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どこまでがんばれるか

だいぶ間があいてしまった。日曜日と月曜日は関西方面を1泊で周っていた。昨夜から突然、そうだ仕事をしなければいけないのだ、ということに目覚めて、今日は1日おとなしく家でゴソゴソやっていた。ゴソゴソがはかどったので、別々の客人2人にもあがっていただいてしばしおしゃべり。まあまあの気分で店番に出かけた。そこでもまあまあの気分だったのだが、電話魔の娘から何度も電話があって、挙句に泣いているしで、なんだかうんざりしてしまった。夫が家を出て行ったとのこと。家を出るのは私もしょっちゅうだから分かるが、違いは説明の有無である。私は説明されろと言わればいくらでも言うが、誰からも説明を求められない。夫は説明はしない。だから突然なのである。電話をしたら最初はとった。「全員うるさい」と言う。

娘は家で泣いていた。火曜日はパパがいるから楽しみにしていたのに家を出て行ってしまった、というわけだ。自分の楽しみと人の楽しみは違うし、人間誰だって機嫌の悪い時もいい時もあって、それは一致するわけじゃないんだから、と諭す。だいたい家出の原因を作ったのは娘なのである。まあ、それで出る方も出る方だと思うけど。「だいたいそんな小さな事にこだわらずにもっと大きな事考えてよ」と言うと「ママにとっては小さくても私には大きい」と、まあ、ごもっともな論である。深刻になっているとキリがない。とにかくパパが帰らない場合は私が朝食はするから落ち着いて、と言うと落ち着いた。案外あっさりしたものだ。いろいろごねたいのだろう。親が両方とも不安定であることを露呈したら子どもにはマズイだろうな、ということで持ちこたえないとならない。ふう。
by kienlen | 2008-09-30 23:59 | 家族と子供の話題 | Comments(0)

放置自転車って言われるけど…

昨夜も自転車を外に置いて来てしまった。ワインを少し飲んだだけだがいつもより酔ってしまったし、あまり遅くに自転車で帰るのもぶっそうで嫌だし、車で来ていた友人に途中で落としてもらうことにした。車を使わないというわけにはいかないが、遠方でない限りは極力自転車を利用するようにしている。ガソリンをたかなくていいし、車よりは運動になるし小回りがきくし、それに自転車は昔から好きだし。こんないい事ずくめの自転車と思いたいが、置き場所には困る。夫の店の前にお客さんが自転車を止めておくだけで近所から文句がくる。端によけているし、ジャマになるような場所にも思えないから、日本人や欧米人の店なら、こんなこと言われないんじゃないかと勘ぐってしまう。いつも行く書店の前もすべて駐輪禁止。駅に駐輪場があるが、そこに止めて歩くんじゃ自転車で来ている意味ない。夜に置いてくるのはたいてい夫の店の前だったが、それにクレームがきているから、この間は付近の大型スーパーの広い駐輪場に置いて来た。

翌日取りに行けず翌々日に行ったらない。サービスカウンターに行って尋ねてみると、担当者と会うように指示されて、後ろの通用口で用件を告げた。ノートをもった担当者が出て来た。手間を取らせて申し訳ないとは思う。でも、じゃあ自転車をどうしたらいいんだ。こういう自由さが自転車の持ち味なのだから、なんとか方法がないものだろうか。しかしスーパーにしたら自分の所をそれで使われちゃかなわないだろう。そりゃ分かるけど、自転車利用者への主体のない仕打ちを思うと素直に謝る気になれない。先方も黙っている。きっと「困りますよ」と言いたいのだろうが、サービス業だから抑えているのだ、ストレスだろうな。大量に並んだ自転車をチェーンでつないだ保管場所に案内される。うわっ、これだけの手間を通常業務以外にかけているわけだ。「お手数かけてすみません」という言葉が出た。先方無言。と、そこに「俺の酒知らない?」という男性の声。「あ、あそこに置いてあったカップ酒ですか?」「そうだよ」「ゴミかと思って処分しました」「俺のだよ。あれ持って店に入れないからさあ、ちょっと置いておいたんだ」。いろいろなタイプの方がうろつく地区である。どうなることかと思っていたら「分かりました。弁償します」と、すぐに担当者はお金を渡した。「99円だからこんなに要らないよ」と男性。慣れたしぐさで金を渡すと自転車問題に戻り、私に受領のサインをさせてサササと引き上げていった。
by kienlen | 2008-09-26 15:43 | その他雑感 | Comments(0)

