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午前と午後に仕事があって、両者の間に友達が雪の中を遊びに来た。夕方からいつもの店番へ。雪だし誰も来ないかも、と予想してあんかけ麺を注文して1人で食べようとしているところに知人が1人入って来た。一緒にビールを飲んでいたら別の知人が入って来て、また一緒に飲んでいるところにもうひとり入って来た。初対面の方々であるが入り乱れて話す。年齢を反映してなのか、葬式の話し。1人が帰り、入れ違いにもう1人来た。昼間は一応働いたし、バイトのタイ人女性もいるし、働かずに飲んだり食べたりしていた。そして早めに失礼した。雪が止んでいてほっとする。帰宅すると夫がまだ起きていて「お客さんあったか」と聞くので「まだいたけど疲れたから帰った。朝は弁当作りで早起きしないとならないし、もう疲れた」と言ってふてくされて風呂に入ったら「明日の弁当は自分で作る」と言い残して寝に行った。言ってみるものである。

そういえばこのところずっと私が毎日弁当を作っている。いろいろな事情があっての一時的措置のつもりがすっかり定着しそうになっている。とにかく家族が揃う時が極度に少ないのは相変わらずだ。会話も少ない。子どもの語彙が貧弱になるんじゃないかと心配になる。このところDVの経験者に会うことが多い。家族って何だろうかとまた考える。この間もタイ人女性が言っていた。「別れた夫によく足を蹴られていたから、ストレスたまると足がつるんです」って。「今の彼は暴力ふるわないんです」とすごく嬉しそうに言う。同じような事を言う人にたて続けに会って、なんだか似たような話なので、誰が誰だか分からなくなってしまう。そういう話しを聞くと、暴力よりは距離感の方がマシかと思うし、まあ、なんだか適度な関係というのは難しいもんである。疲れて思考力なし。
by kienlen | 2008-01-29 23:50 | その他雑感 | Comments(2)
この間宿泊を伴う外出の前に市の「都市内分権審議会」を傍聴した。みぞれに近い雪の中を、傘さしてローラー付きの旅行カバンを引っ張って別のカバンを2個しょって市役所まで歩いて、入り口に荷物は置いておこうとしたら「危ないから持ち込んで」と言われて奥の傍聴席まで持ち込んだ。この格好で途中退出は勇気ないなと不安になったが、案の定長引いて新幹線の時間になったため勇気を出して途中で出た。傍聴席には知り合いの議員さんがいたので隣に座る。メンバーの入れ替えがあって初回ということで議長と副議長が選出されたが、欠席と遅刻で両者空席に。事務局から「こういう事態は規則で想定されていない」と説明あり。それで空席のままなんとなく進行していく。都市内分権推進にあたって、まずは各地区に「住民自治協議会」が設立されなければならない。すでに何ヶ所かで設立されているのが「先進事例」として配布されている。「後進」地区は先進地区を見習いましょう、と言いたいようであるが、早ければいいのかという問題は全く問題にされない。私の居住地区など早々に設立したが、従来の役員がそのまま名前が変わっただけの組織の構成員になっただけのことだ。幼稚園の制服を取り替えて名札も新しくして楽しんでいるのと何が違うのか、全く分からない。それが「先進」である。議論を尽くすから何年もかかるというのは良くないらしい。

