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昨日も今日もほとんど寝ていた。昼間ずっと寝ていても夜は夜で眠れるのがすごいと思う。あんまり眠ってばかりいたので脳みそのある部分が永遠の眠りについてしまったような気分でもある。このまま覚醒しなかったらどうなるのだろうか。それともうひとつ、久々にタイ語の勉強を少しだがした。毎日最低1本は新聞記事を読むという目標は仕事によっては無理があって、毎日の方は前向きな放棄とする。昨日読んだ記事は1本。ホテルの部屋で女性英語教師と言い争いになって、枕を顔に押し付けて殺害したパキスタン人男性に一審で死刑の判決が下りた、というものだった。この記事だけでは背景が書いてないが、ちょうど、これまた久々にタイのラジオをネットで聴いていたら「この人達は出会い系で知り合って、ハンサムな男は、スペイン人とのハーフだと騙していたもの」と言っていた。それからラジオでは中学生の女子が痩せる薬を飲み続けて腹をこわして死亡したというのを何回もやっていた。

そういえば私がバンコクにいた時に日本人の友達が数人で、よく効くと評判のやせ薬を出す病院に行くというので、私も行ったことがある。もっとも私が行ったのは病院のロビーまでで相談室には入らなかった、コワイから。でも、そう言ったら「×さんには、洋服を選ぶ時に『これは入るだろうか』と心配する気持ちが分からないからそんな事言えるのよ!!」と言われて、そこまで具体的な理由を示されると、ハイハイと引き下がった。これは分からないでもないからだ。私にとっては日本の既製品はほとんど長すぎるので、短かさがちょうどいいというだけで、嬉しくて買ってしまう傾向があるから。さて、その薬であるが、もらった友達の中の1人の夫は医師で、覚せい剤が入っているんじゃないかという所見であったとか。そうニコニコしながら言って飲んでいて全員で痩せて喜んでいた。現在に戻って、夫の店で皿を並べてたくさん食べているのをタイ人に見られると「太るよ」と言われ、勧めらた食べ物を単に今は食べたくないから断ると「大丈夫、太らないから」と言われることがあまりに多い。なんでこんな事ばっかり言うようになっているんだか知らないが、痩せたければ食べずに眠り続けたらどうかと思うのは、私だけだろうか。
by kienlen | 2007-03-31 17:42 | その他雑感 | Comments(3)
この本を昨夜やっと読み終えた。2004年の発行と書いてあるし、買ったのもその頃だと思うが、長い間放置していた。24年間入管に勤務経験のある久保一郎さんが著者。文章の流れがスムーズでないのと、人物が単純化されているような印象でどうかな、と出だしは思ったが、これは元入管職員ならでは、という臨場感で面白かった。多分、私が人間関係の機微だとか、内面が膨らんだものよりも、社会的な部分の大きいものの方を好んでいるということなんだろうと思う。バングラデシュ人の不法入国の手段から日本における同国人を食いものにしながらのサバイバル、まあ、今でいう格差社会の縮図みたいなものか、と、入国警備官という昨今注目度があがっている部署における企業小説的な組織と権力と人間性に関わる部分との2本立てみたいな内容だ。ここで扱っているヒューマントラフィッキングの手段は、審査が甘くなりがちな日本人配偶者のビザを持つパスポートを使って1冊で2度美味しい的手段。つまり正規のパスポートがなかったりオーバーステイだったりの不法滞在者の帰国用に貸し、次の不法入国者にも貸すというもの。本人が移動しなくてもパスポート上は何度も出入国を繰り返していることになる。

