カテゴリ:仕事関係( 160 )

お盆の感想文

仕事と私生活の区別をつけられる人で、サービス業など以外、つまり状況が許す人はお盆は休むんだろうか。私なんかいつものダラダラである。昨日は1日働いた。今日は打ち合わせを兼ねたランチがあるだけだが、在宅仕事も少し片付けとかないといけない。明日も外仕事。これは家庭を大事にする人が断わって、当方に回ってきている仕事かもしれない。それって喜ぶべきか悲しむべきか。ま、別にどっちでもないのだ。ご注文いただければありがたくやるし、なければやりようがないし。昨夜も発注先の方と飲んでいた。発注先はちゃんとした会社だから社員は休みである。発注される側はその間もやっていないとならない。私は「仕事嫌い」と言える人にあこがれて、いつかそう言ってみたい仕事好き人間であるのがネックで、仕事以外は多分ほとんど関心がないように思う。それでもたいていのことに関心があるのは、理屈の上では仕事と関係付けられるからで、それを口実に生活が仕事に飲み込まれているようにも感じられるし、いや、生活の中に仕事が共存しているありがたい状況である、のかもしれない。いや、そんな健全な生活ではないか。

でも同時に仕事がなくなる時を想定する逃げの姿勢も持っていないとならない。これがどっちに転ぶのかは分からない。分からないことだらけ。もっとも分かっているのは、全体的には仕事量が少ないから、この程度の薄さでやっていられるんだろうということで、ちゃんとまともに忙しいとお盆くらいは休もうって思えるんだろうし、仕事が嫌いって言えるかもしれない。いいな、それって。というわけで、どうも今年は予定外に進行している。予想では従来型の仕事がなくなって、老後を見据えたカフェに職種変更するはずだった。農業修行もするはずだったのではないだろうか。全然違う生活でもう8月も半ば…。速い、速すぎる。それに最近何が楽しいって、タイ語の面白さに目覚めてしまって、どう考えても時間を消費し過ぎている。おかげでますます世間に疎くなる。常識を知らない。流行知らない。選挙があることは知っているが、ウチの有権者は私だけっていうのもドメスティックな話題性には欠けるなあ。マイノリティ意識が参加意識を削ぐって社会的には危険かもね、って気がしなくもない。
by kienlen | 2009-08-15 12:33 | 仕事関係 | Comments(0)
小さな食堂の経営って、家族が協力しあうというのがよくあるスタイルであることは知っている。それに小さな食堂なんてものは、そもそも客席だって少ないし、大きな利益上げられるわけじゃないし、人を雇っていたら経営的に難しいだろうというのもひじょうによく分かる。夫がやっている店はまさにそういう店だし。だから夫婦一緒にやればいい、やるべきだ、そこまでいかなくても協力し合うべきだ、というアドバイスやご意見表明は理解できる。背水の陣で臨んだ方が商売にいい影響を与えるかもしれない。それはそれでアリだと思う。しかし、私はどっちかっていうとリスクを分散したい派である。夫婦でやって共倒れになるよりは、効率は悪いかもしれないが、小さくそれぞれ稼ぐ、どっちかがダメになっても少しの期間なら持ちこたえられるかもしれない、と思える方が、自分の小心でセコイ性格には合っている。だって単純に怖いのだ。頼れる組織も何もない中でやるわけだから。もうひとつは、私はタイ料理ができない。これだとイザという時に全く使い物にならないから「タイ料理の勉強にタイへ行こうかな」と夫に言ったこともある。当方の狙いが料理よりは「タイに滞在する」にあることは当然です。夫は「好きじゃないものはできないでしょう」と興味なさそうだった。

