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入学祝いの買い物

娘の中学入学祝いは自転車ということになっていた。人の買い物は面倒であんまり行かない。自分のだと、その気になった時に行けばいいが、相手があると相手の都合と調整しないとならない。だから買い物はたいてい父親が付き合ってきた。でもこのところ我が家における父親の存在は限りなく薄くなっている。あんまり家に寄り付かないし、寄り付いた時はほとんど寝ているし、子どもらは子守が必要な年齢じゃなくなっているし諸々で。しかしこういう家族関係を思うと将来が限りなく不安である。もっとも将来そのものは限りあるものなわけだから、いいか、とお茶を濁している毎日だ。それで今日は自転車を買いに行った。まず私が自分の自転車をひっぱって、手ぶらの娘と徒歩約30分。ホームセンターで自転車を選ぶ。小学校の時のは小さいし、かなりガタがきているので新車購入は止むを得ない。チビではあるが、なんとか大人用で足が届くようになっている。2人で自転車をこいで帰宅して、ラーメン食べてから買い物の続きへ。筆箱とかペンとか細かいモノ。娘はこういう細かいモノが好きだ。息子は文具などあんまり必要なし。

お目当ての文具は書店にあるという。私の方は、その書店の入り口に告知があった講演会に興味を持った。会場である書店内喫茶店の前で、しかし講演で1200円は高いなあ、しかし仕事の一環と捉えて聞くかと、娘に向かってじゃあ独り言同然に躊躇していたら、担当の方が来て小声で「いいですよ、無料で」と言ってくれた。ええ!とびっくりしたら、いいからいいからってことでありがたく席に着いた。娘は漫画の立ち読みへ。なんてラッキーなのでしょう。といっても私はちゃんと正規料金でイベントに何度も訪れているし、本だってかなり買っている方だし、このくらいどってことはないとは思う。お話しは楽しかった。ありがたかったので、ポイントの割合がいいamazonで買いがちになっている本を、本日はこの書店で購入。新書5冊と雑誌1冊。型にはまってない商スタイルは商売上手でもある。帰路は雨の中を娘と自転車を走らせた。寒かったが、なんとなく楽しい日だった。こんな機会は減る一方だものな。
by kienlen | 2008-03-30 21:21 | 家族と子供の話題 | Comments(0)

ゴッド・ファーザー

なつかしの名画特集というような企画ではなくて、マーロン・ブランド特集として古参の劇場が週代わりで3本上映するうちのひとつ。1週間だけだから気にかけて調整しないと見逃す。最初の波止場はそれ。2番目がゴッド・ファーザー。音楽は知っているが映画は見たことがないからここはなんとか行くことにして、昨日の最終日に駆け込んだ。この間、エリザベス・ゴールデン・エイジがつまらなかったので、勧めてくれた知人をつかまえて「何が面白いんですか、一体?」と聞いたら「キミ、エリザベスの苦悩が描かれているのが分からないのかね」と言われた。それで「はい、水のみ百姓の系譜のアタシには権力者の苦悩が分からないんだと思います」という意味のことを直立不動の姿勢で申し上げついでに「で、アレって娯楽映画なんでしょうか?」と尋ねたら「バカ言っちゃいかんよキミ、映画はすべからく娯楽である」と言われた。

ゴッドファーザーが始まった時に「ああ、映画は娯楽である」と胸に染みてきた。いきなりあっち側へ連れて行ってくれるかどうかは大きい。携帯電話もパソコンも普及してない時代だ。いいなあ、直接接触だ、手紙を携えた伝令だ。それに血縁があろうがなかろうが、血の通うファミリーだ、あれで血が流れなければ最高だ。映像美しく音楽も美しく、3時間は長かったが、面白かった、満足。パート2も見たことないから見たい。で、特集最終回は地獄の黙示録だそうだ。本日からだ。これはテレビで見たことがあるような気もするが、家では集中できない。劇場で見たいから行きたい。回数券だと6回で5000円だもの、ありがたい。先の知人は古い映画館のすえたような匂いが嫌だからシネコンしか行かないそうで、そういう娯楽ももちろんアリだけど、私は古びた映画館も好きだ。存続して欲しいと願ってなるべく通う。
by kienlen | 2008-03-29 21:40 | 映画類 | Comments(0)

