カテゴリ:タイの事と料理( 154 )

カノム・チーンのお味はいかに

昨夜は、年に2日あるかどうかのノンアルコールの日だった。そのせいかどうか、今朝の目覚めは快適で、朝食を摂る気分になってキッチンに行ったら、朝方帰宅したらしい夫がソファに寝ていた。寝ぼけ半分で「カノム・チーンがある」と言うので見たらテーブルの上にビニール袋に入った汁物があった。ビニール袋に食べ物を入れて膨らませてゴムで縛ってのお持ち帰りは、バンコクでの日常茶飯事。少なくとも表向きは、母親の手作りが家庭円満の元なんて強調される感じはなかったが、あまりに料理をしなくなったことを嘆いてか「プラスチック・マザー」と言う言葉が流布したことはあった。つまり、ビニール袋(=プラスチック袋)に惣菜を入れてテイクアウトするマザーのこと。出来合いのお惣菜といったって、バンコクではその場で好みに作ってくれる店も多いし、キッチンと料理人が路上に出ていると思えば、そんなに不思議じゃないどころか、職がない人の貴重な自営手段にもなっているので、皆が手作りしたら失業者がもっと増えるだろう。

カノム・チーンを直訳すると「中国のお菓子」という意味で、中国からの渡来品かもしれないが、ソーメンそっくりの米の麺に生のモヤシやハーブ類や高菜漬けみたいなものや菜っ葉等好みでいろいろのせて、汁をかけて混ぜて食べるもの。市場付近の露店にはまずある。麺の形状から、末永くの意味でお祝い事の時にも食べるようで、タイ人のパーティーに行くと出されることが多い。その汁で私が一番好きなのは、「ガチャイ」という、ショウガを柔らかくしたような風味の根っこを大量につぶして、魚をつぶして辛く味付けしたものだ。「ナーム・ヤー」と呼ぶが、直訳すると「薬の水」。確かにそんな味。温めていたら夫が、息子にもやればいい、と言う。「そんなに辛くないから」と。ソーメンがないからソバを茹でてありあわせの野菜を乗せて、ちょうど遊びに来た友人と食べたら、すごく辛かった。こんなものを中学生が食べられると発想するあたりがすごい。好奇心旺盛でタイ料理も好きな息子が「味みる」と言うので、ほんの少しだけかけてやったら、一口で叫び声を挙げてトイレに走って行った。
by kienlen | 2006-06-25 21:04 | タイの事と料理 | Comments(0)

子供を連れ帰るためにタイへ

お昼ごはんを食べに夫の店に行くことにした。理想的なビール日和。店に着くと、思いがけない人がカウンターでソムタムを食べていた。以前はよく店で顔を見た人。看護師は肉体労働だと言って、ただでさえ大盛りのランチを2人前食べていたのが印象に残っている。もう2年以上も見かけなかった。この間は噂だけ聞いていた。日本にいたタイ人男性と結婚したこと、男性はビザが取れたら早速帰国したとか、子供ができたとか。やっと当人に会えたので事実を聞いてみることにした。すごく元気そうな大きめの声で「8月にタイに行く」と言う。それも1年半という半端な期限まで明言。もっとも私も1年の予定で行ったのに7年になったからアテにならないが、彼女は私よりはずっと計画性があるようだし、目的もはっきりしている。それは「子供を連れ帰るために必要な期間」なのだ。情報も生活様式も画一化している日本人の話には、意外性という点で物足りなさを感じるが、彼女の話はこちらを楽しませてくれる要素に満ちていた。ざっとこんな感じだ。

