カテゴリ:男と女( 33 )

夫婦の間と言葉の問題

昨日、いつものように孤独に煮詰まっていたら、携帯に電話が入った。知らない番号。出ると、自分の名前を名乗らず私の名前を確認する。で、いきないり用件を話し始めるからさえぎって「どうしてお知りになったんですか」と聞いたら「市の国際室に聞いたら教えてくれた」と言う。ここでは冬季オリンピック開催の時に国際化だとか外国人支援が盛んだった。市でも緊急時の通訳とかいって1回か2回会合をもっていた。それから10年、何もないのにデータは生きているんだと負の方向に感心。そしてこんな応用も勝手にしちゃうわけなのだ。しかも当人の了承なしに。以上は私の胸の内。結局、相手の男性の用件というのは「このまま飲み続けたらあと3か月で死ぬって医者から言われているのに妻(タイ人)は平然としている。意味が分かっていないようだから通訳してくれ」ということ。アルコールは自分の意思だけでやめられないから中毒になるのであって、私だって心当たり大有りなので自信をもって「だって、そう簡単にやめられないでしょう。特に配偶者にやめろって言われてやめる人ってそういないんじゃないですかあ」と私。相手はまじめそうに悩んでいるようだ。

悩みが深いのは充分想像できる。パートナーが酒に溺れていたら苦しいだろう。でも、これが言葉の問題とはとても思えない。私は通訳というものについて、日頃から考えていることを伝えた。「通訳が通訳という立場でそこにいるってことが保障されていないとうまくいきません。例えば医者との間で医療通訳、これはありですよね。司法なら司法、工場とか職場もあり。でもね、今私がお宅に行ったとして、奥さんにしたら、この人誰よ、ってことになる可能性大きいです。特に夫婦の間の感情的な事は私には訳せません。逆に彼女をさらに怒らせて信頼関係失うかも」と、まあ、こんな内容。しかし、人はこういう時、話したいのだ。だから聞くのは構わない。結構な長話になった。心当たりの相談機関や外郭団体でもタイ人の相談担当者がいるので紹介しておく。日本人同士だってこういう悩みを抱えている人はわんさかいるだろう。言葉の問題だと思えるって、ある意味ラッキーかもしれない。しかしそんな自分への言い訳で時間稼ぎしている間に事態はここまで進行したってことでもある。「そっちの機関をあたってみた方がいいでしょう。で、通訳つけて欲しいって言ってみて下さい。私の方は話を聞くだけなら大丈夫ですから電話はいつでもどうぞ」と言って切った。これ以外の対処の方法を思いつかないでいる。
by kienlen | 2006-11-07 08:29 | 男と女 | Comments(0)

掃除機の音が父を驚かせた

まだベットでぐずぐずしている時間に、父が野菜を持って立ち寄った。ついでに、チューリップが増えすぎたから数個ウチの狭い庭に植えたい、というから、勝手にやってくれと言った。私の方も起きぬけのコーヒーに誘った。その時に2階で掃除機をかける音がした。父が驚いた様子で「誰かいるのか」と言うから「K(夫の名前)だよ」と言ったら「よくやってくれるなあ」と言う。「よくやるなあ」だったら気にならないが「やってくれる」となると、まるで私のためにやってくれるようなニュアンスでやりすごせない。「だって生活費は私が出しているんだし、当然でしょ」と言ってから、これじゃ従来の関係を逆転させているだけで、下手すると「誰の稼ぎで食ってるんだあ」と殴る蹴るに発展しそうなんで取り消し。「というのは、冗談で、できる方がやるのは当然でしょ」と言っておく。実際、これが我が家の実態。父は無言。男として同情はする、でも娘に苦労さしたくない、という複雑な父親心理、というほどおおげさなものではないと思うが、たかが掃除機の音でこういう反応があるのは面白かった。

私は、日本で結婚する人が減っている大きな要因は、よく言われるように女性の社会進出だの経済力だのじゃなくて、男性が家事の責任を平等に負わないからだと、かなり固く信じている。「男は手がかかる」と言う女性は多いし、だから結婚というハードルが高くなる。手がかからないどころか、負担が半分になるんなら、少なくとも、その負担を「負担」と感じる人にとっての障害が減るはずだ。ちなみに負担なんて言葉を使うのもおぞましいお世話好きの人は、そういう事で悩まないんだろうからいいんだけど、私は極端に苦手なので、どうしてもこういう事が気になってしまう。よく、男性に結婚する理由がなくなったのも、コンビニがあって料理をしてもらう必要がないから、なんてことが言われるが、一体、たかが自分が食べるご飯を作るのにどのくらいの手間がいるんだろう。こんな事で考え込む自分もバカバカしいが、考えてしまう場面が今だに多いものだから、ついこんなことになってしまう。
by kienlen | 2006-10-28 18:42 | 男と女 | Comments(0)