これは容易に考え付く方法で、私も、夫のパスポートを顔の似ているタイ人男性に持たせて自分と子供の家族を装えば簡単じゃないかとずっと考えていた。私でも思いつく方法が普及しないはずないだろう。多分相当に普及しているんじゃないかと思うが、そうなるとこれは取り締まりのターゲットになるから難易度は高まるだろうな、と思う。この本を読みながら思い出したことがある。夫が来日当初に、タイの免許を日本の免許に書きかえるという手続きに行った時のことだ。まだ日本語がほとんどできなかったので私が同行する場面は多くて、その日も同じ。書類審査と英語か日本語によるペーパーでの確認(切り替えという建前なのでテストとは呼ばない)と運転の確認。私はクライ性格なので考えうる悪い方の事態を想定してはショックを和らげようというクセがある。が、この時は想定の範囲を超えた事態が発生した。書類審査ではねられたのだ。パスポートをチェックしていた係官が「何度も出入りしていますね」と怪しそうに言う。彼は出張で何度も日本に来ていたわけで当然。その後「免許の申請はできない」と却下された。この地で運転免許がなければそもそも仕事ができない。当時は出入国記録が多いことの何が問題なのか全く分からなかったが、この本を読んで謎がひとつ解けた気がした。
by kienlen | 2007-03-30 08:39 | 読み物類 | Comments(0)
疲れているはずだが、帰宅すると息子はいないし、疲れたあ、とへたりこむわけにもいかない。今朝は9時から外仕事だったので家を6時に出た。順調に行けば2時間強、でも早朝ですいているから特別うまくいけば2時間と踏んだが、しかし知らない場所なので迷う可能性がある。それで余裕をもって出て、到着してから車内で一休みというのが、安心のパターンだ。何があるか分からないから常に早めで行動していると労働時間外の見えない部分にすごく時間を使っている。6時に出るのは通常ならどうということはないのだが、今日は特別だった。昨夜、というか今朝2時過ぎまで飲んでいて寝たのは多分3時近い。いい歳して無謀であるし、だいたいこれだけの時間だとアルコールが残っている可能性があるのじゃないかと朝になってから気付いた。そんな無茶をしてしまったのは、20年近くぶりくらいの人達と飲んだからだ。オジサン2人にワタシ、つまりオバサン1人というこのメンバーは、タイに行く直前までの飲み友達だった。Sさんを偶然見つけたのは、裁判の傍聴に行った時。1人で座って、傍聴人が結構いるなあと思って見渡していたら目の前になつかしい顔があった。先方は覚えているか分からないが、迷った末に声かけたら、積もる話しをしようってことで飲む約束をする。いったん帰宅して待ち合わせていた夫の店へ。

バンコクへワープロを送れ、と私はSさんに頼んだらしい。タイへ行くっていうから『タイ人たち』を貸すと言ったらキミは「これからタイへ行くんだから読まない」と言ったとか、ああ、全然覚えていない。なんと恥ずかしい事を頼んだんり言ったんだ、ワープロ…あんな面白い本を…と思っていたら、恥ずかしい事はもっともっとあって、記憶力のいい人ってホントやだな、と思った。すると彼は「昔の事覚えているのは男で、女は忘れるんだよ」と言う。記憶力の悪いのは私だけじゃないそうだ。そうこうするうちに彼が誰かに電話していて「今、××と飲んでいるんだよ」と言う。え、共通の知り合いなんていたっけ、と思っていたら、なつかしいK氏への電話だった。「仕事中だから後で電話するって」と言う。こういう答えは来る気がないと解釈していたら、ひょっこり入って来た。こういう時西洋人だったら抱き合ってキスなのだが、そういう挨拶が自然に思えるのはこういう時だ。同級会で昔のままの姿になる、という話はあるが、同級会なるものは出ないので知らない。でも昨夜はそんな感じだった。話せば話すほど昔と同じじゃないか。ほとんどあらゆる人をバカ呼ばわりして相変わらずのフリーランスのK氏は、すっかり組織人のS氏に暴言を吐いている。なつかしさと楽しさについつい酒が進み、時間も進んだ。組織人のS氏は3人の中では最も良識あるのかどうか、早めに帰ったが残りの2人はさらに飲んでいた。こういう習性がフリーでしかない所以かも。でもこの場所に留まる理由になりそうな出会いだったな。
by kienlen | 2007-03-29 21:23 | 男と女 | Comments(0)
火曜日はまた間に合わなかった。午前と午後に別々の場所で外仕事があって、それから生活クラブ生協の配達日まで今週から火曜日になってしまったから食品受理して、そして店番に行った。一段落したので今日は本気で飲んでもいいと思っていたところに、久々の友達が来るという連絡もあってそのつもりで店に行った。すると昼からの続きのタイ人達が少しいて、その中に故郷へ一時帰国して戻って来たJもいた。何か買ってくるかと聞かれていたのでシルクの布を頼んでおいたのだが、おみやげに故郷の村人が織って縫った藍染の上着をくれた。着ていたジャケットを脱いでそっちを試着してみたらぴったりだったのでそのまま仕事着にする。なかなかしゃれたデザインで縫製も悪くないし、それに、この手のものにしては珍しく肩パットまでついているのだが、その厚さもちょうど良くて気に入ってしまった。夫用のは、手縫いのステッチがデザイン性に貢献しているもの。とってもいい。

