啓発も本気で進めていく必要があるのだろうと思う。いよいよ外国人の受け入れを具体化していこうって方針なのかなと、多文化共生を標榜する本が増えているのをみて感じる。
by kienlen | 2009-07-20 11:13 | 読み物類 | Comments(2)

『ぼくの嫁さんは異星人-日本×中国との世にもおかしな国際結婚』

著者の山岡俊介さんはよく雑誌で見るジャーナリストで、好感をもっていたので図書館で見つけて借りた。とっても面白かった。たまたま入ったクラブでひと目惚れした著者と、たまたまビザ切れ寸前で相手を探していた中国人就学生の思惑というか愛情というかが重なって結婚することになった、というところから始まり。そもそもはジャーナリストっぽく、偽造結婚の実態みたいなのを書こうと思っていたということだが、路線は変更されて、赤裸々な日常生活と生い立ちで人間味たっぷりに楽しめる。著者の人柄が前面に出ていて、ますますファンになりました。が、中国人のオクサンの方になると、なかなかにすさまじい。タイのように人口が少なく自然環境に恵まれていて管理体制も温情主義的な国の人が、事実上中国人に君臨されているのは、まあ、こういう本を読んでも分かるというものだ。中国はアジアじゃない、と書かれているけど、やっぱりそうかあ。

中国の変化は急速だから、この本の当時とはまた事情が違っているとは思うが、さすがに社会背景からの考察は説得力ありで中国の様子が具体的にイメージされる。国際結婚の当事者というだけのだと、もうちょっと掘り下げと社会性、客観性が欲しいな、と感じ、学者だと、生活感ないですなあ、ということで今ひとつの感じなのだが、その点はこの著者も狙っているところで、人間的で客観性ありで、ユーモアありのスグレモノだった。刺激を受けて私もタイ人との国際結婚を振り返ってみたのだが、タイ人の場合はインパクトの強さを求めるのは難しく、一皮剥くことで表れる何気ない面白さみたいになるような気はする。それはひとつには欲求の強さの違いなんだろう。フィリピンでも中国でもアツさを感じるけど、タイはテンション低い。そこは私にとっては違和感のない部分でもあるが。
by kienlen | 2009-07-19 20:05 | 読み物類 | Comments(0)

ひっそりと自殺未遂

昨夜、ひとりでワインを飲んでいい気分になっているところに友人から電話があって、夜も遅い時間に夫の店へ出かけた。まだ営業時間中のはずなのに看板は消えている。お客さんがないと、早めに閉めることはあるが店内の電気はついている。こういう時に店に入って見たくない場面を見ると気分を害するので少々迷ったが、友達が車を駐車場に入れてしまったしでドアを開けてみた。意外に静かにタイ人ばかり数人がビールを飲んでいた。夫が「〇〇が薬を飲んで自殺を図った」と言う。〇〇は知らない人ではない。確か日本人の夫との間にまだ小さな子どもがいたはずではないだろうか。「なんで」と聞いても誰も知らない。「直前に会ったけど普通だった」そうだ。集中治療室に入って2日になるそうだ。意識はないそうだ。

事情は分からない。しかしこのあたりに定住しているタイ人との行く末というのは、決して明るいようには感じられない。外国暮らしが長くなるということは故郷との関係が希薄になるということなのに、じゃあ、日本で居場所があるかというとひじょうに心もとない。そもそもが人身売買ルートに乗って入国している場合が多いし、自分で自分の人生を切り開いていくというタイプに会えることは少ない。どうもここらへんが、他の国の女性たちに感じるエネルギッシュさに欠ける原因ではないかと思っている。まあ、だからなんとなく日本でひっそり生きるにはいいのかもしれないが…。たまたまここにいるから友達みたいに見えても、信頼し合うような関係をタイ人同士が築いているようには、とうてい見えない。せめて家族が支えになればいいけど、これがまた実に心もとない。いつになくひっそりとビールを飲んでいたのは、目をそらしていたい不安がすぐ身近まで迫っていたからじゃないだろうか。
by kienlen | 2009-07-19 17:53 | タイ人・外国人 | Comments(0)