そんな事を考えながら傍聴していると吐気がしてきた。何もかもがおかしい。軸の傾いた部屋に人々は同じ傾きで立っていて、そこに角度の違う自分が入り込んでしまった感じ。眩暈。行政が、強制ではありませんと強調するマニュアルを配布して、画一的にならないようにと言いながら画一的な設立を働きかけ、その後は、皆さんの地区で自由にやって下さい、という流れを目指しているようである。そんな話しが延々と事務局から発表される。20人を超える給与体系の上の方に位置しそうな男性たちが背後に居並んでいる。怖い。美しい光景でもないので配布資料に目を落とすと、これがまた理解を超えるシロモノだ。住民自治協議会とは?という見出しの元、いきなりの文が「皆さんの地域では、現在、区長会をはじめ様々な団体が『住みやすい地域』を目指して、それぞれに活動を行っていただいています」。これ、日本語の文章として正しいのだろうか。国語の先生に聞いてみたいものだ。で、次の文の接続詞が「ところが」で始まっているからどういう展開かと思ったら、最初の文を受けているわけではない。これをヘンと思う私はヘンなんだろうか。ああ、傍聴記にたどりつけず…そのうち書こう。
by kienlen | 2008-01-28 09:18 | 社会的話題 | Comments(2)
橋本努著のこの本をやっと読み終えた。このところ趣味の本を読んでいる余裕がなくて中断していたのを復活したもの。これはもう100%タイトルに興味を持ったもので、それ以上の理由はない。強いて言えば、それとちくま新書は比較的読めるからというのもある。本屋で目次に目を通して、ちょっと読めないかもしれないけど難解そうでもないから娯楽にいいか、と思いつつ購入した。最初は面白かったし難解でもなかった。すなわち、終戦直後の自由とはエロスとか堕落とか、自分を肯定できることという面が強くあったが、知識人の間では自由論が闘わされた。それはイギリスのパブリックスクール型の、つまり上からの啓蒙的な自由主義と、民衆の個人主義的生活を基礎にした自由主義、だそうだ。このへんまでは、例に挙がるのが知識人の言葉だったりするから、議論があったのね、という次元での理解という意味で凸凹感はなくて分かりやすいといえば言えた。で、次からはちょっとトーンが変わったように私には思われた。つまらないわけじゃないけど、自分がその時代を生きてきながらその洗礼を受けたと感じられない例が次々と登場するからだ。

『巨人の星』『明日のジョー』を全共闘の運動等と重ねて分析しているが、知らない時代のものではないだけに、それでもろくに読んだり見たりした記憶がないと、なんだか疎外感。次が尾崎豊的自由。ここはかなりの情熱で書いているし、読んでいてつまんなくないけど、尾崎豊をほとんど知らないから、自分なりの考察と比べることはできない。よって受身に徹する。そして思う。ほとんど興味が沸かないのは年齢のせいかな、と。しかし、当時も自分のアンテナには引っかかってこなかったんだからしょうがない。別に体制や管理を好む方だと自分で思っているわけではないが、尾崎豊のような感じ方とは違ったな、若い頃も。もっとも同時代じゃないからか。そんな風に読むべき本じゃあないのかもしれないが、その程度にしか自分には読めない。その後の『エヴァンゲリオン』に至っては、日本にいなかったこともあるが、もう全く分からない。このアニメがさまざまな分析の対象になっていること自体はいくら私でも知っているが、だから何なのかまでは分からないし、分析を見て、じゃあ見てみようかなって思うことはないのだから、多分自分の興味ではないのだ。終章は21世紀の自由論。やっぱ、こういう本は自由論の系譜に関する知識が必要なのだろう。それと時代の波を察知する力。どっちも失格。でも波を察知できないっていうのもある意味自由なんだってことにしておく。
by kienlen | 2008-01-27 21:45 | 読み物類 | Comments(0)
山口二郎先生のお話しを聞いた後、夫の店で飲食していこうと思って自転車をこいでいたら、古い映画館の広報板に「サルバドールの朝」のポスターが貼ってあった。どっかの映画評で見たような気がする。この街にこんなマイナーな映画がくるのかと喜んで自転車を止める。するとお目当てのは終わったところで、5分後に「ミリキタニの猫」が始まるというスケジュールだった。聞いたことないけど、ニューヨークのアーチストの話しみたい、時間的にぴったりなのもご縁かも、最近映画見てないしな、子どもの夕食もなんとなく用意してきたしな、と思って入ることにした。土曜日だというのに観客は全部で3人。どんなんかな、と思ったけど、最初から最後まで感動的だった。まるっきり予定外だったが、これは見て良かったと思いながら感謝して出たら、3人の観客のうちの1人が知り合いだった。お互いに「あれッ」と言って顔を見合わせる。そして彼女から、この映画は映画好きの間ではすごく話題になっているものであることを知らされる。知りませんでした。一緒に食事しましょうよ、って誘うほどの関係でもないので自転車で夫の店に向かっていたら彼女が「店、やってます?」と声かけてきたので「一緒にご飯食べましょう」ということになる。店はまあまあ盛っていた。とにかく辛いものを食べたかったが店員さんが「カノムチーンのグリーンカレーかけはどうか」と勧めるからそれにする。

