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とんかつ屋で会ったなつかしい人

息子は朝5時前に自分で起きて「行って来る」と出て行った。この時期だとまだ真暗。学校は遅刻のくせにアルバイトはえらく早く出て行くし、この間なんか一晩中嘔吐していたくせに、翌日は出勤して行った。娘は昨日から山の祖父母の家に行った。朝方、友人が来てコーヒー飲みながらしばらくおしゃべりして帰った後、朝帰りだった夫が「ご飯食べた?」と聞くから「朝パン食べた」と答えたら、どっかに食事に行こうと言うので隣の県の美味しい鮨を食べたいと言ったが、走り始めてからガソリンは少ないし時間もかかるし、そもそも夫は生魚を食べないので、1人で食べることになるんじゃあ楽しくないなと思い直して、知り合いの店に行くことにした。タイから帰国直後、早速鮨屋に夫と2人で行ったが、私が1人で食べて飲むハメになったのを思い出した。その前に息子のバイト先に立ち寄ってみることにした。人気の魚屋なのですごい混雑だった。バイトの若い人達が大勢いたが息子の姿は見えずに出る。女の子達はレジに立ち、男の子達は氷の中から魚を取り出したり荷物運びのようであった。

ランチに行った店は、とんかつとラーメンの大衆食堂。以前は頻繁に行っていた。というのは、この店は奥さんがタイ人で、私も夫も知り合いであり、従業員の娘さんがタイ人男性と結婚するのどうので相談にのっていたこともあってご縁があったのだ。あれから10年だからみんな年をとったが、お店は繁盛していたし、その従業員の方もいた。娘さんが日本で知り合ったタイ人男性はビザが切れていて、いったん帰国した。その間に子どもが生まれて、娘さんはその子を伴ってタイの夫の故郷の村に渡ったのだが、村の祭りで発砲事件があって、危うく弾が当たる寸前の経験をして、怖くなってすぐに日本に戻った。無事にビザが取れて夫が来日したものの、当初からうまくいかなかった。なんか相談されてアパートを訪ねたこともあった。結局ビザ目当ての結婚だったんだろう、という疑いである。そのうちに夫は行方不明に。保険証を悪用されたら困るとか、問題を想定したらキリがない。「もう10年ですねえ、その後どうしてますか」と聞いたら「孫がもう小学校5年。色が黒くていじめられて泣いていたけど、この頃は元気になって大丈夫」と言っていた。
by kienlen | 2007-12-30 18:31 | タイ人・外国人 | Comments(2)

『小泉純一郎の軍師飯島勲』読んだけど…

この本をやっと読了した。自分で買ったわけじゃなくて、友人が貸してくれたもの。フツウの文庫本3冊分くらいの厚さがある上に、ドキドキする面白さは皆無、知識欲を刺激されるわけでもなく、かといってものすごく退屈というわけでもなく、なんだこれ、って思いながらも読み終えたということは、借りた本だからという義務感みたいなもの以外に、何か興味を覚える点があったのだろう。あったとすれば自分が知らない政治の世界への興味と、それから、著者の大下英治氏の姿勢への興味の2点だと思う。第一の点については、部外者から見ていると、政治というのはきっと、誰を身内として誰を外部者とするかという駆け引きそのものなんだろうと思った。もっともそういう論理の働かない場というのはないわけで、別に政治の世界が特殊とは思わない。でも国民がすべて有権者かその予備であり、身内にも部外者にも分類されない人間がいないという意味では特殊なのだろう。ここで選挙権を持たない外国籍者がどういう立場になるかは保留ってことで。

