カテゴリ:男と女( 33 )

女は男の10倍働いて評価される

新学期は子供が突然「絵の具の赤と黄色がないから買ってきて」「墨汁あると思ったら兄ちゃんが使っていたから明日困る」等の突発事案が特に増える。半径10キロ以内に店1件ない私の育った田舎の小学校には購買というのがあって、背の低い私は台に乗って購入したような記憶がかすかにあるが、今時の町中の小学校だと、親が民間企業に走らなければならない。今日もそんな日だった。自転車で出ようとしたら、駅の裏に置きっぱなしにしておいたことに気付き、車で出た。そしたらカーラジオのNHKニュースが、おおよそ以下の内容を伝えていた。肺炎で入院していた小池環境大臣が退院して早速大臣執務室に入って仕事を始めた。女は男の10倍働かないと評価されないから頑張りすぎたようだ、というコメントを出した。

短いニュースで紹介するワンやツーのフレーズのコメントは、小泉首相は例外かもしれないが、どういう文脈か分からないことを考慮した上で(つまり誤解かも)、それにしても男の10倍働くとはどういうことだろう。男が1枚の書類を仕上げる間に女は10枚。男が5分のスピーチで済ます間に女は50分。男がランチタイムを1時間取ったら女は6分。男の働きぶりを実時間で撮って、それを10倍早回しにしたら女の仕事で、女の仕事を10倍のスローモーションにしたら男の仕事ってことか?そもそも10倍という格差を平気で口にする意図は何なのだろう。それから「評価」は誰からの評価なのか。もし国民からの評価だったら、国民の1人としては、女だからって男の10倍も働いて欲しいと思わないし、量より質を求めたい。入院で医療費が伸びると、また国民健康保険料が上がるから勘弁して欲しい。もしも大臣の上司からの評価を気にしてコメントに至るなら、なんだか「頑張っているアタシを見て見て!」みたいで気色悪いが、おかげさまで数分のドライブを10倍に感じることができた。
by kienlen | 2006-04-17 22:38 | 男と女 | Comments(0)

入籍のお知らせ

郵便受けにダイレクトメール以外のハガキが届くことは稀だが、昨日はその稀な出来事があって、今、机の上には知人のTさん(男性)からのハガキが置いてある。正装の2人の写真がプリントされ、友部正人の詩が添えられた入籍のお知らせ。音信不通という関係でもないのに、誰かと入籍まで進んでいたなんて全然知らなかったのでサプライズだ。お相手はどんな人なんだろうと、純白らしいドレスに身を包み、小さなブーケらしきものを膝に載せた女性を、老眼鏡が必要になりつつある目を細めて凝視してみたが、パソコンでプリントしたらしき写真のサイズといい粗さといいい、判別できそうなできないような、故意か偶然かも分からない微妙な出来具合である。で、こんなことをしているうちに、意外な副産物を発見してしまった。それは「結婚」という言葉は不使用で、あくまで「入籍」報告であること。つい先日、別の知人(男性)と雑談中、突然起立して「実は結婚することになりまして…」と宣言するので、私は「何?結婚って。どっかで式を挙げるって意味?」と反射的に聞き返してしまったので、ハガキに向かってそういう愚問を発しなくていい配慮があるのは、さすがに(死語でなければ)文学青年のTさんだ。なお、その知人の場合も結婚=入籍を意味していた。

タイにいた時は、タクシー運転手からも「結婚しているか?」が挨拶代わりみたいなものだった。「している」と答えて終わるかと思うと、まず必ず、日本風にいうと「入籍までしているのか」と続く。タイ語ではカノジョ・カレシ・恋人・愛人・妻・夫等を同じ言葉=フェーンで言い表せるし、内縁関係が多いので、ここまで突っ込むのがクセになっているのだと思ったが、それで、自分にもそのクセが移ったのだが、日本でもこういう二段階確認がいるくらい、制度が介在する男女関係が多様化しているようだ。そうなると、欲しいのは、タイ語の「フェーン」に相当する言葉。公私も性別も超えた個人の味方の言葉だと思う。
by kienlen | 2006-04-13 14:35 | 男と女 | Comments(0)

国際結婚と性役割

日常会話はできるとはいえ、その程度の日本語の人に、ただその場にいればいい以上の用事で学校に行ってもらうと却ってやっかいなことになる。それで、洗濯物を干しながら隣のおばあさんに「夫が外国人だとみんな自分でやらなければならないから疲れます」と愚痴をこぼしたら「でも日本人の男だとお宅よりもっとやらないよ」と言われたことがある。そういえばそうだ。こういう事はその人の考え方や、仕事など外部状況によるものであって、ナニ人とかは関係ないのだということを時々忘れそうになる。でも不満があったら「ま、外国人だからしょうがないか」で済ませてしまうことができるのは、便利なことでもある。

というわけでナニ人だからどう、とはいえないが、それでも一般的な相違というものは感じる。なんといっても筆頭は日本人に強固に根付いていると思われる固定的性別役割分業意識。出産と母乳は男性には不可能だが、その他の家事育児で男という性だから苦手と信じることにどういう根拠があるのか私には分からない。あとは、子育てに関して、父親は社会性を身につけさせて、母親は包み込む愛情で、みたいな論。子育てに疲れている妻を夫は理解し支える、みたいな論。そんな精神論はどうでもいいから、直接行動あるのみだ。妻が疲れていたら夫がやればいいし、その逆もまたあり。ウチの場合のように言葉でのコミュニケーションが重要な年齢に子供が達した場合には、私が対応すると覚悟するしかない状況では、役割分担を性別で線引きしたら自分が苦しくなるだけだ。
by kienlen | 2006-04-02 22:24 | 男と女 | Comments(1)

信州で読んだり書いたり、時には旅したり


by kienlen
プロフィールを見る