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将来のことを思って暗澹

今日は、タイからの農業留学生達が沖縄修学旅行なので日本語指導が休みだ。何もないと朝が怠惰になって、気が付くとお昼近くになっている。その高校生達が、先週は野生のニワトリが旨いという話をしていた。「日本に山のニワトリいますか」と言われても、こうなると日本語の問題というか一般的知識の問題というか専門知識の問題というか。捕まえ方だが、まず山からニワトリを一羽捕獲してくる。それを山に連れて行って置いておくと鳴いて仲間を呼ぶので、集まったのを一網打尽にする、のだそうだ。トサカも食べるし、目も食べる。それから「野ぶたも美味しい」と言う。野ぶたって、もしやイノシシかと思って特徴を聞いたらそうらしい。これは1頭や2頭ではなくて、15頭くらいの集団でやってくるから、木にのぼって待ちかまえて鉄砲で撃つのだそうだ。未成年と鉄砲がいかにもタイらしい。父は山でクマに会って死んだふりをして助かったこともあるという。山道で象に出会うと、さすがに怖いそうだ。

男の子は、九官鳥やオウムを捕まえると、一羽1000バーツとか5000バーツで売れる、という。3000円から1万5000円くらい。しかし、その方法がすさまじい。高い木の上にいるから、上っていって捕まえるというが、その高さたるや、何百メートルにもなるという。本当かなあと思ったが、杭を打ち込みながらのぼるというし「下を見ると怖いから、絶対に見ない。落ちたら死ぬ」と言っている。ずいぶんと野生的な生活をしているようだが、一方ではパソコンもデジカメも携帯も駆使している。日本の携帯と同じ?と聞いたら「日本のは大きいですね」と言っていた。タイは自国の製品があまりないので、外資がしのぎをけづることになる。ソニーもがんばっているが、ノーキアの方がいいとか。夫は明日からタイだ。不法滞在で捕まって強制送還された知人達にも会ってくるらしい。実家では魚が豊富とか。そんな話をするということは、何か考えがあるのかもしれない。
by kienlen | 2006-10-31 12:11 | タイの事と料理 | Comments(0)

通信講座修了なるか

暇になって気分がすっきりしている。何でかな、と思ったら、通信教育の課題を先週、全部提出し終えたからだ。1年以上ひっかかっていたのが終わったのだから嬉しい。特に、履修期限を延長した後のここ3か月近くは、あき時間さえあれば通信に費やしていたから、これがなくなると余裕が生まれるのは当然。最後に提出したのは、テキストを紛失して取りかかるのが遅れていた課題ひとつと、不合格の再提出分ひとつと、記述式の2。この中で最も不安なのは再提出の分だが、出してしまったからには結果を待って受け入れるしかない。

今日は記述式の1が戻った。段階ごとに同じ文言が印刷されているだけのマークシートと違って、人間の手で採点されたことが分かる文面だ。封筒の宛名も手書きだし。20点満点の18点。「ほぼ完璧な答案」という評価。易しい問題とはいえ嬉しいものだな。子供ももっと褒めるべきかと思った。とにかくこれでやっと本が読める。あとは、難易度が高くて取りかかるのがのびのびになっているのが1件あるから、それもボツボツ始めることにしよう。今から読み始める本は『仏教vs倫理』というもの。なんとなく買ってあったもの。
by kienlen | 2006-10-30 22:18 | その他雑感 | Comments(0)
庭に植えたまま、最初の頃に手をくれただけで放置しておいたミニトマトが最後のあがきのように実っている。毎日数個赤くなっているので、出がけにもいで、土だけ払って食べると甘くて美味しい。こういうことをしていると、これがトマトだよな、と思う。トマトもキュウリも庭や近所の畑にあったので、真っ赤になったのをその場でかじって食べていた。子供時代をずっとそうしてきたので、切ったトマトとか冷えたのはあまり好きではない。それにトマトを買う気になれず、買ったことがない。ましてミニトマトが飾りのように添えられているのを食べる気にもならない。こうして木からもぐのがいいのだ。洗うと美味しさも落ちるような気がするのは、野蛮人なのかもしれない。

