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外出先で1日時間つぶし

1日中外にいた。ずっと仕事があったわけではなくて、同じ場所で別々にちょっとずつ午前1件、夜に1件。往復すると100キロだから一旦帰宅してもじきに行かないとならないし、ガソリン代も高いから高原のレストランでランチしたり、直売所で買い物したり、温泉に入って休憩したり、夕ご飯食べたりで時間とお金を費やしながら待つ。こんな風にするために働いているんじゃないが、と毎度思うが、これも楽しみと思うことにする。その間に雑誌を1冊読んで、稲葉振一郎と立岩真也の対談本を読んでいた。面白いが集中しないと分からないから時間がかかる。温泉に上っていく途中でソバの花が一面に咲いている畑があった。ソバは当地の名物であるからポスターの撮影なんかに良さそうだな、と思う。で、人のブログを見ていると上手に花を撮っているのが多いし、空の写真も多いし、でも自分ではそういうアートっぽいものはできないし、説明写真ばかりだが、花と空が同時にある風景だったので、車を止めて写真を撮ってみることにした。
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これじゃあ、広いソバ畑の様子が分からないし、ああダメだと思っていたら「ソバの花とってもいいよ」という声がした。え、写真撮るのに許可が必要なのかと思って振り向いたら、車を運転していた女性が窓をあけて私に声をかけている。「とってもいいけど、スカードじゃ、上れないか…」とも言っている。「この畑の持ち主の方ですか」と尋ねたら「そうじゃないけど。それソバの花よ」「あ、知ってます」「とってもいいのよ、一旦刈り取ってから種を撒かないと実がならないから。お浸しにしても美味しいよ」「あ、知ってます、美味しいですよね」と言うと「なんだ、知ってるの」と言って去ってしまった。「とっていい」は写真を撮っていいじゃなくて、花を摘んでお浸しにして食べるといいよ、という意味だった。「これがソバの花ですか!!」「えー、ソバの花って食べられるんですか!!」と驚いてあげた方が喜ばれたかもしれない、正直すぎる自分を、ちょっと後悔。でも「ソバの花のお浸しは食べたことあるけど美味しくなかったです」とまでは言わなかったのは正直すぎなかった。
by kienlen | 2008-06-30 23:15 | 出来事 | Comments(0)
近所のコンビニが扱っていたのはクロネコヤマトの宅急便でよく利用していた。ところが郵政民営化後にそっちに移行したと知らされて、初期利用者へのサービスで鉢植えをもらった。当方、郵政になったから利用したわけじゃないんですけども。元官今民って、官の頃の遺産を利用できるって意味で本当に民なのか疑問な私としては、純民を応援したい気持ちがあって腑に落ちない感は去らないまま今に至っている。ただ自分の方の仕事が少なくなったせいでブツを送ることもほとんどなくなっていたが、久々に生じたのでそのコンビニに行った。ブツは雑誌1冊。レジに立っていたひ弱そうな青年にお願いしようと思ったら、こっちの話しを聞く前にベテランそうな女性を呼ぶ。「これ送りたいんですけど」と言って、寸法を測って代金を告げてくれる様を脳裏に描いていたら「重いですね」と意外な反応。そりゃまあ高級雑誌ですから重みもあります。重い、重いを何度も言うので「あの、料金教えて下さい」と言うと、はかりを持って来て載せて、また「重いですね、こんな重いの送ったことがない」と言う。雑誌の間に錘でも入れているってことか。

