カテゴリ:言葉( 68 )

夫がタイ語のキーボードを持っていることが判明したから、昨夜パソコンの方をタイ語も使えるように設定してみた。するとタイ語が優先になって日本語にするのに切り替えが必要になった。タイでインターネットカフェを利用した時がそうで、言語バーの位置なんかがそれぞれ少しずつ違うのでその都度店の人を呼んでしまった。そういうことから、ますます技術革新についていけない感覚は強まる。今朝、さっそくキーボードを交換してみた。ひらがな入力しているわけではないからキーボードに日本語なんて不要である、と簡単に考えていたが、ちょっと並びや大きさが異なるだけで使いにくくいつもの数倍もかかっての入力となる。いっそ、キーボードをふたつ取り付けられればいいのだと思って見たが穴は一個しかない。機械の側じゃなくてキーボードの方で簡単に取り替えられればいいのに、そういう作りになっていない。ちなみにタイ語を打ってみると「ดีมาก」=とってもいい。スラスラ打てたら快適だが、使うのは初めてだから、配置が全く分らず必死で探す。でも子音の四方に母音がくっつくタイ語の入力ってどうやるんだろうと思っていたけど、みんな自動じゃないか。考えてみたらそのはずで、母音によって上につくか下か右か左か固定なので当然といえばいえる。

なんだか入力練習のような気分で書く内容までたどたどしい。しかし、来年はタイ語の勉強をする環境は整った。なんといってもこういう時に便利なのは夫がタイ人であることで、一応聞けば、面倒そうにではあるが教えてくれる。それにしてもこんなことを思いついたおかげで今日は掃除をしていない。大晦日だけ実家で過ごすという息子を送り届け、ちょっとお茶だけ飲んで、今年は特に買い物もないのでプリンターのインクとフラッシュメモリーだけ購入して帰宅。夫は友だちの家でパーティーがあるからと外出している。なんとかキッチンの片付けをしたい。ここまで打ったがなかなか慣れられない。すぐにやらないとならないテープ起こし作業があるが、このキーボードでは太刀打ちできないからちょっとお休みいただこう。以上、試しうちを兼ねて。
by kienlen | 2006-12-31 14:25 | 言葉 | Comments(0)

近いと遠いの近似

もう、我ながら呆れたことがあった。タイ語の「近い」と「遠い」について。乗り合いトラックの表示を改めてみていて、これは「遠い」じゃなくて「近い」ではないかと気付いた。つまり「最低15バーツ」ということだ。あまりに恥ずかしいので直そうかと思ったが、それもさらに恥ずかしいのでそのままにする。それでタイ語を勉強し始めた当初を思い出した。なにしろ「遠い」と「近い」がすごく良く似ているのだ。この表示も
f0104169_23392029.jpg

้้้้้้้้่ล้という文字の上についている声調記号をとって最初のใをไにすると「近い」が「遠い」になる。それで、全く勘違いしていた。こんな初歩を間違えていたらどうしようもない。たぶん私は今後この間違いをすることはないと思うけど…、それにしても…。当然発音も似ている。なんで反対の意味の音が似ているのだ、と思うのはタイ人じゃないからで、ネイティブの人が、これらが似ていると意識することなんてないだろう。文字だと後で気付くことができるけど、話しているのを誤解した場合は気付きにくい。そういう事はたくさんあるのだろうと思うと、怖くなる。怖がっているとコミュニケーションそのものへの恐怖になってしまうから適当なところで考えるのをやめよう。というわけで最低の自分。
by kienlen | 2006-12-28 23:50 | 言葉 | Comments(0)
旅行中に読むつもりで買っておいた本で、途中までしか読んでなかった養老孟司『無思想の発見』を2-3日前に読み終えた。といっても、ほとんど酔っ払って眠る前に目を通したって感じだし、それ以上のコンディションで読みたいとも思わずだったから、思いついたトピックのみ。冒頭に気になる部分があった。「自分を表現する日本語は数多い」で始まり例が挙がっている。で、次なのだが「英語にかぎらずたいていの言語では、自分を表現する言葉は一つで済む」と続く。これが本当だとしたら、タイ語も日本語と一緒に特種な部類に入ることになる。確かに英語やその親戚の言語はそうなんだろうし、ちょっとかじったところでは中国語もそうだった。韓国語はどうなんだろうか。ちょっと知りたい。で、タイ語だが、これはかなりやっかいな問題。タイ人同士がどう話しているかに見習って自分でそれを使えるかというと、これまた面倒なのだ。というのは、相手との関係性によって変化するから、相手との関係を自分なりに特定できないと困る。で、それをするだけの適応力を私は今のところ持ち合わせていない気が自分でする。