それで小泉元首相という人は、ここ何十年かって意味での従来の身内-部外者関係を逆転させたということになるらしい。これを読んだ限りでは。で、それはもちろん共感を得る。家族関係に悩む人は「こんな家族制度は崩壊してしまえ」と思うだろうし、男女関係に悩む人は「性別なんかなくなれ」と思うかどうかは知りませんが、私だってしょっちゅう「こんな従来の仕組みは崩壊せよ」と思う。だからといって改革したからってすべての人に良くなるなんて幻想はこれっぽっちも抱いてないので改革改革を叫べば物事うまくいくとも思えないから小泉を支持したことはないけど、でも怒りがこみ上げてくる時に、いきなり「小泉の気持ちが分かる」なんて思いがフツフツしてくると、ふと我にかえって、ホホウ大衆の気持ちをつかむ天才ってこういうことなんだと思う。第二の点については、これ書くの大変だったんじゃないかなあって余計なお節介的感覚。だって、あまりに中身がない。アレしたコレしたの表層ネタはわんさかあるけど、なぜやった、その人の考えは、思想は、は見事に欠落していて、身内と認識したもの以外には非情っていう第一の点、よって結局は従来の政治の論理じゃん、ってところを行き来するだけで、書き手が最も興味を持つんじゃないかって想像してしまう部分が大きくえぐれているように感じたからだ。ご苦労さんでした、って感じの本だった。その疲労感を読者に分け与えるのは意図したのかしないのか、ちょっと興味ある。
by kienlen | 2007-12-29 13:11 | 読み物類 | Comments(0)

いつの間にか当たり前になった光景

お隣の町に用事があって車で出かけた。暮れのせいか割り込む車が多いように感じる。また割り込みだ、しかも大きな積載車、と思っていたら突然停車してバックで脇道に入り始めた。なんてマナーの悪い運転手なんだと顔を見たら、どう見ても日本人には見えない。多分パキスタン人だと思う。中古車ビジネスはパキスタン人の参入が多く、ネットワークができているからだ。私の友人にもやっている人がいる。で、今は結構羽振りのいいその友人だが、文無しからビジネスを始めたので苦労があって、車を積める積載車を欲しいが高いと迷っている話を聞いたことがあった。この人もそんな過程を経て、今日ここで事業主として運転しているのかもしれないし、あるいは運転だけ頼まれたのかもしれないし、雇用されている側かもしれない。車を降りて話しを聞いてみたくなったが、それには危険過ぎる場所だったから諦めた。

暮れの常で、田舎の国道は工事が多い。ヘルメットから覗く顔は日系ブラジル人かと思われる人もいる。年配者は日本人で若い人は外国人のようでもある。昔、タイに住んでいる時に夫と日本に一時帰国して東京でラーメン屋に入ったら従業員が日本人じゃなくてびっくりした。今となっては当たり前の光景なのに、当時はまだ日本の状況を知らなかったのだ。あの頃、1990年代の初めから外国人が急増したのだった。それから15年じゃないか。事実上、すっかり日本社会の一部を構成している。もっとも他人事じゃなくて、ウチもそうだったな。そんな事を振り返っていたら仕事が全然できなくて今夜は眠れないかもしれない。しょうがないからコーヒーを2杯飲んだ。がんばれ。
by kienlen | 2007-12-27 23:38 | 社会的話題 | Comments(0)

いろいろな人に会った日だった

ひとつ小さな仕事を片付けた。こんな事を宣言しなければならないほど行き詰っていた。カネなし、地位なし、美貌なし、ノウナシ、それでアイデアもなしだったら四方八方ふさがりだ。体力も衰えている。そういう塞がり感の中にいる場合、小さくてもいいから空気穴を開けることである。そうじゃないと壁がどんどん厚くなる。眼前で見る見る厚くなっていくという気がする。よって、この小さな仕事は意義がある。ただ、それで次のも終わった気分になってまた閉じこもったら危険なのであるが、つい忘年会の誘いを受けてしまった。こんな自分を誘ってくれる人がいるということのありがたさが身に染みるからだ。今日しかないかもしれない、今年限りかもしれない、と思うと何もかもがいとおしくなる。でもおかげで仕事は延びる。これでいいわけはない。結局のところ、得意の逃避に言い訳を貼り付けているのが、誘われてありがたい論の正体ということになる。