ツクシかナズナか

息子がバイトなので娘と2人だけの夕食。残りご飯があったのでグラタンにした。すっぱいトマトが4つ残っていたのでそれを使って、シーフードをたっぷり入れたトマトソースであえてチーズを載せて焼くだけ。焼いている間にナズナを茹でた。これは南信州の直売所にあったもので、友だちが美味しい、美味しいとかなり強引に勧めるので買ったものだ。成長したナズナではなくてまだ赤ちゃんくらいの若い芽。新鮮なうちに食べたかったが、こういうものは娘が好物なので、彼女が実家から帰るのを待っていた。そんなに期待してなかったら、コクがあってえらく美味しい。野菜より濃厚で、これなら友だちが勧める理由が分かる。しょうゆも何もかけずにそのまま食べた。美味しい、美味しいと連発していたら娘が「美味しいけどツクシの方がもっと美味しい」と言い張る。実家でツクシを摘んで卵とじにしたのが忘れられないようだ。「たくさん摘んだのに茹でたらちょっとになった」「ハカマの中に土が入っているからハカマ取る時に爪に入っちゃう」。それは私も子どもの頃の遊びだったから知っているし感触は覚えている。そのうちに「ツクシって何?山菜?」と聞くから「山菜かもしれないけど雑草でしょ」と答えた。

「じゃあ、ナズナだって雑草でしょ」と娘。そりゃそうですよ。雑草ゆえの逞しい味がいいのである。それにしてもナズナがこんなに美味しいものだと今まで知らなかったのはソンした気分。父に栽培を依頼しよう。まさに1度食べたらやみつきになる味わいである。ツクシの卵とじから連想したのか娘が「卵スープ食べたい」と言い出したので作ることにしたが、片栗粉がない。小麦粉を溶いて入れたがトロミのないものになった。そこにナズナを入れたら抜群の風味だ。私はナズナのことを考えて娘はツクシのことばかり。「ツクシって売ってないのかな」と言い出した。そういうのは自分で摘んで食べるのがいいんじゃないか。そんな話しをしながらの平和な食事だ、何しろ話しがかみ合うし、通じるし飛躍しすぎないし、それだけで感動的。実はツクシの話しは娘が朝からずっとしていて、それを聞いた息子が「ツクシってコンクリートの隙間からも生えるけど、あれも食べられるのかな」と言う。娘は「私が食べたのは山の中のツクシ!」となって、私が「食べるものがなくなったら食べるでしょうよ、当然!」となる。息子のひと言でいきなり迷路に放り込まれるのが常だ。
by kienlen | 2008-03-29 19:03 | 家族と子供の話題 | Comments(0)

辟易な電話

夕方から夜にかけての時間帯の家への電話はたいていが勧誘だ。それも、今は圧倒的に教育関連業種。「中学に入るとじきに学力テストがございます。これは範囲が広くていきなり難しくてご心配ですよね。そこでポイントだけを理解するような教材をお送りしますから、これをご覧になって云々云々」。こちらが相槌も打たずに黙っていてもずっと最後まで話し続ける人もいれば、途中で我に返ったかのごとくに、聞いているのかの確認を求める人もいる。昨日の人は前者だった。その中で住所まで分かっているということが分かりゾッとした。「住所までご存知なんですね、すごいですよね。で、どちらからおかけですか」と尋ねると隣県の名前を言う。この頃続けてこの県からかかってくる。「G県から続けてかかってくるんですけど、いろいろな業者のをまとめて扱っているんですか」と聞くと「担当に代わります」と言って待たされた。強声の人が出たらどうしようと思っていたら最初より若目らしい女性だった。「住所をなぜ分かったかお知りになりたいんですね」と言う。「個人情報保護法ができる前に市役所で調べました」と他と同じ答え。