さて映画であるが、なんというか、全体に1枚フィルターをかけたような異界のテイストを感じさせるものだった。ミリキタニという何語ともつかない音は日本人の姓であることが分かる。名はジミー。80歳。冒頭はニューヨークで路上生活をしながら絵を売るだけの人に見えるが、実は彼はサクラメント生まれで米国籍を持っていたのに、第二次大戦開戦時に日系人用の収容所に入れられた経験を持っていた。親の出身地の広島に戻ってまた米国へ。原爆で母は死んでいる。米国への恨みは強烈で、話せば政府批判が出る。で、そういう話しを拾うのは、路上生活時に知り合った若い女性。映像関係の仕事なのか、映画の中では説明はない。彼を自分のアパートに連れて行ったのは、例の9.11の日にビルの崩壊に背を向けて淡々と絵を描き続けるミリキタニを撮った後。現場一帯に有毒ガスが蔓延してミリキタニも咳に見舞われていたからだ。収容所での生活や原爆が語られ、描かれる。テレビではアフガンへの空爆が放映される、ちょうどそういう時期のアメリカの様子とミリキタニの語りが、こちらには交錯して伝わってくる。最後の方のシーンもすごくいい。人生の下り坂を歩いている身に勇気を与えてくれる映画だった。とっても良かった。今になって場面を思い出しても涙が出る。見れたのはツイてた。
by kienlen | 2008-01-27 17:03 | 映画類 | Comments(0)

最高、山口二郎講演会

山口二郎さんの講演を聴いた。昨日のこと。県の医師会の研究会だが、外部から招待された友人がついでに1人分余計に申し込んでくれて聴講することができた。ほんとにありがたいことだ。財産は友であると日々感じている。私が日頃から山口二郎が好きだと吹聴していたせいがあるかもしれないのだが、こういう意義のあるものはどんどん公開で行っていただくと主催団体への好感度アップにつながる。私は昨日から俄然県医師会のファンになってしまった。1時間という短い時間の予定だったから、これではどこまで話していただけるのか、と実は危惧していたのだが、壇上に上がったとたんから引き込まれた。話しのテンポが心地良い速さであるし、無駄がなくて面白くて真摯で、こんなに充実した講演を聴ける機会は多分めったにない。期待以上でした。肝心のテーマだが「社会保障をめぐる政治情勢」というもの。講師の勤務先である北海道大学が科研費で行った世論調査の一次データを分析して、世論と政治情勢を絡めながら進めていくという構成。何しろ日頃目や耳に入る情報って「一体どこに根拠があるの」ってのが圧倒的でイライラするので、こうしてちゃんと手続きを踏んだデータを元に話していただけると安心して聴くことができる。

まずは小泉改革の遺産であるが、調査によると「格差が広がった」が圧倒的多数であり、全体に国民からは負の評価が高い、という具合にいくつかの調査項目と結果をみていく。そして見えてくるのは国民の多数が望んでいるのはアメリカ型の小さな政府ではなくて社会保障の充実したヨーロッパ型という結果になる。そこで困ったことになるのは自民も民主も同じ。自民は都市と農村、金持ちと貧乏人の格差をなくすような政策を取ってきたのに小泉という覚せい剤のおかげで本来の役割が逆転したような格好になってしまった。民主は民主で生活第一なんて掲げてきたわけじゃないのに、前回の選挙ではそういう役割で成功したわけだが、問題は双方ともに自覚がないままでいるのが日本の特徴である、というお話しは実に明快で怖かった。時間切れで半端に終わることなくレジュメ通りに最後までいってくれた。現実的な対応のヒントも示してくれた。医師会は、これまでのように自民党という政党を経由して自分達の政策を実現させるのか、政権交代を視野に、政策提案型に方針を転換していくのかが迫られる。広い支持を得るためには1歩後退は受け入れて2歩前進するのがよろしいとか、教育や医療の社会保障を国がやるか民間がやるかの違いはあっても家計から支出する金額は同じであるとか、財務省の問題とか、根拠のない風説に依拠した政策の問題とか、もう何から何までうなづいたのだが、結局のところ小泉人気に帰結した変化の時期に日本にいなかったので、ホントあの時何があったの、ってまた感じた。
by kienlen | 2008-01-27 16:11 | 社会的話題 | Comments(0)