今日は午後から外出した。報告会という名前の、会議というかなんというか正体不明な1時間半を過ごさせていただき勉強になった。参集者合計4人。会場は某団体の会議室。男1人に女3人。男は組織人で女の事情は各自複雑という構成。あれをやりたい、これをやりたいという話しになる。そういう物言いを聞いていると、やりたければやればいいのに、と思う。ナイナイ尽くしの私らからしたら、何もかも揃っている。経済的基盤、一般的な社会的正当性等々。まあしかし本当のところは何もしたくないのだろう。言い訳しながら時をやり過ごせば、いずれ異動があったり定年があったり。それまでの時間稼ぎに貢献するためのしばしのお付き合いってところだろうか。眩暈にも似た感覚のまま帰宅したんじゃあ次に取り掛かれないから、雑貨屋に行ってバンブーの間仕切りなんか買ってしまった。こちら側には壁を作りたい欲求の無意識の表れか。そして夜は忘年会へ。異文化接触の多い日だった。
by kienlen | 2007-12-26 22:29 | 仕事関係 | Comments(4)

今日と明日は延ばすにも限界の仕事

やっと片付いた。もうちょっと残っているけど大勢に影響がないので強制終了ということにする、事務所兼自室の大々的なレイアウト変更。ずっと移動してなかった仕事机もパソコンも移動して本も資料も大幅処理。どうせあと何年生きるんだ、と思うと思い切りが良くなる。とってもすっきりして今日から頭も気持ちも切り替えるのだが、自分がすっきりしても家族、中心は息子がどうにもだらしないので気持ちも頭も萎えてしまう。しかし昨夜は高い所に、私には大きくて重すぎる旅行バックを上げるのを手伝ってもらって助かった。男手はこういう時にありがたい。が、そういうだけの男仕事が減っているのが現代なのだ。これも不自然であるように思う。それはともかく、3学期は遅刻回数をゼロにで当人も同意したのに早速寝坊していた。それで私も頭にきて再びゴロゴロしていたら宅急便が届いた。調子の悪くなったノートパソコンを夫の兄の来訪ついでに見せたら「すぐに直すよ」とは言ったものの、よくよく見ていたら壊れているということで、持ち帰って直すことになって「ダメになっているからちょっと時間かかる」と連絡があって、今日すっかり生まれ変わって到着したわけだ。どんなトラブルにも対処してくれるひじょうにありがたい存在。

近くに住んでいてくれるとさらにいいのだが、あっちはあっちで「ウチの近くに引っ越してくれ」と言う。美味しいタイ料理を毎日食べたいからと。私が作るわけではないけど。さて、残りの仕事を片付けなければならない。忘年会をやろって声がいくつかあるが仕事が片付かないことには予定が組めない。今年は年賀状も少しは出そうか。ありがたいことに、なんだか来年の予定も少しずつ入りかけているような気配を感じる。今日は店番の日だが、遅い時間になってから顔出せるかどうかってところだ。火曜日の店番を決めてから5年間くらいになると思うが、忙しくて実は辛い時でもなんとか行くようにしていて、完全に休んだのはどうしようもなかった1度だけ。しかし今日は同じ時間に現場仕事が入ってしまったので調整のしようがない。そして本業を選ばないわけにいかない。部屋の片付けは動いているとじょじょに進むが、動いているだけじゃあ進まない仕事も驚異的にはかどるコツってないのかなあ。
by kienlen | 2007-12-25 12:29 | その他雑感 | Comments(2)

地区の役目って何なんだ

地域という曖昧な言葉が何を指すかはともかくとして、一昨日愕然として記入しようのなかった地区のアンケートについて迷っていた。できるところだけ書いて、あまりにヘンなのは指摘して提出するか。あるいは一昨日のブログを印刷して名前をつけて提出するか。新たに一筆添えて提出するか。あるいはあまりにバカバカしいから提出しないか。まあ、その前に部屋を片付けてしまおうとしているところに友人が立ち寄って、コーヒー飲んでおしゃべりして「お昼どうする」ってことになって、出かけようかってことになって、その友人がごちそうしてくれるということになって豪華な中華料理でビールまで飲んだ。なんて幸運なクリスマスなんだと思っているところに別の友人から「クリスマスのディナーコンサートの券があるけど行かないか」と持ちかけられた。なんでも1万円のものを買ったはいいが、自分が行けなくなったから、と。ますます幸運なクリスマスである。喜んでいただくことにして帰宅。ディナーに出かけるために、急いで片付けしているところにチャイムが鳴った。隣組長によるアンケート用紙の回収だった。結局まだ未記入で未処理。