Jは夫と同じく東北地方の村の出身だが、その村では日本人のホームステイが結構いて、織りを教わっている人もいるという。そういえばこの間チェンマイに行った時も、やたらに「ホームステイ」という言葉を聞いた。「この家はホームステイを受け入れているよ」という具合に。染めや織りは私もやってみたいと思っているものだから興味がある。Jは帰りがけに「赤アリの卵のスープがあるから食べてね」と言って出て行った。東北地方出身のタイ人達の会話を聞いていると「赤アリの卵食べたい。パーク・プリオ(酸っぱい野菜)と一緒にスープにしてね。食べたい食べたい!」とよく話している。今の季節だけ手に入るマンゴーの木にいるアリの卵を、Jが自分で捕って持ち帰ったものだと言う。どうやって持参したのかはまだ聞いてないが、こんな貴重品を食べられる機会はめったにないから独り占めしては申し訳なく、興味ありそうな友人に電話したら来た人もいた。たまたま来た友人達もちょっと味見。好評だった。バンコクで食べて以来だから10年以上ぶりのアリの卵スープ。美味しかった。
by kienlen | 2007-03-28 01:26 | タイの事と料理 | Comments(0)
ずっと引きずっていたワークをやっと納品した。きっちりと締め切りが決まっているものだと何が何でも間に合わせるのだが、曖昧だとズルズルしてしまうという悪い例。おかげでいつもどこかにこびりついていて気が晴れなかった。そもそもそんな状況を何ヶ月も放置していた自分がいけない。もう後がないと決まった数日でドドドとやった。納品してから午後の別件までに時間があったから、納品場所近くの友達に電話してお昼を一緒にしようと思ったが出なかったから、夫の店に行った。カウンターに男性が2人いた。どっちも顔見知りだったが1人はすぐに帰って、もう1人のAさんと話した。彼は県外から来て、夫の店から歩いて5分もかからない場所にアジアン雑貨とタイ料理の店を始めた。1年半ほど前のことだ。手をかけて内装して、いかにも日本のアジアンという体裁になった。Aさんは若くてとってもカンジのいい人だし、注目度も高くてメディアへの露出も目立つ。タイ人のコックさんを雇うと言っていた。タイ料理の人口はそんなに大きくないので、夫の店はつぶれるかなあと、その時に思った。美味しい+リーズナブルという以外に特徴のない店である。

ところが、開店を控えた頃にAさんから「コックさんを紹介してくれないか。決まっていた人がダメになった」という相談の電話があった。当方もアテはない。そんないい人がいたらこっちで欲しいんだし。だからそう言った。その時に、傍から見ていると簡単そうだけど、考えてみると日本人がタイ人を雇うってそう簡単じゃないな、と思った。言葉の問題もあるし習慣の違いもある。コックさんは日本語を必要としないから日本に何年いても上達しない人が多い。夫の店のコックさんも全くダメだ。おかげで夫がダメなら私が行くしかないってことになっている。Aさんの店では、しばらくの間、日本に長くて日本語もできるタイ人女性がいたが、じきに辞めてしまった。なんでも「立ちっぱなしなのが嫌」とか。そういえばバンコクで驚いたのは、スーパーのレジの人達が椅子に座っていることだった。あれから、なんで日本ではレジの人が立っているんだろう、疲れるじゃないか、と感じるようになった。極端に言えばタイ人は楽な道を探し求め、日本人は忍耐を美徳とするようである。どっちもどっちであるが、両者が出会う場面ではこの違いは大きい。「今、誰が料理しているんですか」と聞いたら「僕、自分で作ってます」とAさん。パッタイ(ヤキソバ)とヤムヌア(牛肉のサラダ)ともち米を食べて帰って行った。みんな、なかなか大変なんだ。
by kienlen | 2007-03-26 22:45 | タイの事と料理 | Comments(2)
朝の地震には驚いた。震度3くらいありそうだと思ってすぐにラジオをつけたら、ちょうど原子力発電所は大丈夫と言っていた。昨日『六ヶ所村ラプソディー』を見たばかりでやけに気になった。青森県の六ヶ所村に2004年に完成した使用済み核燃料の再処理工場をめぐる地元の人達の様子を取材したドキュメンタリー。1日限りの上映実行委員会には知り合いが何人かいて、前売り券を10枚預かっていたのだが、売れたのは私を含めて3枚。こんなにいい映画だって知っていたらもっと大勢にもっと強引に勧めたのにな、と見てから残念に思った。再処理工場とかプルトニウムという言葉は聞いていても、それが具体的にいかなるものかは知らない。政府の広報で「原子力発電は安全」というメッセージを盛んに垂れ流すのを見て、税金で広報するんだからこんな簡単な仕事はないと腹がたっているが、かといって、どう危険であるかを知るのは怖くて避けている。それが自分だ。そこを突かれるわけだが、それはちょっとおいておきたい。海が汚染されたら困るというまったくもっともな理由からの地元漁民の反対運動を、機動隊が出動して抑える。これがつい最近の出来事なのだ。