留守明け初日

日記を4日間もあけたのは初めてかと思う。2泊3日で留守していた。少なくともメールチェックは必要かと考えてネット接続可能を最低条件にホテルを選んでノートパソコンを持参したのに、なぜか接続できず。いろいろいじっている時間もなくてパソコンは荷物を重たくするだけの物体と化していた。昨夜遅くない時間に帰ったのだが、そのまま帰宅するには日常とかけ離れた気分でいたため、新幹線の中から友人に電話して会う約束をする。駅に車を横付けしてくれてとっても助かった。付近の中華のファミレスに入って、食事済みの友人はお茶のみで、私はビールと炒め物とラーメンを1人で全部たいらげる。3時には横浜の中華街で、やはり盛りのいい炒め物とビールを飲み食いしたばかりだったのに、たいした食欲の日だった。食欲のある時はあんまり元気ではないという気が自分ではしている。充実感がないとそうなるのだ。しかしとにかくこの留守の前に持ち上がって保留にしてある問題もあるし、切り替えて日常に戻らないといけない。何をするべきかを思い出しているところだ。

中華街でビールを飲んでいい気分になって、占いの呼び込みに従ってちょこっと手相をみてもらった。あちこちで995円でみるという呼び込みをしている。ちなみに、たまたますぐ近くでの用事だったため、有名なチャイナタウンに初めて行ってみたわけだが、バンコクのように雑然としているわけではなく、物価は高いし、どこが美味しいのか分からないから入った店は口に合わないし、タイのような愛想はないし、モロモロ商売商売カネカネ的で、買い物に伴うコミュニケーションの楽しみもないし、何かのテレビ番組のお墨付きみたいな看板を掲げる店が目につくし、こういうモノに全然興味がない者に対する訴求力はゼロであった。つまりもう1度行きたいと感じさせる要素は見事に皆無であったから、コートに入った後ろ髪を引っ張られることもなくタウンを後にした。で、占いであるが、「特徴は頭脳線が短いことだね」「頭悪いってことですか」「…オツムが弱いってことじゃなくて決断が速い」「はい、すぐ決めます」「ひとつの事を長く悩まないね」「ぜ~んじぇん」と話しながら、これってつまり思考力熟考力持続力継続力がないってことではないか。「当たるよ、当たるよ」という声を後にする時、複雑な気分であった。「お金は入ってもすぐに出ちゃうねえ」「だからこういう場所に来て浪費しているわけですよ」「待って、人の話しを聞いて、おっちょこちょいだね、アナタは」等々、995円分話したような話さないような。いずれにしろ、よく言われることを確認した。この2月7日までは最悪の年周りの真っ只中にいる。今年も油断できない。来年は最高。だから来年まではじっとしているようにって。
by kienlen | 2008-01-26 12:05 | 出来事 | Comments(0)

お勉強の1日を前に決意

今朝は驚異的に順調だ。なぜか。息子が早起きしたからだ。早起きまでいかなくてもいいから、登校時刻前に自分で起きて欲しいと願うのみなのに、それができない。起こそうか放っておこうか毎日迷ってからギリギリになって呼ぶ。遅刻が重なって落第したら嫌だ。不機嫌に起きてきてだらしくしているのに、髪の毛だけはきっちり整える。ついでに服装もきちんとすればなかなかの男前なのだが、肝心なところが欠けている。髪に時間をかけて遅刻するくらいなら髪より勉強を取れと言いたいが、言っても疲れるだけなので見ないようにしている。分かるのはドライヤーの音と整髪料の匂いから。私はこういう匂いが嫌いなのでお香をつけると、息子が「その匂い嫌だから消してくれ」と言いにくる。音と匂いは迷惑にもなる。それで今朝である。いつも娘が先に食事を取って出てから相当たってから息子が起きるため個食であるが、今朝はちょうど一緒になった。初めてではないだろうか。娘が粉物にしてくれというのでお好み焼きを作った。ありあわせの野菜を刻んで干しえびとチーズをボールに入れて、小麦粉と卵と長いものすりおろしを入れて水で溶いて焼くだけだからごく簡単なのだが、娘にするとこれで朝から食がすすむようだ。