『マニラ行きのジジババたち』

昨日読んだ。著者の浜なつ子さんの本は面白いのでファン。確かバンコクで会ったことがあると思う。昨日はほんのちょっとの外仕事があったついでに友人とお昼を食べて、久々だったこともあって長話になってしまった。年齢を重ねると身近に死も増えるし、思索も深まるしで重厚になるかと思うとたいていは逆で、人生なんてこんなもんであると分ってくるから、その域に達してない私はアドバイスされる側の役回りだったようだが、それに気付かずに、同意できない点はキチンと反論していたら「そういう時はハイハイって聞いていればいいの!!」と言われ、そういえば常々こういう言い方をされるよなあと思った。ってことは、やはり日本社会の中にちゃんとした位置を占めるのが難しいはみ出し者なのである…と感じる人には元気を与えてくれる本かもしれない。マニラ行きのジジババの単なる体験談にとどまっていない洞察力はさすがである。取材対象者ごとに文体を変えたり、味付けを変えたりなのも楽しい。

フィリピン人というのは、この間の本でも感じたけど、魅力を感じる人にとってはよほど魅力的な人々なんだろう。タイでここまでのハチャメチャさがあるかというと、ちょっと違うような気がする。貧富の差が大きいとはいえ、植民地だった国におけるまさに支配する側とされる側という関係性とは違うように感じる。タイは静的なイメージだし、フィリピンというのは動的な感じがする。そういえば私にはフィリピン人、あるいは配偶者がフィリピンという友人がいない。数の点では相当多いはずなのに縁がないようだ。夫の店にフィリピン人の常連さんがいるくらい。そして彼女たちが醸し出す雰囲気というのはタイ人とは相当に違うとは思う。で、この本は、なぜ日本の年金世代がフィリピンにはまるのかを描いている。その人の出自、日本における来し方を再構築するのがフィリピンであるということだ。これはよく分かる。私もあの時に行ったのがタイじゃなくてフィリピンだったらフィリピンに住んだかも、うーん、どうかな。ちょっと分からないけど、そんなことをいろいろと自分に引きつけて想像させてくれる本だった。息子へのイライラ解消のため、娘との口論の余波を鎮めるためにもちょうど良かった。楽しかった。
by kienlen | 2009-07-18 11:16 | 読み物類 | Comments(0)

案じるようなことではないのかもしれないが

昨夜は飲み会だった。近くに、ブラジル出身の、もう長い付き合いの友人がいた。外国人に関わる活動の中ではちょくちょく会う機会があるが、彼女は大変な忙しさで久しくゆっくり話してない。そういえば子どもも大きくなっているんだろうから尋ねたら「今年受験生だよ」と言われた。ウチは高3だからあちらは中3。ウチの場合は「受験生」なんて言葉をとうてい使えたもんではないが。「ポルトガル語できるの?」と聞いてみた。彼女は日本人との結婚で日本に来た日系3世。当初は日本語はそんなにできなかったそうだ。でも「おばあちゃんが日本語で話すのを聞いていたせいか」と自分で言うくらい、じきに上達した。そして確か子どもが小さい時はポルトガル語の公文をさせているとか言っていた。その時は私も自然なバイリンガルについてもっと関心があったから「いいなあ、ポルトガル語の公文があって」と思って羨ましかった。タイ語があったらお金払っていたかもしれない、と思うくらいの気持ちがあったのだ。

彼女は首を横にふって苦笑いした。「できないよ」と言いながら。この場合の「できない」がどの程度のできなさを意味するかは分らない。期待以下という意味かもしれないし、全然できないのかもしれない。しかし、あの環境でバイリンガルになっていたとしたら私は考え方を変えなければならないなと思う。つまり家族は彼女を除いて日本人のみで、今は変化しているとはいえかつての典型的な農村地帯に家がある。ここまではまあ良しとしても、唯一のポルトガル語話者である母親が仕事をしていて、子どもに長い時間関わっていられるわけじゃない。その仕事が通訳だったりするのは皮肉であるが。今日もこれから、小学4年で日本に来たばかりのタイの子がいる学校に行く。このくらいの年齢で日本に来て膨大な漢字を覚えなければならないタイの子を見ていると、ひどく考えてしまう。自分の意思で行ったり来たりじゃないので強い動機がない。そして時間はある。その子の力にもよると思うけど、来たばかりの頃は楽しそうにタイの話をタイ語で説明してくれたり、教科書にタイ語で書き込みをしていた子も、1年くらいすると、書くのはもちろん、タイ語を読むことが面倒そうになって「読めない」とか「読めるけど意味わかんない」と言い出す。当然友達と話すような日本語はほとんど問題なくなる。しかしその程度の日本語って、大人になってから必要に迫られてやったらなんとかなる程度のものでしかないような気がしてしょうがない。
by kienlen | 2009-07-17 08:43 | 言葉 | Comments(2)

信州で読んだり書いたり、時には旅したり


by kienlen
プロフィールを見る