カテゴリ:その他雑感( 637 )

日記だけはマジメ

明朝は早起きしなくていいのだと思うと、いけない、お酒が進んでしまう。夫が完全に留守だったのはたった3日なのに、1週間くらいに感じた。3日の間で、本当にきつかったのは、つまり昼夜連続の仕事と子供の心配とで緊張感が高いままだったのは2日間だけなのに、これも1週間くらいに感じた。明日の朝食は、夫が残りご飯でカーオ・パッ(チャーハン)を作ることになっているから、私は自分の仕事時間のことだけ考えればいい。ああ、心底嬉しい。いつもならここで、やっと読書時間が取れるぞ、と思うのだが、今は読書を諦めている。日本語教育の通信講座テキスト講読に費やしたいからだ。

ここ3日間は細切れ肉をさらに切り刻んで、アルコールに漬けたような時間しかテキストに向かえなかったが、今日は少し改善した。それにしても、こんな状況下でも日記は途切れなかった。どうやら自分は、必要性の順位に対する判断能力が不足しているようだ。実はやらねばならないことをサボり、実は不必要なことにマジメに取り組んでいる。それだけの余裕があるというのか、やけくそなのか、自分でも分からなくなっている。
by kienlen | 2006-09-21 23:52 | その他雑感 | Comments(2)
夕食時に留守が多いので、仕事以外の外出は控えようかとも思ったが、子供達の食事の用意だけして小杉泰さんの講演会に出かけた。イスラム世界の統一性と多様性シリーズの前回がとても良かったので、今回も期待。サービス精神と分かりやすさへの配慮なのか、さらに異文化理解の一般的な話もあって、詰めこみが好みの私としては前半少々物足りなさを感じるペースに思えたが、全体的にはとても良かった。こうして何度か講演を聴くうちに、全然知らないイスラム世界がなんとなく形になってイメージされる。身近なイスラム世界出身者の言動を思って妙に納得したりもする。まずは「平安があなたたちの上にありますように」「そして、あなたたちの上にも平安がありますように」というアラビア語の挨拶をする地域をイスラム世界と呼ぶ、というところから話は始まった。エジプト留学時の体験、言語によって表現される世界観や価値観の違いなども興味深かったが、私が最も面白いと思ったのは、契約を基本にした考えと、相場の相容れなさのくだりだった。

例に挙げられたのはエジプトでのタクシー運転手との交渉だ。メーターを使わないと交渉になるが、日本人が距離による相場で金額を主張するのに対して、相手は「子供が7人いるから20ポンド」などと主張してくるということ。これはタイでもよくあったから、その背景となる考え方には興味がある。私は単純に、払える人が払えるだけ払えばよくて、払えない人はそれなりに、なのだとタイでは思っていた。実際、買い物の交渉の時にも「いくらなら払えるか」と聞かれる。商品の価値とか相場だけで価格を決定するのではなくて、こういう基準もいいな、と私は思ったものだった。今日の話によると、イスラム世界では、神との契約という考えに源があって、その場その場で両者が納得できる契約を結ぶのだということ。なるほど、交渉とはそういうことなのだ。とにかく言えることは、相場と契約という、別次元から主張したのでは、話し合いにならないということだ。それは政治の次元でも同じ。多分今日の話のポイントはそこなのだろうと思った。それで国際間における日本の役割は、喧嘩の当事者は対話できないのだから、二者関係の対話ではなくて、鼎談の一翼として、独自の国際理解の長い歴史をもつ立場から発信すべき、という主張。日本の文化の中に、その国際理解の蓄積を入れるべきだと力説していた。賛成。怪しい伝統ばかりでなく、日本の美しさは多彩なのだと思いたい。
by kienlen | 2006-09-15 22:52 | その他雑感 | Comments(0)
通帳をチェックしたら新聞代が引かれていた。先月の集金の方の対応があまりに横柄に感じたので、私はその場で即断してこう言った。「Jタイムズは今月でやめて下さい。A新聞は契約が切れたらやめて下さい」。若い集金の女性は確かに「はい」と言って帰った。でも翌々日からストップしていたのはA新聞の方でJタイムズは相変わらず入っている。いつまでも入っている。そして1か月。まだ入っている。あの日来たのはもしや研修中の若年者かもしれない、伝わってなかったのだろうか、しかし曖昧だったら後で確認の電話をするか上司が対応するか、ではないだろうか。組織人としてはてんで無能な自分ではあるが、この程度の展開は予想できる。明確に伝えた事を、落ち度のない自分から再度伝えるのもシャクであるが口座引き落としの弱みは、なにしろ有無を言わせず落ちるということ。もう新聞販売店に対して口座引き落とし手続きはしないと固く決意。しょうがないから今朝電話した。事情を説明したら「あ、やっぱりそうか」と言う。何でも集金人は正しく伝えたがチームリーダーがJタイムズはそのまま入れるようにと指示したという。

