カテゴリ:映画類( 327 )

ブルックリンを語る会

ブルックリンにいたく感動した友人とランチを兼ねて語る会を行った。語りたいと言ったのはその友人だが、私も見てすぐに、語りたいという彼女の気持ちが理解できた。さっそく、どこが一番印象的だったかを話すと、2人共全く同じところで、これじゃあ違う視点が入らず語りが続かないではないか、ということになってしまった。私達は年代も違うし来し方でも今の生活でも共通点はほとんど何もない。強いていえば子どもが2人いて、上が男で下が女で、くらいか。ああ、それと本が好きという点と。子育てについての姿勢も違うし働き方も違うし、家庭環境からすべて違う。それなのに、ここで一致。

それで次の語りは、なぜここなのかという方向へ。あの地域であのような人がいて、あのような詮索をする。ひじょうにありそうなこと。それに対してどう臨むかで共感できたわけだ。全然違う感性の人に見てもらって感想を聞きたいものだ、ということになった。それと男性が見たらどうか。観客にはどうも男性も多いらしく、私が行った日も4人のうち半数は男性だった。彼女の行った会もだいぶいたらしい。男性がどこまで入り込めるのかをイメージしにくいが、魅力的な女性が大勢出てくるだけでも楽しいかも、という話にはなった。で、次に印象的な場面についても一致で議論にもケンカにもならず、多面的にもならなかったが、またやろうということになった。自作はウディ・アレンの新作を予定。

by kienlen | 2016-08-23 17:20 | 映画類 | Comments(2)

ブルックリン

予告編で見て、見たいと思っていた。昨日友だちと行こうということになり家を出たら豪雨で雷もあってキャンセル。その友だちがとても良かったというのもあり本日行った。時代は戦後まだそれほど経っていない頃、アイルランドからアメリカに移民した少女が主人公。優秀だけど故郷では仕事がなく、神父の招きで渡米できることになり、姉と母を残して船で出る。抒情的な映像と言葉少ない表現になぜか涙が出てそのまま最後までほとんど泣きっぱなしで、昨日友だちと行かなくて良かったと思った。素晴らしい。昔見て深く感動しためぐりあう時間たちを、なぜか思い出した。つまり女の物語。故郷に戻って、どうなるかとハラハラしている時にあの一言で翻すところ、ああ…、分かる。見逃さなくて良かった。素晴らしい。
by kienlen | 2016-08-22 22:19 | 映画類 | Comments(0)

ブンミおじさんの森

光の墓の監督がこの映画でとても評価が高いようだ、ということだけは知っていた。これ、劇場公開の時に確か見逃してしまいひじょうに気になっていて、かといってわざわざ探すほどの情熱はなく、何となくレンタルショップをブラブラしていたらあったので、おお、と思って借りてきた。光の墓同様、音楽はないし、盛り上がりはないし説明的なところないし、美男美女でないし、よくこういうのつくるなあ、しかしなぜか飽きないし好きだ、惹き込まれるのはなぜ、誰か教えて欲しい、というのが両者に全く共通の印象。しかも言葉がタイ語ならまだしも、イサーン語ではありませんか。この姿勢、すごいと思う。それにしても、当然ではあるが、やはり劇場で見たい。DVDだと分からなければ見直せるという利点は大きいのだろうけど、自分にそういう習慣がなく、そして家で映像を集中して見る習慣がついてないのは痛い。よって、分からないままに見たという感じ。

それでも光の墓よりはこじんまりしていて生身の人間の登場人物ごく少なく、それは分かりやすかった。すごい田舎の村の住民で透析の必要なのがタイトルにもなっているブンミおじさん。そこに亡くなった妻の妹、つまり義妹とその息子が一時的なのか一緒に住んでいる。この息子はタイ語の方が得意であるらしい。と、食卓に死んだ妻がスッと現れる。さらに死んだ息子は猿のような姿で現れる。みんなが、ああ来たのね、という風に懐かしがる。色々な外国人と接していた知り合いがタイ人について「受容的」と表現した時、言い当てていると感じたのを覚えているが、それを思い出した。お猿さんの方はいつの間にか家からはいなくなるが、後に森の中に現れる。妻の方は透析を手伝ったりして普通に馴染んでいる。最後は森の中に入って行って終わりかと思ったら続きがあり、本当の最後に音楽が入るのだが、これも映画音楽にはしたくない、みたいなポリシーが感じられるというか。輪廻転生が軸になっているようだが、いかにもタイみたいなシンプルな面白さがあった。生と死の話なのに深刻ぶってないのがいかにもで、結構笑ってしまった。この境界線のなさがいい、こっそり好きに入れておく。さわやかの対極なのに後味すっきりって不思議。良かった。

by kienlen | 2016-08-19 12:02 | 映画類 | Comments(0)

