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今日ではなくて少し前に読み終えた。厚かったから結構時間がかかった。死の直前まで連載していた「サンデー毎日」のエッセイをまとめたもので、連載の終了も死亡も2006年5月になっている。1コマの風刺漫画みたいなイラストがついていて、これのサインがARAIYAYOになっていて、どう読んでも、アラ嫌よ、である。誰か知りたくてあとがきを先に読んだら、米原万里本人だってことを妹さんが明らかにしていた。どうりでエッセイの真髄を汲んでいるわけだ。たったひとつ気になったのは、私が友人だったこともある某氏の引用があることで、なんだかこれは興冷めだったが別問題なのでおいておく。タイトル通り、こんなモノがあったらいいなって発明を説明したもの。どれも面白いけど、私がすごく気になったのが「読書スタンド」である。寝て本を読むのが最も好きで、ベッドに入る楽しみは、睡眠そのものよりも入眠前の読書にあるから、通販の広告で頻繁に見かける商品が気になっていた。かといって買おうとまでは思わなかったのは、床暖房にしてから冬でも室内の温度が下がらないので、あの、寒さの中で布団から手を出して本を持つ辛さを味わわなくなってしまったからだ。

これを米原さんは取り上げている。彼女はそれを買った。ところが、手を出さなくていい快適さは認めるものの、寝ながら読書に際しての姿勢が一定でないことから、ほとんど使えないということが分かったそうだ。そういえば、私も本を持っては右向きになったり上向きになったり左向きになったりしているから、スタンドで固定されたら辛そうだ、ということに、このエッセイを読んで初めて気付いた。それで米原さんの発明は、変えた姿勢に従って本も移動できるように、頭の上をアーチ型にレールを走らせるもの。これはいいなあと思った。もっともこんなに実用的で日常使用のモノは少なくて、宇宙的規模の発明もあるし、政治的規模のはもちろん多い。特に、まだ現政権が誕生する前だったから、ブッシュのポチとしてのコイズミを批判したのが目立つ。その中でイラストのインパクトが強烈だったのが、ブッシュが糸を繰ってあやつるコイズミ人形が手品を披露するもの。ハトの上に布を被せて…ハイ、布を取ったらハトは消えていました…って。ストレートなのだが、ヘタウマなのかウマヘタなのか素人には判別しにくい絵の雰囲気が良くて仰向けから横向きになって大笑いしてしまった。
by kienlen | 2007-08-30 23:35 | 読み物類 | Comments(0)
北軽井沢に行ったので帰り道の軽井沢で釜飯を買った。いつもそこを通過する時に、子供達へのおみやげにしようかと考えるのだが面倒で買ったことがなく、それで昨日「明日は少し遅くなるから釜飯を買ってくる」と宣言していた。それで約束を守ることにした。このところかなりの散財なので1個900円は高いなって気が、入店してからしたので、自分の分は抜かして2個注文した。レジの前に立っている時に何かの気配を感じて振り向いたら動物がいた。建物の中にいる動物で浮かぶのは猫か犬だが、猫の形状でないことは瞬間的に分かったから思い込みで犬ってことにしたが、顔が真っ赤。犬が酒飲んで赤くなるという話は知らない。いずれにしろ、すごく違和感なのだ。で、よく見たら猿だった。すごく大きい。しかも「お手」とやったら確実に握手できる距離しか離れていない。釜飯を売る店内で猿を放し飼いにしているのかと思って「猿飼っているんですか」とレジの人に聞いたが、彼は何度も聞き返すから何度も「猿飼っているんですか」と聞いた。そのうちに彼の顔色が変わる、まではいかないが驚愕の表情を浮かべて「こっちに来て、こっちに来て」とカウンターの向こうに手招きするから、ここにきて私も事態を理解した。