「電話のたびに連絡先を削除してくれとお願いしているんですけど、全然効果ないのですがなぜでしょうか、同じ所からかけているんじゃないんですか」等、努力して平静にしていたが心の中は不快極まりない。でも自分だってこれ以外の仕事がないとなれば、仕事としてありがたくやるだろうか、いや、やりたくないぞ、などと思う。その点を聞いてみると「私もクロ■ラなどの電話がくると不愉快ですからお気持ちは分かります」と言う。なんでここでクロ■ラが出てくるんだ。「で、こういう電話でどのくらいの営業効果があるんですか」「分かりません」「そんなことあり得ないでしょ」「さあ、50%くらいでしょうか」「ええ、そんなに申し込む人いるんですか、じゃあ、迷惑だって怒る人は?」「そういう方もいらっしゃいますね」「でもお仕事はやりがいがあるんですか」「テストの成績が上がったと喜ばれる方もいらっしゃいますから」「でもポイントだけ教えたって実力にならないでしょ」。我ながらバカだ。時間を使っているだけ。相手はちゃんと応答の対策を立てているプロである。どうせ「このババア」と舌打ちでもしながら電話を置いているんだろう。それで職場は殺伐とする。実際に知人がこの手の仕事でイジメを経験した。それが社会に充満する。誰がトクするんだろう。それとも本当に半分の人は、こんな気味悪い電話を歓迎するんだろうか。
by kienlen | 2008-03-28 22:38 | その他雑感 | Comments(0)

あの頃の食堂であの頃いなかった人と

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いい天気だった。善光寺に行く用事があって、その用事が終わって、あんまりいい天気だったので少し散歩することにした。視線を感じたから見たら知り合いのタイ人女性だった。「パチンコでるようにお参りしたの?」と聞くと「違う、違う、お店お客さんないからお願いします、お父さん病気お願いします、だよ」と言っていた。お寺に行く習慣のあるタイ人は日本でもそうしている。こちらにすると、高校の時の通学路でもあってあまりに見慣れたお寺だが、観光客気分で写真も撮ってみた。年齢のせいか昔を思い出すことが多くなったようで、高校の頃にカキ氷を食べによく入った店に、突然入ってみたくなった。何十年ぶりだ。改装したようですっかりきれいになっている。で、また突然、珍しく、ひとりもつまんないなという気分になって同窓の友だちに電話したら仕事だったから夫に電話した。「善光寺に来て」と言ったら、人任せに徹する人らしく来た。「高校の頃によく行った店でラーメン食べる」と言うと一緒に入ったが「イム(満腹)」ということで料理には興味なし。「1人分だけ注文というわけにいかない」と言うと「食べたくないから外に出る」と言うので、しょうがなくラーメンとおでんを注文して1人で全部食べた。
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2人でいても話すことは何もない。何しろ共有できる過去はないのであるから、こっちがあの頃の思い出に浸ったところで、夫にとっての脳裏の風景はタイの農村である。そして、若いカップルだったら相手への気遣いがあるし、なんで相手は無言なんだろう、何か機嫌悪いのか、アタシが突然呼び出してムリさせたかしらん、ああどうしよう…なんてなるのかどうか知らないが、心底平然ともしていられないように思うが、年季が入るともちろんそういうことはない。お昼は食べてきたし空腹だったわけじゃないのにラーメンとおでんをモクモクと食べる。車でなければビールもいくところ。自分だけしか食べないのに夫に伝票渡すわけにもいかず払おうとして、息子の部費で今朝5000円渡して財布空っぽだったことに気付いた。でも言えない。小銭を集めて1050円かろうじて払う。出る時に「こんな時間に食べて」と夫。3時のおやつにしては確かに重たい。「天気がいいし散歩する」と夫。せっかくだから一緒に歩こうかと思って数歩進んだが面倒になって「帰る」「うん」でデートにもならず。でも春の気分は味わった。ちなみにラーメンの味は、今時には珍しいくらいにしょっぱくて、思い出の中に留めておいた方が良かった。
by kienlen | 2008-03-27 22:12 | 男と女 | Comments(0)