なかなか料金を教えてくれない。何度も聞くと「はかりが1回転しちゃって。こんな重いの送ったことない」と同じ事を言う。そこまできて私も気付いた。「つまり、そのはかりだと1キロまでしか計れなくて、大きいはかりを用意してないので、それを超えたから料金が分からないってことですか」と尋ねると「そうなんです」と言う。だったら最初からそう説明してくれればここまで時間は取らないのに、最近の若者はどうなっているんだ、って言えれば、かわいそうにターゲットにされる若者のせいにできるが相手は一見ベテラン。でも、もしかしてパート始めて1週間かもしれない。その間の経験だけで、雑誌1冊があり得ない重さに感じているのかもしれない。それにしてもモノの言いようが、重たい重たいだけですか…。何度も確認して分かったことは、重さが分からないので正確なことは言えないが580円切手を貼って出したらまず大丈夫でしょう、ということ。しかしここまでのやり取りから信用する気になれず「つまりここでは対応できないから郵便局に行った方がいいってことですね」と言うと「そうですね」。1キロ以内の小さな物体だけを対象にしているんだと思うことにする。周囲を測るメジャーもきっと80センチくらいまでしかないかもしれないんだと思うことにする。
by kienlen | 2008-06-29 22:47 | 社会的話題 | Comments(0)
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昨夜から今日は健康的に過ごしたような気がする。オープン間もない、オーナーが知り合いでもあるオーガニックCAFEで昨夜は友人と飲み食い。無農薬栽培の野菜、地元の牧場のチーズ、これも知り合いである地元のこだわり職人のワイン、濃厚なオーガニックビール、地元製ではないがこだわりの日本酒。どれもとっても美味しかった。これだけアルコールを摂取して健康的といえるかどうかは大いに疑問ではあるが、健康的な飲食物はすんなりたくさん入ってしまうというのも否めない。で、今日は久々にゆっくりできる日だったから寝坊していたのだが、電話やら届け物が生じるやらで一応朝という時間帯に起床。それでもしつこくウトウトしていたら友人が立ち寄るというので、どうぞどうぞと言ったのはお茶でも飲みに来るのかと思ったせいだが、現われるなりN市に行くが一緒にどうかと言う。あんまり事情が分からずに行ったら、なんと昨夜飲んだカフェのオーナーが企画した農家のお手伝いだった。

集った人たちが自己紹介した後、無農薬栽培の玉ねぎの収穫に行く。若者が多いのは頼もしい。どうやら一口5000円の大豆のオーナー制度に申し込んだ人たちへのおまけ企画みたいなものらしい。雨上がりだったのでどろどろになりながらの作業だったし、心の準備はできてなかったが、自分の場合は畑で育ったようなものなので畑にいること自体はアスファルトやコンクリートの上にいるよりもよほど落ち着く。企業の早期退職に応じて、Uターンで農業を始めたという男性が1人でやっている畑なので草取りが追いつかず野菜をしのぐ勢い。玉ねぎを掘りながら、雑草に負けずに成長した野沢菜にどうしても目が行く。かつおぶしを入れて煮浸しにしたら美味しそう。蕪も見事な成長ぶり。帰宅してからしょうゆで炒めて、蕪はそのまま味噌をつけてビールのつまみにした。細胞が活性化するように感じた。草に勝っているんだから力があるということだ。途中のガソリンスタンドには値上げを控えて車の行列ができていた。ミラーに番号札をかけてもらった車が次々と入線していく。生き延びるにはとにかく食べ物を自給するネットワークを持つことが一番かもしれない。
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by kienlen | 2008-06-29 21:35 | 出来事 | Comments(0)
息子のバレーの試合を見に行った、というか車で送ってくれというのでそのまま試合を見ることにしたわけだ。1回戦目は勝った。2回戦目は友人も見に行くというので一緒に観戦。バレーは靴の色も靴下の色も自由だしラフで見るのも気軽。監督も何も言わないからチームの雰囲気も自由。よってのびのびやっている分にはいいが乱れるとズルズルといってしまうきらいがあって2回戦目は1セット目を割と楽に取れたからいけると思ったら負けてしまった。何事も性格はでるもので、バレーもそう。息子のように何でもそこそこ器用にこなすが、決め手がないというタイプはエースになることはないが、結構粘り強くがんばっていたと思った。彼の性格のいい点はヤケを起こすとかキレルということがないことで、これはもしかして相当な長所かもしれないと思う。チームプレーというのはいろいろな個性の子の組み合わせを見るのも楽しいものだ。なんのかんのいっても外で見ると成長ぶりを感じる。そしてなんのかんのいってもこういう場面では今の高校生の健全さと、また豊かさを感じることにもなる。つまりこの場面ではって意味で。