1人で店番していた男性は私をかばうようにしてくれて「こんな事は初めてだ」と何度も言いながら、椅子を持ち上げて猿を店外へ追い出した。その時に猿が何かくわえているのは見えた。猿は名残惜しそうに外に出て、男性は開放してあったドアを閉めて回った。しかし窓の外にはこちらをうかがう猿。「そこにあった作り物の食べ物持って行った」と男性。せっかく食べ物にあずかれたと思ったら作り物だったとはかわいそうな猿であるが、猿って匂いじゃなくて視覚で食べ物を判断するんだろうか、なんて考えた。隣の店の人が「猿が出たぞ」と声をかけに来た。店に入れないと分かった猿は、道路の脇に走って行った。「あっち側に渡れば安全だから」と男性。あっち側は山で多分住処はあっち側に違いない。ところが、車の往来が激しすぎて、猿は何度も横断を試みては勇気がなくて戻り、ガードレールをつかんでしょんぼりしている。再びかわいそうな猿。だけど、そこにいる限り私の車のすぐ近くなので、私は出て行く勇気がない。猿は日本にもタイにも多いから何度も見ているし猿の群れの中を散策したこともあるけど、昔バンコクのサファリパークに行った時に車の窓に飛びついて来た時の猿の形相が怖かったから警戒するようになった。猿は横断を諦めてこちら側のどこかに走り去ったのだが、その時に新たなお客さんの目の前を横切ってビックリのネタをまた提供した。「クマじゃなくて良かったですよね」と3人で顔を見合わせた。
by kienlen | 2007-08-30 22:15 | 地域 | Comments(0)
3日間も記録を怠った。やっと落ち着いてパソコンに向かうことができた。日曜日は悩んでいて書けなかった。月曜日も悩んでいたが、運転手役割のため数百キロ運転して、空き時間に温泉に入って松林を少し散策して気分爽快になった。無事に帰り着いて友達とビールとワインで乾杯した。火曜日は知り合いの事業所のプログラムのお手伝いで電車で1時間半の場所へ。夜は店番の日だったが、夫とアルバイトの人に任せて、遠方より訪ねて来てくれた知人と一緒に飲み食いする。ぼつぼつと来る友人もみんな同じテーブルにつく。中のひとりは、PTAの懇親会をタイ料理でやろうという良いセンスの持ち主で、メニュー選びを兼ねての来店。宴会の場合は、揚げ春巻きとかさつま揚げとか、一般的なモノを選ぶ場合が多いが、当店で鍛えているその友人は「せっかくだから」と言って、表メニューにないようなツウ向けを中心に選択していく。影のタイ料理普及員としては、ここまで底上げが計られたかと嬉しい限り。デザートがないのが店の欠点であるが、予約があるとタピオカのお菓子を作る。これは食べた人のほとんどが気に入ってくれるものだし、デザートのリクエストは少なくないから作っておきたいのだが、保存できないので無駄にしてしまう経験を何度かして、懲りてしまったのだ。

今日も事業のお手伝いに行ったが、する事がなくなったので途中で失敬して、現地の友人に連絡してランチを共にする。不味かったので、夕食時に息子にまで「ああ、不味かった」と愚痴を言ってしまった。話題は外国人子女の教育を受ける権利について。話はかみ合ってないようないるようなの曖昧な1時間半だった。駅に着いて何となく友達に電話したらすぐ近所にいて喫茶店で待ち合わせてお茶しているところに別の友人も合流して、3人で子育ての辛さについて。これは他でもない自分らの事であり話はがっちりとかみ合うことになる。机上の論になってくれればいいけど、なってくれない。かように別テーマで別の人と話している分には気持ちはそれるのだが、ひとりになると悩みが続く。ちょうど同じような岐路に立ったことは帰国後に2回ある。だから対処法は心得たもの、になったら人生はもっと平坦になるのだろう。こういう時は目先の事に集中するのみだ。明日も遠出だから寝よう。その前に宮崎哲弥『新書365日』を読み進めるのが楽しみ。朝は早めに出て、峠の温泉に入ってから現場へ向かう予定だ。
by kienlen | 2007-08-29 23:09 | その他雑感 | Comments(2)

脈絡ないメモ

猛烈にビールが飲みたい。濃厚で美味しいエチゴビールが冷えてないから冷凍庫に入れて待っている。午前から午後3時過ぎまで会議して、そのまんま、峠を越えて運転2時間強の場所まで行った。帰路は山道は怖いので国道をやはり2時間半。こういうことは疲れないが、帰宅して息子がテレビの前で寝転んでいて、食器を片付けるわけでもなくて、何もかもそのまんまに散らかっているのを見ると、どっと疲れが出て涙が出る。どうして、ここまでひどくないとならないのか。よく「私の仕事が忙しいのを理解して子供が自分で片付ける」なんていう母親の言葉があるような気がするが(気のせいなんだろうか)、どうしたらそういう子になるのだろうか。しっかり、しつけてこなかったからなのか。いくらなんでもここまでだらしなくなる必要性はないように思えてならない。みんなどうやって耐えているのか、それともウチだけ異常なんだろうか。この子達のために仕事をするなんてご免だ、と思ってしまう。