その点日本語の方が、とりあえず「私」を使っておけばいいから楽じゃないかと思う。タイ語にも「私」に相当する言葉はあって、大体私はこれを使っているが、使いつつ違和感を感じる。というのは、日常生活においてタイ人達はほとんど使わないし、カジュアルな会話でこれを言うと、なんか気取った感じになってしまう。友達同士で「ワタクシはですね」と言うような。それから次の手は自分の名前を使うもの。日本でも子供が自分を「○○ねえ」と言うアレ。これは便利で違和感もないが、年齢を経ると「いいのか、今の自分の年齢でこれで…」と思ってしまう。タイ人の関係性というのは年齢とか社会的地位とかジェンダーから判断されるが、外国人って年齢も分かりにくいし、社会的地位もタイ人同士のが通用するかも疑問。で、ここんとこ利用しているのは、自分のことなのに「我々」みたいな言い方。よく英語で、ちゃんと自分の意見として言うところを「we」にして先生から注意された、というような話を聞くが、タイ語だとそんな指摘はされずにすむ。養老先生の本は、その後、自分と相手が入れ替わる現象を示して「こんな言語が他にあるかというのはほとんど愚問であろう」と書いているけど、これもタイ語では起こる、と思うのだが、私の誤解でしょうか。いや、多分、先生がタイ語を知ったら、ここまで断定しないようにも思う。これでその後の読み進め方が上の空になってしまったというのはある。
by kienlen | 2006-12-27 14:22 | 言葉 | Comments(0)
夫から何年も前に「ネット依存だ」と言われた時はバカらしく感じた。メールと本の検索と仕事で調べる程度しか使っていないからあり得ないと思った。基本的状況は今も同じだが、ううむ、依存しようと思えばできるな、というのが正直なところ。今の自分は心半分がタイにあって、日本の新聞を読んでもあまり興味を惹かれない。そもそも外出よりは在宅の方が好きな出不精タイプなので、仕事とか用事がなければ自宅で引きこもることもできそう。するとどうなるか…。タイのラジオを流して、タイ語の新聞社のページを開いてプリントアウトしてタイ語の勉強と自称。たどっていくと面白いページがたくさんある。特に興味を惹かれたのは、タイの英字紙のコラムニストだったという若いタイ人男性の書いたもの。バンコクの若者の生活の一部分がよく分る。麻薬中毒だったこと、それを克服したと思われたのに、今はその件で服役中。

