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遠方より友来たりで、近くの友人と合わせて3人でランチをした。オーガニックカフェのランチは選択肢がそんなになくてカレーにする。「辛くして下さい」と頼んだが、もちろん辛くない。それは予想していたからどうということはない。昨日の友人とのランチも別のオーガニックカフェで、ランチの選択肢はなくて小さいカレーがついていた。チーズが入っていて、私はそのチーズの塩気を感じていたら友人が「汗かいちゃった」と言う。このカレーは全く辛味がないのかと思ったら多少はあるようだ。今日の夕方になったらむしょうに辛いものが食べたくなった。コンビニ内のポストに請求書を投函したついでにジャンクフードを見て回って、唐辛子入りのせんべいを買った。これで一仕事だ、と思って封を切って食べたが全く辛くない。がっかり。気付いたら夫がパソコンに向かっていて、カリカリ音を聞いて「何食べてる」と言うから分けてやった。「美味くない」とひと言。目はネットニュースにやったまま。タイの空港閉鎖の件だ。

「店用の食材が入らなくなったら困るな」と言う。それもそうだ。12月5日が国王誕生日だから、まさかその時に騒ぎが続いているということはないように思えるが、そんなこと分からない。夫の兄家族が年末年始に帰国する予定だったはず。それまでには大丈夫だろうか、という話しになる。ドバイで働いている弟がタイに一時帰国していて戻らないとならないのに足止めをくっているそうだ。電話して「マレーシアまで電車で行って、そこから飛行機に乗れ」と指示しているから「ラオスの方が近いでしょ」と言ったら「ラオスの空港からドバイの直行便はない」とのこと。マレーシアへの電車、懐かしいなあ、行きたいなあ。そうだ、タイに行きたい人はマレーシア経由にすれば問題ないのだ。24時間の国境を越える電車の旅は何度もした。ま、時間の余裕のある人じゃないとイラつくかもしれないが。
by kienlen | 2008-11-30 00:12 | タイの事と料理 | Comments(2)
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インドはひどいことになっているし、タイもだ。世界がどこに向かっているのか、いろいろ読んでも分からない。分からないから不安だ。だから目をそむけて無関心になる、という循環は怖い。これは日記である、一応。インドの旅を振り返ることにすると、デリーからパトナまでインディアンエアーのうんと小さい飛行機に乗った。半分で切っちゃったのかと思うような外観にびっくりして、中に入ったら4列しかなくてまたびっくりした。ラオスでエアロフロート機に昔昔乗ったことがあるけど、もっと大きかった気がするなあ。ああ、でも台風に巻き込まれて落ちたことのあるサムイ島行きのも小さかったか。あの時は商社マンの知り合いが「僕の友達が突然都合が悪くなってキャンセルしたら、その飛行機が落ちたんだ」と言っていた。インドは全体に非サービス精神が発達している印象で、フライトアテンダントだって感情労働者の笑顔を作ってない…と思いきや、帰路のジェットエアーは笑顔が印象的で、どういうエアラインだろうと思って帰宅後にぐぐってみたら「サービスがいいので旅行者に人気」と出てきた。
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で、この小さいインディアンエアーの機内食が美味しかった。私にとっては今回の旅程のベストフードと言いたい。よく「魚ですか、肉ですか」とか「日本料理ですかタイ料理ですか」などは選択肢として与えられるが、こちらでは「ベジタリアンですか、ノンベジタリアンですか」となる。私はベジタリアンの方を選んだ。ホテルのカレーはあんまり辛くなかったからこっちの方が辛味が強くて美味しかった。まあしかし、お高いツアー料金の割に、ディナーの1食が大使館のパーティーで、1食が国内線機内食で、1食が国際線機内食で、1食が田舎の空港のあんまり冴えないレストランで、食費なんか限りなく安上がりに違いない。食べ物の恨みは恐ろしいといったって心の中と、周辺の人にこぼす程度。暴力は嫌だ。
by kienlen | 2008-11-28 22:12 | | Comments(0)
話しに聞くと現場を見たくなるタチの自分にはいい機会に恵まれた。ブラジル人児童が全児童の半数を超えている小学校の視察。愛知県豊田市内の小学校、とくればトヨタの関連企業勤務である。とくれば派遣である。そういうブラジル人たちが人口9000人の団地の約半数。限界集落の自治体なんかメじゃない規模のビル群の中にはブラジルの店、市場がある。小学校の児童数の推移をみると日本人の子が右肩下がりなのに対してブラジル人を中心とする外国籍の子は緩やかな右肩上がりで交わって逆転して日本人の方が少なくなっている。今年だけで22団体の視察や取材があったというから、先生も子どもたちも慣れたもので、視察スケジュールにそってスムーズに進行していく。概要を聞き授業を見せてもらって質疑応答があって、いろいろ勉強になった。一行はほとんどが学校の教師だから教材とかテストについて細かく質問している人がいる。

