カテゴリ:タイの事と料理( 145 )

唐辛子15本というレシピ

夫が書いたタイ料理のレシピの翻訳を始めた。手書きでいただいたが読めない。読んでもらいながら日本語で手書きしようとしたが、あまりに面倒。それに夫は夫で私のメモを見て「その日本語だって読めない」と文句を言う。その通りである。このまま続けても、後になって自分で自分の日本語読めない可能性もありそうだし時間の無駄もありそうだしで、パソコン入力して欲しいと言った。彼は来日前は一応ビジネスマンであったのでタイピングが苦手というわけではなかった。しかし今は全然ダメ。いかにも面倒そうにしている。しかしお願いするしかない。やるしかないことは彼自身も承知している・・・ハズ。ノロノロと取りかかる。そのうちにコックさんに「入力得意?」と聞く。そういえば彼女は高等専門学校まで出ているのであった。嬉しそうに「できますよ」と言うからやってもらった。事務仕事の方が似合いそうな人である。それを私のパソコンに送信して翻訳作業の始まり。安心だ。分からない言葉があったら辞書引けばいいし。

最初は海鮮のヤム(酸っぱい辛いサラダ)だった。貝、イカ、エビなどを唐辛子とレモン等で和える。定番タイ料理で私も大好物。玉ネギを入れて、セロリも入れて、と、順調、順調。次はソース。私も一応作ったことはあるから知らなくはない。唐辛子とニンニクとパクチーの根をつぶして入れるはず。確かにその通りなのだが、分量を見てびっくり仰天。唐辛子、しかも何種類もある中で一番辛いのを「15本」である。これってあんまりじゃないだろうか。店で作っているのなんか2本か3本である。これだと私は全く物足りないが、かといって15本はないでしょう。まあ、後で訂正すればいいやと思って次。ニンニク10粒である。ここまでくるとあんまりである。夫に電話して「唐辛子15本って何、ニンニク10粒って何」と言うと「タイ人用だった」と言う。「じゃ、私が適当に直しておくから」と言うと「唐辛子とニンニクを変えたら他も変えないと」と、いきなり几帳面になった。それにしても唐辛子15本は間違いだろうと思うが、違うんだろうか。
by kienlen | 2010-03-25 22:13 | タイの事と料理 | Comments(4)

年末の鳥料理

f0104169_21142333.jpg 憂鬱な日記を新年から書くのはやめてタイ料理の話。西暦の年末にタイ人がすることはパーティーに類することのみなので、夫の店に来る人達もいつもに増してお祭り気分となっている。29日の昼に寄った時にあったのがこの鳥の手足を揚げたもの。たいていのタイ人にとっては美味しいものだが、たまたま居合わせた女性は「食べられない」と言っていた。そういうタイ人を初めて見た。バンコクに住んでいた頃、家の前をこれを売る人がよく通っていて、それをお手伝いさんが買ってまだ小さかった息子が喜んで食べていた。今となると信じられない。今の息子がとてもじゃないが食べると思えないから。食は文化なのであると思う。

そういう思い出話をカウンターでした。「食べて、食べて、美味しいよ」と言われて、そういえば今まで一度も食べたことがないしなと思って食べてみることにした。近所の鶏肉の店でキロ200円で販売しているそうだ。それを買ってきて爪を切り落として下ごしらえしたものを店に持ち込んで揚げて貰っているわけだ。持ち込んだタイ人の観点から言うと。でもその下ごしらえが手間なのである。味だが、とっても美味しかった。今までどうして食べなかったんだろう。慣れないから。それと野菜だと何でも手を出してみたいが肉類はそうでもないから。美味しいので3つ、4つ食べた。「昔は、安く仕入れたのをキロ1000円で売りに来ている人から買った」「あの頃はまだ景気良かったもんね」みたいな思い出話をする。「喜んで食べるのは韓国人とタイ人だけ。日本人は食べないもんね」と笑いながら山盛りの鳥の手足はじきになくなった。
by kienlen | 2010-01-02 21:29 | タイの事と料理 | Comments(0)
ベトナム料理はバンコクに住んでいる時にたまに食べた。好きだったのは、レースのように透けるようにした卵で具を覆ったもので名前は知らない、写真もない。フードコートにもあったからありふれた料理なんだろうけど、味よりも繊細に美しい外見ばかり覚えている。タイからは近いので周囲の人達はビザの更新なんかで行っては「女性がきれい」「アオザイが色っぽい」「料理が旨い」「ベトナム人は本を読む、タイ人とは違う」などと高評価だった。私はなぜか行きたいという気持ちにならないまま日本に来てしまった。1度も行ったことなしに帰国したのは間違いだった。こっちから行くよりもバンコクの方がずっと近いんだから。それで、ベトナム料理であるが、有名なフォーという麺を食べたことは1度だけあったと思う。ビジネスビルの2階のレストランだったことをなぜか覚えている。誰と一緒だったのかまでは覚えていない。ただその時「人が言う割にはちっとも美味しくないじゃん」と感じたことだけは覚えている。その店だからなのか、自分の舌に合わないだけなのか分かるわけないが、つまり今日、ベトナム料理店に行ってみたらあの時の感じを思い出したのである。