横山秀夫『真相』

しばらく前に図書館に行ったついでに本を借りた。ただでさえ少しの収入がますます減っているから、本の注文を控え気味にしている。社会科学系を2冊と娯楽用に横山秀夫の『真相』という短編集を選んだ。前者は読みかけで多分挫折。『フリーエージェントの時代』というのは、出だしはちょっと面白そうで期待したが、話しがクドクドしていて進める気分が萎えた。それでこっちのを就寝前に読み始めたら止められなくなった。つい他を差し置いて読んでしまった。なんだか人物が類型化され過ぎているように感じる部分もあったけど、横山秀夫は好きなので大目に見る。そして怖くもある。日常のちょっとした隙間に挟まって身動きできなくなったり、思いがけない方向に行くことは誰にでもありうるからリアルで、気が重たくなる。全く自分は娯楽として見たり読んだり聞いたりできない人間であることを思い知って、我ながらつまらなくなる。何でも自分に引き寄せるというのはいかがなものか。だから楽しめるものの範囲が狭いのかもしれない。しかし性分を今さら変えられないし、特別はた迷惑なわけでもないし。

しばらく前に読んだものとしては『世界一身近な世界経済入門』というの。冬幻社新書。著者は門倉貴史さんという方。高速バスに片道3時間乗る時の車中用だったが、半分は眠っていたから読みきれずに少しはみだした。コーヒーとか鮨とか原油とかレアメタルなどを入り口にして世界経済を見てみましょうね、というタイトル通りの本で予想と違わなかった。各章の導入が良雄さんと佳子さんというカップルの会話で始まるのだが、これが女がネエネエって態度で男が教えてやる態度で、いくら何でもここまで安易にしてくれるとひきつって笑えるけど、もっと普通に笑える方がいいと思った。しかし横山秀夫のも男女関係はひじょうに保守的というか安心するところにおさめているのはやっぱり故意なんだろうか。もうちょっとはずしてみてくれると面白いと思いつつも、ここまで型にはまっているから絶望的なリアルさは避けられているのかもしれないなあ。どっちかというと今まで読んだものの方が好みだった。図書館と購入の違い。
by kienlen | 2008-03-27 20:47 | 読み物類 | Comments(0)

躁鬱病の友だちからの毎日の電話

ここ数日、毎日毎日電話をくれる人がいる。何ヶ月か音沙汰なかった友人。遠くに越す前は親しく付き合っていた。いろんな病名を言っていたが、今は躁鬱病ということで落ち着いているそうだ。音沙汰なかった時は入院しているか自殺で亡くなっているのかと思ったらそうじゃなかったそうだ。久々に聞いた声が、それまでより吃音が軽減していて元気そうだったから理由を聞いたら「慣れたんだよ」とぽつんと言った。「つまりそうしてただ寝ている状況に慣れたってこと?」と聞くと「そう」「じゃあ、それまではアセリみたいなのがあったの?」「あったね」。これはいい状態なのかどうか。あせってもしょうがないことをあせるのは苦しいかもしれないが、テレビも見ず新聞も本も読まず、家事もせず散歩もせず、日に一度だけアパートから1番近い店に食事に行く以外はただ寝ている生活に慣れることがどうなのか、分からない。そんな生活だから当然話題は何もない。こっちからひたすら聞くだけ。聞くと素直に何でも答える。毎日毎日同じ店で五目中華ソバを食べること。3週間くらい同じものを食べると飽きるから変える。それまではレバニラ炒めを毎日毎日。「寝てばっかりだと筋肉が落ちて足なんかガリガリでしょ」「そうでもないよ」「体調は?」「いいよ、酒飲まないから」。