次に学校と連携しているNPO法人へ。ブラジル人居住者の多い団地の集会所を会場に放課後の勉強の指導などを行っているのだが、物的人的に手厚い学校に比べて悲しい状況だった。狭い教室は子どもたちであふれて、とても落ち着いて勉強できるような環境ではない。待機児童がいるがこれ以上の受け入れは無理。そのNPOの発足から今日までの経緯の説明を受け、もう質問したいことだらけ。委託金は、有給スタッフは、ボランティアは、収益事業は、等々。それでNPOの厳しさを再確認。いろいろな事業をしているが専従は代表理事で事務局長の1人だけ。日本語教室スタッフの時給は500円。5回の体験を必ずしてもらうが、100人体験して残るのは10人。委託は1年ごとなので先の見通しは立たず、しかし日々に追われて収益事業を行う余裕は全くない。逆に「収益事業をしているNPOを知っていたら何をしているか教えて欲しい」と逆質問されてしまった。「トヨタからは?」「賛助会員になっていただいて…年間5万円です」「5万…」。こういう話しは先生方は沈黙なのでいろいろ聞けた。内容が濃かったのと長距離移動でちょっと疲れた。疲労を残すと、もともと悪い仕事の能率が一層落ちるので寝ないといけない。そんなんでブログの更新も滞りがち。
by kienlen | 2008-11-27 22:57 | PTA・学校 | Comments(0)

旅行会社の役割

今回のインド旅行は初めて団体ツアーの一員として参加したものだった。メンバーのほとんどがお寺さん関係というもので、主な目的は仏跡巡りと法要。ツアーの名称も高僧の名を冠したものだから、そのネームバリューもあって、誰が見積もってもお高いツアー代金の根拠になっているはず、と思う。であれば、である。それなりの付加価値をつけるのが商売ってものではないだろうか、と私は消費者として思うし、もし私が商売しているんならそうじゃないと恥ずかしい。しかしその点ではひじょうに不満の残る内容だった。ただ私の場合、いろいろなツアーに参加してないので比較できないのが弱いところ。でもお寺さん関係はインドや中国はもちろんだが、結構出歩いている人が多くて、添乗員の不手際にムッとしているところに「アナタね、団体ツアーがみんなこうと思っちゃダメよ、ここはひどいわね」と知らないお寺さん関係者から耳打ちされたから、やっぱひどいんだろう。ま、旅行前のやり取りで想像はしていたが。ちなみにその旅行会社はネコちゃんより紛失荷物が多いと噂されている運送会社と同名だった。