まか不思議な男の世界の話で過飲

昨夜はタイワインを飲みすぎた。朦朧としながら日記を書いて、何を書いたか忘れていたので、朝になってチェックするまで、とんでもないことを書いているのではないかと不安だった。そこまで飲むつもりはなかったのだ。このところ、子供達の食欲倍増で、おかずをすっかり食べつくされてしまうことがある。昨夜もそうだった。いろいろ入れない酸味の効いたフレンチドレッシングのキャベツサラダを息子が食べたがるので超山盛りに作って、残るとやだなあと思っていたら、ほとんど1人で食べてしまって娘が泣いていたから、キャベツを追加。簡単だからいいけど、ついでに、肉は好きじゃないはずだった娘だが、肉料理も息子の方が多いと泣いた。ああ、面倒な食い盛りの子供の食欲だ、というわけで、私は夫の店にご飯を食べに行った。避難の意味もある。

ヘチマのスープがあるというので食べた。友達も来たから一緒で、ちょっと飲もうと思ってワインを開けた。辛い料理だとワインが合う。友達が帰ろうとして、私もそろそろ帰ろうかと思ったところに、久々に見る別の友達が来た。彼はすでに酔っているようだったが、生ビールを注文して「ビールをつまみにワインを飲む」と言って、私が開けたのを飲んだ後に追加でもう1本注文。それを一緒に飲みながら話していた。教師をしているから、私のような非教育的な者にとっては、話がことごとく異文化で面白い。さらに「男はねえ」というところが、ホウホウ、という感じ。彼の論からすると、少なくとも私が縁あった男性はどうも男でないように感じられるが、あるいは本性を隠していたのだろうか。ほんと、男の世界ってそんなに大変なんだあ。父とも祖父とも同居していたし弟もいるし夫もいるし息子もいるし、男友達も結構いたけど、今の今まで気付かないことだらけだったのだ、ということに気付いたが、彼の話の信憑性については不明。そんなわけで予定外に飲みすぎたのだった。
by kienlen | 2006-10-14 11:37 | 男と女 | Comments(0)

男も期待するスーパーウーマン像

今時のレイアウトだと、机に向かうということは自動的にパソコンに向かうという姿勢になる。それでついよそ見する。地方新聞のHPを見たら、どうやら一昨日のものらしいが「家庭と仕事の両立、男も期待」というタイトルの記事があった。驚くべきタイトルだ。「はい、皆さんこのタイトルから挿絵を描いてみましょう」と美術教師に言われた生徒になってみることにする。仕事と家庭に忙しい女、その脇で「大変そうだねえ、手伝うよ」という優し気な態度の男。これしか浮かばないイメージ貧困な生徒である私は、隣や前や後の机を覗き込むことにする。すると中には、男と女が両方とも仕事をやって家庭をやって両者疲労感漂うの図を描いている人もいる。でも、だったらタイトルを変更したくなる。例えば「家庭と仕事の両立、男も悩み」。これが正直じゃないだろうか。原題の「男も期待」の表現の裏には「女も期待」が含意されているはずだ。確か日本語教育的にはそうなるって助詞「も」の解説に書いてあったぞ。まさか飼い犬が期待とか、野良猫が期待を前提にできないんだし。

ということで、女がこの両立という事態に期待できるということは、男が女と全く平等に家庭を担うということで、ということは、女が悩んできたその過程をすっ飛ばして、いきなり男は期待しちゃうってのは、どういう論理あるいは、感情なんだろう、というのが単純な疑問である。こういう不思議な事にひっかかると勉強がはかどらない。もちろん記事の内容もタイトルから期待できる流れであり、余計に一読者を混乱させる。乱暴にまとめると、最新の調査結果から、固定的性別役割分担意識が薄れて、女も男も、女の家庭と仕事の両立を望む人が増加している、ということだ。私が記事をチェックするデスクだったらこう言うな。「この調査についてよく調べること。女にしか焦点がなくてどうしてこんな結論が導き出せるのか。男の家事はどこにいったのか。調査が両性のバランスを取ったものであるなら記事にも反映させること。そうでないなら、調査の不備をこっそり行間に漂わせること。だいたいこんな安易な発表記事書いているから調査公害だ、マスコミもその責任があるって言われんのよ、はい、書き直し!」。まあ、でもそれは時間もないし締め切りだし大変だし、タイトル変更。「女の家庭と仕事の両立、男は期待」。
by kienlen | 2006-09-24 14:00 | 男と女 | Comments(3)