なんでこんな言い訳めいたことをみっともなく書いてしまうかというと、実に頻繁に言われるのだ。挙句は「亭主の仕事に関心をもて」とか。関心ないわけはない。美味しくないと私だって行きたくないし、つぶれてしまったら大変に困る。何かあってもとっても困る。困ることだらけ。困りすぎて笑うしかない状況である。安定しているものなんて何もないんだから。しかし、通常自分で仕事していたら、責任取れないことに半端に介入するのって相手に失礼だし、結局うまくいかないということは学ぶんじゃないかと思うので、冒頭のようなアドバイスには結構びっくりさせられる。背後に大きなものがあれば、多少の責任逃れする余裕はあるかもしれない。しかし小さければ小さいほど、そういう余裕はない。やったことが即反映してしまう、それが繁栄だったらいいけど、とはいえ小さいと繁栄しすぎても対応できないし、まあ、そんなものである。夫婦で協力してやるのって、小心なくせにロマンもある私なんかはあこがれの対象であったから、今のような心境に至ってしまったことは悲しい。しかしまだ子どもも本物の子ども年齢だし、先が長いし、協力しますからがんばって下さい、と夫を励ますだけでやっていけたらいいけど、そういうわけじゃないからなあ。でも、面白いなあと思いながらアドバイスを聞いている。でもでも、夫婦って大方の皆さん、そんなにコミュニケーションあるんだろうか、うう、分からない。
by kienlen | 2009-08-10 12:57 | 仕事関係 | Comments(2)

モノ待ち状態

あるモノの到着を待っている。ネットや通販で注文する方が店舗での買い物より多いかもしれない。かといって狭い空間にモノが増えるとやっかいなので、仕事用は赤字でも買ってしまうがそれ以外はなるべく控える。問題は趣味と仕事の境目が曖昧なので、モノの所属が決められないことで、結局結構買うハメになる。これ仕事っていえば仕事だし、とか、これ使う仕事があるかもしれないし、などと内心で言い訳できてしまうわけだ。で、今待ちわびているのがデジタルメモである。何ヶ月か前に、出先の文房具店で見つけて目が釘付けに。ジッと見ているとモノが訴えているようで動揺してしまうので、店内を回っては戻ってきて何度か見た。いいなあと思いつつ、結局諦めた。ノートパソコンはどんどん小型化しているし、家にいれば必要ないし、何もここまで…という思い。一方で、多機能型は無駄であるからモノは自分にとって必要な単機能型の方が使い勝手がよろしい…という思い。

しかしこんなモノに引き付けられる原因は、そんなことよりも手書きからの逃避にある。何かの折に丁寧な手書きのハガキなどいただくと、こういう時くらいは自分も手書きで返事を書こうと思うのだが、書けなくて遅くなってますます礼を失して、放置しておくのも申し訳なくメールしてしまったり、結局返信しないままになったり、いずれにしても罪悪感のようなものが残る。デジタル世代ではなく、かといってデジタルに無関心でいられる世代でもなく。その後もデジタルメモのことが気になっていて、やはり欲しいなあと思ってとうとうネットで注文してしまった。私のような者が、まさにターゲットであるに違いないから、ここは買わせていただくのがマナーかも、などと思って。早く来ないかなあ。ここまで楽しみな気分にさせていただけるとは、現物を見る前から開発の方々にありがとう。何をメモするかはモノと相談して考えよう。
by kienlen | 2009-06-29 09:54 | 仕事関係 | Comments(0)
いろいろ計画していた矢先に、面倒というか、引き受けるのがいいのかそうじゃないのか分らない、仕事というには、自分的には仕事ともいえないような半分以上ボランティアみたいなのを受けることになった。昨年に引き続きなので複雑。新しいことはそれなりにわくわくするが、同じことを繰り返すことに楽しみを感じないのはこの歳になっても同じで、この性格ってどうなんだろうかと思う。費用対効果的にはすごく損であることは分る。問題は、こちらに関係する方々は、日ごろお付き合いしている方々とコミュニケーションの有り様が違っていて、それが私にとってはかなりのストレスになることなのである。例えば電話で話すとする。日ごろの仕事であれば相手が用件告げて、こっちが理解して合意すれば即決まり。理解できない部分は質問すれば答えがあってじきに終わり。電話じゃ済まないと感じたら即「じゃ、うかがいます」となって「そうしていただけると。今日だと夕方になっちゃうし、明日なら朝方か、それがダメなら夕方ですねえ」みたいになって、いずれにしろ時間をかけるべきは仕事であって、その前の用件は用件としてやり取りするだけのことである。