私のポリシーとしては、言える場があったら言うというものなので「このアンケートは内容がひどすぎて答えようがないです」と申し上げた。隣組長に言ってもしょうがないから「あ、別に○さんを責めているんじゃないんですけど。誰が作ったんでしょうか」と聞くと「役人だろ、行政なんだから」と言う。そういえば以前に「行政区」って書いた書類がきたが、問題は、地区では行政区と位置づけていても、行政側は地区は行政でも中身は任意の地縁組織であると位置づけていることだ。以前、市役所に地区の事で言いたいことがあったので伺ったら「行政は強制してない」でおしまいだったもん。私の方も予想を確認に行っただけだからいいのだが、このねじれ現象は何だ。私には国会のねじれよりも深刻である。それにしてもここまでひどいアンケートを役人が作るとは思えないが、これは確かめたくなったので用紙は要保存に分類。ひとしきり言えることを言うが「上が決めたことは従うしかない。俺は役目だから回収に来ているだけ。出したくなければそれでいい」というだけ。この論理からいくと、上が決めたら何でも従うということである。その発想があの事態を招いたのだ。この地域を見ているとその流れがよく分かる。そして怖い。しかし、お言葉ですが、これって住民自治に関することなんですよ、とは言わなかった。地区内で発言してさんざんな目にあった経験はある。逃げたいだけ。
by kienlen | 2007-12-24 23:12 | 地域 | Comments(0)

シャンソンと映画音楽のコンサート

友人から誘われて、しかも3000円のチケットまでいただいてクリスマス・コンサートに行った。ありがたい。歌ったのはアマチュアで60歳を過ぎているという女性だったが、とってもいいコンサートだった。ひとつには、私達の年代なら誰でも知っているシャンソンと映画音楽だったことと、歌い手の人柄と知性のせいだと思う。伴奏のピアノとギターとゲストのバイオリンも素晴らしかった。そしてサポートする人達の温かさ。そういうものが会場を包んでいた。友人の解説によると、本日の歌い手の方が歌を始めたのは60歳になってからだそうだ。体調を崩して、医者に何か始めたら、とアドバイスされて歌を始めたと当人もステージの上から語っていた。治療効果は抜群だったらしい。太陽がいっぱい、枯葉、百万本のバラ、暗い日曜日…選曲も良かった。

一緒に行った友人が「教育学部だったからちょっとやったけど、改めてピアノを始めたい」と宣言。刺激されたようだ。私も、このところの落ち込み方が今までと異質であると感じているから、何か楽しみを見つけたい。ここにきて自分自身について感じているのは、娯楽志向の欠如が中年の危機を誘発しているんじゃないかということだ。それを先日友達に「ホント、どうしてこんなつまんない人間になっちゃったんだろ」と反省を込めて話したら「ホントよね。パチンコやりなさいよ。あまりのバカバカしさに他の事も忘れられるから」とアドバイスされた。パチンコは父も弟も狂っていた時期があって、父は私らが小さい時にパチンコ屋で子守りをしていたから親しみは感じるが、かといって、今からやる気にはなれない。それで何も思いつかずにいる。つまんない人間のままの自分に耐えられるようにするにはどうするか。それを娯楽感覚で試行錯誤するのが最も合理的な選択かもしれないな。
by kienlen | 2007-12-23 23:34 | その他雑感 | Comments(0)