開店間もないそのベトナム料理店は最近街の話題になっている。私もこの間行こうと思ったら定休日で残念だった。今日、急に友人と思い立って行ったみたのだった。その前についこの間、タイ料理を好きな友達が「これあげる」とカードをくれた。そのベトナム料理の店のカードだった。「もう行かないから」と言う。「何で」と聞くと「う~ん」と言葉に詰まっている。「とりあえずもらっておいて、次の人に渡すと最後の人が得するね」と言ってありがたくもらう。ランチタイムは大入りだった。バンコクでの麺を思い出して注文してみた。連れは豚肉ご飯。周囲の人達は美味しそうに食べている。若いスタッフは生き生きしている。でもなんだかこう情熱というか、何か足りないんである。店の雰囲気にも味にも。肝心な数パーセントが本気じゃないみたいな、そんなイメージ。まあそんなイメージを持つのは流行遅れ、というか流行も分かってない自分だけかもね、と思いながらも、カードをくれた友人の曖昧な笑みが浮かび、なるほどと妙に納得だった。言い難い、そこ。もしかしてそれが決定要因かもしれない、なんて思ったりもした。「気」みたいなものを分析できるか、みたいなことが今読んでいる本に出てくる。何だろう、不思議だな、空気感というのは。
by kienlen | 2009-12-06 22:59 | タイの事と料理 | Comments(2)

ルーズな構造という概念

注文してあった『タイ事典』という本が届いた。発行部数の少ないものはそれなりの値段。で、私が欲しいのってそういうのが多いから、それなりのことになる。でも嬉しくてパラパラとめくっていたら、たまたま「ルースなこうぞう」という項目が目に入った。これはタイ社会を表す概念として有名なものだが、その後はいろいろ批判もでたらしい、ということは知っているが、厳密にどういう批判であって、結局定説がどこにおさまっているかまでは知らない。私自身はこの論文を読んだ時に結構納得できたので、そのようなことをどこかの先生に雑談で話したら、嫌な顔されたから、そうかあ、とっくに通じなくなっている説を持ち出してはいけないのだろうか、と、学問の世界にいない自分としては引っ込んでしまったことがあって、何か気になっていた。そんなわけで目について、何が書いてあるんだろうと読んでみた。

すると、最後に「その後多くの論争があったが、この概念はタイ社会の社会文化の特徴を的確に示したと言える」とあった。つまりこの事典ではそういうとらえ方が示されてるわけだ。何か嬉しいというか、そう思ってもいいんだな、という安心感。夫から村の様子など聞いても、日本のような村社会とどうも違うなあという感じはあるし、ルースという概念はすごく当っているように思うのだ。で、それだけだと、どってことないのだが、この説を発表したエンブリーという人がなぜこの論文を発表したかというと、実は日本の村を調査していて論文を書いたことがあって、その後にタイのアメリカ大使館に赴任して、タイの個人主義が日本の集団主義とあまりに違うことにショックを受けてこの論文になったとあって、それだったらなおのこと面白いなあと感じた。で、エンブリー自身がルースさについて「将来予測を困難にし、社会統合を困難にするなどのマイナス面もあるが、変化する現状にすばやく対応するプラス面もある」としたそうだ。なるほど、現在のような変革期に何がどうなるかって意味ではひじょうに参考になると、ひとりでこっそり悦にいっている。
by kienlen | 2009-10-30 19:57 | タイの事と料理 | Comments(2)