当方、そういう内部事情まがいは内部で解決していただければよくて、もしとことん内部事情を説明してくれるんなら、チームリーダーなるものの役割とか性別経歴年齢、社内のしくみも知りたい。それにしても彼の対応がまた素晴らしい。ひと言のお詫びもない。何でも謝ればいいとか土下座すればいいとは全然思わないが、ビジネスマナーとして、この対応はないだろう。呆れた。それで「集金の方が道が分からないと電話してきたり、どうなっちゃっているんですか」と言ったが答えず彼はこう言う。「では明日からやめておきます」と。私は「月末でもないのに止めるってどういうことですか」と聞いた。すると「集金にも行けない所に入れるわけにいかない」と言う。私は現金での支払いを渋った事は1度もないし、この新聞は自動引き落としになっている。それを伝えて「だから区切りのいいところまでは入れて下さい」と伝えた。同時にここまでの対応をされてA新聞を再読することはないと思った。普通の対応、普通の処理、普通の言葉、普通のコミュニケーション、普通のマナー、私が望むのはそれだけなんだけど、普通って人によって違うんだろうけど、毎回これじゃあ疲れる。新聞なんか読まないそ。
by kienlen | 2006-08-29 08:51 | その他雑感 | Comments(0)
知事選だったので、こういう時くらいはテレビを見なければと思ったのだが、どこを見ていいか分からず、子供らにはスイッチの入れ方からおせっかいをやかれる始末。メカには弱いがそのくらいは知っている。でも面倒になって寝転んで読書の続き。KSD事件の真相に迫る法廷ノンフィクションで、この手の本は大好きなので選挙の分析よりこっちに夢中になっていたら、友人からの電話で中断された。もちろん選挙の話題。やはりテレビを見ることにする。どこをとっても「旧守派」のレッテルを貼るのにためらう必要のない人が当選した。バンザイをする面々を見ていると、ため息がでる。脇でマンガを読んでいた娘に向かって「こんな冴えない男達ばっかりでうんざりだ。政治家になれ!」と言うが「やだ!」と言われた。息子が「嘘つきにならないとな」と口を挟むから、「あんたの方が向いているかもね、口はうまいし人望はありそうだし、でも頭がないな」と八つ当たりする。

負けた現職の長めのコメントも聞いた。だからって、この人が当選して手放しで喜べるとも思えないなあ、とまたため息。こういうどっちつかずの自分は何なんだ、という反省の気持ちもある。投票率はほぼ66%。ということは、どう考えても、有権者の半数に及ばない人の投票行動が民意とされてしまうということになる。でも知事の任期は4年だし、次の選挙はまた変化があるかもしれない、と考えられる点では首相選びよりはマシな気もする。それにしても県政がここまで話題に上るようになったのは、現職のおかげ。特に記者クラブを廃止して誰でもが「表現者」として参加できるようになった功績は大きいと、私は思う。この6年間の意味が明らかになるのはこれからだろう。うーん、どうなるのかな。
by kienlen | 2006-08-07 00:50 | その他雑感 | Comments(3)
こういうタイトルの講義を聴いた。市街地はお祭りの賑わいだったが、祭り嫌いの私の場合、迷うことなく会場へ。市民教養講座として一企業グループが27年間継続しているメセナ活動のおかげで、たった200円でこんな質の高い話が聴けるとはありがたいことだ。この企業に対する見方は本日から急カーブの上方修正とする。講師は東京外大の飯塚正人助教授。この教養講座は年間の統一テーマを決めているようで今年は「イスラム世界の統一性と多様性-中東を中心に」であり、今日のは5回目だそうだが、今まで知らなかったのが残念だった。今後も毎月続くので、できるだけ参加したいと思う。レジュメを見たとたんに、期待できそうな予感があったが、講師によると「大学の講義3回分を無理して詰め込んだ」というだけあって、知りたかった事を分かりやすく整理して解説していただいた高密度の2時間だった。

