カテゴリ:男と女( 33 )

結婚

明日は重要な仕事が入っていた。声がでないとどうしようもないものだ。初日はこんなに長引くと思わなかったので心配していなかったがだんだん心配になってきた。今日は声が出るようになったものの、何か音が出るというだけでしかない。こうしていると、音から言葉への流れは興味深い。明日になって画期的に改善するとは思えないのが確実になった夕方、先方の営業時間のギリギリになって事情説明をFaxし、判断を任せることにした。延期の返事があり、ほっとしてワインを開けたところに友だちから電話があった。この声を聞くと恐れをなして切る人ばかりなのに、彼は勇敢だった。つまりそれだけ深刻とも言える。話題はただひとつ、結婚。

私は孤独感が強いので、相手がどこの誰でどうのこうのというよりも、とりあえず一緒にいてくれればいいや、という感じできたように思う。もっとも食べ物の好き嫌いが激しいとか狭量だとか潔癖症というのはだめだけど。もっともそういう人に自分が好かれるはずないけど。彼は、芸術的センスがあって、話ができて、と要望がある。「夫婦で話なんかしなくたっていいじゃない」と言うと「×さんはいいだろうけど、そうはいかない」と言われて、後からちょっと考えてしまった。実は自分だって、一緒に飲み食いしながら共通の話題で話が弾むような夫婦関係へのあこがれはあった。でも、そういう関係を求めるなら、それに向かった不断の努力が必要だろうということも今なら分かる。夫婦関係にそこまでのエネルギーを割くのを放棄した結果が今だ。というか、相手が外国人だとまたちょっと事情が違うかも。おいおい考察してみたい。

by kienlen | 2015-12-04 22:20 | 男と女 | Comments(0)

相性とは

夫がちょっと帰省するというので「写真撮ってきて」と言ってしまった。タイの写真が欲しい、新しいのが足りないと日ごろから思っているからそんなことを言ってしまったのだが、バカげている。自分がバンコクにいた頃、日本に一時帰省するのに日本らしい写真でも撮ってタイ人に見せようかなと意気込んだことがあるが、日本の風景を新鮮に感じるわけじゃないし気合が入らない。一応その気があってさえこれなんだから、はなからそんなことに興味がない夫に頼んだところで意味がないことは、さすがに分かるはずなのに相変らず懲りない自分である。すると夫も「写真は好きじゃない」と言った。今までだと一応返事はしてやらないというパターンだったのでびっくり。「嫌なことは嫌って言ってくれ」と口を酸っぱくして言ってきたくせに、はっきり嫌と言われるのって嫌なもんであるな、と感じるのだから勝手なもんである。我ながら笑えた。

この間、男女の仲を仲介している関係の方と話していて、今の適齢期って自分の子供年代だから相手に求めるものなんかも変化しているのかなと思っていたけど、なんか相変らずな印象を受けた。女は若い方がよくて男は安定した職業と高い学歴と頼りがいとか。結婚を継続させる要因って何だろうか。昔は多分、社会規範だったんじゃないかな。離婚は良くないという。それ亡き後は何か。ま、単純な要因でもないだろうけど、何かすっきりできる理論なんかがあったら、これから結婚しようという人の参考になるだろうし、単純に知りたい気もする。何かあるように思うのだ。ケミストリーでしょうか。いや、もともとそれを重要視する人にとってはそうかもしれないが、何より物理面という場合だったらそっちを取るだろうから、理論化は無理ってことか。類型化してみるといいか。山田先生あたりの研究であるのかな。そこまで調べている時間ないけど、今になって夫とはもしかして何ひとつ共有していないんじゃないかと感じることが増えると、面白いなと思うことが増えた。砦は料理の好み。同じものを食べられる人なら誰でもいいかも…に傾いているこの頃。それと煩わしくない人。2点だな。
by kienlen | 2013-09-09 12:00 | 男と女 | Comments(0)

春に向けていい話し

この間友人とランチしながら話した。普段、そう会う機会のない人。ちょうどそちら方面に仕事があったので電話した。「話しがあるのよ」と深刻そうに言うから、いつものように事業の話しかと思った。仕事がなくなってきて困っているという話しを予想していたら全然違った。始まりはいつものごとくだった。「あなた何歳だっけ」「シワ少ないわね」「お化粧していじったりしないから逆にいいのかしら」みたいな。私が「年とればシワはできるの。先延ばししてもしれてる。それが何よ」と言うのもいつもと同じ。だいたい同じ人が言うことなんて限られているのだ。人間、個人レベルでそうそう進歩しているわけじゃない。で、「友達が亡くなってね、考えちゃった。ここで死んだら、自分の人生何だったんだろうって。仕事ばっかりで他のこと何もしてこなかった」と言う。これはいつもと違う言い方。「そうなの。だったらやりたいことすればいいのに」と私。それしか言えない。すると、それでね…という話しになった。