薪がないから生で食べる

そもそもこのブログの主人公でなければいけない我が家の純粋タイ人約1名であるが、特に面白い話題を提供してくれるような人でもないのでブログタイトルとは無縁のマイペースで生活されている。もっともそれには、私自身の感受性の鈍さ,つまりあんまりいろんなことに驚かないという点が影響しているかもしれない。それでもたまにへえっと思うことがある。それは夫の生食傾向についてである。虫食も驚く人は驚くようだが、私はもう慣れてしまったし。で、生食の対象は野菜。ちなみに生魚は相変わらず食べない。刺身も鮨も基本的には食べない。タイでも日本食はかなり定着している中で、鮨を食べないというのは逆に珍しいかもしれない。

店を始めてからというもの、夫がウチの食卓に加わるということはごく少ない。だから彼が何を食べているか知らない。たまに店で彼の食事風景に出会う。タイ人だから当然「食べる?」と居合わせる私に聞く。これはまあ礼儀みたいなものである。田舎風の賄い食の方が都会風のメニューよりも私は好きなので食べる。ついこの間は魚の発酵調味料中心のナムプリックに菜花の山盛りが出てきた。菜花は生である。インゲンやらナスやらその他葉っぱ類やらも生で食べる。菜花は私も大好きだが「ちょっと湯がいてくれないかな」と言ったら「生の方が甘くて美味しい」と言いつつもそうしてくれた。でも生に未練ありの様子。前々から、いろんなものを生で食べる人だなあと思っていたのだが、今、タイ料理の本を読んでいて謎が解けた。東北地方は平野で木が少なく薪が不足するので生食が多かった、とあった。なるほどーー納得。実際、熱源を使わない料理がタイ東北地方には多い。それに西洋風のサラダのように油も使わないし、味のバリエーションも多彩で、ご飯のおかずに合うのはサラダ以上。エコ&ダイエット料理として売り出したらいいと思うが、こういうことは当事者は気付かないものらしく、賄い料理に徹しているところがどうかと思う。
by kienlen | 2009-10-24 13:38 | タイの事と料理 | Comments(0)
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バンコクに住んでいる時は、住み込みの子守兼お手伝いさんを雇っていた。彼女は学校に行けなくて文盲だった。故郷に娘を残しての出稼ぎだったので、時々その娘から手紙が届くのだが、字が読めない。友達のところに持っていって読んでもらったり夫が手伝ったりしていた。具合が悪くなって病院に行って薬をもらう。飲み方も読めないから、朝に何錠、次に何錠というのを図解しておいたこともある。だいたい銀行口座も開けないのである。よくある話で男はとっくに逃げて娘の養育は彼女ひとりの手にかかっている。住み込みだと生活費は一切かからないから工場労働なんかするよりもお金は貯まるはず。夫が銀行に連れて行って口座を作った。で、これもよくある話だが、随分とお世話になったし、いい人だったので日本旅行をプレゼントしたいと思って試みたのだが、ビザの心配に至る前に、パスポートが作れなかった。

カボチャをいくつかもらったので、夫に頼んでカボチャプリンを作ってもらった。日本のカボチャは柔らかいから難しいといいつつも、上出来で大変美味しかった。これを食べるとそのお手伝いさんを思い出す。ウチに来る前はお菓子作りの仕事をしていたということで、カボチャプリンも上手だった。カボチャの上の方を切って、スプーンで種を出す。ココナツミルクと卵を同量ずつ、それに好みの量の砂糖をよく混ぜてなめらかにして、カボチャに注ぎ込む。容量はカボチャに水を入れて計るといい。そのカボチャを丸ごと蒸し器に入れて、大きさにもよるが、40分程度蒸したら出来上がり。作り方は簡単だが、カボチャの実と中身が一体感を醸し出すように作るのは結構難しい…らしい。お手伝いさんも中身が分離して失敗したことがあったし、夫は実は今まで作りたがらなかった。多分失敗の可能性が高いからだろう。今回必要があって作って、私は何度も頼んでやっとのことで分けてもらったというだけなのだが少々脚色してみた。
by kienlen | 2009-09-28 09:12 | タイの事と料理 | Comments(0)
バジルを1本だけ植えておいた。タイ料理的にはホーリーバジルをよく使うが、どこでも売っているスイートバジル。実は毎年のように植えてみるのだが、なぜかちゃんと育たない。そこで今年はダメ元で、日当たりも今いちで条件の悪いと思われる所に植えて忘れかけていた。が、どうしたわけか、雨のせいなのかどうか、気付いたら育ってくれていた。家で作るタイ料理のお勧めをひとつ挙げろと言われたら、迷わずに挙げるのが、バジル炒めであるから、自分でも作らないことには話しにならないのだが、バジルがないとできない。山育ちとしては、こういう葉っぱを買う気にはならない。今年はやっと作れる、というわけでバジルを摘んでは作っている。3分あればできる簡単さで、美味しくて夏にはぴったり。夏休みの子ども用ランチはこれでかなり乗り切った。食べ物にうるさい息子もこれは黙々と食べる。満足である。で、バジルがますます大きくなっているので、今日の昼もこれにした。