感心したのは、この彼の書いた若者向けの英語のコラムを、バンコクの中学校の生徒がタイ語訳してネットで公表していることだ。中学生が書くタイ語なので実に分りやすく、その上、巨大な文字で表記してくれている。こういう授業はさぞ面白いだろうと思うし、私なんかが学ぶ教材としても最適だ。とても息子の中学でこのような授業が行われているようには見えないのは残念。この彼のコラムは、ガールフレンドの事から学校の様子からテーマがアクチュアルで、中学生がそのまま自分を投影できる内容であるから、翻訳作業も興味深くはかどるに違いない。そういえば息子に「3月までにタイ語の新聞を読めるようになるから」と言ったら「それってどのくらいの難しさ?僕が英字新聞読むくらい?」と言っていた。どう見ても引きこもりタイプではない息子よりは、こういう母の方が、この種の事なら早いぞ、と思って複雑な気持ちになっている。
by kienlen | 2006-12-23 00:02 | 言葉 | Comments(0)
f0104169_9381975.jpg
14歳以下だかの子供の数よりペットの数の方が多い、とかいう事態になっているとか聞くと、ふうん、と思うだけだが、考えてみるとウチにもペットがいた。ウサギのココアで、娘が学校で増えすぎたのを赤ちゃんの時にもらってきて1年と少しになる。私が子供の頃は田舎の家にウサギもヤギもニワトリもいたが、もちろんペットなんて感覚はなくて、ニワトリは卵を食べるためだし、ウサギは毛を売るためだし、ヤギは乳を飲むためだ。タイから来ている高校生の日本語の教科書に「ペット」という単語があって、タイ語の翻訳を見たら「飼育している動物」とあった。で試しに「○さんの家にペットはいますか」と聞いてみたら「います。牛と豚とニワトリ」と答えていた。家畜とペットってどう違うんだろう。精神的癒しと物的癒しの差異なのか。そのうちにタイ語にもペットという用語が外来語で導入されるかもしれない。
by kienlen | 2006-11-21 10:04 | 言葉 | Comments(0)
バンコクから帰って来たばかりの学生さんに「楽しかった?」と聞いたら「つらかったです」と言う。タイへ旅行してこう明快に答える人にはそんなに会ったことがない。そういえば彼は、グリーンカレーを食べて、主観的辛さに驚いて痙攣を起こしたという人だから、食べ物がつらかったのだろうか。そんなはずはないな、辛くないものはいくらでもあるんだし、辛いものが苦手なタイ人だっているんだから。で、何が?と聞いたら「英語が全然通じなくて」という答え。「言葉が通じないってほんとつらいです」。分かります、この感覚。私もほんとつらかった。食堂に行っても注文できない、露店の洋服の値段を聞いても電卓で示されないと理解できない。それに自分は旅行者という意識で住んでいたわけではないので、もっともっとみじめに感じる。

しかし、言葉が通じなくても比較的平気な人もいるのだ。身振り手振りで通じるという説もある。こういう人の方が、私みたいに、それに先の学生さんのように普段から英語で話すサークル活動なんかして言葉を信じている人よりも、もしやインターナショナルなのかもしれないと思ったりもする。そもそも私のように何か覚えるのに時間のかかるタイプが何か国語もできるようになるのは、もう無理だ。すると、全く未知でないという意味で英語圏かタイか、タイ語が通じるラオスくらいしか行ける所がないではないか。あ、それと筆談がちょっとは使える中国か。そう思うと、身振り手振りの能力を鍛えた方がいいような気もしてくる。今日は夫がタイから帰る日だ。留守はつらかった。自分の仕事だって、暇とはいえ、全くないわけでもないのに店番。昨夜はじいちゃんに留守番を頼んだのに、娘が泣きべそをかきながら何度も店に電話をよこした。「じいちゃん、7時くらいに寝ちゃったんだよ。つまんないよう、寂しいよう」と。もう歳だもの仕方ない。とにかく今夜は帰るから、と言い聞かせるしかなかった。
by kienlen | 2006-11-08 11:10 | 言葉 | Comments(0)
朝一番で打ち合わせ1件、それから別件で取材、それから全く別件で運転2時間の地へ、という予定だった。お昼を食べる時間がない可能性もあるので、おにぎりを持参する。でも結果的には朝のうちに食べてしまったが…。朝出掛けに夫に「帰宅は多分7時になる」と、つまりは夕食担当を頼んでいたら、会話を聞いていた息子が「え、1時に帰るの?!」と言ったが、面倒だから答えずに出かけた。2時間の地へ行くまでは予定通りにスケジュール消化。でもその地の仕事は予想の倍もかかってしまった。夜道になったので、いつもの山越えはやめておとなしく国道を来たら、えらく渋滞していて、帰ったら9時過ぎていた。昨夜も子供に会ってないので、食事も抜きであせりつつ着いたら、娘が「兄ちゃんがママは1時に帰るって言ってたよ」と言う。彼の誤解であるが、誤解した理由を考える時、一抹の寂しさを感じる。