タイトル通り、3つの宗教の解説が中心。まずは、ユダヤ教とイスラム教の教義が確定していないことからくる、語ることそのものの困難さから始まる。これだけでも、なるほど、とうなづきたくなる。それから両者の思想の基本として、神への服従と報酬、不服従と天罰の関係。同じひとつの神を信じながら、3つの宗教になった時の差異の歴史的説明は、短い時間の中でひじょうに分かりやすい。これも、なるほど。その他いろいろ。イスラム教の神を批判できない論理と、キリスト教で可能な理由が疑問だったから、質問してみた。これも納得。教義が確定していない中で学校教育で何を教えるのかも尋ねてみた。私にとって面白かったのは、例えば日本にしろ歴史とは国の歴史だが、イスラム圏のエジプトでは、7Cから突如イスラム教の歴史になる、という点。国家とは何かを考えるのにも参考になる。キリスト教では一部を除いて認めらている進化論を、イスラム教の国ではどう教えるかも面白かった。疑問が氷解していく時の快感は格別だ。こういうのを至福の時と言ったらおおげさか。
by kienlen | 2006-08-04 23:54 | その他雑感 | Comments(4)

選挙前の気分

f0104169_15383640.jpg昨日の朝、自転車でバイト先に到着寸前の場所で、この地方都市にしては大規模な人だかりを発見した。こういう時、何があるのか確かめたくなる性格であるから、自転車を止めて様子をうかがっていたら、明後日に迫った知事選の候補者が演説を始めた。内容を聴く時間的余裕がなくて去ったが、この人はいわば挑戦者。契約期間がまだ残っているはずの新聞はなぜか配達がストップしているし、テレビは全くみない私の情報収集範囲はひじょうに狭いが、どうやら今までと違って今回は接戦になりそうという予想が飛び交っている。出口調査で容易に当確予想ができないと、マスコミの方々も長丁場になる。おつかれさまです。新聞は2通りの記事で備えるに違いない。おつかれさまです。間違って刷るようなことがあると楽しいとは思う、などと言ったら不謹慎だろうな。

それにしても。この写真の聴衆のほぼ全員が男性なのはなぜだろう。それが気になって写真を撮っただけなのだ。このビルで働くのは男性ばかりなのか、女性は朝の清掃作業に勤しんでいて演説どころではないのか、それとも女性は演説に興味がないのか、有権者の半分は女性なのに不思議な光景だ。取材の人も来ていたが、ぜひこのジェンダーアンバランスの謎も解明して報道していただくと、私は嬉しい。選挙への関心も高まる。正直のところ積極的に票を投じたい人はいない。挑戦者の主張はあまりに時代錯誤に見えるし、政策のビジョンより現職の三選を阻むというだけの目的で結集した人々が、その目的達成後にどうなるのか考えるとかなりうんざり。現職の主張そのものは支持するが、それ以前に組織を率いるのに必要なコミュニケーションが成立しているのか、遠目からしか見たことはないが、この点の疑問が拭えないままだ。そんなことが必要ない世界だっていくらでもあるわけで、適材適所という言葉が浮かんできてしまう。一応投票には行くけど。
by kienlen | 2006-08-04 22:16 | その他雑感 | Comments(0)
知事選が近い。ここのところ期日前投票が気に入っているが、今回はウチに来た1票を投じる相手を決められなくて行かれない。ついでに外国人の夫には投票権なし。こういう時に何か持ってきてくれれば簡単に入れちゃうけどね、と思ってしまう不埒な有権者です。だいたい、1人を選ぶのに2人の中からとは選択肢が少なすぎる。私は白か黒か、右か左か、赤か黒か、との二者択一が苦手だ。決断力がないのかも。だからテストも選択式より記述式が好きである。で、記述式型人間から見ると、困るのは今回の選挙が事実上「現職が好きか嫌いか」を問うているから。昨日の猪口大臣の応援演説の後に登場した県議会議長など、熱くなってそう明言していた。そこまで言われると、困るなあ。だって、好きな面もあるし、嫌いな面もある、評価できる点もあるし、そうでない点もあるというのが、一部狂信的ファン層や嫌悪層を除く、私を含めた人々の一般の方々の気持ちではないだろうか。