やっと最後の2冊にたどりついた

細かい仕事や雑用が終わってほっとする直前に韓国人の友人から電話。近くにいるから会わないかというのですぐ近くの喫茶店で会うことにした。「最近韓国帰ったの?」と聞くと「うん、昨日帰ったところ」とのこと。お彼岸で父親の墓参りに行って来たそうだ。普段は教会に通うクリスチャンで、お盆やお彼岸は墓参りするのが一般的だそうだ。知らなかった。北朝鮮の国境の近くの方にソウルの一般市民の共同墓地があって、そこまで行って来たから疲れたということ。韓国は行ったことがないので想像を膨らませるだけ。妹さんや友人やらがリッチで、銀行に行くとVIPルームに通されて、為替レートとにらめっこして日本円を両替して韓国で貯金とか。もちろん利子がいいから。ソウルの中産階級向けの町についていろいろ説明してくれる。部屋の広さも。VIPルームだのコンドミニアムの広大な部屋だの金持ち用住宅だのはバンコクの描写みたいだった。ついでにプールがついてジムがあってガードマンがいてお手伝いさんがいて。一方でスラムはあるしホームレスはいるんだが。

「60歳まで働くには体力よ」ということでプールで泳いでいるというから「登山しない」と誘ってみたら行くというから仲間を1人確保。帰宅してソファに寝転んで本の続き。頼まれ読書の最後の『くにこism』という猪口邦子の来し方と主張、みたいな本。政治の裏舞台まで公表してくれたら興味なくもないけど、こんなきれいな部分だけ発表していただいても、だから、それで、としか感じようがない。でも自伝だから固有の面白さはあった。でもすごく不思議だったことがひとつ。戦争と平和をテーマに研究してきた方なのにイラク戦争に触れてないのだ。テロは許せないというだけで、その後はノーコメントでは不全感が残る。ちょっと前に読んだのは『東京WOMEN大作戦』という、猪口邦子と小池百合子と佐藤ゆかりの3人の才媛が女性の視点から東京に政策提言するもの。それぞれご専門の少子化と環境と経済と。2冊とも名刺代わりに配布するためのものなんだろうか。はい、よろしくお願いします。はあ…読書の楽しみを得られる本に戻りたい。こういうのはどこにも響かないし充実感ないし感動ないし笑いもないし。ああ、疲れた。
by kienlen | 2008-09-25 19:38 | 読み物類 | Comments(2)

『<女性職>の時代-ソフトインテリジェンスの力』

自ら進んで選んだ本ではない読書が続いている。育児中を思い出した。授乳中はもちろんだが、洗濯物を洗濯機に入れる時とか炒め物の食材をフライパンに放り込む時も数行読み進めることができる。それと信号待ちの間も結構いける。そうしながらなんとか読み通そうと思ったが、さすがにこれは…。呆れる内容だと、一体自分は何に呆れているのか知りたくて、そのために最後まで読んで友達に文句言って「もしかしてマゾ?そんなの読んで」と一蹴されるのが常だが、この本はそこまでもいかずに挫折してしまいました。すみません。若い女性に向かって職業選択と労働意識について説教しているらしいが、さすがにこの歳でこれを読むのは辛すぎる。もっとも若かったら読んで納得するかというと、多分できない。だいたい主観は主観で正々堂々と通していただければ潔くていいけど、これがいかにも世の趨勢であると言いつつ、それがなぜか説明しないままのまやかしに満ちている。言い回が仰々しくて、これがよく言われる上から目線というのか、と感心した。きっと偉いんだろう。偉いのは別にいいんだけど、だったらもっとスケール大きく威張ってくれると楽しませていただけるのだが残念でした。

でもまあ、読者を楽しませるために書いているわけじゃないんだろうな。かといって真剣に体を張って若い女性に指針を与えているようにも感じられない。このところ不可思議な本が続いているが、何か共通した印象を受ける。ひとつは前提がメディアで流布している人間なり社会像であるように感じられること。この本なんて、最近の女たちは管理職だ経営者だと、キャリア幻想に浸っている、というところから始まる。えー、知りませんでした、となると、もうダメである。そうかそんな世の中になっていることを日常的に若い女性と接しないわけじゃない自分がてんで気付かないとは、あまりに鈍感なのか。それとハードとソフト、女性と男性、強さと弱さ等々、対立させて、いかにもこっちがあればこっちはない、こっちを取ればこっちは失うかのようなのが、どうしても理解できない。こうして人を追い詰めておいて病気にしたいんでしょうか、って感じ。選択できるもの、するしかないものと選択なんて考えを導入しなくていいものがあるんじゃないだろうか。私はけじめのないB型なのでこういう思考の流れについていけない、ということでおしまいにしたい本。
by kienlen | 2008-09-25 10:48 | 読み物類 | Comments(0)