ただ、比較的調子良かったのは初日だけで、翌日からは「眠れないんだよ」等々言うし、吃音もひどくなっている。こうなると耳も遠くなって、こちらは異常に大声で話さないとならないから、人のいる場所だとちょっとマズイ。昨日は街中の道路端でウサギの餌用の草むしりをしている時にかかってきた。無気力だ、眠れない、といつものようにひとしきり話して「○大で教えていた僕の後輩も鬱病になったんだ」「ふうん、後輩ってどこの後輩よ」「東大の」「ふうん、専門は?」「万葉」「ふうん、それで」「障害年金もらえることを教えてやったんだ」「ふうん、それで皆でもらって寝ているわけね」「うん、今申請中」「ふうん、恵まれているんだから少し社会貢献しようとか、そういう気はないわけ?」「社会貢献って?」「…食べるのにも不自由している人に少し分けるとか、どう?○さんの障害年金の方が私の稼ぎよりいいんだし、幸せだよね、何もしなくて食べられるんだから」「そうかな」とあくまで平坦、メリハリがないから、こっちもスケートリンクの上にでもいるようなツルツルした気分になってくる。そうだよ、実際のところ日常生活というのはひたすら面倒なのだ。降りたいと思っても不思議じゃないのに、私は降りずにやっている。かといって義務感のみかというと、そうでない気もする。病気との間に境界線があるのか、あるとすれば何なんだろう、全然分からない。
by kienlen | 2008-03-26 22:38 | その他雑感 | Comments(0)

思い出して書く日曜日の1コマ

物理的に不可能な状況にあったわけでもないのに3日間もあけてしまった。それで3日分の記録だ。日曜日は、友人らが立ち上げた「多文化共生ネットワーク」というのの総会、シンポジウムに行った。前日車でS市に長距離運転したばかりだったので、さらに運転数時間はやめて電車にする。往復3時間。お昼の時間があったので別の友人に連絡。いつもと同じく突然だが付き合ってくれて、しかもそばをごちそうしてくれたから食後のお茶を私がもつ。しかしこのM市は、いつも思うのだが、そばが高い。いいそば粉を使っているといってももりそばで1000円はないような気がする。最低価格が1000円というそばをこのへんでは見かけないなあ。という余談を延々と書きたい気分なのは、そのシンポジウムに言及したくないからかもしれない。私自身は人に対しても物事に対してもなるべくポジティブな面を見出したい性格であると自分では思っているのだが、それでもがっくりくることは多々ある。その都度、少しだけ自分を責めたくなったりする。

その日も、すっきりしない気分で帰りの電車に乗ったところに主催者である友人から電話があった。感想を聞かれた。つまらないものを面白いとは言えないから正直に答えつつ「私に聞くとこういう言い方になるのは分かると思うから聞かない方がいいかも」とまで言うハメになる。ただ、つまらないだの面白いだので済むものかそうじゃないかが問題である。今回の場合はすまない部類に入ると感じた、だからすっきりしない。在住外国人の方々にシンポジストになってもらうという形式はよくある。司会の責任は重たいから、それは私もねぎらった。難しいと思うから。でも、自分の思い込みの方向に誘導するのはどうかと思うし、外国人と日本人という単純な括り方が頻出するのもどうかと思うし、制度上の不備が問題なのか個人的資質が大きいのか等、微妙な部分を大雑把なままに断定的に扱うのはひじょうに疑問だった。「日本人では考えられないこと」と司会者がたびたび口にした内容は日本人にも起こっていることである。外国人問題を議論する時の難しさは、それが外国人だからなのかを慎重に考えないとどっちのためにもならないと思っている。日頃自分が悩んでいることを簡単に扱われるのは虚しくなるという経験は誰にもあると思うが、そういう日だったな。
by kienlen | 2008-03-26 14:49 | タイ人・外国人 | Comments(0)

入国管理局の方の講演会

車で往復5時間かけて高いガソリン焚いて行く価値があるかどうかで決めかねていた。近間で神仏に関する講演もあって、こっちに行こうと思っていたら、昨夜のネットニュースで在留外国人管理に関する法律が変わるというのがあって、そういう時宜であれば聴いておくべきだろうと思い直した朝だった。が、天気はいいし1人より誰かを乗せて行きたい気分で金と暇はあると日頃から言っている+外国人のための日本語教室や支援などのボランティアをしている友人に電話した。外国人支援のボランティアをしている人が意外に入管法の基本的部分について知らないということは多い。「平日は自由なんだけど週末はねえ」と彼女。「なんで?何の用があるの?」と私。夫が在宅だからと言うが、だから何って分からない。そのうちに「そうね、行くわ」ということになって乗せて行く。車の中で「考えてみると私がいなくちゃならない理由ないよね」と友人。「そうだよ、還暦迎えた夫婦が仲良く家にいて何するわけよ」と私。というわけで素晴らしい景色をドライブして、ランチは美味しいほうとうを食べて講演会へ。