ここまで低次元のアンケートが通用する地区

事務所兼用自室を昨日から片付けているのでいろんなモノが出てくる。なんといっても多いのは書類。いつのまにか紙の山。資源の無駄。その中に、気付くのが遅れた「K地区まちづくり住民意向調査」というアンケート用紙があった。たいそうな名称である。で、どんなに重要な内容かと思って目を通してみた。不協和音が四方八方から押し寄せてくるような気分になった。例えば問3を俎上に乗せてみる。質問:これからのまちづくりは「住民が主体となって行い、行政はその支援を行う」と言われていますが、あなたはどう考えますか。何コレ?「言われています」ってどっかでこういう噂が流れていて、その噂についての感想を聞いているんでしょうか。ホホウ、選択肢はいかに。①地域住民が主体で行う②地域住民と行政が一緒になって行う③行政が主体で地域住民は参加すればよい④行政がおこなう。なるほど…。「まちづくり」からハコモノや道をイメージする人で建築だとか土木関係の方は①を選ぶかもしれないな。同じイメージを抱きつつ畑違いの人は④を選ぶかもしれないな。それにしてもこんな難解きわまりない質問に対して「わからない」「どちらともいえない」という選択がないのはなぜなんだ、厳しく問い詰めているのか、と思って読み進む。

と、問8の「環境問題」。質問:買い物袋を持参することについてどう思いますか。私にはこっちの方がまちづくりよりシンプルに感じられるが、なんと、こっちは「わからない」が用意されている。区を代表する方々にとって「まちづくり」は自明であり、買い物袋は抽象概念なのかもしれない。すごい世界だな。という具合でどれも、自分の住んでいる地区でなければ笑えると思ってもいいものばかりであるが、ダメ押しもうひとつ。問6:子供は主にどこで遊んでいますか。①家の中が多い②外で友達と遊ぶ③近所に友達がいない。これの問いは「どこ」である。小学生の国語並みに言ってみれば。「どこ」は場所を示す代名詞である。ところが②では友達が登場する。どこから来たのでしょうか。で、③では中心が友達にシフトしている風でもある。これを小学生に見せて答えられるだろうか。国語のテストだったらミスプリントで大問題なはず。大人になるといいのは、こんなもんを作って平気でいられることなのだ。そして、そういう大人達の方が「今時の子は」とか言うんだ。頼むから、こんな地区で「住民自治」なんてやって欲しくない。その前に頼むから、このようなアンケートの回答欄に「回答不能」「質問の意味不明」「整合性なし」の選択肢を加えて欲しい。そして頼むからこんなアンケートの結果を集計して「まちづくり」の判断材料にしないで欲しい。小学生程度の読解力があれば答えられないはずだからだ。
by kienlen | 2007-12-22 21:57 | 地域 | Comments(3)

予想通りの展開となった面談

昨日は事務所の全面的模様替えをする間に2人の個人面談へ。娘は前の人が大幅に時間をオーバーして、やっと始まったと思ったら次の人がドアを開けてしまうしで、ほとんど何も話せずに終わりになった。先生が何より優先させたのは、今年の大きな話題のひとつであった全国一斉学力調査の結果報告であった。「全国でこうして1人1人に報告するんですか」と聞いたら「あ、全国かは分かりませんが、県では全部…」と先生。国語と算数の分野別の点数分布が棒グラフで表され、全国の何パーセントの子が各問題について○か×かが示され、その子との比較がなされ、加えて合計点数も比較できるようになっている。娘の場合はだいたいが分布の多いところにあるかそれより少し上程度。なにしろ今は表もグラフも簡単に作れる時代であるから一目瞭然。でも、それでこういうのを知って何だって気は常にしている。「これで平均だして、それで何の意味があるんですか」と聞いたら先生も「ううん…」と言って答えてくれなかった。大きな経費をかけているんだし、いろいろ論議された割にはあっさりしたものだ。国数の他に生活についてのアンケートもあってその結果も報告された。「この学校の子の場合は、生活時間がきちんと決まっている子の割合が全国平均より少ないですね」と先生。