自分の両親は早くに亡くなっているので、子供が生まれた時には、タイの義母に来てもらって自分は早々に仕事に復帰した。6か月になった時に義母に子供を連れ帰ってもらい、その後は夫婦で半年に1度くらい子供に会いにタイに行ったが、母にも父にもなつかない。そうして今2歳。「あの状態で連れ帰ったらまるで拉致」になってしまうので、「両親を知らないよりは父親だけでも知った方がいい」と提案して、まずは夫がしばらく前からタイ暮らし。そして自分も今回は仕事を一旦辞めて、子供を自分に慣れさせる期間として1年半を見込んでいる、ということ。先方の親族一同がねこかわいがりなので、一体自分になつくのだろうか、それに、義母や曾祖母や親族が手放す気になるだろうか、が心配事。タイでの子育てでは、同じではないが似たような経験をした私には、場面場面が今ここで展開しているようで、観劇気分でビールが進む。そんな話をしていたら、やはり看護師の日本人女性と結婚しているタイ人男性が入ってきた。家事見習い兼日本語の勉強中。生活力のある女性とタイ人男性というのは、一番相性がいいと、私は思っている。
by kienlen | 2006-06-14 16:51 | タイの事と料理 | Comments(0)

自分の好みが反映されにくい日本の外食

息子の部活のバレーの中学校生活最後の試合なので、午前中は観戦、午後はちょっとした現場仕事があった。バレーは無様な負け方で気分が良くないまま会場を出て、午後の仕事まで時間があるので友人を呼びだしてランチをとることにした。老舗のホテルの中華レストランへ。中華が好きなわけではないが、他が満席だったのだ。私の味の好みは偏っていて、とにかく辛いものが一番。タイに長居した理由もタイ料理が美味しかったことが大きいし、今この町に居られるのもタイ料理がいつでも食べられるからだ。それで、タイ料理以外の場所でも、一番辛そうなヤツを注文するのが常で、本日もそうすることにした。ただ、先日、韓国料理の店で「ピリ辛」とあったのを頼んだら、やけに甘くて閉口したので、今日は警戒して「甘くないですか?」と尋ねてみた。タイだったらこんな聞き方は絶対しない。「砂糖は入れないで」と言えばいいのだから。とにかく、具も味付けもできる限り要望を伝える。それどころか、簡易食堂なら厨房に入っていって自分で作ってしまうこともある。夫もやっていた。これだと当然、自分の好み…。私は自分では作れないが、あれこれ注文はうるさい方だ。砂糖は入れない、味の素は入れない、唐辛子は5本、マナーオ(レモン)はたくさん等々。すると作りかけで「これでいいですか?」と味見させてくれたりする。

そんなことがクセになっているので、日本のイタリアンレストランのレディースセットのデザートを、ビールかワインに替えてくれと頼んだことがある。女は甘いもの好きなんて、誰が決めたのだ。少なくとも私も友人の多くも菓子よりは酒なのに、巷ではレディースセットとくればデザート付きがほとんど。その時は、検討の余地なく断られた。ファミレスでタイ料理フェアをしていた時は、好奇心から味見に行って、ついいつもの調子で注文したら店員があっけにとられていた。それで改心して、なるべくお仕着せで我慢することにした。食事をお仕着せで良しとすると、その他全般も従順になりそうな感じ。ハイハイ仰せの通りにします、と。共謀罪?ハイハイ、教育基本法変える、ホウホウ、憲法も変える、ヘイヘイ。身近なところから自己主張ってのは、案外大切なことなんじゃないかな。
by kienlen | 2006-06-10 21:32 | タイの事と料理 | Comments(0)

タイ人にとってビザのハードルは高い

オーストラリア行きはどうなったんだ、と思って聞くと「ビザが今月中に間に合わなくて来月になる。すると飛行機代が高くなるから行くのを止めた」と夫は言う。この間、兄経由で在住者らしき人のインビテーションレターが来たり、保証人だか誰だか知らないが、生年月日なんかが、いずれも私のメールアドレスに送られてきた。いろいろやっていたらしい気配はあったが、こんなに時間がかかっているんでは、事実上拒否みたいなものなのだろうか。オーストラリアは今回初めてだが、実は、夫が日本のビザを取る時にもひと悶着あったのだった。バンコク在住時は日系企業にいて日本への出張もたまにあった。ある日、いつものようにお客さんを連れて日本へ出張のためチケットまで手配してビザを待っていたところ、拒否されたことがある。通常は翌日発行されるので、ギリギリに申し込んでも間に合うし、初めてのことではないから全くの予想外。結局日本人の社長も説明に出かけたりで、ビジネストリップはなんとかなったが、タイ国籍であることはやっかいだと思った一件だった。