いつも娘が1人なので呑気に食べている。これは2人に共通するが決して慌てない。本日も彼女は自分のお皿に取ったお好み焼きにかけるソースを、何かの形でも描くかのようにソロソロと楽しみながらかけていた。すると横から息子が「早くしろ」と催促する。とはいえ、息子は今朝は上機嫌であった。昨日のバレーボールの試合で優勝して「全部接戦だった」とヘトヘトになって帰って焼肉をたくさん食べてそのまま寝たから睡眠時間は12時間ほど取ったはず。だったら観戦すれば良かったとちょっと思う。昨日は、朝早くから試合のために車で送り届けるのが面倒で不機嫌だった。息子が「なんでそんなに不機嫌なんだよ」と言うから「ゆうべ遅かったからもっと寝てないと、昼間仕事するのに睡眠不足だと困るわけ!」と怒鳴ったんだ。この程度の場所なら自転車で行ってくれと言う。会場に着いて、どこで車を停めようか迷っていると、助手席にいた息子が「あ、先輩だ、ここで降ろして」と言う。比喩じゃなくて目が輝くというのはこれかって思うほどキラキラしていた。で、私はその目を見て何か吹っ切れた気がした。こっちから見ると、何から何までどうしようもないヤツに思えるが、外ではそれなりにやっているのかもしれない。そう思わせてくれるような姿だったな。それに何より明白なのは、彼にとって親など眼中にないってことだ。こんな些細な一瞬からここまで感じ取っていいのか分からないけど、なんとなく。だから今年は自分中心にいく決意を新たにした。
by kienlen | 2008-01-21 09:25 | 家族と子供の話題 | Comments(0)

雑然とした意識と記述

これ以上の夜更かしは避けたい。眠りにくくなるし、明日もあさっても、やらなければならないお勉強があるから睡眠不足でいると昼間にぼっとしてしまう。この齢してよくやるよな、と自分に呆れるしかないが、基本的にはこそこそひとりでやるのは嫌いではないのだ。が…、若い時にちゃんとやっていなかったから今になってこんなことをしているわけで、それ相応の時期にしっかりやるべきことを片付けていれば今になってこんな無様になっていないに違いない。ということはともかくとして、この間自分としては最高に面白いと思って読んだ斎藤美奈子『文章読本さん江』を友人が読んで「何が面白いのか分からない」と感想を送ってきた。で、そうだな、何が面白いんだろうと振り返ってみることにした。斎藤美奈子の面白さというのは、まずひとつはごまかしてないことである。しっかり準備した上で書いている。この本のために読んだ資料は膨大であろうが、彼女のを読んでいると、ほう、必要箇所だけに付箋を貼るのじゃなくて、一字一句読んでいる、という感じが伝わってくる。つまり非効率的。効率性ばかりが重んじられる時代にあって、この態度は貴重である…って書くと、どっかのなんかの記事みたいであるような気もするが。

しかし、こんなことに面白さを感じていても、いかにもひとりよがりではあるまいか。もっと一般的な感想はないものか。となると、後半の日本における作文や国語教育の歴史を俯瞰した部分はタメになった。かといってこの知識を得て何か役立つかというとそんなことはない。ここまできて、ひどい不安にかられる。こうして好みも解釈も違う人々が集っている世の中で、通じ合ったり分かり合ったりできるのだろうか。寒々しい光景が脳裏に浮かぶ。荒野を行く孤独な中年は多数いるのに、そして一見仲良く話し合っているように見えるのに、みんながみんな透明な壁に囲まれた閉鎖空間の中にいるのだ。外から色をつけて見ると見えるが、自分じゃあ、誰も気付いていない。今、北海道在住の男友達から、今年最初の電話があった。行ったことのない北海道の景色はステレオタイプになってしまう。荒涼とした風景が、私にとってのソレ。いろんな意識と現実が重なり合って混沌になった。寝よう。
by kienlen | 2008-01-21 00:44 | その他雑感 | Comments(2)