それで何をしたかというとジムに通うようになったそうだ。体を使って踊るのが楽しいという。そうだよ、人間身体なんだから。「楽しいでしょうね」と私。で、もっと楽しいのが若いカッコいい男の講師を見るのが楽しいというのだった。いやあ、それは楽しいでしょうね。でもびっくりなのが、そういう自分がまずいのではないかと言うのである。私はどうも感情を抑圧するということが好きではない。感情というのは、何か自然物のように感じる。ただ、その感情をどう処理するかだけが問題じゃないだろうか。その際には環境が影響するだろうから「でも、子どもは独立しているんだし、ここであなたが誰かを好きになって、その悪影響って特にないでしょ。きれいになるし、生きがいができるし、いいじゃない」と言うと、ほわほわしっぱなし。不景気な話しより、もう呆れてモノも言いたくない意味不明な政治の話しよりずっといいや。しかし、ビジネスって、見えない部分の感情をどう惹き付けるかなんだろうなあ。こういう話しって個人レベルというよりも、人物特定できないほど一般的で、それが面白かった。かといってジムに行く気にはなれない自分。そのうちに。
by kienlen | 2012-02-13 07:28 | 男と女 | Comments(0)

男が出るか女が出るか

タイ人の知り合いと話した昨日のこと。彼女は日本人男性との結婚で日本に来て16年。文化の違いが大きい、というので大きな違いが何かを聞くと、ああ、やっぱり…。「日本って女が男の家に入るんですね」ということがびっくりだったそうだ。彼女が諸事情から結婚しようと思った時に、自分の方が夫候補の日本人男性よりも仕事上の地位が高かった。よって当然男が自分の元に来る、という発想だったそうだ。それなのに、周囲の日本人からは、女である自分が日本に行くのだ、という目で見られ、予期せずに日本に来ることになった、そうだ。女が家を出るという考えと、男が出るというのでは相当違って、今は子どもも減っているし、多様化しているらしいようにも聞くが、やはり短期間で根こそぎ考えが変わるはずはない。男は家を継ぎ、女は嫁ぐ、こういう考えが内在化されているように見える。この点、タイはやっぱり違うと思う。

この間、韓国人と話していた時はまた面白かった。知識としては知っていたが、男女別姓の話。とにかく「儒教の国だからね」という発言はその友人からよく聞かれるのだが、この時も、だから結婚して男の家に入っても女の名字は変わらない。そして子どもは父の名字。女はあくまでよそ者。韓国のことは知らないが、こう聞くと、それはそれで女ががんばっちゃうんだろうなあというイメージが浮かぶ。家族の中で自分だけよそ者だとすれば、自分の拠り所をどっかに見出そうとするんじゃないだろうか、とか。日本人の女性ってそういう所から見たら羨ましがられるんではないだろうか。財布を握るなんてことは、タイでもびっくりされたことがあったな。私は握ってないし、握るほどの財布もないんだが。ま、相手はタイ人ですし。守られている感があるっていいんだろうなあ、羨ましいなあ。年を取るにつれそういう感が強まる。子どもらに「タイ人との結婚は止めた方がいいよ」と言う親になっていたりして。でも父親が「日本人も止めた方がいい」と言ったらどうなるんだろう。
by kienlen | 2011-06-02 09:41 | 男と女 | Comments(0)
11月も早々に1日あき。昨日はランチに3年か4年ぶりになる友人らと大変楽しいタイ料理の食事をしてから、ちょっとした営業活動をしようと思っていたのに、カウンターにいていつものようにビールを飲んでいたいつものタイ人から「飲もうよ~」と言われ、お付き合い。わざわざ家に車を置いて自転車にしている自分だから、こういう事態をどっかで想定していたに違いない。結局夜までダラダラ飲み続け。午前中は嫌な思いをした仕事先に請求書と領収書を持参し「こんな金、払っちまうか」と言うのを待って「そーですよ、その方が後引かなくていいですよ」と応じ、即帰ろうとしたら「まあ、お茶でも飲んでけ」と言われ、話は弾まずやったことのないお見合いってこうかしら、なんて陳腐な思いで1杯いただき退散。なんかすっきりしないこの気分を洗い流そうと温泉へ行ってからランチに来たので、湯上がりのビールを昼間から、ということになる。