やはり余裕がないのは良くない。しかしこのままいくと余裕のない生活に突入する可能性が濃厚だ。夜の遅い時間だというのに息子にあたった。しかし隣の家からはいつもテレビを見ながら笑う声ばかり聴こえる。そんな団欒のひと時を持ったことがあるんだろうか、記憶にない。もっとも私がテレビを見ないんだから持ちようがないか。バンコクまでの航空券は本当に当たったようなのだが、1名限り。夫が行くと言っている。彼はいろいろ用事があるから行く理由はある。毎年帰国しているが今年はまだだし。しかし彼は彼で今朝も完全に朝帰りだった。そういう人にチケットをやっていいものだろうか。家族崩壊ってこれを言うんだろうか。なんだかとりとめなく、充実感のない日だったな。相手中心の事ばかりだった。自分にとってそれが一番のストレスになるような気もする。ということは将来設計をそれに合わせてしないと…って今更何を言っているんだ。
by kienlen | 2007-08-25 23:04 | 仕事関係 | Comments(2)
深刻な事態になっている。あれとこれとそれがあって忙しい、というんなら自分でも分かりやすいが、そういうのとも違う。形のないものと格闘する感じで、その格闘が無駄であるような、しかし何かしないと雲みたいなものに全身覆われてどうにもならないような不安感。これは能力不足ゆえなのか、キャパを超えているのか全然分からない。時給の仕事みたいにさっぱりする類のものをしたくなるのはこういう時だが、それはそれで不満なんだからしょうがない。困った性分だ。今日はなんとか集中しようと思ったが、ランチの誘いを断れず、しかも別の友人からも「対話でアイデアを引き出したい」って電話があって「こっちこそ頼みたい」というわけでみんなで会うことになった。昨日まではここまで深刻じゃなかった気がする。出先に連絡があって、仕事絡みの飲み会になった。それでアセることになった。というだけじゃなくて、人に会うことによって感じるものがドドッと迫ってくるのだ。おまけに夢まで見てしまった。

昨日の飲み会の待ち合わせは、いつものように書店だったので早めに行って本を見ていた。棚の構成に変化が見られた。驚いたのは新書のコーナーに分野別が導入されていたこと。「家族」とか「政治」とか「経済」とか、覚えてないけど、例えばそんな風に、出版社をごっちゃにして並べてある。これは書店独自のアイデアなのか、あるいは配本時のセットなのか、多分前者であるように見えるけど、しかし分類って大胆だなと思った。例えば私の身長で目につく場所に『子供を性犯罪から守るには』とかいうのがあった。一瞬、これって「家族」が浮かんだが、その棚は一番上で見にくい場所。で、分類を見たら「少子化・社会問題」とかになっている。いずれにしろ、今時書店に行って本を選ぶような人は、手っ取り早く目的のものを探すというよりは、ブラブラして気になるものを手に取って見るのだろうから、分類されていても全体を見るように思う。となると、やっぱ出版社別の方がいいなあ、それとも慣れの問題かなあと思っていたら、従来通り出版社別もあった。こんな状況で読書に割ける時間があるのか分からないので細切れでも読めるものを購入した。宮崎哲弥『新書365日』と米原万里『米原万里の「愛の作法」』。本が読めるのことを楽しみにもやもやを吹き飛ばせ。
by kienlen | 2007-08-24 11:25 | 仕事関係 | Comments(0)
何もできずに過ぎた日だった。議員になった友人が、議員候補を連れて挨拶に来た。候補の方もよく知っているのでコーヒーでも淹れようと思ったのに周辺を周るとのことで玄関先立ち話のみ。議員が多いな。議員年齢に達しているってことだろうな、それに女性に追い風だし。その後、ちょっと聞きたいことがあって、外国人支援のボランティアを長年やってきた友人をランチに誘った。子供のことや更年期障害のことや家族のことなんかを話して、流れで外国人関係になる。「そういえばこの間ご飯食べに行った店で、例の優秀な中国人の子がバイトしていたの」と彼女。そういえば聞いたことがあるな。山間部にいるんだけど、とても優秀だから町場の高校に行かせたいと言っていたはず。でも迷った末に地域校と呼ばれる高校に入った。主な理由は交通費がバカ高いから。「それなのにね、親が離婚しちゃって、お母さんと一緒に町に出ることになって、結局高校辞めちゃったのよ。だったらあの時無理してもこっちの高校に来ていれば良かったのにねえ」。私の方は昨日、タイ人女性から「パチンコばっかりやっていてキライ。ホント、別れたい。息子も『離婚していいよ』と言っている。でもビザがなくなるよね」「永住権あるんだったら大丈夫だよ」なんて話をしていたばかり。国に残して来た子は、教育費が必要っていうから仕送りしていたら麻薬の売人やっていて自分も使っていて「今はコレ」と両手をくっつけて突き出した。6年の刑で服役して1年経ったところ。はあ、大変だなあ。「ショックだったよ」と彼女。