アイヒマン・ショー

昨日娘を駅まで送り、家で本を読んでいたら友だちが寄り、彼女が帰った後に夜の映画を見に行った。6時50分からの短めの映画というのは、その後ちょっと一杯やるのにちょうどいい。東京に行った時にどっかの映画館を通りかかったらやっていて、見たいと思ったが、まさかこちらでも上映してくれるとは思わなかったので非常に嬉しい。予告編を見た時点では、結構退屈するかもな、あるいは大げさに描くんだろうかなどと思っていた。アイヒマン裁判を撮影するのに苦労した男たちの物語ということしか分からなかったので、特に期待はしていなかった。しかし退屈などとんでもない。テレビで公開するとはどういうことか、撮影スタッフ自身もあれだけのものを抱えていて葛藤があったこと、記録映像の始まりがこれだったのかとさまざまな感動があった。観客が7人いたのでまあまあの入り。古い映像と今のを重ねるところが何かちょっと苦しかったけど、しょうがないし、大変良かった。

始まりは、1960年にアイヒマンが逃亡先のアルゼンチンでモサドによって捕まるところからで、ハンナ・アーレントと同じだけど、映像的にはあんなセンセーショナルではなく報じただけ。本題の始まりは、裁判を撮影して新しいメディアとして登場間もないテレビで世界中にアイヒマンをホロコーストを報じたいと決めたプロデューサーが、イギリスの赤狩りで仕事を干されていた男を監督にするなどスタッフを集めるところから。法廷にカメラを持ち込む許可を得るまでが大変で、脅迫はくるし、裁判が始まり撮影が始まると撮影者側の思い入れや葛藤が激しくなる。この撮影がなかったらホロコーストの実態の知られ方が違っていたかもしれない、裁判のあり方も違っていたかもしれないと色々考えさせられた。とにかく、記録映像というものの意義を伝えようとしているもので、その意義は充分に感じられる。監督が滞在する安ホテルの女将がすごく良かった。チェコから来た人だった。

by kienlen | 2016-08-16 07:53 | 映画類 | Comments(0)

ゾラの生涯

この間レンタルした3本の中のひとつ。この映画の存在を全く知らず、たまたま目に入って、単純にゾラの生涯ってどうだったんだという興味だけで借りたもの。自分が読んだのは居酒屋だけ。いつの時代の映画等々何も知らなかったらモノクロームだった。後でチェックすると1937年公開でアカデミー賞も受賞している名作らしいことが分かり納得。考えてみると、あの規模のレンタルショップにあるんだものな。「生涯」というからには長大な物語かと思っていたらそうではなく、焦点を絞ってコンパクトだった。始まりはセザンヌと同居していたらしい貧しい貸し間暮らしの場面から。ドアのノックに大家の家賃催促かと思ってゾラがベッドにもぐりこんだら母親、というスタート。セザンヌと親友だったのだというのも初めて知った。つまりとにかく何も知らないので。映画は事実に基づいているが人物の性格などはそうとも限らないことを断わっていた。

前半はゾラが苦労しつつもだんだん有名になっていく様子。ナナが書かれた発端はモデルとなる人物との出会いで出世作になったようだけど、ナナは居酒屋の続きだと思っていたので、居酒屋への言及がなかったのがよく分からなかった。気をつけて見ていたつもりだけど。セザンヌが「芸術家は貧しくないといけない」みたいに言ってゾラから離れていく場面があり、映画ではあるが、セザンヌってこういう人だったのかと感じる。後半は国民的作家として名声を得ているゾラがドレフュス事件に関わるようになるまでの経緯が比較的詳しく描かれ、この事件が中心。冤罪で投獄されたのがなぜこの大尉だったのかが映画では分からず、ユダヤ人だからという解説を後で見て深く納得。時代背景及び基礎知識がないと理解は厳しいが、それでなくても面白かった。疑問はネットで簡単にみられる状況に感謝。今の時代状況の中でもそのまま通じるゾラの言葉がいっぱいだった。フランスなのに、アメリカ映画で英語というのがちょっと違和感だけど、そのせいかどうか、裁判の場面は圧巻だった。うーん、実にいい映画、組織とは国家とは愛国とは正義とは、色々思うところあった。