通路の展示と議会答弁

新聞を読みに県庁に行った。ホールを通りがかったら、小中学生の習字と書き取りの展示をしていた。通路なので歩きながらの視界に入る。芸術的な字には人を惹きつける力があるのだなあ、と感心しつつ、奇妙な事に気づいた。名前を見る限り女の子ばかりなのだ。確認のためよくよく見たがすべて男とは思えない名前。こうなると作品のパワーよりも性別が気になってしまう。パネルに足をつけて作品が背中合わせになるようなスタイルで展示されているから、片側は女の子で一方は男の子なんだろうか、男女席を同じくせずの発想に逆戻りの動きも一部にもあるしな最近は、と思って反対側に回ってみたが、やはり女用の名前の方が多く、結局全17作品の内、男子と思しきのは2点のみ。それも、素人判断的には、もしかして女子完全独占を避けるために、しょうがなく入れたんじゃないかという印象さえ与えかねない出来に見えなくもない。だからといって、女子は男子より字が上手と言い切るのは科学的でないことくらいは分かる。応募者の性別が偏っていた可能性だってあるし、男子はその間外遊びに興じていたのかもしれない。しかし、それにしても差は大きい。

新聞のある県民室に入ると、大型スクリーンに県議会の様子がライブ放映されていた。新知事が初めて召集したものだ。映っているのは正副議長始め議会に出るだけの地位の職員と記録係。記録係を除いては全員男ばかり。議員には女性が少しいるが、私が新聞を読む間に女性は1人も登場せず、ただただ男性のみが原稿を棒読みしている、それもうつむいて。顔を上げてもらっても魅力的には見えないが、ここまで棒読みだったら誰でもいいじゃないかと思うし、こういうところからロボットを導入して人件費を節約すればいいのに。「魅力的な学校…」「個性的な…」こんな言葉を入れるなら少しは魅力や個性を追求した上でお願いします。私には、そういう文字の羅列に沿って発声しているな、くらいしか感じる能力がない。いや、もしやこれは男性社会の暗号かもしれない、陰謀かもしれない、こっそり特殊な言語体系を作り上げているのかもしれない…、妄想は膨らむ。あんなにパワーのある字を書く女子達が、陰謀に満ちた暗号解きに虚しく時間を浪費することのなきことを願いつつ県民室を後にした。
by kienlen | 2006-09-13 19:31 | 男と女 | Comments(0)

それにしてもひどすぎる

都市内分権推進のための刷り物は、見れば見るほどアラだらけである。悪文+センス悪いイラスト+ヘンな漫画。アラを全部洗い出したら膨大になるので次の一点をご紹介。つまり、今までは各地域平等に扱ってきたが、今後は地域の個性を生かす仕組み作りが必要だから、都市内分権を、と言いたいようだ。それで「個性」のイラストがあるのだが、これがいかにも没個性。だって、①男性が鍬をしょって山への図。②女性が頬かぶりしてりんご摘みの図。③男性がネクタイと背広でオフィスビルらしきものの前に立つの図。④女性が子供と一緒に住宅地らしき場所に立つの図。その真ん中に燦然と輝く「個性」!!