タイ料理はサッと作れるのが多くていいなあと思う。これなんか本当に傑作だ。ニンニクと唐辛子を多めの油で炒めて豚肉とか鶏肉とかエビとかイカとか、何でもいいのだが、小さめに切って、それと玉ねぎと一緒に炒める。味付けはオイスターソースとナムプラーで好みに。私が自分で気に入っているのは味噌を入れること。肉に火が通る間に、オイスターソースと味噌とナムプラーに水を加えて混ぜ混ぜしておき、火が通ったらザッと入れて混ぜる。火を止めてから好きなだけバジルを入れると、バジルの緑が一層際立って視覚的にも食欲増進。これをご飯にぶっかけてから、半熟の目玉焼きを載せる。ただ、家で作る時は見た目よりも栄養を考えちゃうので、私の場合はあり合わせの野菜をもっと入れる。ニンジンとかキノコとかキュウリとか。子ども用には唐辛子を細かくしないて入れておくと取り出しやすいから便利。たまに欠片を食べて大騒ぎしているが、だからと言って文句は出ない。ああ、美味しかった。1本のバジルに感謝、感謝。
by kienlen | 2009-08-29 12:57 | タイの事と料理 | Comments(0)

葉っぱを食べる

どうしたところでビール日和。ちょうど娘は実家に行ったし、息子はバイトだし、夫の店に行くことにした。もっともそういう理由がなくても行くのだから、一言、いつものように、で済ますべきか。お花市で外は賑やかだったが、店はとっても静かだった。ゴーヤを炒めてもらおうと思って持参していたが、カウンターに座ったら何か出てきた。魚のナムプリック(ディップソース)、モチ米、それと葉っぱ。みんな田舎出身者だから、いろいろな葉を食べる。私も田舎出身で葉っぱは好きなので一緒になって食べる。しかもボールいっぱいの量である。茎は固くて食べられないので葉っぱだけ取って食べた。

ものすごく苦い。漢方薬みたい。何かと思ったらゴーヤの葉だった。コーヒーから始まって苦味は大好物である。ホント、タイ人といると食生活だけは、ありがたい。そこに友人が来た。葉っぱをお勧めする。「キャ、苦い」。確かに。「日本人はこれも食べないし、カボチャの葉も食べませんね」と夫。タイ人が集まるとこの話題である。ゴーヤの葉の美味しさは私も知らなかった。実を炒めてもらって葉と共に食べた。葉を食べてから実を食べると苦味を感じない。ウチにもゴーヤを植えておいたら葉っぱは勢いがいい。ウサギにやると食べるので、大きなのをちぎってやっていたが、人間を優先させよ。
by kienlen | 2009-08-12 22:57 | タイの事と料理 | Comments(0)