負けて悔しそうにしているから帰りの車の中は不機嫌かなと覚悟する。するとバイトに遅れると連絡した後に「部活に専念したいからバイト止めようかな」と言う。「学業に専念は分かるけど、部活に専念っていったって部活の時間を削ってバイトしているわけじゃないでしょう」と言ったのだが、どうも疲れていて接客の気分にないらしい。「接客ってそういうのが一番響くでしょ」と言うから、まあそういう面は確かにあるが、平常心じゃない時にその時の気分で決断するのは何事によらず良くないから少し間をあけて考える方がいいよ、と大人の意見を述べておく。そんなんでいろいろ止めていたら何も続かないんだし、そもそも試合の日はシフトからはずしてもらえばいいのだ。それにどうせ月に数日しか行ってないわけで。「気分が響くというところもあるけど、逆に考えればそれで気分転換にもなるんだし」とか、本日はバレーという共通の話題があったのでいつになく会話をする。行きの車は無言であったが。風呂に入っている間に急いで作ったチャーハンをかきこんでバイトに行った。まあ、お疲れさん、ではある。
by kienlen | 2008-06-28 19:05 | 家族と子供の話題 | Comments(2)
兄と妹というのはどうなんだろうか。兄が何もかも自分を優先するものだから、腕力で叶わない妹はめそめそしている。今夜も仕事部屋に来てめそめそごろごろしていた。風呂に入ろうと思って沸かしていたら、沸かないうちに兄ちゃんが入ってしまった。兄ちゃんの風呂は長い。自分の方が早く出るのだし自分が入るつもりで沸かしていたのになんで兄ちゃんが断りもなく入るのだ、というわけだ。兄との言葉のやり取りも再現してくれるのだが、いちいち妹の方がごもっともで筋が通っていて、兄の方は屁理屈にもなっていない、メチャメチャ。こういう時にどう対応していいのかが私には分からない。それでただ聞いてごまかしているうちに兄が出る気配がしたから、これ以上問い詰められても困るな、助かった、と思って「ほら、兄ちゃん出たよ」と言うと「まだパンツはいてないもん」と言う。

「兄ちゃん早くこの家出て行ってくれないかな」と言うから「キミが出て行くという手もあるよ」と言うと「まだ小さいもん」と言う。「パパがオーストラリアに行きたいって言っているから一緒に行けば?」と言うと「オーストラリアは行きたいけどずっと住むわけじゃないでしょ」。なんで、ずっと住んでもいいんじゃないの、まあ、中学は卒業してからじゃないとマズイかな、と言っておく。でも自分が苦手とする人と一緒に暮らすという経験も必要だろうから、逃げ道ばかり示すのは良くないなと反省。でも私自身が嫌なら逃げる派だから、それ以外の処方箋を思いつかないのだ。とりあえず言葉ではきっちり妹は伝えている。それが兄に通じないだけ。そして言葉が通じないというのは社会生活において頻発する。その訓練になるんだろうか。で、こういう経験というのは男性を見る目という意味ではどういう影響を及ぼすのだろうか。兄みたいな人としか親しくなれなくて苦労するという図が浮かんでぞっとしたり、あのタイプにだまされることはないかも、と思ったり、分からない。疲れて帰ると、家は家でこれ。はあ。
by kienlen | 2008-06-26 22:28 | 家族と子供の話題 | Comments(2)