「ダンナさん、すごくいい人だったのよ。中国からの連れ子だったその子の事もすごくかわいがって。なんで離婚しちゃったのかな。それで早速別のカレ見つけちゃって、だからその子は高校辞めて自分でアパート借りて自活しているんだから」「結局のところ、日本に来て子供も呼び寄せることが目的だったんじゃないの」「そうだね、そういう人多いしねえ」「ま、気持ちは分かるけどね。ただ大人だけで勝手にやるのはいいけど、子供が巻き込まれるからなあ、それはなんとかして欲しいよね、無責任だよねえ」「中学で日本語検定1級受かったんだよ、そんな優秀な子なのにもったいない」なんて話をつらつら。大検を取って挽回して欲しいよね、とか、バイトしてカレできてで流されるままになっていると勉学への関心なくなるかな、難しい年齢だしねえ、とか。友人は「正直言って、大検受けるとか資格試験受けるくらいのお金なら融通してあげてもいいんだけど、強制できないでしょ」とも言っている。「ところで例のタイの子達はちゃんとやってる?」と友人。「夏休み挟んじゃったし、ここんとこ会ってないけど、家庭事情も悪くないし、自分の考えもっているから大丈夫と思うよ」と私。この友人は、もう子育ても終えて時間とカネには不自由していない。その状況を活かさないとね、でもどうやって?で、しばし考え込んでいた。
by kienlen | 2007-08-22 21:44 | タイ人・外国人 | Comments(0)
昨日、娘との休日を楽しんでいる時に電話があった。私の携帯はもう10年近くも使っている古いもので、壊れないので替える必要も感じないのだが、さすがに聴こえにくくなっている気はする。日本語はなぜか「○○(所属)の□□(名前)です)」と言う順番なので○○部分が聞き取りにくいことが多い。□□部分が今進行中の件の名前だったから愛想良く「どうもおせわさまでーす」と答えてから何か違うなって感じになった。無意味な事、例えば「お手数ですが」「申しわけありませんが」とか言い訳がましい事を延々としゃべっている。これは公的機関である、と当たりをつけて聞いているとやはり公務員の方だった。個人差があるけから一概に言いたくないが、まどろっこしいことこの上ない人がたまあにいる。この人はその代表。「分かりました。全部分かりましたから、つまり私が何をすればいいかだけ手短にお願いします」と言ったのだが、なおさら「申しわけありません」が繰り返される。別に彼女が私に悪事を働いたわけじゃなくて、書類の手続きを少々誤って、先ごろ振り込んだ2000円程度のお金について、一旦返金手続き取って、新たに正確な金額を振り込むという連絡である。初めてこういう連絡をいただいた時は、自分には何の否もないのに、銀行に行って「お返しします」って意味の書類を提出することに驚いたが-しかも金額ときたら100円単位だったぞ、今回は千円単位であるが-今は学習してしまった。