昨夜のことだが、息子が何やら騒いでいた。柿から水が出ているのを異常だという。夫が誰かからもらってきて透明でないビニール袋に入れたままだったのが熟れ過ぎて水っぽくなっていた。ここまできても食べられることは知っているが、私は柿は苦手なので食べられない。夫は好きだが、ここまでくると食べられない。息子も好きだが、恐れをなして騒いでいた。しかしそれを見て恐ろしくなったのは自分の方だ。柿が熟むとどうなるかもしらないのだ、息子は。「水が、水が」と言っている。娘はよく山の実家に入り浸ってきたから「柿ってそうなるんだよ」と言っているが…。自分にとって当たり前の事が通じなくなっている、それも子供に。怠慢だったと思う。私にとって身近な自然環境から知るのは机上の勉強より大切なはずだったのに何も伝えてこなかった。田舎だからいいやと思っていたら、実はゲーム漬けになっていたのと同じような気分。いやはや深刻な事態が進行している。しかしこんな都市化された中で一体どうしたらいいのだろう。田舎育ちの自分の感性の方を、遺物としておくしかないか。
by kienlen | 2006-10-30 18:12 | 家族と子供の話題 | Comments(0)

温泉と紅葉と料理の日

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2日間外泊した娘が帰ってきて「紅葉見に行こう」と言うのと、私もその気分だったので紅葉と温泉ツアーに出た。息子は「車に乗るのが嫌だ」と言って拒否なので夫を含めた3人。私の場合は平日に1人でよく出ていて、その際「これは家族に見せたい、食べさせたい」と感じることはよくあるが、イザとなると、同じ所に行くよりも違う所に行ってみたくなる。それで今日も名前はしょっちゅう聞くし、遠くもないのに行ったことのない高原に行くことにした。行きの運転はいつものように私が担当。娘は車酔いするので山道では案の定具合が悪くなるが、なんとかがんばって、まずは温泉に入る。小さいけど露天もあって、目の前に白樺林が広がりいい気持ちだった。なんとなく話しかけてきた人が「ここんとこ仕事が忙しくてこんなのんぶりは久々です」と言っている。白樺の幹は真っ白で適地なのだろうな、と思う。でももう葉っぱは落ちていた。

売店には、きゅうりが袋いっぱいで100円、ブロッコリーの大きい株が150円、セロリの大きい株が150円等ある。野菜好きとはいえ、ウチにもたくさんあって食べきれないので今日はやめておく。併設のこじんまりした食堂に入る。こういう場所で味は期待できないと思ったが、そばはしっかり美味しいし、ここにしかないというシナノユキマスの唐揚げもあった。ビールのつまみにした。この魚はきれいな淡水でしか育たず、ちょっと水から揚げると戻しても生きられない弱い魚なのだそうだ。それで捕まえる時は慎重、とのこと。骨も頭も全く残さずに食べられる。このような施設の食堂の料理のレベルが上がっているように感じられる。温泉のついでだからしょうがなく食べるか、というのが以前だったけど、今は料理そのものが楽しみ、という所によく当たる。がんばれ、地産地消、と思う。温泉の後のビールも最高。帰路は運転席に夫が座ったら娘が「なんだ、そういうことか」と言った。そういうことです。
by kienlen | 2006-10-29 19:38 | | Comments(0)
まだベットでぐずぐずしている時間に、父が野菜を持って立ち寄った。ついでに、チューリップが増えすぎたから数個ウチの狭い庭に植えたい、というから、勝手にやってくれと言った。私の方も起きぬけのコーヒーに誘った。その時に2階で掃除機をかける音がした。父が驚いた様子で「誰かいるのか」と言うから「K(夫の名前)だよ」と言ったら「よくやってくれるなあ」と言う。「よくやるなあ」だったら気にならないが「やってくれる」となると、まるで私のためにやってくれるようなニュアンスでやりすごせない。「だって生活費は私が出しているんだし、当然でしょ」と言ってから、これじゃ従来の関係を逆転させているだけで、下手すると「誰の稼ぎで食ってるんだあ」と殴る蹴るに発展しそうなんで取り消し。「というのは、冗談で、できる方がやるのは当然でしょ」と言っておく。実際、これが我が家の実態。父は無言。男として同情はする、でも娘に苦労さしたくない、という複雑な父親心理、というほどおおげさなものではないと思うが、たかが掃除機の音でこういう反応があるのは面白かった。