海も土壌も空気も汚染されることは分かっている。だけど止められない。イギリスでもアメリカでも同じ目的の再処理工場が閉鎖されている。あまりに危険で汚染がひどいから。それでも着々と計画を進めて稼動に入る日本の再処理工場。海と土壌と空気が汚染されてどうやって人は生きるのだろうか。無農薬で米作りをしている人、有機農法の野菜農家の人も登場する。エネルギー確保は必要ということだが、これは本当なんだろうか。代替エネルギーは技術的には可能だと聞いているが、どうしても目や耳にたくさん入る情報は増大するエネルギー需要に応えるのは原子力しかないという話しだ。それでこんな狭い国土に55基の原子力発電所があって、その廃棄物を全国から六ヶ所村に輸送して大量破壊兵器にもなる、微量でも殺傷能力抜群のプルトニウムを取り出して、それをまた全国にトラックで輸送するのである。私達はなんてもろい地盤の上に暮らしているんだろうか。NHKのドキュメンタリー番組を作る中から生まれた疑問と限界が今回のドキュメンタリー制作に結びついた、という話を上映終了後に鎌仲ひとみ監督が語っていた。今の社会のあらゆる問題を含んでいるドキュメンタリーだった。もっと人を誘うんだった。
by kienlen | 2007-03-25 22:37 | 映画類 | Comments(4)
このところ1番目にも耳にもつく言葉って「格差」だろうか。格差社会是正が選挙の争点にもなるらしい。よくマスコミが問題を煽って、極端な場合はやらせで、それをまた問題にして自己増殖していく様が指摘されるけど、政治家だって自分らが進めてきた政策によって格差社会になって、それを是正しますって言うのはこれに似ているなあと思う。私がとっても気になっているのは、この格差の是正の方向性なのだが、すごく心配だ。例えば今の私の状況からすると定期的にサラリーがもらえるというだけで、その人を羨ましく思ったりする。でもその人からしたら、定年まで会社が存続するか分からないし、買収されて解雇かもしれないし倒産するかもしれないし、倒産のない公務員が羨ましいと思うかもしれない。だから公務員の評価制度だ給与の削減だ流動化だって話しになる。でも、これっていかにも足の引っ張り合いで、これで誰が得するのかっていっても、羨んだ人に利益があるわけじゃなく、私の収入が定期的になるわけではない。今起こっていることはこういう事のように思えてならない。