ところが今回のような種類の違う仕事(もどき)の場合、結局何が言いたいのか分らない長話があって、そのうちに「一度直接打ち合わせを」と言われると、はあ、やっとこれだよ、と思って「ぜひお願いします」と当方はほっとする。で、スケジュール帳開いて、今日明日のチェックをしているのに「今日明日というわけにもいきませんから…」で、結局約束はなし。なんで今日明日というわけにいかないのかの説明は皆無。今日でも明日でもあさってでもいいが、打ち合わせなんて片付けてしまった方が楽ではないだろうか。また、要点がつかめないから想像した要点らしきものをこちらから返して確認を求めても、すごーい遠回りになったまま戻ってこない。要点が何か質問してもストレートに戻ってこない。もう何が何だか分らない。通常、私なんかやっている仕事って、打ち合わせというのは手っ取り早く済ませて本題にかからないと何もならないわけだ。結果出さないとならないから。ところが(もどき)さんの場合は違う。この無駄なやり取り自体がこの方にとっての仕事の一部なのである、と思うと実に納得できるわけだ。こういうことにかなりの税金が費やされているとみて間違いないと思う。ああ……。
by kienlen | 2009-05-20 20:48 | 仕事関係 | Comments(0)

ストロボを買いに行って

カメラのストロボが必要になった。とにかく即刻入手しないとならないから、いつも行く大型電機店に行ったら「ストロボは取り寄せになります」と言う。若くてオタクっぽいお兄さんはそれだけをぶっきらぼうに告げた。そんなの待ってられないから、カメラ屋に行った。自分のカメラと同メーカーのは3種類ケースに入っていた。1万円台、限りなく3万円に近い2万円台、6万円に近い5万円台。ストロボってってこんなに高価なんだ。そうだ、だから買う勇気がなかったのだ。仕事じゃないから持ち出しのみでこの価格は痛い。1万円台はあんまり役立ちそうにないサイズ。どうせなら使えるものじゃないと…しかし6万円はあんまりだ。3万だって充分高すぎ。近くにいた店員さんにカメラの機種を告げて「使えますか」と聞くと「今、カメラ持ってますか」と言う。とってもありふれたものだから機種名だけで充分と思うのになあ。見るからに頼りなげ、つまり知識無げ。私も若い頃に書店と手芸店の店員をしていたことがある。店員という仕事は嫌いではなかった。どこに何があるか記憶して、毎日入荷する商品を並べる時にやはり記憶して、ストックに何があるか記憶して、書店だと書評欄など見てお客さんから聞かれそうなものが自分の担当棚にあるかどうか確認して、必要と感じたら位置を変える。予想と当たると嬉しい。こちらに知識があるとお客さんがそれを目当てに来てくれる。そういう人に教えられることも多かった。長時間の立ち話もしていたから、今より呑気な時代だったんだろうと思うけど。

その店員さんにカメラの商品知識がないことはすぐ分かったが、このところそう感じることが多いので慣れてしまった。と、頼んだわけではないのに別の店員さんが来てくれた。3万円に近いのと6万円に近いのの相違点を聞く。なかなか感じの良い対応だし、押し付けがましくなくて好感を持った。私は経済学のモデルに出てくるような合理的人間ではないから価格のみが決定要因ではなくて、買い物は雰囲気と気分に左右される。それに昨日の場合、もう時間がなかった。それにしても…「高いですねえええ」と言うと「ストロボは下がらないんですよ。ボディは新しくなるごとに下がってもストロボは新しくなるたびに価格が上がってますね」。結局3万円に近いのを購入することにした。私が尋ねることの焦点をずらさずに手短に説明した上で「すぐ使うんだったら電池入れておきますか」と気がきいている。もちろん頼む。「明日使うんだったら今日のうちに試し撮りした方がいいですよ」「もちろんそのつもりで、それで今日急いで来たんです」「じゃ、もしも何か分からないことがあったりトラブルがあったら電話いただければ教えますから。8時まで営業しているから大丈夫ですよ、名刺を差し上げておきましょうか」と言う。こういうひと言で心強くなるものである。「それはありがたいです、お願いします」と受け取った名刺の肩書きは店長だった。こういう人がいてくれると店頭販売の商品を買うのもいいなと思える。
by kienlen | 2009-03-04 08:47 | 仕事関係 | Comments(0)
締め切りが過ぎてしまった。一応送ってみようかと思っていた人材募集の申し込み締め切り。市の嘱託職員で国際交流コーナーの担当。現職は知り合いで「アタシもう辞めるからどーお」なんて言われていた。ちょうど今年の仕事のアテのない時だったし「正式に募集が発表されたら応募してみるねえ」と答えていた。その後発表になって応募用紙も一応見てみた。印象としては語学が英語と中国語、あるいは他にもう1言語あったら有利だろうみたいな感じ。年齢制限なしは表向きばかりではないと思う。問題は待遇である。13万5千だったか8千だったか。出勤日数21日以内というのは、土日が休日でなかった頃には嘱託とかパートの出勤日数の少ない有利な条件になっていただろうけど、今じゃあ正規職員だってこんなもの。行政だから有給休暇だとか保険だとかはキチンとしている。有給休暇なんて自営業からは天国の条件のようだからついヨロヨロとなる。そして「扶養になれるのがいいじゃない」と言われた。これだもんなあ。ウチは妻を扶養したら有利になる勤め人はいないのだが、そしてそれを声高に言って和を乱すつもりはないが、私くらいの年齢で高学歴な女性の場合、基本的にこの発想があるようだ。つまり夫が家族を養える安定した職業に就けてる年代、階層。