夜も友達が何人か来た。NHKで話題のドラマとかいう「セカンド・バー○○」というのをやっていて、家のテレビが壊れたという友人が結構本気出して見ていた。こういうのを見て「はあ、若いってこういうことだよな」と思う自分が悲しいかというと、別にそうでもないんだからしょうがない。都会のセレブはこうなんだな、格差社会ニッポンを感じるのみ、というほどのリアリティも感じず。テレビの普及によって田舎の人間が都会の生活にあこがれることが消費社会への入り口だかステップだかになっているはずだが、不況の今、こういうドラマを見せることで消費の喚起なんでしょうか。しかしあんな家に住んであんなステーキ食べて、恋愛にうつつを抜かすよりも、山小屋に住んで畑があって、美味しい野菜作りのための試行錯誤の方が好きだな、私は。幸いなことに、そういう生活をしている友人が「今年は蕎麦畑がイノシシに荒された、初めてだ」と話している。でまあ、そういう男性が隣にかわいい女の子がいると「幸せだなあ」と心底にこにこなのだ。設定を都会じゃなくて田舎に変えて、恋愛を描くのはどうだろうか。自然との闘いと男女の恋愛のどっちが人間の原点であるか、みたいな。いやいや両方だから両方を描いてくれないと物足りない。それともこのドラマって最後はそういうシーン?ドラマというものに全然慣れていないからめちゃくちゃな感想。
by kienlen | 2010-11-03 09:36 | 男と女 | Comments(0)
わずかながら検索ワードで偶然訪問して下さる方はあって、そのワードは結構似ているが、今月は「タイ人と結婚 問題点」というのがあった。なんか、切羽詰まっている感が滲み出ている。息子や娘が「タイ人と結婚したい」と言い出してあせる親なのか、日本人相手の婚活うまくいかないしアジアの女性に目を向けていろいろ比べる中でタイを検索してみたか、タイ人と付き合っているが結婚した場合どうなのかって当事者か。想像力を刺激してくれる。それで確かに私もこれらを経験してきたんだな、と思った。息子の年齢をみると、結婚も20年くらいになり、問題点も20年積み重なってきたということになる。この問題が何かというと、分からない。タイ人だからと言えるのかは難しい問題である。私が「日本人だから」と夫から言われて何に納得できるかと考えてもよく分からないし。問題は問題にすれば大きくなるし、気にしなければ一人前の問題になる前になくなってしまうものなんだろう。

でもひとつだけ挙げるとしたら言葉。これは大問題だと思う。ただし我が家の場合だと、この問題も問題になって浮かび上がってはいないのが、逆に問題が深いかもしれない。夫婦でどの程度の言葉が必要かは、多分各々相当に違うんだろう。悩みを相談するような関係だったら言葉は必要かも。でもなあ、言葉で説明する問題って何だ。法律上のトラブルとか。だったら専門家に相談する方が手っ取り早い。感情的な相談。これは言葉と別次元にも感じる。言葉が通じない方が平和とも言える。もっともこれをするには外に友人が必要だろうけど。子供が大きくなってみると、子供がいなければ問題と言えることは何もないように感じる。問題を2人の間に留めることができそうだから。ただ子供をどう育てるか、学校はどうするか、という時には問題と呼べるかも。私はどうも国の違いよりも、何でも自分が中枢にいないと気がすまない人とか、その逆で降りかかる責任を片っ端から逃れたい人とか、相手を信頼できない関係とか、人を拘束することで自分の存在を感じる人とか、そういう人はタイ人との結婚で問題が生じるかもしれない。あれ、でもこれって、相手タイ人に限らないか。検索ワードからフト考えたことで、切羽詰まっている方の参考にはなってない。
by kienlen | 2010-04-17 10:04 | 男と女 | Comments(2)
今月は日記らしくしようと思ったのに早速飛んでしまった昨日。原因は夜の帰宅の遅さにある。このところ平日は外出続きで夜も続きで週末は在宅仕事で、片付けもしておらず気分が悪かった。今日は余裕があるのと気分転換したいのとで、寝坊してから仕事場を少し片付けた。多少は気分がすっきりした。これでまた編み物に取り掛かれるというものだ。それにしても子どもに会ってないような気がする。このところ所用ありで夫の店に行く日が続いた。先日はタイ人女性と結婚している知り合いの男性を久々に見かけた。親しく話すような仲でもないので挨拶だけして飲んでいたら話しかけられた。「妻が宗教にはまっていて」ということで、確かに大変そうだった。宗教名はタイを知っている人なら誰でも知ってる勢いのあるもの。バンコク在住時、とっても優秀な女性がやっぱりこれに入れ込んでいて、それが強烈だったので私の中ではインテリがはまる宗教、という印象がなぜかある。まあ、しかし信者数がすごいみたいだから私が誤解していることは明らかなのだが。