それにしても、もっと何とかならないものなんだろか、という疑問はどうしてもある。そもそもこの仕事だかボランティアだか微妙なタスクなんか、同種の基準に比して「報酬」って呼べるほどじゃないんだから交通費じゃあダメなのかなあ。そうすればこんな面倒は起こらない…はず、今回に限っては。自分の仕事と重なるものについてボランティアは絶対にしない、という人は多いけど、私はその区別を自分なりの基準でするので、意義を感じたらボランティアでもやる。個人でそう考えていても広がりはないかもしれないけど、そういう共有認識を得られそうな内容の事だってあると思うし、この件はそれに値するような気がする。確証はないけど、試みる価値がある程度には。私は公務員じゃないから事情は分からないが、自分が担当ならそういう策を提案すると思う。というのは、人生は暇つぶしだと思っている自分としても、自分自身の暇つぶしならいいけど、得体の知らないモンのために時間を盗まれるのは嫌だ。だったらできる部分は合理化して、本読むなり向学に励むなり寝ていたい。でもそう考えては、これって社会性がないんだろうかって思ったりもする。それにしても何のための長電話だったか分かんない。短気のつもりはないのですが…。
by kienlen | 2007-08-21 12:52 | 仕事関係 | Comments(2)
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昨日と今日と連日で同じ場所にランチに行った。昨日は息子と父と3人で、今日は娘と2人で。そこは「シェーンガルテンおみ」といって、ルートはいくつかあるが、高速を使わない場合、どこから行っても山越えとなる。昨日の山は急カーブが多すぎて息子が酔って不機嫌になったので、今日は娘を助手席に座らせて、多少はマシな山道にした。帰路は別の山越えとする。走る時間は片道2時間弱。そんな所まで連日、単なる遊びで行くってどういうことか自分でもよく分からなかった。ただ一応目的はあって、もう過ぎてしまったものの、娘の誕生日にここのタルトを食べさせたいと思ったのだった。
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私は菓子系はもう全然詳しくないので他と比較できないのだが、ちょっとした取材で試食させてもらった時に気に入ってしまったもの。周辺で採れるブルーベリーとか桑の実とか野イチゴ、木イチゴをカスタードの上にどっさり載せてある。木の実に味付けはしないでそのまま冷凍してあるだけなので酸味が強めで甘味は少ない。こういうケーキだったら食べてもいいと思った。夏限定でその名も「山の恵みタルト」と言う。レストランは全体に地元の食材で工夫しようという姿勢が見える。スタッフの皆さんの感じも良くて、機会があったら行ってみたいと思っていた。この施設はバブル時代に作られた、多分日本のあちこちにあるような庭園付きの宿泊施設。山を切り開いて作っているようで痛々しい気がするが、雑木林っぽい雰囲気を残しているのか手入れしきれないのか、ワイルドである。こういう施設はお荷物になって指定管理にしている所が多いと思うけど、こちらは村の直営だ。で、合併せずに村のまんまでいる所を応援したくなるクセがある。それで物好きに2日も通ってしまった。

車酔いする娘は実は行きたがらなかったのだが、テイクアウトできないのと、夏休みの最終日に何もする事がないので気を変えて行くことにしたのだ。彼女ならこの大人の味は好みだろうと予想した通り、気に入っていた。景色もいいし、雰囲気がいい。付近の温泉に行くつもりだったが、ここに鉱泉のお風呂があってたった300円、子供150円だというので入ってみた。露天もあって誰もいなくて貸切状態。快適快適。露天風呂に蜂が飛んでいて落ち着かなかった以外は最高だった。娘が隅っこにある虫取り網を見つけて「これで蜂を取っているんだ」と言っていたが、フロントで聞いたらその通りだった。「私らは山の人間だから蜂は驚かないけど都会から来た人は嫌かも」って言ったら「毎日取っているのにすぐ来るんですよねえ」と困っていた。娘と2人だけでこんなにゆっくりしたのは珍しい。満足した気分で家に向ってドライブしていたら仕事関係先から電話。割と長いことペンディングになっていたのが「決まっちゃいましたよ」と言う。決まったらちょっと大変になっちゃうなあ、と思って、正直のところ、やりたい・やりたくないが半々だった。ううむ、こんな呑気な時間を過ごしたのは虫の知らせかも。
by kienlen | 2007-08-20 20:58 | | Comments(0)
友達から夜も遅い時間に電話があった。子育てにおいては先輩。子供が小学生になると、赤ちゃんの時の、食べた食べない、飲んだ飲まない、寝る寝ない、なんて悩みは、世話さえすればいい問題だもんな、とバカバカしくなり、中学になると、小学校の時の悩みなんて平和だったと思い、高校になると中学の時はまだマシなどと思うわけだが、今の私はそこでストップしていて、その上になると先輩方の話から想像するしかない。順調そうに見える場合もあれば、もう見るからに大変という場合もある。そういう意味では、結構多彩かもしれない。で、自分の場合がどうなるかと考えると、どうしても、大変な方に属するんじゃないかという予感がしてならない。それでますます暗い気分になってしまう。そんなことないよ、と思える要素がないのである。素質や家庭環境だけではなくて、ありとあらゆる状況が絡まって、どう出て、どう影響して、どう転ぶかってことにしか思えない。だから今から悩んでもしょうがないやと思ったり、しかしシュミレーションしてその時に備えないとと思ったり、気の晴れることはないのが親なんだと思う。