私は、日本で結婚する人が減っている大きな要因は、よく言われるように女性の社会進出だの経済力だのじゃなくて、男性が家事の責任を平等に負わないからだと、かなり固く信じている。「男は手がかかる」と言う女性は多いし、だから結婚というハードルが高くなる。手がかからないどころか、負担が半分になるんなら、少なくとも、その負担を「負担」と感じる人にとっての障害が減るはずだ。ちなみに負担なんて言葉を使うのもおぞましいお世話好きの人は、そういう事で悩まないんだろうからいいんだけど、私は極端に苦手なので、どうしてもこういう事が気になってしまう。よく、男性に結婚する理由がなくなったのも、コンビニがあって料理をしてもらう必要がないから、なんてことが言われるが、一体、たかが自分が食べるご飯を作るのにどのくらいの手間がいるんだろう。こんな事で考え込む自分もバカバカしいが、考えてしまう場面が今だに多いものだから、ついこんなことになってしまう。
by kienlen | 2006-10-28 18:42 | 男と女 | Comments(0)

白バラの祈りを観た

暇になったので久々に映画の気分になった。たまたま女性サービス日で1000円だった。入ったら観客は2人だった。誰もいないよりマシな金曜日の真昼間。その後全部で7人になったから、私が行く映画としては悪くない入り込みである。『白バラの祈り-ゾフィー・ショル、最期の日々』というのがタイトル。1990年に入って発見された新たな資料に基づいているということだ。時は1943年。戦争犠牲者が増え、ユダヤ人虐殺が行われる中、ナチス政権を言論によって、つまり国民に事実を知らせることで内側から崩壊に導きたいと考える学生達の抵抗が、大学構内でのビラまきに発展し、実行したゾフィーと兄が逮捕される。その後の取調べ場面に時間が最も割かれている。取調べ官が、ナチスの台頭のおかげで田舎者の自分が出世できたことを語ったり、国費で学生という身分を保証されながら反政府運動をする矛盾を糾弾したりもする。途中から覚悟を決めたゾフィーの一貫した勇敢な姿勢が、どうしたって涙を誘う。数日の取調べと一瞬の検察官からの起訴状受理、即裁判で即日処刑と続く。国選弁護人も形式上はいるが、本心がどこにあるにせよ、言挙げする勇気などあるはずない。法廷では兄もその友人も一緒に裁判官から激しく一方的に指弾される。彼女は「次に裁かれるのはあなた」と裁判官に向かって言って去る。

私にとって最も印象的だったのは、折りにふれて空を見上げ、室内では天井を見上げるゾフィーの視線だった。取調べでも裁判でも「理想」が問題になる。理想ばかり言ったって、現実はこうなんだ、ということだ。でも何が現実で何が理想かというのは人によって異なるはず。上を見るか、足元を見るか、横を見るか、それだけで随分と違う。どこかにあるだろうと信じて求めて生きるのも、他からその道筋が見えなくなって当人にしたら現実だし、今、手に届く範囲の材料から判断するのも現実だ。そして問題なのは、やたらに変更したら拠り所がなくなるから暗示みたいに固執することだ。それを避けるには時々は空を仰がねば。ナチスに関しては膨大な資料があるし、私はどっちかというと組織だとか、服従の心理という面から読む傾向があったが、ちょっと前に『黙って行かせて』という本を読んだ時に、恥ずかしながらハッとした。アウシュヴィッツの看守を務めていた母に娘が取材したもので、最後まで行き違いのままで終わるのは、母の固有の現実が強固だからだったと思う。この本をちょっと思い出した。単なる、正義感の強い学生の抵抗の物語りではなくて、すごくいろいろな意味を含んでいる。抑えた映像も好きだし、役者もどれもいい。ストーリー展開はとっても単調で驚く場面は何もない。でも全く退屈しない。全体に素晴らしい映画だった。
by kienlen | 2006-10-27 18:22 | 映画類 | Comments(0)
疲労感が少し残っている。昨日は6時間くらい運転した。目的は約80km先のM市での、女性県議2人のトークを聴きに行くことで、アルコールもでるので電車で行く予定だったけど、急遽そばの写真が必要になって、だったら途中の新そば祭りに寄ってみることにした。絶好のドライブ日和でもあった。そば食べに行くのに1人でもな、と思って、融通のききそうな友人を誘ってみるが、さすがにそんなに暇ではなく、いつもの1人旅になった。実は、こういう時は知恵が働き、M市まで行ったら車を運転して帰ってもらえば自分はワインくらい飲めるだろうと踏んで、そんな提案をしてみたのだが、そんなに都合良く進むはずはない。調べてみると、名前は知っていたが行ったことのない、温泉付き宿泊施設を会場に行われている所があって、久々に温泉にも入ろうと思った。