夫婦とは何か、親子とは何か、家族って問題の宝庫である、ということを感じる日々。ネガティブに考えていると大変そうな状況なので「ギャンブルよりマシ」とか「パチンコに入り浸るよりマシ」とか「毎晩遊び歩くよりマシ」とか言っているうちに、それはそれでその通りだと自分も思えてきた。その男性はタイ人女性との付き合いはいろいろで痛い目にもあっているはずだし、私なんかが何か言うのもヘンなものであるとは思ったが、実際に結婚して夫婦という法的関係になると単なるお付き合いとは違ってとまどうようで盛んに「妻なんだから」と言うので「そういうのは思い込みだから捨てた方がよくないですか。妻だから、夫だからこうあるべきと思うのは勝手だけど相手が同じく思っているかは分からないし、まあたいてい違うんだから、それ捨てた方が自分が楽じゃない?」と言うと、その場はうなずくのだが、またじきに「妻なんだから」が出てくる。これは苦しいだろうな、と思うと同時にうらやましくもあった。だいたい私はそういう期待をいつまで持っていたんだろう、つい最近まであったような気もするが忘れた。結局「まだ新婚さんみたいねえー、いいなー」で笑っておしまいになった、とりあえずその場は。それもいいでしょう。おかげで私は外にいる時間が長くなるわけだが。
by kienlen | 2009-12-03 14:06 | 男と女 | Comments(0)
昨日はバスに10時間以上も乗っていた。目的は外国由来の子の多い学校の視察で、これは大変に参考になったが、遠方であったため目的地の滞在時間は僅かでほとんどの時間はバスの中にいたわけだった。で、その時に隣り合わせた人と話す時間もこれだけあった。私は世間話というものがもう全くできないので、いきなり本題に入るタイプの方でないと話題はなく、話題がないのに無理して話すのは真っ平御免なのでバス内で読む本と毛糸と編み棒をちゃんと持参した。だから隣りに誰が来ようと良かった。ところが、座席が観光バスよりずっと狭いタイプで編み棒分のスペースがない。だったら鈎針にするんだったと激しく後悔。ところがお隣になった方が幸運なことにいきなり本題タイプだったのである。会議ではいつも一緒だし、的を得た方であると好印象は持っていたが、ここまで話が続くとは思ってなかった。おかげで本も毛糸も使わずじまい。睡眠も取れず。そんなわけで幅広くいろいろ話していたのだが、その彼女から「ダンナさんとは何語で話すんですか」と聞かれた。

いつものように「話なんてほとんどしませんけどね、一応タイ語です。子どもが小さい時はどっちがご飯を作る、子どもの世話をするの打ち合わせがあったので電話で話していたけど、それがなくなって会話ってないですよね」と言うと少々キョトンとしていた。考えてみるとここまでするのは説明過剰であるな…。今、ニュースサイトを見ていたら、加藤和◎さんが自殺したと報じられていた。芸能人詳しくないが、この位の世代だと身近に感じるしショックもある。え、なんで、という。酔っ払いが天国に行くあの歌は結構好きだったしなあ。夫が日本人だったら、多分これだけで話題になると思う。しかし、タイ人である。この歌手は名前も知らない。「あの頃は…だったね」なんて話はできない。じゃあ、この歌手について説明するかってなると、私だってほぼ何も知らない。共有したいのは当時の気分なのである。つまりは言葉と馴染まないのである。郷愁とか空気感とか気分とかは。となると「◎って、昔好きだった音楽家が自殺したんだよ」と言ったとして「何歳」と聞かれたとして「61だって」と答えたとして「まだ高齢でもないね」と言われたとして「そう、残念ね」って言ったとして、だから?である。話す意味ないし。いきなり本題型にとって国際結婚は馴染まないかも。いや、逆かも。いきなり本題じゃない人とも一緒にいれるかも。ううむ、ちょっと分らない。
by kienlen | 2009-10-17 17:16 | 男と女 | Comments(0)