旅行については疎い方なのでよく分からないが、感じたのは、つまり多分昔の団体旅行と違うんじゃないだろうか、今は、ということだ。個人じゃ行けないからツアーに参加するという時代じゃなくて、個人より充実したものがあるからツアーにするってことじゃないか。特に今回のように冠付きのはそれ。しかも目的は明確。だったらサービス内容に悩むことはなくて、この分野の専門性を高めればいい。このツアーの由来を話してくれると私だったら楽しい。ガイドさんもこの分野が得意な人を付ける。添乗員はその点を強調して吹聴したっていい、それなりのことをしてくれれば。そういうことは一切せずに、パーティーでお腹いっぱい日本食を食べた直後の夜の10時近くにおにぎりとインスタントみそ汁を配布されても困る。男子高校生なら夜食にいけるかもしれないが、高齢者中心のツアーである。バスで移動の時は「トイレ休憩は取りますから早めに言って下さい」とアナウンスした直後に現地のガイドが「トイレはない」とアナウンスする。どっちが本当なのか知らないが、少なくともどこでもトイレ休憩できるような気配は皆無だった。ホテルのランチボックスだって、あんなおざなりなのは、客をバカにしているとも言える。それはつまり旅行会社の力の問題だと思う。そもそもメンバーからは「あの添乗員英語できないんじゃないか」という声もあがっていた。ヒンディー語ができるようにも見えない。飛行機の中で記入する出入国カードの略語が分からなかったので、ちょっとかまってやろうって気もあって尋ねたら、答えられなかったのにはさすがにびっくりした。

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by kienlen | 2008-11-23 21:59 | | Comments(0)

映画「闇の子ども達」

タイが舞台だから、という動機で本日鑑賞。こういうマイナーなのはそんなに長くやってないだろうから午前の部で見て午後から仕事する心つもりで行った。観客は3人くらい。車検に出した車の中に眼鏡を忘れて代車を借りたためサングラスをかけて見たから色付きになったはず。で、この映画は、うううむ…、私はもう全く何の魅力も感じなかった。真正面から闇世界に取り組んでいるという見方はできるんだろうけど、そういう問題にいく前にもう理屈じゃない部分ですべてがダメだったので苦痛だった。だいたいタイを舞台にしてどうしてこんな描き方なのかもよく分からない。日本人が内省的で現実感ないままに生きているのはご自由に、であって、それで私はどうも邦画は勝手に苦手なのだが、タイを、しかもこのようなテーマを扱うんならもっとリアリティが欲しいように感じた。誰1人微笑まないでしかめ面、沈黙ばっかり、単調な人物設定、つまんないセリフ、好みの役者は皆無、テンポが性に合わないし、つまり相性が悪いんだろう。クライマーズハイを超える苦手作品だった。何がいいのかなあ、全然分からない。これだったら原作本の方が私にとってはマシだった。

私の読み方では、本のテーマは子どもの売買だと思っていたが、映画の方は子どもの臓器売買が中心になっていた。つまり臓器を取り出すために殺人をするのである。本では、私はこれはどっちかっていうと補足的なエピソードに捉えていたけど、映画はこっちが前面。それと幼児○○というのが絡まっている。どこから何を描こうとしているのかが見えにくかった。正義感というのも感じなかったし、人間愛も感じないし、冷静さも感じないし、冷酷さも感じないし、ナイナイ尽くし。主人公になっている新聞記者のああいう設定も、物語との関連でどういう必然性があるのか分からない。それで思ったのだが、私がもう世の中についていけてないのだと思う。ここ何年かで見た邦画は数少ないけど、つまんないと感じた映画に共通して覚えた違和感は、唐突さなのだ。ソレとソレの関係に対する想像力が及ばない。本日のもそうだった。この人がどうしてこれじゃないとダメなのか、筋道が自分には見えなくなっている。それをすんなり胸に落としてくれないとなあ、って感じる自分は古いのかなあ、と思った。ま、結局感性の相性ということだろうか。ああ、がっかりだった。
by kienlen | 2008-11-21 19:32 | 映画類 | Comments(2)
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これはインド最終日の朝飯。デリーでの滞在ホテルは、到着の夜と翌日が「クラリッジ」の予定だった。事前にぐぐってみたらとっても良さそうで期待していたら渡航直前になって「ミャンマーの大統領が来るのでセキュリティーのためホテルを変更します」という連絡が旅行社から入った。「大統領が宿泊するんですか」と聞いたら「それは分かりませんが」、とにかく勝手に変更されたわけだ。期待していた私は「じゃ、同等のホテルでしょうね」と聞いたら「同等というか、クラリッジは4つ星ですが変更になったのは5つ星ですから…」と、当方の無知を見下げた声音であった。それでまたぐぐってみた、アショカホテル。そしたら利用した経験者からのコメントが軒並みメチャメチャ悪い。よくここまで書くよなって感じ。そういうわけで、アショカ2泊→田舎で2泊→クラリッジ1泊ということになったわけだが、期待のクラリッジが最後の晩にあるからと楽しみにしていた。