私達夫婦が、ごくたまに交わす会話はタイ語であるから、今朝ももちろんそうだった。タイ語では夜の7時から夜になるようで「夜1時」が日本語の午後7時にあたる。それから8時=2時、9時=3時と続いて、夜中の12時は、専用の単語があり、そこからは深夜の時間帯になって、深夜の数え方でまた1時、2時、と数え、5時まで続く。6時から「朝6時」の数え方になり、朝7時、朝8時と続く。12時は専用の言葉があって、午後はまた、午後の数え方で1時、2時、3時ときて、4時から夕方の数え方で4時、夕方5時、夕方6時まできて、夜1時=7時に戻る。時間の表現は結構複雑で覚えるのに苦労した記憶がある。それに、ちょっと違う数え方をする人も時々いて、通訳の時は確認しないと混乱することがある。公式には24時間表現を使うが、話し言葉では先の複雑な方だ。それで、息子である。もうタイ語を忘れているので「1」という単語だけ聞き取って、日本語風に深夜の1時と誤解したに違いない。4歳まではあんなに流暢だったタイ語を維持できないのは、夫に責任があると思うが、そういう方面にも向き、不向きがあるから、彼に期待したってしょうがない。息子にあまり言うのも酷だから、間違いを訂正したのみで黙っていたら、自分でボソボソ復讐していたが、発音がなんかヘンになっていた。言葉って、子供って、残酷なんだ。
by kienlen | 2006-10-18 23:05 | 言葉 | Comments(0)
日本語教師養成の通信講座のテキスト以外読んでない日々が続いている。こんなに長い間読書から遠ざかったのは、バンコクで日本語の本が入手しにくかったり日本語より外国語を優先させたかった時以来だろうと思う。この講座は1度挫折して1年限定の延長なのでここで放棄できないのと、さすがに仕事が発生しているとなるとやらざるを得ない。理想的といえばいえる状況。まとまった時間が取れないが、昨日は比較的はかどって1冊読み終えた。テキストの最後についているテスト問題の解答をマークシートに記入して提出するしくみ。問題数は24で、52点取れば評価Cながら合格。80点以上だと評価A。これが24巻あって記述式問題を2問こなせば修了。申し込む時は覚悟したつもりだった。若い頃にいろいろ申し込んではすべて挫折した経験もあるから、通信講座でやり遂げる難しさは分かるつもりだった。テキストが届いた時はワクワクした。早速取り掛かる。面白い。これならいけるぞ、と思ったのに数回提出した後は続かなかった。提出物がマークシートとなると、それだけ片付ければいいや、という気になってしまう。テキストを読んだだけで理解できるわけがないのに、補助教材で深めようというまでの気にもなれず、小手先でやっているから、音声のあたりで分からなくなった。

その小手先は今も変わらないが、提出への意志は固くなっている。ここにきて急速に挽回してきているから、あと残9冊はなんとかなると思っている。というわけで今朝もテキストに向かっている。明治期、つまり国家統一時代に、まずは言葉からというわけで、方言を撲滅して標準語への統一を進める時に、沖縄など言葉の特色ある地域に「方言札」が登場。方言を口にした子供は教師からその札を渡されたそうだ。ここまではまだいいのだが、この子が名誉を回復できるのは、別の子が方言を発するのを見つけ出して、その札を渡してから、というところで寒気が走った。ありそう…。御札をつけるなら目視確認できるだけマシかもと思うと、ますます寒気。目に見えない御札が私らの身体にバシバシ貼られる様が見えるような…。というわけで、テストに出そうにないパラグラフでストップ状態。どうも学び方に素直さが足りないようだが、テスト提出については今年中にメドをつけたいと思っている。
by kienlen | 2006-09-24 12:06 | 言葉 | Comments(0)
バンコクで働いていた時の上司=社長はアメリカ人だった。といってもお母さんが日本人ということだし日本の駐在員生活も長かったとかで、話す分の日本語には不自由しないようだった。ただ書くことには興味ないようで、簡単なファックスでのメッセージ1枚でも「これ訳して」と頼んでいた。その社長のことで印象に残っているのは、何か新しいことを思いつくと「この仕事やりたいですか?」と持ちかけてきたことだ。これについては最後まで違和感を覚えたことを覚えている。日本の会社で上司がこういう言い方をするのだろうか、実のところ、私自身がもう何が日本的でタイ的でアメリカ的で、とかが分からなくなっているのだが、社会も人も変化しているとはいえ、あまり聞かない言い回しではあると思う。そんな事を思い出すのは、このところずっと日本語教師養成講座テキストを読んでいるからで、言葉をめぐってさまざまな思いが浮かんでくる。母語の影響、育った文化が外国語での表現方法にも影響するのは経験上からも想像上からも、当然だと思うが、それがまた逆に母語の方にも影響を与えるということもまた考えられる。