仕事はつまんなくはないだろうし、ある程度の裁量はありそうだし、いずれにしろ家族単位で考えた場合に、毎月決まった収入があるというのは夢のようでもある。この間、ずっと求職中の友人にばったり会って道端で立ち話していた時もこの求人の話題が出た。彼女はハローワークを通じて応募しようとしていて「でもね、もう36人も応募しているんだって」と怯んでいた。ということは直接応募も含めたら最終的には1人に対して数十人は確実で、もしや三桁になるかも、みたい。私が語学力を含めた自分の印象を話したら「やっぱ、やめとく」と友人。その前に公民館の関係の募集にも60人が殺到したのを知って、面接の時点ですでに気落ちしていたと嘆いていた。応募はタダだし、ダメ元だし、と言ってみても、それに費やすエネルギーは必要だし、落ちた時の落胆は負のエネルギーになってしまう。期限付きだとか、仕事内容が変わらないのに身分と報酬が違うとか、そういう理不尽な採用がますます増えているように感じる。男女性別役割分担で経済発展を支えるモデルはもう通用しないことは明らかなのに、可能だった人が意思決定の場にウヨウヨしている感じはギシギシ感じる。自分は降りてるくせに潔くなれないのが情けないところだ。ま、応募しなかったことは進歩か、退歩か。
by kienlen | 2009-02-17 11:02 | 仕事関係 | Comments(0)
昨日は政府と県の少子化対策発表イベントを1日中鑑賞していたら、怒りで爆発しそうになりヘトヘトで、休憩時間に爆発抑制のコーヒーでも飲むかと会場を出たところで友人にばったり会った。長い付き合いになる女のカメラマン。同じ建物内の結婚式場で仕事の打ち合わせだという。「今夜、お宅の店に行こうかなあ」と言うから来て、来て、ということで私も行った。呆れたイベントはお笑い少子化対策ってことで後述することにして、その友人との話。そんなに違わない年齢である。どっちも所属組織なしである。こっちは子供がいて、あっちはネコ20匹いる。子供は成長するから「この頃は…いえ、この頃に限らないけど、外出はますます自由になって楽になったよ」と私。「ネコってその場の空気を察知する能力がすごいんだよね。コイツ機嫌が悪いなって感じるとサッと引いていなくなるの」と彼女。へえ、自分の知らないことは人から聞くに限る。そういう点、ネコへの愛着で彼女に勝る人を私は知らない。でもこっちに知識がないし、興味も今ひとつだから、それ以上突っ込んで聞くことができない。それよりも共通の話題はやはり仕事である。

重たい機材を運ぶカメラマンは体力がいる。私のように軽装備の仕事とは違って大げさなのである。「この歳になると結構キツイよ。それに担当者はどんどん若くなるでしょ、こんなオバサンに気イ遣って頼むよりも若い子に出す方がいいでしょ、ここんとこめっきり仕事が減ってサ…」と、かなり忙しく仕事をしていた彼女にしては珍しいことを言う。まあ、どっかに余裕があるから言っていられることかもしれないが。これに関しては私もよく分かる。かといって仕事の質が異なるからまたちょっと違う面もあるとは思う。私個人的にはエネルギッシュよりも枯れた感じ、ジャングルよりも砂漠に惹かれる方だから、年齢をいくほどの味みたいなものは写真にもでるんじゃないかと思うけど、写真の場合って、そういうのが年齢によるものかどうかが分らない。写真にとって経験は何をもたらすのか、想像できるような、でも実感はできないし。それでも「結婚式の写真は若い子で良さそうだな」って感じはする。ベテランがやっていく分野はどこか。そんな方向に話は進む。「筋力が落ちてきて、カメラを構えてもブレるんだよね、今日のもブレてたかも」「腹筋もなくなって安定感なくなるとか?」「そうそう、それに目も見えないし」「じゃあ、どうすんのよ」「勘、勘」と笑っている場合かどうかはともかく、この歳まできたんだからこの先も行くしかないわけだ。「だいだい他の仕事できないでしょ」「そうそう」とまた笑っていた。
by kienlen | 2009-02-07 13:50 | 仕事関係 | Comments(0)