f0104169_7435440.jpg電話で場所を聞いたら、国道から近い印象だったが、結構山道を入り、きれいな滝まであったので、現在の紅葉のレベルチェックも兼ねて写真を撮った。ちょうど真ん中に滝がある、一応…。今はお荷物になっている村の温泉付き宿泊施設は、きっと補助金がたくさん出たのだろう、山間の環境に不似合いな豪華さである。そばは美味しかった。量が多くて、次の会場でもう1杯食べるのは無理なくらい満腹。会計は伝票を持ってフロントで行うシステムだが、そのまま帰ろうと思ったら簡単そう。夫など連れて行くとそういう提案をされそうだ。実行はしないものの。あまりの緩さは人間の心のどこかを刺激する。温泉も同様。フロントでお金を払うのだが、それ以後のチェックはなし。もっともそんな人件費を使う余裕はないだろう。入湯料400円の湯船まで行くのに、スリッパに履き替え、途中からはそれを脱いで裸足で歩くプロセスがやたらに長い。たまたま現金を持っていたので100円のロッカーにバッグを入れたが、ご高齢の方々ばかり数人で、盗難の心配があるようには感じられなかった。とってものどか。広いロビーで新聞を読んでから出発。その山道を抜けると次のそば祭りの会場が広がっていたが、お腹がすかなくてあきらめた。
by kienlen | 2006-10-26 08:01 | | Comments(0)

店番の翌日の記録

昨夜はいつものように店番だった。友人達が来てくれて賑わった夜だった。カウンターの隅に1人で座ってヤムウンセン=春雨サラダとビールを済ませて帰ろうとした男性が「お連れ合いはお元気で?」と聞くから、なんだ知り合いなのか、と思ったら、年に2、3回東京から当地に来ると寄ってくださっているということ。某大学でタイ研究もしている先生だった。某大学は、私がバンコク在住時によく知っていたタイ人のBさん=タイの東大と称されるチュラロンコン大学の先生の出身校なので、もしやと思って名前を出したらよく知っていた。世間は狭い。そういえば連絡とっていないBさんは元気だろうか、と突然思い出した。そうだ、私が紹介した女性と、そのまま結婚になったはずではないか、なんてことも思い出した。