昨日の朝、仕事で、最近オープンしたばかりの安売りの電気店に行った。店長に会う約束になっていたのだが、アポ入れたのは自分じゃないから不安はあった。だって、開店の1番忙しい時間なのだ。なんでこんな時間に…という不安は一般常識から考えてあったが、合意しているんだからこっちの知ったことじゃない、と思って店の入り口の前で待っていた。そこは、別の店から駐車場に向かう人の通路にもなっているのだが、私はじゃまにならないように隅っこにいた。すると、開店前に客が入らないように見張っていた店員が「そこじゃまだから駐車場にでも行って待ってて」と言うのだ。しかし時間はすでに約束の時間。しかもこんなデカイくてスペースたっぷりのビルなのに屋外の駐車場で待てって、どういうことなんだ。でもこっちはお客でもなく下請け下請けの末端の身。さすがに駐車場には行かずに移動したが…。結局店長は「こんな時間に何だ」と文句を言ってバタバタ走り去って行った。多分よくあることなのだろうが、若い店員達がいかにも貼り付けたような笑顔でお辞儀しまくって、時給だって安いだろうしストレスだろうな、と思いながら、その裏返しの業者への対応について考えていた。弱い者同士が足の引っ張り合いになってトクするのは誰かというと、弱い者ではない層だろう。シメシメって見下ろされていると思うとますますたまらない。こんな所でぐちゃぐちゃ言っている場合じゃないぞと思いつつ、無力を感じる日々だ。
by kienlen | 2007-03-24 09:53 | 社会的話題 | Comments(0)
『出入国管理』という本がある。法務省入国管理局という外国人の管理を行っている機関が編集している。平成15年までは5年に1度の発行だったのが、この分野の変化が著しいことから毎年発行になった。数年前までは必要があって資料を追っかけていたがここんところ見てない。でも平成18年度版というヤツを買ってあったようだ。忘れていたが、たまたま本棚で発見してペラペラめくってみた。こういう本は本気で読むと面白いが時間がないからペラペラだけ。時間ができたら久々にゆっくり検討してみたいと思っている。ペラペラからの発見は、タイの健闘ぶりで、もしや近い将来アメリカを抜くか、という勢いである。経済力ではもちろんない。核の保有でもない。武器の量でもない。戦争志向度の高さでもない。外国人登録者数の推移における健闘ぶりだ。

外国人登録者数のトップは韓国・朝鮮で約60万人。ただしこれは減少傾向。最も増加ぶりが著しいのは2位の中国で、多分じきに韓国・朝鮮を抜くと思われる。3位のブラジルは微増傾向、4位のフィリピンは興行ビザ発給の極度の減少が響いて増加傾向転じて微減。5位のペルーは横ばい。そしてアメリカは平成元年から増加が約1万5千人であるのに対して、タイの場合のそれは3万人を超えている。タイ人の場合、在留資格なしというカテゴリーでの外国人登録も結構いるけど、それにしてもえらい増加ぶりだ。調べてないけど想像できる理由は結婚の増加であろうと思われる。ちなみに人数は約3万8千人。一堂に会したらちょっとした自治体ができる。ついでに配偶者も入れたらかなりな規模で、それに高齢化率はまだ低いだろう。私の予想では今後、日本人女性とタイ人男性のカップルは増えると思う。そう思う理由については考察してみたい。老後の楽しみになる前に。
by kienlen | 2007-03-23 00:08 | タイ人・外国人 | Comments(2)

細かい用事を片付けた日

午前中は講演録の冊子に関する最終打ち合わせ。ずっとひきずっていたボランティアワークがやっと片付くのは大変喜ばしいのだが、自分の部分を今日明日中にやってしまわないといけない。だから午後から取りかかりたかったけど、息子の高校の制服の注文に行かねばならず、指定のデパートへ行く。暖かいので自転車で。制服の注文って混んでいて時間かかるのかなあ、やだなあ、と思いながら行くと誰もお客さんはいなかった。そういえば今時制服のある高校なんて少ないのだ。並んでいる制服姿のマネキンを見て息子が「偏差値高い高校は制服ないよね」と言う。その通り。「ここがちょうど分かれ目だよね」と自分の行く高校を指差す。こういう結果になって実感した序列なのだろう。制服なんて嫌だと思っていたが、毎日髪を整えている息子を見ていると、これで服装に凝ったら面倒なんで制服で良かったと思ったりもする。合格祝いに高級な財布を買ってやる。それから書店に行ったら偶然知人に会う。その知人の知人が書店内の喫茶兼ギャラリーで油絵の作品展をしているということで、お茶ごちそうするから付き合って、と言われて付いて行ってごちそうになる。そこにその作品のアーチストが偶然入ってきてしばしおしゃべり。