秋空の下を自転車で寄り道

在宅で集中したい日だったがちょうど真ん中当たりで外に行かねばならなかった。タイ人の子の支援ということで小学校へ。来日から3か月くらい。このところ多少日本語の単語がでるようになったが、かといって話せるほどじゃないし、文章で理解はまだまだ。私は子ども好きというわけでもなく教育にも全然向いてないのだが、タイの子と話すのはとても楽しい。田舎の子だから生活感があるのだ。この間は豚が生まれると尻尾を切るのだという話しをしていた。絵が上手でその様子を黒板に描いてくれる。生まれた時は尻尾がふさふさしているから、それを切るというが、それ、ホントかな。赤ちゃんがあったかくてかわいいから家の人に断って抱かせてもらったとか、情景が目に浮かぶ。今日は運動会が終わった直後だったのでタイの学校の運動会について聞いてみた。大きな米袋に子どもが入って、それでかけっこをするのが日本にあるかと聞くから、ないと言った。こちらも図解。面白そう。「転びやすそうだし危ないじゃない」と言うと「転んでも草だから大丈夫」ということだった。

仕事が詰まっているから帰宅すべきだったが、天気もいいし自転車が気持ちよくて、ラーメンとソバの対決みたいな食のイベントに行ってみることにした。チケットをもらってあるから1杯食べてみるかと思ったわけだ。ランチは済ませてあったがラーメン1杯くらい入るだろう。でも行列ができていて諦めた。待ってまで食べる気はなし。ついでだからすぐ近くの夫の店に寄る。そしたら久々に会うタイ人女性がいた。隣の町の夜の店に出稼ぎ中でここんとこ見かけなかった。ビールを勧められるから付き合いでちょっと。さすがに今日はリラックスできる心境じゃなかったら「なに、元気ないじゃない」と言われる。ビールを付き合わないとこういうことになる。で、こういう時に一番効く手はこれ。「考えすぎだから」と言ってみると、案の定「ダメダメ、考えるのダメヨ」と思ったとおりの反応。考え過ぎは悪であるようで、すぐこれだ。これでおしまいにしちゃう文化ってどうよ、なんである。
by kienlen | 2008-09-24 21:49 | タイ人・外国人 | Comments(0)

新そばの謎とワイナリー訪問

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この間用事がてら山に行った時に新そばのお知らせがあった。「本日より新そば始めました」。ついついパチンコ屋の本日開店を思い出してしまう自分の不謹慎さを反省しつつも、気になってしょうがない。これは本当に本日限りなんだろうか。だいたい新そば粉って、開店日と違って1日限りで終わるわけじゃないのだから、どうして「本日より」なんて書くんだろうか。これの価値は本日限りの場合に限るでしょうに。その前に食事した直後でなければ食べてみたいところだったが、満腹すぎて諦めた。じゃあ翌日行ってみてこのポスターの真偽を確かめるというほどの距離でもなく未確認のままになっている。「本日も新そばです」とか「新そば残りわずか」でなくて、本日より、って、インパクトは強いと思うけど、翌日からはどうするんだ。昨日から始めました。一昨日から始めました。三日前から始めました、といくか。重要でもないのに、なんだか気になる。

昨日は在宅仕事に集中して片付ける予定だったが、どうしてもワイナリーに行きたくなった。友人を誘おうと電話したら、番号入力ミスで別の人につながってめげる。ご縁のない日と諦めて仕事しようと思ったところに別の友人から電話があったので誘ったら行くということになった。ご縁復活。前から1度行ってみたかった所。行ってみて、近い割りには今まで行ったことのない理由が分かった。あまりに分かりにくい場所だし、ショップもさらに分かりにくかった。でも蔵を改装した素敵な店で、ずっといたくなるような雰囲気。運転だから試飲できないのが残念。次は誰か騙して運転してもらおう。でも騙されそうな人の心当たりがない。なんて考えて帰路についたところにワイナリーの主が畑から軽トラで帰るのとすれ違った。追いかけて声をかけたら、これから北海道でワインを造るという弟さんも農作業の手伝いに来ていて同乗していた。蔵を案内してもらったりお茶をいただいたりでしばしおしゃべり。職人気質というと寡黙なイメージを抱きがちだが、雄弁な職人さんというのは私にとってはもっとも楽しい人ってことになる。
by kienlen | 2008-09-23 15:34 | | Comments(4)