次は、今回、つまり10年前に、日本での長期滞在を見込んでのビザ取得の時。大使館に問い合わせたら大変に面倒な手続き方法を教えてくれた。日本にいる私の親に手続きしてもらわなければならないのだが、書類嫌いな私などは、ざっと見ただけで「面倒だから日本行きはやめよ」と本当に思った。あの時来日を諦めていたら、経済発展中のタイで賃金が上がり、今頃は金持ちになって、、いないか。この煩雑さを大使館勤務の友人に話したら、ちょっと調べてくれたようで「そんなことしなくても結婚して子供もいるんだし大丈夫」と言われたので、普通にビザ申請した。すると、窓口で拒否。何が何だか分からない。押しの弱い自分であるが、どう考えても腑に落ちない。拒否される理由は思い浮かばない。それで珍しく食い下がってみたところ、奥の方に行ってから戻ってきてOKになった。あの時諦めていても、バンコクで金持ちになっていたかも、、なんてあり得ないか。という風に人生というのはその場その場の運に翻弄されつつ流れていくものなのだ。その後もいろいろありましたが、とはいえ、ウチなどは他の人達に比べたら問題は少ない方だろう。
by kienlen | 2006-06-10 17:42 | タイの事と料理 | Comments(0)

ブリジット・ジョーンズの日記のタイのシーン

『ブリジット・ジョーンズの日記』の続編を友人が貸してくれたDVDで昨夜観た。これ、サブタイトルが「きれそうなわたしの12か月」になっているが、観終わって、もしかして「はちきれそうなわたし…」なのかと思ってよく読み直ししてしまった。間違っていなかったけど、はちきれそう、の方が内容にあっているし、私ならそうするな。前作は映画館で観た。巷に流布している評を読む限り、太った女性が恋愛にがんばる、みたいな印象が強くて、こういうのはテーマとしては興味ない。ところが、センスのいい友人が「東京で時間があったからたまたま見たら面白かった」と言うので行こうとして、映画館を間違えて『スウィート・ノーベンバー』というアメリカ映画の方に入ってしまって、バンコクで待ち合わせのホテルを間違えてツアーに参加できなかったことがあったことを思い出したが、その時はホテルの名前が(私的には)似ていたけど、これらの映画のタイトルは(私的にも)似ていない。数字も弱いがカタカナにも弱いのだ。それで、このスイートが最悪につまらなかったことが、ブリジットと表裏のように貼り付いていて、自動的に思い出されてしまう。記憶って、こういうものなんだ。

観てみたら想像以上の面白さで、映画って楽しいなあと思ったし、元気がでた。続編はだから期待したけど、はずれなかった。特に続編にでてくるタイのシーンは、私も行ったことのある場所も登場。タイの仕事を終えての帰路、主人公が友人から預かった荷物に麻薬が入っていて空港で逮捕される、という実にありふれた事件に巻き込まれる。実際、私のバンコク在住時、イギリス人の若い女性2人の荷物から巧妙に隠された麻薬が見つかり、大きな話題になった。というのは、イギリス政府が彼女達を帰国させるように圧力をかけたからで、そうでなければ、ありふれた事件でひっそり終わっていたかもしれない。確か、無罪ではなかったはずなのに釈放され、その時、イギリスの政府は個人の旅行者も助けるのだ、と驚いたことを覚えている。映画の展開では、主人公のカレが弁護士で政府のコネを使いまくって助ける、ということになっている。あの事件の裏にも類似の事情が何かあったのだろうか。オーストラリアで麻薬の罪で有罪になって服役している日本人女性の手記を読んだことがあるが、彼女の主張は無罪であり、それなのにあまりにずさんな取調べや通訳等の状況が告発されていた。それが事実でそれでも長年放置されていたとすれば、イギリスの例と比べて、国家と個人をめぐるこの違いは何なのか、と思ってしまう。
by kienlen | 2006-06-06 12:18 | タイの事と料理 | Comments(0)