パトナの空港から国内線でデリー到着が夜11時近くて、ホテルは11時とっくに過ぎ。リゾートホテルみたいな豪華さだったのに、夕食を食べられるわけでもなくロビーもすでに閑散としている。室内のウエルカムフルーツもお菓子も食べられない。しかも翌朝4時のモーニングコールである。シャワー浴びて12時になってこのまま寝るんじゃあんまりだ、と意地を張ってミニバーから小さなワインを出してひとりで飲んだ。400ルピーもしたから日本より高いくらいで、意地を張るとろくなことない。翌朝というか暗いうちに1人で降りていって、フロントでミニバーの支払いを済ませてロビーの椅子にいたら「アフターミントがないからその分を払え」と言ってきた。そんなもの食べてないからよくチェックしてくれ、と本当のことを言ったがしつこい。「アフターミントが何かも知らない!」と言った。そしたらガイドさんのところに言いつけに行った。もちろん本当のことを言った。そしたらびっくりしたことに新しい請求書を持ってきて「さっきは税金計算を間違えた、こっちが正しい」と30ルピー上乗せされた。しかも持参したのはハウスキーピングの担当者だ。自分らのミスであることは述べたがお詫びの言葉はなし。たった数時間いただけのホテルでここまで濃厚。で、写真はこのホテル製のテイクアウト用朝食。ラ・フランスは美味かったけど、何のための豪華ホテルだったんだ。
by kienlen | 2008-11-19 21:04 | | Comments(0)

旅先の食べ物その2

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写真はブッダガヤのホテルで作ってもらったランチボックス。今回の旅でびっくりしたもののひとつだった。次の目的地までひたすら走るということで、日本から同行の添乗員が「お弁当を作ってもらって景色のいい場所でピクニック気分で食べましょう」と言う。それまでの景色から想像してそんな場所があると思えなかったが突然出現するのかも、と思っておいた。旅行会社の役立たずは行く前のやり取りから分かっていたけど、その対応した当人が添乗員だったんだからどうしようもない。浅田次郎の『王妃の館』をずっと思い出していた。成田空港で同一人物と分かった時に「インドはちょくちょく行かれるんですか」と聞いたら「久しぶりです」と言っていた。初めてじゃないかと疑うに足る言動は何度かあった。ピクニック発言もそのひとつだ。

受け取った時の印象は「重たい」である。途中でバスが止まって「お昼にする」と言われた場所は砂埃の渦巻くような場所だった。別のバスの人達が出て行く。ここで?と思っていたら「ハエが多くてダメなのでバスの中で食べます」と言われた。この重たさは何だと思いながらバスの座席で開けたら、大きなじゃがいも丸ごと、みかん、バナナ、リンゴ、ジュース。ゆで卵2つとチキンがひとつとすえた感じで食べる勇気のないサンドイッチ。そしておにぎりだった。タイ米でもおにぎりにするのは新米以外適さないと思ったが、インドの米はもっとパサパサという印象。それにおにぎりの中身は一体何かと思ったら、何も入ってなかった。こういうのってどうなんだろう。日本人だからおにぎりと教えているのは日本人だろうから、きっとインドの人は「ヘンなモン食べるな」とでも思いながらにぎっているのかもしれない。なぜタンドリーチキンとご飯とか、チャパティーにしてくれないんだろうか。そんなことを考えていたら味噌が回って来た。メンバーの1人が日本から持参したもの。おにぎりにつけて食べたけど、1食ソンした気分はぬぐえなかった。タイだったらどんな田舎でも美味しいもんにありつけるよなあ、と思ってしまう卑しい自分であった。
by kienlen | 2008-11-18 23:39 | | Comments(2)