不確実性の真っ只中で

遠出続きだ。今日も2か所へ、電車と車にて。明日はゆっくりできるかと思っていたらまた遠出になって、ゆっくりの予定の方をキャンセルせざるをえなくなり、山の中のワイナリーでの友人とのランチ延期。今はそういう時期ってことで解釈しているが、効率という点からみると極度に悪い。移動以外に何しているのか分からなくなる。だいたい移動は自己責任だし。夫に「歳だし能力落ちていて仕事が遅くて間に合わない」と脅しにならない脅しをしたせいか、自分がしょっちゅう朝帰りの後ろめたさのせいか知らないが、明日も朝食と弁当はやると娘に伝えているらしい。とりあえず目覚まし時計に起こされないのは幸福である。今年は成り行き任せで自分からいろいろ考えないことにすると決めている。きた仕事をありがたくさせていただき、多分来年は失業状態になる可能性巨巨巨大なので、そしたら自分で模索していくしかない。模索してどうなるかってのも分からないが。

先日、ずっとハローワーク通いの友人から電話があった。短期の仕事をしては契約切れ。フルタイムで採用になったかと思うと問題アリアリで退職。何が原因って一概には言えないと思うが、つまり常に求人出しているような所はそれなりの所だってことらしい。同世代ということもあり、就職の難しさは痛いほど分かる。で、私もちょっと知っている所で採用されたが週3日のパートタイムということ。時給800円。「それじゃあ他のバイトと掛け持ちしないと食べられないよね」「そうなのー」という具合。雇われるのを前提にするのと、自営でいこうってのとは方向性が違うからなあ、私なんか参考にならないが「そこだったらいろいろな人と出会うチャンスがあるから将来のためのネットワーク作りには有利じゃないかな」と言ったものの、将来って言うには限りがあるような…、いやまだまだ…という、なんか半端な時期なんだな。
by kienlen | 2008-06-25 23:38 | 仕事関係 | Comments(0)
パキスタン人の夫をもつ友人から、出たついでだと電話があってランチを共にした昨日。「久しぶり」の挨拶でビュッフェ形式の自然食レストランへ。500円の割引券があるから250円ずつ分けよう、とご親切な申し出だった。「その後、公安からは連絡あるの?」と聞いてみた。公安から電話があって気持ち悪いという電話が夜中にあったのは昨年だったか一昨年だったか。タイ人よりパキスタン人の方がそういう点からは注目されそう。「それがねえ、公安からはその後何もないけど今度は警察よお。彼が出て、忙しいとか言ってうまいこと断っていたけど、1度出頭してくれないかって言われたみたい」。情報提供者が欲しいんじゃないのかな、なんて話しながら次々と食べ放題の食物を食べる。野菜中心で私好みの薄味で好きな店だ。

「で、その後パチンコはどう?」と聞くと「この頃は全然ダメよ、出ないもん」。お金なくて携帯料金払えないでいた友達がパチンコで10万円稼いで料金払った話しをしたら「そりゃあ出る時は10万くらいでるけどねえ、この頃はダメねえ、ホホホホ」で、また食べる。そういう話しを聞いても私はパチンコをする気になれない。父も弟もパチンコ好きで入り浸っていて、小さい時はよく連れて行かされたせいで若い頃にはたまにやったけど性に合わない。宮迫千鶴が亡くなったのよお、と言われて初めて知った。「私たちの年代だとやっぱ影響受けたわよね」「そうそう」「なんか、次々と人が死ぬわよねえ」「ホント」。それから年齢のことになる。仕事の話しになる。お互いに安定なんてあり得ない自営業者。「使い捨てだって思うし割に合わないにしても、まだ私らの年代になるともう開き直りだし、それに一応、嫌いな事しているわけじゃないけど、若い時からこうだったらナイフ振り回したくなる気持ちも分からなくないわよねえ」ということにもなる。気持ちが分かるってのとそれが許されると思うのとは大きく違うけど。たくさん食べて最近の中ではゆっくりのランチだった。
by kienlen | 2008-06-24 14:29 | その他雑感 | Comments(0)
久々に図書館に行った。何日もかかりそうなのは購入で、じきに読めそうなのは借りるのがいいように思う。後者の1冊がこれ。小林ミナ著。早稲田大学大学院日本語教育研究科教授ということ。文字がすかすかで、これで1600円はいかがなもんだろうか岩波書店、と思ってしまったが、でもきっと日本語学習者も読者に想定しているとすればこのくらいの読みやすさは必要だろうとも思う。予定していた仕事が当日キャンセルになったため思いがけず時間があいて気が抜けて、かといって別のことに取り掛かる気分にもなれず、ソファに寝そべって休息がてらに読むという状況にはぴったりの本だった。実際に著者が経験した日本語学習者の誤用を例にあげて、その背景を追求して専門家の視点から解説しているもので、エピソード自体が面白いし、言葉がいかに文化、もっと言うと思い込みというものを前提にして、それを共有する者の間で通じ合っているのだということがよく分かる。