by kienlen | 2016-08-12 10:14 | 映画類 | Comments(0)
華麗なるギャツビーは有名必読書という感じがあって何年も前に読んでみて映画も見てみた。でも何がそんなにいいのか分からなかった。情けない恥ずかしいみたいな気持ちをずっとひきずっていた。それで本を読み返そうかと思っている時にレンタルショップで棚を見ていたらDVDがあったので映画の方をもう一度見てみることにした。前回見た1974年の作品だと思って借りたら2013年の新しいものだった。前半はやっぱり分からない、謎の成金による豪華絢爛なパーティーと乱痴気騒ぎという印象のまま。でも後半になってなるほどと感じて涙した翌日、たまたま在日の長いアメリカ人による大統領選についての話を聞く機会があった。話した後に急いで次の場所に駆け付けるということで質問時間があまりなく、どういう根拠での見解なのか分からなかったし、そういうことを問題にするような場所でもなくごくごくカジュアルだったのだが、だからこそというか、面白かった。次のような内容だった。

アメリカ人にとって最も重要な価値は自由。彼も自由と、それに伴う責任という価値観の中で育った。ところが今のアメリカから自由が失われている。ワシントンDCの住人は「部族」で、一般大衆とかけ離れてしまっている。その代表がヒラリーであり民主党、共和党問わずの上層部で、マスコミも部族民。部族外の人がトランプ、そしてサンダース。したがってヒラリーが大統領にならなければならず、実はひじょうに人気のあるサンダースが指名されるわけにはいかず、トランプが当選するわけにもいかない。そんなアメリカに失望して日本国籍に変えることも考えているというその彼に、ではどちらを支持するのか聞いてみたら「ヒラリーは絶対嫌」と即答だったが「しかしトランプも…」と歯切れが超悪かった。これを聞きながら、ギャツビーのことを考えた。まさに部族外の人で、最後は結局誠実さのかけらもない部族民に滅ぼされるのだ。ずっと前に予見していた小説家はすごい。日本人の場合、部族に自分も同化したい願望が強いということだろうか。それでどうなるかって、怖いんだけど。



by kienlen | 2016-08-08 12:15 | 映画類 | Comments(0)

ライフ・オブ・パイ

サブタイトルが「トラと漂流した227日」。こういうサブタイトルがあり、トラとの漂流場面を強調した予告編を見て、行きたいと感じられず、劇場での上映を見逃していた。ただ、センスのいい友人がこれを何度も何度も絶賛していて、さらにインドが舞台と聞き興味がわき、昨日散歩がてらに入ったレンタルショップで借りてきて見た。大変面白かった。予告編から、ただトラと漂流する場面が延々と続くイメージを持っていたが、そんな単純な映画ではない。絶賛していた友人は最近、長年の迷いを払拭できて洗礼を受けたところで、そういう人が見たらもっと深い理解ができるのだろうと思うと、自分のこの無知が残念。でも、このところ、聖書を深く読み込んでいる友人から解説を配信してもらったり口頭でも聞いたりで、それは多少の助けになっている気はした。ひじょうに深い暗示に満ちた内容で、映像もきれいで劇場で見たかった。それにしても、映画の宣伝をどうするかって、まあ映画に限らないが、難しいとは思うけど、227日の漂流をあえて強調する必要があるんだろうか。予告はすごく単純化されていたように記憶している。いやはや、難しいが、しかし難しくなど考えなくても、とてもとても面白かった。劇場上演があったらもう一度見たい候補。
by kienlen | 2016-08-01 11:23 | 映画類 | Comments(2)

FAKE

昨日、ブルーベリー摘みの後、急いでお風呂に入ってこのドキュメンタリーを見に行った。どうせ見るからには森達也監督挨拶の日にしようと思ってのこと。だいぶ問合せがあったそうで大きな会場に変更したそうだ。マネージャーから「いい具合に空いてますよ」という言葉をいただき入場するとその通りだった。持ち込んだアップルパイを朝食代わりに食べながら読みかけの本を読んでしばし待つと始まった。どうしても見たいと思った理由は、神山典士『ペテン師と天才―佐村河内事件の全貌』を、事件内容をまるで知らないのにひじょうに興味深く読んでいたいたのと、だいぶ本も読んでいるしこれまでのも何本か見ていて好きな森達也の作品だから。映画を見るのに、ここまで知識があるなんて自分にはあり得ない、という妙な自信みたいなものを持ちながら臨んだのだが、しかしバラエティはもちろんテレビを見ているわけじゃなく、この事件についてどういう報道があったのかを全く知らないのだから、この自信、まるで的外れ。