テーマは入管行政と在住外国人の生活。ビザの種類とか入管の仕事とは何かといった基礎的な話しなのは予想通りだったが、公安面だけが目立ちがちな入管も、ここまで外国人が増えたということもあって地元密着型に転換している様子が分かったことは成果だった。全国で初めて自治体との連携事業をしたことが全国レベルで注目されて追従する出張所が増えそうだという話しや、留学生なら文科省、研修なら厚労省や経済産業省等、省庁横断で対応していくことの重要性などを指摘して、生活感覚としてフツウにまっとうな内容だった。気になる新しい傾向としては、ブラジル人少年が鑑別所や少年刑務所からビザ更新の手続きを求める数が増えていることで、これが何を意味するかは探る必要もあろうということ。未就学問題も含めて、子どもの問題は先が長いだけに捨てておけるものではないだろうと思う。ボランティア日本語教室の主催だっただけに具体的な質問がたくさん出た。私は、外国人登録の市町村の窓口が廃止されて入管に一元化されるらしいがどうかと尋ねてみた。まだ法案が通ったわけではないが、そうなるだろう、すると入管でビザをもらって市町村窓口に届けるという二度手間が省けて便利になるだろうということ。ウチは永住ビザになってから入管で更新する手間はなくなったが、いずれにしろ外国人政策に関しての動きはますます激しくなるだろうと予想される。誰の見解も外国人はますます増える、であるし、私もそう思う。
by kienlen | 2008-03-22 18:36 | タイ人・外国人 | Comments(2)

エリザベス・ゴールデン・エイジ

昼間は打ち合わせと漫画で過ぎて、夕方になって突然映画を見るのだと思い立った。が、特にどれというアテもなくネットで上映中のを検索。その時すでに夕食が済んだ6時半。間に合うもので決めるしかない。で、知人が大変良かったと褒めていた「エリザベス・ゴールデン・エイジ」のレイト上映があることが分かった。映画好きの友人なので信用できるような気もしないでもないし、何より本日が最終日である。息子の帰宅と入れ替わりに出る。それで感想だが、ここ何年かの中で私的には最低。つまんないなあと思うのはあったけど、それなりに何かしらの魅力は感じたけど、これはなんにも。私に歴史的知識が不足しているからか→しかし知識不足でも面白いのは面白いぞ。嫌いだなと思ったり、後味の悪いのはあるけど、映画の迫力ってそれなりに惹き付けられるけど、これはなんにもない。何なんだ。ずっと前に間違って観た「スイート・ノーベンバー」以来の苦手作かもしれない。それから間違っていることを承知で観た「ミスター&ミセススミス」とか。ただこれは承知の上だから。今回はちょっと期待してしまったのが間違いだったのだ。

歴史は嫌いじゃないので、知らない事を知れるというだけでも楽しめる方である。スペインの無敵艦隊からイギリスを守った女王を描いたものとなると、うん面白そうと思う方である。でもこの映画はそういうのが焦点ではないようだ。次の展開が予想できるし、何もかもがありふれた感じ。いや、今現在に生きているからありふれた感じと思ってしまうが、当時としては斬新ということなのかもしれないが、であれば、そう感じさせて欲しいと思った。とにかくよく分からない映画だった。泣きも笑いも感動もしなかったが、たったひとつ涙が出そうになったのは、艦隊の沈没で馬が死に物狂いで海を泳ぐところ。死んだに違いない。人間の闘いのためにかわいそうに…。お口直しにもう1本観たかったけど、時間が遅すぎた。結構何でも面白がれるタイプだと思うけど、今回はちょっと勘弁。推薦してくれた友人に何が面白いのか尋ねてみよう。ああ、理解できない。お金払って映画館という空間でなかったら絶対最後まで観れない自信がある。
by kienlen | 2008-03-21 23:51 | 映画類 | Comments(0)

信州で読んだり書いたり、時には旅したり


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