「それ、どういう意味ですか」「テレビは何時から何時までとかゲームは1日何分とか、そういうきまりです」「ウチも特に決めてません。そういうのって決めたほうがいいんですか」「いや、そういうわけじゃなくて、ただこの学校の特徴ってことで」という、ほとんど意味のないやり取り。もしやそういう子の多い学校だからウチの子も楽しく行っているのかもしれない。「学力の点は問題ないでしょう」「はあ」「友達関係は、おとなしい子とよく遊んでますね」「はあ」。一方の息子も、いつもと同じ。多分先生にしてもこのようなある種の典型的タイプの子にはテープみたいに繰り返している内容だと思うが「通知表の成績がこんなに悪い」「一学期よりこんなに落ちている」「テストがここまでできているのになんでこんなに成績が悪いのか」「それは宿題やらず提出物を出してなくて授業態度が悪いからだ」「遅刻が14日って何だ、これ」「この間もパンを食べて袋をそのへんに捨てていただろ、だらしなさ過ぎる」「とにかくだらしない」「お前の人生これでいいのか」「やり直すなら今しかないぞ」「ダメだよ、それじゃあ、オマエなあ!!」。息子の面談でこれ以外の事を言われたことは中学以来1度もないから、それを聞いている私も代弁できそう。それに私が言っているのも同じことだし。多分脳のどこかがプッツンしているのだ。しかし今までは半分は笑えたが、このところ、これで社会生活ができるのか本気で心配になっている。しかし、日本語の語彙って罵倒語が貧弱だからこの程度で済む。タイにいたらもっと豊富な語彙でメチャクチャ言われていたかも。いや、タイならいい子ちゃんだったかも。分かんない。
by kienlen | 2007-12-22 16:59 | 家族と子供の話題 | Comments(0)

雪が積もっていた朝、模様替えプラン

つい最近までの数日間は就職活動に関心があったのに、早くも挫折して気持ちは来年からの仕事に移っている。もともと関心は仕事に偏っている傾向はあるが、とういうかほとんどそれしかない、とも言えるが、弱気になっている時に本棚を見たり書類の整理をしていると、あの時はあれもこれも考えていたのに、どうせもう無駄じゃないか、単なる無駄遣いだ、捨ててしまえ、というところまで追いつめられて泣けてくる。病気かもしれない。そういえば昨日も夫が「○さんが、話し相手になってくれるだけで時給1000円くれるそうだ。誰かいないか」と話していた。○さんは鬱病で治療している。タイ語だと「悲しくなる病気」と表現する。日本語が抽象的だとタイ語の方が具体的で理解しやすい場合は多い。で、彼は寂しさからよく店に来ているが、そこで泣くこともあるそうだ。夫は病気っぽいタイプでないので、共感が難しいようだが、私は分かる気がする。よって家族の中では「母は病気」ということになっているらしい。息子が父親にそう言ったようで、それ以後夫は鬼の首でも取ったように事ある毎に「母は病気」を発している。自分自身心当たりがなくもないが、私の場合は相当な状況になっても「これではいけない」と自分を責めたりはしない。しょうがない、いけないのは周囲だ、社会だ、環境だ、政治だ、技術革新だ、グローバル化だ、と思うことにしている。よって本格的な病気は多分避けられているように思う、今のところは。

そしてありがたいことに、どん底に張り付く前に何らかの手が下りてくる。そもそも年末というのは私の場合は結構クライ。新たな仕事が生じるわけがなく、勤め人はボーナス等あるらしいが関係ないから買い物もしないし、スペシャルなこともない。しかも寒さが身に染みる。苔むしたトンネルに入って行く感覚。しかし一方で多くの人は来年はどうしようと計画を立てる。それはトンネルの先の一縷の光明である。そんな話しが昨日、友人とランチしている時に出た。面白いアイデアだった。いきなり楽しくなって、ちょうど部屋の模様替えをどうしようか迷っていたところだったから、そのアイデアに沿ったレイアウトにすることに決めた。が、それだと大掛かりになる。体力使うから朝食をたくさん食べ、コーヒーも2杯分飲んだ。今週中に片付けたい仕事が少々残っているのをどうする。家具を動かしながら考えよう。ということができるのは、やはり自営の利点ではある。大切なのは、弱気にも強気にも傾きすぎずなるべく平な状態でいることだ。容易ではないが。
by kienlen | 2007-12-21 10:00 | 仕事関係 | Comments(0)

信州で読んだり書いたり、時には旅したり


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