旅先の食べ物その1

今回のインドの旅は1食も自由に選べなかった。それでも私は最後の最後まで、店を選ぶことはできないにしてもメニューで注文するくらいの機会はあると思っていたのだから、団体旅行を知らないってことなんだろうか。渋滞やらで予定が変更になることが何度かあって、飛行機の時間に間に合わない危険を回避するため、予約していたレストランをキャンセルしてパトナの空港のレストランで食事になった時こそは、初めてフツウの店に入れた感じがしてメニューを見られると思ったのに違った。またもやビュッフェだった。最後までいたのは11人なんだからこの程度の受け入れを、空港の店でできないということはないように思うし、店は広かったし、その時は時間的な余裕はあったのだ。私なんか、自分が好きに選びたいタチだから、ガイドとか添乗員やって個人個人の好みを尊重していたら大変なことになるに違いないと、ずっと思っていた。もっともそういう仕事に就こうと考えたこともないし、就けると思ったこともないけど。

食事の総括をすると、外のレストランで中華料理を1度、デリーの日本大使公邸のレセプションで日本食中心のビュッフェ1度、時間がないのでバスの中で弁当が2回、国内線の機内食2回、団体ツアー御用達風の店で1回、そしてこの空港での食事以外はぜーんぶホテルのビュッフェだった。田舎の、日本人専用に近いようなホテルではガイドさんが「辛くないから大丈夫」と何度も何度も言っていたのが印象的だった。彼自身は別のテーブルで唐辛子の輪切りのたくさん入ったオカズを食べていたからちょっと味見させてもらって「こういうのも出してくれ」と言ってみた。翌日の朝食で「辛いのが欲しい人がいたから入れました」と言うので期待したらチキンカレーだった。多少は辛かったが物足りない。タイだったら食卓に調味料セットが必ずあるから自分で調節可能だが、インドはどうなんだ、というのも分からずじまいだった。
by kienlen | 2008-11-18 17:02 | | Comments(0)