どっちがマシか

友人とランチしていて、英語圏の方と結婚している日本人女性の嘆きについて聞いた。その友人自身は国際結婚ではないが、自身が英国留学の経験があることもあって、各種インターナショナルな活動をしている。それで英語圏の方々の知り合いも多い。で、嘆きとは「いちいち説明を求められる」ということである。子供の学校に行けば「軍隊みたいだ、どうしてだ」。何か書類がくると「これは何で、どうしてだ」等々、ということらしい。それを聞いて羨ましくなった。私は夫にいろいろ説明したいのに、相手が興味を示さない。何事も受容的で批判的な検討はなし。少なくとも私には言わない。で、タイ関係で当方が説明を求めても面倒くさがる。だから「あ、その夫の方が私みたいで、面倒くさがる妻がウチの夫」と言って笑われた。

どっちがマシか。想像してみると、多分いちいち説明を求められても答えられるわけじゃないから面倒だと思う。かといってウチの場合は極端であるように思う。しかしちょうどいいのはどの辺りなんだろうか。人によっても相性によっても関係性によっても違いそう。自分が聞いて欲しいことを相手が聞いてくれて、聞かれたくないことは黙っていて、聞いて欲しいと思う時に聞いてくれて、聞いて欲しくない時に黙っている。あり得ないと思うけど、あったらあったで不気味でもある。久々に「婦人公論」を買った。この間、新聞の1面に載っていた広告で特集が「別れる夫婦、別れない夫婦の紙一重」と知って、その日の夜に息子に「出かけるの?」と聞かれながら「ちょっとそこまで」で近所のスーパーにて。それを今日読んだ。国際結婚の話はなかったが、いろいろあっても別れる、別れないの差異が何か、普遍的論理があったら知りたいものだ。
by kienlen | 2009-06-11 23:18 | 男と女 | Comments(2)
こんなささやかなブログを読んでくれる人はほとんど知り合いだと思うし、アクセス数も相変わらずほんのわずかであるが、検索ワードが分かるようになって、少々気になることがある。それにしてもタイトルと中身がかけ離れ過ぎている、ということだ。というのは検索の上位には「タイ」とか「タイ人」というのが入っている。それでここに来てくださったとしたら、ちょっと読んで腹が立つんじゃないだろうか。タイトルに偽りはないが、そういう内容を書くことはあまりない。日常生活なんてこんなもんだから、逆にタイ人配偶者について楽しい発見のできる人が羨ましい気もする。ウチにいるタイ人は話題を提供してくれるような面白い人物ではないし、だいたい面白さというのは一般常識からの距離があるほどに高まるのだろうけど、観察する妻の方の一般常識の線が曖昧だと、距離感が乏しいのである。それでも、と思って少し日常を再考してみることにした。そして一件思いついた。まさにタイ人と暮らすゆえの「やっかいさ」だからタイトルに正直ということになる。

それは夫のやっているタイ料理店についてのこと。私が週に1度店番に行くのは、友達が来てくれるかもしれないのと、店を始めた時は子どももまだ小さかったし、父親が毎晩いないよりは1日くらい面倒みるべきだろうと思ったのとで、それ以上の介入はしていない。この日以外に店に行くのは、どうしても人手が必要な時の手伝い以外は客としてである。ところが、これがなかなか理解されない。経営者は私であろうと言う人が結構いる。「私は全然タッチしてませんよ。最初の1回か2回は確定申告を私がしましたけど、私は金勘定嫌いなんでその後は会計士に頼んでますし、売り上げも知りません。そりゃあ、お客さんが日本人中心なんだから開店時間を守ることとか、タイ人とは違う配慮なんかを最初は伝えたけど、自分の店じゃないのに半端に介入したら失礼でしょ」と言うのだが「またあ、そういう事言う。あんたは陰で糸を引くのが好きなんだろ」とまで言う人もいる。実はつい最近までこう言われてもそんなに違和感なかった。日頃から決断は自分でする癖がついているからかもしれない。しかし、よく考えたら、日本人の夫が店をやっているんだったら、妻に向かって「あんたが本当の経営者だろう」とは言わないだろうな、と思うと、外国人は無力なのであるとの常識があるのだろうかと思う。いやしかし、これが欧米系の夫だったらどうか。まあ、そんな事を再考してみるといろいろ発掘できるかもしれない。たまにはタイトルを意識して書いてみよう。
by kienlen | 2009-02-02 09:50 | 男と女 | Comments(0)

信州で読んだり書いたり、時には旅したり


by kienlen
カレンダー
S M T W T F S
1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30