パクチーとタイ料理と注文方法

夫の店の店番は予想通り暇だった。「ミヤ(妻) フィリピン」と怪しげなタイ語を使い、「ほら、かわいいでしょ、アムロに似てない?」と携帯に入ったインドネシア女性の写真を、お願いもしていないのに見せてくれる日本人男性がパッタイを食べたのみ。売り上げ高700円。暇なのでテレビを見ていたら、希望する女性がモデルになってダイエット(希望部分を細くする)競争するという番組をやっていた。家では全くテレビを見ないのでこういうのが人気なのかどうか知らないが、珍しいから見ていた。すると、1人のトレーナーは、タイの仙人の動作とムエタイ(タイボクシング)とタイ料理でダイエットメニューを組んでいた。唐辛子を大量摂取する私の好みは、どうやらここでいうダイエット食らしい。番組ではその代表として、ソムタムが紹介された。青パパイヤを削って酸っぱく辛く合えるもの。私の大好物でもある。へー、これが紹介されるとはね、と思って見ていたら、パクチー(コリアンダー)も入れるという。何を入れようが好みだが、私の知る限りパクチーをソムタムに入れるのは聞いたことがない。夫に聞いたら「あり得ない」。この料理は、夫の故郷である東北地方の郷土料理で、彼にとっては最も親しんでいるもののひとつだ。

外国の料理が飛躍的に応用されるのはどこでも起こっているからいいのだが、面白いと思うのは、日本ではパクチーがタイ料理の象徴のようになっていることだ。店にいると「パクチーが好きだからたくさん入れて」と、通常はパクチーの入らない料理を注文して言うお客さんもいるし「パクチーが食べられない」と表明する人もいる。それが暗示するのは「だからタイ料理は食べられない」ということ。パクチーは根っこをヤム(和え物)のソースに使ったりトムヤムに入れたり、もちろん葉もよく使うが、かといって何にでも入れるというわけではない。だから嫌いでも恐れることはないし嫌なら「パクチーは入れないで」と言えばいいのだ。タイ料理の注文方法で日本の人にとって分かりにくいのは、あれは入れるな、これを入れろ、と、とにかく我儘がきく、というよりは自分の好みを伝えることからスタートするということである。これに慣れると、タイ料理でない店のお決まりのメニューが不思議に思える。夫の店ではタイスタイルそのままで「好みを言って下さい」「メニューにないものも作りますよ」としている。慣れている人は当然の反応。でも、そうでない人には、そもそも何を言っているのかも分からない。それで、ここは日本だったっけ、と気付く。
by kienlen | 2006-06-03 21:48 | タイの事と料理 | Comments(2)

あの国境は今どうなっているのだろう

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パソコンの動きが鈍くなっているなあと思っていたら、容量不足とかいうメッセージが出て、強引にやっていたらフリーズして働かなくなってしまった。来週早々に、某大学で1コマ話すことになっていて、パワーポイントにたくさんの写真やら図やらを突っ込んでいたせいだと思う。1回だけで話すとなると、あれもこれもと欲張りたくなって収集がつかなくなる経験はあるので、なるべくシンプルにしようと思うが、これを言うためにはこれを説明しないとならないし、こういう面はあると思うけど、こっちから見ればこうだし、と考え始めるとキリがなくなる。要は何を捨てるかで、慣れていることだとその判断を迅速かつ的確にできるのだろうが、慣れないことをするのはものすごく時間がかかる。このために、昔、タイにいる時に撮ったスナップ写真をたくさんスキャン(デジカメはなかった)したのでこっちにもアップしてみた。これはカンボジアとの国境で、2歳か3歳の息子同伴で遊びに行ったので、多分93か94年頃だと思う。