インドで出会ったタイ

インドでの貴重な自由行動というのはラジギールという町のホテルの朝食後だった。お釈迦様在世当時のマガダ国の首都だったという町で、早朝5時に出発して霊鷲山の頂上で日の出を拝みながら念仏を唱えた後、ホテルで朝食、次の町内観光までのちょっとの時間が自由行動となったわけである。その時間を何分にするかでガイドさんが迷っていた時にメンバーの1人が「××さんがタイのお寺に行きたいって言っていたから1時間欲しいでしょ」と言ってくれた。それで、指示に従うだけにしとこうと思っていた自分の気持ちの中に小さな希望が入り込んだ。同室の若い子を誘って外に出た時の開放感に、キャッと叫んだほどだった。
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バスの中から見えて目をつけておいたタイの寺院はすぐお隣だった。行くと地元のインド人のすごい行列ができている。言葉が通じないので何が起きているか分からないが、場所を考えると、多分タイ人による施しであろうと想像する。そこに一行の中でも若手の男性がホテルのボーイさんと一緒に来て「抽選があるみたい、行ってみよ」ということで、インド人の人込みの中に皆で入った。気軽な行動だったがとんでもないことになってしまった。東京の満員通勤電車以上の勢いで皆が一斉に鉄の扉で閉ざされた門に押し寄せたのだった。戻るに戻れない。圧死とまではいかなくても怪我くらい覚悟してなす術もなくもまれているところに「その1人だけ」とガードマンが叫んで私だけタイ寺院の敷地内に入れてもらうことになった。そこはタイだった。見慣れたお坊さんが何人もいてお経をあげている。私もタイ人と一緒にひざまずいて手を合わせていたら「どっから来た?」と聞かれて「日本から」と答えた。「インドには貧しい人が多い」とタイ人。姉はしょっちゅう施しに来ているが自分は初めてだ、と言う。そこに、私からすると、はぐれた日本人が現われた。向こうは向こうで、1人はぐれた、と言ってくれて、多分それで私が入れたらしい。
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もうそこで時間切れ。「出してくれ」と言うと、言われたタイ人がびっくりである。入ったばかりで何もしてない。「急ぐのか」と言うから「次の場所に行かなきゃならない」と言ったら鉄の扉を開けてくれて、また人込みに放り出された。施し物を求めて入りたいのに入れてもらえないインド人たちにもまれながら、なんとか抜け出た。1人のサリーの白いマフラーがほどけて踏まれて砂だらけになった。観光の日本人と施しのタイ人と、それを受けられるのはごく少数というインドの地元民の姿を象徴するような出来事は一瞬でおしまいだった。「身なりの良いインド人の方が中に入って毛布とかもらっていた」と同室の女の子が感想を述べた。抽選って公平なのかな、などと根拠のない憶測してもしょうがないけど。
by kienlen | 2008-11-17 21:52 | | Comments(0)

とりあえず本日帰国

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本日インドより帰国。バンコクに住んでいる時に、インド放浪から戻った人たちが「バンコクは天国」と居ついてしまうケースを複数知っているが、今回、遅ればせながら初めてインドに行ってみて、その理由が分かった気がした。「若いうちに行け」と何度か言われたことがあるが、出不精がたたってこんな歳になって初めてということになってしまった。インドへの旅が初めてということだけじゃなくて、そもそも添乗員がつくようなツアー自体が初めて。初対面の人と同室で宿泊するのも初めて。自由行動は1週間を通じて1時間。食事は全部団体様用。買い物の時間がろくになかったので帰る時のデリーの空港でなんとか時間が取れて買おうとしたら、レジの方がちゃんと働く気があんのかないのか、あまりの遅さに集合時刻になってしまって商品返却。すご過ぎ、タイ人も真っ青と思った。

スケジュール管理されたグループツアーだと地元の人と接触の機会はないが、その代わりにメンバー間の交流があって、これは1人や2人の旅では得られない貴重な経験で楽しかった。デリーの最初のホテルはネット接続が無料でできたから喜んでいたのだが、なにしろ時間がなかった。遅くにホテルに戻って食事してひと息つくと12時とかになっていて、モーニングコールが4時で出発4時半という日もあった。私は寝つきが悪いのでベッドで読書していると1時間くらいじきに過ぎる。というわけでなかなかハードな旅だった。写真は最後の日に行った有名な世界遺産のタージマハル。40分ほどしか時間がないうちの20分は内部を見るための行列に入って、後りの時間は現地まで歩く時間でおしまい。普段は行列は入らないが、さすがに一生に一度かと思って待った。そんな奇妙な行動をするのはツアーメンバーの中で私だけだったみたいだった。タイにいたからアジアの混沌は慣れているつもりではあったが、インドはちょっと次元が違う感じだった。自由に歩く時間が欲しかった。インド料理ももっと食べたかった。美味しかったし、魅力の尽きない国なんだろうと思った。仕事があるはずだが何が何だか忘れてしまった。明日から意識を戻さないと。
by kienlen | 2008-11-16 21:32 | | Comments(2)

信州で読んだり書いたり、時には旅したり


by kienlen
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