内田樹『下流志向』

サブタイトルは-学ばない子どもたち、働かない子どもたち。帯は「学力低下、ニートの増加の深層!」最新ベストセラーで新聞・雑誌で話題沸騰!とも書いてある。講談社1400円(税別)。内田先生って、何か雑誌に書いているのを見かけたような気もするけど記憶曖昧。2007年1月に発行されて1か月で5刷りってことは相当売れていたんだ、話題になっていたんだ。どうりでタイトルは聞いたことがあるような気がする。話題になっているから読む主義でもないし、話題になっているのは避ける主義でもないノー主義読書の自分であるが、今回人から注文されて読んでみて、自分で買わなかった理由が分かった。女女格差のインパクトが強かったので、もうちょっと冷静で緻密なのを読んで静寂に浸りたいと思っていたがダブルショックになってしまった。問題提起部分はなるほどなって思って読んだが、あとはかなり苦痛だった。

講演をまとめたものなのでしょうがないのかもしれないが、ここまで荒っぽく断言できるんだろうか。根拠もよく分からないし。私はここで問題にされている若者には、年齢的には属さないが、メッタ切りされるばかりの若者に同情したくなったし、こういう子と先生がおっしゃる子を育てた母親の世代ではある。しかしまとめてクレーマーだの今の若いお母さんは、だの言われても、一体あなたはどこのどなた様でしょうか、責任を押し付けるばかり、すいませんどうせ下流なんです、と開き直りたくなる。たとえ心当たりがあっても。でも、ハウツー本としては役立つと思うから、私に帯の推薦文を書かせてもらえるとしたらこうである。「子どもに退屈されて校長講話のネタにお困りの校長先生方、地区活動への参加が減ってお困りの区長さん役員の皆さま方のための救世の書誕生!晩酌時の30分でネタ仕入れ。責任は全部市場と家庭と子どもになすりつけて通せる画期的な、教育者とそれに準じたい方々のための説教本」。私も教師になってこういう説教したら気持ちが晴れるでしょうか、いいえ晴れません。あ、そうだ、そういう不機嫌の交換が家庭内で行われているってくだりもあった。心当たりありの下流者。やっぱ、これ以上不機嫌にならないためにも以上にしておこう。
by kienlen | 2008-09-21 19:11 | 読み物類 | Comments(0)

時間を返してくれ!『女女格差』

ブリーフィングする必要があったのでまじめに読み始めた。厚いから結構時間かかるかも、と思いながら。まじめに読んでいたら頭がおかしくなりそうになって、途中で「何でこんな本買ったんでしょうか」と持ち主に問い合せた。これは一体何なんだろう。本だ。しかも同志社大学経済学部の橘木俊詔教授という方が著者。華々しい学歴はもちろん、元日本経済学会会長で男女共同参画会議議員で…って素晴らしい社会的地位も並んでいる。あまりに素晴らしすぎて、女女格差という視点から言えばどん底に位置する私などが触れてはいけないのだろうか。帯には「低学歴と高学歴、結婚と非婚、正社員とパート、美人と不美人…どれほどの差があるのか?その差は不公平なのか?格差問題の第一人者が鋭く迫る」とある。東洋経済新報社、ハードカバーで価格1800円という外見からうかがえるのは、フツウの人が読む本らしい。私だって資格あるぞ。でも、これのどこが「鋭い」のか、全くもって不明。私が納得できたのは問題提起の一部分のみだった。つまり、過去の階層研究から女性は排除されていたということ。階層間の流動性の高さは平等性を示す指標のひとつだったと思うけど、その流動性をみるのに父と息子の比較であって娘はつい最近までいなかったと知った時は衝撃だった。男にくっついて移動したりしなかったりだったのだ。で、この本はそれをちょこっと問題にしていて、女間格差もみていくべきでしょう、ということ。私自身はこういうのってあんまり興味ないけど、はいどうぞ、とは思った。