観光旅行というのは、ほとんどしたことがないし、何かにマニアックになるような性格ではないので、国境に興味があるからといって国境マニアにはなれないが、島国の人間だからか、どっかに行くとすれば国境に行きたくなった。夫の実家のある県はラオスとカンボジアに接していて、駅に下り立つとクメール語が聞こえてくるし、夫の母語はラオス語である。写真の国境までは確かその実家に行った時に足をのばしたのだが、ちょっとのばすのかと思ったら人の気配のない道を延々と走ることになり、実はあの時は内心覚悟をした。左側は針金の防御と「地雷」と英語とタイ語の注意書きの連続。ここで賊に襲われたところで自己責任であるが、息子はまだ生まれて間もないからかわいそう。でも、なんとか無事に国境に到着すると意外に賑わっていた。でも地雷原の中の限定された場所であることは、ちょっと見には美しい林の中のいたるところに地雷を喚起する看板があったので分かった。カンボジアとの国境は政情によって開いたり閉じたりするので、地元の人から情報を得て行った方がいい。夫がタイ人であるという事情がなければ、もしかしてなつかしい思い出になっていたかもしれない。あそこ、今はどうなっているか、は、ここにいても日常感覚的な関心事である。パソコンの容量オーバーのおかげで寄り道をしてしまった。
by kienlen | 2006-06-01 12:49 | タイの事と料理 | Comments(0)

バンコクの危険な建築物

バンコクから客人があった。私達がバンコク在住時に住んでいたタウンハウスの借主で、10年近く住んだので気分転換もあって引越しをするということ。少しでも家賃収入があるとタイへ行った時の足しになるし、私としてはタイへの短期でいいから留学が夢なので、その費用にもなるな、と思っていたので引越しは残念だが、しょうがない。懐かしい家の近所の様子を聞いて、10年の間の変化は大きいものの、決定的に秩序だった国に変身したわけではないことは分かった。タウンハウスというのは、日本でいうところの長屋のようなものだ。壁を共有しながら長々と同じタイプの住居が並ぶ。2階建てもあるし3階建てもある。一戸建てより手軽で、治安の面でも気分的には安心感を得られ(屋根から泥棒が入ったのを目撃した友人もいるのであくまで気分的)るし、1階を食堂や雑貨屋や仕立て屋にするなど商業目的にも利用しやすいので人気がある。

本日の客人によると、近所は一時建築ラッシュで眠れなかったらしい。なにしろ隣家と壁を共有しているのにもかかわらず、隣も向かいも新築、というか増築したのだそうだ。それも、向かいは4階建てで隣は3階。もともとは2階建てのもの。壁を共有する隣でガンガンやるのだから地獄だったという。そして「地震があったら倒壊ですね」と客人は自信あり気に言う。バンコクは地震がないということになっているので、私が在住時に遊びに来た友人の建築士が、建築中の建物を見て声を失っていたが、実は揺れなくてもつぶれる建物は結構あった。記憶に残っているものでは、地方都市においては外国人も泊まるしコンベンションにも使われるようなホテルが倒壊して多数の死傷者がでた。それから職場の同僚だったタイ人が買ったコンドミニアムが、だんだん傾き始めてとうとう倒れたと、すごく悩んでいた。建築主は、金を払ったら建て直すと言っていたとかで「庶民は騙されるばかり」と嘆いていた。有名人や外国人がいない限り、たいした問題にはならないのだ。過酷であるが、あそこまで徹底していると、そもそも誰かをアテにしようとか保証してもらおうという発想にならないので、潔くなる、というかならざるを得ない。
by kienlen | 2006-05-28 22:30 | タイの事と料理 | Comments(0)

オーストラリアでタイ・レストランをやるか

勤め人がいないのでカレンダーの文字色はあまり関係ない。夫の店は、盆も正月も無関係にただ日曜日だけ休んでいる。弁当を届ける必要があったので、ついでに息子のバレーの試合を観戦する。大きな大会らしく臨県からも来ていて、校名がいかにも海辺の雰囲気だったりして、それだけで異国情緒みたいなものを感じる。つまり日ごろは狭い世界に生きていることを実感。このところどうも元気がでないのは歳のせいばかりでなく、今の生活に飽きがきているのだと思う。考えてみるとずっと仕事が変わるか家族構成が変わるか引越しで住処が変わるかを繰り返してきたのに、このところ変化が少ない。子供が小さい時には手がかかったので日常そのものが変化の連続という面があったが、それも一段落した。中学3年というと、受験生ですね、と言われるし、確かにそうなのだが自分が受験するわけでもないし、見ているとイライラするので逃げ出したい。夫の店の店番がいれば、私はしばらく旅に出られるのだが、と考えていたら夫が「Sがオーストラリアに店を買ったから行くか」と言う。