息子と書店を出たらばったり夫に会った。「お茶飲みに行くか?」と言うから、珍しくしゃれたこと言うな、いい喫茶店でも知っているのかな、と思ったら付近のドーナツ屋だった。食べたくないが付き合いだ。でも特に話すこともないから高校の授業料の口座引き落とし用紙に夫の口座を聞いて記入。これまで何もかも私の口座からだったからそれをやめることにした。多分もう収入はなくなる一方だし、後は夫にお願いするしかない。お願いできればの話しだが。帰りがけに夫が息子の様子を見て「人間じゃないみたい」と言う。その意味は聞かなかったが、言いたいことは分かる。終始無言だしニコリともしない無表情だってことだろう。タイ人から見たらそうだろうなあ。人に会ったら手を合わせてニッコリは万人の習慣である。しかし、日本の中学生が「お父様!こんにちわ」と言ってニッコリしたら、そっちの方が下心ありかと不気味じゃないか。確かに、タイから日本に来た時、なんて無表情なんだろうと感じたことは覚えているが。私もしばらくはニッコリしていたらしく、何かの用事で新聞に写真が載った時に知り合いから「こういう時はニタニタするもんじゃない」と言われて驚いたもんな。もう昔の事になってしまった。そもそもニタニタなんて負の印象の言葉があるのも微笑は美徳だけでもないってことか。以上、本日の行動と少し感想。
by kienlen | 2007-03-22 20:19 | その他雑感 | Comments(0)
本日中に片付けるべきことはあるのに、気力がでない。将来不安の塊が日々ころがりながら自分を膨らませている状態である。何がって、何もかもだ。何かひとつでも拠り所があるといいと思う。まず経済不安が最も大きいが、これはもう模索するしかない。そして大きいのは家族間の信頼関係だろうと思う。って言うと自分の保守性を見る思いだが、一般論としてそうあるべきとか、それが幸福よ、とか思っているわけではなくて、今の自分にとってであり、主義主張にまではつながらない。なんてことをくどくど考えているのは、ここにきて、これが現実であると思い知らされていることがあるからだ。タイ人である夫を孤立させたくない、というのが当初ひそかに心砕いたことであると自分では思っていて、それは子供の年齢が低く、夫がまだ日本文化を摂取する前は効を奏していたように思う。家でも学校の行事でも父親は子供と関わっていた。しかし、それが日本社会の慣例の前でもろくも崩れ去っている。何しろ学校に行くのはほとんど全員母親だけである。授業参観も行事も、PTA会長及び一部PTAの要職を除いてほとんどすべて女女女…。当然、教師の姿勢、言葉もそれを前提にしている。そりゃあジェンダーを意識しているなと思われるフシは感じるが、ここまで極端な性別偏りに日々接していれば、意識する方を妙に感じてしまう。ここまでの偏りは私は異常だと思うし、何の利点もないと思う。

こういうのに関係なく自分はいけると思うのはバカであり、私はそれを今になって認めている。できるわけがない。自分だけの問題ではないからだ。子供は子供の考えがあり、夫はPTAなどの会議のくだらなさを知ってしまったし、そもそも言語形態は超ハイコンテキストであり何が何だか分からない。しかも子供からの無言の否定も感じ取ってしまう。それを責めることはもちろんできない。それでつまり学校との関わりは私が一手に引き受けることになっている。次にタイ人の一般的傾向がこれに拍車をかける。面倒なことにタッチしたくないって傾向だ。好奇心があったり問題意識があったり批判精神があったり改革精神があったり-つまり私はつい思い込みで欧米系の方を思い浮かべるのだが-だと、連帯感が生まれて夫婦の絆(!)は強まるだろう。私なんかそれだけでシアワセになってしまうと思うが、そんなにうまく運ばない。タイ人の夫は知らん顔を決め込んでいる。すると子供とますます離れる。で、家族員は少数だから1人が孤立するってことは、皆がその影響を受けて孤立するってことではないか。しかも私の性格はどうみても接着剤的役割に不向き。核家族とは核分裂家族であるの悪い見本だ。経済制裁されたらもっとひどいことになるよ。
by kienlen | 2007-03-21 13:17 | 社会的話題 | Comments(0)

信州で読んだり書いたり、時には旅したり


by kienlen
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