今年最初の1日飛ばし

不本意ながら日付が変わってしまった。もっとも意志で変えられるものじゃないか。よって昨日になるが上京していた。夜遅くに帰宅してメールをチェックしたら24通。今のメールはジャンクばかりで必要なのは1件もないことも多いから、全部削除のつもりで臨んだら重要なのが複数あった。どれも楽しくなるようなものではなくて、どっちかというと気が重たくなるものだ。ただし自分に余裕がある時であれば重たい気分も楽しめる。今はダメだ。来週に出張があって、その準備がかなりの負担。そんな状況で上京中に夕食をとっていたら家から電話があった。電話はたいてい娘であるから娘用の声で出たら息子だった。なんだ、ここで音質が変化するのはしょうがない。最近も言い合いばかりだし、もう冗談のレベルを超えて苦痛の度合いが高まる一方。「明日送って行って」と言う。バレーの試合があることは聞いていた。送って欲しそうだったのも感じていたが、正式依頼がないとやらないことにしているから感じないフリをしていた。ただ私の場合の甘いところは、正式依頼がくると可能な限りはお手伝いしてしまうことである。

というのは、ちゃんと依頼できることへの評価が、きっとフツウより多分高いのである。これは自分の子ども時代と関係していて、親に対して何も言えない子だった。言おうとすると泣いてしまう。親にモノを言えるという人が羨ましかった。子どもが生まれた時に、親にちゃんとモノが言える人になって欲しいと思った。この点へのこだわりは意識的になってしまって、それはそれで極端になる。子育ての難しさは、自分の生育環境と無関係でいられないということで、虐待の連鎖等は、だから充分に想像ができる。私の場合は、自分の親と反対のことをする方向に走りすぎているようにも思う。プラス夫との関係も入り組んで複雑になる。しかし、どれもこれも、いろんな意味での余裕があれば違っているかもしれない。というわけで明日、正確には今日になってしまうが、早起きしなければならない。なんかムカムカして夫に電話してガガガとやった。この調子でいくと夫婦関係も危ないし家族もそうだし、自分自身もそうだし…。
by kienlen | 2008-01-20 00:37 | 家族と子供の話題 | Comments(0)

グリーンと雑貨の購入日

細かい事を片付けたい日だった。振込みが遅れている会社に問い合せたり、その他書類の作業もあるし、ちょっとした仕事もあるし。機械的な作業はやれば終わるが、考えるものは考えても浮かばないとそれまでだ。時間がたてば何かになっているというものでもなく、それどころか虚しさが募るばかり。緑が欲しいと思って車で観葉植物を買いに出た。事務所をジャングルみたいにしたいとずっと思っているが、緑も結構高いのと、日当たりが悪いのと、枯らすのが得意だから実現していない。でも今日は何か欲しかった。同時に、植物を買うとはな、という思いもよぎる。子どもの頃はこういう時、山に入って花や葉を根こそぎ採取してきて、庭に植えては楽しんでいた。ツツジは、枝を土に埋めておくと根が出るんだ、とか。そんな事を考えながらの1軒目。価格と質のバランスから欲しいと思うのが見当たらない。2軒目はなんとなく雰囲気が良くて3鉢購入した。今日の仕事をして得る報酬の倍の金額をカードで支払う。なんとか車に積んでお持ち帰り。適地に配置して、他のにも肥料をやったりの手入れをする。土や植物に触れるのは好きだ。多分、動物よりも。でもウサギにはキャベツをやって抱っこしてなでなでもした。

ちょっとの仕事をなんとか大方片付けてから子どもらの夕食を準備して外出。知人が昨年から始めた雑貨店で友人と待ち合わせた。ご祝儀の気持ちも込めてネパール製のウールのマフラーとインド製のパンツを購入して、なごみ系の雑貨の中で気持ちのいい時間を過ごしてから、次の目的地へ。公益的な市民活動に自治体が助成するという企画の説明会に参加する。会場に知り合いがいて「×さんがこんな活動するの」と驚かれる。なんで驚かれるのか自分では分からない。応募するかどうかは未定だ。その間に友人から電話が入って、説明会終了後に夫の店で待ち合わせる。ヤムウンセンとカノムチーン・ナームヤーを食べてビール少々。ブルータスの「言葉の力」という特集を読む。若い頃に涙した詩人たちが次々と登場している。一緒だった友人と入れ替わりに別の友人が来て雑談。雪が降り始めたから自転車を店の前に置いて、友人の車で送ってもらって助かった。こうしてタラタラの1日だった。
by kienlen | 2008-01-18 23:48 | 出来事 | Comments(0)

信州で読んだり書いたり、時には旅したり


by kienlen
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