従来の男女感そのままなのだから、堂々と「個性」なんていうタイトルをつけずに、正々堂々と「従来だけど粉飾してみたい」にすればいいのだ。次のページには漫画がある。流れとしては、女が「困ったわ」的発言→男が「こうしよう」的発言→男も女も「はい、良かったね」的発言。そしてこの文書の中には、要約するとこういう下りがある。地区では各団体が個別に活動していたのを、より的確に要望に応じるためにネットワークすべき、と。行政用語的に翻訳すると、縦割りから横割りへってこと。これをなぜ地域のみに適用するのだろうか。確か行政には「男女共同参画」なんて用語もあったはずだ。こんなステレオタイプのイラストや漫画は横割りしたら問題丸見えって感じがするのだが、都合の悪いところは目を閉じているようだ。目を閉じるだけならご自由に、だが、私共末端の住民に責任転嫁しないでいただきたい。
by kienlen | 2006-07-06 01:14 | 男と女 | Comments(0)

自分の好みと相手の好み

先日の娘の音楽会の日、彼女の祖父母、私からすると父母に会場で会った。学校のすぐ近くに弟の家があって、その家は二世帯住宅になっていて、どうやらその日はそこに泊まる様子。音楽会は午前中で終わり。「寄ってお昼でも食べてく?」と母に言われた。毎度言われるが毎度断っている。母とは相性が多分よくないのだろう。一緒にいると落ち着かない。しかし、さすがにもう共有する課題が何もない中で、喧嘩するエネルギーもネタもないし、ちょうど昼食の場所を思案していたところなので、珍しく寄ることにした。あり合わせの簡単な食事の後、母がお茶を淹れようとした。ヤカンの前で沸騰を待つ母に向かって、父が「そんなに熱くするなよ」と言う。「だって一旦は沸かさないと」と母。私が彼らと同居していたのは中学までなのに、このシーンは何度も目にしている。ということは、30年以上も同じことを繰り返しているということ!

父は猫舌で熱いのが苦手。母は熱いのが好き。ここでバトルに…なるわけない。父は、相手を従わせようというタイプでもないし、お茶など自分で淹れる。母も、あの時代の女の標準として、男をたてると口では言いながら、実行できるタイプではない。味の好みは今も異なるようだが、それぞれが作るので、どっちかが一方的に我慢するということはない。こんな当然のことを、たかだかお茶で思い出したのは、30代後半の独身男性のある強烈なひと言が今だに忘れられないから。結婚生活についての質問として、彼はこう聞いた。しかもごくマジメに。「味噌汁の味付けの好みが(夫婦で)違ったら困らないですか」と。心優しい彼は、多分妻になる人に自分の好みを押し付けるのはいけない、と分かっているのだろうが、そこから先が分かっていないのだ。「自分で好きな味に作ればいいでしょ」と言ったら、驚いていた。ここで驚く人がいるのだということが驚きだ。そんなんで結婚をためらうならもったいないことだ。
by kienlen | 2006-07-02 19:08 | 男と女 | Comments(0)

香山リカの講演会は定員いっぱい

今月の23日から29日は「男女共同参画週間」ということで、市の男女共同参画センターがイベントを主催する。目玉が名の知れた人の講演会で、前後に市民参加も含めたワークショップを行うという構成。今年の名の知れた人は、香山リカ。定員は300人。市の広報誌の裏表紙に、顔写真入りで掲載されているので目立つ。当地方都市では、ここにきて中央では発生しているというバックラッシュもないようで、平和である。もっとも、ゆり戻されるほど遠くに行ってないから起こりようがないと言ったほうが正確だろうけど。広報掲載のスケジュールを見ても「楽しもう子育て」「元気な女性」「女性が輝く」「私らしさ」「自分らしさ」「あなたらしさ」という、この類の安全確認済みの行政用語ばかりがてんこ盛り状態。空虚をまるめて衣を二重にした天ぷらみたいだ、と言ったら、技がいる調理人さんに失礼ですね。

それにしても、元気で自分らしく私らしく輝く、って、疲れそう。降板したい。といってはいけない、社会変革のためには闘いは必要なのだ、というには、ここに並ぶ天ぷら語は食欲を刺激しないどころか、食べたら空虚の充満で腹部破裂の不安あり。でも私は香山リカが好きなので、講演に行きたくて申し込みの電話をさっきした。すると「好評でずっと前に定員いっぱいになりました」ということだった。人が大量にいないから、行列ができたり定員オーバーしないのが地方のメリットだけど、集客力のある人はあるのだ。彼女はどういう層に人気があるのだろう。私は数冊の本や雑誌の連載とか単発ものでしか知らない。会場に入れないとしても、当日は聴講者の様子を見に会場に行ってみようか、とも思っている。
by kienlen | 2006-06-20 11:53 | 男と女 | Comments(0)