Sというのは夫の実の兄だ。バンコクで夫と知り合った頃に「兄がアメリカにいるが全然帰って来ない」というから、それをアメリカに留学していたことのある友人に話したら「密入国して帰るに帰れないんじゃないの。そういう人いっぱいいるよ」と言われ、そうかなと思っていたら、突然バンコクに来たのである。それも日本人の彼女を連れて。日本人とタイ人が留学先の第三国で親しくなる例はたくさん知っている。聞けばAFSの奨学生として高校からアメリカに行き、そのまま就職して長いこと住んでいたという。専門がコンピュータだったのでバンコクの優良企業に就職したのだが、帰国子女にありがちな異文化ギャップで長く続かず「やはりアメリカに戻る」と言い残して去っていった。その前に日本で一休みのつもりが、10数年にもなったという経歴の持ち主。米国企業勤務だったので本国転勤を希望していたが叶わず、結局辞めて当面妻子を日本においてオーストラリアに、つい最近渡った。Sが自分で店をやるわけがないから投資のつもりだろうか、と夫は言うが、そう深い交流があるわけでもなくまだ不明。ただ、私にとっての関心事は、外に出る口実にはなるな、ということだ。それで今、作戦を考えている。
by kienlen | 2006-05-04 21:47 | タイの事と料理 | Comments(0)

モンゴルの遊牧と植生の講義を受けた

モンゴルの話を市内のS大学できいた。本日だけの講師は内モンゴル自治区出身で遊牧生態学が専門のN先生。とても興味深いものだった。自分が知らない分野だと何もかも新鮮で刺激になるし、疑問をはさむ知識が皆無なので、とても素直にしみこんでくる。モンゴルで遊牧と植生の関係を実験と聞き取りで調査していることから、そのデータを使いながらの説明。人が家畜を追いながら時間的、空間的に移動する遊牧という生産様式は、草原の維持に適したものであるというのが先生の主張。遊牧を続けているモンゴルに対して、内モンゴルは政策的に定住化が進められ、草原が荒廃。これが黄砂の大量発生にも貢献しているということだ。暑いと40度、寒いとマイナス50度、極端に少ない降水量で乾燥気候のため、農耕には不向きというモンゴルの自然条件で育つのと、温暖な気候でいつも水がある日本で育つのとでは生活様式だけではなくて、人間の基盤みたいなところが違って当然だろう。

モンゴルの暮らしを知らないので、思い出すのはタイで暮らしていた頃の驚きだ。家の周囲にガティンという食べられる植物を植えて生垣にした。桃栗3年柿8年ではないが、木が育つのには年月を要するという思い込みがあったので、大切に育てたいと思ったのに、それは余計なおせっかい。勝手に見る見る大きくなる。油断するとすぐに伸びるので、最初はもったいないと思ったが、とにかく常に切っていなければならない。通りかかる人が自由につまんで食べているのも、気になるどころか、もっともっとやってくれ、である。料理に頻繁に使うレモングラスを植えようとしたら隣から「そんなもの植えたら増えて困るからウチのを自由に使ってくれ」と言われた。冬がないので休息する期間もなく、自然に食糧を提供し続けてくれるのだ。豊かさとはこれか、とつくずく思った。とはいえ、自然環境に異変が起こっているのは、今日のモンゴルの話でも聞かれたが、タイでも、私が住んでいた頃にはくっきりしていた雨季と乾季の変調を一時帰国の際によく聞いた。このような変化の影響を直接受けないのが都市の暮らし。それを豊かと呼ぶことに相変わらず馴染めずにいる自分の半端さがやっかいだ。
by kienlen | 2006-05-01 23:32 | タイの事と料理 | Comments(1)

信州で読んだり書いたり、時には旅したり


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