それでどうやって見るかというと、公表データを羅列して解説を並べているだけ。しかも単純集計のみ。複雑な統計処理してもキミたち分からないだろ、っていう親切心からだろうか。うーむ、そこまでお気遣いするほどのものなんだろうか。でもまあ、その解説が笑えたり泣けたりすれば面白いけど、月並みに凡庸をかけてバーキングパウダー注入したみたいなもんである。統計解説の後でご自身の説明があるのだが、これの根拠が不明。てっきり学問というのは根拠の厳密さが要求されるものかと思っていた自分が間違いだったようだ。でも専門書じゃないから煩雑さを避けるのは分かる、と思うことにしたが、それにしても幼児書でもないんだしなあ。で、結局悟ったのは、この本の対象読者は、女性と関わったことがない+想像力ほぼ皆無+公式見解に裏はないと信じている人+女性だったことがない人なのだろうということ。だから女は対象外なのだ。結局過去の階層研究と同じ所に戻りました。とはいえ、漠然と感じていることをデータで実証することに研究の意義があるんだから、その点は有意義なんだろうか。分からない。ああ、こんなにびっくりした本って久々だったな。「美人と不美人」の章は、我慢の限界に達して読めなかった。
by kienlen | 2008-09-19 23:55 | 読み物類 | Comments(0)

『エスニック・ワールド-世界と日本のエスニック社会』

少々時間がかかって読了。明石書店、2200円+税。これは多分大学の教科書か。まずエスニック社会の基礎解説があって、次が世界のエスニック社会ということで、広範囲に扱っている。このバランス感覚がこの本を買った理由だった。意外にこういうのは少ないんじゃないだろうか。海外の日系人社会、同じく華人社会、インド人社会を扱って、それから南北アメリカ、ヨーロッパは5か国、アジア・オセアニアにはタイとラオスが一緒ではあるが入っている。これが購入の決め手だった。1節1節は短いから概略しか分からないけど、最後に日本のエスニック社会まで概観してここまで広いと、それなりに価値があると思う。

そしていやはや多様である、と思い、日本の政治家がいかにこの面で楽をしているかを思う。で、他でその分の苦労を他でなさっているんだろうか。国民国家を考える時に誰が国民であるかを自明のものにできるって、いえ本当はできてないんだができると相対的には妄想できる程度であるというのは楽でしょう。そもそもどこでも日本語が通じるという前提にできるのはスゴイことである。日本で感動するのはこの点である。日本におけるタイ人社会もあればいいのだが、マイナーすぎてなし。しばらくの間、諸事情のため趣味の読書ができそうにないから、もしや今年の趣味の読書の最後の1冊になるかもしれない。
by kienlen | 2008-09-19 20:48 | 読み物類 | Comments(0)

前半幸運、後半不運でチャラの日

山の中腹辺りのお宅にうかがう用事があって朝から出かける。崖っぷちの道を走りながら、鹿か熊か猿が横切ってハンドルを10度切ったら転落だと思う。面白い話しを聞いて、さてどうするか。来た道を戻るのもつまらないので山に行った。途中で何本か電話が入るが電波の調子が悪く何度も話すことになる。そうだ、確か温泉があったはずだから久々に入ろう。でも場所を忘れてしまい、とりあえずレストランで食事することにした。霊山を望むロケーション。曇っているのがまた趣がある。自家製ローストビーフのソバガレットとコーヒーのセットで1500円。仕事のついでだったら1人でもこのくらいは食べるが本日無収入でこれだ。はあ…。ま、出掛けにいろいろあって不機嫌だったが、山の空気に触れて気持ちがよくなったから良しとする。結果的には美味しかった。
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この店で温泉の場所を確認して行ってみた。平日ではあるが観光客がチラホラいて、有名な蕎麦屋の前は相変わらず行列。周辺蕎麦屋だらけなのにここで待つとはごくろうさんです、と思いながら走る。心配したが温泉はガラガラで快適。なんて素晴らしい日なんだ。イザとなったらあの白樺の根元で眠りながら死ねるような気にもなってくる。温泉から出たら携帯に電話。急遽仕事関係の届け物をすることに決まったとたんに電源が切れてしまった。その届け物を取りに家に帰ったついでにチャージしようと思ったら、家のカギがなかった。入れない、電話もできない。お届け先に行って事情を説明して事なきを得るが、夫の携帯番号も覚えていないのでどうしようもなく、図書館に行って時間つぶし。いろいろあってなんとかなって夜はナマズを食べる会へ。途中で某スーパーの自転車置き場に2日間置いておいた自転車を取りに寄ったらなくなっていた。放置自転車として片付けられていて手間取る。いろいろあったおかげでナマズの刺身を食べながらビール1杯で充分酔った。後半の不運について友人に話したら「そんな贅沢しているからバチがあたったんだ」と言われた。
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by kienlen | 2008-09-18 23:21 | | Comments(2)

信州で読んだり書いたり、時には旅したり


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