こういう本を読みながら、私のタイ語はきっとタイ人からみるとこういう感じなんだろうなあ、なんて考えていた。自分のそういう事情もあって、それに日本語を話す外国人と接する機会も割とあるから、この本のような点からの興味というのは日常的にあるのだが、日本語教育の専門でない人にとっては、なぜこういう間違いを?を理解するのは無理だ。間違っていないけど日本人だったらこう言わないよな、というのは多々あるし、それが逆に新鮮だったりもする。私が話したタイ語に対して全く同じことを言われたことも、もちろんある。「タイ人だったらそうは言わないけど、言いたいことは分かる」というわけだ。で、じゃあ何が問題なのかって聞いてもタイ語教育的に返事があるわけじゃないし、夫なんか何を尋ねても、完全な間違いでない限り「それでもいい」でおしまいで役に立たない。で、私だって日本語について仮に聞かれたら面倒で「それでもいいか」ということになるわけで、そんな経験をしたことがあったらひじょうに楽しい本。日本人が日本語を客観的に捉えられるようになることによって、外国人に分かりやすい日本語を使えるようになるし、そういうコミュニケーションのあり様があってもいいのじゃなかという著者のお考えは同感。よく外国人用に、複雑な文をそのままでルビだけ振る文書があるけど、あれって何っていつも思う。つまり、外国人を相手にしていると、何を伝えたいかはっきりさせる訓練にもなるということかな。
by kienlen | 2008-06-23 20:22 | 読み物類 | Comments(0)

ああ、怖かった

昨日はあまりに気分が滅入って書けずじまい。今日は運転手として350キロほど走った。私用で高速を使うことはあんまりないが、今日は料金は自分持ちじゃないのと遠いのとで高速で。行きは厚い雲が高度を下げる私の好きな空模様。日差しがギラギラするより運転しやすいし。ところが帰路は大雨だった。トラックが横を通るとフロントガラスが滝のようになって見えない、怖い。怖い怖いと言いながら夕食のためPAに入ってソバを食べた。出てきたらすっかり小降りになっていた。良かった。出口にガソリンスタンドがあって172円の表示があった。入れようかな、でももう遠くないから大丈夫だろうと思って本線に入った。するとじきに給油の警告のランプがついた。なんてことだ。考えてみると高速道路だからあっという間に距離が延びているのは当たり前。でもそんなに深刻に考えたわけではない、最初のうちは。でもよく考えると次のガソリンスタンドまでかなり距離がある。しかもそこのあたりはトンネルだらけ。トンネルの中でガス欠になったら…と思うと生きた心地がしない。とにかく後続車がいるのは最悪なのでゆっくり走って追い越してもらうことに徹する。一般道だったらここまであせらないが高速じゃあ逃げ場がない。それに夜だし。