登場するのは、ほとんどが佐村河内氏が妻と猫と暮らすマンションの部屋。本人と手話通訳する妻と大きな目で無言の猫のシーンがほとんどで、本では触れていた問題点やエピソードなどには全く触れず、夫妻の表情がアップになる。それでも飽きないのだから、ある意味役者かも、みたいな感じもあり最後まで謎めいている。つまり、耳が聴こえるんじゃないかとか、どこまで自分で作曲できるのかとか、そういう真相追及についてはもう完全に、見る人に委ねられている。撮影の始まりが、怒りでなくて悲しみを撮りたいという監督の言葉だったけど、その通りに進んでいた。途中で3回、取材依頼の人たちが訪れる場面があり、これがグラデーションを伝えないメディアの問題を突いている監督の視点とだぶる。映画の結末はすっきりしないと気が済まないという人にはフラストレーションかもしれないけど、そのすっきり感がどうなのと思っている者には、なるほどなーと逆にすっきり。何というか、観客参加型みたいな感じがあり、いやいや面白かった。それにしても、これ以外のタイトルってなくないかな。舞台挨拶では質問多数あり。




by kienlen | 2016-07-31 12:01 | 映画類 | Comments(0)

拝啓天皇陛下様

友だちが借りたDVDにて鑑賞。家で一人でDVD鑑賞ってあまり気が進まないが、この映画は一度観たいと思っていたものなので借りることにした。野村芳太郎監督。父はなく貧しく、子どものころから働いて自活せざるをえず、よって読み書きも覚束なく、前科もあるという主人公を演じるのは渥美清。彼について語りながら物語を進める、軍隊の同期生を演じるのは長門裕之。時代は2人が初年兵として入隊して知り合う昭和初期から前線に出る支那事変、そして戦後しばらくまでで、この間の、男性2人の友情を中心に描かれる。

前半は軍隊の様子で、ここでも中隊長の計らいで主人公が文字を教えてもらう場面など人情物語的な部分が多々あり、後半はそちらが前面にでた展開となる。暴力シーンが嫌いな者にとっては、戦争をこういう風に描いてくれるのは、目を背けなくてすんでありがたい。素朴で素直で、必要なら悪いことをするのを厭わず、ズルいところもあり、状況を受け入れて大勢には逆らわず、という庶民の典型が戦争の時代を生き抜き、やっと幸福になれると思ったら…。こういう視点で天皇が神であると描くのはすごく納得できたな。大変いい映画だった。

by kienlen | 2016-07-24 10:39 | 映画類 | Comments(0)

日本で一番悪い奴ら

ずっと外出続きでやっと家にいられた日。それで夜、友だちが面白いと言っていた映画を観ることにした。邦画に行くのは珍しいが、そういう事情で。それと、この映画の舞台となっている北海道警察には、若い知り合いが就職してすぐに辞めていて、その際に、色々と愚痴も聞いていて、そんな興味もあった。実話を元にしたフィクションということで、柔道でならした一直線の若者が道警に入り、警察自らが違法行為をしながら成績を上げて行き、そして最後はお決まりの破滅、ただし組織はがっちり守られて個人が、という、典型的な展開を、典型的に描いていた。

破滅するのは何人かいたが、それを見て、そういえば知り合いの警察官が自殺していたことも思い出した。映画にする意義のあるものだと思ったし、悪くはないのかもしれないけど、ちょっと人物像も話もシンプル過ぎて少々疲れた。もうちょっとひねりの効いた人物にも登場して欲しかったという感じ。体育会系の内容。まあ、警察とヤクザなんだからそれもそうかとは思うが、それにしてもこういう人たちばかりが揃いに揃ったもので、ここまでシンプルに行くところまで行くんだろうか、という違和感は多少あった。会員になっていない映画館なので正規料金払ってまで行くつもりはなかったけど金曜日が女性優待日。観客は、自分含めて女性ばかり4人いたからまあまあの入りということか。



by kienlen | 2016-07-22 23:50 | 映画類 | Comments(0)

信州で読んだり書いたり、時には旅したり


by kienlen
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