だけど選挙では、誰かの名前を書くしかないから、エイと書き込んで去る。それだけのことなのに「1票の重み」とか、問題があっても「選んだのは私達ひとりひとり」とか、自己責任みたいになるのは解せない。1票をもっと重たくするなら、私は記述式選挙を提案したいと思う。候補者への希望とか政策案とか書きたいことを書き込んで、処理はコンピュータ任せ。グーグルの検索みたいにする。こんなに情報処理技術が発達しているのだから、選挙だけアナログというのも不思議に感じる。これだと当選した方も、偶然の重なりの結果と自覚できて謙虚になり、本気で住民のためのみ考える政治家になってくれる、かもしれない。有権者は、それなりに情報収集しないと投票行動そのものができなくなるから勉強する、かもしれない。
by kienlen | 2006-07-28 22:01 | その他雑感 | Comments(0)
猪口少子化担当大臣のお話を聴いた。というのは、タイ人の裁判傍聴目的で遠方の市まで行ったのに、審理は後日ということで、すぐに閉廷してしまい、わざわざ2時間も運転して来たのにあんまりだ、と思っていたところに友人から「猪口大臣がそっちで演説するよ」という電話が入ったから。時間も場所もおあつらえのようなタイミング。10日後に迫った知事選の候補者の応援に来たとのこと。行ってみることにする。揃いのTシャツを着た人々が駐車場で腕を振っている(満車で困った車がうろうろしていたのに案内するわけでもない)のは、いかにも組織選挙らしい。受付で、電話番号まで記入を求められる。本来的な意味を知っているわけではないし、名称の使い方は自由だろうけど、タウンミーティングといわれると、市民主体のイメージをもってしまうので、なんだか違和感。

会場に入ると演説は始まっていた。内容を簡単に言うと、あれもしてますこれもしてます、休みは正月の1日2日を除いてとってません云々。ああ、これ内容説明にはなっていないが、政府がやることをここで説明してもらっても何も楽しくないし新しい発見皆無→政府の広報ページへ飛ぶ。あれしてるこれしてる→だって、仕事なんだもん当然でしょ、いい給料もらっているんだし。それに自分で投資して事業するわけでもないし、ノーリスクハイリターンの仕事の部類と違うか?あ、すみません無知で。休みなし→ご自由に。私が休みなしで働いても誰も興味もってくれないから発表の場があるっていいじゃん。でも、だから?

まあ、私としては、こんなわけで政治にますます興味がなくなるわけですが、大臣は、政策発表会=別名タウンミーティングが終わって1人の質問にパンフレットを示しながら答えると、会場を後にした。ここで、私の関心は壁際で会場を見張っていた知人。彼は確か警察官である。きっと護衛である。やはり、大臣が去ると同時に去った。大臣1人が移動するということは、大変なことなのだ。税金も使うのだ。もちろん国民のためにそれだけの意義があると思いたいですけど、今日の話に税金使って欲しいとは思わなかった私。
by kienlen | 2006-07-27 19:33 | その他雑感 | Comments(0)