次の出口で降りるかどうか迷う。友人と相談。降りても山の中だからやめる。20キロや30キロは走ることは分かるけど、その後一体何キロ走るのか知りたい。残何ℓと表示されないのがもどかしい。次のPAでガソリンスタンドに電話して運んでもらうことにしようかってことになる。えらい出費になってしまうが命には替えられない。あるいはそこで止まってガソリン浪費するよりもあと15キロくらいで出口なので走るか。迷う。トンネルはまだある。PAに入って思案。友人が、車屋の友達に電話して、どのくらい走れるものか聞く。その間に私は、年中遠出のカメラマンの友人に電話。「私もあるよー。20キロくらいは走るから出口までたどり着いた」「20キロ程度走るのは分かっているけど、そのくらいはもう走っちゃったよ」「だったら止めた方がいいよ」となる。車屋さんの情報だと警告ランプの時点で残5ℓ。じゃあギリギリ大丈夫か。でも微妙。PAのスタッフが片付けのためにフロアに出てきたから聞いてみた。「車種は?」とテキパキした質問。外に出て「あの車?」「そーです」どこで警告ランプが点いたか聞かれ「じゃあ、大丈夫。あのタイプだと50キロは確実に走るし100キロくらいいくよ」と言われる。あまりに慣れた対応なので「こういう人結構いますか」と聞いたら「いるね」と即答された。最後まで気が抜けなかったが、とにかく高速を降りた時には「ああ、ここでストップしてもいいや」とホント胸をなでおろした。2度と経験したくない、今後はくれぐれも気をつけよう。
by kienlen | 2008-06-22 23:24 | 出来事 | Comments(2)

息子と仕事の話し

「やっぱ接客業はだめだ」と息子が昨夜の夕食時に言った。「高校のうちはバイト続けるけど、その後はもうしない」と。特別何か嫌なことがあったというわけじゃなくて、飽きてきたようである。ファミレスというかファーストフードというかの店のアルバイト。そんなちょっとの経験で「接客業」と言ってしまうことの無責任さはおいておいて、こういうことだった。その店にはアルバイト歴10年の人がいて、正社員より店のことを知っているので正社員に向かって指図するのだが、10年もああいう仕事を続ける気に自分はならないと。かといって、じゃあどういう仕事をしたいかという展望が彼にあるわけでもない。仕事について毎日毎日思うところのある私としては、実態を知らないが、と断った上で正直な感想を述べるしかない。10年やっているということは、ある程度の年齢になっているということで、そうなってから職種を変えるのはそう簡単ではない。雇用されるというのであれば雇用主がいるわけで、年齢がいっていれば経験者でないと採用されにくいから、その人が好んでそのアルバイトを続けているのかどうかは分からないことである。

どこまで突き詰めるかにもよるが、慣れた仕事の方が楽なのだ。私も今の歳になって仕事上の異文化体験をしているところだ。例えば会議のスケジュールで挨拶に5分、ナニナニに13分、次の課題に13分、次が5分…なんて割り振ったのを見ると、形式と縁のない仕事をしてきた自分には信じがたい光景が展開することになる。そのテーマについて意見がでなくても待っていたり、意見がたくさん出ても時間で区切ったり。子どもが成長するにつれて、自分の無秩序が子育てに大きな影響を与えてしまったのだと思うに至っているが、秩序がどういうことかも分からずにいた。やる気のある時は集中してやり、やる気にならないとフラフラして、というのが当たり前のペースになっていることも秩序のある仕事から見たら異端かもしれない。で、やはり考えるのは「もしも」である。もしも自分が若い時に秩序を重んじる仕事についたらそういう人間になっていたのだろうか。ううむ、分からない。この息子の親がきちんとした人だったらこの息子もきちんとするんだろうか、ううむ、分からない。そんな仮定に意味はないけど、ヒトがどこでどうしてこうなるのかはやはり不思議。子どもを見ているとますます不思議だ。
by kienlen | 2008-06-20 20:22 | 家族と子供の話題 | Comments(0)

信州で読んだり書いたり、時には旅したり


by kienlen