とまあ、そんな事を感じさせる長電話であった。しかしやはり何か決定要因みたいなのはあるんだろうか、という興味はある。決定要因とまでいかなくても、最重要は何か。生まれつきか家庭か学校か地域か政策か食事か飲み物か友達か先生か…。今ちょうど米原万里の『発明マニア』という本を読み始めているので、つい影響されてしまう。難問を解く発明をしてみよう、ということで、ご時勢から何かピックアップして発明するのだ。例えば「ブッシュに提案したいビン・ラディンの探し方」とか「企業内におけるイジメをなくす方法」とか、そんな感じで。すると私の今の悩みだと「誰でもできる効果的な子育てのツボマッサージ」なんかを発明して欲しいものだな。そろそろ子供達の学校が始まる。私も気合を入れて仕事のことを考えることにする。という風に子供から目を逸らすものがあることがいかに救いになるか、と思ったりもするから「焦点をボケさせる装置」も発明品の中に入れて欲しいな。といっても米原さんはもういないからリクエストは届かない。残念だ。
by kienlen | 2007-08-19 23:40 | 家族と子供の話題 | Comments(0)
f0104169_21492420.jpg丸茄子がたくさんあるので、今日もおやきを作った。小麦粉をねかしておかなくても、適度な粘度にこねるとすぐに作れるということが分かったし、茄子の曲線に沿って生地で包んでいけばいいので簡単。写真では小さな穴が目立つが、蒸し加減を見るために箸を突っ込んだまで。こんなに簡単だったらもっと早くから作っていれば良かったのだが、昨年までは母の手作りがよく届いていたから自分で作る必要性を感じなかった。さすがに年齢のせいなのか、ゲートボールに夢中のせいか、ウチの方にまで回らなくなってきて今年は1回もいただけなかった。それで自分で作ることにしたのだが、私はこの田舎料理を心から愛している。人間への愛情は不足していると思うが、おやきは好き。どんな高級料理よりも好きだ。地元産の粉と自家製の茄子と地元の味噌。これだけが材料。子供の頃は、小麦粉も味噌も自家製だったから、自給食だった。味噌作りのための麹と塩だけが購入品だった。

実家で祖母の極上おやきをさんざん食べてきた娘は「最近ママもおやき上手になったよ」と言う私の言を最初は無視していたが、夕食時に食べてみて気に入ったらしく何個も口にしていた。食べながら長期滞在した山の中腹の実家の話をする。「高校野球でソーカってのがあったらおじいちゃんが『その名前嫌い』って言うんだよ。そしたらS(いとこの名)が『じゃあ、草加せんべいも嫌いなの』って聞いたんだよ」と言う。「で、じいちゃん、何だって」と聞くと「字が違うって、何、ソーカって?」「じいちゃん、説明しなかったの」「何か言ってたけど分からなかった」。そうか、そうか。で、少し説明するが、チンプンカンプンらしい。そうだよな、小学生だし。でも、小学生だけどもう1人いる高校生より話が分かるのだ。かわいい娘が帰宅したら息子への関心が薄れる。よく「母親は男の子がかわいいんでしょ」と言われるが、それって、もしかして、そうとでも言っておかないと男の子がかわいそうすぎるからっていう、先人の知恵かと思ったりもする。まあ、このかわいらしさが続くのがあと何年かは知らないけど、その時はその時で考える。
by kienlen | 2007-08-18 22:23 | 家族と子供の話題 | Comments(2)

信州で読んだり書いたり、時には旅したり


by kienlen