忘れ物が多いこの頃

火曜日は夫の店の店番当番。帰宅はたいていタクシーだが、車で来ている友人でもあるお客さんがいる場合は、同乗させてもらう。今日(すでに昨日)もそういう幸運に恵まれた。その車の中で、ふと家の鍵がないことに気づいた。バッグを替えるたびに忘れ物をするから、重要な物を一切合財入れたバッグを固定して、常に持参することにしていたら、そのバッグ自体を忘れて大変な目にあったのがつい最近。2時間以上運転して到着した仕事の現場で、気づいたら免許証も財布も携帯電話もメモ帳も住所録も何もかもない。車内で飲むコーヒーとかおにぎりはしっかり用意していたのに、もっと大切なモノ一式全部忘れた。仕事では常にハンコを必要とするのだが、これも、もちろんない。試しに「ハンコ忘れたので指紋でもいいですか」と聞いたら、係の人は驚いた表情で返答しなかったから、ああダメなんだな、と判断するしかなかった。

偶然の重なりでなんとか乗り切ってからしばらくして、今度は同じ遠隔地で車のキーが行方不明になってしまった。集中力を要する仕事を終えて、疲れたなあと思いながら、車に乗ってゆっくりため息をつけるはずだったのに、キーがない。何かの間違いに決まっている。たいていはバッグの隅とかポケットから出てくるものだ、となるはずなのにない。ここまで来てこの事態。電車で帰ってなんとか鍵を手配して…とか、業者を頼んで…とかの費用を考えると、本日の仕事のためにソンという勘定。これも、仕事の前に入った喫茶店で落としていたことが判明して結果的には事なきを得たのだが、続いて今夜の鍵なし。夫の携帯にかけたら幸い、眠そうな声で出た。「ごめん、ごめん、鍵忘れたから開けておいて、1分で着くから」と連絡。連日のミスは歳のせいだろうか。でも、今よりずっと若い時に、空港にチケットを忘れて行ったりもしているから、そのせいばかりではないだろう。ほとんど忘却の中で過ごしている息子に「あなたに似てきた」と言っては「逆だろ」と言われる。今のところ、幸運に支えられて最終結果かろうじてOK状況だが、進行したら大きな損失がでるに違いない。それにしても、他の方々はこういう事態をどう乗り切っているのだろうか。自信喪失感深まるの日。
by kienlen | 2006-07-19 01:23 | その他雑感 | Comments(0)
今年もベランダにハンモッグをつるした。ここのところの連日の外出続きの間、夫がキッチンを担当していて、キッチンの横はベランダで、多分そのついでにハンモッグを出してきてつるす気になったらしい。娘が「見て見て」と教えてくれた。ハンモッグで読書するのは昔からのあこがれだったが、昔、ハンモッグをこのへんの店で見つけるのは容易ではなかった。タイでは道端でも販売しているし、赤ちゃんを寝かせるためにハンモッグはごく一般的に使われている。娘がしばらくバンコクに住んだ時にも、後で見せてもらった写真に、ハンモッグを祖母に揺らしてもらってご機嫌の写真があった。f0104169_10505752.jpg息子がバンコクで通っていた幼稚園にも、庭の木にハンモッグがあった。

家を作る時に、ハンモッグを室内につるすことができる、は重要条件のひとつだったが、各種事情で叶わなくなり、その代わり広めのベランダで使うことが可能になった。庇があるから、小雨くらいは大丈夫。最初のものは、夫がタイに帰国した時に、頼み込んで買ってきてもらったもの。彼にとっては、こんなものになぜそんなにこだわるのか分からないらしく、何度目かにやっと買ってきた。ちなみに、彼が、かさばるのにタイから運んできたのが、魚を捕るための投網だ。そして他の重要日本語単語に先駆けて「投網」は知っていた。辞書で調べたらしい。多分、タイの田舎の人にとっては重要単語なんだろう。地方の街でもアジアンショップがすっかり定着して、同時にハンモッグも随分と身近になったようだ。最初のが擦り切れたが、もうタイから買ってきてもらわずとも、簡単に入手できるようになり、これは近所のショップで購入したもの。寝つきの悪い赤ちゃんをハンモッグに入れて揺らしたら寝るんじゃないかと思うが、日本では、そういう子育て方法を聞かないな。日が陰った夕方に、本を読みながらここでウトウトできるのは大人の楽しみでもある。
by kienlen | 2006-07-15 11:18 | その他雑感 | Comments(0)

信州で読んだり書いたり、時には旅したり


by kienlen
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