このご時勢だから周囲には海外留学や滞在の経験者がたくさんいる。もしやそのせいかと思うのが、例えば会話の中でドライブに行く話しがでた後の別れ際に「じゃ、楽しんできてね」と言われたり、朝方に別れる時に「良い1日を」と頭を下げられたりする時。日本的には「じゃ、」とか「元気でね」程度かと思っていたが多彩になっている、が、これっていかにも英語風ではないか。在住の長いタイ人の中には別れ際に「オットン・ナ」と言う人がいる。この単語はもちろん知っているが、この場面で使うのか、と、初めて聞いた時はびっくりした。ちなみにオットン=耐える、我慢する、ナ=終助詞。つまりどうやら日本人が言う「がんばってね」のようなニュアンスだ。7年間のバンコク滞在中に1度も聞いたことも使ったこともなかった自分はもぐりかも、と思ってその他のタイ人に聞いてみると「言う」という人もいるし「言わない」という人もいる。もしかしたら昔は使って今はすたれたのかもしれないし、バンコクではあまり使わないのかもしれないから確かめないと定かではないが、私的にはタイ的に感じられなくて日本語の影響説を採りたくなっている。
by kienlen | 2006-09-04 18:07 | 言葉 | Comments(0)

含意が深い言葉と行動

長いこと中断していた日本語教師養成講座の提出テストを久々に1枚仕上げた。スピードを上げないと間に合わないから、順序を追ってやるのはやめて、自分にとって抵抗のない単元から進めることにする。それで再開1回目は「社会言語学」というテキストにした。なかなか面白いのだが、ただ読んでも身につかないことは我ながら泣く泣く理解できる。でも不思議なのは、それでも何かのひっかかりというものはある。ただし、たいていはテストだとか重要ポイントに当たらない点なのが実効的ではない。このテキストの場合「含意は文化によって違うが、日本語は含意が深い言葉といえる」というあたりにうなづいた。例には、よくある「暑いですね」を、窓を閉めきった教室で言った場合、単に暑いを伝えたいんじゃなくて、窓を開けて欲しいを含意している、ってのがあがっていた。ちなみに私が窓際にいて、この含意まで到達できるかというと、怪しい。というのも、多分いつか若い頃に私は含意の病を脱しなければと、確かに思った記憶がある。だって、そもそも人によって違うんだし、育った家庭環境なんかで大きく違う、それに捉われていると病気になる。

ラッキーな事に外国人といると、含意のある言葉をなるべく使わなくなる、というか言葉に深い含意を入れなくなる。相手にも「ストレートに言ってくれ」と執拗に言ってきた。ううむ、非文学的環境であるのは悲しい…。ただし、それで日本社会に適応しにくくなるということはありそうだ。ウチの場合、私はどうでもいいけど、子供が影響を受けるかもしれないと思うが、日本の学校教育を受けている限り隠れたカリキュラムに救われている(?)に違いないから格段心配はしていない。ところで、以前、言葉だけじゃなくて行動もなんだ、と恐れ入った経験をした。

引っ越し前に住んでいた家の隣は、70代の夫婦で夫はパーキンソン氏病、妻は糖尿病やら合併症やらで、まあ結構大変そうだった。我が家の、当時まだ小さな子供を見ると元気になるということで、体調がいいと写真を撮ったりして、塀もない小さな庭先でよく交流があった。そのうちに夫は亡くなりおばあさん1人になった。気がつくと時々、我が家の庭の雑草を抜いている。私は「ちょうどいい運動になっていいんだろうな、雑草取りが好きなんだ」と思って、我が家の雑草を抜くためにかがみ込む隣のおばあさんとフツウに、(自分は)立ち話をしていた。こんな事を何かの折に友人に話したら、彼女はびっくりして「それはねえ、アンタが雑草を取らないからイヤミでやってんのよお!」と言われて、びっくり仰天であった。こんな事で驚いていては日本人失格だろうか。その後、私達の後に移り住んだその家の住民は塀を作って、その隣家を遮断した。含意を取ることによってこうなる、なんてことはないと願うところだ。
by kienlen | 2006-09-02 11:08 | 言葉 | Comments(0)

信州で読んだり書いたり、時には旅したり


by kienlen
カレンダー