米文化圏内のお楽しみ

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ジャポニカ米が終わってしまって、しばらく長粒種のタイ米を食べることにした。この間のタイ旅行の際、ナムプラーとナムプリックの工場見学をしたいと言ったら、友人がなぜか米工場の役員と話をつけてくれてあって、(しかたなくと言ってはいけないが)うかがった時にもらったサンプル米があったから、私はこの機会に食べてみたかった。ところが子どもらは好まない。娘はもともと米好きじゃないからさらに食べないし、息子も「タイ米は嫌だ」と言う始末。確かに、ここまで違ったかな、と私自身がびっくりした。粘り気がここまでなくて、ここまでパサパサだったか、水死したイモ虫系みたいに、こんなに細長かったか。夫が前に米を作った時「粒が小さくて失敗」と周囲に言いふらしていたようであるが、そりゃあ、タイの米に慣れた目には日本の米って半端な大きさである。それと、その工場で扱っているのはタイ、ということはつまり世界の米市場においてでもあるが、最高級のブランド米で、香りが強い。炊き始めるととたんに、家中米の香りに包まれる。これはタイ人にとって、まあ、私にとっても好ましい香りであり、ジャスミンのような香りということで「ジャスミンライス」「香り米」などと呼ばれるのだが、嫌いな人にはたまらないかもしれない。

幸いもらってきたのは小さなパックだったのと、店で使えばいいし、周囲はタイ人だらけなので、残って困ることは全くないが、ここまで不評とは残念だった。米については、私がタイにいる時に「タイ米の方が好き」と言って、そこにいた日本人男性から「本当に美味しい米を知らないからだ」と断言された。びっくりした。米の好みなんて個人差であり慣れだと思っていたが、そうじゃなくて絶対的な基準を持つ人が多いのだということは、その後の米不足(?)からくる騒動でも明らかになったのだが。ところで写真は、その工場の品質管理部門での実験。米を持ち込む側が、ジャスミンライスだと嘘をついてないかどうかの確認作業を行なう。何かの薬品に浸けるとジャスミンライスとその他では異なる色に染まるのだそうだ。とにかく最高級の米しか扱わないというプライドにあふれた華人の会社であった。もちろん労働者はタイ人という構図はどこも同じ。ちなみに夫の故郷はジャスミンライスの産地であるが、主食はモチ米だ。こうして米ひとつにアレコレ言えるのも米文化圏の楽しさ。
by kienlen | 2009-08-04 09:17 | タイの事と料理 | Comments(0)
タイ料理については、それ専門のブログを他で書くようになってからこっちではご無沙汰。でも今月の目標を「ブログ毎日書こう」に決めたので何でもかんでも入れることにする。昨夜、この米を炊いた。
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この間タイに行った時に、バンコクの高級デパ地下で買ったもの。カラフルな米を透明な容器に入れて並べる装飾はきれいで目を引いたが「米にまで色つけるなんて悪趣味はいかにも」と思った。それでも気になる。紫やグリーンやオレンジなどの、この色は一体何だ。よく見たら染料はケミカルではなくて野菜である。これは傑作ではないだろうか。しかもみやげ用なのか何なのか、量り売りの他に小さなパックまで売っている。バッグはもう充分に重たいが、東京の友人も見たことないと言うし、キャロットで色をつけたオレンジ色のを買って来た。それを炊いたわけだった。最近、車の中でラジオを聴いている時に、「米に野菜で色をつける」という話題をやっていたから、日本でも出回っているのかもしれない。

タイ人は米が主食だが、外国人がサラダ感覚で使うには色付きは面白いかも。異文化接触が日常だからユニークな発想が生れるのかも、等々、友達と話しながらデパ地下を楽しんだ。一緒に同じものを買った友達はさっそく炊いてみて「色は落ちちゃったけど、タイ米の香が気持ち良かった」という感想だった。好きな時に夫の店でタイ米もタイ料理も食べられる当方の身分を羨ましがるのは、こういう友達でもある。で、どうなったか、であるが、色は薄まったがほんのり黄色のままだった。ただし日本米のように洗ったら落ちる。タイ米は洗わずに炊くからできるものだろうと思った。せっかくだからおかずもタイ風に。ニンニクと唐辛子を多めの油で炒め、細切れにした豚肉を入れて塩コショウをちょっとして、ピーマンなどの季節の野菜を入れて庭のミニトマトも入れてカキ油と、私の場合は味噌を少し入れて火を止める。それから庭からとってきたバジルをザッと混ぜる。タイ米にぶっかけて、半熟の目玉焼きをのっけます。バジルがスイートバジルなのでちょっと風味は少な目。タイではこの料理はホーリーバジルを使う。香りが強くて美味しい。
by kienlen | 2009-08-02 10:13 | タイの事と料理 | Comments(0)

信州で読んだり書いたり、時には旅したり


by kienlen
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