総括など

昨夜の店番では友達がたくさん来てくれて、そうなると話し込んで帰宅が遅くなり、それは楽しかったが、今朝の早いのが少々辛かった。ほんのちょっとした用事で小学校に行く必要があって、まだ誰も出勤していなくて門が閉まっていたら困るな、と思って8時前に家を出たらもう道路は渋滞していて、8時頃到着したら、先生方が出勤してないどころか子供達も登校する時間であった。自分のズレ加減に感じ入る。用事を済ませて帰宅したら息子がまだ登校してなかった。「遅刻はダメ!」と怒鳴りに行ったら「今、帰ったの?」と言う。朝帰りと思ったらしい。息子のズレ加減もひどいものである。ズレついでに今になって昨年の総括をしてみる気になった。確定申告はまだやってないけど、収入はここ何年かのうちで最低を更新した。副業がなくなったからというのが一番の理由。副業の方が楽でワリからすると本業よりもいいし、そもそも好きな職種だったので残念ではあるが、これはもう復活することは考慮に入れないことにする。失うことを嘆くよりもプラスの面を見ることにすると、副業を失うことで自由度は高くなったと言える。相手次第という仕事の上に、優先度を高く設定していたので他への影響がいろいろな意味であったから。
それと本業との相性の点でかなり難点があり、自分的に葛藤があったのがなくなって本業に本腰入れられるようになった。

負け惜しみもあるが、まあ、そんなところでなんだか一段落なので友人達とゆっくりランチの後、書店に行った。行き場が書店しかないようなこの頃だ。見るだけにしようと思っていたのに、ブラブラと日頃は目の届かない棚まで見ていたら結局9冊買ってしまった。簡単なものばかりなのであんまり日持ちはしないと思われるが、やはり本は何よりものお楽しみ。しばらくしたら雑事もいろいろ終了して暇になるので、そしたら始めたいと思っている案件が2件。そのための本が中心になったのはしょうがない。どうせボツボツしかやってないから今年もボツボツの続きができるとありがたい。息子の誕生日に希望のプレゼントを聞いたら、ペンケースというから、少し良いのをずっと探していたが見つからず、あんまり誕生日からズレるのもな、と思って、書店の文具売り場にも寄ってみた。そしたら結構いいのがあったから注文した。なんか役割を果たした感じ。それにしても私のようにシンプルな人間だと家族は楽だろうと思う。娘は記念日の希望に図書カードを要求という具合に、この手のモノを希望していれば母のご機嫌は損なわれまいと見透かしているようだ。彼ら自身がこの手のモノに本気で興味を持っているようには見えないが。それにしても本日の収支もまっ赤であった。外出を控えるべきかもしれない。
by kienlen | 2009-02-04 21:30 | 仕事関係 | Comments(0)
一眼レフの初心者カメラ教室というのが5回で1000円というタダ同然の値段で、市の施設であるということで申し込んでいた。今日が初回だった。写真教室というのは1度出てみたかったが、なんとなく縁がなかった。今回はちょうど仕事もなさそうな時期だし、全回参加できそうだと楽しみにしていた。届け物を朝一番で済ませて、期待して10時からの講座に行った。講師はたまたま知り合いだったから一応ちょっとご挨拶。「前から講師しているんですか」と尋ねると、3回目だという。だったら慣れているのかな、とますます期待が高まる。そんな自分がバカだったと感じるのに時間はかからなかった。教え方の上手下手という次元の問題以前であった。カメラの使い方から入るから、その程度は知っている人にとって退屈であるとか、そういう次元でもない。これはもう講師個人の問題というよりも、講座を設定した側にも問題があるのではないだろうか。質問に答えられなければ「調べて次回にお答えします」でもいいし、例えば芸術性に関わるような難しいものも教えてくれみたいな、そもそもが答えようのない質問には「その部分に答えはありません」でもいいから、やはり一応真摯に対応すべきではないだろうか。答えられないと「プロカメラマンではあるが教えるプロではない」との開き直りには愕然とした。