店を始めることに私は反対だった。商売はやったことがないし、身近にも商業関係者はいないし、馴染みのない活動である。それに、とにかく居場所が限定されるというのは性に合わない。出かけたい気分の時には出かけられる職に就きたいと、小さな希望を言うとだいたいは「それは勤め人は無理だ」と言われる。店なんて会社勤務よりさらに拘束性高いではないか。しかし夫は秘密裏に準備をしていて、もう開店という時に突然呼び出された。「大家が日本人じゃないと契約しないと言っている」と困っている。日本人の信用度は高いのだ、と思うことにして、もうここまできたんじゃしょうがないし、それにタイ人でこの場所で就職どころかアルバイトを考えるのも非現実的なのでサインしたんだ。それからなんといっても、自分がタイ料理大好きという理由は大きい。それまであちこち食べ歩いていたが、座れば自分の好みの味にして運んでもらえる場所ができてから、タイ料理の食べ歩きはしなくなった。タイ料理以外を食べて美味しいと感じなくなっているので、外食の多い自分としては不便でもある。この点では大方のタイ人の気持ちが分かる。
by kienlen | 2006-10-25 10:51 | タイの事と料理 | Comments(0)
雨が降っている。垣根のサザンカが蕾をつけている。垣根は食べられるもので作りたかったから、ブルーベリーとか木いちごを庭屋さんに提案したのだが、隣との垣根であるから、一応秩序が必要。それで、専門家のアドバイスに従ってサザンカにした。ヒイラギより安いし、病気になりにくい、とか。何よりいいのは、まだ寒い2月か3月のモノクロームの時期に花をつけるということ。それで決断した。初年。秋から蕾をつけている姿を見て、騙されたと思った。3月に咲くはずない。これじゃあ、冬になる前に咲いてしまうじゃないか。でも違っていた。

小さな蕾のままで冬を越えて、まだ寒いうちにムックリと膨らんでくる。それで本当に春が来る前に花になった。白とピンク。同様に蕾をつけた昨年も楽しみにしていた。でも、蕾のままで開花を見ることができなかった。厳しい冬ではあっても、たいていは降っては溶け、を繰り返す。だから雪の重みでうなだれ状態が続いた植物も、晴れ間には息をつぐ。でも昨年は、ずっと雪の重みでうなだれたままだった。それでも、蕾がついたんだから咲くことを疑わなかった。結局、蕾はそのまま茶色くなっていった。それを知って、蕾を落としてやった。幸い木自体が枯れたわけではない。それにも感動。今年の冬はどうなるのだろう。蕾は黙ったまま教えてくれない。
by kienlen | 2006-10-24 01:11 | その他雑感 | Comments(0)
バンコク在住20年以上になる知人からメールが来たのは昨夜。HP開設のお知らせがあり、ブログもあった。今日はずっと1日煮詰まっていて何もできず、今もそうなので、彼のブログを見ていた。カメラマンだから写真が毎日ついていて重たいけど、なつかしい風景が写っている。特にカンボジア国境のアランヤプラテートの変化には目を見張る。私が数年前行った時とまた変わっているし、15年くらい前に行った時なんか、難民キャンプ転じてマーケットという名残りがありありだったのに。今はカジノだ。バンコクからギャンブラーがバスで乗りつけるのだそうだ。国境を越えた先にギャンブル場があるのは、タイだと法律違反でリスキーな行為を、国境をまたいだだけで堂々とできるからだ。前回タイに行った時は、もっともっと南の方のカンボジア国境に行ってみたのだが、夕方の施錠時刻が過ぎていて、入ってみることはできなかった。もっとも開錠されていたからって入れるかどうか知らないけど。それに入っていたら今があったかどうかも知らないけど。

鉄の扉から覗いたら、やはりギャンブルの匂いがした。私のようにやらない者でも感じるんだから、ギャンブラーだったら血が騒ぐんだろうと思った。鉄条網を乗り越えてでも、だろうか。島国の中のさらに周囲を閉ざされた山国に居ると、同じ地球上に同時期に存在しているように感じられない。日本に来た当初、このとまどいで混乱したのを覚えている。今になると奇妙なのだが、自分が浮遊物のようになった感覚で現実味がない。多分、旅行だったら、そうはならないと思う。バンコクの家族がそのまま移行してきたわけだから、カプセルが破けて気付いたら外は知らない土地というような感じ。別に知らない土地でもないのに、ヘンなの。その彼が、仕事に関して、タイやアセアンに広げて考えたら、と書いてきた。今の自分の状況をみていると、確かに内に内に向かっている気がする。今日も、すごく些細な事で1日ぐずぐずしていた。そして、まだ解決していない。
by kienlen | 2006-10-23 21:04 | タイの事と料理 | Comments(0)

信州で読んだり書いたり、時には旅したり


by kienlen
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