パキスタン人を夫にもつ友人が来た

朝風呂に入っている時に友人から電話があった。付近にいるというから、寄るように誘ったら、服を着たとたんにチャイムが鳴った。1年以上ぶりかと思う。彼女の夫Mさんはパキスタン人で、中古車販売業をしている。エスニックビジネスには棲み分けがあって、パキスタンの人は車関係が多いのは知られている。どうやら事業は順調のようで、中古の家を買ったということ。自分にとっては馴染みのないパキスタンの事を、この友人とMさんを通じて聞くことができるのは面白い。特に感動するのは、長男の責任の重さである。長男であるMさんは、家族を養うために仕送りし、妹達の結婚相手探しに奔走し、家族に問題があれば駆けつける。家族員が多いから、心配の種は尽きない。実質的には一家の柱でありながら、親への尊敬の念は変わらない。女性には優しく、男性は女性を養わなければいけないから、責任感が強い働き者である。パキスタン男性と結婚する日本人女性が多いのはこのためなのかと感じ入ってしまった。

「もし自分に女の子がいたら絶対日本では育てない。あんな格好してけしからん」なのだし、「子供が親に逆らうなんていけない」のである。ひ弱になった日本男児とタイの男に聞かせたい、と思う人は、きっとたくさんいそうで、私などが独占インタビューしてしまうのはもったいないし、価値がない。自信をもってこう言い切り実行するMさんが年配者であれば驚かないが、まだ30代の前半。Mさんが特別かと思ったが、程度の差こそあれ、長男の責任は共通しているらしい。日本でもタイでもこういう価値観が基底を流れていることは分かるが、保存性と表出性で突出しているように感じられる。タイではよく「男は象の前足、女は後足」という諺が引用されて、そして「でも今は逆です、アハハ」となる。そんな諺があったわけ?と言いたくなったタイ暮らしの実感で、タイ男性と暮らす実感。
by kienlen | 2006-06-13 16:21 | 男と女 | Comments(2)

成婚数の水増しと理想のカップル像

朝から1人になった。週末は家族でドライブ、なんて習慣もないし、各人が勝手に自分の行動をとる中にあって、勝手に行動するには小さすぎ、習い事もしていない娘は最も不利な立場になるから、いつも「退屈だよー」と言っているが、少し成長したらしく「毎週おじいちゃんちに行く」と言い出して昨日から行ってしまった。息子は朝から出かけた。昼食に一旦帰宅すると言っていたが突然の豪雨で無理だろう。夫も「オーストラリア行きはのびそう。ビザを取るのに時間がかかっている」と言い残して朝からどこかに出かけた。「タイ人じゃあ、ビザおりないんじゃないの」と言ってみたが相変わらず反応なし。子供が小さくてどっちかが世話をする必要があった時は、その役をどっちにするかで常に調整し合わなければならなかったが、このところ、親としての物理的役割が減っているため夫婦の会話というのは1日皆無か、本日のように1人当り1~2文というところ。何か共通の話題があると会話のきっかけもあるのだろうが、ない。世間を知らないから世間話はないし、興味のありようも多分全然違うようだ。もっとも彼が何に興味をもっているかも知らないが。

これでは「タイ人と暮らすナントカ」とかいっても、それだけの生活実態がないのだから誇大タイトルだ。国際結婚カップル自らの『ダーリンは○○人』というシリーズがあるが、書けるだけのネタを提供してくれる人と暮らしたら面白いだろうと、羨ましく思う。ところで、結婚情報サービス会社が成婚数を偽った誇大広告で排除命令を受けたと報道されていた。法律ではそうかもしれないが、そんなに重要な問題なのだろうか。この業界の広告は文章量が多いので私もたまに全面広告を読む。「苦しみは半分、喜びは倍に」みたいな言葉が踊っている。受ける印象としては、夫婦というのはコミュニケーションを取り合って手に手を取り合って人生を楽しみ、荒波を乗り切る、みたいな感じ。成婚数を大きく言うより、こっちの方が誇大妄想広告で有害じゃないかと思うが、数字以外を測るのも難しいし、結婚してみたら広告と違ったといっても、個人差という壁に仕切られることだろう。それとも実際にこういう夫婦は多いのだろうか。きっと不幸なのはこれを信じて結婚して、さらにその後も大幅調整しないで信じ続けることだろう。私の基準は、ジャマにならない人なので、こういう人が面白いネタを提供してくれるわけない。
by kienlen | 2006-05-20 15:41 | 男と女 | Comments(0)

信州で読んだり書いたり、時には旅したり


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