自治体の施設の管理や運営は指定管理者制度で民間が行うようになっているのが多い。ここもそうだ。予算がない、だから安かろう悪かろうで言い訳のようなことをする意味は何だろう。受講者の好みの問題だけで講師の良し悪しを評価はできないと思うし、そういう評価ばかりで物事を決めるのがいいとは思わない。が、最低限の役割を果たさないのは好みの問題とは別次元じゃないだろうか。そもそも例えば経験上、素人の質問はくだらないから時間の無駄、との判断はありだろう。だったら質問時間を取らなければいいまでだ。「質問は受けません。個別にどうぞ」とでも言っておけばいい。ところが今回の場合、ほとんどの時間が質問時間で、それなのに質問がでると答えない。質問者はがっくりして質問しなくなる。すると沈黙が支配する。こういうことが通じる世の中なんだと思うと寂しい気持ちだ。というのは、若い講師の彼が、講師としては力不足であると感じているように感じられなかったから、そのことに一番びっくりした。若い時こそ試行錯誤して落ち込んで失敗して、それでも続けるってのが仕事じゃないのかなあ。残りの4回をどうしよう。初回は遠慮していたんであって次回見違えるようになっているかどうかを見にいくべきかどうか。時間の無駄を覚悟で…迷っている。
by kienlen | 2009-01-30 20:00 | 仕事関係 | Comments(0)
ささやかな日常を送っている中にも、ツイてると感じる日もあれば逆もある。用事と用事の間に時間があいて、家に帰るには半端だしどっかでお茶でも、と思っているジャストその時に「ねえ、お茶飲まない」という誘いの電話がかかってきたり、結構詰まっている日のちょっとした空き時間にストンと別の用事が収まったりは私的には前者。で、昨日はもう典型的な後者だった。朝9時に約束があったので外出モードになりながらパソコンを立ち上げたところ、前日に入力した文書をどうしても呼び出せない。そいつは一太郎で打ったものだ。ワードが壊れて以来、一太郎を使っていて、こっちの方が使い勝手がよろしいのでそのままになっている。パソコンの調子は快調というほどでもないから、内部にも外部にも保存していたから最初はそうあせらなかった。しかしどうやってもダメなのである。友達に電話で泣きつくが外出の時間になってしまった。外は雪である。歩こうと思っていたがパソコンのトラブルで時間が経過したから車にする。荷物を放り込んで出発。でも嫌な予感は的中して、いきなり渋滞である。本日の用事は絶対に遅刻できない。

迷う。距離的には遠くないから、渋滞がひどく感じられても走り出せば案外早く到着するものである。しかし雪道で事故車などが出たらどうしようもない。救急車が走ったりしている。別の道を行くか、戻って車を置いて走るか自転車か。予定を変更するなら決断は早くしないとならない。道を変更しようと思ったら、そっちの方向からどんどん車が来ている。これはあっちの渋滞がひどいという証左だろう。家に戻って車を置いて、サドルにたまった雪をササっと払って自転車にした。徒歩は絶望的だから。しかし滑って転んで怪我したらもっと絶望的。でも時間がない。結局なんとか間に合った。が、先方でいつになく待たされる。ここらへんで今日はツイてない日と決め込むことにする。文書はいろいろ試みたがダメだった。この方面の専門家の夫の兄にいつものように助けを求めると、タイに発つ直前の成田空港にいて「それはソフトウエアの故障ですね、7日に戻るから間に合うなら見る」。問題外だ。1度書いたものだから思い出す、というのはそういう頭脳をもった方であって、私は記憶力悪い。機械なんて大嫌いだ、でも手書きなんてもっと嫌いだからしょうがない。言葉も出ないほど落ち込んでいたら友人から「落ち込んでいる、お茶付き合ってくれないか」という電話があった。こっちもちょうどいいから付き合う。ついでに「忘年会しちゃおう。美味しいもん食べて飲もう」とまで悪ノリになってしまって仕事は完全に諦めて深夜まで。悩むより転換で、そこまでしちゃったせいか後がないから今日はマジメになっている。友達には助けられている。
by kienlen | 2008-12-27 12:26 | 仕事関係 | Comments(0)

信州で読んだり書いたり、時には旅したり


by kienlen
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